2019年05月01日

改元を1億総慶祝 令和で安倍首相の疑惑も恩赦になるのか

改元を1億総慶祝 令和で安倍首相の疑惑も恩赦になるのか
2019/04/30 日刊ゲンダイ

いよいよ、30日、平成の時代が幕を閉じる。
元号が変わる時代の節目に主役気取りの安倍首相には強烈な違和感を覚える。

 新天皇即位後の大嘗祭など「身の丈にあった儀式」を望む皇族の意向を顧みず、安倍は皇位継承のいずれの儀式も「国事行為」に指定。
 30日夕の「退位礼正殿の儀」で天皇に国民代表として感謝の辞を述べ、あす昼前の「即位後朝見の儀」でも再び国民代表としてあいさつ。
2日連続でしゃしゃり出て、代替わりセレモニーを自ら主導している感を見せつける。

 そもそも改元の日程さえ、安倍は“自己都合”を優先させたフシがある。
2017年10月に朝日新聞が「4月1日に新天皇即位」と1面トップで伝えると、朝日嫌いの安倍は「朝日は恥をかくことになる」と周囲に怒りをあらわにしたと複数の週刊誌が報じた。
 背景には即位を巡る官邸と宮内庁の主導権争いがあったというが、同年12月に自ら議長を務める皇室会議で「5月即位」を決めた。

 安倍が朝日に恥をかかせた結果、年末でも年度末でもなく、暦の上では不自然な4月30日退位、5月1日即位を決めたのなら、恐れ知らずの不敬なヤカラだ。
揚げ句に即位の日を祝日にして史上初の10連休まで出現させ参院選前の人気取りに役立てるのは、宮中行事の政治利用ではないのか。

 新元号発表で総理談話ゴリ押し後にTV行脚、まだ5年も先の新紙幣発表と続いて、5月4日には10月26日の予定だった新天皇即位後初の一般参賀を前倒し。
5月25日から訪日するトランプ米大統領を国賓として新天皇に引き合わせ、即位後初の国賓との会見を演出――。

安倍は改元に乗じて新時代到来ムードをあおり、あたかも平成に犯した悪事をチャラにする気マンマンである。
「元号は災厄や大きな不幸があった際、天皇が時間の支配者として時代の空気を一変させるのに使われてきました。
安倍首相も時間の支配者気分で、改元でモリカケ問題に安倍・麻生道路など積み上がった国政私物化の疑惑をご破算にしたいのでしょう。
民主主義の世に時代錯誤も甚だしい発想です。
時の主権者は国民であることを忘れてはいけません」(法大名誉教授・五十嵐仁氏)

 皇位継承に合わせた「恩赦」の実施で、安倍の大罪まで無罪放免なんて絶対に許されない。

令和以降も忘れてはいけない無数の大罪  
平成最後の6年余り、安倍の所業を並べ立てるだけで、それこそ「斬奸状」になり得るくらいだ。
 アベノミクスの失敗をゴマカすため、虎の子の年金基金や日銀マネーなどを鉄火場相場に大量投下し、株高を演出。働き方改革と称した労働規制の破壊で、働く人々に定額使い放題の残業地獄を押しつけ、事実上の移民解禁で外国の安い労働力と競わせ、さらなる賃下げ圧力を加える。

 公約違反のTPP発効で農家は自由貿易の巨大な波にのみ込まれ、水道法改正と種子法廃止で命の源の水と食まで外資に献上。
特定秘密保護法や共謀罪で国民監視を強化する半面、子飼い議員の差別発言は野放しだ。
 内閣人事局を通じて霞が関幹部を牛耳り、歯向かえば報復人事の憂き目に遭わせる。
おかげでヒラメ役人の忖度がはびこり、森友文書の改ざんを筆頭に隠蔽、捏造のオンパレード。

数の力に頼る採決強行乱発で国会を軽視し、安倍の答弁も攻撃的な物言いで野党を非難し、はぐらかす。
息を吐くような嘘も100回繰り返せば怒る気力も失せ、国民の諦めが何回吹っ飛んでもおかしくない内閣の延命を許す。  

あろうことか首相に近い人物のレイプ事件のもみ消し疑惑もくすぶり、今や三権はボロボロだ。
メディアも官邸の難クセに屈し、ちょっとでも政権に意見するコメンテーターは総パージ。
完全に権力の飼い犬に成り下がってしまった。

「『地方創生』『1億総活躍』『人づくり革命』など次々ブチ上げたスローガンの成果はゼロ。
“お友だち”への恩恵や五輪、カジノ、万博など目先の利益を優先させ、国家百年の大計をかなぐり捨てる。
安倍首相は国民の目をくらますだけで長期政権を築き上げた稀有な政治家です」(政治評論家・森田実氏)

 応援団メディアに「外交のアベ」とおだてられながら、ロシアとの北方領土交渉は頓挫、北朝鮮との拉致交渉は1ミリも動かず、対韓関係は史上最悪レベルに達した。
それでいて米国には隷従し、解釈改憲で集団的自衛権行使に踏み切り、土地やカネに加えて自衛隊というヒトまで差し出す。

米国製の高額兵器を爆買いするため、社会保障費の自然増分を総額2兆円近くも削減。
大体、熊本地震から3年、東日本大震災から8年経っても、計約1万8000人もの被災者が仮設暮らしを強いられているのに、国のトップが改元に浮かれている場合なのか。

「天皇大権の威を借りて破滅戦争に突入した戦前の軍部と政府が代表例ですが、いつの世も天皇は時の為政者のハク付けに利用された苦い経験がある。
そうした負の歴史を知っていれば、改元の政治利用は論外。
違憲の疑いもある天皇の国事行為による『7条解散』を繰り返すのも問題です。
安倍首相には、象徴としてのあり方に苦心する天皇の気持ちが理解できないのでしょう。
首相の大きな欠点は歴史を知らず、心がないことです」(森田実氏=前出)

 4月30日、5月1日にかけ改元特番をタレ流し、安倍の薄汚い魂胆に全面協力するTV局も同罪だ。
1億総慶祝を扇動する同調圧力に、10連休中の国民は屈してはいけない。
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2019年05月02日

令和が受け入れられた理由は「意識の低さ」だ

令和が受け入れられた理由は「意識の低さ」だ
ネタとして盛り上がったことも一役買った
2019/05/01 東洋経済オンライン
小口 覺 : ライター、コラムニスト

多くの人が使った「平成最後の〜〜」というフレーズは、5月以降「令和初の〜〜」に置き換わるのでしょう。
新元号「令和」は思いのほか早く受け入れられ、すでに世間に浸透した感もあります。

30年前、平成には慣れるのにもうちょっと時間がかかった記憶がありませんか?
 令和がなぜここまでスムーズに受け入れられたのか、『ちょいバカ戦略』の筆者小口覺氏が「意識低い系マーケティング」の観点で分析します(本稿は書籍からの引用ではなく、書き下ろしです)。

誰にでもある欲望や感情こそが社会を動かしている
意識低い系マーケティングとは、ヒット商品や流行など、世の中のトレンドを「意識の高さ・低さ」で分析し、戦略に役立てる手法です。
意識が高い」とは、知識がある、論理的、公について考えるというような思考です。
片や、「意識が低い」とは、知識がない、感情的、自分視点というような状態です。

一般的には、意識が高いことがよいこととされますが、世の中に与える影響としては、意識低い視点も見逃すことができません。
むしろ、おいしいものを食べたい、贅沢(ぜいたく)したい、ラクしたい、恋したいといった、誰にでもある欲望や感情こそが人、ひいては社会を動かしているのです。

さて、令和に対しての人々の反応を意識低い系マーケティングの視点で分類してみました。
横軸の右側が「意識が高い」、左側が「意識が低い」とします。
縦軸は、上が「ポジティブ」、下が「ネガティブ」です。
ポジティブは賛成、ネガティブは反対にも置き換えられます。

令和が発表されたとき、典拠となった「万葉集」に注目が集まりました。
書店では万葉集やその解説書が売れているといいます。
これを機に日本の古典を教養として知ろうという思考は、意識が高い。
つまり「意識高い&ポジティブ」です。
また、元号は日本の伝統であるから尊重すべきだという保守派の意見もここに入るでしょうか。

「意識高い&ネガティブ」は、思想的に元号に反対、もしくは使われた文字や典拠が学術的に気に入らないという意見です。論争は、意識の高い者同士の間で行われます。

意識低い者同士は、単なるケンカです。
全体からすると、意識の高い人は少数派です。
思想的なこだわりが強い人や、万葉集を読んでテレビで知る意味以上に知ろうとする人は全体からするとマイノリティです。ボリューム的には意識の低い人が多くなります。

30年前の発表が、ネタとしてのテンプレートに 令和が発表されると、TwitterなどのSNSで「ネタ化」が始まりました。
レイワという音の響きが、エリック・クラプトンの「レイラ」に似ていると、菅官房長官の映像に曲をかぶせた映像や、コラージュなどのおもしろ画像がアップされました。
また、令和をプリントしたTシャツなどのグッズがすぐに販売され、NHKの映像で令和の額に手話のワイプがかぶったのがバズり、フリー素材集「いらすとや」はすぐにイラスト化しました。

改元のチャンスは一生に何度もないので、乗っからないと損とばかりにさまざまなおもしろネタが披露されます。
この盛り上がりは、30年前当時官房長官だった小渕恵三元総理が、「平成おじさん」として有名になったことも影響しています。

30年前の発表が、ネタとしてのテンプレートとなったのです。
ネットのネタに盛り上がらなくても、新しい元号が発表されるときに純粋にワクワクした人も含めて、「意識低い&ポジティブ」に位置づけられるでしょう。
もちろん、1人の人間の中にも、意識の高い部分と低い部分があります。
思想として元号に否定的でも、こうしたワクワク感が生じたとしても不思議なことではありません。
そして、ラストは「意識低い&ネガティブ」です。

和暦(元号)が面倒くさいという意見は、かつてからありました。
昭和までは西暦と同じぐらいに使われていましたが、平成以降は西暦を使うことのほうが圧倒的に増えた印象があります。
公文書には和暦での記入が求められ、「今年平成何年だっけ?」と毎回思うものです。
「面倒くさいから要らない」は、元号に反対する最もメジャーな理由だったはずです。

しかし、日常生活で和暦を使用する頻度が少なくなり、面倒も小さくなりました。
運転免許証や銀行通帳もこのタイミングを機に西暦表記となりました(運転免許証は併記)。
保守派は元号の軽視と言いますが、そのぶん一般の人から面倒という理由で反対されることも少なくなったのです。
最大の障害となりそうな、ITのシステム変更も、1カ月猶予期間が設けられたことで、多少は緩和されそうです。
また、今回は天皇の崩御に伴う改元ではなかったのでネガティブ要因が減り、心置きなくネタ化できました。

ネタ化という“遊び”は、戦前なら許されなかったはずです。
いずれにせよ、令和という文字や発音に早く慣れ、早くも定着したのは、ネタとして盛り上がったことも一役買ったのではないでしょうか。

芸能人の不倫もネタ化で許される?
ネタ化がネガティブな要因を覆い隠してしまうケースは、ほかにもあります。
下世話な例ですが、有名人の不倫報道もその1つです。
世間から許してもらえず、いつまでも前の状態に復帰できない芸能人がいれば、笑って許されている芸能人もいます。

許されないのは、「いい人だと思っていたのに裏切られていた」という感情が強いケース、
許されるのはその話題がネタとして笑いにつながった場合です。

三遊亭円楽さんやダウンタウンの浜田雅功さんのように、芸人仲間からいじられて笑いに変わると、ネガティブなイメージは薄まります。
ユーチューバーのヒカルさんは、女性関係を『週刊文春』にさらされましたが、自身のYouTubeでネタ化することで鎮火しました。
俳優の袴田吉彦さんも、「アパ不倫」なるキャッチーなフレーズによってかえって許されたのではないでしょうか。
そもそも他人の不倫になぜ人が怒るかというと、「なんか腹が立つ」という意識の低い感情です。

本当に意識の高い人は、他人の不倫などに興味を持ちませんし、社会性のある話題ではありません。
不倫が増えている社会背景、みたいな考察はありえるでしょうが。もちろん、世間には笑って許してもらえても、当事者となる配偶者に許してもらえるかは別の問題です。

 ネタ化、ウケ狙いによってネガティブな要素がすべて許されるかというと、そう単純ではありません。
政治家の不倫、女性関係のトラブルは一般人よりも厳しく批判されますし、笑いでカバーするのは難しそうです。
さらに、度々問題視される政治家の失言は、このウケ狙いが原因となっています。
政治家の失言は、大抵が講演会など、内輪での発言です。
れが、外に漏れて批判されます。

政治家との発言として正しいか否かは、ある程度意識の高さから来る判定です。
そして、それがNGだとされると、マスコミが大きく報道し、一般の人も怒り、大臣なども辞任に追い込まれます。
毎度「なぜ、政治家の失言が後を絶たないか」と嘆かれるわけですが、政治家も人気商売の側面があり、話題をネタ化することでウケようとする習性が大本の原因といえるでしょう。

笑いをとろうとすると、どうしても、人々の意識の低い部分に合わせてしまい、不適切な表現が入ってしまうのです。
実際に、その場ではある程度ウケるんでしょうし。
また、政治家の場合も、芸能人と同じように、同じ行為・発言でも許される場合と許されない場合があります。
石原慎太郎元東京都知事や麻生太郎財務大臣などは、失言も大きな痛手には至らないのですが、これは知名度が高くキャラクターが確立されているせいでしょう。
「なんか許しちゃう」も意識低めの感情です。

新しい元号と芸能人の不倫、政治家の失言。それぞれ関係のなさそうな出来事ですが、その反応には人々の意識の高低とそれがポジティブ、ネガティブどちらに振れるかが大きく影響することをおわかりいただけたでしょうか。
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第90回メーデー 全国294カ所 15万人以上

第90回メーデー 全国294カ所
9条改憲阻止 消費税増税止める
2019年5月2日(木) しんぶん赤旗

共闘の力で希望の政治を
 市民と野党の共闘の力で安倍9条改憲を阻止し、参院選で安倍政権を退陣に追い込もうと1日、第90回メーデーが全国294カ所で開かれ、15万人以上がつどいました。

東京・代々木公園の中央メーデーには2万8000人(主催者発表)が参加。
「命守る憲法いかす」「消費税10%は止められる」「残業なしで暮らせる賃金に」などのプラカードを手に、都内をデモ行進してアピールしました。

志位委員長が激励あいさつ  
中央メーデー実行委員会の小田川義和代表委員(全労連議長)が主催者あいさつ。
激励あいさつをした日本共産党の志位和夫委員長は、消費税増税や9条改憲、沖縄の新基地建設などをあげ、「国民のたたかいによって安倍政治があらゆる問題で追い詰められています。
日本の政治を変える希望は大いにあります」と強調。

32の参院選1人区で野党候補の一本化を実現し、「共闘の力で『安倍政治サヨナラ』の審判を下し、希望ある新しい政治をつくろう」と訴えました。

 連帯あいさつした「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」呼びかけ人の広渡清吾さんは「国民のなかに憲法9条を守り実現する大きな力をつくりだそう」と呼びかけ。
日比谷メーデー実行委員会から全労協の中岡基明事務局長が連帯あいさつし、「元の生活を返せ・原発被害いわき市民訴訟」原告団長の伊東達也さんが被災地切り捨て政治の転換を訴えました。

 参院会派「沖縄の風」の糸数慶子代表、メーデー発祥地の米国・シカゴの労働者がメッセージを寄せました。

 各労組の代表が「日本人も外国人も安心して暮らせる産業をつくろう」(東京土建)、
「ハラスメントを人権侵害と位置付けるILO条約の批准を求める」(国公労連)と決意表明しました。

 東京・足立区職労の男性(56)は「人員削減され災害などが起きたときに対応できるか不安です。
市民が安心して暮らせる生活を保障するためにも政治を変えたい」と話しました。

安倍政治に代わる政治を
小田川代表委員 主催者あいさつ
 主催者あいさつした小田川義和メーデー実行委代表委員(全労連議長)は、中央メーデー90回の節目の年にメーデーの原点や歴史を思い起こし決意を新たにしようと呼びかけました。

この30年間で大企業は内部留保を5倍化させる一方、労働者の平均賃金は23万円も減少したとして、「労働者から富を取り上げる大企業に怒りの目を向けなければならない」と訴えました。

 元号が変わっても、富の偏在や低賃金・長時間労働、忖度(そんたく)政治はなかったことにできないと指摘。
労働者を人として見ず、安価な労働力として外国人まで確保しようとする安倍政権を批判。

「すべての働く仲間、市民と連帯し、『政治を変える一歩を夏の参院選で』『安倍政治に変わる政治を市民と野党の共闘で』と意思統一しよう」と述べ、安倍改憲阻止のたたかいに全力をあげようと呼びかけました。
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2019年05月03日

「人口減少」と「高齢化」進む日本のヤバい問題

「人口減少」と「高齢化」進む日本のヤバい問題
年金も医療制度も「現状維持」では破綻する
2019/05/02 東洋経済オンライン
小林 昌裕 : 副業アカデミー代表

今年4月1日に働き方改革関連法が施行され、サラリーマンの副業・兼業が本格的に解禁になったが、そもそも政府はなぜ副業解禁を推し進めるのか。
そこにはネガティブな理由があった。
「副業アカデミー」代表であり、明治大学リバティアカデミー講師でもある小林昌裕氏が、
「政府が副業解禁を進めたがる理由」
「日本が近い将来に直面する大問題」について解説する。

これからの日本社会では、誰もが副業をするのが当たり前の時代がやってきます。
その動きはまだ始まったばかりですが、政府主導で副業が推進されているのが実情です。
2018年は「副業元年」と言われ、今後数年のうちに、この動きは加速していくでしょう。
すでに、ソフトバンクグループ、新生銀行、ユニ・チャーム、ロート製薬、コニカミノルタ、ソニー、花王、三菱自動車といった大企業でも副業を認め始めており、今後幅広い業種・業態へと拡大していくと見られています。

なぜこれほど副業が拡大しているのか。
その理由は、現在の日本社会が直面している問題にあります。
すなわち、「少子高齢化」です。
国立社会保障・人口問題研究所が発表した「日本の将来推計人口」(2017年)によると、2015年時点で1億2700万人いた日本の人口は、今の若者が高齢者となる2063年には9000万人を下回り、さらに100年後の2115年には5060万人まで激減すると試算されています。
それほど遠い将来の話でなくても、2036年には3人に1人が65歳以上という「超々高齢社会」が訪れようとしています。

「人口減少」と「高齢化」は回避できない
政治経済や外交問題に関する未来予測というのは、必ずしも当たるものではありません。
ただし、少なくとも人口予測に関しては極めて高い精度で的中します。
自身と日本社会の将来を考えるうえで、“人口減少”と“高齢化”は、大前提となるのです。
これは、かつて当たり前だったはずの“昭和型キャリアプラン”が、まもなく終焉を迎えようとしていることを意味します。

経済産業省の試算によると、「正社員になり定年まで勤めあげる」という生き方をする人は、1950年代生まれでは34%だったのに対し、1980年代生まれでは27%。
「結婚して、出産して、添い遂げる」という生き方をする人は1950年代生まれでは81%いたのに対し、1980年代生まれでは58%にとどまります(次官・若手プロジェクト「不安な個人、立ちすくむ国家」平成29年5月)。

「年金受給年齢」をどうしても引き上げたい政府
「夫は定年まで正社員」「妻は子持ちの専業主婦で、一生、夫に添いとげる」という昭和のモデルケースのような家庭は、もはやごく一部の富裕層に限られると言っていいでしょう。
定年年齢も段階的に引き上げられており、1980年代前半までは55歳が一般的でしたが、1986年に高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)が制定されると60歳定年が努力義務に。
2000年の改正法では65歳定年が努力義務となり、2012年改正法で完全に義務化されました。

政府は現在、70歳定年を目指していますが、これまでの流れから考えると、2020年代には実現するでしょう。
「人生100年時代」と言われるなか、健康な人であれば、80歳ぐらいまで働き続けるのが当たり前になるはずです。
政府が定年を延長したがる理由は、言うまでもなく公的年金の受給開始年齢を引き上げるためです。
年金を含めた社会保障にかかる費用は、2011年度は約108兆円だったのに対し、2025年度は約150兆円まで増大すると見られています(厚生労働省、2012年推計)。
およそ1.5倍です。

日本政府はすでに莫大な借金をしているため、これ以上の財政支出は不可能です。
このままでは、年金制度は破綻してしまう可能性が高い。
今の40代が高齢者になって年金を受け取れるのは、75歳か80歳になってから、なんてことになりかねません。
しかも、給付額が大幅に減るのは確実でしょう。
現在の医療費の自己負担割合は6〜70歳が3割、70〜74歳が2割、75歳以上が1割(70歳以上でも現役並み所得者は3割負担)となっていますが、いつまでも高齢者を優遇し続けることは、財政上不可能です。

2019年10月には消費税が10%に増税されるかもしれませんが、まだ足りない。
今後15%、18%、20%という具合に、上がり続けたとしても、まったく不思議ではないのです。

われわれは「長生きする可能性が高い」
仮に75歳まで定年が延長されたとしても、すべての人が健康で働き続けられるとは限りません。
2017年の日本人の平均寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳(厚生労働省「平成29年簡易生命表」)ですが、平均寿命はさらに延びる可能性が高い。

平均寿命とは、その年に生まれた赤ちゃんがその後何年生きるか推計したもので、例えば、2017年生まれの女性なら平均87.26歳まで生きるということです。
一方、ある年齢の人が、この先何年生きるかを推計したものは「平均余命」と言います。
例えば、2017年に65歳の女性なら、平均余命は24.43年(前出の簡易生命表)なので、89.43歳まで生きることになります。

つまり2017年において、0歳の女性の平均寿命は87.26歳でも、65歳の女性は89.43歳まで生きるということです。
自分が何歳まで生きるかを考えるときは、平均寿命ではなく平均余命で考えなくてはなりません。
平均余命で考えると、男性は90〜100歳、女性は100歳超まで人生は続く可能性が高いと思ったほうがいいでしょう。

医療経済学者で長浜バイオ大学教授(医学博士)の永田宏氏によると、今後も医療技術の進歩に伴い、平均余命はさらに延びる可能性が高いとされており、平均寿命を基準に考えていると、多くの人が“思ったより長生き”してしまうことになるそうです。
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令和の憲法記念日に 国会の復権に取り組もう

令和の憲法記念日に 
国会の復権に取り組もう
毎日新聞「社説」2019年5月3日 

憲法は国の背骨と言われる。
 日本国憲法が施行から72年の時を刻み、姿を変えずに令和の時代へとたどり着いたのは、基本的によくできた憲法であるからだろう。
 ただし、憲法典そのものが修正なしの長寿を保っているからといって、現実の国家運営が健全だということにはならない。  大事なのはむろん現実の姿だ。

国民の代表が集う国会は、絶えず憲法について論じ、その価値体系に磨きをかける努力が求められる。
 安倍晋三首相が政権に復帰して6年半になる。
歴代で最も改憲志向の強い首相は「改憲勢力」の拡張に執念を燃やし、選挙でそれなりに勝利してきた。
それでも衆参両院の憲法審査会は停滞したままだ。

無理を積み重ねた首相
 なぜだろうか。
 野党の硬直的な態度が一因であることは確かだろう。
しかし、本質的な原因は物事の筋道を軽んじる首相の姿勢にあるのではないか。

 ちょうど2年前、安倍首相は改憲派集会向けのビデオで憲法9条への自衛隊明記案を打ち上げ、「東京五輪のある2020年に新憲法施行を」と期限まで付けた。
 いずれも自民党内での議論を積み上げたものではない。
国会で真意をただした野党議員には「(インタビューを掲載した)読売新聞を熟読してもらいたい」と言い放った。

 昨秋、党総裁3選を果たすと、憲法に関わる国会や党の要職を側近で固め、与野党協調派を排除した。
今年2月の党大会では、憲法が自衛隊を明記していないから自治体が自衛官募集に協力しないと、言い掛かりのようなことまで言っている。
 首相の軌跡をたどると、やはり幾つもの無理が積み重なっている。

 国内最強の実力組織である自衛隊を憲法上どう位置づけるべきか。
その問題提起は間違っていない。
 ただ、日本の防衛政策は憲法9条と日米安全保障条約のセットで成り立っている。
9条に自衛隊と書けば、自衛官は誇りを持てるといった情緒論に矮小(わいしょう)化すべきではない。
 ましてや9条改正で日本の抑止力が増すかのような右派の主張は、少子化対策と憲法に書けば人口減が止まると言っているようなものだ。
 だから9条の見直し議論は、日米安保体制や、不平等な日米地位協定の改定を含めてなされるべきだ。
その作業を避ける限り、政権として「戦後レジームからの脱却」をうたいながら、沖縄には過酷な戦後レジームを押しつけるいびつさが続く。

 今、憲法をめぐって手当てが必要なのは、9条の問題よりもむしろ、国会の著しい機能低下だろう。
その最たるものは首相権力に対する統制力の乏しさだ。
 議院内閣制にあって、国会はあらゆる政治権力の源泉である。
国会の多数派が首相を選び、首相は内閣を組織して行政権を行使する。

 ところが、「安倍1強」が常態化してくるにつれ、内閣は生みの親に対してさほど敬意を払おうとしなくなった。
親にあれこれと指図する場面さえも目立ってきた。

貧弱なままの監視機能
 昨年の通常国会では森友学園をめぐって財務官僚による公文書改ざんが発覚した。
行政府が国会を欺くという前代未聞の事態なのに、国会による真相究明はまったくの尻すぼみで終わった。
首相が麻生太郎財務相を更迭することもなかった。

 国会の最も重要な役割は、社会一般のルールとして法律を制定することだ。
多くの国民の利害にかかわるため、法案の妥当性は多方面から注意深く吟味されなければならない。
それには正確な情報が要る。

 しかし昨秋、外国人労働者の受け入れ拡大に向けて政府が提出した入管法改正案は、新制度の具体的な内容をことごとく法務省令に委ねる立法府軽視の形式になっていた。
 憲法の基本思想は権力の分立による「抑制と均衡」だ。
立法府が行政府に必要な統制力を働かせて初めて健全な憲法秩序が生まれる。  

平成期を通した一連の政治改革で首相権力が飛躍的に拡大したのに、国会の行政監視機能は貧弱なままに留め置かれた。
ここに国政の構造的な問題があるのは明らかだろう。
 平成の目標が首相官邸機能の強化だったなら、令和の目標は国会の復権であるべきだ。
国政調査権の発動要件に、西欧のような野党配慮を盛り込むだけでも国会は変わる。
 国会と政府の均衡を取り戻すことが、生産的な憲法対話の近道だ。
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2019年05月04日

不審電話を切れない人はなぜ切れないのか

不審電話を切れない人はなぜ切れないのか
2019年05月03日 PRESIDENT Online

▼老親がオレオレ詐欺被害
■「費用もかからないし、人助けになるなら」と名義貸し

オレオレ詐欺(ニセ電話詐欺)の手口には「溺れる者は藁をもつかむ」状態に追い込むというセオリーがあります。
最近増えている新たな手口が人の親切心につけこむ詐欺。

佐々木道子さん(仮名・72歳)の家にある日、「介護付き有料老人ホームのパンフレットと入居権利申込書」が届きました。その数日後、Aという会社から電話が。
「パンフレットにある老人ホームへの入居希望者が数名いるが、法人からは申し込めないので、入居権利申込書を持っているあなたに代わりに申し込んでもらい、その権利を買い取らせてほしい」

道子さんが「お金がない」と断ると、「介護が必要なのに入れない人がたくさんいるんです。
費用は当社で全額負担するので、人助けだと思って名義だけ貸してほしい」と担当者。
道子さんは「費用もかからないし、人助けになるなら」と、名義貸しを了承してしまいました。

■「犯罪行為になります」という脅しの電話が…
ると数日後、その老人ホームから「入居権は個人にしか販売していないのに、入金が会社名義なのはおかしい。
権利をA社に譲ったならインサイダー取引で犯罪行為になります」という脅しの電話がかかってきたのです。
慌ててA社に問い合わせると「間違って当社名義で振り込んでしまったので、老人ホームと交渉中です。
申し訳ありません」とのこと。

もちろん、すべて真っ赤なウソ。
そして数日後、A社から悪魔のような提案が。
「幸い、老人ホーム側は示談金を払えば、公にしないと言っています。
もし公になってあなたが逮捕されたりしたら大変ですから、示談金の半分は当社が負担させていただきます」。
窮地に立たされた道子さんは「半分もってもらえるのなら」と500万円を支払ってしまったのです。

■頭脳明晰、自信過剰な高齢者ほど騙されやすい
「こんなウソに騙されるなんて」と思うかもしれませんね。
でも、人はパニックになると、様々な方法を検討するのではなく、目の前にある方法で何とか早く危機を脱しようとします。

心理学ではこの特性を「ヒューリスティック」といいます。
犯人はこれを利用し、まずは溺れさせ、藁を差し伸べる、つまりパニック寸前まで追い込み、カネさえ払えば救われるというストーリーに仕立てているわけです。

注意したいのは、頭脳明晰、自信過剰な高齢者ほど騙されやすいこと。
多くのトラブルを乗り越えてきた経験があるため、「自分だけは大丈夫」と過信しやすいからです。
これまでの人生経験に頼って深く考えずにラクをしようとするのも騙されやすい要因です。

一番の対策は、親とニセ電話詐欺について騙す側の視点からよく話し合い、自分たちはどんなリスクを抱えて暮らしているかを一緒に考えてみることです。

肝心なのは、カネを要求されたときは相手が誰であろうと疑うことです。
打つべき一手:カネを要求されたら、相手が誰であろうと疑え! -

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西田公昭 立正大学心理学部教授
1960年生まれ。84年関西大学社会学部卒業。
詐欺・悪徳商法の心理学研究の第一人者として新聞、テレビなどのマスメディアでも活躍。
著書に『マンガでわかる!高齢者詐欺対策マニュアル』ほか。
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2019年05月05日

緩和ケア病棟から追い出される? ケアの現場に持ち込まれた「連帯責任制」

緩和ケア病棟から追い出される? 
ケアの現場に持ち込まれた「連帯責任制」
5/4(土) 配信 BuzzFeed Japan Medical

寄稿:西智弘・腫瘍内科医、緩和ケア医

皆さんは「緩和ケア病棟(ホスピス)」というものに、どういうイメージをお持ちでしょうか。
「死を迎えるために最後に行く場所」というネガティブなものもあれば、「苦痛を緩和して楽にしてくれる場所」や「看護師による手厚いケアを受け、家族や親しい人たちと過ごせる場所」といったポジティブなイメージの方もいるかもしれません。

いずれにしても、人生の最終段階の時間を尊重され、ゆったりと安楽に過ごせるというイメージは共通しているのではないでしょうか。
しかし、この「終の棲家」ともいうべき緩和ケア病棟から「追い出された」と訴えられる事例が増えてきているのです。
いったい、日本の緩和ケア病棟に何がおきているのでしょうか。

元気になったのに絶望に落とされたAさんの物語
Aさんは、60代の女性。
結婚はしましたが、40代で離婚したのち、一人で生活をしてきました。
社交的な性格を生かして、保険の外交員を長年務め、何度も表彰されるほど優秀な社員だったそうです。
しかし、50歳になったころ、胸にしこりがあることに気づきます。
「まさか......」 と思って病院で精密検査を受けたところ、乳がんの診断。
目の前が真っ暗になりましたが、頼れる人もいないAさんは「しっかりしないと」と気持ちを奮い立たせ、手術に臨みました。
手術は成功し、術後にホルモン療法も受け、また仕事にも復帰して今まで通りの生活を送れていました。
しかし、手術後8年が経ったところで再発しました。
骨と肝臓に転移が見つかり、Aさんは抗がん剤を中心とした治療に入ります。
5年ほど、治療を繰り返しながら頑張ってきたものの、病状は徐々に進行します。
骨の痛みが強くなり緊急入院となりました。
痛みのため食事も十分にとれず、徐々に衰弱をしていくAさんに対し、主治医はこう告げました。
「もう回復は難しいでしょう。
余命も1ヶ月は厳しいと思います。
お近くの緩和ケア病棟をご紹介します。
そちらで療養するのが良いでしょう」

Aさんは、「いよいよ自分もおしまいか」と落ち込んだものの、「それならば残された方々に迷惑をかけないようにきちんと
してから旅立とう」と考え、遠くの親戚や友人にお願いして、自宅の処分や身の回りの整理をしてもらいました。

緩和ケアで痛みが取れ、希望が湧いたのに......
そして、緩和ケア病棟へ。
用意されたのは明るくきれいな部屋でしたが、「ここで私は最期を迎えるのか」と思うと涙をとめることができませんでした。
しかし、Aさんにとって予想外のことが起こります。
これまで昼も夜も苦しんでいた痛みが、1日、また1日と無くなっていったのです。
痛みがなくなるにしたがって食欲も回復し、寝たきりだったAさんは少しですが起き上がって歩けるようになりました。
「緩和ケアって、すごいのね。こんなことならもっと早く診てもらうんだったわ」 と、Aさんは担当医に笑顔で伝えました。

「余命1ヶ月と前の病院では言われたけど、この調子ならもっと頑張れそうですよね。
希望がわいてきました」 と話すAさんの言葉に、担当医が少し顔を曇らせたことに、Aさんは気づきませんでした。
そして2週間が過ぎたころ、担当医が回診に来て告げたのです。
「Aさん。病状も安定したのでそろそろ退院しましょう。
どちらに退院されますか?」

それを聞いたAさんは驚き、 「えっ、退院?ここにはいられないということですか?だって私にはもう帰る場所がないんです」
「そうなんですか。
困りましたね。
でも、来週くらいには退院して頂かないと......」
「先生は『病状は安定している』とおっしゃいましたが、この数日あまり食欲もわかないし、痛みも強くなってきている気がするのですが......」
「うーん。当院の場合、30日を超えて入院というのは難しく......」
その言葉を聞いて、Aさんはカッとなって言いました。

それじゃあ、言われた通り1ヶ月で死んだほうがよかったということですか!
 せっかく元気になったのに、どうして喜んでくれないのですか。
私はここに来るべき人間ではなかったのですね」
Aさんはそこまで言うと泣き崩れてしまい、担当医はただ黙って立っていることしかできませんでした。

緩和ケア病棟入院料の推移。
入院が短期間であるほど増収、長期入院は減収という傾向が強くなってきた。

患者さんが長く入院すればするほど儲からない仕組み
日本において、緩和ケア病棟は1990年に保険で認められ、全国での設置が進められました。
今では、400をこえる施設で8000床のベッドが利用できるようになっています。
緩和ケア病棟が作られた当初、その診療報酬は「どれだけ長く入院しても一律」でした。
そのため、私が緩和ケアの研修医だった10年前、病棟には1年を超える入院期間のがん患者さんもいました。

ある患者さんは琴の名手で、季節の行事ごとに和服に着替え、その腕前を披露してくれました。
またある患者さんは長い入院期間の中で、隣同士の部屋に入った方と友達になり、毎日のように廊下に置かれたベンチに腰かけて会話を楽しんでいました。
そういった、ゆったりと過ごす時間の流れが、昔の緩和ケア病棟にはありました。

それが2012年に、入院期間によって診療報酬が変化する仕組みにかわりました。
表にあるように30日以内、30〜60日、60日超となるにしたがって診療報酬が下がる仕組みです。
その結果、「1年をこえる入院」ということは病棟経営上難しくなりました。
この変更の一番の理由は、「緩和ケア病棟という資源をできる限り多くの方に使ってもらいたい」ということだと言われています。

要するに、短期入院で患者さんの症状を早期に緩和し、退院させて、次の患者さんを受け入れていこう、という考えです。
しかし、様々な個別の事情から退院するのが難しいという患者さんはいます。

80代の二人暮らしで、パートナーも病弱な上にお金もなく、介護施設にも行けず自宅での介護も難しいケース。
点滴などが多く、濃厚な医療を長期的に継続しないと症状緩和が難しいケース。
若年で介護保険が使えないうえに、両親の不安が強いため自宅に戻っても救急車で戻ってきてしまうケース......。

自宅に戻れることは理想的ですが、全ての人にとって在宅がベストとは限らないのです。
2017年までの診療報酬制度では、そういった特殊な方々に対応することは可能でした。
長期入院になれば、その分、診療報酬は下がってしまうのですが「まあ、仕方ないよね」ということで目をつむることもできたのです。
退院が難しいケースは年間通しても数名くらいで、その1人が減額になっても、病棟全体の経営に与える影響はそれほど大きくなかったからです。

緩和ケア病棟の哲学をガラッと変えた「入院期間連帯責任制」
しかしこの2018年の診療報酬の改定で、それも大きく変わってしまいました。
入院料1」と「入院料2」とに分けられ、「入院料1」をとるためには「直近1年間の入院日数の平均が30日未満」という条件がついたのです。
他にも色々条件がありますが、今回はこの点のみにしぼって話をします。

この「入院日数『平均』30日未満」という文言をみて、どういったことが起きるかが想像できますか?
これはつまり、先ほどあげたような「例外的な生き方」は「認めない」という宣言なのです。
2017年までは、多くの患者さんが20日くらいで退院していく中で、1名が100日入院していても「仕方ないよね」で済みました。
でも、今では「1名が100日入院」してしまうと困るのです。
「平均」が30日を超えてしまうからです。
そうすると、入院している患者さん「全員から」入院料1はとれなくなり、入院料2に切り替えられます。
1名の長期入院患者さんのせいで、なんの関係もない病棟全員分の診療報酬が「連帯責任で」カットされるということです。

入院料1が2に切り替わると年間約1,500万円の損失になるという試算もあります(参考文献1)
病院の赤字経営が全国で問題となる昨今、1,500万円の損失を受け入れられるところは多くはないでしょう。
結果的に、安寧に過ごせる場を求めてようやく緩和ケア病棟にたどりついた患者さんをして、「入院したその日から、追いだすことばかり言われる」と言わせてしまうような対応が、全国的に行われているのです。
そればかりか「30日以内に退院しない(死亡しない)」見込みの患者さんの受け入れを制限するようなことも始まっています。

緩和ケア病棟から「ケア」が失われ、医療スタッフは逃げ出す
昔のような、患者さんと医療スタッフとの穏やかな心の交流、なんていう余裕は、現場から失われつつあります。
追い出す側・追い出される側の対立が信頼を生むはずもなく、短い入院期間ではその個々の人となりを知ることもできません。
「緩和ケア病棟を多くの人に使ってもらおう」という考えは一理ありますが、患者さんにしてみれば、「他にも苦しんでいる人がいるんだから、あなたが寝ているそのベッドを早く次の人に渡しなさい」と言われても「そんなこと知ったことではない」と感じるのが普通ではないでしょうか。

医療者側もしたくてしていることではありません。
医療者も苦しんでいます。
本来、緩和ケアの現場で働くことを希望する医療者は、病に苦しむ患者さんたちを支え、死に向かっていく中でも「生きていてよかった」と思ってもらえることを自分の喜びと誇りに感じられるような心根の方が多いのです。

しかし、このような診療報酬改定による、緩和ケア病棟の哲学の転換によって、「生きていてよかった」どころか「早く死んでいたほうがよかった」と患者さんに思わせてしまうような現状に、多くの医療者が苦しみ、絶望し、そして現場を去ってしまう方すら出ています。
緩和ケア病棟は、多くの方に利用してもらう医療資源のひとつであることは確かですが、その中で働く医療者だって大事な資源なのです。
そのやる気を失わせ、ケアの質を低下させることが、未来にとってよいとは私には思えません。

「地域ホスピス」という選択肢
:Bさんの物語から 本来ならば、このような「例外的な生き方は認めない」と宣言される診療報酬体系は撤廃されるべきだと考えます。
しかし私たちは現実的にこの体制の中でなんとかしていかなければなりません。
病棟経営にも打撃を与えず、患者さんたちを追い出すでもない、そのような方法はあるのでしょうか?
そのひとつとして「地域ホスピス」という選択肢があります。

地域ホスピスというのは、医療法人ではない、看護師や介護士が中心となる民間の緩和ケア施設。
例えば当院の近くだと「ケアホスピス中原」という施設があります(参考文献2)
今回、当院の緩和ケア病棟を利用しながらも、ケアホスピス中原へ移られたBさんの話を紹介しましょう。

Bさんは、川崎市外に住む80代の女性で、がんで長らく闘病してきましたが、2018年に緩和ケアに専念するにあたって、当院へ通うことを選択されました。
「なるべく長く自宅で過ごしたい。
でも最期は病院がいい。
私は一人暮らしだから。
でも介護施設だけは絶対に嫌よ」 と、最初からおっしゃっていました。

2018年末、体調を崩して当院へ入院したBさん。
このときは、体調も回復して退院したのですが、2019年1月に再入院となってしまい、さらに肺炎を繰り返したことで衰弱が進んでしまいました。
一度、本人の強い希望で自宅に戻ってはみたものの、やはり生活は困難で、1日で再入院しました。
もう、自宅に戻るのは難しいだろうという話になりました。
しかし、そこで問題になったのが「30日間の入院制限」です。

2月以降、比較的病状は落ち着き、食事も食べられていた中で、「どこで過ごすか」を家族とも話し合いました。
結果的に「緩和ケア病棟と継続した医師の診察が受けられる」
「家族が付き添え、看護師など医療スタッフが常駐している」
「介護施設ではない」というご希望の中で、4月にケアホスピス中原に移ることができました。

そして、緩和ケア病棟でも主治医だった私が、引き続きケアホスピス中原へ毎週訪問診療に伺っています。
娘さんは、この入院期間の問題について、次のように語ります。

緩和ケアに入院して、30日で死なないといけないのかと思いました。
でも人間、そんなに都合よく死ねないですよね。
母は、『病院で最期を迎える』というのが希望だったのです。
介護施設だけは嫌と」
「自分たちはこういうところ(ケアホスピス中原)に入れてラッキーだったとは思います。
私たちは早めに緩和ケアにかかれたから、こうやって調整できて、こちらに来ることができましたが、時間がない方だともっと具合が悪くなってから、どうにかしないとならなくなる場合もあるのではないでしょうか。
だから緩和ケアに早めにかかるのをお勧めしたいです」

ケアホスピスには、医師が常駐しているわけではありませんが、看護師によるケアが中心となったこのような施設と、医療が中心となる緩和ケア病棟の役割分担をしていくことが、未来の緩和ケアのひとつの姿といえます。

受け入れてくれる場所もないまま、漂流する患者
地域ホスピスは、もちろんどこにでもある施設ではありません。
介護施設などがその受け皿となってくれることが理想ですが、施設ごとの嘱託医が指定されていて、ケアホスピスのように外部から緩和ケアの専門医を受け入れてくれるところはまだ多くありません。
緩和ケア病棟に長くいられなくなる現状の中で、そこを出ても次に受け入れてくれる場所も整っていないまま、多くの患者さんが居場所を求めてさまよい、つらい思いをしているのが、今の終末期医療の現状なのです。

皆さんはこのような現状をどう思いますか。
そして、あなたたちの地域がどうなっていくのが理想と考えますか。
皆さんのご意見をお聞かせください。

 【西智弘(にし・ともひろ)】 
川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター腫瘍内科医
2005年北海道大学卒。
家庭医療を中心に初期研修後、緩和ケア・腫瘍内科の専門研修を受ける。
2012年から現職。
現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。
一方で「暮らしの保健室」を運営する会社を起業し、院外に活動の場を広げている。
日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。
著書に『緩和ケアの壁にぶつかったら読む本』(中外医学社)、『「残された時間」を告げるとき』(青海社)がある。
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こどもの日に考える 小さな声を拾える社会に

こどもの日に考える 
小さな声を拾える社会に
毎日新聞「社説」2019年5月5日 

 子どもはたたかれても黙っている。
お父さんお母さんが好きだから。
自分が悪いと思ってしまう。
 児童福祉に携わる人々がよく口にする言葉だ。  

「もうおねがいゆるしてください」。
東京都目黒区で虐待された5歳の女児は「反省文」に書き残した。
千葉県野田市の事件では小学4年の女児が「お父さんにぼう力をうけています」と学校のいじめアンケートに書いた。
 こうした子ども自身の声が社会に伝わることはめったにない。
政府はこれらの事件を受けて児童福祉司の大幅増員、体罰禁止などを明記した児童福祉法や児童虐待防止法の改正案を今国会に提出した。
被害にあった子どもの言葉が社会に衝撃を与え、政府を動かしたのである。

辛抱強く待たなければ  
虐待だけではない。
満足な食事が与えられない、修学旅行に一人だけ行けない。
そんな状態でも子どもは困っていると言わない。
それが当たり前だと思っている。

 どうすれば子どもたちは言葉を発することができるのか。
社会の側が小さな声に気づけるようになるのか、考えなくてはいけない。

 「かくれんぼのようなものです」
 静岡市で社会的養護の必要な子どもの支援をしている独立型社会福祉士の川口正義さんは言う。

「もういいかい?」  大人が呼びかけても返事はない。  
「もういいよ」  小さな声が聞こえてもこちらから近づいてはいけない。
 ひどい目にあった子どもは簡単には大人を信頼しない。
安心して子どもが出てくるのを辛抱強く待たなければならないという。

 川口さんらが5年前に作った「縁側フォーラム」は静岡県内の福祉職員や教師、スクールソーシャルワーカー、里親らが集まる会だ。
貧困や虐待で傷ついた子どもの支援に関する研修や啓発活動をしている。
 「夜中に帰ってきた母が僕のおなかを蹴り、死ねと言いました。
それが物心ついた最初の母の記憶です」

 今年1月の研修会で、青年が吐き出す言葉に参加者は耳を傾けた。  
「ふろに入れず、体が臭いので学校に行けなかった」
 助産師を40年以上している女性がためらいながら言った。
 「数え切れないほどお産に立ち会ったけれど、どんな人も赤ちゃんを産むときは命がけです。
あなたのお母さんもきっとそうだったはず」  

何かがすぐに解決するわけではない。
当事者の言葉を聞きながら、それぞれが自らの問題に向き合う。
 幼い子を連れた主婦も最近は増えてきた。
子育て中は社会との接点が少なくなる。
保育所に子どもを預けられない専業主婦は孤立感を抱いている人が意外に多い。
 保育スペースを客席の最前列に設け、参加者が目の前の子どもの声を聞きながら話し合っている。

意見表明の権利保障を  
縁側は日本家屋特有のものだ。
内でもあり外でもあり、何か理由がなくても人々が集まる。

機能や効率が過度に重視される社会ではすぐに役に立たないものは排除されがちだ。
 縁側のような場所が社会からなくなり、生きにくさを抱えた親子が密室の中で孤立している。
そんな現状を変えていかねばならない。

 貧困家庭の子どもらに食事を提供する「子ども食堂」は急速に増え、昨年4月時点で2286カ所が確認されている。
すぐに貧困家庭の子が来なくても、続けることが大事だ。
 「みんなで鍋を囲むって本当にあるんだねと言うんです。
テレビでは見ても、そんな経験をしたことがないから。

子どもの支援とは自らの当たり前を問うことなんです」。
そう言うのは「こども食堂安心・安全向上委員会」の湯浅誠代表だ。

 国連が子どもの権利条約を採択して30年、日本が批准して25年になる。
「生きる」「育つ」「守られる」という権利とともに、「参加する」権利をうたったのが同条約である。
 最近は子ども自身が課題解決に向けて声を上げるための支援が各国で重視されるようになった。
 日本でも都道府県の社会的養育推進計画に子どもの意見を取り入れる方針が明示された。
児童福祉法改正案には子どもの意見表明権を保障する仕組みが盛り込まれた。
 子どもが安心して意見を出せる環境を作ることが必要だ。
大人の都合でかき消してはならない。小さな声を拾える社会にしよう。
posted by 小だぬき at 08:21| 神奈川 ☁| Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月06日

消費税増税、値上げラッシュ…令和をとりまくマネー環境の全容

消費税増税、値上げラッシュ…
令和をとりまくマネー環境の全容
2019年05月05日 女性自身

今年10月には消費税が10%に上がるとされており、すでに生活に身近な食品などの値上げが相次ぎ、家計を直撃している。

2月からはレギュラーガソリンの全国平均価格が9週連続で上昇し続け、
3月からはアイスクリームやサバ缶などの缶詰類、家庭用すり身製品、牛乳などの乳製品の値段が上がった。
5月以降は大手メーカーの値上げラッシュが本格化する。

■家計にかかわる主な価格・制度の変更
【5月】
<サントリー>1日出荷分から1.2リットル以上のペットボトル飲料が一律20円値上げ。
<アマゾン>17日からアマゾンプライム年会費が3,900円から4,900円に値上げ。
<カルビー>21日納品分からポテトチップスなどスナック菓子を順次値上げ。

【6月】
<TOHOシネマズ>一般の映画鑑賞料金を1,800円から1,900円に値上げ。
<東洋水産>1日出荷分から「赤いきつね」など即席めん約200品目を13〜30円値上げ。

【7月】
<カゴメ>1日出荷分からトマトジュース、野菜ジュースなどが5〜10%値上げ。

【10月】
消費税が10%にアップ(見込み/軽減税率制度により、外食・酒類などを除く飲食料品は8%に据え置き)。
中小の小売店でのキャッシュレス決済で最大5%ポイント還元。
値段や消費税が上がる前に買うべきものを買っておかないと損してしまう! と駆け込み消費を考える人も少なくない。

「あまり慌てずに、いったん冷静になって家計のことを考えてみましょう」
そうアドバイスするのは、1万5,000人以上の家計を再生させてきた家計再生コンサルタントの横山光昭さんだ。
「消費税が上がっても、家賃や健康保険適応の医療費、保険料などには消費税はかかりません。

消費税がかかる支出は光熱費や食費、日用品費など月の生活費の3分の2程度。
たとえば、生活費が毎月30万円かかる家計であれば、約20万円分の支出に消費税がかかることになります。
現在の8%で計算しますと、消費税は1万6,000円。
10%になりますと2万円で差額は4,000円。

負担増は4,000円と思えば、それほど苦しいと感じることはないと思います。
焦ってストック買いするほうが家計のムダにつながります」(横山さん・以下同)

むしろ今から増税前までに準備しておきたいのは、改元を機に家計の“お金の流れ”をきちんと見直して、みるみる貯まる“貯め体質”になること。

「一度、支出のすべてを書き出してみましょう。
支出は家賃や光熱費、通信費、保険料などの『固定費』と、食費や日用品費、衣服費や娯楽費などの『変動費』に分けられ、支出を書き出すことでふだんの買い物の浪費グセが見つかります。
“ムダ支出”を見直すだけでも増税分はカバーでき、さらに貯蓄の分も捻出することもけっして無理ではありません。

把握しているつもりの支出も改めて書き出してみると、“なんとなく”“ついつい”使っている支出に気づくもの。
元号が変わるタイミングは、そうした“家計の常識”をガラッと見直すのにもよいチャンスです。
家計のルールを改めて、貯め体質になりましょう」
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2019年05月07日

7割弱が「具合悪い」を訴える日本の異常

7割弱が「具合悪い」を訴える日本の異常
2019年5月6日 プレジデントオンライン
養老孟司(ようろう・たけし)

65歳以上の認知症患者数は2012年には約462万人、25年には700万人となり、認知症予備軍の数と合わせれば1000万人を突破する見込みだ。
今、私たちはどんな対策ができるのだろうか。
長年の解剖学研究の結果から、脳を中心として、社会、文化の問題を考えてきた養老氏に聞いた。

■人生100年時代、日本人が抱くあいまいな不安
実に日本人の7割弱が「自分は健康でない」と思っているんです。
というのも、経済協力開発機構(OECD)が2016年に35カ国を対象に「自分の健康状態は良好だと思いますか?」という調査をしました。
結果、日本は35カ国中34位。
3人に1人しか「自分の健康状態は良好だ」と答えなかったんです。

ちなみに88%の人が「自分の健康状態は良好だ」と答えた国もありました。
アメリカです。
自己肯定感が強い。
健康に関してもそうです。
ほかにも、ニュージーランド、カナダ、この辺が高いです。
やっぱり、自己肯定の社会だなと思いますね。

一方で、日本では7割弱の人が「自分はどっか具合が悪い」って言うんですよ。
医学界とか製薬学会にとって、こんなにいい社会はないですね(笑)。
だから「100歳まで健康で、ちゃんとボケないでいるには、どうすればいいですか?」という質問が、私のところにもよくきます。

日本で平均寿命が長い都道府県、皆さん、ご存じでしょうか。
男女ともに長いのは長野県と滋賀県です。
両県ともに豊かな自然環境で暮らせる地域ですよね。

一方で都会の生活、これは私たちにとって非常によくない。
都会にいると、周りは人工物ばかりです。
植物や地面ですら、人為的に配置され、石ころすら転がってない。
ビルの中にいれば天気に左右されることもないし、蚊もハエも飛んできません。
つまり、無意味なものが一切ない。
我々の祖先が自然の洞窟の中に住んでいた頃と比べると大違いです。

■ボケないために、体のどこを使えばいいのか
そんな現代人のための脳の訓練とは何か。
ボケないためには、目と鼻と耳など、五感を使うことです。
人間の持つ感覚である、視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚……このうち、皆さんは、目はよく使うと思います。
が、それ以外はほとんど使わないでしょう。

人間の脳に入ってくる情報の40%は視覚からの情報だという研究結果もあるので、もちろん視覚は重要です。
嗅覚は非常に原始的なもの。
サルは、嗅覚を司る脳の部分が退化していて、特に人間においては極端に小さくなっています。
しかし、これは記憶にはものすごく深い関係があるんですよ。

認知症を防ぐためには、そういった感覚、普段使っていなかった五感を訓練するのがいいでしょう。
手を積極的に使うのも大切です。
かつてカナダの脳神経外科医ワイルダー・ペンフィールドが電気刺激を用いて、大脳のどの箇所が、体のどの部分に対応しているかを研究し、脳みその中を地図に描きました。
そうすると、手を動かすための領域がものすごく大きくなったんです。
例えば、背中の領域は小さい。pp;p;.
神経の密度が低いから。

それに比べると、手の領域は何倍も大きい。
指先は細かい運動ができるよう神経の密度が高いからです。
脳の大部分を刺激しているんです。
だから、手先を動かすことは認知症対策にとても役に立ちます。
そういった意味では、麻雀をするのもいいでしょう。
パソコンを使うのもいいことですね。

今の人は、昔の人より手先をデリケートに使ってるんじゃないでしょうか。
私なんかは毎日、虫の標本を見ます。
大きさは、4ミリから7ミリと非常に細かい。
ピンセットで虫の足を伸ばして、その微かな音を聞いてみる。
たしかに音がするんです。
これ、特別に私の耳がいいというわけではありません。
人間って本来そういう能力を持っているんです。
日常生活で使わないだけなんです。

本来、感覚は外の世界と結びついています。
しかし近代生活だと、完全にコントロールされてしまっている。
ビルの中にいれば、風も当たらない。
照明も一切変わらず、床は同じ硬さで、必ず平ら。
感覚がほとんど刺激されないんです。
生活の変化への反応も鈍くなっていきます。

例えば、奥さんが新しい洋服を着ていたり、美容院でヘアスタイルを変えてきたとしましょう。
お子さんが帰ってくるとすぐに「お母さん、髪を切ったでしょう。新しい洋服、どこで買ったの?」って聞いてくると思います。
ところが、旦那さんが会社から帰ってきても、いっさい何も言わないんですね。
これ、別に愛情が薄れたわけではなくて、大人は毎日同じような生活をしているから変化に気づきにくい。
これが人間の意識の特徴です。
これだと、やっぱりボケません?

例えば、田んぼを想像してみてください。意識して歩いてみたら本当にいろんなものがある。
土の感触や匂い。
風を感じて、鳥の声を聞いたり。
そういう情報が無意識に入ってくるわけですね。
しかし、都会に来てごらんなさい。
まったく違ってきますよ。

都会は人が生まれた環境ではありませんから。
そして現代は、脳にフォーカスされすぎている。
だから認知症が問題になるんです。
田舎であれば、そんなに大ごとになりません。
私の知り合いのおじいさんが、認知症で入院していました。
いちばん困るのは病院の至る所で小便をすること。
結局、医者が田舎に帰しましたが、そしたら、おじいちゃん、いつも自分の畑に出ていって、必要になるとそこらで小便をしている。
ただそれだけのことです。
田舎にいれば何の問題もない。

都会では、なんでも数値に変換してしまう。
僕はこれを問題だと思っています。
認知症の人にとっては、きつい社会ですね。
患者さんが数値に変わってしまう。
検査をして数値を出したら、マイナスばっかりになる。
あれができない、これができない、そのマイナスをどうやって埋めるかっていう話になり、治療をしようということになる。

■人間がどんどん数値に変えられていく
僕の若い頃なんかは、治療法は少なかった。
そのかわり医者は、非常に丁寧に、患者さんの過去を聞きました。
おじいちゃん、おばあちゃんの病気から始まって、「なんで亡くなりましたか?」という質問、ご本人も「どういう病気をされましたか?」とか。とにかく丁寧に問診しました。

今のお医者さんは、そんな暇はありません。
患者さんの今の体の状態を検査して、すべて数値に変えます。
CTなんかも、あれは全部、数値ですよ。
画像と思っている方もいるでしょう。
あれは、体の各部分を細かい立方体に分けて、そのそれぞれの立方体のエックス線の透過度を数値にするんです。
それで皆さんの状態が、平均値からどれだけズレているかを確かめて、治療を施していくためのデータなんです。

医者は患者を診ない。
見るのはカルテだけ。
検査の結果だけ。
ほぼすべて数値です。
患者さん本人を目の前にすると、顔色から、機嫌から、臭いから、いろんな感覚的情報が入ってきます。
これ、医者にとっては邪魔なんですよ。
そういうものを「ノイズ(雑音)」と呼んでいます。

このような人間の情報化・数値化。
これについて考えるきっかけになったある出来事があります。
ある日、銀行に行ったときのこと。
手続きの途中で、本人確認の書類を求められました。
あいにくその日、運転免許証を持っていなかったんですよ。
それで「僕、今日は免許証、持っていません」と事務員の人に言いました。
すると相手がなんて言ったか。
「困りましたね。養老先生本人だとわかってるんですけどね」と。
僕の顔を見て言ったんです(笑)。
私本人だってわかっているのに、本人確認の書類が要る。
要求されたのは、生身の私ではなく、情報としての私だったんです。
銀行にとってみると、本人はノイズでしかない。

■生身の人間は、ノイズを含みすぎている
マイナンバーに抵抗感がある人も多いですよね。
個人情報を悪用されたらどうするのかなど、さまざまな理由があると思いますが、しかし根本の問題は、生身の私と、情報としての私の折り合いが、まだ社会的に決着していないことです。

今の社会は、情報、つまり意味しか求められていない社会。
それが情報化社会の正体です。
でも、生身の人間は、いわばノイズを含みすぎています。
現代の若者は、ノイズを嫌います。
面と向かって人間と接するよりSNSのほうが好きなのも、これに関係しているはずです。

会社では若い社員が課長にメールで報告をする。
同じ部屋で働いているのに。
課長の顔を見たくないんですよ。
ノイズがいっぱい詰まってますから。
もし、機嫌が悪かったら嫌だ、なんて。仲間同士でも、メールで話す。
本人の顔を見ると余分な情報が入ってきてしまいますから。
これが本質です。

もう1つ医療の話をしますと、薬やサプリメントを飲むことは、何の差し支えもないと思っているんですよ。
だいたいプラシーボって、ようするに偽薬ですけど、これも薬だと思って飲むと4割ぐらいの人には効果があると、はっきり証明されています。
それに本当に病気だったら、飲めば効くわけですから。
薬もサプリも、飲んだほうが具合がいいと思えば、飲めばいいのではないかと、私はそう思っています。
ちなみに、私はどうかというと、薬もサプリも飲みませんね(笑)。

ただし、薬でいちばん注意しなければいけないのは、体の中の滞留時間が長いものです。
「1錠飲んだら1週間効く」という薬は、飲まないほうがいい。
例えばマラリアの予防薬がそうです。
1週間、血中濃度を保ちます。
この薬に仮に副作用があると、大変なことになりますよね。
気をつけましょう。

話を戻しますと、認知症は周囲との関係が大切なんです。
少なくとも現在のような都市生活だと、認知症の人は非常に目立ってしまいます。
認知症の人がそうでないようにいかに暮らせるか。
そういう環境をどうやって維持していくかを考えていくのが重要です。

■「忘却力」だって大切
認知症も人生のうち。お互い様ですからね。
「あ、ボケたんだ」って、それを理解して親切にしてあげれば、別に問題ないでしょう。
無理やり、入院させる必要もない。
もちろん、ご家族が、自宅で介護を背負い込んで疲労困憊してしまってはいけませんから、そこは無理のない範囲で、ですよ。

そもそも、年を取ってくると、自然と物忘れが多くなりますよね。
そうなったら、ある意味仕方がないと割り切るのもいい。
赤瀬川原平さんも「老人力」を提唱して、老いることをプラスに考えようと言っています。
物忘れがひどくなることを、「忘却力が付く」って言っていましたね(笑)。
世界にはいろんな人がいるもので、本当に稀ですけども、記憶力がよくて困るっていう人もいます。
何が困るかって、忘れたいことも忘れられないから本人が「辛い」と言うんです。
だから医者に相談に行く。
何月何日って言ったら、曜日がパッとわかって、その日、何があったって言えるんですから。

うちの女房がそうだったら、僕なんか一緒に暮らせませんよね。
「あのとき、こうだった。ああだった」と、必ず覚えてますからね(笑)。
だから「忘却力」も非常に大切だと考えます。
ちなみに、うちの母は95歳まで生きていまして、ほとんどボケていませんでした。
しかし、ちょっと問題があってですね。
母の場合は、体が動かなくなってしまった。
頭はボケていないので、そうすると、いろいろ文句が多くなって、かわいそうでした。

逆に体が非常に丈夫でいわゆるボケが起こっちゃいますと、徘徊が始まっちゃいますね。
どんどん歩いていってどこへ行ったかわからないと、こういう話になっちゃう。
だから脳・体を含めて全体のバランスが大切なんです。

年を取るっていうことは、今まで生きてきた結果です。
認知症になってもしょうがない。
私は、80歳を超えてますから、80年間の歴史が私の中に入っているんです。
今、梅が咲いていますが、梅の木だって、今のカタチになるまで何千万年、何億年と長い年月をかけて進化してきました。
それを今の人間が頭で考えて、完全に理解できますか?

 その謙虚さは持っていただきたいですね。
人の体も同じです。
でも、もちろんいいんですよ、いろんなことに望みを持ってね。
夢を持って生きるのが、一番だと思います。
(協力=ネイチャーラボ主催「人生100年時代を生きるための“脳”」イベント)

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養老孟司(ようろう・たけし)
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。
62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。
67年、医学博士号修得。
81年、東京大学医学部教授に就任、95年に退官。
北里大学教授、大正大学客員教授などを務め、現在は東京大学名誉教授。
『からだの見方』『唯脳論』『バカの壁』『遺言。』など著書多数。
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2019年05月08日

何もしない人より"失敗する人"がいい理由

何もしない人より"失敗する人"がいい理由
2019年05月07日 PRESIDENT Online

■松永安左エ門に言われた一言
誰かが偉くなるとか、社長になるとか、人の将来なんて見た目だけではわからないものです。
スポーツの場合、素質の有無は早いうちにわかりますが、それでも素質がある人が必ず成功するとは限りません。
ビジネス界だって、「あれ? あいつ、社長になっちゃったよ……」というようなケースは少なくないのです。
ただ、私の目ではわからないものが、女性にはわかることもあるようで、芸者さんなどは「この人は見込みがあるかも」と一瞬で見分けます。

私は貧乏だった頃、某店の女将に可愛がられて、10年ぐらい未払いのまま飲ませてもらっていました。
最後は柿の種しか出てこなくなりましたが(笑)、1999年に国内市場より先に米国ナスダック市場で株式を公開したら、「そろそろ払える?」とさっそく電話がかかってきました。
私は酒ばかり飲んできた行儀の悪い人間ですから、目の前の相手が偉いとか偉くないとか、気にしたことがありません。
そのわりに、なぜか世間的に有名なおじいさんたちから可愛がられてきました。

学生時代、「電力王」と呼ばれた実業家、松永安左エ門さんと飲んだことがあります。
そのとき松永さんから
若いうちはあまり肩書のある人間と会うもんじゃないよ。お互いつまんないんだから」と言われました。
話題が合わないし、若いほうは緊張するだけ。 なるほどと思ったものです。

そのくせ、30代になると偉い人たちと飲むようになりました。
NECを日本最大のパソコンメーカーに育てた関本忠弘さん(元相談役)とは、2人でジンを1本空けて、酔っ払って言い合いになりました。
ホンダ創業者の本田宗一郎さんには「おまえ、生意気なことを言うな」とポカッとやられました。
殴っておいて「これも愛情だ」などと言うので、「愛情はいらないから、痛いのは嫌だ。僕はホンダの社員じゃない」と文句を言ったものです。

若くして亡くなられましたが、東京電力の副社長だった山本勝さんにも、大変お世話になりました。
山本さんは若い人を可愛がり、私が素人ながら通信事業を始めたときにも「面白い」と見にきてくれた方です。
豪胆でいて気配りは万全、私も含め多くの人から尊敬を集めていました。
みなさん、私のような生意気な若造に、よく我慢してつきあってくれたと思います。

■いい子だけど、ちょっと弱い
運というのは大事なもので、偶然や運がないと大会社の社長になどなれないでしょう。
私は、自分は運の悪い人間だと思っています。
運が悪いからインターネットなどをやってきたので、「日本が世界から遅れちゃいけない」と思って立ち上がったものの、なかなか理解されず、それでもやっと仕組みができたのでやめようと思ったら、それもできなくてずるずる続けてきました。 ただ私の昔の仲間には、世の中で知られるようになった人が大勢いて、「もしかすると自分は人に運を与えるタイプなのかな」と思ったりします。

ただ、今の若い人を見ていると、運不運の前に努力しない人が多いと思います。
人間は努力の結果で変わるもの。
大成するためには、変わっていく要素がいります。
優秀な人でも、自分の殻にはまってしまうと伸びません。
逆に見かけがチャランポランでも、そういう精神を持った人もいます。

自分を変える努力ができたうえでの運であり、成功なのです。
人間は本気で努力するときには余裕がなくなり、目が吊り上がってきます。
上に行く人は、必ずそういう経験をしています。
そこは、傍から見ていてもわかりますね。

今のIIJの社内にも、失敗ばかりしているけれども、「こいつ、面白いな」と思う人がいます。
会社としては失敗するより成功してもらうほうがいいわけですが、私は「失敗する人は、何もやらない人よりはるかに見込みがある」と思っています。

何もしなければ、何も起きません。
何か1つ、自分の持っているものを活かせればいいのです。
そういう人を我慢して見守ってやるのが、上の人間の役割です。

一方で「いい子だけど、ちょっと弱いな」という人もいます。
仕事はやればやるほど増えていくもの。
そこを耐えてやり切るか、自分に甘えてしまうかです。

今の日本は、まだ長期雇用の慣習が残っていて、ホワッとしていても生きていける国かもしれません。
それでも向上心のある人は、本気で突っ走って壁を乗り越え、一皮剥けて変わっていくものです。

▼鈴木流 一流の条件
殻を破ろうとしているか
●失敗しているか
●甘えずに仕事をやり切るか

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鈴木幸一(すずき・こういち) IIJ会長(CEO)
1946年生まれ。早稲田大学文学部卒業。
日本能率協会等を経て92年、インターネットイニシアティブ企画(現IIJ)設立。
94年IIJ社長。
2013年より現職。
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2019年05月09日

70歳医師"病人になって初めてわかった"

70歳医師"病人になって初めてわかった"
2019年05月08日 PRESIDENT Online
医師、ジャーナリスト 富家 孝

医師は診断の際、患者に問診を行う。
症状の訴えに応じて、診断を下していくが、実際にどれほどの痛みなのかはよくわからない。
医師で医療ジャーナリストの富家孝氏は、「自分自身が心臓病と糖尿病になって、『これが自覚症状なのか』と驚いた。
医者は病気を『本当』には知らないとわかった」という――。

■医師は病気を「本当」には知らない?
私が医者になって、じきに半世紀になろうとしています。
すでに70歳を超えました。
一般の人ならすでに職業生活を終えて引退している年ですが、医者には定年がありません。
医師免許は終身です。
よって、いまも私は医者を続けているのですが、年齢を重ねてつくづく思うのは、実は病気を本当には知らなかったということです。

もちろん、病気自体は知識と診察の経験から知っています。
しかし、その症状や、そのときどんな感じになるかなどは、医者といえども、実際に体験しないとわからないのです。
なぜそう言えるかというと、私自身が、二つの体験をしたからです。

一つは心臓病、もう一つは糖尿病です。
心臓病というのは、たいていの場合、胸が苦しくなるという自覚症状によってわかります。
私が初めてなにか胸が押し付けられるような感じになったのは、平成16年12月6日の朝方のことです。

■胸に突然の圧迫感と冷や汗
私は手帳に自分の体験を細くメモしているので、正確に記すと、午前7時10分のことで、このとき、左胸部にそれまでになかった圧迫感を感じ、冷や汗が出ました。
医者としての直感から、これは血管になにか異変が生じていると思い、すぐに知己の心臓外科医・南淵明宏氏に連絡を取りました。
彼は、心臓外科の世界では有名な凄腕を持つ名医です。
「すぐ来てください」と言われ、私は彼の病院に駆けつけました。
そうして、CTと心電図の検査を受けました。
すると異常がないということでしたが、エコーを見ると左室が動いていないのです。

「これはステントを入れないとだめですね」と、南渕医師。
冠動脈前下行枝が90%以上が詰まっているというのです。
ステントというのは、ステンレススチールやコバルト合金などの金属でできているチューブで、これを血管に入れることで血流が回復します。
こうして、緊急でステント挿入手術を受けました。

私が医学生のときに習ったのは、心筋梗塞などを起こすと「胸痛、圧迫感、左肩痛、奥歯の痛み」という症状が出るということでしたが、このときの私は、まさにこれに当てはまっていたのです。
結局、病気というのは自分でなってみて初めてわかるものだと、このとき痛感しました。

以来、私は、降圧剤の「ブロプレス」、「テノーミン」、「アムロジン」(Ca拮抗薬)、血液をサラサラにする「プラビックス」を服用し続けています。
また、枕元には血圧計を置いて、いつでも測れるようにしてきました。
南淵医師は、「ステントを入れても、何年かすればまた必ず動脈が詰まることがありますから、結局、バイパスが必要ですよ」と言いました。
そのときはそんなものかと思ったのですが、これもまた本当でした。

ステント挿入の手術を受けてから8年後、2012年12月22日の朝方、私は再び胸痛に襲われたのです。
このときは背中にも痛みが出ました。
それで再び南淵医師に連絡し、検査を受けると、冠動脈の根元のほうが95%も詰まっていました。
このときは開胸して動脈バイパス手術を受け、事なきを得ました。
約2週間入院して、お正月を病院のベッドで過ごしました。

■糖尿病も身をもって体験
糖尿病に関しても同じです。私が初めて糖尿病の気があると診断されたのは、2005年のこと。
血糖値を検査したところ、HbA1c(血中のヘモグロビンのうち、糖化しているものがどれぐらい存在するかの割合)が7.2と、当時の基準値(6.2%未満が優、6.2〜6.9%が良)を超えていたため、以来、血糖値を下げるために、「グリミクロン」(SU剤)を朝夕1錠、「エクア」を朝夕2錠、「メトグルコ」を毎食後3〜6錠、飲むようになりました。

食生活も変え、炭水化物を摂りすぎないようにするため、夕食にはご飯も控えるようにしました。
クスリを飲み始めて2〜3カ月して血糖値は下がりました。
しかし、服用を止めると上がるので、以来、クスリと血糖値の測定は欠かせなくなりました。

糖尿病というのは、いわゆる一般的な病気ではなく、いったんなると治りません。
生活習慣病というのはみなそうです。
つまり、病気というより老化現象と言ったほうがいいでしょう。

糖尿病の場合は、なんらかの原因でインスリンがつくられなくなり、その結果、血液中のブドウ糖の量が増えます。
この血糖値が上がった状態が続くと、疲労感がとれなかったり、のどの渇きが頻繁になったりし、最終的には合併症(神経障害、網膜症、腎症)を起こします。
また、動脈硬化から心筋梗塞や脳梗塞の危険性も高くなります。そのため、クスリと食生活は非常に大事なのです。

■急に足に力が入らなくなる
ただ、糖尿病が怖いのは、高血糖ではなく低血糖です。
低血糖になると、冷や汗をかいたり、目がかすんだりして集中力がなくなり、最後には言葉が出にくくなったり、呂律(ろれつ)が回らなくなったりします。
意識を失い倒れる場合もあります。
低血糖が怖いというのは医者としての常識で、糖尿病患者さんにクスリを処方するとき、「下がりすぎたら危険ですので十分注意してください」と言うことになっています。
しかし、そうは言っても医者自身はマニュアルに沿って言っているだけで、低血糖になると、実際にどうなるかはわかっていないのです。

それが本当にわかったのは、2015年5月に低血糖の症状を実際に体験してからです。
前記したように、私は自分の体調と食事を常に手帳にメモしているのですが、それで確認すると、午後2時ごろ、なにか嫌な感じがし、気持ちが悪くなりました。
うまく説明できないのですが、日頃しゃべるのが大好きな私がしゃべるのさえ嫌になりました。
このとき、私が思ったのは、糖尿病患者さんがよく言う「低血糖というのはこれなのか」です。

それで、あわててチョコレートやクッキーなどを食べました。
糖分を摂るためです。
そうして、1時間ほどで回復しました。
これと同じことが、2016年1月7日の午後7時ごろにも起こりました。
このときは風呂に入ろうとして、足に力が入らなくなったのです。
足を踏み出そうとするのですが、踏み出せないのです。
私は急いで簡易測定器で空腹時血糖値を測りました。
すると、35mg/dlと出たので、このときもあわててチョコレートやクッキーなどを食べました。
すると、約1時半後、血糖値は196mg/dlまで回復しました(正常値は80〜130mg/dl)。

もしなにもしなかったら、そのまま意識を失ったかもしれず、かなり危なかったわけです。
糖尿病専門医は、「エクアをSU剤と併用するときは低血糖に注意してください」と言い、このことは医学書にも書かれています。
私の症状はまさにそれでした。
糖尿病患者さんは、よく私と同じような症状を訴えます。
しかし、その症状を聞いても医者に同じ体験がないと、医者自身は的確な判断と指示ができません。

■「自覚症状」に謙虚になるべし
この歳になるまで、私は実にいろいろな患者さんを診てきました。
しかし、つくづく思うのは、私は患者さんの訴えを頭でわかっていただけということです。
医者は実は、病気に関して本当にはなにも知らない。
そう痛感するようになりました。
そのため、年配の方に私が言いたいのは、歳を取ったら、自分の体が発するサインに謙虚になること。
そして、できるなら同じような体験をしている年輩の医者にかかることです。
そういう医者のほうが、その症状のサインをわかってくれるということです。

若い医者なら、症状を細かく真剣に聞いてくれる医者を選ぶべきでしょう。
歳を取るにつれて、若いときにはなかった変調が体に表れます。
そのとき、私たちは初めていつまでも健康のままではいられないことに気づくのです。
検査が充実したとはいえ、自覚症状がその病気の本当の姿を表しているのです。

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富家 孝(ふけ・たかし)
東京慈恵会医科大卒。
開業医、病院経営、早稲田大講師、日本女子体育大助教授などを経て、医療コンサルタントに。
新日本プロレス・リングドクター。
著書に『不要なクスリ 無用な手術』など66冊。
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2019年05月10日

老いて学ぶ晩学をバカにする人は大バカだ

老いて学ぶ晩学をバカにする人は大バカだ
2019年05月09日 PRESIDENT Online

■「人生100年」の生きがいは自分で探すしかない
95歳、お茶の水女子大学名誉教授の外山滋比古さんが考える、幸福を感じられる生活のコツとは何か。

「昔の人は60(歳)くらいで死んだけど、今は80になっても90になっても死なない。
みな、どうしたら幸せを感じられるかよくわからない。
幸か不幸か、100歳くらいまで続くかもしれない人生の生きがいや、楽しく前向きに生きるための哲学・思想は結局のところ、各自が見つけないといけない。
これは、政治家が教えてくれるわけでもないし、老いてからの楽しい生き方をガイドしてくれる参考書代わりの書籍も世の中には存在しない。
それぞれが手探りでやっていくしか方法はありません。
そういうわけだから何か面白いことないかな、と言っていても始まらない。
誰かから面白いことをもらおうという魂胆はよくない。

何歳になっても、とにかく自分の心が動いたもの、新しいものに挑戦してみる。
純な気持ち、初心でやってみる。
うまくできないかもしれない。
失敗するかもしれない。
でも、それでいいんです。
もがきながらも、先に進めば、精神的に充実し、人生に光が射してくることもある」

■「老いて学べば、即ち死して朽ちず」の精神
かつては晩学をバカにする風潮もあったが、それは間違いだと外山さんは言う。
「江戸時代の儒学者・佐藤一斎が残した『老いて学べば、即ち死して朽ちず』という言葉がありますが、まさにこれです。
いい年をして、新しいことを始めるなんて、と晩学を否定したら、体は生きているのに、心と頭がお休みになってしまう。

上達するかどうかは別問題。
進取の精神を発揮して、新しいことを試みる。
気持ちの赴くまま何にでも手を出し、努力してみる。
そうした生き方が老人の心意気なのです。
ただ、私の個人的な意見を言えば、取り組むのは『世の中の人がやっている』ものはダメ。
人まねは面白くない。

以前、ひょんなことから皇居の周囲を早朝にひとりで散歩していました。
無心で歩いていると自分の頭がキレイになっていくのがわかる。
嫌な感情が消えていき、いろんなアイデアが次々と湧き上がってくる。
30分も歩けば、新しい自分に生まれ変わった感覚でした。

当時はまだ、皇居の周囲を散歩する人はあまりいなかったけれど、ウオーキングが流行となって歩き始めた人々は『長生きしたい、健康のため』と余計なことを考えて仲間と集団で歩いている。
歩くことはもっとクリエイティブなことだと私は思っています」

■仲間との会話の中に、刺激や新発見もある
「人と一緒にやるなら、自分の仕事とは異業種の人を集めて全部で4人くらいの仲間をつくり、定期的に話すといい。
同じ業種の人と集まって喋ったって、全然面白くない。
異業種出身なら会話の中に刺激や新しい発見もある。
そうした時間が、知的に老いるためには必要です。

定年が65歳とすれば、残りの人生は20〜30年。
その時間を孤独でつまらないものとするか豊かなものとするか。
それは自分にかかっています」
そう語る外山さんが今なお取り組むのは執筆活動。
2018年末にも新刊を出し、ますます意気軒高だ。

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外山滋比古(とやま・しげひこ)
お茶の水女子大学名誉教授
1923年、愛知県生まれ。
専門の英文学をはじめ、言語学、修辞学、教育論、意味論など広範な分野を研究し、多数の評論を発表。
著書に『思考の整理学』(ちくま文庫)、『知的な老い方』(だいわ文庫)、『忘れるが勝ち!』(春陽堂書店)ほか多数。 ----------
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2019年05月11日

なぜ人は空気を吸うようにウソをつくのか

なぜ人は空気を吸うようにウソをつくのか
2019年05月10日 PRESIDENT Online

人は空気を吸うようにウソをついてしまう。
そこには悪意があるわけではない。
かしこまった状況が、「よそゆきの顔」をつくってしまうのだ。

デザインディレクターの石川俊祐氏は「市場調査のインタビューは、『会社の会議室』より『自宅のリビング』でやったほうがいい。
リラックスできる場所なら、自然と本音が出てくる」という――。
※本稿は、『HELLO,DESIGN 日本人とデザイン』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。

■一問一答ではなく、「対話」で深層心理を探る
デザイン思考の「リサーチ」において、観察と並んで大切なのが「インタビュー」です。
対象となる人々を傍で「観る」だけでなく、正面から向き合って話を「聞く」。

実際のユーザーやターゲットに問いを投げかけ、その答えから「潜在ニーズ」を導き出すヒントを得る。
それが、インタビューの役割です。

話を聞く中ですぐに得られるのは「顕在ニーズ」。
常日頃から「こうだったらいいな」と感じていることですから、みなさん前のめりで教えてくれます。
しかし、これはちょっとインタビューすれば誰でも得られる情報。
話を聞くスキルもいりませんから、必然的にライバルが多くなる。

似た商品やサービスが増える。スピード勝負になる。
価格競争に陥りやすくなってしまいます。
そこで本物のデザイン思考家がインタビューで探っていくのは、人々の潜在ニーズです。
本人も気づいていないような欲求を見つけるために話を聞いていく……と言うとシンプルですが、そう簡単ではありません。

まず、一問一答式のアンケートのようなやりとりではなく、「一答」もらうごとにていねいに掘り下げていく「対話型」のインタビューでなくてはなりません。
なぜそう思っているか? 
いつからそう感じているか?

 たとえばこういうシチュエーションだったらどう思うか? 
アンテナを研ぎ澄まし、どこかにあるはずのヒントをその場で探っていきます。

■インタビューでは“よそゆきの顔”になる
その中で気をつけなければならないのが、インタビュー中の「ウソ」です。
オフィスに来てもらったりカフェで話を聞かせてもらったりすると、その時点でインタビュイーは「よそゆき」の顔になります。
緊張するし、いいことや期待されていることを答えようとする。
よくも悪くも優等生的で、ある意味「誘導尋問に引っかかってくれる」。
どこにいても自分の意見をはっきり持ち、ブレずに述べることができる人などほとんどいないことを忘れてはいけません。

ある食品ブランドは、それまでのターゲットとは別に、ファミリー向けにもサービスを展開したいと考えていました。
そこで小さい子どもを持つお母さんにグループインタビューをしてみると、「健康にいいオーガニックな食品を選んでいる」「子どもにはできるだけ手作りの料理を食べさせている」と答えた層のボリュームがもっとも大きかった。

……これだけ見ると、「イケる」と思いますよね。
ところが、このお母さんたちの「お宅訪問」をして、ちょっと冷蔵庫を見せてもらうと……冷凍食品がわんさか出てきた! 

電子レンジでチンするだけの総菜や、瓶詰めされた離乳食など、リアルな食生活がそこにはありました。

■だましたくなくてもウソをつく理由
さて、この家庭に、オーガニック食材を一から調理するようなニーズがあるでしょうか?
答えは、「ノー」です。
手を抜きたいわけじゃない。
子どもの健康が気にならないわけじゃない。
なるべく農薬が少なくて栄養豊富な食品を、自分の手で調理したい。

でも、お母さんは圧倒的に忙しいんです。
「共働き夫婦のライフスタイルたるもの」「母親たるもの」という理想に基づいたすばらしい食材を送られてきても、実際は活用できません。

もし、グループインタビューを素直に信じたら、「子育て世代向けオーガニック野菜の定期配達」を企画することになるでしょう。
しかし、はじめは理想から申し込んでくれたお母さんたちも、冷蔵庫の中で腐りゆく野菜を見て後悔し、1カ月後には解約してしまう。
……遠くない将来、サービス自体をストップさせることになるはずです。
もちろん、彼女たちは「だましてやろう」なんて思っているわけではありません。
ただ、「自分をどう見せたいか」「どんな自分でいたいか」という気持ちで味つけされた回答になってしまっただけ。

■願
本音は、どちらも知る価値がある そうさせないためには、どうすればいいか。
できるだけ「リアル」に近い状況で、取り繕わなくていいような状況をつくるしかありません。
会社の会議室に招いてインタビューするのではなく、一軒ずつ「お宅訪問」する。
リラックスできる場所で話を聞く。
できるだけ 「よそゆき」じゃないその人と対話するしかないんですね。

とはいえ、「ウソ」のリサーチがまったく役に立たないかというと、そうではありません。
いわば、ユーザーの「願望」があらわれているわけですから。
この場合、インタビューでの回答(願望=家族の健康を気にかけたい)と冷蔵庫の実状(忙しい)、そしてオーガニックブランドのやりたいこと(ファミリー層に健康的な食事を広めたい)を掛け合わせて考えると、「実現可能なオーガニック」に鉱脈がありそうだと気づけます。
「15分でできるオーガニック料理のキット」なんてサービスもいいかもしれませんね。

「観察」と同じくリアルな現場を用意し、インタビューで本心を引き出すことがいちばんの理想です。
でも、もし本心を語ってもらえなかったと感じても、それを情報として次のプロセス(「問い」を設定する)で活かすこともできる。 宝の山であることに変わりはないのです。

■「極端なユーザー」に話を聞きに行こう
私がリサーチの取っかかりとしてよく使うのは、「極端なユーザー」へのリサーチでした。
一般的なユーザーではなく、プロやオタクのような「超ユーザーの人たち(A)」と「ユーザーではない人たち(C)」に話を聞くのです。
たとえばスマホに関するリサーチだったら、3台持ちで使いこなしているユーザーと、人生で一度もスマホを所有したことがない人、というふうに。

なぜこれら両極端な人たちに話を聞くべきか。
「スマホを持っていて、主に使うのはメッセージアプリとSNS」といったコアのユーザー(B)は、「すでに使ってくれている人」だからです。
ものすごい不満や要望がないから、またそこそこのリテラシーがあるから使ってくれているわけで、出てくるのは「おサイフケータイ機能がついてるといいな」
「もうちょっと軽かったらいいな」といった、現実的で顕在的なニーズのことが多い。

言ってしまえば、誰でも考えつくレベルのアイデアに留まってしまうんですね。
それらを聞いて素直に反映しても、「あっ」と人を惹きつけるものにはなりません。
改善で終わってしまうのです。

■スマホを使わない人には“意志”がある
一方、AとCの人の話は、開発側に大きな気づきを与えることが多い。
Aの場合は、開発者が想像もしていなかった、特殊な使い方をしていることがあります。
すると、そのプロダクトに関する、隠されたニーズを発見することができるのです。

Cの場合も同様です。これほどスマホが普及しているにもかかわらず、あえて使わないユーザーには、「使わない」明確な理由が存在します。
その理由を掘り下げていくうちに、多くの人が「そういうものだ」と無意識のうちに我慢している課題や、それを乗り越えるための手段が見つかるはずです。
つまり、極端なユーザーは、肯定的であれ否定的であれ、明確な意見や要望を持っていることが多く、それによって効果の高い調査結果を得ることができるのです。

(AnyProjects 共同創業者 / パートナー 石川 俊祐 画像=iStock.com)
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2019年05月12日

なぜ日本人は承認欲求という“病”にかかりやすいのか。

なぜ日本人は承認欲求という“病”にかかりやすいのか。
May. 08, 2019 Business Insider Japan

平成の30年間、日本は経済分野を中心にさまざまな分野で停滞してきた。
その要因の一つとして、同志社大学教授で『承認欲求の呪縛』の著者でもある太田肇さんは、「日本では他人から認められたいという根源的な『承認欲求』に、個人も組織も呪縛されたこと」を挙げる。

「バイトテロ」も、イチローの選手生活終盤の苦しい成績も、若い世代の画一化も、周囲の目を気にしたり、期待に応えようとしたりするために生じた現象だと言う太田さんに、なぜ日本人は「承認欲求」にとらわれやすいのか、そして、「承認欲求の呪縛」を解くための処方箋を聞いた。

浜田敬子BIJ統括編集長(以下、浜田)
:近年、飲食店のアルバイトらが不適切な動画をSNSに投稿する「バイトテロ」が問題になっていますが、太田さんはこの要因としても「承認欲求」を挙げていらっしゃいます。

太田肇さん(以下、太田)
「周囲から認められたい」「自分を価値ある存在と認めたい」という承認欲求があると思います。
これは人間の根源的で、非常に強い欲求で、あらゆる行動は承認欲求に基づいていると考えています。

例えば、従業員がいい評価を得ようと仕事に励む、スポーツ選手がオリンピックの金メダルを、作家が芥川賞や直木賞を目標にして頑張る。
これらも「認められたい」という気持ちの表れです。

浜田
:真っ当なことですよね。

太田
:これが承認欲求のプラス面です。
ただ、例えば会社の上司から「素晴らしい成果だった。
次も期待してるよ」と言われると、それが重荷となったり、あるいは組織内でキャラを設定されると、その役割を演じないといけないと思うようになったりする。
これが「承認欲求の呪縛」なんです。

「承認欲求なんて気にしていない」と言う人が実はものすごく気にしていることもある。
承認欲求は誰の心の中にでも潜んでいるモンスターのようなものです。
ですから、その強さや隠された危険性にもっと注目をしてもらいたいのです。

「期待に応える」に過剰適応
浜田
:著書では、いろいろな現象が承認欲求の呪縛ということで解き明かされています。
承認欲求が、いい働きから呪縛になってしまう“境界”はありますか?

太田
:「認められたい」が「認められねば」に変わったときです。
これまで日本の学校や会社では「期待に応えられる人」が評価されてきました。
それにならされた我々は過剰適応しやすい。「課された仕事や勉強を100%こなす。
そうすると、さらに目標が高くなる。
それでも頑張って達成してしまう」という悪循環に陥る。
こういう優等生タイプは常に期待を超えて生きてきたから、期待を裏切ることに慣れていない。
だから、「できません」と言う自分を許せず、つい頑張ってしまう。
でもこれを続けているといつか潰れてしまうでしょう。

浜田
:多くの人が無意識のうちに、承認欲求の呪縛にとらわれているんですね。

「望ましい日本人」が陥る風土病
太田
:先日、現役引退を表明した野球選手のイチローはかなり承認欲求が強かったと思います。
彼はアメリカのメジャーリーグ「マリナーズ」では素晴らしい成績を残しました。
おそらく、この頃は「最高のプレー」をすることだけに集中していた。
でも、「ヤンキース」に移ってからは本人が「チームのために」プレーするようになったと言うように、「期待に応えなければ」と考えたのでしょう。
これに比例するように成績がぐっと下がってしまった。
承認欲求の呪縛に陥ったのだと考えています。

浜田
:承認欲求の呪縛は日本特有のものなのですか。

太田
:日本の風土病だと思います。
日本では生真面目で几帳面であることが「望ましい日本人」とされてきたということや、恥、面子を重んじる社会ということが前提です。

例えば企業は、島国であることや終身雇用制になっていて労働力の移動が少なかったために、組織でのポジション争いのときに、誰かが選ばれると誰かが弾かれるということが明らかだった。
つまり、優れた人を認めるより、和を乱さない人や決められたことを守れる人を評価する減点主義の傾向になる。

さらに、効率化を重視する工業社会のおかげで経済成長できたという成功体験が上塗りされて、企業や学校、地域といったあらゆる組織でミスをせずに作業を進められる「いい子」「真面目な人」が求められてきました。

根本にある同調圧力や共同体型組織
浜田
:日本企業で評価されるのは、そういう「組織から見た望ましい人」ということですね。

太田
:そうです。
彼らは短期的に見れば真面目で、会社としては「望ましい社員」です。
でも長期的に見れば、呪縛にとらわれてどんどん内向きになり、イノベーションを生み出せない。
組織としても社会としても次第に地盤沈下し、日本全体が縮んでいきます。

浜田
:それでもなぜ、企業は解決しようとしないんでしょう。

太田
:それは既得権が絡んでいるからです。
日本の場合、若い人よりも年配の人、女性よりも男性、外国人よりも日本人の方が利益を得ていて、彼らが変えたくないと思っている。
して、その彼らに権限が集中しているのでなかなか変わりません。

浜田
:根深い問題ですね。
経営層はイノベーションが生まれない背景として、従業員が承認欲求の呪縛にとらわれていることを自覚しているのでしょうか?

太田
:わかっていないと思います。
若い社員が受け身だとか、離職が多いといった現象に対しての危機感はあります。
でも、その水面下に承認欲求の呪縛があって、その根本には自分たちの企業がもたらす同調圧力や共同体型の組織があるというところまではわからないでしょう。

大学入試を頂点とした受験制度の改革を
浜田
:日本の伝統的なエリート企業や官僚などの世界で近年、不祥事が相次いでいます。
これは、そこで働く人々が外からどう見られているかという評価を気にしている、つまり、組織自体が承認欲求の呪縛に陥っているように見えます。
もっと言えば、日本全体も呪縛に陥っているのではないかと思います。
この息苦しさはどうすれば解決できるでしょうか。

太田
それは異論が唱えやすい、一色に覆われるのではないカラフルな世界にするしかありません。
大学受験を頂点とする現在の受験制度では「いい子=先生に従う子」でいることが得だということが子どもたちに刷り込まれていて個性を発揮できません。
まずは、受験制度を根本から変えることです。

浜田
:平成はもっと多様な価値観が広がるだろうと思っていましたが、実際には共同体意識や同調性がむしろ強まっている。
30年前の入社式の写真と最近のものを比べると、今の学生の方が選択肢は多いはずなのに、みんな同じ色のスーツに身を包んでいる。
これも「優等生」を再生産するという教育の結果なんでしょうか。

太田
:日本では「個性を伸ばしたい」と言いながら、組織があえて呪縛しようとしている節があります。
大学も今は出席をしっかりと取り、単位の認定を厳しくして管理を強化しています。
学生たちも社会で「扱いやすい人」が評価されるということを経験的に知っています。

多元的な居場所をつくる
浜田
:学生や社会人が呪縛にとらわれない方法はありますか。

太田
自分が属する場所を一つにせず、多元的に帰属することです。
学生だったら学校以外にバイト先や家、地元など、社会人なら会社のほかに兼業先や大学院、趣味のサークルといった別の世界を持つことが大事です。

「今いるここがすべて」となると、そこで承認を失ったら、その人のすべてを失うことになる。
そうすると、「人と違ったことをして周りから浮く」なんてことは怖くてできない。
つまり、呪縛がますます強まってしまうんです。

浜田
:偏差値教育という世界でずっと承認され続けた人、例えば東大の学生はいかがでしょうか。

太田
:彼らは東大に入ったことがゴールではないことに気づき始めています。
以前は優秀な学生は官僚をめざしましたが、今はベンチャーや外資系の企業に行きたがる。
つまり、かつては「東大に入った=自分には能力がある」と思えて、承認欲求が満たされていた。

ところが今は、東大卒だからといって必ずしも社会で活躍できないし、学歴のない人に負けることもある。
だから、実力で勝負するしかない世界で勝たないと自己効力感を満たせなくなったんです。

浜田
:日本全体が停滞して、「もうこの先はない」というところまできている。
東大生も危機感を持ち、企業も追い詰められている。
この停滞を解消するきっかけはどんなことでしょうか。

太田
:例えば企業で兼業や副業が認められていけば、まず従業員の意識が変わります。
構造的に見ればIT関係は小さな企業が大企業と戦えるようになってきた。
そうなると大企業も変わらざるを得ない。

社会的に見れば、外国人をはじめとするいい意味での「異分子」が入ることでダイバーシティーが進み、組織の風土が変わっていく。
こういった「外圧」がきっかけになって、日本全体は大きく変わっていくはずです。
その変化はすでに始まっていると思います。

(聞き手・浜田敬子、文・宮本由貴子)

太田肇:同志社大学政策学部教授、
同志社大学大学院総合政策科学研究科教授、
経済学博士。
主な研究分野は、個人を生かす組織・社会づくり。
1954年兵庫県生まれ。
神戸大学大学院経営学研究科修了。
『承認欲求』『「ネコ型」人間の時代』など著書多数。
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2019年05月13日

日本人の6割が“生きづらい病”「毎日だましだまし生きている…」

日本人の6割が“生きづらい病”「毎日だましだまし生きている…」
日刊SPA! 2019/05/09  

仕事や家庭などさまざまな場面で感じる「生きづらさ」が日本人に蔓延している。

30〜55歳までの男女2000人を対象にしたアンケート調査でも64.5%の人が生きづらいと感じている現代社会。
もはや国民病とも言える、その病理に迫る!

◆幼少期の親との関係で自己肯定感が低下する
 繊細すぎる感性を持つ『HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)』という気質や発達障害など注目を集めているが、精神疾患に分類される「複雑性PTSD」も生きづらさを生む要因とされている。

「阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件の後に『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』が広く世に認知されましたが、命に関わるようなトラウマ体験に遭遇せずとも、家族との不遇な関わり、いじめなどを体験することで、本人の自覚のないうちに心に深い傷が残ることがあります。
こうした傷が積み重なると、他人への恐怖感や不信感、自己肯定感の低下に繋がることも。
これを『複雑性PTSD』と呼びます」(精神科医・坂本誠氏)

 生きづらさの要因になる複雑性PTSDは、親の離婚、厳しいしつけ、恋人との離別、親友の裏切り、教師からの過度な叱責など、誰もが経験しうることが原因で引き起こされることがあるという。
大手メーカーに勤める竹井正博さん(仮名・35歳)も複雑性PTSDによる生きづらさを感じる一人だ。

「物心つく頃から、家で両親がしょっちゅう喧嘩していて、子供ながらに親の機嫌をうかがいながら怯えて暮らしていました。
さらに母からは『お父さんみたいにならないよう頑張って勉強しなさい』と口酸っぱく言われ、テストでいい点が取れないと叱責される毎日。
『いい息子を演じ続けよう』とがむしゃらに勉強していました」  
おかげで学生時代の成績は常にトップクラス。
友人もできたが、竹井さんは「本当の意味で人と心を通わせたことがない」と語る。
「いつ相手の感情の矛先が自分に向くかわからないので、笑っていてもビクビクしているし、人を深く信頼できません。
それに幼少期から『こう言ったら相手が喜ぶだろう』『人からこう見られなきゃいけない』とその場その場で取り繕うようなことばかり考えていたので、ときどき自分の感情がわからなくなるんです」

◆入社4年目、上司からの叱責で「何かが壊れた」
 大学を卒業後に有名企業に就職。
順風満帆な経歴を送ってきたが、「だましだまし生きている」という感覚は日に日に強くなっていた竹井さん。
入社4年目、上司からの叱責で「何かが壊れた」という。

「強い叱責ではなかったと思うんですが、ふと涙が溢れ『もう俺は社会でやっていけないな』と感じたんです。
翌日には退職届を出し、引きこもるようになりました」
 その後何度か再就職するも、人間関係や仕事がうまくいかなくなるたびに自分を責め、フェードアウトする道を選んできた竹井さん。
現在は失業保険で生活を送る身だ。

「親にはそんな現状をまだ話していません。
まだ“理想の息子”でいたいのかな……」
「誰の心にもトラウマになりうる過去はある」という坂本氏。
生きづらさを克服するためには、自覚のないまま放置された過去の心の傷と向き合う作業も必要なのかもしれない。

◆複雑性PTSDのセルフ診断リスト

□ 特定の時期の夢を何度も見る
□ 喜怒哀楽の感情が薄いほうだ
□ 感情を他人に出すのが怖い
□ 思い出したくない過去がある
□ 「自分なんかどうなってもいい」と思うときがある
□ 昔の体験に関する人物(似ている人を含む)、場所、名前、時期に近づくのが怖い
□ 安心できる人に対して、つい攻撃的な感情が出る
□ 日々のなかで「現実感がない」と感じることがある
□ 夜になると怖い
□ 人を信じられない

<0〜2個> 0〜2個ならば複雑性PTSDの可能性は低いと考えられるものの、過去のトラウマに対する自覚があるならば医師に相談すべき
<3〜10個> 複雑性PTSDの可能性が高い。
すでに日常生活に支障が出ているケースも十分考えられるため、専門家への受診が推奨される

【精神科医・坂本 誠氏】
メンタルクリニック エルデ院長。
日本で実践できる医師が少ない対人関係療法をもとに、PTSD、うつ病などの患者と日々向き合う

<取材・文/週刊SPA!編集部>
※週刊SPA!5月7日発売号「[生きづらい病]の正体」特集より
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安倍御用言論人のウソ「消費増税延期」説を信じるな

安倍御用言論人のウソ「消費増税延期」説を信じるな
2019年05月13日 SPA!(倉山 満)

◆にわかに「消費増税延期」などと観測気球が
 統一地方選と衆議院の補欠選挙が終わった。
 統一地方選では、全体的に自民党は堅調だった。
地方議員は、地元と密着しているかが重要であり、個人の日常活動が問われる。

 一方で、政党の力量が問われる選挙が国政選挙だ。
大阪と沖縄で行われ、0勝2敗。
さらに、大阪府知事と大阪市長選挙も行われ、0勝2敗。
自民党は他の全政党と包囲網を組みながら、日本維新の会に完勝を許した。

維新は、大阪府議会では過半数、市議会でも圧倒的多数の第一党を獲得した。
ここまで含めると、0勝4敗である。
 明らかに、安倍自民党の驕りに対する、有権者の不満のマグマが渦巻いている。
そして永田町には、またぞろ解散風が吹き始め、「消費増税延期を公約に、衆参同日選挙」だの、「延期ではなく、減税」だのと観測気球が上がり始めた。

 沖縄と大阪は、もともと自民党が劇的に弱い地方なので、「予定通りの敗戦」のはずなのだが、誰が何のために流しているのだろう? と訝かしむかもしれないが、答えは簡単だ。
安倍御用言論人が商売のために流して、世を惑わしているだけだ。

◆安倍御用言論人のウソ
 だいたい、そういう風説を流す安倍御用言論人を見ろ。
一人残らず、詐欺師の顔をしている(苦笑)。
そういう輩に限って、「4月までに増税延期を決断しなければ、増税は確定する。
しかし、それまでは安倍首相が増税を決断したなどと決めつけるな」と言いふらしていた。
そうして、批判を封殺してきた。

 2017年衆議院選挙、2018年自民党総裁選挙、そして今年度の予算には増税分の財源を盛り込んでいる。
安倍首相は自ら「今度こそ消費増税をやり抜く」と何度も言い切っている。
本人がやると言っているのに、安倍御用言論人がこれまでの支持者をつなぎ留めようと嘘を振りまいているのだ。
しょせん、そいつらも商売だから大人の態度で冷ややかな目で見ればいいではないかとも思うが、知らない人は騙されるだろう。

◆なぜ自民党は増税をしたいか?
 では、なぜ自民党は増税をしたいか?
 最大の理由は、財務省に逆らえないからだ。
財務省は、国家の意思である予算を握っている。
仮に逆らえば容赦なく税務署が飛んでくる。
何より、自民党の政治家は政治の素人の集団なので、財務官僚に作文を書いてもらわねば何もできない。
 自民党議員が、どれほど頭が悪いか。
彼らは勉強熱心である。
どんなに勉強しても成績が上がらない受験生のように。

自民党の議員は朝早くから、それこそ6時や7時から「朝食会」と称して、熱心に勉強している。
そこで何をしているのかと言われれば、官僚の話を聞いているのである。
官僚が間違えたり嘘をついたりしたら、どうするのか?
 そもそも官僚とは、ポジショントークから逃れられない生き物である。
ご説明している本人が信じていない内容も、役所の立場として仕方なく熱弁している場合も多々あるのだ。

だからこそ、政治家は官僚に会う前に自分で勉強して「頭を作って」いなければならないのだ。
ところが、自民党は官僚機構をシンクタンクとして重宝している。
 本場の欧米では、官僚機構の情報に対抗できる民間人の知見を集積するからシンクタンクなのだが、官僚から情報を貰って喜んでいる自民党は、絶望的に頭が悪い。

◆政官財、それぞれの劣化
 政治家にとって、増税の最大のデメリット(リスク)は、選挙で負けることだ。
しかし、自民党には守護神がいる。
野党だ。
昔は、社会党。今は民主党が、名前を変え分裂しながら自民党を支えてくれている。
この体たらくの安倍内閣を倒せないなら、もはや自民党政権は永久に続くようなものではないか。

 マトモな野党が存在しない以上、自民党議員であり続ける限り、落選はない。
ならば、財務省からおこぼれを貰って後援会や業界にバラまいたほうがいい。
 こんなことを続けてきたので、今や支持者から「補助金をとってこい」「増税に反対なんかすると、予算貰えないじゃないか」と文句を言われるようになる有り様だ。

 これを「政官財の鉄のトライアングル」と呼ぶ。
業界人は自民党に政治献金をし、当選させる。
政治家は当選させてもらった見返りに、財務省から予算を貰ってくる。
今や、「財務省>自民党>業界」の力関係が確立してしまった。

 理由は三者ともに劣化したが、特に罪が重いのが財界人だ。
 まず政治家など、ここで取り上げるだけ時間の無駄だ。
選挙が忙しくて政治ができない人たちなのだから。
しょせん官僚は人に使われるのが仕事だ。
使いこなせないほうが悪い。

◆製造業や中小企業までが増税賛成…死にたいのか?
 かつて、政治家や官僚が誤りそうになった時、厳しく意見を述べるのが財界人の役割だった。
実際、識見を持った財界人がいた。
 絶頂期には、「財界四天王」と呼ばれる人たちがいた。
別名、「小林中(あたる)と三人の子分たち」である。

その三人の子分とは、桜田武経団連会長(日清紡社長)、永野重雄商工会議所会頭(富士製鉄社長)、水野成夫経済同友会幹事(産経新聞社長)。
いわゆる経済三団体の長である。
そして小林自身は、日本開発銀行やアラビア石油などの社長も頼まれて務めたが、「一介の素浪人」を名乗っていた。
愛国財界人なので、権力者に己の信じた正しいことを伝えるのが使命と心得ていたからだ。

 吉田茂内閣末期。
造船疑獄で吉田首相は政権に見苦しくしがみついていた。
これを見かねた小林は三人の子分を引きつれ、退陣勧告に赴いた。
20歳以上も年上で恩人の吉田に向かって、「アンタ、老害だからやめろ」と言いに行ったのだ。
ほどなくして、吉田は身を引いた。

 池田勇人に対しては、「お前の政治資金など全額みてやるから、高度経済成長をやれ!」と要求した。
池田も心得たもので、喜んで飛びついた。
池田自身も財界人や官僚、学者などあらゆる人の話を聞き、自身が勉強して高度経済成長が日本に必要だと確信していたからだ。
小林に言われるまでもなく、反対派の政治家や官僚を説得していった。

 ところが今や、この状況で製造業や中小企業の経営者までが増税に賛成だ。
死にたいのか?
自分の仕事もわかっていないのか?

 今の日本がダメな国なのは、金持ちに識見がないからだ。
これからは教養がある人間が金を儲けて、正しく使うしかない。

【倉山 満】
憲政史研究家 ’73年、香川県生まれ。
’96年中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程を修了。
在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員として、’15年まで同大学で日本国憲法を教える。
’12年、希望日本研究所所長を務める。
同年、コンテンツ配信サービス「倉山塾」を開講、翌年には「チャンネルくらら」を開局し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を展開。
ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』など著書多数
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2019年05月14日

人生を変える「ここだけの話」を引き出す方法

人生を変える「ここだけの話」を引き出す方法
2019年05月13日 SPA!

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。
自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。
自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か?
そのヒントをつづる連載第101回

 仕事でもプライベートでも「ここだけの話」というものがあります。
周囲の気配をうかがいながら、こっそりと語られるその内容は、物事の評価や人物の印象を一瞬で変えてしまいます。
 ある男性は実家のお墓まいりに行った時に、父親に「お前はもう知ってるんだよな?」と尋ねられました。
なんのことかわからず、「何が?」と彼が聞き返すと、自分と二人の兄が腹違いだと打ち明けられて驚いたそうです。

 彼はその二人の兄との間に壁を感じていました。
その影響か、人間関係
全般に対して引っ込み思案なところがありました。
現在はそんな自分を変えるべく、色々な集まりに積極的に参加するようになりました。

 私たちは直接的な原因を求めます。
たとえば人間関係なら、自分と相手のどちらに問題があるのかを考えようとします。
しかし、実は間接的な遠因の方が強く影響していて、それが無用な気後れや対立を招いています。
その遠因が明らかになる機会が「ここだけの話」です。

 情報社会はこうした遠因から人を遠ざけます。
私たちは「いつでも、どこでも、誰でも」という均質的な情報を求めています。
「それをやればうまくいく」というインスタントな話を欲しがっています。
しかし、そんなものはありません。
他人を参考にして、自分なりの答えを出すしかないのです。

 情報社会は確かに便利です。
家にいながら、ネットや本で色々と知ることができます。
しかし、それで知ることができるのは全体のごく一部に過ぎません。
ネットも本もパブリックなメディアです。
あまりあれこれ話しすぎると、本人は良くても、周りに迷惑がかかります。
そのため、語られる内容にも自然と制限がかかっています。

 自分の人生が変わるきっかけになるような「ここだけの話」を聞くには、実際にそこに行くしかありません。
ネットや本で「これは!」と思った人がいたら、その人のセミナーや講演会に行ってみましょう。
そして、できるだけ質問しましょう。
 セミナーや講演会では、質疑応答の時間が大抵設けられています。

「いい質問です」と言われるような質問をすると、「ここだけの話」を披露してくれます。
相手から話を引き出すコツは体験談です。
大切なのは理屈よりも理由です。

どうしてそう考えるようになったのかを語る時に、打ち明け話をする空気が生まれます。
 よく「言葉は生き物」と言いますが、話もまた生き物です。
お互いの空気が温まらないと出てこない話題があります。

あなたが真剣に尋ねれば、相手も真剣に答えてくれるでしょう。
そういう本気の会話が人生を変えるきっかけになります。
 これは実は当たり前の話でもあります。
たとえば音楽の場合、録音よりもライブの方が感動できるのは、誰もが知るところです。
ところが言葉の場合だと、文章もトークも変わらないと思ってしまいます。
実際は生の言葉の方が、何倍も印象に残ります。

 ネットや本でわかることはたくさんあります。
しかし、実際に会って初めてわかることも同じくらいたくさんあります。
気になった人には直接会うようにしてみてください。
自分のこれからを考えるよい刺激になるでしょう。


【佐々木】 コーチャー。
自己啓発とビジネスを結びつける階層性コーチングを提唱。
カイロプラクティック治療院のオーナー、中古車販売店の専務、障害者スポーツ「ボッチャ」の事務局長、心臓外科の部長など、さまざまな業種にクライアントを持つ。
現在はコーチング業の傍ら、オンラインサロンを運営中。ブログ「星を辿る」
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2019年05月15日

「北方領土を戦争で取り返す」発言の丸山穂高衆院議員だけじゃない、維新はネトウヨの巣窟だ!

「北方領土を戦争で取り返す」発言の丸山穂高衆院議員だけじゃない、維新はネトウヨの巣窟だ!
2019.05.14 LITERA編集部  

またもや維新議員のトンデモ発言だ。
日本維新の会の丸山穂高衆院議員が、北方領土をめぐる「ビザなし交流」の日本側訪問団に同行した際、「戦争しないとどうしようもない」などの発言をした。
 報道によれば、丸山議員は11日夜、ロシア側住人と日本側住人との「ビザなし交流」の友好の家で、訪問団の大塚小彌太団長が記者から取材を受けていたところへ、このように割って入った。

丸山議員「団長は戦争でこの島(北方四島)を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」
大塚団長「戦争なんて言葉は使いたくないです」
丸山議員「でも取り返せないですよね」
大塚団長「いや、戦争はするべきではない」
丸山議員「戦争しないとどうしようもなくないですか」

 言葉を失いかけるが、一応、つっこんでおこう。
丸山議員は「戦争で北方四島を取り返す」と軽々しく言う。
では、自衛隊員が奇襲をかけ、島々で生活する民間人を殺して制圧するというのか。
それとも、主権をかけてロシアに宣戦布告し、全面戦争でも始めるのか。
ロシアの反撃と報復、国際社会からの制裁はどのように想定しているのか。
いずれにせよ、多くの血が流される。
むろん、憲法違反でもある。

 そもそも「ビザなし交流」は、日本側とロシア側の住民同士の対話と相互理解によって、領土問題の平和的解決を目的とした取り組み。
そこに、「戦争で島を取り返す」
「戦争しないとどうしようもない」としゃしゃり出てきた丸山議員は、はっきり言ってどうかしているとしか思えない。

 日本テレビの報道によると、丸山議員はその後「基本的に酒をたくさんの飲んでいた」などと釈明し、謝罪した。
丸山議員は2016年にも、都内で飲食した後、トラブルになった男性の手を噛むという不祥事をしでかしたことがある。
当時、丸山議員はツイッターで〈猛省と自重の決意の証として自主的に、禁酒宣誓書を今井幹事長へ提出してまいりました。あらゆるトラブルを予防するため、今後の議員在職中において公私一切酒を口に致しません〉(2016年1月13日)と投稿していた。

 しかしながら、今回の発言は、酔っているかとか以前の問題だろう。
むしろ酒が入っていたからこそ「戦争しないとどうしようもない」とあまりに軽々しく口をついたのではないか。
ようは、この輩が常日頃から考えている本音にほかなるまい。

 そもそも丸山議員といえば、知る人ぞ知るネトウヨ議員。ネトウヨ御用達のネット番組『報道特注』の元メンバーであり、Twitterでも「帰化履歴を公表しろ」というようなヘイトまがいの発言や、露骨な安倍政権援護のリベラル派バッシングを繰り返してきた。
そのタカ派気取りでネトウヨ気質丸出しの姿は、まさに、野党でありながら安倍政権にすり寄る「ゆ」党と揶揄される維新を象徴するような議員と言える。

衆院に立候補した橋下徹の元秘書の講演会を在特会元幹部の団体が主催  
今回の「戦争しないとどうしようもない」発言は、そんな愚か者による最も頭の悪い発言だが、もちろん、これは丸山議員個人だけの問題ではないだろう。
周知の通り、維新の会は自民党と比肩するネトウヨ議員の巣窟と言っていい。

 その代表格が“暴言王”などと呼ばれて悦に入っている足立康史衆院議員だ。
周知のように「アホ」「バカ」「死ね」が口癖で品性下劣そのもの。
たとえば、加計学園問題では、朝日新聞の記事にリンクを貼るかたちで、〈朝日新聞、死ね。〉とツイート。
また、森友学園問題では、辻元清美議員が豊中市に補助金を出させたなど、ネトウヨの間で流通していたデマをテレビで垂れ流し、街頭演説でも「森友問題は辻元のヤラセ」などと喧伝した。

もっとひどかったのが、立憲民主党の蓮舫参議院議員(当時は民進党)の二重国籍問題のときだ。
足立議員は、“蓮舫代表の言動は中国の回し者”とTwitterに投稿したあげく〈国籍のことを言うのはポリコレに反するので本当は控えたいのですが、ストレスたまると午後の地元活動に影響するので書いてしまいます〉などと「ストレス発散」でヘイトスピーチをバラまくことを自ら宣言してしまったのである。

地元・大阪ではもっと露骨だ。
2017年の衆議院選挙には、橋下徹氏の大阪市長時代の元秘書である奥下剛光氏が維新から立候補したが、その直前、ヘイト団体・在特会の元関西支部長である増木重夫氏が事務局長をつとめる団体が奥下氏を応援する講演会を開催しようとしていたことが発覚した。
講演自体は取材の動きを知った奥下氏がキャンセルしたが、会には辻淳子・大阪市議ら維新の地方議員が参加していた。

 大阪では、こうしたかたちで維新とネトウヨ・ヘイト勢力の融合が進んでいるのだが、それ以前に政治家としての資質が問われる言動をする府議、市議が多数いる。
維新所属または当時所属していた議員の不祥事をいくつか挙げてみるとこんな感じだ。

 経営していた整骨院で療養費をだまし取り詐欺罪で実刑判決をくらう市議、
忘年会帰りに泥酔してタクシー内で暴れる府議、
女子中学生らを集会に勝手に誘ってLINEで無視されると「ただで済まさない」「身元を特定している」などと恫喝する府議、

宴席で女性市議の胸を触る写真が報じられ「触診です」と苦しい言い訳の市議、その女性市議の足の匂いを嗅ぐ市議、飲酒運転でひき逃げする市議(有罪)……。

というか、そもそも松井一郎代表じたいが、今年4月の大阪W選挙でネトウヨサイトのデマをリツイートして拡散するような政治家だ。
「透析患者は殺せ」の長谷川豊氏を2017年総選挙に続き今年の参院選と国政選挙に擁立しているという“実績”も忘れてはならない。

橋下徹が「自民党と協力して憲法改正のほうに突入していく」と宣言
 そうしたことを踏まえれば、今回、丸山議員がぶちかました「戦争しないとどうしようもない」発言は、彼自身の問題というよりも、こうした人物に公認を与えている維新という政党のグロテスクな正体を象徴するものと考えたほうがいいだろう。  

しかも、看過できないのが、このネトウヨかチンピラが入り込んだ政党が、ヨダレを垂らしながら自民党との連立政権を狙っているという事実だ。
いまも維新に多大な影響力をもつ橋下氏は、大阪W選挙で勝利した翌日に出演した『とくダネ!』(フジテレビ、4月8日放送)で「公明党を壊滅させる」と宣言。
「そうすると、日本の政治構造も大きく変わります。
自民党との協力がね、公明党じゃなくてもしかすると維新となって、憲法改正のほうに一方、大阪では維新のプレッシャーに負けた公明党が「大阪都構想」を決める住民投票への協力を約束、強く反目していた自民大阪府連も住民投票の実施容認の方針を決めた。
中央政界で、改憲をめぐって、同じような動きが起きる可能性は非常に高い。

 その意味でもやはり、維新の丸山議員の問題発言は、大阪での限定的な人気しかない「ゆ」党の妄言として片付けるべきではない。
繰り返すが、現実問題として、維新は安倍政権を支える存在なのだ。
領土問題でナショナリズムを煽りながら、自衛隊を名実共に軍隊化しようとしている安倍首相と、「戦争しないとどうしようもない」なる言葉が飛び出す維新の結託がもたらすものは、何か。言うまでもないだろう。
   (編集部)
小だぬき
*維新が丸山議員の除名との報道。トカゲの尻尾きり??
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2019年05月16日

「べき論」を語る人が孤立しがちな本質的理由

「べき論」を語る人が孤立しがちな本質的理由
「巻きこめる人」になるための"3つの考え方"
2019/05/15 東洋経済オンライン
清水 久三子
: アンド・クリエイト代表取締役社長・人材育成コンサルタント

「巻き込める人」になるために
新年度、新しい時代の始まりにあたり、仕事で新たなチャレンジを始められる方も多いと思います。
どんな仕事でも1人だけで完結する仕事は少ないもの。
同じ仕事でも、周囲が心よくサポートしてくれる人と、そうでない人では大きな差が生まれてきます。

周囲の人に協力してもらえる力、つまり「巻き込み力」がある人になることは、今のような先の見えない時代で正解のないことに取り組んでいく際の大きな成功要因になります。
20代の頃、私はこの巻き込み力がないために、手痛い失敗をしました。
業務のやり方を統一する仕事で、ことごとく関係者の反対にあってしまったのです。

「やろうとしていることは正しいはずなのになぜ反対されるのかわからない」というのが当時の正直な気持ちでした。
その失敗から、どうやったら周りを巻き込んで物事を進められるのかを考え、「コンサルタント=変革の請負人だから、コンサルタントになればそのやり方が身につくのでは?」と考えたのが転職のきっかけでした。

その後発見したのは、実はテクニックそのものよりも考え方や視点を変えることが巻き込み力に必要であるということでした。
巻き込み力というと、「強いリーダーシップやカリスマ性がないとだめだ……」と思われるかもしれませんが、実は視点を切り替えることで巻き込み力を高めることができます。

3つの視点の切り替え方、1つ目は
そこでこの記事では、周囲の人に「この人に協力したい」と思ってもらえる3つの視点の切り替え方についてご紹介します。
「こうすべき(Should)」→「こうしたい(Want)」 「〜すべき」という考えは周囲の人を動かす強い考え方だと思われるかもしれませんが、この考え方で周囲を巻き込もうとすると実はあまり上手くいきません。
なぜなら、誰もが納得する絶対的な「べき」はないからです。

「べき」と言うといかにも正論のように聞こえますが、実際には「べき」は立場や環境、経験、時代によって変わるものであり、人は皆違う「べき」を持っています。
こう考えると、すべての「べき」は正しいかどうかわからないといってもよいでしょう。
つまり「べき」で相手を説得して巻き込もうとすると失敗しがちなのです。

職種や部門による「べき」の違いをあげてみましょう。
営業の人は「顧客の要求にきめ細やかに応えるべき」、
管理部門の人は「コストがかかる個別対応は会社の利益を減らすからやめるべき」というふうに立場が異なれば「べき」は変わってきます。

環境による「べき」の違いを挙げてみましょう。
東京ではエスカレーターは「右側を空けるべき」、大阪では「左側を空けるべき」という違いがあり、うっかり反対側に立っているとどつかれます。
さらには「エスカレーターの歩行は危険だから止まって乗るべき」という管理側の「べき」もあります。
つまり、「べき」論で周囲を巻き込もうとすると完全に一致する状況というのはあまりないため、衝突が生まれやすいのです。
ではどうすればいいでしょうか。

「こうしたい(Want)」という視点で切り替えて話すのです。

メリットは3つあります。
・相手の「べき」を否定しないため、共感が生まれやすい
・(仮に)考え方に違いがあっても問題になりにくい
・「ではどうしたらそうなるのか?」ということを一緒に考えてもらえる

私が新しい業務を導入した際には、私は「全員同じやり方で統一してやるべきだ」と強く主張し、周囲の人の「自分のやりやすいやり方でやるべきだ」という思いとぶつかっていました。

「べき論」を振りかざすのをやめたら…
その後は「べき論」を振りかざすのはやめて、「私は皆さんにこの新しいやり方でもっと楽をしてもらいたいと思っているのですが、どうしたらいいでしょうか?」という接し方に変えたところ、自分でも驚くほどの協力を得られるようになりました。

「何をするか(What)」→「なぜやるのか(Why)」 「何をするか」という考え方は人を引きつけるように思われますが、いつもそうとは限りません。
やることは、状況の変化とともに変わることも多いからです。
自分が「こうしよう!」と掲げたこと=Whatに一時的に協力が集まったとしても、状況が変わるともっとよいWhatに人の心が移って行くことは想像にかたくありませんし、自分自身が試行錯誤し、学んでいくことでWhatが変わることもあるでしょう。

巻き込み力にはブレない芯が必要です。
ころころ変わるWhatに協力を仰ぐよりも、ブレない信念に共感してもらうほうが、結果的に強い協力を得ることができます。
信念とは「なぜそれをやろうと思っているのか」=Whyのことです。

Whyへの共感は強く長く続きますが、人を引きつけるWhyとあまり引きつけないWhyがあります。
ビジネス訓話としてもよく取り上げられる「3人のレンガ職人」というイソップ童話は、このWhyの違いを端的に表しているのでご紹介します。

ある旅人が街を歩いていると、1人の男が道の脇で難しそうな顔をしながらレンガを積んでいました。
旅人は、その男のそばに立ち止まって尋ねました。
「ここでいったい何をしているのですか?」
すると、男はこう答えました。
「レンガ積みに決まっているだろ。
雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も1日中レンガ積みだ。
なんでオレはこんなことを毎日しなければならないんだろう」
旅人は、その男に「大変ですね」と慰めの言葉を残して歩き続けました。

しばらく行くと、一生懸命レンガを積んでいる別の男に出会いました。
そこで、また旅人は「ここでいったい何をしているのですか?」と尋ねたところ、男はこう答えました。
「大きな壁をつくっているんだよ。この仕事で私は家族を養ってるんだ。この仕事があるから家族全員が食べていけるのだから、大変だなんて言ったらバチが当たるよ」
旅人は、その男に励ましの言葉を残して歩き続けました。

さらにもう少し歩くと、別の男がイキイキと楽しそうにレンガを積んでいました。
旅人は興味深く「ここでいったい何をしているのですか?」と尋ねました。
すると男は目を輝かせてこう答えました。
「歴史に残る偉大な大聖堂をつくっているんだ。ここで多くの人が祝福を受け、悲しみを払うんだ。素晴らしいだろう!」
旅人は、その男にお礼の言葉を残して、元気いっぱいに歩き始めました。

1人目にはそもそもWhyがありません。
そこにあるのはやらされ感です。
やらされ仕事に周囲の人を巻き込むのは難しそうです。

2人目のWhyは「生活費を稼ぎたいから」。
これが家族のためでもなく、とにかく稼ぎたいというWhyだった場合にはあまり賛同を得られることはないでしょう。

3人目のWhyは「人を救う建物をつくることで世の中に貢献したいから」です。
このWhyは多くの人が賛同するでしょう。
結果として応援が集まり、レンガを積む仕事だけではなく、大聖堂を建てる重要な仕事を任されるかもしれません。
よいWhyとそうでないWhy このようによいWhyには人が集まり、そうでないWhyからは人が離れて孤独になっていくのです。

物事を始める動機として稼ぎたいなどの欲望があることを否定するわけではありません。
人を巻き込むということを考えるのであれば、共感されるWhyを自分の中に持っている必要があるということです。

「巻き込み力」→「巻き込まれ力」 最後は意外かもしれませんが、巻き込み力を高めたいのであれば、自分が巻き込まれる力を強くする必要があります。
日本は同調圧力が強いと言われていますが、自ら巻き込まれる力は、空気を読んで同調圧力に従うということではありません。
他の人がチャレンジしようとしている取り組みや未知なる領域の取り組みに対して、自分から飛び込んでいく力のことです。この経験が、結果的に自分が何かをする際の巻き込み力につながるのです。

日本マイクロソフト社では「巻き込まれ力」を評価対象としているそうです。

主に3つの評価軸があり、
1つは、自分に与えられた責任をどれだけ果たしたか。
2つ目は、それを実現するために、どれだけ多くの人を巻き込んだか。
3つ目は、他者の成功に自分がどれだけ巻き込まれて貢献したか。

自分の仕事ではないから……と人に協力しなければ、自分が協力してほしい時も協力してもらえないというのは考えてみれば当然のことかもしれませんが、実際にはそうなりがちです。
ですので、意識的に「巻き込まれよう」と行動しなければ巻き込まれ力が強くなることはありません。

巻き込まれ力を高めるには、まずは自分がどんな人物なのか、何に興味があるのか、どんな強みがあるのか……などを情報として発信する必要があります。
今だとSNSなどがあり、情報発信しやすいでしょう。
SNSをリア充アピールのために使うだけではなく、自分が巻き込まれるきっかけ作りと考えて情報発信してみるとよいのではないでしょうか。

もう1つは巻き込まれる機会を短期的な損得勘定で捉えないということです。
自分が得られるものを金銭や評価などで考えると巻き込まれ力は弱まります。
直接その取り組みから得られるものではなく、自分が得られる経験の方が重要だと考えてみましょう。
自分が巻き込まれていくことで、視野が広がり、視座が上がります。

古代哲学者アリストテレスは、人を説得するには、ロゴス(論理)、パトス(熱意)、エトス(人格)の3つが必要だと説いています。
どんなに論理的に情熱を持って話したとしても、自分を信じてもらえなければ巻き込むことはできません。
エトス(人格)の中でも最も重要だといわれているのが実践から得られた知恵を持っていることです。
いろいろな取り組みに自ら巻き込まれていくことで、この実践知が蓄えられ、結果的に人を巻き込むことができるようになります。
多くの方が巻き込み力、巻き込まれ力を高めていくことで、社会がよい方向に向かっていくことを願っています。
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駅構内のコインロッカーで一斉に値上げが進む裏事情

駅構内のコインロッカーで一斉に値上げが進む裏事情
5/16(木)小島和紘(MONEY PLUS編集部)

人件費や原材料費の高騰や、10月に予定されている消費増税を前に、身の回りの商品やサービスの値上げが相次いでいます。そんな中、鉄道駅構内に設置されているコインロッカーも値上げしていることがわかりました。

JR東日本や東京メトロなど、都内の駅コインロッカーが2019年春ごろから価格を改定。
なぜ一斉に価格改定をしたのでしょうか。
その背景を探ります。

従来の利用料金に100円上乗せ JR東日本エリアの駅コインロッカーを管理するJR東日本リテールネットは、大型サイズのコインロッカー(600円〜)の利用料金を100円値上げ。
エリア内の全駅が対象で、4月末までに都内の駅は値上げが完了しました。
小型と中型の料金は据え置きです。

東京地下鉄(東京メトロ)は、コインロッカーを設置している107駅で、5月7日から順次価格を改定を進めています。
小型サイズのロッカー利用料金(300円)を100円値上げし、中型、大型の料金は据え置き。
PASMO対応型のみが対象となり、鍵式タイプの料金の変更はありません。

都営地下鉄のコインロッカーも、全駅の計130台について5月中旬から順次値上げします。
200円、300円の小型ロッカーの利用料金がそれぞれ100円上がります。
中型、大型のロッカーについては、東京メトロと同様、料金の変更はありません。

値上げとインバウンドの意外な関係
JR東日本リテールネットのコンビニエンス営業部担当者は、今回の料金変更の理由について「JRと連携して進めているコインロッカーの大型化が背景にある」と説明します。
近年、訪日外国人(インバウンド)などによる大型サイズのロッカーの使用が増えているからです。

「海外からのお客様はスーツケースなど大きめの荷物を持っていることが多いので、小型・中型のロッカーでは入らないという声があがっています。
お客様の利便性を向上するために大型化を進めています」

現状、駅に設置しているコインロッカーは小型・中型が多くを占めますが、利用者のニーズに合わせた大型タイプを設置するにあたって追加コストがかかる、というわけです。
さらに、年々上昇する人件費も影響しているといいます。

「利用約款に基づき、コインロッカーに入れて4日を過ぎた荷物は順次回収しているほか、ロッカーの不備がないかの点検を日々しています」(同)。

消費増税の影響は? 東京メトロは値上げについて、「2006年から導入を始めたPASMO対応式コインロッカーの導入や更新などに伴う管理費など、諸経費の増加によるもの」(広報担当者)と回答しました。

ちなみに、各社は今回の値上げと消費増税との関係を否定しています。
複数の鉄道事業者が乗り入れる駅は、管理者や運営形態の異なるコインロッカーが混在しています。
そうした状況もあって、同一駅内でコインロッカーの価格差を作るよりも、「右へならえ」で同じタイミングで値上げをした可能性もありそうです。
気づかないうちに、じわりじわりと値上げされていく生活まわりのサービス。
今後も思わぬところで人件費の高騰やインバウンドの影響が出てくるかもしれません。
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自民“失言防止マニュアル”配布が波紋、嘆きの声相次ぐ

自民“失言防止マニュアル”配布が波紋、嘆きの声相次ぐ
5/16(木)スポニチアネックス

 失言、暴言で政治家が舌禍事件を引き起こす中、自民党が参院選候補者らに配布した“失言防止マニュアル”が波紋を呼んでいる。
夏の参院選を前に引き締めを図る狙いがあるが、永田町からは「わざわざマニュアル化することなのか。恥ずかしい」と嘆く声が相次いだ。

 A4判のマニュアルは電子データで送付。
冒頭に「“失言”や“誤解”を防ぐには」と太字で書かれており、
続く文章には「発言は確実に一部が切り取られる」
「目の前の記者を邪険に扱わない」
「親しい記者の取材も注意が必要」などの記述が並ぶ。

 「タイトルに使われやすい“強めのワード”に注意」の項では、「プライベートな会合であっても、近くで取材されている可能性がある。
また、誰もがスマートフォンで写真や映像を発信できることを意識する」と呼び掛けている。

 注意事項だけでなく、対策法についても3つ記載。
「身内の会合や酒席で盛り上がるような“トークテーマ”には要注意」
「“弱者”や“被害者”が存在するテーマには、表現にブレーキをかけるように」とするなど、東日本大震災を巡り「復興より同僚議員が大事」と失言し、事実上更迭された桜田義孝前五輪相を連想させるような記述もあった。

 マニュアル配布について野党関係者は「政治家は言葉が命だが、有権者に好感を持ってもらおうと、面白話で気を引こうとする傾向がある。
こちらとしても気をつけないと」。
自民党関係者は「政治家の言葉が軽くなっている証拠」と吐き捨てた。
これまで新人教育は派閥単位で行ってきたが、大量当選組や無派閥議員の増加が影響し「追いついていない」との現状があらわになった形だ。

 12年前の亥(い)年は相次ぐ閣僚による失言が発端となり、参院選で歴史的大敗を喫し、安倍晋三首相が辞任する事態に追い込まれた。同じ轍(てつ)は踏まないとの苦肉の策だが、かえって幼稚な印象を与える結果となってしまっている。
posted by 小だぬき at 15:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月17日

「戦争で」暴言の丸山議員に国費2000万円ちょろまかし疑惑

「戦争で」暴言の丸山議員に国費2000万円ちょろまかし疑惑
2019/05/16 日刊ゲンダイ

「言われたまま黙り込むことはしない。
可決されようがされまいが任期を全うする」――。
議員辞職勧告決議案の提出の動きに、ツイッターでこのケンカ腰だ。

 酒に酔った上で言語道断の「戦争で北方4島を取り戻す」趣旨の大暴言で、所属先の日本維新の会を除名された丸山穂高衆院議員(35)。
本人はまったく懲りていないようだ。

 与野党に辞職勧告決議を呼びかける古巣の維新に対し、「憲政史上例を見ない、言論府が自らの首を絞める辞職勧告決議案かと」「こちらも相応の反論や弁明を行います」と反撃ツイートを連発。
「言論の自由」をタテに取り、あくまで徹底抗戦の構えである。

 ここまで勇ましい発言を飛ばせるのなら、本紙がつかんだ「政治とカネ」の問題にもキッパリ答えて欲しい。
ズバリ、丸山議員には「国費ちょろまかし」の疑いがある。

 維新は国会議員に税金から月額100万円が支給される「文書通信交通滞在費」(文通費)について、全所属議員の使途を2015年10月分からネット上で公開している。
当然、丸山議員の文通費も公開中だが、怪しい支出が常態化しているのだ。

 丸山議員は15年10月から毎月74万〜90万円の幅の文通費を「資金管理団体の繰入(寄付)」として計上。
主な内訳は「事務所賃料」「駐車場代・複合機リース費・等」と記載している。
ところが、丸山議員の資金管理団体「穂高会」の政治資金収支報告書のうち、現在閲覧可能な15〜17年分をどれだけめくっても、「複合機リース費」なる支出は一切、出てこないのだ。

■文通費を虚偽の理由で横流しか
 報告書に計上されている月々5万円の「事務所賃料」と月々1万6000円の「駐車場代」を差し引くと、15年10月〜17年12月の27カ月間で総額2016万9676円の税金の使途が「宙に浮いている」状況である。

政治資金に詳しい神戸学院大教授の上脇博之氏はこう指摘する。
「そもそも文通費は、使途制限のない歳費と違い、『公の書類を発送し及び公の性質を有する通信をなす等のため』に国会議員に交付される公金だと法は定めています。

政治活動への支出は目的外支出として違法の疑いがあり、さらに虚偽の理由で資金管理団体に横流ししたのなら、より悪質性は高い。
ここまで常態化していると、単なる記載ミスでは済まされません。
丸山氏は説明責任を果たすべきです」

 この件について丸山議員の議員会館と地元・大阪府泉佐野市の事務所に繰り返し問い合わせても、誰も電話に出ない。
ファクスで質問状を送っても、ナシのつぶてだ。
丸山議員はツイッターでしか雄弁になれない“ツイート番長”なのか。
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激安葬儀にクレーム多数。追加料金いらずは真っ赤なウソ?

激安葬儀にクレーム多数。追加料金いらずは真っ赤なウソ?
日刊SPA! 2019/05/15  

各TV番組や週刊誌が絶賛する“激安葬儀”。
しかし、調査してみると多くの落とし穴が!?

◆激安葬儀業者って何?
 最近の激安葬儀ブームで一般的となった「家族葬」「直葬」という言葉。
業者側は全国一律料金をウリにするが、実情は違うようだ。

「地域や宗教によって内容や進め方が違うからです。
突然の訃報の場合などは、葬儀が進行するなかで、喪主さまの要望が変わったり、追加依頼があることも多いです」

 そう話すのは、年間約250件の葬儀を請け負う「佐藤葬祭」の社長・佐藤信顕氏だ。
「ご遺体の状態でも納棺費用が異なります。
滅菌や保存処理、修復も施すエンバーミングが必要な場合は、一般的に約20万円。
処置の程度で金額が変動します」

 この個々に違う葬儀の細目が理解されていないため、「『葬儀費用は不明瞭』『法外に高い』との批判が多い」という。
そのため、最近ではクレームがないように、事前に見積もりを出して説明する葬儀社がほとんどだそうだ。

「そんな懐疑の目、葬儀代金のグレーゾーンを突いたのが、激安葬儀業者。
彼らは葬儀全体の価格を明記し、追加料金なしを謳います」

 例えば激安葬儀業者Aの直葬プラン。
価格は18万8000円だが、支払ったお金のすべてが葬儀費用に回るわけではないという。
「激安葬儀業者は提携先の葬儀社に仕事を発注しますが、葬儀後に利用者が支払った代金から、手数料を中抜きします。
私の調査だと、このプランの場合、7万円が激安葬儀業者の取り分となります」
 なぜ、激安葬儀業者はこれほどむちゃで高額な中抜きを行うのか。
「彼らの集客の場はインターネット。検索連動型広告では、成約に至らずとも、1クリックで500〜1300円がサイト運営会社に徴収されます。
私の見積もりだと、激安葬儀業者Aの年間広告費は、10億円にも上ります」

 そのインターネットでの景品表示法違反で、一昨年はイオングループの葬儀会社・イオンのお葬式に、昨年は葬儀ブランド「小さなお葬式」を展開するユニクエストに、措置命令が出された。
追加料金が発生する事案が散見されるのに「追加料金なし」を謳ったからだ。

「現在も、自社サイトで一般葬も含んだ葬儀の全国平均金額と、自社の直葬プランの価格を比較して、お得感を強調する景品表示法違反スレスレの業者が見受けられます」

◆クレーム多数。追加料金いらずは真っ赤なウソ?
 しかし、である。激安葬儀業者Aの直葬プランの場合、中抜きされて残った11万8000円で、葬儀を執り行うことになる。火葬代(東京都の場合2万5000円)も込みで、だ。これで本当に追加料金なしで済むのだろうか。
激安葬儀経験者からはこんな声が……。

「業者指定の斎場に空きがなく、追加料金を取られた。
しかも自宅から25qも離れた会館で、親族20人分のタクシー代が発生する始末。
揚げ句の果てには寝台車の走行距離が50qを超えたと追加料金を取られるハメに」(50歳・専業主婦)

「業者の都合で斎場が見つからず、10日間、遺体を安置する結果に。
ドライアイス、安置料の追加料金を取られた」(50歳・公務員)

 提携する斎場が少ないことから生じるトラブルだが、下請けの葬儀社へのクレームも。
「妻が亡くなった直後、遺体が傷むからと安置所への搬送をせかし、(のちに安置料を稼ぎたいだけと判明)連れていかれた。
安置所が廃屋のようだったので、やはり自宅で安置したいと言うと『納棺後なので、追加費用がかなりかかる』と言われ諦めた」(46歳・無職)

「棺代も込みなのに『これはベニヤの安物だから良い棺にしましょう』と、追加で8万円も取られた。
抗議すると『葬式やらないぞ』と脅された」(45歳・サービス)

「下請けの葬儀社さんもカツカツなので、利益を出そうと必死なのかもしれません」(佐藤氏)
 多発する激安葬儀の被害報告の実態だ。

◆<激安葬儀業者に相次ぐ消費者庁の措置命令>
2017年12月「イオンのお葬式」に措置命令
2018年12月「小さなお葬式」に措置命令
景品表示法違反で再発防止を求められた2社。

「追加料金不要」と記載した葬儀プランの4割ほどで実際には追加料金が発生していた「イオンのお葬式」。
「小さなお葬式」は年間の葬儀契約の約2割で追加料金が発生していた

【1級葬祭ディレクター・佐藤信顕氏】
東京で90年続く老舗葬儀社経営。
テレビ、週刊誌への登場多数。
葬儀に関する著書もある。
登録者4.7万人の葬儀葬式chを運営する、
葬式系YouTuber

<取材・文/週刊SPA!編集部>
― [激安葬儀ブーム]の闇 ―
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2019年05月18日

「突発性バカ」になる東大出身者の共通点

「突発性バカ」になる東大出身者の共通点
2019年05月17日 PRESIDENT Online
精神科医 和田 秀樹

賢いとされてきた「東大出身者」が、バカな暴言で社会的生命を失う事案が相次いでいる。
精神科医の和田秀樹氏は「原因は『傲慢さ』ではない。
エリートほど怒りや不安といったネガティブな感情をコントロールする経験値が足りないからだ」という――。

■東大出身の政治家や首長が「暴言」を吐きバカ化するワケ
丸山穂高衆議院議員は、5月11日、北方領土へのビザなし交流に参加中、「戦争で島を取り返すことに賛成か、反対か」などと発言し、日本維新の会を除名された。
野党から批判の声が相次いでいるが、本人はツイッターで「無所属で活動する」と表明し、議員辞職を否定している。
丸山議員は、東京大学経済学部卒後、経済産業省に入った、いわばエリート。
ここ1、2年、こうした本来「賢い」とされる人がバカなことをしでかし、自らの社会的生命を危うくしたし失ったりという事案がしばしば起こっている。

政治家でいえば元衆議院議員の豊田真由子氏だ。
東京大学法学部を出た後、キャリア官僚になり、さらにハーバードに国費で留学して修士を取った後で国会議員になったが、昨年6月、秘書に暴言・暴行を働いた、と週刊誌に報じられ、その後、議員の職を失うことになった。
ネット上に流された暴言を吐いた録音テープが連日テレビやラジオでも放映され、本人にとっては相当な精神的苦痛であったに違いないが、自業自得というしかない。

今年1月には、別の暴言騒動が起きた。
東大の教育学部を出て、NHKに入局、その後司法試験に合格し、衆議院議員を経て、兵庫の明石市長になった泉房穂氏だ。2017年6月、国道の土地買収交渉における進捗の停滞に業を煮やしたあまり、担当職員に対して「火つけて捕まってこい、おまえ。燃やしてまえ。損害賠償を個人で負え」
などと暴言を吐いた内容が、今年になって明らかになり、やはり録音・公開されて、市長をいったん辞職することになった。 この件は、市の担当者の怠慢ではないかとの指摘もあり、その後の出直し選挙で泉氏は3度目の当選を果たした(任期は2015年の前回市長選挙当選からの残任期間である2019年4月30日までであるため、先頃の統一地方選に臨んだが泉氏以外の立候補者がおらず、4選)。

■エリートのバカ化の原因は「傲慢さ」ではない
こうした暴言トラブルが起きると、大手メディアやテレビ番組のコメンテーターの中には、エリート特有の「傲慢さ」を原因と指摘する者が現れる。

しかし、豊田氏は厚生労働省時代、地道に公僕としての務めを果たし、
泉氏も社会福祉士の資格を持ち、弱者に寄り添う政策で知られた。

誰の目にもパワーハラスメントに映るものの、傲慢さばかりにフォーカスするのは的外れというものだろう。

私の見立てでは、彼らは人もうらやむ学歴を持つ超エリートだが、感情をコントロールする能力に関してはひどく低かった、ということになる。
一般的には、難関大学に合格したようなエリートは、それまで遊びたい気持ちを抑えて受験勉強を優先したはずであり、また日々、勉強を続けるモチベーションを維持していたはずだ。
つまり「自己コントロール」の経験値が、世の中の大多数を占める非エリートより高い。
ところが、実際はそうではないケースも目立つのだ。

■「怒り」や「不安」という感情が人をおかしくする
「怒り」という感情は時として人間を常軌の逸した心理状態にする。
大変怖い。
だが、もっと怖いのは過度な「不安」感情による“異常”ともいえる言動だ。

例えば、佐川宣寿・前国税庁長官だ。
東大経済学部を出て、財務省の官僚として、エリート街道をひた走っていたが、例の森友学園を巡る、財務省の国有地の売却に関する文書の改竄を「指示した」と認定された。
疑惑を追及された国会での答弁や証人喚問では、安倍首相や昭恵夫人、その他政治家への忖度や指示を受けた事実については明確に否定し、改竄の経緯については刑事訴追の恐れを理由に証言の拒否を続けた。
真相は現在も藪の中であり、多くの国民が疑惑の念を深め、不快に感じたことだけは確かだ。

そもそも疑問に思うのは、なぜ改竄を指示したのかということだろう。
考えられるのは、もし、売却に関する問題がさらに露見したら、首相や官邸筋に迷惑をかけてしまうのではないかという不安にさいなまれパニック状態になった結果、改竄して事実を必死に覆い隠そうとしたという可能性だ。
しかし、もし、その行為がバレるのではないかと考えなかったとすれば、まったく愚かなことだ。
これぞ、賢い人がバカになったといえる典型例ではないだろうか。

その詳細なメカニズムに関しては、本連載で今後、解説していく予定だが、
現在の認知科学では、「感情と認知(判断)」また「感情と思考」には強いリンクがあると考えられ、感情に認知が支配されていないか定期的にモニタリングすることが重要視されている。

佐川氏は改竄さえしていなければ更迭の理由はなく、希望通りの出世はできないにせよ、それなりの地位が保証されたはずであり、将来は待遇のよい天下り先も得ていたに違いない。
ところが彼は完全にその地位を失い、世間に顔向けできない状態に陥った。

■大企業の不祥事も一流大学卒のトップのバカ化が原因
このほかにも大企業の不正会計事件や、リコール隠し、不祥事隠しが最近、立て続けに起きている。
これらも、正直に報告すると株主から突き上げられ、マスコミにたたかれる、といった不安が、不正や隠蔽のきっかけとなっているように見える。
巧妙に隠したつもりが、結果的に発覚し、そのダメージや損失は甚大なものになる。
とてもではないが賢明な行動とはいえない。
そういう企業のトップのほとんどは超一流大学を出ているだけでなく、仕事もできて、社内の出世競争にも勝ち抜いてきた人たちだ。
不安という恐ろしい感情が、賢く頭のいい人々をバカにしたといっていいのではないだろうか。

■どんなに賢い人でも「バカになる瞬間はある」
私は、もともと極めて賢かった彼らは「自分がバカになることへの対策やケアをしていない」と感じる。
長年大学受験の指導をしていてわかったことがある。
それは、本来成績がとてもよい人が志望校に不合格になる場合、その主因は試験当日、突然「バカ」になるということだ。
つまり、プレッシャーや不安によりケアレスミスをし、ありえない失点をするのである。
実は、これらはある程度は事前対策が可能なものである。

たとえばミスについては、過去に自分がおかしたケアレスミスを書き出して、どうすれば防げるかを考え、そのトレーニングを事前にやっておけばいい。
試験場でパニックにならないようなメンタルトレーニングなども、本やネットで簡単に探せるだろう。
しかし、結果的に不合格となる賢い受験生たちはそういう対策をやっていないのが実情だ。
自らの力を過信し、墓穴を掘ってしまうのだ。

アメリカの経営者やエグゼクティブの人たちの多くが、自分の精神科医やカウンセラーを持っていることはよく知られている。
メンタルヘルスのためだけでなく、不安や怒りの感情が判断を歪めるという経験則から、それを防ぐために、自分の心理状況をモニターしたり、改善したりする目的があるのだ。
要するに、頭も体もメンタルも劣化するものと認識し、その「防御」にお金と時間をかけているわけだ。

確実に言えることは、どんなに賢い人でも、「バカになる瞬間はある」ということだ。
AIでなく人間である以上、そうならないということはあり得ない。

前述したように、怒りや不安という感情の渦に飲み込まると、利口な人であってもバカ化することがある。

■自分は賢いという知的傲慢や、勉強不要という知的怠惰
また、いくら東大卒であろうが、東大教授であろうが、大学を出てから、あるいは教授になってから、ろくに勉強しないとバカになるのも当たり前の話である。
学問が日進月歩の今日ではよりその傾向が強いだろう。

私は医学の世界に身をおいているが、今でも10年くらい前の治療理論や技術に固執する医者が多いのを見ると、このことを痛感する。
これも自分は賢いという知的傲慢や、勉強なんかしなくても大丈夫という知的怠惰が賢い人をバカにしていると言える。

実は私の勉強や知的活動の原動力は、より賢く進化していきたいというポジティブなものではない。
むしろ、バカになりたくないという「バカ恐怖」がエネルギーになっている。

人は加齢とともに心身が老化・劣化し、不具合や誤作動を起こすことがある。
そして、それが人によっては社会的生命の命取りになることもある。
だが、そうした危機感や自覚を少しでも持てば、知らず知らずのうちにバカになってしまうという失態を防ぐことができる、ということを精神科医としてぜひ伝えたい。
本連載では今後、賢い人間をバカにしてしまう事例を取り上げ、その原因を解説していく。
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2019年05月19日

戦争してでも北方領土を取り返すべきか?

戦争してでも北方領土を取り返すべきか?
2019年5月18日wegge infinity
立花 聡 (エリス・コンサルティング代表・法学博士)

3日本維新の会の丸山穂高衆院議員の「北方領土を戦争で取り返す」発言(5月13日)で世論が騒然。
最終的に党としては影響の拡大を避けるために、丸山氏に厳しい除名処分を決めた。
この件は、拙稿「日本企業が『議論』を封殺する本当の理由」にも述べたように、「議論」次元の問題ではないかと考える。

問い方がまずかった
 北方領土をロシアと戦争で取り返すのは賛成か反対か――。
丸山氏が北方領土の元島民に投げた質問は、単純な質問として馬鹿げている。
これに答えようがないからだ。

「戦争」という選択肢は、憲法上の規定もあり、日本人にとって基本的に取り得ない選択肢である。
取り得ない手段の是非を人に問いかけても、相手を困らせるだけだ。
現行憲法下で、
「はい、戦争をしてでも北方領土を取り返そう」という答えは封印されている以上、タブーである。

 一方、「領土を取り返す」という目的には異論を唱える余地がない。
外国に不法占領されている我が国の固有領土を取り返すことは当然だ。

この通り、目的が正しくても、手段が間違っていると、問題になる。
しかも、この手段の間違いはちょっとした間違いではない。
「戦争」という日本人がもっとも忌避している選択肢が持ち出され、まさに本質的な、受け入れ難い間違いだった。

 丸山氏の質問を変えてみよう――。
「もし、戦争が北方領土を取り返す唯一の手段だとすれば、北方領土を放棄するか」
 問い方を変えることによって、雰囲気が一変する。
まず「戦争」という手段をあくまでも仮説として打ち立てる。
さらに論点は「領土を取り戻す」ではなく、「領土を放棄する」という対立面に置く。

つまり、「戦争をするかしないか」よりも、「領土を取り戻すか放棄するか」の議論をしようということだ。
 この問いかけを問題視することは難しい。
もし問題視するなら、「戦争が北方領土を取り返す唯一の手段だ」という仮説に対して、「いや、戦争以外の手段もある」と、異なる仮説を打ち出す必要が生じる。
これは建設的な議論になり、大変結構なことではなかろうか。

 戦争以外の選択肢なら、話し合うことだ。
いままで、日露両国がさんざん話し合ってきたが、まったく結実していない。
なぜだろう。もしや「話し合い」の仕方がまずかったのではないか。
ほかに何か良い話し合いの方法はないだろうか。と、議論が深まる。

「領土」が語られていない日本の憲法
 侃々諤々の議論を交わした末、結果的にロシアといくら話し合っても、北方領土を返してくれないという結論に至った場合、武力や戦闘行為、あるいは戦争といった手段しか残らなくなる。
 そこで、この結論(選択肢)を否定する現状(問題点)が浮かび上がる。
それは戦争を否定する日本国憲法の存在である。

では、「領土保全」という目的と「戦争」という手段の関係はどのようなものであろうか
 国家の成り立ちは、領域(領土・領水・領空)、人民(国民・住民)と主権という「国家三要素」に基づく。
国際法上、これらの三要素を有するものは国家として認められるが、満たさないものは国家として認められない。

法学・政治学においても一般的に、「国家の三要素」を持つものを「国家」とする。
 しかし、「領土」の言及や規定は日本国憲法のどこにも存在しない。
さらに日本の法律専門書を調べても、領土は国家の成り立ちとの関係で目立たないように論じられるものはあるが、領土保全の手段や諸要素の相互関連については、私の知る限り、立ち入った考察は多くなされていない。

 隣国の中国は「領土」について、その憲法の前文にしっかり規定している。
「台湾は、中華人民共和国の神聖な領土の一部である。
祖国統一の大業を成し遂げることは、台湾の同胞を含む全中国人民の神聖な責務である」という明言があり、

さらに、「主権と領土保全の相互尊重」などの5原則も掲げられている。
故に、中国が台湾を武力統一するにあたり、その宣言であれ実施(侵攻などの軍事行動)であれ、少なくとも自国憲法上の根拠が存在するのである。  

一方、日本の場合、この辺の関係は曖昧になっている。
日本国憲法の前文には、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」と記され、さらに9条によって、戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認が宣言されている。
では現実的に領土が外国に奪われた場合、戦争という選択肢は除外的にあり得るのか、明らかになっていない。

 北方領土の現状を見ると、ロシアの支配・入植により、すでに日本人が住む場所ではなくなっている以上、「領土」という実感もそれを取り返す切迫感も薄れていることは否めない。
では、情況を変えて、現在日本国の実効支配下に置かれているどこかの領土が他国に侵攻・占領された場合、日米安保条約に安心して委ねられるのだろうか。

尖閣諸島について日米安保条約に基づく米国の対日防衛義務の適用対象になるかどうかでさえ、米政権の見解や認識の表明で一喜一憂しているのでは、話にならない。
 北方領土を戦争でロシアから取り返すのは賛成か反対か、という趣旨の丸山氏の質問に対し、元島民の訪問団長が「戦争なんて言葉を使いたくない」と答えたところで、団長の内心の葛藤が浮き彫りになっていた。
「戦争」という言葉を使いたくないからといって、領土の武力奪還を明確に否定したことにはならない。

「領土を取り返す」という意思を放棄するといえば、論外であろう。

棍棒を持って、穏やかに話し合おう
「もし、戦争が北方領土を取り返す唯一の手段だとすれば、北方領土を放棄するか」という問いに変えられた場合、団長にとってさらなる残酷な「拷問」になりかねない。
これを承知の上で、あえて私が提案したのは、どうしても、議論が必要だと考えたからだ。

 前述した通り、法学的な「領土」の研究が少ないのは様々な理由があろうが、この探究は憲法学の専門家に譲りたい。
しかし、領土問題は政治や外交上において実務的課題として常に存在している。

その取扱いはどのような基準にすればいいのかという議論はもはや、先送りにできない、国家基盤にかかわる重要なアジェンダである。
 丸山氏の質問方法は非常にまずかった。
だが、その質問の趣旨が、領土保全の手段を問うところにあるとすれば、意義を否定できないものであろう。
本人に対するある程度の処分はあってしかるべきだが、だからと言って、連座して提起された問題の本義を見逃したり、抹殺したりしてはならない。

むしろこの際、丸山氏の間違った表現や質問方法と切り離して、いまだからこそ、この問題と堂々と向き合って議論すべきではないかと思う。
 領土保全は、国家同士の力関係に依存している。
ある意味で、戦争を放棄し防衛を他国任せにしている力の弱い日本はそもそも、軍事強国のロシアと同じ土俵にすら立てない。
この現実を直視したうえで、まず対等に話し合えるためにも、日本自体の強化は欠かせない。

これはすなわち安易に戦争という手段を講じるわけではない。
この辺は、丸山氏の幼稚さが際立っていた。

「強化」とは、何か?
 西アフリカにことわざがある。
「Speak softly and carry a big stick, you will go far
(大きな棍棒を持って、穏やかに話し合おう、それで言い分は通る)」。

米国のルーズベルト大統領はこのことわざを借りて「Big Stick Diplomacy(棍棒外交)」を作り上げたわけだ。
大きな棍棒は殴り合うためのものではない。
穏やかに話し合って、言い分を通すための道具なのである。

丸山氏は、「棍棒をもって殴り合う」ことを選択肢にした時点で間違っていたのである。
 戦争もまた然り。
「戦争ができる」ことと「戦争する」こととはまったく異なる概念だ。
ある意味で「戦争ができる」という手段によって「戦争しない」「戦争を仕掛けられない」という「平和」目的を達成する。逆説的ではあるけれど。

連載:立花聡の「世界ビジネス見聞録」
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2019年05月20日

煙たがられる「頑固者」に誰もが傾いていくワケ

煙たがられる「頑固者」に誰もが傾いていくワケ
年を重ねたベテランが陥りやすい「落とし穴」
2019/05/19 東洋経済オンライン

保坂 隆
: 聖路加国際病院診療教育アドバイザー

精神科医で、聖路加国際病院診療教育アドバイザーを務める保坂隆氏は、先頃刊行した著書『精神科医が断言する 「老後の不安」の9割は無駄』において、定年前後のシニア世代に向けた「生き方のヒント」をわかりやすく語っている。
その内容は、働き盛りの40代・50代にとっても“ハッとさせられる”内容が多い。
そこでこの記事では保坂氏に、「世の40代・50代がシニアになる前に知っておいたほうがいいこと」について教えていただく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「頑固なベテラン」にならないための大事な考え方
40代や50代の、いわゆる「ベテラン」世代の人たちが「これからの自分」をイメージしたとき、いったいどんな自分が思い浮かぶでしょうか。
「経験を積んで、歳を重ねるごとに性格もおおらかに、穏やかになっていたい」と思うのが一般的かもしれません。

ただ、実際に周辺を見まわしてみると、他人の言うことになかなか耳を貸さない、頑固な人も少なからずいるのではないでしょうか。
人は年齢を重ねるにつれ、新しい発見や出会いがしだいに少なくなっていくのと同時に、「自分の地位や立場を守りたい」という思いがより強くなって、本来は頭の柔らかい人でも、つい保守的な考え方に傾きがちです。
さまざまな経験を重ねてきたばかりに、自分の考えや流儀にかたくなにこだわるようになって、その思い込みがさらに強くなると、自分の周囲に見えないバリアを築いて孤立するケースさえあります。

とくに男性の場合は、社会的地位や肩書きにこだわる傾向が強く、日頃から現実的な考え方をする女性と比べて、頑固になる度合いが高いかもしれません。

過去の成功体験は「捨て去る」
年齢を重ねるごとに頑固になっていくのは、実は「脳の老化」と密接な関係があります。
人は、歳をとると脳が次第に活力不足となり、情報処理速度もだんだん遅くなってきます。
そうなると、他人を理解して、自分も理解してもらい、相互のコミュニケーションをとるという努力が煩わしくなってくるのです。

人間は誰しも、お互いを理解してコミュニケーションをとるために、想像以上に膨大なエネルギーを必要とします。
脳が柔軟な若い頃ならエネルギーは十分にあり、脳のあらゆる回路を通して情報を発信し、相手の発信する情報もきちんと受け止め、理解を深めていきます。

でも、歳を重ねてエネルギーが足りなくなってきた脳にとって、コミュニケーションの構築には以前よりも負担がかかるようになります。
そこで、エネルギーを使ってわざわざ煩わしさを感じるよりは、「自分自身が正しいと感じるバリア内」にいて、相手を理解することを放棄してしまったほうがずっとラクで心地がいいため、だんだん「頑固者」になっていくというわけです。

アメリカの著述家で、『道は開ける』『人を動かす』などの自己啓発書の著者でもあるデール・カーネギーは、「頑固を誇るのは小人の常だ。
にっこり握手して自分の過ちを認められる人こそ大人物である」と語っています。

このカーネギーの言葉にもあるように、自分を頑固者にならないようにするために大事なことは、まず自分がこだわっている「成功体験」をリセットすること。
これまでに経験してきたさまざまな栄光や成功にこだわる気持ちこそが不要な固定観念を生むのですから、いったんそれを白紙に戻し、日頃から、「新しい成功体験を作り上げよう」と意識することです。

一見すると単純なことのようにも思えますが、シンプルなことでつまずいてしまうのも人間というもの。
まずは心を空っぽにして、自分のメンタルを軽くすることこそが、「頑固頭予防・解消」への第一歩といえるでしょう。

肉を食べることと脳の相関関係
さて、先ほど「自分が正しいと感じるバリア内にいて、相手を理解するのを放棄したほうがラク」と述べましたが、それに関連し、歳を重ねるごとに若い頃のような意欲がなくなって、「何となくやる気が出ない」「何かを始めようとするモチベーションが湧かない」といった思いを抱いている人は多いはずです。

しかし、ともすれば他人からは「怠けグセ」と思われ、自分では「歳のせい」として片付けてしまうことも少なくないようです。
実はこの現象も、脳の老化が原因で起こっているのかもしれません。

「やる気」や「意欲」が湧くのは気分の問題だろうと思いがちですが、それは脳がコントロールしている領域です。
人間の「意欲」や「やる気」を高める役割の主役は「ドーパミン」という脳内物質です。
脳内にドーパミンが足りていれば気持ちも意欲的になりますが、不足するとやる気が起きない状態になります。

では、このドーパミンの増やし方について、自分にとって一番身近な「食」の面からみたときはどうなのか。
これも単純なことにも思われるかもしれませんが、その答えは「ドーパミンの主原料であるたんぱく質を十分に取ること」です。
たんぱく質は食事で体に取り込まれ、消化酵素によってアミノ酸に分解されますが、ドーパミンをつくるためにはたんぱく質をたっぷり取らなくてはなりません。
ところが、体力の衰えを多少なりとも意識する年齢になると、肉類をあまり食べない人も多くなり、たんぱく質が不足した状態になりがちです。

しかし、肉類を食べるのが最も効率のよいたんぱく質の取り方ですから、カロリーや脂質のことも考え、適度は運動などでカロリー過多にならないよう心がけながら、上手にたんぱく質を取るよう日頃から心がけましょう。
また、ドーパミンをはじめ、脳内の神経伝達物質の合成にはさまざまな栄養が関わっていて、たんぱく質と同時にそれらも取っていくことが大切です。
たとえばビタミンには、脳の血流をよくしたり、脳神経の働きを改善する作用があり、動脈硬化の原因となるホモシステインや活性酸素を除去する働きもあります。

現在のシニア世代の20%はビタミンB12不足ともいわれています。
シニア世代はもちろん、まだシニアの領域には達していない40、50代の人たちもまた、魚介類やレバーなど、ビタミンB12の多い食品を積極的に取りたいものです。
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2019年05月21日

GDPプラスも"増税凍結解散"は止まらない

GDPプラスも凍結解散"は止まらない
2019/05/20 プレジデントオンライン編集部

菅氏「不信任は解散の大義」発言の真の狙い
菅義偉官房長官が5月17日の記者会見で行った衆院解散を巡る発言が、波紋を広げている。
野党が内閣不信任決議案を提出した場合、それが衆院解散の「大義になる」と語ったのだ。
解散すると明言したわけではないのだが、永田町では事実上の衆院解散宣言と受け止められ始めた。

一方、20日に発表された1月から3月の国内総生産(GDP)速報値はプラス成長となったものの、勢いを欠く内容。
消費税率を上げる環境ではないという空気も強くなっている。
10月に予定される消費税増税を凍結し衆院解散、衆参同日選という流れは止まらないのか。

なぜか「仮定の質問には答えられない」を使わなかった
菅氏の問題発言は5月17日午後4時半ごろに飛び出した。
午後の定例記者会見で菅氏は、大卒者の就職率が高くなった話、安倍晋三首相と中国要人との会談の話などに、よどみなく答えていたが、記者から「通常国会の終わりに野党から内閣不信任決議案が提出されるのが慣例になっている。
時の政権が国民に信を問うため衆院解散・総選挙を行うのは(決議案提出が)大義になるか」との質問に答える形で「それは当然なるんじゃないですか」と回答した。

この発言に会見場に詰めていた記者団は色めき立った。
菅氏といえば、慎重な答弁を繰り返すことで知られている。
東京新聞の望月衣塑子記者の執拗な質問に対する木で鼻をくくったような答弁ぶりは、テレビ、雑誌などでも再三報じられている。
意に沿わない質問に対しては「そのような批判はあたらない」「承知していません」「関係省庁に聞いてください」などと答えることが多い。

「野党が内閣不信任決議案を出してきた時、解散の大義になり得るか」という質問に対し、いつもの菅氏なら「仮定の質問には答えられない」と答えそうなものだ。
もしくは「衆院解散については首相の専管事項です」と逃げる道もある。
しかし「当然なる」とクリアに打ち返した。

報道陣も、本来なら真意を尋ねるべきだったが、追加質問は出なかった。
記者たちも不意を突かれたのだろう。

「菅発言」に記者団が色めき立ったもうひとつの理由
もうひとつ、記者団が色めき立った理由は、菅氏が衆院解散に反対の立場だと理解されていたからだ。
今、政府・与党内では、麻生太郎副総理兼財務相が、衆院解散・衆参同日選を主張する主戦論者。
麻生氏と菅氏の間で、安倍氏が熟考しているという構図だったが、菅氏が解散容認に転じたと読み取れる発言をした。
「同日選」で政府・与党内で意思統一ができたという見方が出ない方がおかしい。

通常国会の終盤には野党が内閣不信任決議案を出すことが多い。
与野党が伯仲しているころは、与党議員の一部が造反するなどして不信任案が可決、衆院解散という流れになることもあったが、最近は与党が安定的に多数を維持している。
不信任決議案が出ても反対多数であっさり否決されるパターンが続く。
不信任決議案は、単なる野党のパフォーマンスとなってきている。

「不信任決議案が大義になる」はあまりに都合がいい 菅氏の発言は「不信任決議案を出すのなら解散するぞ」という野党に対する警告と受け取っていい。
「警告」と言っても、単純に「不信任決議案を出すな」と言っているわけではない。
衆院解散となった場合、その引き金を引くのは野党になるということを通告したのだろう。
安倍晋三首相は、首相の解散権を拡大解釈し、与党にとって有利となる時に衆院選を行う傾向がある。
これには「党利党略のために解散権を乱用している」との批判がついて回る。

しかし「不信任決議案を出したら解散する」と事前通告することで「解散しようと思っていたわけではないが、野党が不信任決議案を出したから解散した」という理屈で解散権の乱用批判を和らげ、野党に責任を転嫁することもできる。

もっとも、安倍政権に限らず、時の政権の多くは野党が不信任決議を出しても粛々と否決し、衆院を解散することもなく国会を閉じる道を選ぶことが圧倒的に多かった。
不信任決議案が出た段階で「直接国民に信を問う」として衆院解散に踏み切った例は、あるにはあるが、まれなケースにとどまる。
「不信任決議案が大義になる」というのは、あまりにも都合のいい理屈ではあることは指摘しておきたい。

文字通り「進むも地獄、退くも地獄」の野党
いずれにしても野党側は苦しい選択を迫られる。
表向きは同日選を歓迎するような立場を見せてはいるが、本音では回避したいのは明々白々。
参院選の候補者調整もままならないのに、衆院選も同時に行われるとなれば、野党共闘の隊列を組むのは不可能に近い。

野党内で解散の可能性を高める不信任決議案の提出を見合わせようという意見が出る可能性がある。
しかし、その場合は「解散が怖くて不信任決議案の提出をやめた」という「弱腰」批判をまともに受けることになる。
不信任決議案の提出を巡って野党内で足並みが乱れることも予想される。

菅氏の本当の狙いは、そこにあるのかもしれない。
野党は、文字通り「進むも地獄、退くも地獄」だ。

GDP速報値はプラスだったが「内需の弱さ」は顕著
安倍政権は今、「アベノミクスは機能しているが、米中の貿易戦争などの不安定な国際情勢の中、増税は好ましくない」という前提で消費税増税の見送りの検討を進めている。
5月20日発表された1〜3月のGDP速報値は、前期比0.5%増とプラスだったが、内容を分析すると、設備投資と個人消費は低調。
GDPを押し上げたのは、内需の弱さを反映して輸入が減ったことが最大要因という状況だった。

当初方針通り消費税増税すると断言する材料にはならない。
増税を先送りする決断をした時は、衆院解散の流れは止まらないだろう。

慎重居士・岸田氏も「同日選の雰囲気は感じる」
慎重すぎて面白みがないという評価が定着している自民党の岸田文雄政調会長も同日選について「そういった雰囲気は感じている」と、踏み込んだ発言をし始めた。
共同通信社が5月18、19日に行った電話世論調査では47.8%が衆参同日選を「行った方がいい」と回答。
「行わない方がいい」の37.2%を上回った。

永田町の空気も、世論も同日選容認に傾いているようだ。
そこに、菅氏の発言により(形式的ではあるにせよ)野党の出方が注目されるようになった。
6月26日の会期末を巡り、与野党の複雑な心理戦が続くことになる。
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2019年05月22日

家庭訪問あるある?先生への「おもてなし」暗黙のルールを知らなかった我が家の悲劇

家庭訪問あるある?
先生への「おもてなし」
暗黙のルールを知らなかった我が家の悲劇
5/21(火)  ファンファン福岡

小学校に入れば、4月は保護者も何かと忙しくなります。
学級懇談会の役員決め、そして「家庭訪問」が終わるまで落ち着かないママも多いはず。
入学して初めての家庭訪問の時、私に起こったハプニングをご紹介します。

 新しい学年に上がると早速「家庭訪問」があります。
保護者の都合を確認するアンケートを事前に子どもが持って帰ってくるので、日程を調整します。
 家庭訪問のお知らせのプリントには「訪問時間は10分程度」「玄関先で」「飲み物やお菓子はご遠慮」の文言。

 私が子どもの頃は、親が先生にお客さま用のお茶とお菓子を用意していた記憶がありますが、最近の小学校はそういうことはしなくていいのか…。
 とはいえ、油断禁物。
一応リビングとトイレは人様に見られてもいい程度に掃除をすることにしました。
散らかっている目障りなものは、とりあえずクローゼットや他の部屋に一時撤収して、見た目はスッキリ!!

 当日、予定時間通りに担任の先生がわが家にやってきました。
 「お待ちしていました。どうぞお入りください」と声を掛けると、「おじゃまいたします」と先生は靴を脱ぎ始めました。  

「あれ?? 玄関先じゃないのかな?(心の声)」と思いつつ、一応「見た目」だけは良くしたリビングへ入ってもらうことになりました。
 「どうぞ、お掛けになってください」と私は先生をテーブルへ案内しつつ「冷蔵庫に出せる飲み物あったかしら…(心の声)」と頭の中はフル回転!
 常備しているアイスコーヒーがあったので、事なきを得ることができました。

 10分程度の訪問のはずが、家庭訪問の時間は20分以上の大盛り上がりでした。
メモを一生懸命とりながら、たくさん話をしてくれた先生はアイスコーヒーをきれいに飲み干していました。
 小学生のわが子は、先生が自宅に来てくれたことがうれしくて仕方ない様子。
 先生が「そろそろ失礼いたします」と切り上げようと立ち上がった瞬間、私に思いもよらぬ追い打ちが襲いかかりました。  

「先生! 私の勉強机、見せてあげる!」。
わが子がまさかの一言!
 「それでは見せてもらおうかな」

 近頃はリビングに勉強机を置いているご家庭も多いようですが、わが家はリビングの隣の部屋に置いています。そう、掃除はおろか、たんすに入れる前の畳んだだけの洗濯物や掃除機を「一時避難」させている状態の部屋です。
 小学生のわが子にはそんな事情など分かるはずもなく、勢いよくドアを開けてしまいました。
散乱している荷物を前に、もう私は笑ってごまかすどころか、大爆笑するしかありませんでした。

 先生は気を遣ってくれたのか、ノーリアクション…。
 「ここで勉強してるの〜」
 明るく言うわが子を横に、赤面の私。
しかし先生は散乱した荷物を見ないように、淡々とわが子から勉強机の紹介を受けていました。
もしかして同じハプニングはわが家だけではない!?  

後でママ友に聞くと、
・飲み物を出しても口にしない先生もいるけど用意する
・お菓子は食べてもらえなくても、持って帰ってもらえるように個包装のものを用意する
・先生によっては宿題をさせる場所や勉強机を確認することもあるらしい とのことでした。

肝に銘じ、今後はしっかり準備しておきたいと思います。
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うつ病治療、医師との相性も大切 磁気など最新療法も

うつ病治療、医師との相性も大切
磁気など最新療法も
2019/05/20 NIKKEI STYLE
うつ病の治療は、薬物療法と対話を中心とした精神療法の双方を組み合わせて行われる。

最近、うつ病と双極性障害が区別されるようになってきた。

双極性障害(以前は躁うつ病と呼ばれていた)はうつの状態と躁(そう)の状態を繰り返す病気。

一方、うつ病は躁状態が見られず、うつの状態のみを示す。

近年、うつ病に様々な治療方法が開発されてきた。
前回「『うつ』と『うつ病』は違う 大事な受診のタイミング」に引き続き、
六番町メンタルクリニック(東京・千代田)の野村総一郎所長に最新のうつ病事情を伺った。

◇  ◇  ◇
悲哀の感情が強く、何もかもむなしく感じる。
思考がまとまらず、物事を理解できにくくなる場合もある。
食欲不振や頭痛、だるさなど様々な体の不調が出現している。
こうした症状が2週間以上続くのであれば、精神科や心療内科を受診しよう。

自然に回復する場合もあるが、治療しないでいると大きな苦しみを味わうことになり、前回記事「『うつ』と『うつ病』は違う 大事な受診のタイミング」で紹介したように自殺の危険すら出てくる。
ここで大切なのは、医師と患者の相性が重要だということ。

「長くかかることもあるため、医師との相性の善しあしは無視できないところです」と野村所長は指摘する。
意外なことだが、精神科の医師は治療のアプローチの仕方で「理系」と「文系」に分けられるそうだ。

「心の病気はつまるところ脳細胞の病理である」と考えるのが理系タイプで、薬物療法を重視する傾向が強い。
対して文系タイプは心を心として捉える姿勢が強く、人間関係や心の動きなど心理的な要素を重く見る傾向にある。
どちらも正しい考えだが、大事なのは長く付き合えそうかどうかを患者自身が判断することだ。

■薬物療法を中心に精神療法を組み合わせる
うつ病治療の中心になるのは薬物療法だが、心理面での支えとなる精神療法も重要だ。
薬物療法では、抗うつ薬を中心にいろいろな薬を使い、状態の改善を図る。
うつ病のタイプ別に個々の状態に合わせて使っていくことが主流だ。

精神療法は、患者が抱える問題を医師と患者がともに考え、患者本人が持つ力を引き出していく治療。
認知療法や行動療法、対人関係療法など様々な方法がある。
いずれの場合も治療の基本的な目的は、患者の訴えを受け止め、「そうした考えを進めていった場合の結果」に患者自身に気づいてもらうこと。

例えば、患者が他人のせいで自分がうつ病になったという思いが強い場合は、そうした考えを抱くようになった経緯やそうした思いにとらわれることの意味を患者自身に考えてもらう。
医師の役割は、あくまでその手伝いということになる。
患者によっては、「自分の考えを変えなければならない」という思いの一方、「満足がいく成果が出ない」と悩み、それがさらに焦燥を引き起こすという悪循環(野村所長は「ぐるぐる思考」と命名)に陥っている人もいる。

こうした思考パターンを客観視し、悪循環から抜けてもらうことが治療の目的になる。

またうつ病と診断された患者の中には双極性障害という別の病気が紛れ込んでいる可能性もある。
うつの状態と正反対の躁の状態を繰り返す病気だ。
患者数はうつ病より少ないが、普段では考えられないような高額の買い物をしたり、急に他の人を非難したりして信用や人間関係、財産を失うなど、典型的なうつ病より深刻な影響が出がちだ。

うつ病とは異なる病気だが、うつ状態のときに受診するとうつ病と誤って診断される可能性もある。
野村所長は「うつ病と双極性障害の区別は重要ですが、時に区別がしにくいことがあります。患者さんの方でも以前、普通では考えられないほど気分が高揚したり、怒りっぽくなるなど躁状態に陥ったことがあれば、必ず医師に伝えてほしい」と語る。

■うつ病治療では「休む」ことが何より大事
「うつ病にしても、双極性障害にしても、治療法の進歩によって改善率は上がっています。
発症後半数の方は6カ月以内に改善します」と野村所長は言う。
中には「治療のために長く会社を休めない」という方もいるだろう。
しかしうつ病はエネルギーが枯渇した状態なので、休養が大事だ。

「休めない」と思い詰めてしまうから、のっぴきならない状態に追い込まれてしまうともいえる。
「治療中に本人がやるべき最大の努力は休むこと。
しっかり休んで回復するほうが、その後のキャリアへの影響は小さくなります」(野村所長)
特に発症直後の急性期は、薬を飲んでしっかり休むことが何よりも大事だ。

休むとは何もしないで「薬を飲みながらゴロゴロする」こと。
元気なときには友人と遊ぶことも気晴らしになるが、心身のエネルギーが枯渇している状態では苦痛なだけ。
したがって、周囲の人も遊びに誘わないように配慮することも必要になってくる。

■回復期には日光、食事、睡眠が大切
十分に休養をとって、気力が戻ってきたと感じたら回復期だ。
うつ病になると生活のリズムが乱れがちだ。
生活のリズムをリセットし整えていくために必要なことは「日光」「食事」「睡眠」の3要素だ。

起床後は日光を浴びて体内時計をリセットする。
食事では栄養バランスの良いメニューを決まった時間にとるように心がける。
夜更かしは、生活リズムを乱す要因になるので、規則的に十分な睡眠を取ろう。

復帰を考えた場合は、一気に元に戻そうとはせずに、「できそうなこと」を1つずつ試みるようにしたい。
「やらねばならない」と考えるのではなく、「やってみよう」と思うことを優先するようにしよう。
職場への復帰にあたって、上司にはこまめに自分の状態や気持ちを報告するようにしたい。
このとき、服薬は継続する。
大切なのは無理をしないことであり、もっと大切なことは「他人の目を気にしないこと」だ。

前回記事「『うつ』と『うつ病』は違う
 大事な受診のタイミング」で他人と自分を比較して優劣を判断する「思考のクセ」がうつ病の原因になることを紹介した。「ノージャッジ」の姿勢が大切だ。
治療期間中、特に注意しなければならない問題に「アルコールとの付き合い方」がある。
つらくてたまらないときにアルコールに助けを求めることがある。
酩酊(めいてい)状態で一時的に幸せな気分になるが、酔いがさめると非常に苦しくなって、またアルコールに逃げるという悪循環に陥り、最終的には依存症になる人もいる。
「このような患者さんではうつ病とともにアルコール依存症の治療が必要になります。
治療もアルコール依存症の専門医と連携して行うことになりますが、そのようなケースは決して少なくありません」と野村所長は警鐘を鳴らす。

■研究が続くうつ病の新たな治療法
「精神科には薬物療法と精神療法しかないわけではなく、新しい治療法の研究も進んでいます」と野村所長は語る。
治療を続けても改善が見られない場合は、診断や薬の見直しに加え、新しい治療の追加も検討されることになる。
例えば、「改良電気けいれん療法」(mECT)。
頭皮に貼り付けた電極を通して1回につき10秒間くらいの通電を合計数回から10回程度行う治療法だ。
かつては、けいれんが起きるなど問題もあったが、現在はけいれんを起こさないように改良された方法が登場している。

自殺念慮が強い、薬の副作用が強く薬物療法が続けられない場合に行われる。
重症例を対象とした場合、有効率は60%と良好な成績が報告されている。
電流ではなく磁気をあてる「磁気療法」(経頭蓋治療用磁気刺激装置=rTMS)という方法もある。
2017年に薬事承認され、現在保険で治療できるように議論が続けられている。
また慶應義塾大学では先進医療として、治療を受けることが可能になっている。

瞑想(めいそう)によって症状が改善することもある。
さらに最近は運動療法も注目されるようになってきた。
どのくらいの運動強度で行うかなどはまだ明らかになっていないが、今後の発展が期待できる治療法だ。

野村所長の経験では、鍼灸(しんきゅう)で良くなる患者もいるという。
まだ決定的に推奨できるレベルではないが、データがまとまってくれば東洋医学的なアプローチが広く普及する可能性もありそうだ。
(ライター 小崎丈太郎)

野村総一郎さん
六番町メンタルクリニック所長。1949年広島県生まれ。
慶應義塾大学医学部卒業。
藤田学園保健衛生大学(現、藤田医科大学)精神科助教授、立川共済病院神経科部長、防衛医科大学校精神科教授、同病院長を経て、2015年より現職。
1985〜87年に米国テキサス大学医学部、メイヨー医科大学に留学。
日本うつ病学会第1回総会会長。
『うつ病の真実』(日本評論社)、『入門うつ病のことがよくわかる本』(講談社)など著書多数。
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2019年05月23日

病的な不安の陰に「過剰な責任感」と「考え続ける義務感」

病的な不安の陰に「過剰な責任感」と「考え続ける義務感」
2019年05月22日 ダイヤモンドオンライン

封入した書類がそろっているか幾度も確認し、封を剥がし数えないと落ち着かない。
 こんな経験は誰にでもあるだろう。
ただ、意思に反して確認行動を繰り返し、仕事や生活に支障を来す場合は全般性不安障害や強迫性障害と診断されることもある。

 広島大学大学院総合科学研究科・杉浦義典准教授と米セントラルフロリダ大の研究から、こうした行動には「過剰な責任感」と「考え続ける義務感」が共通して絡んでいることが示された。
 研究者らは米国の大学生539人を対象に、数種の質問票を使って責任感と心配および強迫傾向との関連を調査。
 回答を解析した結果、

過剰な責任感には
(1)良くないことが起こるのを、避けなくてはいけない、
(2)良くないことが起きたのは自分のせいだと考え、自分を責める、
(3)問題を解決する方法をとことん考え抜かなくてはいけないという義務感を感じる、
      という3タイプがあることが示された。  
さらに(2)の自分を責めるタイプと(3)の考え続ける義務感が強いタイプが、心配と強迫傾向の双方を強めることがわかったのだ。

 一方で(1)の良くないことを避けなければという責任感とは、有意な関係性を見いだせなかった。

 自分を責める気持ちが「まだ足りない、もっともっと考えなくては……」という義務感に拍車をかけてしまうのだろう。
研究者はこうした「過剰な責任感」の緩和が期待できる方法として「コンパッショントレーニング(CT)」をあげている。  

CTとは、簡単にいうと「自分への思いやりを育成し強化する訓練」のこと。
 わがままや甘えと混同しそうだが、実際には自分の状況を冷静に判断して限界がある弱い自分を慈しみ、回復のためのケアを選択するタフさが必要だ。
マインドフルネスや瞑想もこの範疇に入る。

 ちょうど新年度から1ヵ月半が過ぎた。
もし、不慣れな環境で不安に苛まれているなら、一度立ち止まって、過剰な責任感と義務感に縛られていないか俯瞰してみるとよいだろう。自分で自分を追い詰める前に。

(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)
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2019年05月24日

サラリーマン川柳ベスト10−第一生命

サラリーマン川柳ベスト10−第一生命
時事通信社 2019/05/23  

第一生命保険は23日、サラリーマン川柳コンクールの優秀作品のうち、一般投票で選ばれたベスト10を発表した。
1位は「五時過ぎた カモンベイビー USA(うさ)ばらし」。
「カモンベイビー」を連呼する歌詞が印象的な、ダンスユニット「DA PUMP」のヒット曲「U.S.A.」をもじった句が幅広い年代に支持された。  

2位の「いい数字 出るまで測る 血圧計」は60代以上の、
3位「メルカリで 妻が売るのは 俺の物」は20〜50代の共感を、それぞれ集めた。

 全国から寄せられた4万3691句の中から第一生命が選んだ優秀作品100句について、1〜3月にホームページなどで人気投票を実施した。  

◇サラリーマン川柳ベスト10
1 五時過ぎた カモンベイビー USAばらし
2 いい数字 出るまで測る 血圧計
3 メルカリで 妻が売るのは 俺の物
4 ノー残業 趣味なし金なし 居場所なし
5 「やせなさい」 腹にしみいる 医者の声
6 やっと縁 切れた上司が 再雇用
7 手紙書き 漢字忘れて スマホ打ち
8 下腹が 気づかぬ内に ひょっこりはん
9 U・S・A 流行りにのれない まあいっさ
10 叱っても 褒めても返事は 「ヤバイッス!」。 
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「生活保護で大学進学なんてゼイタク」本音を包み隠す厚労官僚の“良識”

「生活保護で大学進学なんてゼイタク」
本音を包み隠す厚労官僚の“良識”
2019/05/24 ダイヤモンドオンライン(みわよしこ )

「生活保護での大学進学は認めない」
厚労省が国会で公言した内容とは
 厚労官僚による「生活保護での大学等への進学は認められない」という国会答弁が、大きな波紋を引き起こしている。
理由は、生活保護法の「最低限度の生活」が大学進学を含まないからだそうだ(2019年5月21日、参院・文教科学委員会)。
まるで「生活保護での大学等への進学は法で制約されている」と言わんばかりだが、その解釈は無理筋だ。

 とはいえ現在、生活保護のもとでの大学等への進学は、事実として認められていない。
生活保護世帯の子どもたちは、高校以後の教育を受けるためには、学費と生活費を自弁する必要がある。
手段の多くは、学生支援機構奨学金の借り入れやアルバイトとなり、疲労と不安でいっぱいの学生生活を送ることとなる。  

学費免除や給付型奨学金を獲得するためには、多くの場合、低所得でも貧困でもない家庭の子どもたちと同じ土俵で、より優れた成績や業績を示す必要がある。
それは苛酷というより、現実離れした「無理ゲー」だ。
しかも、浪人もできない。
「受験勉強ができるのなら、働いてください」ということになるからだ。

 その子どもたちと接してきた、現場の心あるケースワーカーたちは、黙って座視してきたわけではなく、子どもたちの生活や学業を支え、勇気づけてきた。
そして、声を上げてきた。
生活が生活保護によって支えられているだけで、彼ら彼女らの学生生活は好ましい方向に激変する。
中退によって奨学金という名の借金だけが残るリスクは激減する。

 生活保護世帯や貧困世帯で育った子どもたちも、支援者たちも、もちろん心ある国会議員など政治家たちも、「生活保護で生活基盤を支えられた学生生活を認めるべき」という声を挙げてきた。
そして政府は、生活保護世帯からの大学進学に対する一時金(自宅内進学の場合、10万円)を制度化した。
ほんの少しずつではあるが、期待できそうな動きが現れてきていた。

 しかし、それらの積み重ねに寄せられた期待を、一気に打ちのめす国会答弁が行われた。
その内容は、「自助努力と自己責任で高校卒業後の学びを獲得できない子どもたちは、高卒や大学中退で世の中に放り出されても仕方ない」と解釈できるだろう。
この発想は、どこから来るのだろうか。

 実は、「劣等処遇」という用語1つで、おおむね説明がついてしまう。

日本人は身分制度が好きなのか
医療にも見え隠れする「劣等処遇」
「劣等処遇」は、生活保護制度の中に包み隠されてきた考え方の1つだ。
厚生省・厚労省の官僚たちの良識に封じ込められた場面も、間接的に存在が察せられた場面もある。
2013年と2018年の生活保護法改正は、「劣等処遇」を丸見えに近づけた。

 現在の生活保護法にクッキリ現れている「劣等処遇」は、後発医薬品、いわゆるジェネリック医薬品だ。
生活保護法では、2013年改正で「後発医薬品を優先」することとなり、ついで2018年改正で「後発医薬品を原則」とすることになった。
背後に、「生活保護という“身分”にふさわしい医療」という発想、すなわち「生活保護なら劣等処遇」という考え方があったとすれば、2013年に「優先」、2018年「原則」と明確化されてきたことは、全く迷いなく理解できる。

 もちろん厚労省も、厚労省の方針を大筋のところで強く定めている財務省も、「劣等処遇を強める」とは言っていない。
あくまでも、国としての課題の1つは医療費の増大であり、医療費を抑制することが必要だ。
そのために、医薬品をジェネリック医薬品に置き換えたい。

しかしながら、生活保護受給者でのジェネリック医薬品の選択率は、一般よりも低い。
それどころか、医療費自費負担がないため、不要な治療や検査や医薬品を求める生活保護受給者もいる。
だから、生活保護ならジェネリック医薬品を強制しなくてはならない。
これが、大筋のストーリーだ。

 忘れてはならないのは、生活保護世帯の少なくとも70%が高齢者・障害者・傷病者世帯であり、一般より医療ニーズが高いことだ。
傷病者の中には、がんなどの難病に罹患したことが契機となって職業と収入を失い、生活保護以外の選択肢を失った人々も含まれる。
必然的に、先発医薬品しかない疾患の罹患率も高い。
だから、生活保護受給者にジェネリック医薬品を選べない場面が多くなるのは自然だ。

 しかし、政府が劣等処遇をしたいと考えているのなら、「医療費がタダだから、ご近所さんの分まで湿布薬の処方を受けて配る生活保護受給者の高齢女性」といった例に世間を注目させ、「許せない」という世論を喚起し、抵抗を受けずに「後発医薬品を優先」「後発医薬品が原則」という条文を法律に含めるだろう。

これは、2013年と2018年の生活保護法改正の直前、実際に見られた現象だ。

「生活保護でも大学へ」という動きは、「劣等処遇」があからさまになっていく時期に、並行して行われた。
とはいえ厚労省としては、堂々と「生活保護なら大学に行かないでほしい」とは言いにくかったはずだ。
 その「口にチャック」は、ついに壊れてしまったようだ。

高校進学と何が違うのか 大学進学はもうゼイタクではない
 ここで改めて考えたいのは、「大学等への進学はゼイタクなのか」ということだ。
 かつての大学進学は、能力または環境や経済力に恵まれた、一部の子どもたちの特権だった。
しかし現在、大学等(短大や専門学校を含む)への浪人を含む進学率は、すでに80%を超えている。
もはや「行くのが普通」と考えるべきだろう。

 生活保護の過去の歴史の中には、全く同じシチュエーションがあった。
1970年、生活保護のもとでの高校進学が、厚生省の通知によって認められたときだ。
この年、高校進学率は80%を超えた。
高校進学が当然に近くなると、若年層の就職は高卒が前提となる。

「自立の助長」を目的とする生活保護法が、高校進学を認めないままでいると、自立を阻害することになってしまう。
その観点からだけでも、進学は認めざるを得なかった。
このとき、高校進学を認めた委員会の議論には、「高校まででは物足りない気もするけれども」といった文言もある。
そして、高校進学を認める通知が発行された。

 それなのに、なぜ、2019年、厚労官僚は「できない」と明言することになるのだろうか。
厚労省の通用門の前で待ち構え、官僚本人を質問責めにしても、納得できる回答は得られないだろう。
おそらく本人も、「今、この立場にいる以上は、そう言わざるを得ない」という状況にあるはずだ。
しかし、背景に「劣等処遇」があるとすれば、理解はたやすい。

 現在は、医薬品を最前線として、生活保護を「劣等処遇」の制度へとつくり変える動きが進行中だ。
2013年と2018年に生活保護法が改正されただけではなく、数え切れないほどの生活保護費の引き下げや締め付けが行われている。
少なくとも現政権や財務省の意向が激変しない限り、厚労省としては、大幅な脱線はできない。
だから、「教育だけ劣等処遇の対象から外します」とは言えない。
まことにわかりやすい話だ。

 ここで文科省が厚労省に強く反発すれば、状況は変わるかもしれない。
しかし現在のところ、そういう期待を持てる状況ではない。

貧困の解消と教育は 地球規模の問題解決のカギ
 生活保護制度の「劣等処遇」化によって、日本は国際社会からの数多くの期待を裏切ることになるのだが、その1つに気候変動と地球温暖化がある。

 地球温暖化に関しては、まず「温暖化を抑止する」という合意があり、「産業革命以前プラス1.5℃」という数値目標がある。
そして、二酸化炭素排出量など国レベルで達成すべき目標がある。
しかし実際に実行するのは、各国の国民1人ひとりであり、各地域のコミュニティだ。

 森林に恵まれた国が、「森林の面積を減らさない」という目標を掲げたとしよう。
その森林の持ち主に補償金を支払えば、維持してもらうことは可能だ。
しかし、いつまでも補償金を支払い続けることは、現実的な選択肢ではない。
 その森林を維持することで、その地域で暮らす人々の現在と将来の生活を安定させることが可能になると、事情は異なってくる。

人々は、まず自分のために、そして自分の地域のために、森林を維持し、地球の他地域に貢献することになる。
貢献された地域からの経済的な見返り、いわば「先進国税」の試みも、既に現実となっている。
 このような好ましいサイクルを、将来にわたって維持するためには、明日のために、今日、森林を伐採せざるを得なくなる貧困の解消と、すべての人々の生涯にわたる教育機会が必要だ。

先進国の都市部でも、貧困と不十分な教育は環境負荷の増大につながる。
少なくとも国際会議においては、これが当然の前提だ。

生活保護「劣等処遇」によって 日本はどれだけの損を被るか
 生活保護のもとでの大学進学は実現しないという今回の厚労省見解を、私は心から残念に思う。
何をどうすれば実現できるのか、アイディアは何も思い浮かばない。
しかし、科学とコンピュータをルーツとする者の1人として、提案したいことがある。

 生活保護への「劣等処遇」を強め、大学進学は認めず、貧困を解消せず温存することによって、日本は世界の国々や人々の期待をどれだけ裏切ることになるだろうか。
たとえば地球温暖化と貧困について、世界で妥当とされている計算方法を用いた場合、2010年代の生活保護政策が維持されると、どれほどの問題を生み出すことになるだろうか。

日本の今後500年間の国益に対して、何百兆円の損害が生じるだろうか。
 数値と計算と統計のプロフェッショナルである財務省をはじめ、専門家集団であるはずの官僚の皆さんに、ぜひ、ごまかしなく計算していただきたい。
  (フリーランス・ライター みわよしこ)
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2019年05月25日

香山リカ氏「適応障害」で休養の丸山議員に大激怒「精神疾患の診断書をこういう形で使われるのは心外」

香山リカ氏「適応障害」で休養の丸山議員に大激怒
精神疾患の診断書をこういう形で使われるのは心外」
2019年05月24日 東スポWeb

 精神科医の香山リカ氏(58)が24日、ツイッターを更新し、「戦争発言」で物議を醸した丸山穂高衆院議員(35)に言及した。
 日本維新の会を除名になった丸山議員は、戦争発言のほかにも
「おっぱい! おっぱい! オレは女の胸をもみたいんだ」
「オレは女を買いたいんだ」などと暴言を吐き、泥酔騒ぎを止めに入った関係者に暴力的行為を働いた。

 騒動後は説明責任を果たすと強がっていたが、同日、衆院議院運営委員会が求めた理事会での事情聴取を欠席。
さらに「適応障害で2か月間の休養必要」との診断書を提出してトンズラした。

 怒り心頭の香山氏は「精神疾患の診断書をこういう形で使われるのは心外です。
『逃げたいときには病気と偽装できるのか』と患者さんたちが誤解されます。

適応障害とのことですが、ストレス因は自ら招いたもので、国会議員なら対応すべき範囲内です」と語気を強め、丸山議員をバッサリと切り捨てた。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月26日

「不謹慎狩り」の犯人は?

「不謹慎狩り」の犯人は?
戦時中すでにあった「ネット世間」の原型
この不毛なゲームやめるには…
withnews 2019/05/25

平成も終わりに差し掛かった平成28年(2016年)に発生した「熊本地震」では、被災地への支援を公言した有名人らに対するバッシング行為が相次いだ。

古くは戦時中にも見られた「不謹慎狩り」が今、ネット空間において不安と不満の連鎖を生んでいる。
不安定な社会のフラストレーションを解消する「コスパの良いゲーム」を、私たちはいつまで続けるのか。
「不謹慎狩り」の起源を振り返る。(評論家、著述家・真鍋厚)

笑顔の写真アップしただけで「不謹慎」
現在、大きな自然災害が起こる度にネット上で沸き上がるようになり、著名人はもちろんのこと一般人も対象となっている「不謹慎狩り」。
中でも熊本地震は、「不謹慎狩り」が注目された最初の大災害として記憶されている。

例えば、被災地に義援金を送ったタレントが、その金額を明らかにしてソーシャルメディアに投稿した途端、「偽善」「売名」などとの批判にさらされ、歌手が非常時に必要なもの一式を示したイラストを、自撮りの写真付きでソーシャルメディアに投稿すると、それにも「売名」などとの批判が押し寄せた。

さらには、震災で家が全壊し、途方に暮れた状況を涙ながらにソーシャルメディアに投稿したタレントに対しても、そのような発言自体が自己アピールと断罪され、誹謗(ひぼう)中傷のコメントが相次いだ。

一方、震災とまったく関係がないにもかかわらず、女優が友人たちと笑顔で写っている画像を投稿しただけで、「不謹慎」の大合唱に見舞われ削除に追い込まれた。

バッシングのためのバッシング
このような炎上現象を引き起こす人々について、精神科医の岩波明は、「彼らの本当の目的は、正当な非難ではない。
ネット住民たちは、バッシングすべき対象が見つかれば、相手は誰でもよい。
ただ、他人を徹底的に攻撃することが、心地よいのである」と述べ、

「現在の日本社会では、バッシングすること自体を自己目的化したバッシングが横行している」との認識を示した(岩波明『他人を非難してばかりいる人たち バッシング・いじめ・ネット私刑(リンチ)』幻冬舎新書)。

「自己目的化」とは言い得て妙である。
ただし、その異常な行為の背後には、「世間」という価値観に捕らわれて不自由を強いられている個人がいることにも目を向けなければならない。
バッシングをする側が抱える社会的なつながりの希薄さ、不安と不満の感情を抱え込みやすい個人が浮かび上がってくる。

戦時中にもあった「不謹慎狩り」
実は、「世間」を隠れみの(みの)にした「不謹慎狩り」は、最近始まったものではない。
今をさかのぼること七十数年前。
第2次世界大戦中の出来事である。
当時、東京に住んでいた男性は、焼け跡の庭に残っていた蓄音機を見付け、空襲警報は出たものの敵機が来ない(戦時中はこういうことがよくあった)のを幸いに、ベートーベンの第九のレコードを流していた。
すると、通りすがりの人間が難詰してきたのである。
警防団のおじさんがとんで来て、「こらっ、敵国の音楽を鳴らすとは何事か」と怒鳴った。

「ベートーヴェンはドイツ人です」「ああそうか」(ドイツは当時友好国だった)しかし、続けて怒鳴った。
「そんなに大きな音を出したら、敵機に聞こえるじゃないか」。(松谷みよ子『現代民話考6 銃後 思想弾圧・空襲・原爆・沖縄戦・引揚げ』立風書房)

「警防団のおじさん」は、最初「敵国の音楽」をかける不届き者がいると思い、この男性を口酸っぱく注意してやろうという心積もりだったが、それが見当違いであることが分かると、今度は「音量の大きさ」を出しに揚げ足を取ろうと試みるのである。
つまり、「こんな非常時に音楽鑑賞に浸るやからはけしからん」というわけだ。
身内の者だったら「世間体が悪い」といった表現を用いたことだろう。
戦時中は、このような過干渉が珍しくなかった。

顔色うかがっている世間とは?
「警防団のおじさん」のエピソードから見えてくるのが「世間」というものの実像だ。
歴史学者の阿部謹也は、日本における「世間」という概念は、西洋から輸入された「社会」(society)という概念とまったく異なると指摘している。
欧米では、先に「個人」があってその取り決めから「社会」が形成されているが、日本では「個人」の意思以前に「世間」が存在している。

「世間は所与とみなされているのである」(太宰治『人間失格・桜桃』角川文庫)。
「世間」というものを暫定的に定義すれば、「自分が評価や評判を気にしているゆるやかな帰属集団とその影響が及ぶ範囲」となるだろう。
そのため、自分が非難されることを恐れて「世間の顔色をうかがう」と同時に、自分が誰かを非難する時は「世間を味方に付ける」行動様式が内面化される。

しかも、その「世間様」は独立した意思を持つものではなく、本人の私的な感情が多分に含まれているのだ。
これをうまく小説の中で表現したのが太宰治である。

全然、古くなかった『人間失格』
『人間失格』にある、主人公の男性がヒモのような生活を送っていることに対し、悪友が「しかし、お前の、女道楽もこのへんでよすんだね。
これ以上は、世間が、ゆるさないからな」と言い、思わず男性が「世間というのは、君じゃないか」とのどまで出かかるくだりである。    
  ◇
(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
(いまに世間から葬られる)
(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)
――太宰治『人間失格・桜桃』角川文庫      
   ◇
このやりとりを読んでもまったく古さを感じないどころか、昨今ソーシャルメディアで放火魔よろしく暗躍する炎上の担い手たちの、寒々とした心根を浮き彫りにする名文として受け入れることができる。
つまり、「世間」という主語が、発信者個人の立ち位置を煙(けむ)に巻く、いわば「責任主体の拡散装置」として機能しているのだ。
そして、オンライン上でのコミュニケーションが匿名性や不可視性が、そのような振る舞いを後押ししている様が見えてくる。

対面ではあり得ない恥知らずな言動へのハードルが下がってしまうことを、心理学者のジョン・スラーは「有毒性脱抑制」と名付けたが、このような効果と相まって「責任主体の拡散」がより一層増幅されるのである。

世間を気にして得られるもの
わたしたちの社会は、かつてのような伝統的な共同体が形骸化する一方にある。
その半面、既存の人的ネットワークの束縛を甘受することで得られた見返り=i「出世」や「生活の安定」が分かりやすい例)が失われつつあり、いくら「世間」のことに心を砕いたところで「労多くして功少なし」となる。

個々人が内面化した「世間」というモノサシのメリットよりもデメリットが上回り、「身動きが取りづらい」「不自由で不愉快な感じ」が澱(おり)のようにたまり精神を濁らせる。

だから、自分が「周りをうかがって我慢していること」や「やりたくてもできないこと」を「誰かがやっていること」に憤懣(ふんまん)や嫉妬を抱きやすくなるのだ。

「世間」を振りかざして有名人などをたたくことは「娯楽の一種」であり、現実に何がしかのインパクトを与えられることで手軽に達成感が得られる

――「非常時」というマジックワードは、今や誰にとっても相手の言動を封じるための大義名分だ――

しかし、炎上騒動に喜々として加わろうとするネットユーザーの多くは、社会的なつながりが乏しいがゆえに不安と不満の感情を絶えずため込むような状況にあり、次なるスペクタクルに乗り遅れまいとスマートフォンの画面から離れることを困難にしている。
負の連鎖である。

支えのなくなった社会で続くゲーム
日本におけるソーシャルメディアの世界は、無数の「ネット世間」が複雑に絡み合うジャングルであり、日々のフラストレーションをうまく処理できない環境下に置かれた人々にとって、「親指を動かすだけでガス抜きができるコスパの良いゲーム」と化しているのだ。
「不謹慎狩り」はそのようなゲームのうちの一つに過ぎない。

だが、よく目を凝らして周りを見てほしい。
平成のおよそ30年の間に、人と人が共同体によって支え合うソーシャル・キャピタル(社会関係資本)が枯れ草となって燃え尽き、ちょっとした見込み違いのためにホームレス状態に転落しかねない悪夢のような状況が出現している。

社会は焼け野原同然となり、わたしたちのほとんどは表面上、何の問題もなく見えても、実は被災地に住んでいるも同然となっているのだ。
一体誰がこんな世界にしたのか?
わかりやすい犯人を見つけることは難しいが、わたしたち一人ひとりにも良かれあしかれ責任がある。
しかし、それは当事者として生きる可能性を意味している。

「コスパの良いゲーム」を止める決断ができるのも、わたしたちに他ならないのだから。
わたしたちは、煌々(こうこう)と闇を照らす画面の外の現実こそ直視しなければならない。
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2019年05月27日

終身雇用崩壊なのに「死ぬまで働け」 “働かせ改革”の正体

終身雇用崩壊なのに「死ぬまで働け」
“働かせ改革”の正体
2019/05/25 日刊ゲンダイDIGITAL

「70歳まで雇用」「副業推進」「残業禁止」……と、安倍政権が“働き方改革”を次々に打ち出している。
 とくに力を入れているのが、日本を「70歳まで働く社会」に変えることだ。
安倍首相が議長を務める「未来投資会議」は、先週、希望する人が70歳まで働きつづけられるよう就業機会を確保することを「企業の努力義務」とする方針を示している。

来年の通常国会に「高年齢者雇用安定法改正案」を提出する予定だ。
 法案が成立したら、いずれ日本は「70歳労働」が当たり前の社会になっていくのではないか。
メディアも「70歳まで働き、100歳まで生きる時代」などと、当然のように解説している。
それよりなにより、安倍政権は、年金の支給開始年齢を70歳に延長する方針を固めているだけに、必然的に「70歳まで働く社会」にならざるを得ないだろう。
年金が支給されなければ、生活のために働かざるを得ないからだ。

■正社員として働ける高齢者は一握り
しかし、大手メディアも批判せず、労働者も疑問の声を上げないが、本当に「70歳まで働く社会」がハッピーなのか。

「安倍政権が“働き方改革”を矢継ぎ早に打ち出している理由は、2つあります。

1つは年金制度が持たなくなっていることです。
高齢者に就労してもらい、年金制度を支える側を増やし、支えられる側を減らしたい。

もう1つは、人口減によって人手不足が進み、企業活動が成り立たなくなり始めていることです。
副業が当たり前の社会に変えてでも労働力を確保したい。
要するに“国家の論理”と“大企業の論理”によって働き方改革が進められているのが実態です」(経済評論家・斎藤満氏)

 安倍は「人生100年時代だ。
意欲ある高齢者に経験と知恵を発揮してもらう」などと、調子のいいことを口にしているが、国民を労働者としか見ていないのは明らかだ。
 しかし、安倍政権が進める「働き方改革」は、机上の空論、支離滅裂、その場しのぎもいいところだ。
 70歳までの就労機会の確保を企業の「努力義務」にするようだが、多くの企業は、すでに義務化されている65歳までの雇用継続だって、正社員として継続雇用している企業はほとんどない。

厚労省の調査では「65歳定年」企業は15%超。
8割は、契約社員などとして賃金を大幅にダウンさせて再雇用している。
 そもそも、いまや大企業でさえ「終身雇用」を維持するのが難しくなっている時代である。
トヨタ自動車の豊田章男社長までが「終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきたのではないか」と発言している。

50歳を越えたらリストラ予備軍になりかねないのに、はたして、70歳まで雇用が保証されるのかどうか。
しかも、人手不足が深刻化しているのに、働き方改革として「残業禁止」を進めているのだから支離滅裂である。
 その一方、本業で「残業」ができなくなったため、収入増を目的に「副業」をせざるを得ないサラリーマンが増えているのだから本末転倒もいいところ。

筑波大名誉教授の小林弥六氏(経済学)が言う。
「副業を推進してまで、安倍政権は『働け、働け』と掛け声をかけていますが、とても労働者のことを考えているとは思えません。
もし、『終身雇用』が完全に維持されていて、正社員として働けるなら、70歳まで働くことは労働者にとっても良いことかも知れない。
でも、終身雇用が崩壊した状態で70歳まで働くのは地獄ですよ。
60歳を過ぎると転職しようとしても条件の良い職場は、ほぼ皆無です。
会社が継続雇用に応じてくれたとしても、身分は契約社員となり、かなりの低賃金になるのは目に見えています。
“70歳まで働く社会”は、低賃金の労働者を大量に生み出すだけです」

賃上げすれば若い労働力がどっと出てくる
 内閣府は65〜69歳の就業率が60〜64歳と同水準になれば、就業者数は217万人増えると試算している。
人手不足に悲鳴を上げる大企業を助けるために、なにがなんでも高齢者を安価な労働力として駆り出すつもりらしい。

 しかし、本当に若い働き手はいないのか。総務省の労働力調査では、2018年の男性就業率は25〜34歳は91%、35〜44歳は94%、45〜54歳は93%だった。
一見、そうに見えるが、低落傾向がつづいているという。

女性にいたっては、25〜34歳でも77%である。
仕事に就いていない労働者が、かなりいるということだ。
現在、25〜54歳の労働力人口は男女合わせて4196万人。
その2%でも新たに就業すれば、80万人の働き手が生まれる計算である。

 また、いわゆる「就職氷河期世代」と呼ばれる35〜44歳(約1689万人)のうち、定職についていないフリーターと無業者は、合わせて90万人もいるという。
 もし、深刻な人手不足が問題となっている介護や保育などの賃金を一気に2倍、3倍にすれば、新たな働き手が次々に生まれてくるのではないか。
「現在、働いていない若者や中高年のなかには、条件が悪いために働くことを断念した人も相当数いるはずです。
介護職や保育士の給料を政府が大幅にアップすれば、労働市場にどっと人が出てくる可能性があります。
高い報酬を目当てに介護や保育の職に就く人が増えるだけでなく、介護や保育が充実すれば、子どもを預ける保育園が見つからないために働くことを断念した人や、介護離職をした人が働きはじめる可能性が出てくるからです。
なのに安倍政権は人手不足を解消する、そうした抜本策に見向きもしない。どうかしています」(小林弥六氏=前出)

■安価な高齢労働者が全体の水準を下げる
「働き方改革」を推し進める安倍政権は、結局、大企業が安く酷使できる労働力を大量につくりたいだけなのではないか。  

安い労働力が手に入る大企業は大喜びだろうが、「70歳」の低賃金労働者が増えたら、全体の賃金水準も上がらず、ますます貧富の格差が拡大するだけだ。
「低賃金の高齢労働者ほど、企業にとって好都合なものはありません。
まず、彼らは黙々と働きますからね。

なにより、安い労働力が大量に確保できれば、他の労働者の賃金を上げなくて済むメリットがあります。
いま、政府と大企業が進めている外国人労働者の大量雇用と同じ発想です。
高齢労働者は外国人労働者と違って日本語も分かるし使い勝手がいい。
国民にとって最悪なのは、その結果、一般の労働者の賃金が上がらないことです。
 本来、深刻な人手不足なら、正社員になれるはずの非正規社員も一生、非正規社員ということになりかねない。

安倍政権が悪辣なのは、“70歳雇用”を“年金の支給開始70歳”と、同時並行で進めようとしていることです。
このままでは、国民は全員、使い捨てにされますよ」(政治評論家・本澤二郎氏)

 生活のために無理をしている高齢者も多いのだろう。
60歳以上の労働者の労災は、現役世代より多く、死亡災害も最多となっている。

 多くの国民は「令和」への改元や、トランプ大統領の来日に目を奪われ、「働き方改革」に抗議の声さえ上げないが、いい加減、目を覚ました方がいい。
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2019年05月28日

山本太郎の新党・れいわ新選組、1ヶ月で寄付金1億以上が集まる 各界から支援の声も

山本太郎の新党・れいわ新選組、
1ヶ月で寄付金1億以上が集まる 
各界から支援の声も
2019年05月26日 しらべぇ

山本太郎参院議員が、「自由党を離党して新党・れいわ新選組を結成する」と宣言したのが、4月10日の結党会見だった。
目玉政策は消費税の廃止・奨学金徳政令・最低賃金1,500円。
山本代表は5月31日までに寄付金1億円を集めると述べた。
困難な道と思われたが、同党は公式ツイッターアカウントで、5月20日の段階で1億1215万円が集まったと報告した。

■「これは事件だ」
ドキュメンタリー映画監督の想田和弘氏は、
「山本太郎への献金が1億1,215万円を突破。これは事件であろう。
なぜ太郎が支持されているかといえば、彼が『民衆のための経済』の話をしているからだ。
一言で言えば『反緊縮』である。」とツイートした。

確かにクラウドファンディングで資金集めをした最高額は音喜多駿「あたらしい党」代表の約1,000万円。
その12倍の額を山本太郎氏は40日間で集めたのだ。
確かに、これは事件である。

■10億円突破も夢ではない?
山本代表は目標額として、 ・衆参ダブル選で挑戦する場合、10億円が必要。
・参院選で最大限の挑戦をする場合、5億円が必要(2人以上の選挙区にすべて候補を擁立し、比例区に25人立てる)。
・参院選で10人の候補者を擁立する場合、3億円が必要。 と示している。

山本太郎氏と近しいジャーナリストは言う。
「寄付金は選挙戦が近づくにつれ、うなぎ登りに増えていくものです。
さらに、告示日以降にも寄付は増えていく。
現段階では、3億円が集まることは確実でしょう。
いったいどこまで伸びるのか。10億円も夢ではないと思います」

■著名人から応援の声
山本人気は各界に浸透している。
落語界の大御所・立川談四楼師匠はツイッターで、 「感情が昂ぶり涙の訴えとなる山本太郎の演説には説得力がある。

『自民党は野党が怖くない。
デッドボールを投げないから。
消費税増税反対じゃダメなんだ。
消費税廃止か消費税減税でなきゃ。
そういう怖いボールを投げろよ』
そうなんだ、野党に気魄を感じないんだ。
野党であることを忘れてるんじゃないか!」 と山本氏の姿勢を絶賛した。

”智の巨人”とも称される内田樹神戸女学院大学名誉教授は、
「山本太郎議員への寄付、遅くなってすみません。
僕もしました。
たくさんの議員が立候補できますように応援してます。」とツイートした。

■茂木健一郎氏はブログに投稿
脳科学者の茂木健一郎氏はブログで「れいわ新選組がおもしろい」と題して、次のように投稿。
「山本太郎さんの『れいわ新選組』がおもしろい。
政策が斬新で、また、山本太郎さんの訴えには人の心を動かすものがある。
ある意味ではポピュリズムとも言えるが、昨今のポピュリズムとはベクトルが異なるポピュリズムであって、その点もおもしろい。

『れいわ新選組』の『新選組』というのは幕末だと守旧派、体制側だったじゃないかと思うけれども、これは今の権力を持っているのは国民であるはずで、だからその国民に寄り添い、守護するんだ、みたいな趣旨のことを言われていたがそれならばありかなとも思う。
『れいわ新選組』の政策は斬新で、しかしそれは山本太郎さんひとりで、今回何人立つかわからないけど、少数政党だからできるんじゃないかという意見もあるかもしれない。
立憲のような大所帯だとあのような大胆な主張はできないかもしれない。
しかしそこにこそ存在意義があるかもしれない。

政治は可能性の芸術であり、プレゼンテーションである。
組織の大きい既存の政党にはできない主張を『れいわ新選組』が行っているとすると、ある程度の議席(衆参ダブルだったとして、それぞれ5人当選くらいいったら上出来だろうか?)を得たら、国会内において面白いプレゼンスになると思う」

■山本代表は全国行脚
山本代表は結党宣言以降、平日は都内で街頭演説、土日は地方で街頭演説をするなど全国行脚している。
北海道や仙台市、博多、神戸、岡田克也氏の地元・三重県や石破茂氏の地元・鳥取県にも足を運び、この土日は石垣島と奄美大島を訪れている。
同行したスタッフの一人は語る。

「地方での山本太郎・人気はすごいものがあります。
大勢人が集まる。
そして、ボランティア登録する人も続出しています。
告示日まで1ヶ月余りですが、強い風が吹くのではないか」

既存の野党が支持率が伸びない中、山本太郎「れいわ新選組」は参院選の台風の目になるかもしれない。
     (文/しらべぇ編集部・及川健二)
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2019年05月29日

川崎襲撃事件「子供自身が身を守るのは不可能」 安全確保に課題

川崎襲撃事件「子供自身が身を守るのは不可能」 安全確保に課題
2019.5.28 産経ニュース

 学校に通う子供たちがまた狙われた。
学校現場は安全確保に努めてきたが、事件は後を絶たない。
子供たちをどう守るのか。あらためて問われている。

 子供の安全に詳しい大阪教育大学教育学部の小崎恭弘准教授(保育学)は、「過去の犯罪でも、こうした場合に子供自身が身を守るのは不可能だ」と指摘。
「今回の事件が悪意を持って子供を狙ったのかどうかは分からないが、社会の中で脆弱(ぜいじゃく)であり、判断力が弱い子供が被害に遭うケースは多い」と話した。

 平成13年6月に発生し、今年で事件から18年となる大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件などをきっかけに、学校の安全対策は強化。
地域住民やPTAなどによる通学路の見守り活動も増えている。

 ただ、小崎准教授は「それだけですべての子供を守るのは難しい」と強調する。

 米国などでは小学生でも親が送迎しているとして、「今回の事件は、日本社会の安全神話が崩れていることを示す象徴的な事件。
親が送迎することも含め、私たちはこうした現実に立ち向かわなければならない」と話していた。

 また、セコムIS研究所(東京都三鷹市)の舟生岳夫主務研究員(50)も「(周囲の大人や子供に)危険な兆候を見逃さないセンサーの感度がどれだけあるかで多少は違うかもしれないが、事件を防ぐのは非常に難しい」と語った。

 子供を持つ家庭で、できる対策にはどんなことがあるのか。
舟生研究員は「保護者が『子供を取り巻く環境に絶対安全はない』と認識し、もう一度、自分たちの通学路で起こりうる危険について家庭で話し合ってほしい」という。

 さらに、「子供が『あれ?』と思う違和感が少しでもあれば速やかにその場を離れるなど、具体的に身を守る方法を教えた方がいい」とも話していた。
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安倍首相がトランプ氏に売った国益の中身

安倍首相がトランプ氏に売った国益の中身
2019年05月29日 PRESIDENT Online

■日本滞在中のツイッター更新で、永田町が大騒ぎに
破格の厚遇で4日間におよぶ「令和初の国賓」を満喫したトランプ米大統領。
彼が日本滞在中にツイッターでつぶやいたひと言で日本が騒ぎになっている。

懸案の日米貿易交渉について「7月の選挙後まで待つ代わりに大きな進展に期待する」という内容。
決着を先送りするのは盟友・安倍晋三首相の希望通りではあるが、交換条件で大幅な譲歩を強いられるのであれば、国民がつけを払わされることになる。
こんなディール(取引)があってもいいのだろうか。

問題のツイートは日本時間26日の午後、つぶやかれた。
安倍氏と千葉県茂原市の「茂原カントリー倶楽部」でゴルフを楽しみ、クラブハウスでダブル・チーズバーガーをほおばった後のツイートだ。
「両国国技館で大相撲を観戦する前」と説明した方が分かりやすいかもしれない。

Great progress being made in our Trade Negotiations with Japan.
Agriculture and beef heavily in play.
Much will wait until after their July elections where I anticipate big numbers! ? Donald J. Trump (@realDonaldTrump)

2019年5月26日Great progress being made in our Trade Negotiations with Japan.
Agriculture and beef heavily in play.
Much will wait until after their July elections where I anticipate big numbers!

要約すると「日本との交渉では、すばらしい進展がある。
農業、牛肉は特にそうだ。
7月の日本の選挙まで待つが、大きな数字を期待する」という内容だ。

トランプ氏は27日、安倍氏との首脳会談冒頭、記者団に「8月に、いい内容を発表できる」と発言。
前日のツイートを補強している。

■日米首脳の「密約」が本当にあったことを証明
このツイートには伏線がある。
1カ月前の4月26日、2人はホワイトハウスで会談した。
その時、トランプ氏は、5月の訪日時を念頭に「日本にいる時までに(日米交渉の)合意ができるかもしれない」と記者団に語っている。
少しでも交渉を先延ばししたいと思っていた日本政府にとっては、寝耳に水だった。

一部報道によると安倍氏は記者団が去った後、
「日本では7月に選挙がある。それまで待ってほしい」
「2020年の大統領選前には形にするから安心してほしい」とトランプ氏に頼みこんだ。
そしてトランプ氏も安倍氏に理解を示したという。

つまり、日本の参院選が終わってから米大統領選が本格化するまでの間に妥結することで「密約」ができたというのだ。
日本政府サイドは、安倍氏がそのような発言をしたかどうかについては明言を避けている。
しかし、今回のトランプ氏のツイートは、図らずも日米首脳の「密約」が本当にあったことを証明するような内容だった。

■選挙で有利になるために国益を売る行為との指摘
トランプ氏のツイートについて、自民党内では、おおむね歓迎の声が上がっている。
牛肉や農業などで米国に譲歩すれば、自民党にとって重要な支持層である農業票が離反する懸念があった。

参院選後に先送りすることは、ありがたい。
もちろん、妥結の時期を8月より、もっと後にしたいというのが本音だが、「7月の選挙後」を勝ち取ったのは事実だ。
しかし、これは国民にとっては迷惑な話である。

選挙で有利になるために、さらなる譲歩をするようなことになれば、党利党略のために国益を売ることになるからだ。

国民は政府、与党が行ったことに怒った時、「1票」で批判の意思を示す権利を持つ。
しかし、選挙が終わった直後だと、怒りを表現するすべを失ってしまう。

今、安倍氏は参院選に合わせて衆院を解散し、衆参同日選とすることを検討している。
同日選が終わった後に、日本にとって不利な合意をしても、国民は批判の1票を投じるチャンスが当分ないのだ。

■米国優位の合意になるのは見えている
国民民主党の玉木雄一郎代表は自身のツイッターで
「農産物とりわけ牛肉について大幅に譲歩することになっているなら国民に説明すべきだ。
7月の選挙の後(after their July elections)に明らかになるなんて国民に対するだましだ」と憤っている。

もちろん貿易交渉は米国が勝つとは限らない。
日本側が有利な条件を勝ち取ることもあり得るのだから、敗北を前提として考えるのはどうか、という反論もあるだろう。
しかし、その指摘は甘い。

トランプ氏と安倍氏は、妥結時期について「日本の参院選の後、米国の大統領選の前」で合意した。
この1点から、安倍氏にとっては好ましくないこと(選挙のマイナス要因となること)で、トランプ氏にとっては好ましいこと(大統領選で有利になること)で合意するのを前提としているのが分かる。

■安倍氏が「選挙日程」をトランプ氏に伝えた疑い
ちなみにトランプ氏のツイートは「7月の選挙」を「July elections」と複数形で表記している。
このことから、「安倍氏は衆参同日選の意思があることをトランプ氏に伝えたのではないか」との憶測も広がっている。
しかし、米国の場合、州単位で多くの投票が行われるので1種類の選挙でも複数形を使うことも珍しくないようだ。
だから複数形になっているから「同日選」と勘繰るのは、深読みのしすぎかもしれない。

ただし参院選単独にせよ、同日選にせよ、日程はまだ定まっていない。
7月21日説が有力だが8月にずれ込む選択肢もある。
トランプ氏が「7月の選挙」と断じたのは、安倍氏が、誰にも明かしていない選挙日程をトランプ氏には語った疑いは残る。

■交渉で敗北し、批判が高まる前に選挙をやってしまう
トランプ氏が言うように貿易交渉の妥結が8月に行われることになった場合、その後に衆院解散、総選挙を行うタイミングは見いだしにくくなる。
安倍政権への批判が高まると考えられるからだ。

であれば、安倍氏が合意前に衆院選を終えておこうと考えて衆参同日選を断行する可能性は、さらに高まったことになる。

「日米合作」の同日選と言ってもいいかもしれない。
同日選は過去、1980年、86年の2回行われている。
39年前は「ハプニング解散」、33年前は「死んだふり解散」として語り継がれている。
今年、同日選が行われるとしたら「トランプ解散」と呼ばれることになるだろうか。
     (プレジデントオンライン編集部 )
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2019年05月30日

川崎殺傷事件を連鎖させないために大切なこと

川崎殺傷事件を連鎖させないために大切なこと
第三者の私たちはどう受け止めたらいいか
2019/05/29 東洋経済オンライン
木村 隆志 : コラムニスト、
人間関係コンサルタント、テレビ解説者

5月28日の朝7時45分ごろ、神奈川県川崎市の小田急線登戸駅前でスクールバスを待っていた小学生ら19人が包丁を持った男に襲われ、2名の尊い命が奪われました。
男は事件現場で自らの首を刺し、搬送先の病院で死亡。
わずか十数秒の間に19人と自分を刺すというショッキングな事件に、メディアが大々的に報道したほか、ネット上のSNSにもさまざまな声が飛び交っています。

なかでもメディア、SNSの両方で目立つのは、犯人への激しい怒り。
池袋や大津の交通事故など、幼い命が奪われるニュースが続いたこともあってか、
事故の第一報直後から「極刑にしろ」「頭のおかしい人間を世に放つとこうなる」「危ないやつはこのまま死んだほうがいい」などの感情的な声がヒートアップしていました。

残酷な犯行の直後だけに、このような声がネット上を埋め尽くすのも、仕方のないことなのかもしれません。

強烈な不満や理不尽を感じている人はほかにもいる
さらに驚かされたのは、Yahoo!のトップニュースに選ばれた「川崎殺傷事件『死にたいなら一人で死ぬべき』という非難は控えてほしい」という記事に批判が殺到したこと。
書き手に対して「無責任な偽善者!」「論点をずらすな」「なぜこいつは加害者に優しくするんだ」「お前の家族が殺されてもそう言えるのか?」「どうせお金目的か売名行為だろう」などと猛批判するツイートが続出したのです。

ちなみにこの記事から一部を引用すれば、
「類似の事件をこれ以上発生させないためにも、困っていたり、辛いことがあれば、社会は手を差し伸べるし、何かしらできることはあるというメッセージの必要性を痛感している」

「『死にたいなら人を巻き込まずに自分だけで死ぬべき』
『死ぬなら迷惑かけずに死ね』というメッセージを受け取った犯人と同様の想いを持つ人物は、これらの言葉から何を受け取るだろうか。
やはり社会は何もしてくれないし、自分を責め続けるだけなのだろう、という想いを募らせるかもしれない。
その主張がいかに理不尽で一方的な理由であれ、そう思ってしまう人々の一部が凶行に及ぶことを阻止しなければならない」とあります。

決して今回の犯人を擁護しているわけではなく、専門家としての立場から「さらなる被害を防ごう」とした緊急メッセージでした。
世間の人々が犯罪者を批判したい気持ちをわかったうえ上で、「まずは犯罪の連鎖を防ぐことが重要」と言いたかったのでしょう。

今回の事件を「結果」という過去形で見て怒っている人と、「まだ終わっていないかもしれない」という進行形で見て恐れている人との違いが見えました。
「どちらが良い悪い」ではなく、論点が違っていたのです。

求められる理性的なセカンドステップ
今回の事件の犯人に関しては情状酌量の余地がなく、「どんな批判を浴びせても足りない」という感があるのは間違いありません。
しかし、そこで思考回路を閉じてしまうようでは、今回のような犯罪が増えることはあっても減ることはないでしょう。

SNSの発達で一人ひとりが主体的な意見を持つようになった現在では、「犯人を批判する」という感情に基づいたファーストステップに続く、理性的なセカンドステップが求められているのです。

子どもたちが狙われる本当の理由
「今回のような犯罪が増えることはあっても減ることはない」と書いたのは、「社会から孤立している」「生きづらいという感覚を抱えている」「強烈な不満や理不尽さを感じている」という人が増えているから。

私はコンサルタントとして、これまで2万人以上の悩みを聞いてきましたが、その孤立、生きづらさ、不満・理不尽を強く訴える人の数は明らかに増えています。
ネットの普及で生活が便利になる反面、画面上のコミュニケーションが中心で人間関係が希薄になり、「本当の友人がいない」「恋人もいない」「結婚もしない」「家族と折り合いが悪い」などと人々の孤立化は進む一方。

さらに、「お金もあまりない」「定職がない」「やりたい仕事がない」「行きたい外出先がない」などの失うものがない人も増えているのです。
人間である以上、いくらかの孤独や不満はつきものですが、「失いたくないもの」や「幸せを実感できる人」の存在がそれらを軽減しています。

犯罪者の背景をひも解くと、「一定以上の抑止力になるような『失いたくないもの』や『幸せを実感できる人』がいなかった」というケースも多く、だから自暴自棄になりやすく、心が病んでいく人が少なくないのでしょう。

今回の事件では、「自分より弱い子どもを標的にしたことが許せない」という声を多数見かけました。
ただ、子どもが犯罪者から狙われやすいのは「弱いから」だけではないでしょう。
「失いたくないもの」や「幸せを実感できる人」がいない人にとって、子どもは未来や幸せの象徴だから攻撃の対象になりやすいのです。

社会的なサポートも必要
どんな人でも「失いたくないもの」や「幸せを実感できる人」を作れるのが健全な社会のあり方。
専門家を含む組織的なフォロー体制の構築、対面コミュニケーションを増やす環境作り、メディア・自治体・任意団体による啓蒙活動、情操教育の見直しなど、できるだけ幸・不幸の格差を埋める社会的なサポートが求められているのではないでしょうか。

怒りは出し尽くせず、心の中に宿る
次に、「『犯人を批判する』という感情に基づくファーストステップに続く、理性的なセカンドステップが求められている」に話を移すと、現状では「そんなことはわかっているけど、そんなにうまくできない」という人が大半を占めています。
そういう人が感情論に終始してしまう最大の理由は、自分の感情を整理できていないから。
自分では「怒りの感情を出し尽くしたから、ここから先は理性的に考えられる」と思いがちですが、その思考回路こそが落とし穴。

怒りの感情は「出し尽くした」と思っていても、心の中に宿り続けるため、なかなか理性的にはなれないものです。
例えば、「上司が同僚を叱ったあとに、自分もとばっちりを受けて叱られた」「恋人や家族に怒りをぶちまけたあと、ムカムカしてなかなか眠れなかった」「この前と同じ理由で、また怒ってしまった」。
これらはすべて怒りの感情が心の中に宿り続けているからであり、感情は自分で思っているほどうまく切り換えられないのです。

自分の感情を整理するために大切なのは、一つひとつの感情と向き合って片付けていくこと。
実際、「怒っている」という感情も分解していくとさまざまなものが混じっていて、それはまるで散らかっている部屋のようであり、一つずつ片付けていく必要性があるのです。

下記に、今回の事件でコメントとして飛び交っている感情を一つずつ挙げていきましょう。

最も目についたのは、「犯人はサイコパス。社会には一定数いるものだから仕方ない」というコメント。
「犯人を生来の悪とみなすことで思考回路を閉じてしまおう」というものですが、そうコメントしたところで割り切れるものではなく、けっきょく怒りの感情を心に宿してしまうものです。
また、「相手を生来の悪」とみなすことで必然的に「自分は正義」という対極の立ち位置になりますが、よほど清廉潔白な人でない限り、居心地の悪さを感じてしまうでしょう。

感情を一つひとつ理解することの大切さ
2番目に目立っていたのは、「自分はどんなにつらくても絶対にこんなことはしない」というコメント。
もちろん間違いではないのですが、第三者である以上、「自分は」という視点にあまり意味はありません。
「自分は」という主観を込めたフレーズは感情論そのものであり、被害者と加害者の前に「自分は」が来る人は、感情>理性の思考回路から抜け出せず、「知らぬ間にストレスをためてしまう」タイプなのです。

その他で気になったのは、「こういう底辺の人間といかに関わらないようにするかが重要」「おかしな人間は隔離すべきだ」「どうせロクな親じゃなかったんだろう」といった人をさげすむようなコメント。
どれも差別的な目線に基づくものであり、「犯罪者だから第三者が何を言ってもいい」というわけではないでしょう。

このように、自分の中に生じた感情を一つひとつ理解しつつ整理していくことで、おのずと理性的な思考回路になっていくでしょう。
そもそも相手が犯罪者とはいえ、脊髄反射的に批判をしたくなってしまうのは、日ごろ感情的な思考回路になっていることの証。
それは必ずしも悪いことではありませんが、あなたが一流のビジネスパーソンなら、怒りのパワーをSNSへの書き込みに注ぐのではなく、「再発防止」「リスク軽減」「安全対策」などの理性的な議論に転換していきたいところです。

錯乱状態の人でも話を聞けば心は晴れる
こういうコラムを書くと必ずと言っていいほど、「PV狙い」「炎上商法」と私自身もバッシングされてしまいます。
それでも書くのをやめないのは、「犯人批判と被害者哀悼だけでは、新たな悲劇を生んでしまう」という懸念が消えないから。
今日も朝から民放全局の情報番組で大々的にこの事件を扱っていますが、「加害者」と「被害者」の人柄にフォーカスし、視聴者の共感を狙うものが多いことに疑問を感じてしまいます。

一人ひとりが感情的な思考回路を閉じずに考え続けていくことの重要さはメディアも同じ。
個人とメディア、双方が今後に向けた議論を重ね、対策を講じていくことが、悲劇的な事件のリスク軽減につながっていくのではないでしょうか。

長年コンサルをしていると、外見は普通でも、話してみると精神が病んでいたり、錯乱状態で会話にならなかったりする人が少なくありません。
ときには、「こんなにつらいなら死んでしまいたい」「『みんな不幸になれ』と思っている」「殺したいほどあいつが憎い」「絶対に復讐したい」などと話す人もいました。
それでも、たまりにたまった負の感情をこちらに吐き出し、ごくわずかでも光が見えることで、どこかすっきりした顔で帰っていくものです。

最近は「効果的な言葉をかけるより、話をしっかり聞くこと」「孤独感をやわらげ、存在を認めること」を重視したコンサルを行っていますが、これは特別なスキルが必要なものではなく、身近な人に対して誰もができるコミュニケーションにすぎません。
もちろん、孤立した人に対して、「君子危うきに近寄らず」という対処方法もありですが、一方では「その方法だけで逃げ切れるのか?」という疑問も拭えないのではないでしょうか。

私たちはどこまで行っても、事件の当事者にはなれず、第三者でしかいられない存在。
だからこそ、まるで自分が被害者であるかように加害者批判を繰り返すのではなく、第三者の立場から被害者を悼み、「事件から何を学び、今後につなげるのか」を考える。

きれいごとや理想論と言われても、悲劇の可能性を1%でも減らせるのなら、それはやるべきことのような気がするのです。
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行き過ぎた「完食指導」で体調不良、トラウマも…? でも、学校ばかりを“悪者”にしてはいけない理由

行き過ぎた「完食指導」で体調不良、トラウマも…?
でも、学校ばかりを“悪者”にしてはいけない理由
2019/05/28 citrus編集部(平井 千里 )

「行き過ぎた完食指導で体調不良を訴える子供たちが増えているようです。
記事によれば、“たくさん食べないと大きくなれないよ!”という善意に基づいた働きかけが根底にあるのだと思いますが、体格も食事量も人それぞれですから、“たくさん”は人によって違う気もするのですが……。
日本に根付く食文化みたいなところもあるのでしょうか?」
楽しいはずの給食が…「完食強要」やめて(NHK NEWS WEB)

■学校給食の量は、どうやって決める?
同年齢の子どもの体位は大人ほどばらつきがありません。
そのため、学校給食などでは、エネルギーなど比較的自宅でも取りやすい栄養素は1日に必要な量の1/3、
ビタミン類、カルシウムなどのミネラル類のうち、自宅で摂取することが難しいであろうと考えられる栄養素については、1日に必要な量の40〜50%を給食で提供するように学校給食法で定められています。

摂取基準値は、その年齢の子どもの平均的な体位を使って算出しています。
男女比1:1の場合を想定して計算しますが、男女差など細かくは考慮されていません。
子どもの体格は大人ほどばらつきがないとはいっても、全く差がないわけではありません。
均等に分けた1人前では多く感じる子どももいるかもしれません。
逆に少なく感じる子どももいると思います。

学校給食は、給食室からクラスの人数分の食事が教室に届けられ、教室で各自に配られます。
私自身は臨床畑(病院勤務)と栄養士教育畑を歩いてきた人間なので、学校給食の現状についてさほど詳しくはないのですが、聞き及んでいる限りでは、どの学校・クラスでも担任の先生のご努力でそれぞれの子どもに見合った量が手元に届くよう考慮されているとのこと。
この記事によると、現実には違うという学校もあるのでしょうか。
「こんなかわいそうなことはさせていません!」と小中学校の先生方から反論を頂戴したいところではありますが……。

管理栄養士の立場からすると、上記のように学校給食で提供している食事は「平均的なその年齢の子どもの体位」を基準にして献立を考えています。
並外れて体が小さい場合を除いて、一般的には均等に分けたとしても食べきれる量であろうと考えられますし、食べきることができれば体にもよいであろうことは言うまでもありません。

■トラウマになる完食指導の是非
だからといって、トラウマになるまで食べるように指導するのもかわいそうな気がします。
ただし「じゃあ、食べなくていいよ」とあっさり引き下がれるほど甘くはありません。
高齢者なら引き下がれますが、子どもは先が長い。
あっさり引き下がってしまったら、その子の将来は不健康まっしぐらです。

もう一度、学校給食の栄養基準をよく見てください。
自宅で摂取しづらいビタミン類や、ミネラル類を多く含むメニューが出されています。
この栄養素量を提供するためには、自宅では出されないであろう食材を使った料理が出る可能性も高いのです。
子どもにとって、「見たことがない」「食べにくい」料理が出てきたとしても不思議ではありません。

例えば、1日に必要な量に対して、学校給食で提供すべき割合が最も高いのはカルシウムです。
学校給食ではカルシウム源は牛乳で提供されることが一般的ですが、「牛乳嫌い? だったら飲まなくていいよ」を続けていたら、骨が太くなりません。
男子児童はいつまで経っても低身長のままかもしれませんし、女子児童は、年齢を重ねた時に大腿骨骨折で寝たきりのリスクも高くなります。

「それでいいのか?」という話です。
よくないですよね?
よくないんだったらどうしますか?
少しでも食べられるようにするしかないですよね?
「気持ち悪い」と泣き出すまで頑張らせる必要はありませんが、毎日一口ずつでも食べられるようにしていくことが必要なのかな、と感じます。

■学校ばかりが“悪い”のか?
だからこそ、自宅でも考えていただきたいことがあります。
先に「(必要な栄養素量を確保するために)学校給食では、自宅では出されないであろう食材を使った料理が出るはず」と書きました。
もう一度、先ほどの学校給食の基準を見てみましょう。

学校給食で多く提供することになっている栄養素は、カルシウム以外だと、マグネシウム、鉄、ビタミンA、ビタミンB1、食物繊維です。
これらは、野菜や海藻に多く含まれています。
いかがですか?
自宅で野菜料理を食べさせていますか?
野菜料理は“かさ(体積)”の割にエネルギー源が少ないので、成長のためのエネルギー源を欲している子どもたちは後回しにしがちですよ。
「食べないから作らない」となっていませんか?
1日3回の食事のうち、2回は自宅で食べるのですから、食育は自宅で行う方が効率的です。
3回のうち2回をなおざりにしているのに、「学校が悪い!」はないですよ。
食事の内容だけではありません。

食べているときの様子もよく観察して、保護者懇談会の席などで担任と情報共有するようにすれば、無理に食べさせられてトラウマになってしまうというような悲しいことは減らせるように思います。
考えてみてください。
学校に来ているのはあなたの子どもさん1人ではありません。
教室には30〜40人の子どもさんがいるのに、先生は1〜2人。子どもが隠れて特定の食べ物を残そうとすれば、いくらでも隠れて残すことは可能です。
ただし、隠れて残していたはずが、見つかってしまえば叱責も免れません。
軽度のうちに先生が見つけてくれれば叱責も軽く、トラウマになることは少ないでしょうが、自宅のほうがより見つけやすいはず。

親対子どもはほぼ1対1、隠れようがないのですから。
自宅でのサポートが重要なのです。
食育は分かりやすい一例でしかありません。
勉強そのものであっても「全部、学校で面倒をみて」では子どもはうまく育ちません。
どんなに全教職員が全力で頑張っても学校でサポートできることはごくわずかです。
ぜひ、自宅でも子どもの食育や教育全般について、今一度考え直してみてください。
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2019年05月31日

"不適性な人"を密かに排除する社会の到来

"不適性な人"を密かに排除する社会の到来
2019年05月30日 PRESIDENT Online(御田寺 圭)

婚活のマッチングサイトで、勤務先や年収だけではなく、歯並びや肌質まで問われることがある。
採用選考で特定の疾患リスクをもつ人を排除しようと「不適性検査」を行う企業がある
――この状況に対して文筆家の御田寺圭氏は
『内側』で差別をなくそうとするほど、"ハイリスクな人"を避けようとする反動が形成される。
人間の生まれ持った性質に迫るような『選別』が、現代社会の公私両面で広がっている」と分析する
――。

■生涯独身を誓ったある男の絶望
私的な話題で恐縮だが、近頃に婚活をすっぱりと諦め、生涯独身を誓った友人がいる。
彼は生涯独身を宣誓するまでは複数のマッチングサイトを利用し、また婚活イベント・パーティーなどにも頻繁に参加していた。
大学を卒業した早々には結婚を意識していたくらいだし、結婚願望は人一倍強かったように思う。

――ところが先月久しぶりに会った彼は、結婚どころか恋愛に対しても消極的というか、もはやそれに対する熱心な「アンチ」と呼ぶにふさわしい態度を示すようになっていた。
食事をしながら、彼は憎々しげに自由恋愛や婚活パーティーに対する積年の憎悪を延々とぶちまけていた。
彼のあまりの変貌ぶりに、私は理由を尋ねた。

すると彼は「マッチングしなかったことで、たんに縁がなかったのではなくて、自分の存在を否定されているような気持ちになってしまったから。
もっといえば『お前の遺伝子が悪い』と言われているような気がしてしまって、怖くてそういうことができなくなった」と漏らした。

■勤め先や年収だけでなく、歯並びや肌質も問われる?
「遺伝子が悪い」――聞きなれない表現だ。
いったいどういう意味だろうか? 
彼に尋ねると、このほどの「マッチング」に重要視されるのは「学歴・勤務先・年収」などの社会的・経済的ステータスはもちろんだが、しかしさらに「生まれ」とか「育ち」とか「家族構成」とか「認知・発達」とか、そういう「その人の先天的なもの」が問われる比重が高くなってきているような感覚が強まり、しだいに恐ろしくなってしまったのだという。

それはまさに、自分の努力ではどうしようもない「本質的な部分」にまで、他人からの値踏みするようなまなざしが注がれているような感覚だったのだという。
具体的には「歯並び(歯科治療歴)」「喫煙習慣」「肌質」「家族構成」「家族親族の仕事や学歴」さらには「部屋の綺麗さ」「保有する自動車の車種」なども尋ねられたという。

私はまるで社会学における社会階層論の質問項目のような印象を受けた。
いったいだれが入れ知恵したのかはわからないが、勤め先や年収を尋ねるよりも人間を「リスク」として評価するのにはよほど実践的な要項ばかりで、逆に感心してしまった。

それらの項目は現在においてその人がどのようなコンディションであるかを示すだけではなく、むしろ「過去」どのような環境で育ったか、そしてそれによって「未来」どのような人物として社会的・文化的な再生産を行いうるのかの確度が高まるものばかりだからだ。

■自分に近づく他者に「低リスク」を求める人びと
何年も婚活の戦場を戦い抜いてきた彼が、態度を急転換させてパートナーシップ市場から退場してしまった理由がわかった気がした。
「お前の遺伝子が悪い(ゆえにお前にはだれかのパートナーになって子孫を残す価値なし)」と言われているような場所に耐えられる人はそう多くはないだろう。

大規模な戦争もなく凶悪犯罪が年々減少する平和で安全な市民社会において、人びとに最後に残されたリスクは「人間関係(他者とのかかわり)」なのだ。
これまで社会には多くのリスクがあったが、それらがなくなったことで、私たちはこの社会に残された「最後のリスク」へとリソースを全集中するようになった。

自分がお近づきになる他人に求めるのはなによりも「低リスク」であること。
そのためには、社会的・経済的ステータスでは測れない、人間の本質的な部分にまで踏み込む必要があった。
この社会に残された「最後のリスク」を回避しようとする流れは、なにも私的パートナーシップ形成の場面でのみ起きているわけではない。

■採用選考での適性検査ではなく「不適性検査」
「不適性検査」というテストを知っているだろうか。
聞きなれないことばかもしれない。
企業の採用選考でしばしば用いられている「適性検査」のことを知っている人は少なくないだろう。
だがいま「不適性検査」のニーズが急速に高まっているという。

例として、人材採用向けに「不適性検査」を提供する企業である「株式会社アソシエート」が提供する適性検査「不適性検査スカウター」をみてみよう。
同サービスのコンセプトは、将来的にリスクになりかねないタイプの人を「誤って採用してしまわないように」、採用時点でハネられるよう、職務遂行能力だけでなくて多面的なパーソナリティー分析データを提供するものだ。

ありがたいことにサイト上では検査項目が紹介されている。
学力検査にあたる「能力検査」を除くと、項目は2種類に大別できるようだ。
ひとつは「資質検査」。
性格・意欲・思考力・ストレス耐性・価値観・ネガティブ・職務適正・戦闘力・虚偽回答に分けられ、そこに紐づく形で細かな下位項目が設定されている。
いくつか気になる項目はあるものの、これ自体は一般的な適性検査とそれほど変わりはないように見える。

■精神疾患や発達障害を排除したいかのような項目
重要なのはもうひとつの「精神分析検査」だ。
ことわっておくと、同検査のサイト上には「疾患」とか「障害」ということばは一切使われていない。
「本検査結果レポートは、精神疾患や障害を確定するものではなく、医療行為および医師による診断に該当または代替するものではありません」という「注意」も書かれている。
あくまで「リスク評価」にとどまっているということである。

検査項目を見るかぎり、企業が採用する場合にリスクとして認識しており、できれば入社させたくないと感じているのは、「うつ病(双極性障害)」や「ASD」「ADHD」などのようだ。
どうやらこの「不適性検査スカウター」はなかなか好評のようで、「約4800社以上の企業、社会福祉法人、官公庁」が利用しているという。
サービスとしては「精神疾患や発達障害やパーソナリティー障害をもつハイリスクな人材を採用せずに排除したい企業様にオススメです」と言っているに等しい。

だが繰りかえしになるが「疾患」「障害」を診断するとは一切書いていないので、これが不当な差別にあたると断言はできない。
釈然としないことはたしかだが、企業の「経済活動の自由」の範疇にギリギリ収まるラインの商売をしているようにも見える。

■「内側の人」だけが尊重される社会
家族にしろ学校にしろ会社にしろ、その組織に属する「内側の人」を差別的に扱ってはならないという人権意識の高まりは、社会全体の厚生を着実に高めていることは間違いない。

生まれもった性質ゆえに、人間関係構築や会社組織でのオペレーションに困難を抱える人びとがいる。
そうした人びとを「発達障害」とか「パーソナリティー障害」とした枠組みで捕捉し、適切な社会的支援を講じる機運が高まっている。
こうした営為は、どのような人でも全人格的に肯定されて生きることのできる社会を目指すためには不可欠なことである。

しかし同時に「自分たちと協働する仲間として内側に入れると手厚くもてなさなければならないのだったら、内側に入れてしわないように入り口の段階で排除しよう(私たちにはそんな人を抱える余裕はないのだから)」というインセンティブが高まってしまうのだ。
それはリソースを豊富に持たない中小企業、あるいは個々人の付きあいのなかでは顕著にあらわれることになるかもしれない。
有限のリソースをすべて「配慮」に回すことはできないのだ。

けっして豊富とは言いがたいリソースを持つ者にとってはなおさらである。
あたかも社会階層の研究調査のような趣を呈する性的なパートナーシップも、不適性検査を採用する企業も同根の問題なのだ――「人を尊重すること、そのリソースを惜しみなく拠出すること」を時代が要請すればするほど、「リソースがかかりそうなハイリスクな人は避けよう」という反動が形成されることになる。

■やさしい社会は「冷酷で疎外的」な顔を持つ
公私の場面を問わず広がる「人間の本質への(差別スレスレの)スクリーニング」は、この平和で安全な現代社会において残された最後のリスクが「人間自身」であることを色濃く反映している。
皮肉で哀しいこととしか言いようがないが、現代社会における人の尊厳や人権の高まり、またそれを尊重することを要請する人権感覚の高まりこそがその背景にあるのだろう。

「内側の人」となればその厚生は大いに与えられるが、しかしその門をくぐるためには、幾重にも設けられた「不適性検査(ただしなぜか差別には当たらない)」を突破しなければならない。

「内と外の断絶」が深まる社会は、もう間もなくやってくるような予感がある。
「人の尊厳を守る社会」であると同時に「人こそが残された最後のリスクである社会」は、人に対してやさしく寛容であると同時に、また別の人にとっては冷酷で疎外的な正反対の顔をあわせもつ。
私的選択の自由、経済活動の自由の名のもとに、淘汰の時代が到来する。

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御田寺 圭(みたてら・けい)
文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。
「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。
「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』を2018年11月に刊行。
Twitter:@terrakei07
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久しぶりの「無」の日

股関節手術から 1ヶ月近くになります。
退院の4/16から 連日の通院。

足のリハビリ。
糖尿病初期の経過観察
脳梗塞の経過観察
股関節経過観察
臀部膿症
各種検査

今日は 久しぶりの通院予定なし。
気の緩みか、朝8時にトイレに行った記憶はあるのですが。また寝てしまい 起きたのか`16時。

交際相手は「病院関係者・・・」の日々からの解放の1日を「睡眠」とは、情けない小だぬきでした。
posted by 小だぬき at 20:10| 神奈川 ☁| Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする