2019年08月06日

広島平和宣言全文

広島平和宣言全文
2019年8月6日 東京新聞

 松井一実市長の平和宣言の全文は次の通り。

 今世界では自国第一主義が台頭し、国家間の排他的、対立的な動きが緊張関係を高め、核兵器廃絶への動きも停滞しています。
このような世界情勢を、皆さんはどう受け止めますか。

二度の世界大戦を経験した私たちの先輩が、決して戦争を起こさない理想の世界を目指し、国際的な協調体制の構築を誓ったことを、私たちはいま一度思い出し、人類の存続に向け、理想の世界を目指す必要があるのではないでしょうか。
 特に、次代を担う戦争を知らない若い人にこのことを訴えたい。
そして、そのためにも一九四五年八月六日を体験した被爆者の声を聴いてほしいのです。

 当時五歳だった女性は、こんな歌を詠んでいます。
 「おかっぱの頭(づ)から流るる血しぶきに 妹抱(いだ)きて母は阿修羅(あしゅら)に」

 また、「男女の区別さえできない人々が、衣類は焼けただれて裸同然。
髪の毛も無く、目玉は飛び出て、唇も耳も引きちぎられたような人、顔面の皮膚も垂れ下がり、全身、血まみれの人、人」という惨状を十八歳で体験した男性は、「絶対にあのようなことを後世の人たちに体験させてはならない。
私たちのこの苦痛は、もう私たちだけでよい」と訴えています。

 生き延びたものの心身に深刻な傷を負い続ける被爆者のこうした訴えが皆さんに届いていますか。

 「一人の人間の力は小さく弱くても、一人一人が平和を望むことで、戦争を起こそうとする力を食い止めることができると信じています」という当時十五歳だった女性の信条を単なる願いに終わらせてよいのでしょうか。
 世界に目を向けると、一人の力は小さくても、多くの人の力が結集すれば願いが実現するという事例がたくさんあります。

インドの独立は、その事例の一つであり、独立に貢献したガンジーはつらく厳しい体験を経て、こんな言葉を残しています。  「不寛容はそれ自体が暴力の一形態であり、真の民主的精神の成長を妨げるものです」

 現状に背を向けることなく、平和で持続可能な世界を実現していくためには、私たち一人一人が立場や主張の違いを互いに乗り越え、理想を目指し共に努力するという「寛容」の心を持たなければなりません。
そのためには、未来を担う若い人たちが、原爆や戦争を単なる過去の出来事と捉えず、また、被爆者や平和な世界を目指す人たちの声や努力を自らのものとして、たゆむことなく前進していくことが重要となります。

 そして、世界中の為政者は、市民社会が目指す理想に向けて、共に前進しなければなりません。
そのためにも被爆地を訪れ、被爆者の声を聴き、平和記念資料館、追悼平和祈念館で犠牲者や遺族一人一人の人生に向き合っていただきたい。
 また、かつて核競争が激化し緊張状態が高まった際に、米ソの両核大国の間で「理性」の発露と対話によって、核軍縮にかじを切った勇気ある先輩がいたということを思い起こしていただきたい。

 今、広島市は、約七千八百の平和首長会議の加盟都市と一緒に、広く市民社会に「ヒロシマの心」を共有してもらうことにより、核廃絶に向かう為政者の行動を後押しする環境づくりに力を入れています。
世界中の為政者には、核拡散防止条約第六条に定められている核軍縮の誠実交渉義務を果たすとともに、核兵器のない世界への一里塚となる核兵器禁止条約の発効を求める市民社会の思いに応えていただきたい。

 こうした中、日本政府には唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい。
その上で、日本国憲法の平和主義を体現するためにも、核兵器のない世界の実現にさらに一歩踏み込んでリーダーシップを発揮していただきたい。
また、平均年齢が八十二歳を超えた被爆者をはじめ、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面でさまざまな苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

 本日、被爆七十四周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者のみ霊に心から哀悼の誠をささげるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。  

令和元年(二〇一九年)八月六日  
           広島市長 松井一実
posted by 小だぬき at 15:45| 神奈川 ☀| Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戦後生まれが当たり前になった沖縄の苦悩

集団自決の遺構を荒らしたのは少年だった。戦後生まれが当たり前になった沖縄の苦悩
2019/08/05 週刊女性PRIME [シュージョプライム]

 沖縄戦で住民85人が「集団自決」(強制集団死)に追い込まれた読谷村(よみたんそん)のチビチリガマが、2017年、沖縄の少年たちに荒らされた。
 彼らは「肝試し」でガマ(洞窟)に入り、動画撮影もしていた。
なかには住民が死を選ばされた凄惨な戦跡であることを知らない者もいた。

 激しい地上戦で県民の4人に1人が犠牲になった沖縄。
生活圏に戦争の遺構が存在し、その体験が語り継がれてきた土地で起きたガマ荒らしは、衝撃をもって受け止められた。

 戦後74年。
戦争体験者の高齢化が進み、戦後生まれが人口の8割を占めるなかで、悲惨な記憶をどう伝えていくべきなのか。
「落ち着け」と自分に言い聞かせた

「チビチリガマの様子がおかしい」
 読谷村の彫刻家、金城実さん(80)は'17年9月12日、ガマを訪れていた平和運動家の知花昌一さんから一報を受けた。  駆けつけると、看板が壊され、千羽鶴が引きちぎられ、ガマ内部の遺品や遺骨までもが荒らされていた。
金城さんは湧き上がる怒りの感情を抑え、「落ち着け」と自分に言い聞かせながら、遺族がどんなに悲しむだろうか、と考えていた。
 チビチリガマに設置された「平和の像」は、金城さんと遺族たちが1987年に共同で制作し設置したものだ。
しかし、その半年後に襲撃・破壊されたという過去を持つ。
「また右翼だろうか」と、金城さんは思ったという。
だが数日後、犯人が少年であることがわかる。

 事件から1か月が過ぎたころ、金城さんのもとに那覇地方裁判所から依頼書が届く。
それは、少年たちの保護司になることだった。
保護司とは、罪を犯した少年が円滑に社会復帰できるよう保護観察官と連携しながら指導やアドバイスを行う立場にある。  

「なんでよ?」というのが、金城さんの最初の感想だった。
 自分はチビチリガマに関わってきた人間として被害者だ。
なぜ加害者に協力しなくてはならないのか。
金城さんは悩み、チビチリガマ遺族会の会長に相談に行った。
すると「自分のところにも(依頼書が)きている」と会長は言った。

 迷いながらも引き受けることにし、保護司のマニュアルが届くと、金城さんは再び疑問を抱く。
数回の面会と社会奉仕で更生させるとある。
公園の掃除、老人ホームの奉仕……「気に食わん」。
金城さんは独断でやり方を変える。

 初めての面会日は、遺族、地域の長老もチビチリガマの前に集まった。
少年たちとその親、保護観察官もやって来た。
少年の中には金城さんの孫と同年齢の子どももいた。
 ある人が「読谷村の子どもではなくてよかった」と言った。
金城さんはその言葉が引っかかった。
もしかしたら自分の孫だったかもしれない。

「身内ではなくてよかった」ですむのだろうか。
これは、体裁を繕う話ではなく、人間の生き方の問題だ。
そして、悪いことをするには理由がある、と金城さんは思った。
「少年らと付き合って自分も勉強した。背景を知ることにしたんだ。彼らは何者や、と」

わからない世界を生きとる  
金城さんは誰かが亡くなると、葬式では必ずその人の歴史を語る。
どう生まれ育ち、どう戦後を生きたか。
金城さんは少年たちと1年以上かけて野仏を作った。
 その作業を通し、人間の生き死にに関心を持ち、チビチリガマで死ななければならなかった命にも思いを馳せてほしかった。

 金城さんは、ある1人の少年が気になっていた。
親に育児放棄されて育っていた。
1年後、全員に反省文を書かせたところ、よいレポートを書く少年たちのなかで件の少年のレポートは誠意を感じられなかった。
 少年たちを知れば知るほど、「わからない世界を生きとる」と金城さんは感じた。

 例えば、無職の少年。
若くして結婚し、離婚の末、自分がされたように育児放棄をしてしまう少年。
 その一方、世間には裕福な子どももいる。
同じ世代でも、環境の差によってまったく違う多様な歴史をたどっている。
 金城さんは、沖縄の少年犯罪について保護観察官に聞いた。
事件のあった'17年は約1万5000件の少年犯罪があったと知る。
沖縄県の人口の約1%に当たる。
金城さんは驚いた。

 もうすぐ、事件から2年がたつ。
少年たちの複雑な背景を金城さんは間近で見続けた。
「彼らを見ていると悲しい。
これでいいのかなと、俺が深みにはまってしまった。
保護観察官から連絡はないが、保護司をやめたつもりはない。
これは、宿題だ」  そう金城さんは言った。

思ったことを言っていいんだよ 「“戦争はいけないと思いました。亡くなった人がかわいそうです”。これが正解、という言葉しか出てこない。
それに何の意味があるだろう、と落ち込んでしまって」  そう話すのは、那覇市の親川志奈子さん(38)。

『島くとぅば』(島言葉)や『うちなーぐち』(沖縄語)復興の研究をし、今年から自分の住む地域の学童指導員も務める。  沖縄戦のことを子どもたちに伝えても「自分ごと」につながらない印象がある。
「これまでは、伝える側のやり方に課題がおかれていました。
でもいま、80〜90代の、これまで伝え続けてくれた戦争体験者にテクニックを磨いて、という話ではないと思う」

 言語復興の研究をするなかで親川さんは気がついた。
言語は、生まれながらにその言語を話す“ネイティブスピーカー”が教えなくてはならないという思い込みがあるが、海外では弟子や学生の役割が大きい。
 かつて沖縄の言葉を禁止され、日本語を話さないと殺す、とまで言われた時代があった。
その世代の人に「いかにうまく、うちなーぐちを伝承するか」を背負わせるのは酷な話だ、と考える。

沖縄戦の継承も同じ。むしろ聞く側の聞く力、自分とつながっている問題だという意識を作ることが私たち世代の役割だと思う」  と親川さん。
さらにこう続ける。
「若い人は、貧困やDVなど、いまの社会の厳しさを抱えています。
その中で、学びの環境を整えることは難しい課題。
チビチリガマの事件も、学ぶ環境に立たせてあげられない沖縄社会、私たちの問題でもあると思っています」

 学童指導員をしていると、沖縄で生まれ育った子どもだけではなく、沖縄県外からの移住者も、アメリカ人とうちなーんちゅ(沖縄人)を親に持つ子どももいる。
 多様なルーツを持つ子どもたちがいて、それがリアルな沖縄だとわかる。
そうした実態を踏まえ、例えば沖縄戦について、自決を強要した日本軍が悪い、侵攻したアメリカ軍が悪いといった二項対立の話にとどまらず、丁寧に伝えていかねばならない。

 だが、そう考えていても、子どもたちは「戦争はだめ、かわいそう」と判で押した感想を言い、「平和学習を乗り切った」ように思っていると感じる場面さえある。
「でも、そうさせられている彼らも気の毒に思います。
沖縄戦について、思ったことを言っていいんだよ、と言ってあげたい」(親川さん)

 沖縄戦体験者の次世代にあたる自分たちで、戦争の記憶をつなぐ環境整備を試行錯誤していきたいと話す。
全てを分かることはできない、だからこそ  沖縄戦の継承は、沖縄だけの問題だろうか。 

 西尾慧吾さん(20)は大阪府出身の大学生。
4年前の高校生のときに、修学旅行先の沖縄で「戦後70年(当時)たっても、遺品や遺骨がガマから出てくる」という現実を知った。

 沖縄戦、米軍基地問題など、何も知らないまま、それを問題にも思わなかった自分にショックを受けた。
 その後、遺骨や遺品を集め続けている国吉勇さんに会いに何度か生徒会で沖縄に通い、沖縄戦体験者の話も聞きながら沖縄戦についての学習を続けた。
翌年、高校の文化祭で沖縄戦の遺品の展示会を開催した。
 西尾さんは現在も、「沖縄戦遺骨収容国吉勇応援会」の学生共同代表として全国各地で沖縄戦遺品展を開いている。
 また、修学旅行で沖縄に行く中高生にも授業を行っている。

授業では、例えばこんな話をする。
 タンスの飾りが見つかった糸満市の壕は、日本軍の陣地壕跡。
最初は戦火を逃れるために住民が壕に住んでいたが、陣地壕にするために日本軍が住民を追い出した経緯が遺品から想像できる。
アメリカの攻撃による悲劇だけではない、日本軍から犠牲を強いられた沖縄戦の事実。
 そのため沖縄では、国吉さんの活動に賛否があると西尾さんは言う。

「日本軍に追い出された住民は、逃げ惑う中で殺され、壕の中で死ぬことすらできなかった。
少なくとも3000のご遺体がいまだに発見されていません。
壕の遺骨や遺品は日本軍のものも多いんです」
 その矛盾に向き合うべきなのは私たち「本土」の人間だと西尾さんは言う。

沖縄戦から基地問題へとつながる、沖縄を犠牲にする構造の中に自分もいる。
展示活動をしたからといって加害性からは逃れられない。
差別は、差別する側が変わらないといけない。
これ以上加害者になりたくないという痛みがないと、差別はなくならないと思うんです
「本土で伝えてほしい」という思いとともに、遺品を託してくれた沖縄の人の思いをつなげたいと考えている。

西尾さんが言う。
「継承は本当に難しい。
その人のすべてをわかることなんてできないんです。
でも、その世代の方の経験のコアを受け取り、現代に意味づけして自分はこうする、と考えられる伝え方ができればと思っています。
その過去から見える現在があると思うんです」
                   (取材・文/吉田千亜)

吉田千亜 
◎フリーライター、編集者。東日本大震災後、福島第一原発事故の被害者・避難者への取材を精力的に続けている。
『その後の福島:原発事故後を生きる人々』(人文書院)ほか著書多数
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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