【香山リカ氏書評】新型肺炎騒動を生んだ「健康自己責任論」
2/27(木) NEWSポストセブン
【書評】『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』/木村知・著/角川新書/840円+税
【書評】香山リカ(精神科医)
新型ウィルスが世界をパニックに陥れている。
「有効な治療法もワクチンもないのです!」とテレビは絶叫し、私のクリニックにも「寒気がする。例の肺炎では」と駆け込んでくる患者があとを絶たない。
その顔面はたしかに蒼白だが、それはウィルスではなくて恐怖や不安によるものだろう。
本書は現役医師である著者が、社会的な視点からいまの日本の医療をめぐる問題を鋭く語った一冊だ。
実は臨床の名医には、この“社会的な視点”が驚くほど欠けていることが多い。
本書にあるように、日本の企業社会が「カゼくらいで休むな」「カゼは体調管理ができてない証拠」といったスパルタ精神で成り立っていることさえ、知らない医師がほとんどなのだ。
そして、企業戦士である患者に乞われるがままに、熱を下げる薬やカゼのウィルスには効果ゼロの抗生物質などを処方してしまう。
また著者は、豊富な臨床での経験を通して、「病気は自業自得、自己責任というのは的外れ」と言い切る。
医療費を抑えたいならば、むしろ社会保障が必要な人にきちんと行きわたるようにするのが得策なのに、貧しい人や住居がない人たちを追い詰め、必然的に病気になる人を大量に増やすのはまさに本末転倒。
このように、一歩、離れて眺めれば、いまの日本の医療にはおかしな問題がたくさんある。
その多くは、本書で指摘されているように、「経済性や効率が最優先」「すべては自己責任」という価値観に基づいて、社会の制度が設計されていることにある。
「困ったときはお互いさま」「カゼを引いたときは休める」などあたりまえのことを思い出せばよい、と著者は言葉をかえて何度も呼びかける。
マスクの買い占めから中国人差別までが起きている新型ウィルスについても、本書で述べられているインフルエンザ対策がそのままあてはまる。
すなわち、「調子が悪いなら、自宅で安静にし、人に接触しない」。
落ち着いて、ひとへの思いやりを忘れずに、社会全体の健康を守りたい。
※週刊ポスト2020年2月28日・3月6日号