2019年11月20日

「桜を見る会」問題は、政治家が国民を信頼していない証拠である理由

「桜を見る会」問題は、
政治家が国民を信頼していない
       証拠である理由
2019.11.19 ダイヤモンドオンライン
上久保誠人:立命館大学政策科学部教授

「桜を見る会」の中止を決定するも
野党はさらに安倍首相を追及する構え
 安倍晋三首相が国家予算を使って毎年開催してきた「桜を見る会」について、政府は来年度の開催を中止すると決定した。

安倍首相や自民党議員の地元支持者が多数招待されて、規模が年々拡大してきた「私物化」が問題となっている。
 首相は、中止を決断することで幕引きを図りたい考えだったが、立憲民主党の安住淳国対委員長は「むしろ非を認めたということなので徹底的にやらせていただきます」と発言し、野党はさらに首相を追及する方針だ。

「桜を見る会」が“無駄遣い”ではない理由

 筆者が、政治を論じる際に気を遣ってきたことは、主観的な思い込みと感情論を避けることだ
例えば、よく「まず政治家が身を切るべきだ」といわれる。
無駄の削減や増税による財政再建など、国民に痛みを強いる政策を実行する場合には、まず政治家自らが痛みを感じるべきだという主張だ。
 しかし、実際には財政再建と国会議員の定数削減には何も関連性がない。

例えば、2012年に野田佳彦政権が消費増税を決めた際に「衆院比例代表の定数を80減らす」という提案をした。
だが、それを実行しても年間30億〜50億円程度の節減に過ぎない。
国家予算の一般会計約100兆円に対して、何のインパクトもないのだ。

「桜を見る会」については、高橋洋一氏が主観、感情論抜きの冷静な計算をしている(高橋洋一の霞が関ウォッチ 「中止決定の『桜を見る会』 会計の重要性原則から見ると」J-CAST NEWS)
「桜を見る会」の予算は5500万円で、今年の参加者は1.8万人なので、1人当たりの予算は3000円程度となる。
そこから、警備や会場費用を引けば、1人当たりの食べ物などのお土産は、せいぜい1000円程度だ。
高橋氏は、これを「社会儀礼の範囲内」だとする。

 また、高橋氏は、国家予算100兆円のわずか0.00005%にすぎない5500万円の予算を野党が一斉に「税金の無駄遣い」と非難するのは、会計の重要性原則からみれば的外れだという。
筆者は、高橋氏に同意する。

 一方、「桜を見る会」に安倍首相や自民党議員の後援者が多数招待されたことが「公私混同」だとも批判されている。
特に問題視されているのが、首相が都内ホテルに自身の後援会関係者850人を招いて「前夜祭」を行ったこと、そして「桜を見る会」当日に、貸し切りバス17台に分乗して会場に向かったことだ。

 安倍首相の後援会関係者は「前夜祭」の会費として5000円を払ったという。
だが、ホテルのグレードや料理の質から、この金額では不可能なパーティだと疑われている。
もし、会費と実際にかかった費用の差額分、当日の貸し切りバスの費用などを税金か首相のポケットマネーで補填していたら、「公職選挙法違反」の可能性がある。

 ただ、本稿は「公職選挙法違反」なのかどうかを直接的に論じるつもりはない。
仮に違反ではないとしても、それで収束とはいかない問題があるからだ。
本稿は、「桜を見る会」が含む、日本政治のより本質的な問題を考えてみたい。

安倍政権は野党だけでなく 支持者すら信じていないのではないか
 憲政史上最長の長期政権を築きつつある安倍政権を見ていて思うのは、国民をまったく信頼していないということだ
それも、反対派や野党を信頼しないだけでなく、支持者すら信じていないと感じる

 よく、「国民が政治を信頼していない」といわれる。
だが、筆者は逆だと考えてきた。
むしろ、「政治家が国民を全く信頼していない」のが、日本政治の特徴である
政治家は本音では、冠婚葬祭や子どもの進学・就職などに至るまで、国民からの便宜供与の要求に応えるのが面倒だと思っている。
カネがかかってしまうし、汚職に走らざるを得なくなるリスクがあるからだ。

 また、規制緩和・自由化、財政改革など「痛み」を伴う重要な政策を、国民が理解しようとしないことに不満を持っている
だから政治家は、利益誘導に必死になる一方で、改革をしても無駄だと思い抵抗する。
腰を落ち着けて、中長期的な観点から政策に取り組もうとしなくなる。
その上、国民は政治家の失言などに過敏に反応するだけで、論理的な判断ができないと思っている。

 安倍首相は、06〜07年の「第1次安倍政権」時の挫折を通じて、国民に対する不信感を強めたと思われる。
第1次政権時、首相は「戦後レジームからの脱却」をスローガンに、歴代自民党政権が成し遂げられなかった「教育基本法改正」「防衛庁の省昇格」「国民投票法」など、首相の考える「理想」の実現に突き進もうとした。

 だが、「消えた年金」問題、閣僚の不祥事・失言など、さまざまな問題の噴出で支持率が急落し、わずか365日で退陣することになった。
この苦い経験から、安倍首相は理想を掲げても国民は理解してくれない、政権を維持するには何よりも高支持率を維持することが大事だと考えるようになったようだ

安倍政権、第1次・第2次の政策運営の違いとは?
 12年、第2次安倍政権が発足すると、首相は憲法改正について「私のライフワークだ。
何のために政治家になったのか。
何としてもやり遂げたい」と述べ、強い意欲を全く隠してこなかった。
そして、その前段階として、「国家安全保障会議(日本版NSC)」の設置、「特定秘密保護法」、「安全保障法制」、「テロ等準備罪法」など、次々と保守色の強い「やりたい政策」を成立させてきた。

 だが、安倍首相は、第1次政権期と違っていた。
安倍政権は、国会では議論を軽視し、数の力で押し切る「強行採決」を続けてきた
ここまでは第1次政権期と同じだ
一方、国民に対して理想を正面から訴えることはしなかった

経済対策を次々に打ち出すことで支持率を維持しようとしたのだ。
 安倍首相の眼には、「失われた20年」と呼ばれた長年のデフレとの戦いに疲弊し切って、「とにかく景気回復」を望んでいる国民の姿が映っていた。
そして、経済さえうまく運営すれば、憲法や安全保障で保守的な政策を打ち出しても、今すぐ戦争が起こるという実感のない「平和ボケ」の国民は、問題視せずに通すだろうと考えたのだ

アベノミクスの成長戦略は 「支持率維持の道具」でしかない
 アベノミクスの「第一の矢(金融緩和)」「第二の矢(公共事業)」は、本来「第三の矢(成長戦略)」が効果を発揮するまでの「時間稼ぎ」に過ぎないものだが、現在でも継続されている
安倍首相は、景気後退局面に入りそうになると、より一層の金融緩和や補正予算を打ち出すなど、「第一の矢「第二の矢」をちゅうちょなく繰り出してきた。

 一方、本格的な経済回復のために必要な「第三の矢(成長戦略)」は、さまざまな業界の既得権を奪うことになる規制緩和や構造改革が中心であり、内閣支持率低下に直結する。
そのため、安倍首相はできるだけ先送りしようとした。
そもそも、安倍政権が「成長戦略」と考えた数々の政策は、多かれ少なかれ、端的にいえば従来型の「日本企業の競争力強化策」であり、基本的に誰も反対しない政策案の羅列でしかなかった。

安倍首相の選挙連勝は 「究極のポピュリズム」の成果
 もっと踏み込んでいえば、安倍首相は成長戦略を「支持率維持の道具」としか考えていないことが問題だ
たとえば、かつて経済産業相を務めた世耕弘成氏は、初入閣で経済政策通とはいえず、むしろ自民党の広報戦略を担ってきたことで知られていた政治家だった。

 また、「一億総活躍担当相」に起用された経験を持つ加藤勝信氏は、「働き方改革担当相」「女性活躍担当相」「再チャレンジ担当相」「拉致問題担当相」「国土強靱化担当相」「内閣府特命担当相(少子化対策男女共同参画)」なども兼務した。まるで一貫性のなさそうなこれらの担当業務には「国民の支持を受けやすい課題」という共通点があった。

つまり、加藤氏は事実上「支持率調整担当相」であり、支持率が下がりそうになったらタイミングよく国民に受ける政治課題を出していくのが真の役割だったといえる。

 安倍政権の「国民不信」がもっと露骨に出たのが、選挙である。
安倍政権は、12年12月衆院総選挙、13年7月参院選挙、14年12月衆院総選挙、16年7月参院選挙、17年10月衆院総選挙、19年7月参院選と国政選挙で連勝を続けた。
 だが、安倍政権の選挙戦の特徴は、「アベノミクス」の成果のみをひたすら強調し、政治が取り組むべきさまざまな重要課題について、ほとんど何も語らないことであった

世論が割れがちな憲法改正や外交・安全保障、原子力発電の政策などにについて、徹底して言及を避けたのである。
安倍首相は、とりあえず景気さえよくなれば重要な争点はどうでもいいじゃないかという「究極のポピュリズム選挙」を続けた
しかし、国民は容認して圧倒的多数を与え続けたのである。

 ところが、安倍政権は選挙に勝利すると、手のひらを返して経済だけではなく、全ての政策について「国民の信任を受けた」と宣言した
そして、「国家安全保障会議(日本版NSC)」設置、「特定秘密保護法」「安全保障法制」などを次々と国会通過させていった。そ
れでも国民はそれを「野党よりまだマシ」と言って、選挙で安倍政権を勝たせ続けたのである。

「桜を見る会」の規模拡大は“支持者不信”の裏返し
 安倍政権は、8%から10%に税率を上げる消費増税を、2度の延期を経た後、2019年10月に実現した。
国民に不人気だが重要な政策を実行したことについては、高く評価したいと思う。
しかし、それから1カ月も経っていない11月に、首相は消費増税後の景気下支えを目的とする経済対策の取りまとめを指示した。
約5兆円規模となる見込みで、19年度補正予算と20年度予算に盛り込まれることになる。
20年度予算は前年度に引き続き総額100兆円を超えることが予想され、財政再建はますます遠ざかりそうだ。

「桜を見る会」の規模拡大は 安倍首相の「支持者不信」を示している?
 このように、安倍政権の経済政策・安全保障政策を振り返ると、安倍首相がいかに国民に対して強い不信感を持ち、国民の機嫌を損ねないように慎重に政権運営を進めてきたかがわかる。
そして重要なのは、その不信感は突き詰めると、野党・反対派に対するものではないということだ。

 なぜなら、安倍首相は、野党・反対派と国会での話し合いに応じない上に、汚い言葉でヤジを飛ばすなど、根っから毛嫌いし排除してきた
一方、アベノミクスによる「利益誘導」は、基本的に支持者に対して行うものだ
つまり、安倍首相が不信感を持って、慎重に扱ってきたのは、むしろ支持者のほうだということだ。

 つまり、第2次安倍政権発足後、「桜を見る会」の規模が大きくなり、特に安倍首相や自民党議員の支持者の参加が年々増えたことは、安倍首相の支持者に対する強い不信感を示しているのではないだろうか。
信頼できない人たちだと思うからこそ、さまざまな機会で歓待し続けなければならないのだろう。

「桜を見る会」を巡っては、ワイドショーで連日、識者が「国民の政治に対する信頼感が下がっている」とコメントしている。
しかし、われわれは一度考えてみるべきではないだろうか。
実は、「政治家が国民を信頼していない」から、さまざまな問題が起きているのではないかと
「国民は、その民度に合った政治家を選ぶ」ものなのだから
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(4) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする