悪質な「医者・治療法」の見抜きかた、
悩めるがん患者と家族は絶好のカモ
2020.2.14 ダイヤモンドオンライン
悪質な自由診療や広告による医療・美容の消費者被害が後を絶たない。
最近、どんな医療被害が起きているか、その現状を把握するとともに、社会はどのように対応していくべきかを提案する。(医療ジャーナリスト 福原麻希)
自分にできることは何でも
根拠乏しい治療に600万円
スキルス胃がんの患者・家族のための「希望の会」を運営する轟浩美さんは、3年前、夫の哲也さんを看(み)取った。
区の胃がん検診で再検査になり、クリニックで診てもらったが、最初は胃炎と診断されピロリ菌の除去を受けた。
だが、食後の胃の強い痛みがおさまらず、2つ目のクリニックで診察、X線検査も内視鏡検査でも異常なしだった。
「ストレス性の胃炎」と診断された。
やがて、食べ物がのどでつかえる感じもあり、ゲップをうまく出せなくなった。
しばらくすると、食事中に胃が動かないような重苦しさを感じるようになり、食べる量も減った。
1年後、再び、区の胃がん検診を受けたところ、スキルス胃がんと診断された。
4年間、標準治療(公的保険で受けられる治療。科学的根拠に基づき、安全性と効果について、最も信頼性が高いと推奨される治療)を受けながら、「がんの治癒に役立つのではないか」と補完代替療法(「民間療法」とも呼ばれる)も試した。
「補完代替医療」とは、現代西洋医学(通常の治療)以外の医療で、健康食品やサプリメント、特定の食事療法、鍼灸や気功の伝統医学などがある。
浩美さんは、当時をこう振り返る。
「私が妻としての役割を果たせていなかったから、夫が病気になったと自分を責めていました。
友人や知人から『あなたが患者さんを支えてあげてね』と言われ、『わたしにできることは何でもしよう、何か1つでも怠ってはいけない』と考えるようになり、周囲から勧められたことは何でも試しました」
そこで、哲也さんにはサプリメント、ビタミンC大量点滴療法、血液クレンジング、ニンジンジュース、水や塩など、何でも試してもらった。
温熱療法のための温熱器も購入した。
哲也さんは「標準治療以外は信じない」と言ったが、妻の気持ちを思いやり、黙って浩美さんに付き合っていたという。
主治医からは「効果がある治療は公的医療保険で治療を受けられるはずです。それでも気が済むなら……」と言われていた。
だが、やがて抗がん剤の副作用が強く出るようになり、哲也さんから「やめたい」と強く言われた。
結局、哲也さんには15種類以上の補完代替医療を試してもらって、約600万円をつぎこんでいた。
補完代替医療は安全性や効果に関する科学的根拠がまだ乏しく、国内では公的医療保険が使える治療と認められていない。患者を標準治療から遠ざけてしまうこともあり、医療者などからたびたび警告が出されている。
このほか、浩美さんはがんに関する情報なら、何でも読みあさった。
図書館に並ぶ書籍、新聞や雑誌に掲載されている記事にも広告にも、疑問を持つことはなかった。
だが、医師免許を持っていても、医学博士号を取得していても、実は必ずしも、科学的根拠が確立した治療や情報発信をしているとは限らない。
たとえ、著者が逮捕されていても書籍の出版はできる。
日本は言論や出版の自由が保障されているからだ。
また、新聞や雑誌の記事の中に「広告」と小さい文字が入っている場合は、商品の販売目的の情報が書いてある。
このため、読み手に適正な情報が出ているとは限らない。
浩美さんはこう話す。
「これらの情報の渦に巻き込まれ、混乱した生活を送っていました。
夫に補完代替医療を押し付けてしまった日々を、いま、とても後悔しています」
国立がん研究センターがん対策情報センターの若尾文彦センター長は、患者・家族が置かれている背景について、こう説明する。
「がんと診断されると『死んでしまう』と思ってしまい、頭の中が真っ白になり正しい判断ができなくなるものです。
しかし、現在、がんは国民の2人に1人がかかるポピュラーな病気です。
しかも、昔のような不治の病ではなく、5年生存率(診断から5年たったときの治療効果として生存している患者の割合)が平均約6割になり、病気とともに生きていく人が多くなっています」
どんな病気と診断されても、あわててはいけない。
特に、がんになったときは主治医や担当医、あるいは、がん診療連携拠点病院(厚生労働省が指定したがん医療を提供する病院)のがん相談支援センターでさまざまな相談ができることを知っておきたい。
全国のがん患者会でも相談を受けている。
国立がん研究センターがん対策情報センターではインターネットサイト「がん情報サービス」で科学的根拠に基づいた情報を発信している。
補完代替療法に関する情報は、厚労省が情報発信等推進事業としてインターネットサイト『「統合医療」情報発信サイト』を掲載している。
医療に関わる被害は 身体的にも経済的にも救済困難
このような消費者による相談は、がん医療だけではない。
消費者庁が毎年出版する消費者白書によると、相談窓口に寄せられた被害には医療サービス、美容サービス、健康食品、化粧品、歯科治療が毎年のように上位にくる。
国民生活センターサイトのトップページ。
消費者被害に関する注意喚起情報が発表されている
消費生活アドバイザー(元内閣府消費者委員会委員)の唯根(ゆいね)妙子さんは20年間、消費者相談を受けてきて、こう話す。
「消費者被害は新聞の折り込み広告やインターネット広告がきっかけとなりやすい。
特に、医療や美容に関する内容が専門的なため、記載事項から悪質な会社や不適切な情報を見分けることはとても難しいといえます。
しかし、被害が起こったとき、身体的にも経済的にも救済が難しいという特徴があります」
消費生活相談データベースPIO(パイオ)−NETによると、
特に美容医療に関する相談件数は近年、毎年2000件前後にのぼる。
フェイスリフト、美容(プチ)整形(目・鼻・口・美白・豊胸など)、包茎治療、レーザー脱毛、脂肪融解・吸引は被害が多い。
歯科はインプラントや矯正、ホワイトニングなどの審美歯科で、
がん治療では免疫療法や温熱療法、
このほか、眼科のレーシック治療、白内障手術、血液クレンジング療法、ニンニク注射、オゾン療法、アンチエイジング等で被害の訴えが起きている。
これらの被害情報は、国民生活センターで詳細が掲示されている。
具体的には、こんな手口や報告がある。
▽医師が患者に考える間も与えず、診察日当日に手術を迫る。
▽裸で手術台に載っているとき、「医療は個別性が高い。あなたの場合は、こういう治療も必要になる」と治療の種類が増える。
▽術後、腫れや痛みがひどかったが連絡が取れず、別の病院へ飛び込んだ。
▽効果が出るまでには○カ月かかると、繰り返し来院させる。
▽治療を繰り返した結果、あなたには目に見える効果は出にくかったと言われる、など。
だが、いずれも医療行為を提供するときは本人の同意のもとで行われるため、弁護士を立てて争うことは可能だが難しい。手術を受けるときは同意書に署名することになっているが、医療機関(病院・クリニック)によっては「施術後は異議申し立てをしない」と記載されていることがあるともいう。
特に、自由に医療サービスの提供価格を設定できる「自由診療」では治療費が高額に設定され、医学的な合理性や必要性に乏しくても、患者へのインフォームドコンセント(医師による患者への説明と、納得した合意)が不足したまま、強引に患者から形式的な承諾を取って進めていることもあるという。
自由診療とは、
(1)病気以外で医療を受けるとき(出産・健康診断・予防接種・美容整形など)、
(2)歯科の詰め物などで公的医療保険適用以外の材質を用いるとき、
(3)厚労省が承認していない治療法や医療機器などを用いるとき――の診療の形で、公的医療保険は使えない。
厚労省が承認していない医療とは、その安全性や効果について正式には認めていないという意味。
自由診療を受けると、全額、患者負担になる。
一方、公的医療保険の下で医療を提供する保険医療機関や薬局では全国どこでも同一に価格が設定され、支払う人の年齢区分によって自己負担割合は異なる。
また、日本では安全性と効果の科学的根拠がそろえば、ほぼ必ずその治療は公的医療保険に適用されることを知っておいてほしい。
宮城綜合法律事務所の宮城朗弁護士はこう指摘する。
「違法・不適正な広告によって消費者被害が発生する根本的な要因は、自費診療では利益率が非常に高いことです。
そのため、一部の医療機関側の運営が過度に商業ベースになり利潤追求に走っています」
そんな医療機関では、必ずしも十分な医学的根拠がそろっていなくても、学会などの治療ガイドラインが未整備であっても、その治療の効果・効能を過大に強調している。
一方で、治療にともなう副作用、手術の合併症のリスクの話は曖昧なことが少なくない。
「派手な広告による集客のため、効率的に多数の患者をさばくことになり、経験不足の医師でも現場に投入されている。
これらが医療被害発生の要因となっているとも聞いています」と宮城弁護士は説明する。
また、「広告に無料説明会や無料相談、無料カウンセリングと書いてあり、参加したところ、施術を受けるまで帰れなかった」
「インターネットでお試しのサプリメントを購入した。やめようと思っていたところ、2回目が届いた。最低4回の定期購入だった」などの相談もあったという。
近年、「詳細はこちらへ」とウェブサイトへ誘導される形が増えている。
それは利用者が自分から入手した情報である場合、広告規制にのっとっていれば広告が許可されるからだ。
ここも落とし穴の一つだ。
医療被害への対策 国民への情報発信を強化
これらの医療被害に対して、国や関連企業も看過できないと考えている。
例えば、グーグルは検索機能の健全化に乗り出し、誤解を招く医療広告は上位に掲載されないように工夫している。
だが、その結果「YouTubeやInstagramなど検索機能に引っかからないツールでの不適切な情報が増えている」とインターネットのSEO(検索エンジン最適化)に詳しいJADE取締役の辻正浩さんは指摘する。
2017年には医療法が改正になり、従来の「情報提供」から「広告」とみなされるようになり、医療機関のウェブサイト、メールマガジン、申し込みにより送付されるパンフレットなども規制対象になった。
特に、虚偽広告は医療消費者に判断を誤らせるとして、医師免許剥奪、および、刑罰(罰金・懲役)が科せられる。
この広告規制の内容から、悪徳医療機関を見分けることができる(表参照)。
広告規制の内容から悪徳な医療機関などを見極めることができる
例えば、人間の体は非常に複雑で個々でも異なるため、同じ病名と診断され同じ治療を受けても、同じ結果になるとは限らない。
不確実なことが多く、医療には限界もある。
このため、「必ず成功する」「絶対に安全な治療」「がんが絶対に治る」と記載してしまう医療機関は広告の段階から誠実ではない。
さらに、厚労省では3年前からウェブサイトの監視を強化するための「医療機関ネットパトロール」事業を実施している。
市民がウェブサイトで「医療広告ガイドライン」に違反する不適切な表示や表現を見つけたら、その内容を通報するという仕組み。
厚労省の発表資料によると、2018年度のネットパトロールへの通報件数は8358件だった。
厚労省から2017〜18年の同事業を委託された日本消費者協会では、通報内容を専任の消費生活コンサルタントが確認した。
ホームページのどこに違反内容があるか、広告で必要な要件は記載されているかなどを目視で丁寧に確認後、その内容を医師と弁護士で構成される諮問委員会で広告規制違反かどうかを判定した。
違反と判定された医療機関には通知(上の写真参照)を出して改善を求めた。
2018年度は1191の医療機関へ送った。
この中には通報以外にも、同協会が監視としてキーワード検索をした結果も含まれている。
さらに、一定期間後、再度、当該の医療機関のウェブサイトを確認し、改善されたかどうかをチェックした。
その結果、約8割が改善に応じたという。
2019年度もネットパトロール事業は継続されるとともに、都道府県で医療機関を指導する体制などをより強化している。
現在は医療機関のサイト(広告)のみの通報を受けているが、そのほかの広告に関する規制を求める声もある
このようなネットパトロール事業などで違反と判定された医療機関名、あるいは、悪質な手口の医療被害を起こした医療機関名を公表するよう求める声も聞く。
だが、それは現時点で企業や組織にとって不利益な内容を公表できるための法的根拠がない。
さらに、行政による企業名公表は公権力による侵害にも相当するため難しい。
その場合、医学関係学会が声明を出し、厚労省が通知を出すことで社会に注意喚起する方法もある。
例えば、昨年4月、(一社)日本形成外科学会、(一社)日本美容外科学会(JSAPS)、(一社)日本美容外科学会(JSAS)、(公社)日本美容医療協会が「豊胸目的で非吸収性充填剤を注入することは実施すべきでない」と共同声明を発表した。
このように専門家が集団でエビデンス(科学的根拠)を示した上で声明を出したことによって、厚労省が即日、都道府県に対して通知を発出し、国民向けのチラシを作成し配布した。
そのチラシでは、美容医療を受けようとする人が自分で治療に関するチェックができる形式になっていた。
また、昨年5月、日本臨床腫瘍学会も「がん免疫療法に関する注意喚起について」の声明を発表した。
公的医療保険が適用になっている治療法と承認されていない治療法の違いや注意の説明が出ている。
これまで医学関係学会は、血液クレンジングのように社会的問題が指摘された治療についても見て見ぬふりをすることが多かった。
社会的影響を軽視しているのだろう。
もう何十年も続く「悪質な医療機関からの消費者被害」「補完代替医療に傾倒しすぎて標準治療を受ける機会を妨げられる患者」がこれ以上増えることがないよう、国民に対する注意喚起のメッセージを発していくことは必要である。
乳がんサバイバーで、キャンサーソリューションズ代表取締役社長の桜井なおみさんは「日本は公的機関から国民への情報発信が弱いと思います。
米国のFDA(Food and Drug Administration:米国食品医薬品局)のような信頼できる組織から、明確でわかりやすい注意喚起の情報(*)が出れば、患者会の中で情報共有できるだけでなく、有害情報について発言するときも誹謗中傷のように見えなくなります」と指摘する。
テキサス大学MDアンダーソンがんセンターに腫瘍内科医として勤務する上野直人医師は「FDAの警告情報はよくメディアで流れています。
日本は不適切な情報提供に対する警告や情報提供の量が少ない印象があります」と指摘する。
私たちマスメディアも、各組織がホームページで発表している消費者被害についての情報をもっと伝えていかなければならない。
健全な消費社会を形成していくために、私たちはもっと国全体で被害情報を共有する必要があるだろう。
*FDAとは米国保健福祉省下の組織で、食品、人・動物用医薬品、生物学的製剤、医療機器、化粧品、放射線を放出する製品の安全性と有効性を保証している。
公式ホームページにはRecalls, Market Withdrawals, & Safety Alerts(無料修理、市場撤退、安全警告)として、公告や企業からのプレスリリース情報が一覧表で公表されている。
3年間分のアーカイブも残されている。