2020年01月10日

安倍首相、「内憂外患でもゴルフ」の本当の狙い

安倍首相、「内憂外患でもゴルフ」の本当の狙い
イラン攻撃、IR疑惑噴出でも余裕をアピール
2020/01/09 東洋経済オンライン

泉 宏 : 政治ジャーナリスト

令和2年の政治は波乱の幕開けとなった。
年明け早々、アメリカによるイラン革命防衛隊司令官の殺害で中東情勢が緊迫化。
2019年末には日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告が保釈中にレバノンへ逃亡し、統合型リゾート施設(IR)事業に絡んだ収賄容疑で秋元司衆院議員(自民党を離党)が逮捕されるなど、内外で政治的にきな臭い動きが同時進行している。

そうした中、安倍晋三首相はこれらの事件に表立った反応をせず、余裕の表情で年末年始の休暇を満喫した。
仕事始めの1月6日の伊勢神宮参拝後の年頭記者会見では、「五輪・パラリンピックが開催される歴史的な年を、日本の新時代を切り開く1年とする」と決意表明。
7日の新年会などでは2021年9月の任期満了までの1強政権維持に意欲と自信をにじませた。

アメリカ、イラン双方の橋渡し役に 安倍首相は年頭会見の中で、緊迫する中東情勢について「現状を深く憂慮しており、事態のエスカレーションは避けるべきで、すべての関係者に外交努力を尽くすことを求める」と語り、アメリカ、イラン双方と友好関係を維持する日本の立場も踏まえて、「日本ならではの外交を粘り強く展開する」と両国の橋渡し役となる考えをアピールした。

しかし、8日にイラクにある駐留米軍基地に対してイランがミサイル攻撃をし、事態が一段と深刻化したため、11日から予定していた安倍首相のサウジアラビアなど中東3カ国の歴訪は延期の方向となった。
政府が年末に閣議決定した海上自衛隊の中東派遣方針については、菅義偉官房長官が8日午前の記者会見で派遣方針に変更はないと説明した。

ただ、トランプ大統領が仕掛けた今回の米イラン対立は「中東全体を巻き込んだ大規模戦闘にもつながりかねない」(中東専門家)だけに、「日本が下手に手を出せばやけどをする」(外務省幹部)との不安は拭えない。
今後、状況が報復合戦の様相となれば、自衛隊艦船が武力衝突に巻き込まれる危険も拡大する。

防衛省の元幹部も「戦闘に巻き込まれる可能性が高まれば、自衛隊派遣は再考すべきだ」と指摘しており、派遣自体が政権運営のリスクにもなりかねない。

2019年末から政界捜査が急進展したIR汚職事件も、安倍首相にとって頭痛の種だ。
約10年ぶりに国会議員として逮捕された秋元容疑者は、IR参入を目指していた中国企業から、IR担当の内閣府副大臣として数百万円の賄賂を受け取ったとされる。
東京地検はほかの自民党議員・元議員の事務所を捜索する一方、中国企業からの資金提供の対象となった超党派のIR議連メンバーの自民4人と日本維新の会1人の5議員からも事情聴取を進めているとされる。

自民議員4氏はそろって「金はもらっていない」と否定しているが、同議連副会長で維新の下地幹郎・元郵政民営化担当相は、6日の記者会見で100万円を受け取り、政治資金収支報告書に記載していなかったことを認め、維新に離党届を提出した。
松井一郎・維新代表(大阪市長)は「議員辞職すべきだ」と厳しい姿勢を示した。

下地氏が議員辞職すれば、自民議員4氏のいずれかが金を受け取っていたことが発覚した場合、議員辞職を迫られることになり、政権への打撃は少なくない。
IR法はもともと、安倍首相が打ち出した成長戦略の一環として、政府与党が2016年暮れの臨時国会で強引に成立させた経緯がある。
このため、主要野党は通常国会で政府に整備中止を迫る方針だ。

菅義偉官房長官は6日の民放テレビ番組で「IRは日本が観光大国を目指すうえで必要だ。
これ(整備)と今回の事件は明らかに次元が違う」と強調。
政府として事業を推進していく考えを強調したが、通常国会の与野党攻防の大きな争点となるのは確実だ。

政権を揺さぶるゴーン被告の大脱走
菅氏は自民党の二階俊博幹事長とともにIR事業推進の旗振り役ともみられている。
与党内では「事件が大規模なIR疑獄に発展すれば、菅氏らの立場も苦しくなる」(閣僚経験者)との声も出る。
安倍首相はIR汚職についての質問に反応することを避けているが、捜査の進展次第では厳しい対応を迫られる可能性が大きい。
ゴーン被告の大脱走も政権を揺さぶっている。
日本の司法制度をあざ笑うようなレバノンへの脱出劇はスパイ映画さながらで、世界中のメディアが注目し、さまざまな情報が飛び交っている。
ところが、司法トップの森雅子法相が記者会見して「被告人が日本を出国した記録がないことが判明しているので、不正な手段を用いて不法に出国したものと考えている」などと認めたのは、ゴーン被告の脱走から1週間以上経った1月6日のことだ。

ゴーン被告は8日夜(日本時間)にベイルートで記者会見するなど、日本の司法との対決姿勢を国際社会にアピールし、日本政府の対応も問われる状況となった。
日本の司法制度が踏みにじられたにもかかわらず、安倍首相も記者の質問を回避し続けている。

政治的にきな臭い事件が相次いだ年末年始だったが、安倍首相は9連休を満喫した。
ゴルフにも4回出かけ、大学時代の友人や財界関係者、さらに親族や秘書官と名門ゴルフコースでプレーし、「おかげさまでゆっくりしました」と笑顔をふりまいた。
休暇のほとんどは都心部の高級ホテルで過ごし、食事は連日、家族や友人と中華、フレンチ、和食に舌鼓を打ってご満悦だったとされる。
安倍首相がことさら余裕と自信をアピールしたのは、自民党内での反安倍の動きを牽制する思惑もあるとみられる。

ポスト安倍を目指す面々は、石破茂元幹事長を除いて首相の顔色をうかがう状況が続いている。
安倍首相は年末年始の民放テレビインタビューなどで、自らの後継候補について、岸田文雄政調会長、茂木敏充外相、菅義偉官房長官、加藤勝信厚生労働相の4人の名前を挙げた。
安倍首相が後継者について個別の名前を表立って並べたのは初めてで、あえて石破氏の名を外したことも注目される。

安倍首相の「意中の人物」は岸田氏との見方が多く、首相も「大変誠実で、岸田氏といると居心地がいいと感じる人が多い」と評価。
別の番組のインタビューでも「岸田さんも次の総裁選に出ると明確におっしゃっている。
もうバットをぶんぶん振っている。
もうじきその音が聞こえてくる」と岸田氏への期待を強調してみせた。

一連の発言について、自民党内では「首相は今後も1強を維持し、ポスト安倍でも主導権を発揮して退陣後も院政を敷くことを前提に政権運営を続けるつもりだ」(閣僚経験者)との見方が広がる。

子年のジンクスはあるか?
ただ、歴史を振り返ると子年は「時の首相にとって不吉な干支」(政界関係者)でもある。
60年前の1960年には首相の祖父の岸信介首相が日米安全保障条約を国会で成立させた際の「安保闘争」の混乱の責任をとって退陣した。
その12年後の1972年には長期政権を築いた首相の大叔父の佐藤栄作首相が退陣して、今太閤ともてはやされた田中角栄首相が登場している。
さらに1996年には年明け早々に日本社会党(当時)の村山富市首相が突然退陣を表明。
2008年には福田康夫首相が「あなたとは違うんです」という“迷言”を残してわずか1年で退陣した。

安倍首相は、今年8月に佐藤氏の連続首相在任記録を抜くが、祖父や大叔父も退陣した「子年のジンクス」は他人事と言えそうもない。
安倍首相は党の仕事始めや都内で開催された複数の新年会に出席した際のあいさつで、「桃栗三年柿八年」のことわざに引っ掛けて「柚子は9年の花盛り。柚子までは責任を持って大きな花を日本に咲かせたい」と述べ、政権9年目となる2021年まで政権を維持する考えをにじませた。

党内の一部でささやかれるいわゆる「五輪花道説」を否定することで「ポスト安倍の動きが顕在化することを防ぐ狙い」(自民幹部)の発言と受け取られている。
安倍首相は同時に、やはり子年だった西暦1600年の関ヶ原の合戦にも言及し、年内解散断行の可能性を示唆した。
関ヶ原の合戦は10月21日だったことから出席者からは「やはり五輪後の10月解散・11月投開票を狙っている」(有力財界人)との声も相次いだ。

こうした安倍首相の発言について、政界では「約1年9カ月後の任期満了までの安倍1強維持への自信と不安が交錯しているからでは」(自民長老)との見方が広がる。
6日の株式市場は日経平均株価が一時500円以上下落し、8日には中東情勢が緊迫化したことを受け、再び急落した。
オリンピック後の景気悪化も予測される中、先行きの不安が拭えないスタートとなっている。
そうした中、安倍首相が「子年のジンクス」を乗り越えて1強を維持できるのかどうかも極めて流動的だ。

「今年は、何が起こるかわからない予測不能の政局が続く」(自民幹部)とされるだけに、余裕の表情とは裏腹に、安倍首相が年明け早々から「出たとこ勝負」の緊迫した政権運営を強いられることは間違いなさそうだ。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする