2020年02月19日

コロナ防衛「当然なのにできない」不都合な真実

コロナ防衛「当然なのにできない」不都合な真実
予防をどれだけ徹底できるかが拡大抑制の肝
2020/02/18 東洋経済オンライン

鈴木 貴博
: 経済評論家、百年コンサルティング代表

2月15日、加藤勝信厚生労働大臣は新型肺炎について感染経路が判明していないケースが複数出ていることなどから状況が新しいフェーズに入ったとして、水際対策から発症者の早期発見と治療に重点を置く方針転換を発表しました。
今回の新型肺炎は潜伏期間が長いこと、症状を発症しない感染者がいること、検査能力が限られていることといった要因を背景に、すでに国内に一定数の感染者および感染者との濃厚接触者が存在していると考えるべきであり、そのため判明している感染者や発症者とその周辺の関係者を重点観察するだけでは感染拡大を抑えられないという判断です。

さてそうなると私たちはどのように感染拡大から身を守ればいいのでしょうか。
今回の記事は医療の話ではありません。
経済の専門知識をもとにどうすればいいのかについて述べさせていただきます。

結論を先に言います。
基本的な対策「国民全体で実行」しかない
「なるべく不要の外出はしない」
「外出時にはマスクを着用する」
「帰宅時などこまめに薬用せっけんで手洗いをし除菌をする」 という基本的な3つの対策を「国民全体で実行する」ことです。

先に重要なことを指摘すると、メディアを通じて「マスクをしても意味がない」という専門家の意見が報道されていますが、社会学的にいうとこれは間違いです。
ただ厄介なことにこの意見はお医者さんが主張する傾向があります。
私も「なぜ日本人にマスクをする人が少ないのか」という記事を書いた直後、何人かのお医者さまから丁寧に「マスクではコロナウイルスの感染は防げません」というご指摘をいただきました。
その結果「マスクをしなくてもいい」という誤解が広がっているのですが、どこで誤解が生じたのかおわかりでしょうか?

マスクをしていてもウイルスはマスクの網の目よりも微細なので入りこむことができる。
またウイルスはドアノブなど金属のうえで数日間生き続けているので指先経由で口に入ったりもする。
マスクは防具としては能力が低いというのが医学的な事実です。

一方でマスクは感染者が他人にウイルスをうつさないという観点では一定の役に立つ。
飛沫感染タイプのウイルスの感染者がマスクなしでくしゃみをまき散らすのと、マスクで止めるのでは効果に雲泥の差があります。
ですから社会学的には電車の中で全員がマスクをしている状態と、4割ぐらいマスクをしていない人がいる状態では、感染の拡大予防について非常に大きな差が出るわけです。
医学的な事実と、社会学的な対策にはこのように視点の違いがある。
ここを誤解しているから専門知識のある方が「本当はマスクをしなくていいですよ」といった発言を不用意にするという現象が起きるのです。

さて本題の話をしましょう。
私が現在、専門的に研究をしている経済分野のひとつが格差論で、その関係で貧困国の実態について比較的詳しく情報を集めています。
一見私たちと関係なさそうな貧困国での病気の実態が、最後の最後に今回の新型肺炎についての対策の参考になるという話をさせていただきます。
貧困国では老人や乳幼児のような弱者の死亡率が残念ながら高い。
ある統計では年間900万人の乳幼児が5歳の誕生日を迎えることができないといいます。
その死因の5分の1は下痢です。
このような不幸な状況を止めようと世界的な取り組みが行われていて、何をすればいいのかもわかっています。

下痢を引き起こす細菌やウイルスは塩素で殺菌できる。
下痢を発症した子どもに治療として与えるべき経口補水塩(ORS)の主成分は塩と砂糖です。
この塩素と塩と砂糖が安価に手に入るようにしたうえで、国連機関からNPOまでがその普及努力をしています。
予防できるはずなのに9割が予防しない ところが購買力平価の日本円換算(以下同じ)によってひと月20円で塩素が手に入り、それが下痢を予防できることを国民の98パーセントが知っている国で、塩素を使う人の割合は1割にすぎないという問題が起こります。

彼らにとって20円は安くはないとはいえ決して高くもない。
年収が6万円ぐらいのひとたちが年間240円で予防できるはずの下痢について、なぜか9割の人が予防しないという現象が起きている。
これがひとつめの例です。

同様にマラリアが深刻な問題になっている国々があります。
1500円ぐらいで入手できる蚊帳を使えばマラリアの感染は劇的に防ぐことができるのですが、それが経済的に手に入らないひとたちがいます。
そこで国際的な寄付金を利用したNPOが蚊帳の価格を80円に下げて普及をしようとしたところ、それでも買わない人のほうが多い。
蚊帳がマラリアを防ぐことを知っていて価格も手に入るところまで下げてもそれを買わない。
これがふたつめの例です。

それでそのような国では病気にかかる子どもたちが必然的に出てくる。
すると両親は必死になって医者に治療を頼む。
ある調査では貧困層の8パーセントの世帯が彼らの年収と匹敵する医療費、これは日本円で4万円程度の金額になりますが、それを払っていたといいます。
予防にはほとんどお金をかけない彼らが、家族が病気にかかると注射や薬に莫大なお金をかける。
これが3つめの例です。

あるNPOが貧困国で無料の子どものワクチン接種率を上げようと努力をしていたそうです。
無料なのに予防接種を受けにくる人が少ないのは、子どもを連れて村から町まで歩いて医療センターに行くのが親から見ると1日仕事になり、その間、報酬が得られないからです。
そこで予防接種を受けに来た人にダール豆という彼らの主食を1日分与えるルールにしたところ、予防接種を受ける人の数が劇的に増えたという事実があります。
これが4つめの例です。

これらの例から医療について、行動経済学的にわかる事実があります。
人間は予防にはほとんどお金をかける気がない。
一方で病気にかかってしまった後では治療にはプライスレスでお金を支払おうと行動する。
予防のほうが治療よりもコストが200分の1で済むのに、それをしない。
これが人間です。

「お金を積んでも治療できない病気」が目の前に
さてさて、私たちの目の前にある新型肺炎のリスクがこれと同じ状況であることにお気づきでしょうか。
先進国で暮らす私たちが普段、考えてもみなかった「お金を積んでも治療できない病気」が目の前にあるのです。
新型肺炎は治療法がありません。
できるのは対症療法だけで、集中治療室に入れて気道送管で空気を送り込む。
それでも一定数の患者さん、それは高齢だったり持病があったりする方が中心になるという意味ですが、そのような患者さんの中から残念ながらもお亡くなりになってしまう可能性があります。

【2020年2月18日8時40分追記】
初出時、経口補水塩(ORS)の和訳と対処療法の方法について誤りがありましたので、上記のように修正しました。
WHOの関係者の話では治療薬を開発するのには1年半かかり、簡易診断キットを作るのですら半年かかる。
現状では感染が疑われる人の検査すら1日1000人しか行えない。
これから感染者が増加した場合、入院するベッドの数も限られている。
あとになって発症することになる日本人にとっては、医者や薬が不足して、毎年何万人もの弱者が死ぬ貧困国の例と状況的に同じです。
そして新型肺炎の拡大を防ぐためには「なるべく不要の外出はしない」「外出時にはマスクを着用する」「帰宅時などこまめに薬用せっけんで手洗いをし除菌をする」という3つの対策を国民全体が実行すれば拡大はある程度予防できることがわかっています。

ここは医者が言う「それでも防げませんよ」という言葉には耳を貸さずに実行すれば「感染拡大の確率は確実に下げられる」ということは言える。
完全に防ぐことと、拡大を抑えることは違うからです。
しかしこの予防をしないのが人間だというのが社会学的に判明している。
ここがこの問題の最大のポイントであり、人間という生物の矛盾です。

強制してでも予防策を取ってもらったほうがいい
だとしたら、本当の意味で効果的な新型肺炎対策は、権力によるマスクと手洗いの強要です。
これは暴論として言っているのではなく、行動経済学的な知見から導かれる不都合な結論です。
具体的には「公共交通機関の利用の際にはマスク着用を義務づける」「官庁、大企業、大規模商業施設、そして病院など人が集まる場所の入り口では手をアルコール殺菌してからでないと入館できないようにする」といった強制策です。

それが今のところ民主主義で自由主義の国家では強要できない。
でも強要されない人間は予防にはコストはかけてくれないことが問題です。
実際、いまでも電車にマスクをつけずに乗ってせきをしている人を見かけます。
マスクが買えないことを理由にしますが、ここではペーパータオルと輪ゴムでつくる簡易マスクでもできる対策の話をしています。
経口再水和溶液(ORS)が入手できない国でも塩素と塩と砂糖で作り方を教えている。
でもやらない人と同じ議論です。

結局はメディアがせきエチケットを強調するだけの対策しかできないのが自由主義国家日本です。
悪い結果にならないことがいちばんですが、もしかして今回の新型肺炎の教訓がのちのち「中国のような統制型の国家体制のほうが人間の生活を守りやすい」などという結論につながらなければいいと私は心から思います。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(6) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする