テレビドラマ「刑事・医療系が75%」の危険水域
まだ変わらぬ視聴率至上主義の中高年シフト
2020/01/17 東洋経済オンライン
木村 隆志 :
コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者
年明け早々から2020年代最初の連ドラがスタートしていますが、気になるのは放送前の段階から
「相変わらず人が死ぬ刑事ドラマばかりでしんどい」
「医療ドラマばかりで見ていて気が滅入る」などのネガティブな声が続出していること。
それも無理ありません。
今冬は最も視聴者の多いプライムタイム(19〜23時)に放送される16作中、刑事ドラマが6作、医療ドラマが6作という極端に偏ったラインナップなのです。
【刑事(事件)ドラマ】
「絶対零度〜未然犯罪潜入捜査〜」(フジテレビ系、月曜21時)
「相棒」(テレビ朝日系、水曜21時)
「科捜研の女」(テレビ朝日系、木曜20時)
「ケイジとケンジ 所轄と地検の24時」(テレビ朝日系、木曜21時)
「駐在刑事 Season2」(テレビ東京系、金曜20時)
「ハムラアキラ〜世界で最も不運な探偵〜」(NHK、金曜22時)
【医療ドラマ】
「病院の治しかた〜ドクター有原の挑戦〜」(テレビ東京系、月曜22時)
「恋はつづくよどこまでも」(TBS系、火曜22時)
「アライブ がん専門委のカルテ」(フジテレビ系、木曜22時)
「病院で念仏を唱えないでください」(TBS系、金曜22時)
「心の傷を癒すということ」(NHK、土曜21時)
「トップナイフ―天才脳外科医の条件―」(日本テレビ系、土曜22時)
救うにしても死んでしまうにしても 全体の75%が、救うにしても死んでしまうにしても、命をめぐるシリアスなストーリーであり、「しんどい」「気が滅入る」と言いたくなるのも仕方ないのです。
極端に偏ったラインナップになったことで懸念されるのは、若年層のドラマ離れ。
例えば、「アライブ」はがん、「トップナイフ」は脳外科に特化した物語であり、中高年層がターゲットであることは明らかです。
若年層に「がんや脳の病気に興味を持て」「学校や職場から帰ってきたあとに命を救うドラマを見て」というのは無理があるでしょう。
そのほかの刑事・医療ドラマも、ほとんどが中高年層をターゲットにしたもの。
さすがにここまで偏ってしまうと、その中高年層ですら「飽きてしまった」「ドラマはもう見ない」という声をネット上にあげるなど、ドラマ全体のイメージダウンにつながってしまいます。
月曜2作、
火曜1作、
水曜1作、
木曜3作、
金曜3作、
土曜2作と、
ほぼ毎日放送され、「テレビは刑事・医療ドラマ専門チャンネル」と揶揄されるほどの危機的状況は、なぜ訪れてしまったのでしょうか?
また、どんな改善策が求められるのでしょうか?
刑事・医療ドラマが多いのは今冬にはじまったことではなく、2010年代は何度か全体の約半数を占めることがあり、そのたびに「偏りすぎ」「食傷気味」という声があがっていました。
しかし、今冬ほど極端に偏ったことはなく、それが2020年代の幕開けだったことに危機感を抱かざるをえません。
全体の75%に至った直接的な理由は、テレビ朝日以外のテレビ局で刑事・医療ドラマが増えたから。
もともとテレビ朝日は刑事・医療ドラマが全体の80〜90%を占めていましたが、今冬はテレビ朝日が3作/3作(100%)、フジテレビが2作/2作(100%)、NHKが2作/2作(100%)、テレビ東京が2作/2作(100%)、TBSが2作/3作(66%)、日本テレビが1作/2作(50%)という高比率になったことが原因なのです。
※関西テレビは0作/1作(0%)、読売テレビは0作/1作(0%)
なかでも象徴的なのはフジテレビ。
2010年代の低迷で少しでも視聴率を獲得したいだけに、一定の成果が期待できる刑事・医療ドラマの割合を高めているのです。
ちなみに月9ドラマは7作連続で刑事・医療ドラマ(刑事事件を扱う1話完結の「SUITS/スーツ」を含む)が放送され、6作で2ケタ視聴率を獲得したことが、その裏付けとなっています。
さらに、本来は視聴率獲得の必然性が薄いNHKが2作/2作(100%)だったことに驚かされました。
昨年、番組のネット同時配信や受信料徴収の是非が叫ばれる中、大河ドラマや朝ドラの視聴率が下がったことで危機感を抱き、一定の成果が期待できる刑事・医療ドラマに走ったとしても不思議ではありません。
しかし、民放のテレビマンにしてみたら、「NHKまで刑事・医療ドラマで視聴率を狙うなんてひどい」という心境でしょう。
ともあれ、「ドラマの視聴率が大きく下がりはじめた2010年代に、各局がそれを打破すべく試行錯誤を続けた結果、2020年代の幕開けが刑事・医療ドラマが75%に偏ってしまった」という感は否めないのです。
高視聴率ドラマ「トップナイフ」の矛盾
日本テレビが中高年層の支持が厚い天海祐希さんを主演に据えた医療ドラマ「トップナイフ」を手がけることも見逃せません。
「日本テレビは2作/3作(50%)でいちばん低い割合じゃないか」と思うかもしれませんが、同局はスポンサーのニーズに応えて広告収入を得るために、コアターゲットをC層(4〜12歳)、T層(13〜19歳)、1層(20〜34歳)、2層(35〜49歳)に定め、一般的な視聴率にはとらわれず他局とは一線を画すドラマを制作してきました。
つまり、「中高年層向けの番組では、視聴率が取れてもスポンサーからの広告収入が得られないから、コアターゲットから外している」のです。
実際、昨年は他局が二の足を踏む学園ドラマの「3年A組 ―今から皆さんは、人質です―」「俺のスカート、どこ行った?」を続けて放送したほか、異例の2クールミステリー「あなたの番です」で考察合戦を促すなど、目先の視聴率にこだわらず、中高年層以下の視聴者層を獲得しました。
刑事・医療ドラマでも、「白衣の戦士!」の中条あやみさん、「ニッポンノワール」の賀来賢人さんなど主演に若手俳優を起用するなど、他局とはまったく異なる制作方針だったのです。
それだけに、天海祐希さん×医療=ガチガチの中高年向けである「トップナイフ」は意外でしたし、日本テレビの戦略がブレたことに危うさを感じました。
「トップナイフ」は視聴率こそ13.0%ながら、主な視聴者層がコアターゲットではない中高年層だったことで、「広告指標としての評価はあまり高くない」と聞きました。
もちろん視聴率も取れたほうがいいに決まっていますが、これまで支持されてきたコアターゲット(4〜49歳)やスポンサーの期待に応えたとは言えないのです。
いずれにしても、各局が目先の視聴率を追い求めたことで、ここまで偏ってしまったことに疑いの余地はありません。
その結果、ドラマの多様性は失われ、刑事・医療ドラマのイメージは悪化し、若年層どころか30〜40代のドラマ離れにつながってしまった感があります。
クリエーティブなスタッフの流出
刑事・医療ドラマに偏ってしまうことの弊害は、視聴者のドラマ離れだけに限りません。
離れてしまうのは、ドラマを作るクリエーターたちも同様。
今冬は「アンナチュラル」「逃げるは恥だが役に立つ」(TBS系)などで知られる人気脚本家・野木亜紀子さんが深夜帯の「コタキ兄弟と四苦八苦」(テレビ東京系)を手がけることで、テレビマンやドラマフリークを驚かせています。
近年はこのような人気も実力もある脚本家やプロデューサーが、視聴率至上主義で刑事・医療ドラマが量産されるプライムタイムを避け、見る人が少なくても自由度の高い深夜帯を選ぶ傾向が加速。
さらには、「カルテット」(TBS系)、「Mother」(日本テレビ系)などを手がけた坂元裕二さんのように深夜帯どころかテレビそのものから距離を取る脚本家もいますし、動画配信サービスなどにやりがいを見いだしてテレビ局を退社するスタッフも少なくありません。
現在プライムタイムのドラマを手がけているクリエーターは、「刑事・医療ドラマの制作に慣れている」「連ドラらしい連続性より、気軽に見られる1話完結の物語が得意」「視聴率獲得のために割り切ったドラマ作りを徹底できる」というタイプが多数派を占めるようになりました。
すなわちプライムタイムのドラマでは、質の高い1点物の逸品を作るクリエーティブさより、少しずつ色や形を変えて日用品を作るそつのなさが優先されているのです。
テレビ局にとって、ドラマを手がけるクリエーターたちは、強みであり宝とも言える存在。
最も多くの人々が見るプライムタイムに、その強みや宝を生かせない現状こそ、危険水域に入ったことの証しなのです。
視聴率獲得を狙うほどガラパゴス化
最後にもう1つあげておきたいのは、刑事・医療ドラマのガラパゴス化。
もともと刑事・医療ドラマは海外でも人気のジャンルであり、海外番販(海外への番組販売)やリメイクという点で期待できるはずなのですが、日本の作品は必ずしも世界各国で受け入れられるとは限りません。
日本国内で視聴率を獲得するために作られた刑事・医療ドラマは、日本人の一定層にだけ響く作品になりがちで、脚本、演出、演技、美術、音楽、放送回数などの面で「海外の人々にフィットしない」というケースが少なくないようなのです。
そもそも「日本国内ですら中高年層以外の支持をなかなか得られない作品を海外の人々に買ってもらうことが難しい」のは当然でしょう。
ドラマというコンテンツそのものは、動画配信サービスの発達と普及によって、世界中の人々に見てもらえるチャンスが広がっています。
だからこそ刑事・医療ドラマを制作するにしても、日本国内で視聴率を獲得するための作品ではなく、クリエーティブなものが求められているのではないでしょうか。
ちなみに今冬に放送されている刑事・医療ドラマ以外の作品には、
謎が連鎖する長編サスペンス「10の秘密」(関西テレビ、フジテレビ系)、
週刊誌が舞台のお仕事ヒューマン作「知らなくていいコト」(日本テレビ系)、
タイムスリップを絡めたファンタジーミステリー「テセウスの船」(TBS系)、
アクションを絡めた痛快ミステリー「シロでもクロでもない世界で、パンダは笑う。」(読売テレビ、日本テレビ系)。
この4作は高視聴率を獲得できないかもしれませんが、日本テレビがコアターゲットにするなど広告収入につながりやすい4〜49歳の支持は厚く、その点ではそれなりの成果を収めるでしょう。
75%を刑事・医療ドラマが占める今冬では、なおさら希少価値が高く、最後までドラマフリークたちのよりどころとなりそうなのです。
バラエティーも中高年向けで危険水域に
ここではドラマに焦点を当てて書きましたが、危険水域に入っているのはバラエティーも同じ。
目先の視聴率を獲得するために、健康、家事、カルチャー、教養などがベースの中高年層向け番組が増える一方で、若年層の心をつかんでいるとは言えないのです。
ドラマもバラエティーも、まさに大同小異で「テレビはそういうもの」とみなされかねません。
このような極端に偏った状況が続けば、自分に向けて作られたコンテンツを選んで、好きな場所で、好きなタイミングで見られるネットコンテンツに多くの視聴者を奪われてしまうでしょう。
各局に求められているのは、苦しい状況だからこそ広い視野を持つこと。
自社の利益だけでなく、業界の利益につながることができるか?
目の前の成果にとらわれず、中・長期的な成果を見据えられるか?
指標としてすでに矛盾が生じている視聴率を各局で奪い合っている業界の未来が明るいはずはありません。
「ドラマもバラエティーも似た番組ばかり」というイメージを払拭し、1人でも多くの人に「テレビは面白い」と思わせるには何をすればいいのか。
番組の多様性を取り戻していくことはもちろん、それぞれの質を高めていくことが、広告収入にしろ、視聴収入にしろ、ビジネスとしての成功を収めることにつながるでしょう。