2019年07月10日

山本太郎「消費税を廃止しないとロスジェネ世代が死ぬ!」

山本太郎「消費税を廃止しないと
ロスジェネ世代が死ぬ!」
7/9(火) 日刊SPA!

「争点なき選挙」と言われる今夏の参院選の台風の目になりそうなのが、山本太郎が結成した政治団体「れいわ新選組」だ。
2億円超の寄付金を集め、10人の「当事者」「スペシャリスト」を候補者に担ぎ出した。
山本が考える「争点」とは何か?を聞いた。
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消費税廃止は大命題。既成政党を超える政策で国会に殴り込みをかける
 参院選公示の2日前、曇天を突くように、山本太郎は激しく叫んだ。
「消費税という罰金で、みなさんが金持ちや大企業の尻拭いをさせられてるのはおかしいでしょう!」
 新宿駅西口に集まった約1000人の聴衆からは割れんばかりの拍手が巻き起こる。
モニターを使った政策説明や質疑応答など工夫した手法をとる、れいわ新選組の街頭演説は目下、話題沸騰中だ。  

4月から募っている寄付は、すでに2億円を超え、演説時には寄付希望者が列をなす。
ALS患者や、重度の障がいのある女性、創価学会員など、インパクト抜群の候補者たちも話題をさらっており、れいわ新選組は、今夏の参院選における台風の目である。

 そんな選挙の準備で多忙を極める山本太郎氏が、SPA!の直撃に答えてくれた。
まず、れいわ新選組を旗揚げした理由から聞いた。
「自由党で一緒だった小沢一郎さんの『野党共闘しないと自民党に勝てない』という言葉に異論はありません。
ただ、当時は立憲民主党が独自路線を決定するなど、共闘が難しい状況になった。
そのなかで自分にできることは、せめて野党が共通政策を掲げるように、外側からプレッシャーをかけることだと思ったんです」

 野党の共通政策とすべく、山本氏がプッシュするのは、まずは消費税減税、そして最終的には廃止である。
現在、野党は増税凍結で足並みを揃える構えだが、山本氏は「甘すぎる」と一喝する。
「与党が増税を明言したまま選挙に突入するんですから、野党は怖くもなんともないと舐められているのです。
増税凍結は、増税の先延ばしでしかないんですから、多くの困窮した人を変える選択肢にはなりえない。

野党は一致して減税の姿勢を示し、この参院選でねじれを実現して次の政権を窺うべきですが、力及ばずでした」
20年間もデフレ状態の国は世界を見渡しても日本だけ
 このように政局をつくりにいく側面もあるが、山本氏が説く消費税減税・廃止論は単なる人気取りではない。
実際に消費増税が景気に悪影響を及ぼしている。
’14年に消費税を8%に引き上げたときは実質個人消費が8兆円も減り、貯蓄ゼロ世帯が急増したのだ。

20年間もデフレ状態の国は世界を見渡しても日本だけ。実質賃金は下がり続け、人々の生活も地盤沈下している惨状のなか、消費を冷え込ませる消費増税は、国家の自殺行為です。
しかも、税の公平公正という観点からも消費税は間違っています。
金持ちが道楽で買うダイヤモンドやフェラーリにかかる税率と、ワーキングプアが水やパン、紙おむつなど生きるためにかかる税率が同じ。とうてい公平とは言えませんよ」

 確かに、年収によって消費税の負担率に大きく差が出るのは事実だ。
日本経済新聞の調査では、消費税が5%になった’97年は、200万円未満の低年収層は負担率5.5%だったのに対し、1500万円以上の高年収層は1.1%。
税率8%になった’15年では、前者が7.2%に増えたのに後者は1.6%にとどまる。
仮に税率が10%になると、前者は8.9%になるが、後者は2.2%にすぎない。
山本氏が指摘するように、消費税には確かに逆進性がある。

「現在の国民生活は、子供の7人に1人が貧困という状況。
なのに『消費増税による財政再建』とか言う奴は、とんだDV野郎ですよ。
この国の再建を言うなら、まずは最低限の底上げをしないと。
デフレ不況で、日本という同じ船に乗っている人がたくさん死にかけているんです。
それを助けるのが、第一でしょう。
苦しい人への愛とカネが足りない政策が、20年以上も続いたのがこの国の悲劇です」

 今、日本に必要な緊急政策として、山本氏が打ち出す言葉は大胆だ。
消費税廃止はもちろんのこと、最低賃金を1500円へ引き上げてこれによる中小事業主の赤字は政府が補償。
また「奨学金徳政令」と題し、奨学金をチャラにすることも公約している。

当然ながら、こうした政策には財源確保の面で批判も相次いでいるが、山本氏はそれらを一刀両断する。
「財源は税収に縛られるわけではありません。
デフレ時には政府が新規国債を発行して大胆に投資すべきなのです。
こう言うと、財務省が菅直人さんや野田佳彦さんを洗脳した手法、破綻したギリシャのケースを持ち出しますが、あれはユーロ建てで借金をしていたから。
自国通貨の円建てで借している日本とは全く別の話。
問題はインフレの制御のみです」

過去20年で最大の被害者はロスジェネ世代
 最低賃金の伸び率が停滞し、デフレの出口が見えなくなった“失われた20年”。
それを脱するために、国が積極的に投資すべきという考えが山本氏の政策の根底にある。
とくに投資対象として氏が注目するのは、かの20年における最大の被害者である「ロスジェネ世代」だ。
「過去の歴代政権は、ロスジェネ世代に、賃金補償や家賃補助などの施策を打って、家庭を持てる環境を整え、第3次ベビーブームを起こすべきでした。
それがなされなかったため、少子化が進み、年金制度も立ち行かなくなったんです。

ロスジェネ世代は政府の経済政策の失敗で損をさせられたわけですから、政府は賠償政策という意味でも、彼らにこれから投資しなければならない。
家族をつくりたいと思う人には、最大限のサポートをするのが、持続可能な国家づくりだと思いますよ

 もちろん、山本氏の目はロスジェネ世代にとどまらず、若者から老人まで全世代を見据える。
「現在の生活保護は、完全に沈没した状態の人でなければ受けられません。
これを、沈没前に救えるような、全世代を対象とした生活保障制度に変える必要があります。
家賃補助や食費などの生活扶助など、その人が必要としている分野の保護を、切り分けて受けられるようにすべきです」  

セーフティネットの下限を引き上げ、その種類も増やすという点で、税と社会保障のあり方を大きく変える提言である。
「今の与党は、大企業にコントロールされ、法人減税など大企業が得をする政策ばかり行っています。
割を食っているのは庶民です。
逆に言えば、大企業から政治のコントロール権を取り戻せば、庶民は自分たちの生活を底上げできる。

まずは庶民がコントロールできるアイコンとして僕らを国会に送り出すことで、政治家が自分たちのために動くことを実感してほしいんです」
 従来のパワーゲームに楔を打つ第一歩として、山本氏は今回の参院選を位置づけている。
「今回の選挙で政党要件が満たせれば、安倍首相との党首討論や幹事長対談への出席が可能になり、メディアへの露出も増えます。
与党攻撃はもちろん、野党が嫌がることも言っていきます。

なにしろ野党の中にも、与党に反対するポーズだけの議員がいますからね。
僕はそこもしっかり突いていくから、政治に緊張感が生まれて、予定調和ではなくみんなガチンコでケンカするようになりますよ。
そういう“永田町イチの嫌われ集団”を目指していきます」
 今夏、れいわ新選組が振るう剣先は、政権政党に刺さるか。

山本太郎】 ’74年、兵庫県出身。
高校時よりタレント活動をしていたが、’12年、政治活動を開始。
’13年、参議院選挙で東京選挙区で当選。
’19年、政治団体「れいわ新選組」を立ち上げ代表に就任、今夏の参院選に10人の候補者を出す
posted by 小だぬき at 13:30 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

傷つきやすい人に"無理しないで"は逆効果

傷つきやすい人に"無理しないで"は逆効果
2019年07月09日 PRESIDENT Online
MP人間科学研究所代表 榎本 博明

嫌なことがあるとひどく落ち込み、なかなか立ち直れない人がいる。
MP人間科学研究所代表の榎本博明氏は「こういった人は、困難な状況にあっても、心が折れずに適応できるレジリエンス(回復力)が低いことが多い。早く立ち直れないのは性格ではなく、記憶の管理法に問題がある」と指摘する――。

※本稿は、榎本博明『なぜイヤな記憶は消えないのか』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■自分が嫌だと嘆くのに気晴らしに逃げている
自分の毎日の生活がパッとしないとか、外で人と一緒にいれば気が紛れるが家に帰ってひとりになると気分が落ち込み憂鬱になるなどと言いながら、何も生活を変えようとしない。
そんな人があまりに多い。

自分が嫌だと嘆きつつ、そんな自分を変えようという動きがない。
これではいつまでたっても憂鬱な毎日から抜け出すことはできない。
そのような人は、自分のことを嘆きはするが、自分と向き合うということがない。
テレビを見たり、音楽を聴いたり、ネットで検索したり、ゲームをしたり、SNSでやりとりしたりと、気を紛らすことをするばかりで、自分と向き合わない。
まるで自分と向き合うことを怖れるかのように、気晴らしに没頭し続ける。

「人間は意味を求める存在である」とし、意味を感じられないことからくる空虚感が多くの現代人を苦しめているとした実存分析の提唱者である精神科医フランクルは、気晴らしによって虚しさに直面することから逃げている人があまりに多いとし、気晴らしの弊害を指摘している。

■「無理しなくていい」という心のケアの決まり文句
家に帰ると、すぐにテレビをつける。
パソコンを立ち上げる。
虚しさに、つまり納得のいかない自分自身に直面するのを避けるべく、ひたすら気晴らしに走る。
スマートフォンの登場が、そうした傾向に拍車をかけている。
電車の中でも、家にいても、スマートフォンを手放せない。
絶えずいじりながら、自分と向き合う瞬間をことごとく避けている。
それによって、自分の中の虚しい思いに直面せずにすむ。
暗黒の裂け目に吸い込まれそうな恐怖を味わわないですむ。

気晴らし的な娯楽の場や道具がつぎつぎに開発されることで、自分と直面する機会が奪われる。
そのせいで自分を変えるチャンスも逃すことになる。
そうした気晴らし的な娯楽に加えて、「そのままの自分でいい」「無理しなくていい」という心のケアの決まり文句が、後ろ向きに開き直る人物を大量生産している。

ありのままの自分を受け入れる、つまり自己受容が、前向きに生きる上で重要な意味をもつのは言うまでもない。
だが、それは、まだ未熟で至らないところもたくさんあり、理想にはほど遠いが、日々一生懸命に頑張って健気に生きている自分を認めてあげよう、まだまだ未熟だからといって責めるのはやめよう、そのままに受け入れよう、という意味である。

■早く立ち直れるかは心の「回復力」次第
そのまま成長しなくていい、今のままでいいというのではない。
そのままでいい、変わる必要ないというなら、いつまでたっても傷つきやすい心を抱えて、事あるごとに酷く落ち込み、いったん落ち込むとなかなか立ち直れず、そんな自分に自己嫌悪して、うつうつとした人生をずっと送り続けなければならない。 それでいいのだろうか。
そんな人生を望むだろうか。

できることなら、ちょっとしたことでいちいち傷ついたり落ち込んだりしないですむように、もっと前向きに生きられる強い心を手に入れたいと思わないだろうか。
そもそも「そのままの自分でいい」「無理しなくていい」という心のケアの決まり文句は、心が酷く傷ついて病理水準にあるときに、こんな状態で頑張れというのは酷だということで、現実生活から緊急避難させて一時的に保護するためのものだ。
それを日常場面に当てはめる風潮が広まったせいで、日頃から努力することも頑張ることもせず、自己コントロール力を高めることもせず、弱く未熟で傷つきやすい自分をそのままに生きている人が目立つようになった。

■落ち込んでばかりいても、状況の改善は望めない
心が鍛えられていないため、ちょっとしたことにも酷く傷つく。
何かにつけて自信がない。
自信がなく不安が強いため、他人の何気ない言葉や態度を必要以上に気にする。
嫌なことがあるたびに大きく落ち込み、前に進めなくなる。
前向きに頑張ることができないため、パッとしない人生になる。
その結果、不満や愚痴だらけになり、自分に嫌気がさしてくる。
心が鍛えられていないためにレジリエンスが低いのだ。

レジリエンスとは、復元力と訳され、もともとは物理学用語で弾力を意味するが、心理学では回復力とか立ち直る力を意味する。
もう少し具体的に説明すると、レジリエンスとは、強いストレス状況下に置かれても健康状態を維持できる性質、ストレスの影響を緩和できる性質、一時的にネガティブ・ライフイベントの影響を受けてもすぐに回復し立ち直れる性質のことである。

要するに、嫌なことがあったときはだれでも落ち込むが、そこからすぐに立ち直れるか、長く尾を引くかは、レジリエンスしだいというわけだ。
どうしたら打開できるかわからないような困難な状況に置かれれば、だれだって心に負荷がかかり、落ち込んだり、悩んだり、絶望的な気持ちになったりする。
でも、そこで諦めて投げやりになったり、落ち込んでばかりいても、状況の改善は望めない。
ますます自分が追い込まれ、悲惨な気持ちになるだけだ。

■「無理しなくていい」を平常時まで多用しない
そこで問われるのがレジリエンスである。
困難な状況にあっても、心が折れずに適応していく力。
挫折して落ち込むことがあっても、そこから回復し、立ち直る力。
辛い状況でも、諦めずに頑張り続けられる力。

このようなレジリエンスが欠けていると、困難な状況を耐え抜くことができない。
そんなときに口にするのが、「心が折れた」というセリフだ。
レジリエンスの高い人は、どうにもならない厳しい状況に置かれ、気分が落ち込むことがあっても、心が折れることはなく、必ず立ち直っていく。
スポーツ選手が大ケガをしたとき、「ケガが治るまでは筋トレや練習のことは忘れてゆっくり休んでなさい」というのは間違っていない。

だが、ケガが治った後や、そもそもケガをしていない選手にまで、「筋トレや練習のことは忘れてゆっくりしなさい」などと言うだろうか。
そんなことを言っていたら力のある選手は育たない。
ゆえに、大切なのは、「そのままの自分でいい」「無理しなくていい」といった緊急時の心のケアのセリフを平常時に適用しないことだ。
そして、レジリエンスを高めるべく、心を強くする工夫をすることだ。
その際に、記憶とのつきあい方が重要な鍵を握ることになるのである。

■すぐに傷つく原因は性格ではなく、記憶システムにある
心のケアのセリフに平常時から馴染んでしまっては、どんどんレジリエンスの低い人間になり、忍耐力、協調性、やる気、感情抑制力などの非認知能力が低下してしまう。
傷つきやすく、何かにつけて落ち込んだり、ヤケになったり、頑張らねばならない局面でもやる気が湧いてこなかったり、すぐに諦めたり、人とうまくやっていけなかったりして、仕事でも私生活でも苦労しなければならない。

実際、軽いうつが、現代型うつなどと呼ばれて、目立つようになっている。
本人はほんとうに落ち込んで辛いのだろうが、多くの人がそれほど反応しないようなことにも過敏に反応してしまう。
それで本人も大変な思いをするが、周囲も迷惑を被る。

ちょっとしたことで傷ついたという心の傷シンドロームともいうべきものも増えている。
他の人なら傷つかないようなことにも酷く傷ついてしまう。
その結果、被害者意識が高まり、自分の受け止め方の過敏さは棚上げして、他罰的になりやすい。
本人が辛いのは事実としても、何気ない言動に傷ついたとされては、周囲も対応に困ってしまい、ときに腫れ物に触るような扱いになる。
いずれにしても、このような落ち込みやすく傷つきやすい心を抱えていては、仕事面でも躓きやすいし、人間関係もぎくしゃくしてしまう。
その結果、自分の世界を狭めてしまう。

その落ち込みやすい心の構え、傷つきやすい心の構えを何とかする必要がある。
そこにも記憶の整理の仕方が関係している。
そこを変えなければ、苦しい心理状況から脱することはできない。
何かと落ち込んだり傷ついたりするのは、他人が悪いわけでもなく、自分が悪いわけでもない。
記憶システムが悪いのだ。
だから、そこを変えれば、タフな心が手に入り、前向きの人生に転換できる。

■人間としての成長機会を奪われていないか
これでわかっていただけたかと思う。
「そのままの自分」ではダメなのだ。
自分の心を鍛えることをしないと、ちょっとしたことにも傷つきやすい人間、いざというときにも頑張ることのできない人間になってしまう。
そうなったら、だれよりも本人が一番辛いはずだ。
同じような目に遭っても、立ち直れないほどに傷つき落ち込む人もいれば、飄々と乗り越えていく人もいる。
できることなら、立ち直れないほどのダメージを負って苦しい世界に足踏みするより、前向きに乗り越えていきたいものである。

「そのままの自分でいい」「頑張らなくていい」式の心のケア文化の中で甘やかされてしまうと、現実においてちょっとした困難にぶつかるたびに苦しむことになり、意味ある人生を切り開く力のないひ弱な人間になってしまう。
それは、一見大事にされているようでありながら、じつは人間としての成長の機会を奪われている。
心地よく前向きに生きていく人生を手に入れるチャンスを奪われているのである。
ここは一念発起して、自分を成長軌道に乗せるべきだろう。
そのためにも、自分をダメにしない発想の転換が必要だ。

■記憶と健康的に付き合えば前向きになれる
そこで必要なのが、自己改造である。
そのための効果的な方法が記憶健康法だ。
改めて念を押しておくが、それは記憶との健康なつきあい方であって、記憶力を高める方法ではない。

記憶健康法とは、記憶をうまくコントロールし、使いこなして、イキイキとした、また安定感のある、前向きで健康な人生を導くための方法である。
ちょっとしたことで傷ついたり、うつ的な気分に落ち込む人が急増している。
いったん沈み込むとなかなか浮上できないという人も少なくない。
そうした徴候も、記憶のあり方に問題があるのだ。

記憶健康法を習得して、記憶を整えることができれば、傷つきにくく落ち込みにくい心が手に入る。
どんなときも前向きの気持ちを失わず、頑張ることができるようになる。
人生とは記憶である。
すでに述べたように、自分に価値を感じるのも感じられないのも、自信がもてるのももてないのも、すべては記憶しだいである。

■「不健康な記憶」に支配されてはいけない
何とかなるさと楽観できるのも、どうにもならないような悲観的な気分に襲われるのも、記憶しだいである。
明るい展望を描くことができるのも、描くことができずに閉塞感に苛まれるのも、記憶しだいである。
他人を信頼できるのも、だれに対しても不信感が拭えないのも、これも記憶しだいである。

何もやる気がしないというのも、人生に前向きになれないというのも、自分に自信がもてないというのも、人を信用できないというのも、すべては不健康な記憶に支配されているのである。
自分の人生は挫折だらけ。自分の人生はどうにもパッとしない、もっと輝きたい。
将来に何も希望がもてない、明るい展望がない。
こんな状態から脱するには、記憶システムを健康なものに変えていく必要がある。
たとえば、記憶を整える必要がある。
そして、記憶へのアクセスの仕方を調整していく必要がある。
今すぐ記憶健康法を実践して、前向きの人生を手に入れよう。

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榎本 博明(えのもと・ひろあき)
MP人間科学研究所代表 心理学博士。
東京大学教育心理学科卒業。
東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。
カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て現職。
『なぜ、その「謙虚さ」は上司に通じないのか?』、『「忖度」の構造』ほか著書多数。
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posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする