「表現の不自由展」中止 許されない暴力的脅しだ
毎日新聞「社説」2019年8月6日
国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」が、開幕直後に中止に追い込まれる異例の事態となった。
慰安婦を象徴する韓国人作家の「平和の少女像」や、昭和天皇をモチーフにした作品に対し、脅迫めいた内容を含む多数の抗議電話やメールがあった。
中止は来場者や関係者の安全を考慮した措置と説明する。
企画展に展示されているのは、全国の美術館などで過去に撤去や公開中止になった16組の作品だ。
芸術監督をつとめるジャーナリストの津田大介さんは、「表現の自由」について自由に議論する場にしたかったと話した。 作品を鑑賞して共感したり、反感を抱いたりするのは当然だ。
それこそがこの展示の意図でもあろう。
しかし、2日朝には「ガソリン携行缶を持って行く」といったファクスが届いたという。
京都アニメーションの放火殺人事件を思い起こさせるもので悪質だ。
過熱する抗議の電話は、芸術祭の実行委員会だけでなく、愛知県庁や協賛企業にまで広がった。
事務局の電話は鳴りやまなかったという。
自分たちと意見を異にする言論や表現を、テロまがいの暴力で排除しようというのは許されない行為だ。こういった風潮が社会にはびこっていることに強い危機感を覚える。
政治家の対応にも問題がある。
少女像を視察した河村たかし・名古屋市長は「日本国民の心を踏みにじる行為」などとして、展示の中止を求めた。
また、菅義偉官房長官は、文化庁の補助金交付の是非について検討する考えを示した。
暴力によって中止に追い込もうとした側が、政治家の発言を受けて勢いづいた可能性がある。
作品の経緯からして、反発の声が上がることは十分予測できた。
悪化する日韓関係も原因の一つと考えられる。
津田さんは「想定が甘かったという批判は甘んじて受ける」と語る。
万が一のリスクを回避しなければならないという考え方は理解できる。
一方で、脅せば気に入らない催しをやめさせることができるという前例になったとすれば、残した禍根は小さくない。