2020年03月07日

「取り立て屋」さながらに生活保護費を召し上げる自治体の変質ぶり

「取り立て屋」さながらに生活保護費を召し上げる自治体の変質ぶり
2020.3.6 ダイヤモンドオンライン
みわよしこ:フリーランス・ライター

生活保護費の不正受給は問題だが どこに向けた対策か
 国であれ地方であれ、政府は強力な権限を持っている。
行政は常に、「全員が賛成しているわけでも納得しているわけでもない」という状況下で、何かを行わなくてはならない。
役所の仕事の1つは、納税したくない億万長者や、建築基準法違反のタワーマンションを建てたいディベロッパーや、生活保護も利用したい年収1000万円超の守銭奴に対して、毅然と「ダメです」と言うことだ。
「ダメ」の根拠は、法律・省令・条例・通知・通達などに示されている。

 特に生活保護の世界では、毅然たる「ダメ」を貫くために、長年にわたって注意が払われてきた。
生活保護の対象になれば、医療サービスなどを含めて、1人あたり年間約200万円の給付を受けることができる。
他人に生活保護を利用してもらって上前をハネる貧困ビジネスも、なかなか美味しい商売だ。

 資金難ではあるけれど愛人を囲っておきたい社長は、愛人に生活保護を受けさせれば、小遣いやプレゼントや旅行の費用だけで維持できる。
行政としては、そういう不適切な生活保護の使い方をさせず、生活保護を必要とする人に確実に提供する必要がある。
少なくとも、名目上はそういうことになっている。

 もちろん、名目だけではない。
不正受給対策は実際に行われ、その体制は年々強化され、今や多くの福祉事務所に警察OBが配置されている。
不正受給の対策に関連する費用は、人件費だけでも膨大な金額になるだろう。

 しかし、もしもケースワーカーが自分の担当する生活保護受給者に対して不法行為を行っており、「不法行為を受け入れなくては保護費を渡さない」と迫り続けているようなことがあれば、そのケースワーカー自身や福祉事務所の「不正受給対策」を信用するわけにはいかないだろう。
そして、それは「もしも」ではなく、筆者が約30年にわたって居住している東京都杉並区で実際に起こった出来事だ。

生活保護費で借金返済 気づきにくい不正受給の罠  
杉並区に住むサクラさん(仮名・68歳)は、病気のため就労を継続できなくなり、2015年から生活保護で暮らし始めた。
当時はローンの残っているマンションに住んでいたが、生活保護費をローンの返却に充てることはできない。
このため、杉並区はマンションの売却を指導した。
サクラさんは指導に応じ、2016年にマンションを売却した。
売却益は366万円だった。

 サクラさんは生活保護が開始されるまで、なんとか自力で頑張ろうと必死の努力を重ねたようだ。
マンションのローンは、親族からの借金を重ねて返済し続けていた。
回復して再び働けるようになるまでの期間が半年未満なら、もしかすると、その選択は「正解」になるかもしれない。
しかし、結局は生活保護以外の選択肢がなくなり、親族からの借金は多額に達していた。
 マンションの売却益を手にしたサクラさんは、そのほぼ全額を、すぐに親族からの借金を返済することに充てた。
ところがサクラさんは、生活保護で暮らしている以上、生活保護基準以上の生活をすることができない。
過去に自ら購入し、ローンを払ってきたマンションの売却益は、生活保護費以外の収入である。
この収入には手を付けず、まず、福祉事務所に「収入申告」を行う義務がある。
いずれにしても、この売却益を返済に用いることはできなかった。
 サクラさんにも不正受給のつもりはなく、売却完了時には福祉事務所に報告をしており、区に対して特段の隠し立てはしていなかった。
そのことは、毎年末に杉並区に提出する資産申告書にも示されていた。
しかし、杉並区は不正受給と判断した。

 この経緯は複雑で、マンション売却益の返還処分と取り消し、保護費に関する返還処分が重なっている。
保護費の返還処分には、不正受給ではないものと不正受給とされたものの2つが含まれる。
いずれにしても、現在のルールでは、原則として返還すべきものである。
ただし、「生活保護開始にあたっての厳しすぎる資産要件」というルールには、見直しが必要かもしれない。
 サクラさんは、2017年2月、東京都に対して不正受給扱いに対する審査請求を行った。
2019年8月、東京都は訴えを棄却したが、2020年2月、サクラさんは処分の取り消しを求めて東京地裁に提訴している。

審査請求の棄却を偽り返還を強要
悪徳商法にも似た杉並区職員の言動  
問題は、審査請求の結果がまだ判明していない段階で、担当ケースワーカーが「もう棄却された」という事実に反する説明をし、サクラさんに保護費の返還を求め、関連する書類への署名捺印を求め続けたことである。
書類は当初、返還義務と金額を承認して返還を誓約する書類であった。
審査請求の棄却後は、保護費からの天引きを認める書類が加わった。

 担当ケースワーカーは、保護費を金融機関振り込みにせず、毎月、福祉事務所に受け取りにくるように求めた。
ちなみに、窓口での保護費の手渡しは、ケースワーカーによる横領などの犯罪につながる可能性があるため、厚労省はなるべく行わせない方針としている。
 むろんサクラさんは、生きるために、保護費を受け取りに行かざるを得ない。
するとケースワーカーは、「書類にサインしないと保護費を渡さない」と、毎回1時間以上粘ったという。

 2019年5月8日の電話のやりとりの録音によれば、ケースワーカーはやりとりの中で、審査請求の結果が「ぱぱんと出て」棄却となっており、「審査庁、小池百合子」の名でそのように記されていると語った。
結果として棄却されたのであるが、その時点ではまだ棄却されていなかった。
女性初の東京都知事となった小池百合子氏は、自分の名前がそのように利用され、働いてきた1人の女性を苦しめることを想定していたであろうか。

保護費を盾にした 「兵糧攻め」という実態
 費用の徴収を急ぐ担当ケースワーカーは、「この件も、もうバシッと結論付けて、次の、たとえば口座振り込みにするとか、あるじゃないですか。
次のステップに行きましょう」と語ったという。
「口座振り込み」が月々の保護費のことであるとすれば、窓口で保護費を手渡ししていた目的は何だったのだろうか。
どうしても、考えざるを得ない。

 さらにこのとき、別の福祉事務所職員が、「応じないと月々の天引きが高くなっちゃいますよ」と口添えしている。
むろん、そんなことはない。
不正受給した生活保護費の返還額の上限については、厚労省が目安を示しており、単身者の場合で5000円である。
 筆者は、やりとりを本記事に記しながら、「この人たちは何者なのだろうか?」と思ってしまう。
ヤミ金の取り立てだろうか。
「腎臓を売れ」と言っていないだけ、まだ本物のヤミ金よりは紳士的なのかもしれないが、福祉の現場で働く公務員とは思えない。
また、「保護費をダシにした兵糧攻め」という表現も思い浮かべてしまう。

 サクラさんは結局、2019年9月に保護費を受け取りに行った際、保護費からの天引きを承諾する書類にサインしてしまった。
このとき審査請求は棄却されていたが、サクラさんは処分の取消訴訟を検討しているところだった。
一部でも保護費を返還すると訴訟で不利になる可能性を考えたサクラさんは、サインするつもりはなかった。
しかし担当ケースワーカーは、「その話は(中略)裁判所でやってください。
ここは生活費を渡して、そのうち1万円を返してもらう場所なんです」と言った。

住むことに恐怖感も 変質した自治体の姿
 サクラさんは、その日は保護費を受け取らずに帰ることにした。
ケースワーカーは「これ(保護費)いらないんですか?」と言ったが、ケースワーカーの手元にはサクラさんの印鑑があった。
窓口での保護費の受け取りの場合、まず担当者に印鑑を渡し、担当者が目の前で受領書に捺印し、保護費とともに印鑑を返す習慣があるからだ。
しかし、サクラさんはまだ保護費を受け取っていない。
当然のこととして、サクラさんは印鑑の返還を求めた。
 ところがケースワーカーは、「私が個人的にお金を取っちゃうことになるから、横領になっちゃうの」「即決で(筆者注:天引き額が)8000円。
もう次だったら、また1万円からの交渉になりますよ」
「今、今日決めたら8000円」などと繰り返し、結局サクラさんに署名捺印させてしまったのである。

 筆者は再び、ため息をついてしまう。
どうしても、地方公務員の言動とは思えないのだ。
少なくとも正規職員なら、東京特別区の採用試験を突破し、人物と学力をそれなりに保障されているはずである。
 もっとも、杉並区が「紛争になりそうな再開発計画があるし、福祉制度を利用希望者から守る必要もあるから、地上げ屋や取り立て屋といった“民間活力“を活用する」という方針をとり、求められる人材の雇用と確保と育成に務めているのなら、その限りではない。

 なお、サクラさんと代理人弁護士は、2020年2月21日、この精神的苦痛に関する損害賠償を求める訴訟を起こした。
要求している損害賠償金は100万円。
付け加えておくと、もしもサクラさんが勝訴して杉並区から100万円が支払われても、収入認定されて杉並区に戻ることになり、サクラさんの手元には残らない。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 | Comment(4) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする