ネットのデマ拡散の恐ろしさ、あおり殴打事件では別人を犯人扱い
2019年08月24日 SPA!
常磐道煽り運転事件は、恐るべき別現象をも生み出した。
それはネット上でのデマ拡散である。
全国指名手配ののちに逮捕された宮崎文夫容疑者。
その車に同乗していた女は喜本奈津子容疑者であるが、逮捕前はその氏名が公開されていなかった。
逮捕前日の8月17日、Twitterを始めとしたSNSでは、「同乗の女の本名はこれだ!」という情報が拡散されてしまった。もちろん、それは全くの偽情報であり、同乗の女とされた女性は宮崎容疑者とは一切関わりのない人物である。
◆「同乗の女」にされてしまった女性
あらぬ疑いをかけられたこの女性、ここでは仮にAさんとする。
発端はAさんのInstagramでのアカウントを、宮崎容疑者がフォローしていたことにある。
それを伝って、ネット上のいわゆる「特定班」と呼ばれる人々がAさんの容姿をチェックし、「同乗の女に似ている!」と結論付けてしまったのだ。
常磐道での暴行の際に喜本容疑者が身に着けていた帽子とサングラスが、Aさんのそれと似ているというのがその根拠である。
たったそれだけで、AさんのInstagramは大炎上してしまった。
本人への誹謗中傷も相次いだ。
その後、Aさんは自身が経営する会社の公式サイトの中で声明を発表。
被疑者がAさんであることを発信する者に対して法的措置を取るとした。
これはTwitterの投稿をリツイートした者も含まれる。
「ネット上のデマ」が社会問題として認知され、それに対する民事訴訟での判決事例も数年前より明確なものとなっている。にもかかわらず、未だこのような事態が起こってしまうのだ。
◆「金村竜一」は架空の人物
なお、この常磐道あおり運転事件はもうひとつのデマがまとわりついていた。
あおり運転の男の名は「金村竜一」だ、という内容である。
現時点の我々は、この男は宮崎文夫容疑者であることを知っている。
しかし宮崎容疑者が指名手配される前、特にTwitterでは「犯人は金村竜一」というデマが広まったのだ。
この「金村竜一」は、先述のAさんとは違い架空の人物である。
が、冷静に考えれば「金村竜一」などという名は決して珍しいものではない。
全国のどこかにいる、同姓同名の金村竜一さんが濡れ衣を着せられてしまう可能性は大いにあった。
なお、Aさんに関するデマが拡散したのは、宮崎容疑者の氏名が公表されて「金村竜一」が偽情報だということが判明した直後である。
ネットの恐ろしさを全く学習せず、デマからデマへ飛びついた者が一定数存在するということだ。
◆「苗字が一緒」というだけで…
2017年に発生した東名高速道路あおり死亡事故。
この際もネットでのデマ拡散が問題視された。
この事故で逮捕された容疑者と苗字が同じというだけで、とある企業に誹謗中傷が殺到したのだ。
「容疑者はこの会社の社長の息子」という偽情報が広がったためである。
もちろん、容疑者とこの会社は一切のつながりを持っていない。
発端はインターネット掲示板5ちゃんねるでの投稿だ。
「容疑者は実父の経営する会社に勤務している」とされ、Twitterにもそのデマが波及した。
この会社は、デマを拡散した8人に対して計880万円の損害賠償を請求する裁判を今年3月に起こしている。
単純に考えればひとり当たり110万円だ。
最終的な賠償金額についての言及はここでは控えるが、この裁判がひとつの基準になっていくことは間違いないだろう。「ネットでデマを拡散したら、どれだけの損害賠償を請求されるのか」という基準である。
◆実在しない大学に「謝罪しろ」
次に、上記の事案とは少し色合いの異なるデマ騒動をご紹介しよう。
2018年に飲食店を名乗るアカウントの、こんな投稿が拡散された。
「国際信州学院大学の教職員50名が、予約を無断でキャンセルした」という内容だ。
飲食店で数十人規模の予約をして、結果的に連絡すら入れずキャンセルしてしまう。
確かにこれは悪質な行為だ。
Twitterでは「国際信州学院大学は謝罪しろ!」という論調の非難が殺到した。
が、実はこの飲食店は現実に存在しない架空のもの。
しかも飲食店だけでなく、国際信州学院大学自体が「フェイク大学」である。
国際信州学院大学のホームページは存在する。
ところが、これは壮大かつ精巧なジョークサイトのようなもの。
つまり「予約をドタキャンされた」という一連のやり取りは、徹頭徹尾フェイクだったのだ。
それにネットユーザーは躍らされてしまった。
なお、この国際信州学院大学のホームページは現在も更新されている。
◆デマを信じて逮捕される
ネット上のデマを信じ、身を滅ぼしてしまった具体的な事例がある。
8月21日、埼玉県警は道路交通法違反(速度超過)で34歳の会社員男を逮捕した。
制限時速40kmの県道を78kmで運転していたというが、それだけで逮捕されるのだろうか?
実は、男は警察署からの出頭要請を拒否し続けたのだ。
その理由が「上申書を書けば違反を逃れることができる」と思い込んでいたためで、これはネットで知った情報だと供述している。
男は「ネットで見た上申書を送れば捕まらないと思った」と話しているという。
もしも男が素直に署へ出頭していれば、逮捕には至らなかった。
デマの鵜呑みは人生を棒に振るということを、その身をもって実証してしまった例である。
◆インドネシア報道官が語った「デマ回避術」
が、どのような人でもネット上のデマをつい拡散させてしまう可能性はある。
「自分は絶対にデマに惑わされない!」という自信は、実は根拠のないものだ。
「デマは常に身近にある」ということを心掛けなければならない。
今年7月に死去した、インドネシア国家防災庁のストポ・プルウォ・ヌグロホ主席報道官は世界的に有名な人物だった。
日本と同じく地震や豪雨災害が相次ぐインドネシアだが、その度にネット上では悪質なデマが拡散されている。
2億5000万人の人口を抱えるインドネシアでは、スマートフォンの2台、3台持ちは珍しくない。
情報が伝わる速度は日本以上であると断言してもいいだろう。
ストポ報道官は肺癌に侵された身体に鞭打ちながら、自らのTwitterアカウントで災害現場の画像の真贋を検証していたのだ。
去年10月に首都ジャカルタの近海で発生したライオン航空墜落事故は、まさに「デマの呼び水」と化した。
「墜落直前の機内の様子を撮影した動画」が登場し、日本のニュースサイトもそれを紹介していた。
が、ストポ報道官はその動画は該当の事故と全く関係のないものと公表した。
その際、ストポ報道官はこのようなツイートも行っている。
「衝撃的な画像や動画は君のところで止めよう」という内容だ。
ショッキングな内容の映像は遺族を傷つける者であると同時に、デマである可能性が極めて高い。
大衆の「知りたい!」という欲望が、非現実的な内容のデマを魔物にさせる。
デマの業火は他人のみならず、いずれ自分自身をも焼き尽くしてしまうのだ。
<文/澤田真一>
【澤田真一】
ノンフィクション作家、Webライター。
1984年10月11日生。
東南アジア経済情報、最新テクノロジー、ガジェット関連記事を各メディアで執筆。
ブログ『たまには澤田もエンターテイナー』