「日本を守っていない」在日米軍の駐留経費負担5倍増額は不可能だ
2019/08/22 ダイヤモンドオンライン(田岡俊次 )
7月31日の朝日新聞夕刊は、同21日に来日した米大統領補佐官(安全保障担当)ジョン・ボルトン氏が米軍の駐留経費について「現在の5倍の支払いを求める可能性があると述べた」と報じた。
米政府の中にそのようなことを言った人がいたのだろうが、あまりに法外な話だ。
「3倍」「5倍」説を流して日本側を驚かせ、イラン包囲網の「有志連合」に参加させたり、2021年3月に期限切れとなる在日米軍経費負担に関する特別協定の再交渉が来年に始まる前にベラボウに高い「言い値」を出し、交渉で値引きすることで増額を狙うトランプ式の駆け引きか、とも思われる。
協定改定や貿易交渉にらみ 「安保終了」などで駆け引き
この報道について、菅義偉官房長官は31日の記者会見で「ボルトン氏がそのようなことを言った事実はない」と述べた。
だが、トランプ大統領は2016年の大統領選挙中から「日本に駐留する米軍経費は100%日本に支払わせる。
条件によっては米軍を撤退させる」と叫んでいた。
最近でも、今年6月26日のFOXビジネスネットワークのインタビューで、「日本が攻撃されれば米国は我々の命と財産をかけて日本人を助けるために戦闘に参加する。
だが、もし米国が攻撃されても日本は我々を助ける必要が全くない。
米国への攻撃をソニーのテレビで見ておれる」などと日米安保体制の不公平を強調した。
トランプ政権では理性的な閣僚、大統領補佐官など高官が次々に更迭されるか辞任し、ボルトン氏やマイク・ポンぺオ国務長官ら極度の強硬派が牛耳る状態だ。
今後、日本との米軍経費の特別協定や貿易を巡る交渉では理不尽な要求を突き付け、「日米安保条約終了」を切り札に増額受け入れを迫る可能性は高い。
実際、“前例”はある。韓国では昨年の米軍駐留経費負担が9602億ウォンだったのを、今年は1兆389億ウォン(約910億円)と8%余、増額させられた。
これは1年限りの仮協定で来年はさらなる増額交渉が行われる予定だ。
在韓米軍は17年7月、主力の第2歩兵師団をソウル北方約30キロの議政府(ウィジョンブ)から、ソウル南方約40キロの平沢(ピョンテク)に移した。
さらに昨年6月には、在韓米軍司令部もソウルから平沢に移転した。
北朝鮮軍のロケット砲、長距離砲による損害を避けるとともに、平沢の港や近くの烏山(オサン)空軍基地から世界の他の地域への出動が容易だからだ。
米軍の韓国防衛への関与を減らしているにもかかわらず、駐留経費負担増額を要求するのは強欲だが、米国は「韓国からの全面撤退」をちらつかせ、増額をのませたのだ。
日本は74.5%を負担 日本防衛には関与せずの米空軍
米国防総省の04年の報告書では、日本は米軍駐留経費の74.5%を負担している。
韓国の40%、ドイツの32.6%をはるかに上回っている。
それを3倍、5倍にするのはほぼ不可能だ。
実現するには米軍人の給与や、艦艇、航空機などの調達、維持、運用経費を出すしかない。
「そうすれば米軍は日本の傭兵になりますな」と防衛省幹部たちも苦笑する。
日本では「駐留米軍が日本を守っている」との観念が刷り込まれているから、米国側の無理な要求に屈しやすい。
だが、実は日本防衛に当たっている在日米軍部隊は無きに等しいのだ。
最も顕著なのは空軍(日本に1万2000人余り)だ。
1959年9月2日に航空総隊司令官松前未曾雄空将と、米第5空軍司令官アール・バーンズ中将が結んだ「松前・バーンズ協定」によって、航空自衛隊がレーダーサイトや防空指揮所など管制組織の移管を受け、日本の防空を行うことが決まった。
米空軍は航空自衛隊の指揮下に入らないから、日本の防空には一切関与しないのだ。
以来すでに60年、日本の防空には現在330機の日本の戦闘機と対空ミサイルが当たっている。
中東などに出動 「本国に置くより節約に」
米空軍は沖縄県の嘉手納基地にF15戦闘機27機、青森県の三沢基地にF16戦闘攻撃機22機を常駐させ、ステルス戦闘機F22なども訓練のため嘉手納に飛来している。
72年の沖縄返還後は、沖縄の防空も航空自衛隊(現在那覇にF15約40機)が担い、嘉手納の米軍戦闘機は約半数が交代で烏山に展開し、韓国の防空に当たっていた。
当時、第5空軍は日本と韓国を担当していたから、家族や後方支援部隊は安全な沖縄に置いたのだ。
だが86年に韓国を担当する第7空軍が編成されたため、嘉手納の戦闘機が韓国に行くことはなくなり、91年の湾岸戦争など、中東に出動することが多くなった。
三沢のF16は対空レーダー、対空ミサイルの破壊が専門で、これもしばしば中東で活動してきた。
日本の米空軍基地は米本国の母基地に近い性格となったから、米議会では「日本にいる空軍機は本国に戻し、そこから中東などに派遣する方が合理的ではないか」との質問が何度も出た。
そのたびに米国防当局者は「日本が基地の維持費を出しているから、本国に置くより経費の節約になる」と答弁している。
在日陸軍や海兵隊は 情報収集や後方支援が中心
在日米陸軍も、ほとんどが補給、情報部隊だ。
陸上自衛隊は13万8000人余り、戦車670両、ヘリコプター370機を持つのに対し、在日米陸軍の人員は約2600人で、地上戦闘部隊は沖縄のトリイ通信所にいる特殊部隊1個大隊(約400人)だけだ。
これはフィリピンのイスラム反徒の討伐支援などで海外に派遣されていることが多い。
在日米海兵隊約1万9300人の主力は沖縄に駐留する「第3海兵師団」だが、「師団」とは名ばかりで歩兵は第4海兵連隊だけ。
それに属する3個大隊(各約900人)は常駐ではなく、6ヵ月交代で本国から派遣される。
実際には1個か2個大隊しか沖縄にいないことが多い。
戦車はゼロだ。
沖縄の海兵隊も司令部や補給部隊、病院などの後方支援部隊が多い。
地上戦闘部隊は歩兵1個大隊を中心に、オスプレイとヘリコプター計約25機、装甲車約30両などを付けた「第31海兵遠征隊」(約2200人)だ。
この部隊は佐世保を母港としている揚陸艦4隻(常時出動可能3隻)に乗り、第7艦隊の陸戦隊として西太平洋、インド洋を巡航する。
歩兵約900人では本格的戦争ができる規模ではない。
海外で戦乱や暴動が起きた際、一時的に飛行場や港を確保し、在留米国人の避難を助けるのが精一杯だ。
沖縄の防衛は陸上自衛隊第15旅団(約2600人)の任務だ。
第7艦隊はインド・太平洋 「シーレーン確保」は海上自衛隊
米海軍は横須賀に第7艦隊旗艦である揚陸戦指揮艦「ブルーリッジ」、原子力空母「ロナルド・レーガン」、ミサイル巡航艦3隻、ミサイル駆逐艦7隻を配備している。
佐世保には空母型の強襲揚陸艦「ワスプ」とドック型揚陸艦3隻、掃海艦4隻を配備してきたが、「ワスプ」はすでに本国に戻り、より大型の「アメリカ」が交代に来る。
ドック型揚陸艦も1隻増強の予定だ。
第7艦隊は東経160度以西の太平洋から、東経68度(インドとパキスタンの国境線)以東のインド洋まで、広大な海洋を担当している。
横須賀、佐世保を母港とする米軍艦がもっぱら日本の防衛に当たっているわけではもちろんない。
食料の自給率が37%の日本(同じ島国の英国でも70%余り)にとっては、海上の通商路「シーレーン」の確保が海上防衛の最大の課題だ。
だが米国は食料も石油も自給自足が可能だから、商船の防護に対する関心は低い。
米海軍は巡洋艦、駆逐艦、フリゲートを計101隻(うち太平洋・インド洋に46隻)持っているが、これは米海軍の11隻の空母と海兵遠征隊を運ぶ揚陸艦7個群を護衛するのがやっとの数だ。
日本のシーレーンを守るのは、海上自衛隊の護衛艦47隻に頼るしかないのが現状だ。
日本への武力攻撃に対する 「一義的責任」は日本に
2015年に合意された「日米防衛協力の指針」(ガイドラインズ )では、日本に対する武力攻撃が発生した場合の作戦構想として、防空、日本周辺での艦船の防護、陸上攻撃の阻止撃退などの作戦には自衛隊が「プライマリー・リスポンシビリティー(一義的責任)を負う」と定めている。
これでは「何のために米軍に基地を貸し、巨額の補助金を出しているのか」との疑問が出るから、邦文では自衛隊が「主体的に実施する」とごまかした訳にしている。
自衛隊が日本防衛に一義的責任を負うのは当然だが、当然のことを何度も繰り返して指針に書き込んだのは、いかにも訴訟社会の米国人らしい方策で、なにもしなくても責任を問われないようにしている。
この指針は、すでに自衛隊が日本防衛に主たる責任を負っている実態を追認した形だ。
米国防総省は、在日米海軍の人員を18年9月末で「2万268人」と発表している。
2010年には3497人、それ以前も常に3000人台だったが、11年には6833人に急増し、今日では2万人を超えるにいたった。
これは日本を母港としている軍艦の乗員を計算に入れたためだ。
第7艦隊は在日米軍司令部の指揮下にないから在日米軍ではない。
かつては日本で陸上勤務をしている海軍将兵の人数だけを計算に入れていたが、日本と駐留米軍経費の交渉をする際には在日米軍人の数が多い方が好都合だから、船乗りも計算に入れ約1万7000人の水増しをしたのだろう。
他の諸国、例えばイタリアのナポリ湾には米第6艦隊がいるが、イタリアでは米海軍の人員は4000人と米国防総省は公表しており、艦隊の乗員は計算に入れていないようだ。
「安保破棄」で困るのは米国 横須賀など使えず制海権困難に
もしトランプ大統領が安保条約を破棄すれば、米海軍は横須賀、佐世保を使えなくなる。
軍艦は年に3ヵ月ほどドックに入り点検、修理をするが、グアムのアプラ港にはドックが無い。
ハワイのパールハーバーにはドックがあるが、背後に工業が無いから潜水艦などの簡単な整備程度しかできないようだ。 横須賀、佐世保には巨大なドックがあり、熟練した技師、工員がそろい、部品の調達も容易だから早く安く整備ができる。
第7艦隊がそこを使えなくなれば米本土西岸サンディエゴまで後退せざるをえず、西太平洋、インド洋での米国の制海権保持は困難となるだろう。
米国防総省の発表では在日米軍の総人員は5万4200人余りで、最大の受け入れ国だ。
第2位のドイツが3万7900人、3位の韓国が2万8500人、4位のイタリアが1万2700人だ。
米国の同盟国は50以上あるが、1万人以上がいるのは4ヵ国だけ。
「駐留無き同盟」か、米軍がいてもごく少数、の同盟国が一般的だ。
歴史的には、平時に対等な同盟国に兵力を常駐させた例はまずない。
「駐兵権」は清朝末期の中国など半植民地国に列強が認めさせたものだ。
冷戦時代には西ドイツの米軍はソ連軍の侵攻経路の1つとされたフルダ渓谷に展開し、フランクフルトを守っていた。
韓国ではソウル北方の議政府付近に布陣し、北朝鮮軍の南侵を迎撃する構えだった。
ところが日本では米軍はソ連に近い北海道ではなく、日本列島の南端で最も安全な沖縄に米軍基地の70%が集中、人員の過半がそこで待機し海外への出動に備えてきた。
「在日米軍削減」を提案し 理不尽な要求に対抗する手も
日本は今年度予算で、「思いやり予算」といわれる米軍基地労働者2万3178人の給与1539億円や光熱水費219億円など駐留経費3888億円のほか、グアム島への海兵隊の一部の移転や辺野古の飛行場建設など米軍再編関係費に1679億円、民有地の地代や周辺対策に1914億円などを防衛省が出す。
このほか、米軍基地のある自治体に総務省が381億円を支払うなど、日本政府は計6204億円を支出する。
米軍に無償で貸している国有地の推定地代は、自治体に貸す場合の安い地代で計算しても1640億円に達し、これも米軍経費負担に入れれば7844億円になる。
日本を直接守っているわけではない米軍に対し、他国と比較にならないほど巨額の補助金を出していること自体が日本政府の弱腰の表れだ。
トランプ政権がさらに執拗に理不尽な増額を迫り、「米軍撤退」や「安保条約終了」で脅しにかかるなら、日本は、トランプ大統領が、「人種差別」を批判した自国の女性議員について言ったように「嫌なら国に帰れ」の姿勢で応じてはどうか。
「在日米軍を削減して貴国の財政赤字縮小の一助とされてはいかが」と、攻守を一転させる論を持ち出すのも対抗手段になるだろう。
(軍事ジャーナリスト 田岡俊次)