2020年04月01日

不倫叩き、不謹慎狩り…他人を許せない“正義中毒”を、中野信子氏が斬る

小だぬき→今日から 官庁・企業・学校などで新年度を迎えますコロナウィルスの感染拡大で 例年になく複雑な心境で着任・入学を迎える方が多いのは 残念です。

不倫叩き、不謹慎狩り…他人を許せない“正義中毒”を、中野信子氏が斬る
2020年03月31日 SPA!

あなたは、どんなときに他人を「許せない」と思うだろうか。
「恋人や配偶者の浮気」「上司からのパワハラやセクハラ」「信頼していた仲間の裏切り」…。
ここで生じる「許せない」感情は、自分や自分の近しい人が何らかの被害を受けたことに対する憤りであり、強い怒りが湧くのは当然だろう。
 しかし近年、有名人の不倫スキャンダルやアルバイト店員の不適切動画の投稿、不謹慎だとみなされる行動など、自分とは関係のない人物・事象に対して「許せない」感情が集中するという現象が数多く見られるようになった。

◆不倫叩き、不謹慎狩り…「正義中毒」におちいった私たち
 自分や自分の身近な人が直接不利益を受けたわけではなく、当事者と関係があるわけでもないのに、強い怒りや憎しみの感情が湧き、相手に非常に攻撃的な言葉を浴びせ、完膚なきまでに叩きのめさずにはいられなくなってしまう――。
これは、なぜなのだろうか。

 脳科学者の中野信子氏によれば、「我々は誰しも、このような状態にいとも簡単に陥ってしまう性質を持っている」という。
人の脳は、裏切り者や、社会のルールから外れた人といった、わかりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚えるようにできています。
他人に『正義の制裁』を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。
この快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せなくなってしまい、罰する対象を常に探し求め、決して人を許せないようになるのです」(中野氏)
 こうした状態を、中野氏は正義に溺れてしまった中毒状態、いわば「正義中毒」と呼んでいる。

この認知構造は、依存症とほとんど同じなのだという。
 自分には何の被害もないのに、タレントの不倫スキャンダルを叩きたくなったり、不適切な動画の投稿などに対して、対象者が一般人であっても、本人やその家族の個人情報までインターネット上にさらしてしまうなどの「許せない」感情の暴走は、この脳の構造が引き起こしているのである。
「こうした炎上騒ぎを醒めた目で見ている方も多いと思います。
しかし、正義中毒が脳に備わっている仕組みである以上、誰しもが陥ってしまう可能性があるのです。
もちろん、私自身も同様に、気を付ける必要があると思っています」(同)

◆ネットで加速する正義中毒から抜け出す手はあるのか?
 このように、誰もが無関係とはいえない「正義中毒」。
しかし、他人を糾弾することで一時の快感を得られたとしても、日々誰かの言動にイライラし、許せないという怒りを感じながら生活をしていくのは苦しいものである。
「人を『許せない』という感情の発露には、脳の仕組みが大きく関わっています。
許せない自分を理解し、人をより許せるようになるためには、脳の仕組みを知っておくことが有用なのは確かです」(同)
ここでは、中野氏の近著『人は、なぜ他人を許せないのか?』をもとに、「正義中毒」から抜け出し、人を許せるようになるためのヒントを探りたい(以下は、中野氏による解説)。

◆バイアス(偏見)は脳の手抜き
 人間は誰でも、どんなに気を付けていても、集団を形成している仲間を、その他の人より良いと感じる内集団バイアスを持つものである。
するとグループ外の集団に対しては、バカなどというレッテルを簡単に貼り付けてしまうのだ。
ある集団にとって、グループ外の人々をあれこれ細かいことを考えず一元的に処理できるというのは、脳がかける労力という観点からは、コストパフォーマンスが高い行為といえる。

「あの人たちはああだから放っておけ」とひと括りにしてしまうことで、余計な思考や時間のリソースを使わずに簡単に処理することができるわけである。
 グループ外の集団の人々にも当然、個々にさまざまな違いがあり、その人の歴史や独自の考えもあるわけで、本来はその一人一人に対して丁寧に判断をしていく必要がある。
しかし、このバイアスが働くと、手間をかけずに一刀両断できるのである。
「○○人とはそういうものだ」、「男性(あるいは女性)はだいたいそんな感じだ」などと、決めつけてしまうときには、気を付けた方がよいだろう。

◆ネット社会は確証バイアスを増長させる
 SNSでは似たもの同士でつながることが多く、自分と同じような思考をするグループから、自分が欲している情報だけを取り入れ、受け取るようになる。
日々それを繰り返しているといつのまにか、自分は正しい、自分の主張こそが正義だ、これが世の中の真実だと考えるように仕向けられてしまう。
この現象を確証バイアスという。

 インターネットの世界でのビジネスとは単純化すれば、広告媒体としてネットユーザーたちにいかに「クリックしてもらうか」である。
そのために個々の検索の傾向を収集し、それに合わせて関心のありそうな情報や広告を提供する。
ユーザー本人としては、毎日ネットの世界と接し、新しい情報を補給しているつもりが、しばしば自分の嗜好をもとに構成された、自分好みの偏った情報が示されているだけになってしまうのだ。

 私たちがネットで新しい知識を得た、新しいニュースを知った、と思っていても、実はそれはフィルターにかけられた情報ばかりで、自分の世界は非常に限定的であるかもしれないということを、意識する必要があるだろう。

◆「なぜ、許せないのか?」を客観的に考える
 まずは、自分が正義中毒状態になってしまっているのかどうかを、自分自身で把握できるようになることがとても重要だ。
「このテレビ番組は馬鹿ばかしい」「○○党は許せない」「最近の若い連中はなっていない」などといった怒りの感情が湧いたときは、その感情を増幅させてしまう前にひと呼吸置いて、「自分は今、中毒症状が強くなっているな」と判断するようにする。
 どんなときに「許せない!」と思ってしまうのかが自身で認識できるようになれば、自分を客観視して正義中毒を抑制することができるようになる。

◆ネットで知的偏食を防ぐには
 個人の嗜好や考え方は「どんなキーワードを検索したか」「どんなニュースをクリックしたか」によって、かなりの確度で把握されており、そのデータはターゲティング広告の素材としても使われている。
個々に好みやすい情報ばかりが表示されるため、仮想的な閉鎖環境にいるのと同様の状態に置かれたようになって、自分の嗜好とは異なる意見や情報に接する機会が減ってしまい、他者への共感や理解がますますしにくくなってしまうのだ

 そんなときは、あえて興味も関心もないキーワードを検索してみたり、普段は見ないようなニュースや記事を積極的に閲覧してみることをおすすめしたい。
自分の属性とは離れた人の考え方、悩み、関心事などを検索することで、ネット企業のおすすめとは全く関係ない情報にあえて触れていくわけである。
これによって知的偏食も防ぐことができ、場合によっては思わぬ新しい世界や知識を得られ、有益な思考パターンが学習できることもあるだろう。

 脳に備わっている「正義中毒」という仕組みは、ネットの普及とネットへの依存により、さらに顕在化してきている。
しかし、ネットは結局ツールに過ぎない。

知的偏食を一層加速させ、「正義中毒」に溺れてしまうのか、その予防に使うのか、閲覧者の意識のありよう次第で変わってくると言えるだろう。

中野信子氏 プロフィール】
東京大学工学部卒、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。
2008年、フランス国立研究所にて博士研究員として勤務。
2010年に帰国後は、執筆・テレビ出演などで活躍、著書多数。
近著は『毒親: 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』『人は、なぜ他人を許せないのか?』など

<文/日刊SPA!取材班>
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2020年04月02日

滋賀「呼吸器外し殺人」再審で無罪判決、でっちあげ捜査の怖さ実感

滋賀「呼吸器外し殺人」再審で無罪判決、でっちあげ捜査の怖さ実感
2020.4.1 ダイヤモンドオンライン
戸田一法:事件ジャーナリスト

無罪を訴えていた女性は判決前「真っ白な判決を求めたい」と願いを口にしていた――。
滋賀県東近江市の病院で2003年、男性患者(当時72)の人工呼吸器を外して殺害したとして殺人罪で懲役12年が確定・服役した元看護助手の西山美香さん(40)の再審判決公判が31日、大津地裁で開かれ、大西直樹裁判長は二度「被告人は無罪」と繰り返し言い渡した。
裁判長が主文を繰り返し口にするのは異例だ。

西山さんの服役中から確定証拠に対する数々の矛盾点が浮上し、自白した調書も「でっちあげの作り話」とさえ指摘された事件。
検察側は新たな立証をせず、無罪は確実視されていた。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

新証拠で自然死の可能性浮上
 判決理由で大西裁判長は「男性が何者かに殺されたという事件性を認める証拠はない」と事件性そのものを否定。
死因については自然死の可能性が高いと認定した。
 加えて西山さんの自白について「任意捜査の段階から主要な供述がめまぐるしく変遷していた」と一切の信用性を退けた。

 そして取り調べの担当刑事が西山さんに軽い知的障害があることや恋愛感情につけ込み「強い影響力で供述をコントロールした」と述べ、でっち上げの捜査で嘘の自白を引き出したと結論付けた。
 大西裁判長は主文言い渡しの後は「被告人」ではなく「西山さん」と呼び方を変え、最後に「時間は取り戻せないが、今回の公判は刑事司法の在り方に大きな問題点を提起した」と総括した。
 判決後、西山さんは裁判所前で支援者から花束を受け取り「みなさんのおかげで無罪判決をいただくことができました」と涙を流した。

 この問題(※筆者注:無罪判決で事件性がなくなりましたので、以降は「問題」と表記します)を巡っては滋賀県東近江市の湖東記念病院で03年5月22日、入院していた男性が死亡しているのを看護師が発見。
 県警は04年7月、人工呼吸器を外して男性を殺害したと自白した西山さんを逮捕。
西山さんは公判で無罪を主張したが、最高裁で有罪が確定した。

 第2次再審請求審で大阪地裁が17年12月、新しく提出された医師の鑑定書を基に不整脈による自然死の可能性、加えて虚偽の自白を強要された疑いを指摘し、再審開始が決定。
19年3月に最高裁で再審開始が確定した。

判決の誤りでやり直す「再審」
 ここで「再審」とは何か、簡単に説明しておきたい。
 ズバリ言えば、確定した判決に重大な誤りがあった際に裁判をやり直すことだ。
刑事事件では有罪が確定した受刑者や元受刑者らに有利となる時に認められ、請求に期限などの制約はない。
 刑事訴訟法では、確定判決の根拠となった証拠に虚偽や偽造が明らかになったり、新しい証拠や事実が見つかったりした場合が、再審を開始するかどうかの条件となる。
 本人や遺族など関係者から請求を受けた裁判所が、再審を開くかどうかを判断・決定する。

 最近では15年、大阪市の小6女児死亡火災で保険金を目的とした放火殺人の罪に問われ、無期懲役が確定した母親と同居相手について再審開始が認められたケースがある。
翌年、2人に無罪判決が言い渡された。

 また西山さんと同様、殺人罪で懲役13年が確定し服役後、18年に再審開始が決定した熊本県の「松橋事件」がある。
こちらも19年、男性の無罪が確定した。

検察側、一切の反証・反論せず
 再審初公判が開かれたのは2月3日。
西山さんは罪状認否で改めて「患者を殺していません」と無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で「確定審や再審の証拠に基づき、裁判所に適切な判断を求める」として、公判前の第三者協議などで示されていた新証拠に反証しない方針を明らかにした。
 求刑放棄や無罪論告についての言及はなかったが、事実上の「白旗宣言」で無罪はほぼ確実になった。

 弁護側は「被告が人工呼吸器を外した事実はなく、患者の死因は不整脈か気道への痰(たん)詰まり、人工呼吸器の空気漏れのいずれかだ」と指摘した。
 そして、再鑑定を依頼した医師の所見を新証拠として提出。
死因の特定は困難で、解剖医の呼吸器が外れたことによる「急性低酸素状態」を死因とした判断は誤りだったと主張した。  

鑑定書によると、内臓のうっ血の有無や頭部の皮下出血の状態などから、解剖時のカリウムイオン血中濃度が異常に低く「致死性不整脈」が発生する数値で、自然死だった可能性に言及した。
 弁護側はこの所見を根拠に、確定審が有罪の根拠とした「人工呼吸器の停止か、もしくは外れて酸素供給が絶たれ急性死した可能性が高い」とした解剖医所見を疑問視した。

 西山さんの自白については「取り調べ担当の刑事に対する恋愛感情を利用し、状況証拠に整合するよう誘導した」「重要な点がめまぐるしく変遷し、嘘であることは明白だった」と指摘した。

「事件に仕立て上げた空中の楼閣」と弁護側
 被告人質問では、西山さんが“虚偽の自白”をした理由を「刑事に机の端を蹴られ怖くなった」「逃れるために(呼吸器が外れたことを知らせる)アラームが鳴ったと認めればいいと思った」と説明。
 逮捕された際は「(恋愛感情を抱いた)刑事と長くいられて嬉しい気持ちがあった」と明かした。
 第2回公判が開かれた2月10日は、検察側が論告で「被告人が有罪との新たな立証はしない」とだけ述べ、求刑はしなかった。
無罪が確実になった瞬間だった。

 弁護側は最終弁論で「警察や検察は事件性がないのに殺人事件に仕立て上げた。まさに空中の楼閣」と捜査の姿勢を批判。
 さらに「患者は痰詰まりで死亡した可能性」と指摘した医師の所見が記載された初期の捜査報告書が、再審開始決定まで非開示だったことに「警察は患者の死因に関する最も重要な調書を隠し、無罪の証拠を握りつぶしていた」と強烈に指弾した。  この日で再審公判は結審した。

 判決直前の3月23日、西山さんは記者会見で「裁判所に『自白は信用できない』と認めてもらい、真っ白な判決を求めたい」と述べた。
 そして「同じような冤罪(えんざい)は二度と起きてほしくない」「警察は(迎合しやすい)私の弱みに付け込んで、言葉巧みに嘘を自白させた」と批判した。

煮え切らない検察側に不信感
 この再審を巡っては、検察側は強く批判されるべき点が多かった。
 再審請求は既に刑期を終え出所した元受刑者によって、冤罪を払拭(ふっしょく)する名誉回復の唯一の手段だ。
 しかし検察側は今回、再審請求が正当なものか、それとも不当な捜査だったのか、真相解明に尽くそうとする姿勢は皆無だった。

 再審初公判で弁護側は「検察官は大阪高裁での再審開始決定後も最高裁へ特別抗告し、西山さんの名誉回復を先延ばしにした」「再審公判でも無罪判決を求めるわけでもなく『公益の代表者』としてふさわしいと言えない」と批判した。

 まったくその通りで、有罪立証はせず、無罪主張もしない、何とも煮え切らない態度だったからだ。
 西山さんが判決前の記者会見で語っていた通り、元受刑者は同じ無罪になるにしても検察側の求刑放棄ではなく、真相はどうだったのか弁護側と検察側が一体となって積極的な無罪の証明を望んでいるのだ。

「裁判所には適切な判断を求める」。
これほど無責任な発言はない。
検察のメンツを守ろうとする上司の指示でやむを得なかったのだろうが、検察官は独立した権限を持つ。
起訴状も「地方検察庁」という組織名ではなく、検察官の個人名で作成される。

 この検察官は求刑を放棄したのではなく、職務を放棄したのも同然だ。
「然るべく」(検察官が法廷でよく使う用語)、ヤメ検弁護士に転身することをお勧めしたい。

出世と評価のためにでっち上げた刑事
 そもそも、なぜこんな杜撰(ずさん)でデタラメなことが起きたのか。
 全国紙社会部デスクによると、ことの発端は病死か事故死か事件なのかはっきりしないまま、刑事が“女性の恋心”につけ込んで無理に供述させたことにある。
 そこからつじつまが合わない医師の所見は隠し、都合の良い解剖医の所見を採用したことにあった。
そして、その所見に沿った供述を次々に引き出していったわけだ。

 事件として認知していなかった死亡案件を殺人事件として立件・有罪に仕立て上げたわけだから、取り調べを担当した刑事は間違いなく本部長賞を受けただろうし、昇任試験も「受ければほぼ合格」レベルのアドバンテージを得たはずだ。
 今回の問題は、女性に軽い知的障害があり迎合しやすい性格で、コンプレックスを抱えていることに目を付けて言葉巧みにたらしこみ、自分の評価と出世のためでっちあげた恐ろしい事件だったわけだ。

 それだけでも恐ろしいのだが、さらには必死に「無実だ」と叫ぶ女性の悲痛な声に検察官や裁判官の誰1人として耳を貸さず、流れ作業で刑を確定させてしまったことだ。
 筆者は地方時代も含め、社会部記者として多くの裁判を傍聴してきた。攻める検察官、守る弁護士、攻守反転する場面や芝居がかった言い回し…。
「まるでゲームだな」と思うことが少なからずあった。
 しかし、そこで裁かれているのは法的な知識などほとんどない弱い立場の一般人だ。
裁判官も人間だから、時として間違うこともあるだろう。

 しかし、今回は防げた冤罪だったという印象を受ける。
裁判官にも「1人の人生を握っている」怖さをしっかり認識しつつ、真摯に取り組んでほしいと切に願う。
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2020年04月03日

なぜ人は「トイレットペーパーが十分ある」とわかっていても買い占めてしまうのか

なぜ人は「トイレットペーパーが十分ある」とわかっていても買い占めてしまうのか
2020年04月02日 PRESIDENT Online
マーケティングライター             牛窪 恵
脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子
                                    構成=大井 明子

マスクやトイレットペーパーの売り切れ、イベントの中止、一斉休校、在宅勤務……。
新型コロナウイルス感染拡大で、人々の生活は大きく変わっている。
脳科学者の中野信子さんと行動経済学に詳しいマーケティングライターの牛窪恵さんが、人々はなぜ買い占めに走るのかを解き明かす。

■わかっているのに買ってしまう
【牛窪】
新型コロナウイルスの影響で、マスクに加えてトイレットペーパーの買い占めが起こりました。
行動経済学上は、「買い占めはよくない」と分かっていても、「ダメだ」と禁止されればされるほど衝動を抑えにくくなる、いわゆる「カリギュラ効果(ロミオとジュリエット効果)」に近いと言えるのですが、このあたりの心理について、脳科学的にはどのようにとらえてらっしゃいますか?

【中野】
多くのみなさんは、「新型コロナウイルスの感染拡大が、ただちにトイレットペーパーの不足を引き起こすわけがない」と理解はしているはずです。
 面白いことに、日本トレンドリサーチが実施した調査で、「買いだめ」をしたという人に「マスクやトイレットペーパーなどが『今後不足する』という情報はデマだと知っているか」と聞くと、91.5%が「知っている」と回答した、という興味深いデータがあります。
さらにこれに加えて、「今回の品薄・品切状態は買い占め行為が引き起こしている」と言われていることを知っているか聞くと、90.6%もの人が「知っている」と答えたそうなんです。
 つまり、理屈ではほとんどの人がわかっているんですよね。
でも「もし万一、本当になくなってしまったらどうしよう」という不安を、9割もの人が、理性で打ち消すことができていない。
そして、その不安を癒すことができるのは、買いだめ行動だけ、という現状になってしまっているんですよね。
 こうした不安は万国共通ですが、特に日本人には強く出る可能性があります。

■日本人が不安を感じやすい科学的理由
【中野】
不安感を抑える脳内物質に、有名な「セロトニン」があります。
セロトニンの動態は少し複雑で、ただ新たに分泌されるだけでなく、分泌されて余ったセロトニンは取り込まれて再利用されます。
ところが日本人には、分泌されたセロトニンを再利用しにくい遺伝子を持つ人の割合が97%もいるという、世界でも非常に珍しい特徴があります。
再利用の効率が悪いので、セロトニンの働きが悪く、不安を感じやすくなるんですよね

【牛窪】
ほかのアジアの国と比べても、比率が高いのでしょうか?

【中野】
東アジアでは似た傾向を持つ人が多いのですが、その中でも日本はひときわその人たちの割合が高いんです。
だから日本ではより一層「念のために準備しておこう」と考える人が多いのかもしれません。

■不安を取り除くために必要なデータとは
【牛窪】
とくに既婚女性は、未だに少なからず「家族(夫)やわが子を、自分が守らなければ」との性別役割分業志向を有しています。
とても素晴らしい意識でもあるのですが、同時にだからこそ、「買いそびれたら、どうしよう」と不安も働くのかと……。
その不安を取り除くには、意識をどう変えればいいのでしょうか。

【中野】
なんとか買い占め状態をなくすには、ということですよね。
不安が「念のため」の準備をさせるのに役に立っている部分もあるので、物質からのアプローチでは難しいかもしれません。多くの人は「念のため」と備えるほうが安全だと信じていますし、実際にそういう人たちのほうが生き残っているために、こうした人口比になっているんじゃないでしょうか。
そうすると、なかなか買い占めはなくならないように思います。

【牛窪】
安心感を与えるためには、情報を提供するだけではダメなのでしょうか?
マスコミは一時期、イオンやイトーヨーカドーなどの店頭に、大量のトイレットペーパーが並ぶ様子を報道しました。
「こんなにあるので大丈夫です」という視覚的な情報を発信したものの、一部の視聴者からは「わざとらしい」「信用できない」と声があがりましたよね。

【中野】
可視化するのは良い方法ですよね。
ただ、一元的なデータだと、本当に安心できるのかどうか、とまた気になってしまう人は出てきてしまうんじゃないでしょうか。
安心するためには、どんなに疑っても堅牢で崩れることのないデータがどうしても必要と思います。
たとえば、在庫がどこにどれだけあって、原料の調達の状況はこうで、生産には何日かかって、流通にはどれくらいかかるか……
そうした情報を、すくなくともこうしたパニックが起きかねない局面でだけでも一般人が参照できるといいのになと思います。
安心というところにちょっと戻りますが、夫の浮気を疑う人というのは、「どんなに疑っても大丈夫だ」と思いたいがために、どんどん疑ってしまうんですよね。
それと同じ心理と思っていいんじゃないでしょうか。
「どんなに疑っても、これほどの在庫があるのだから絶対に大丈夫」という状況を把握できないと、本当に安心はできないのでしょう。
例えば、「人口1人あたり何ロール分あって、それは、今仮に原料の供給が止まったとしても数年は持つ計算になるから、買い占める必要はない」などといったような情報でしょうか。

■買えないものほど欲しくなる心理
【中野】
不安を感じて買い占めに走りやすいのは、人間である以上、ある意味仕方がないところがあるのですが、マーケティングの観点ではどんな説明がつきますか?

【牛窪】
消費者心理を分析すると、3つの視点で説明ができるように思います。

1つ目の視点は、冒頭で申し上げた「カリギュラ効果」です。
人がものを欲しがる「ニーズ」の前段階には、そのニーズを生み出す「動機」があります。
そして、その「動機」を刺激するのが「動因」です。
動因は、「買いたいのに買えない」といった緊張状態によって起こりやすい。
「その緊張を和らげたい」という思いが動因となって、「何としてでも早く手に入れて、ラクになりたい」という強い動機を生み出します。
マスクの場合も、「早く手に入れたいのになかなか買えない」という緊張状態が動因となって、さらに一層「手に入れたい」という気持ちが強くなってしまう。
 先ほど中野先生が「夫の浮気を疑う妻」を例に出されましたが、不倫の場合も「会いたいのに会えない」「私のものにしたいのにならない」という緊張状態や葛藤が、強い動因となって動機を刺激し、相手との関係を盛り上げてしまいます。
モノに対しても同じで、たくさんあって、いつでも買えることがわかっていると、人は欲しいとは思わなくなります。
希少で、なかなか手に入れられないものほど欲しくなってしまうものなのです。

2つ目の視点は、時代による消費者心理の変化です。
バブル期までは、おもな情報源が「マスメディア」しかなく、雑誌やテレビで紹介された高級ブランドを、皆が欲しがりました。
消費もまだ未成熟で、欧米由来の大量生産・大量消費がもてはやされ、「頑張って大金を稼ぐことで、オピニオンリーダーが身に付けているブランドを、自分も手に入れたい」と望みました。
 つまり、「お金」という資源を有している消費者が、強者だったのです。
ですがバブルがはじけ、消費者が「高級ブランドより、ノンブランド(無印良品ほか)」を標榜するようになり、いわゆる「自分らしさ」志向や、消費の多様化が進みました。
情報源も、90年代半ば以降は、インターネットや個人のSNSへと細分化されていきました。
やがて、企業も「大量生産」ではなく「少量多品種」を製造し始め、さらにそれを「期間限定」「個数限定」で売り切る商法を導入するようになります。
これによって、お金より「情報」を有する消費者が、次第に賢者となりました。
特に限定商品は、いつどの列に並ぶべきかという正しい情報がなければ、買えないからです。
今回の新型コロナの問題でも、政府は情報発信があまり上手ではないですよね。
現代の消費者が、いかに敏感に情報を収集し、自分だけが「ソン」をしないようにと必死になっているか……。
そこをもっと痛感して改めない限り、買い占めは止みにくいと思います。

■新型インフルでもマスク不足になっていた
3つ目の視点は、その「ソンしたくない」との思いと、過去の経験です。
今回、影響が大きかったと思われるのが、2009年の新型インフルエンザ流行時の経験です。
ある調査を基に調べてみたところ、当時、約4人に1人がマスクの売り切れを経験していました。
マーケティングで有名な、「プロスペクト理論」があります。
これは、「人は、何かを得ることで感じる喜びよりも、失うことで感じる痛みの方が2倍以上大きい」というもの。
つまり、「トクをしたい」より「ソンしたくない」という損失回避のバイアスの方が、ずっと強く働きます。
新型インフルエンザ流行時に「マスクが買えなかった」という苦い経験を持っていると、その痛みを避けるため、ますます「今回は失敗したくない」という気持ちが働く。
お子さんがいる女性の場合は、特に「家族の健康を守らなくては」という使命感から、一層、買い占め行動が強く表れたのではないかと思います。

■普段は何日おきに買っているかを把握する
【中野】
こうした消費者心理を考えると、どのような対応方法が効果的だと考えられるでしょうか?

【牛窪】
中野先生もおっしゃっていたように、やはりデータや「可視化」が大事だと思います
私もそうなんですが、トイレットペーパーを通常どれくらいの頻度で買っているか、意外とわかっていないですよね。
普段から、どれくらいあれば足りるのかわからない。
わからないと、漠然とした不安に突き動かされてしまい、「ちょっと多めに買っておこう」となります。
例えば家計簿アプリの「Zaim(ザイム)」には「消耗品購入タイマー」というのがあって、過去の家計簿データを分析して、トイレットペーパーやティッシュペーパー、ハンドソープなどの消耗品を何日おきに買っているか、次はいつごろ買えばいいかを教えてくれます。
自分の購入サイクルがわかっていれば、安心できるかもしれません。

【中野】
このアプリはいいですね!
私も導入したくなりました。
日常的に使う消耗品だと特に、「損失を回避したい」「なくなったら困る」という不安が働きますけど、どれくらい使っているかわかれば安心感も高まりますね。
自分の必要量や、必要になるタイミングを「見える化」するツールをうまく使いたいですね。

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牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ)
マーケティングライター マーケティング会社インフィニティ代表取締役。
修士(経営管理学/MBA)。
2020年4月より、立教大学大学院、客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。財務省・財政制度等審議会専門委員、内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。
著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか、著書を機に流行語を広める。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
東京大学工学部応用化学科卒業。 同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。
フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務後、帰国。
脳や心理学をテーマに、人間社会に生じる事象を科学の視点をとおして明快に解説し、多くの支持を得ている。
現在、東日本国際大学教授。
著書に『サイコパス』(文春新書)、『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館新書)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)ほか多数。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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2020年04月04日

政治家よ、あなた方はどこまで他人事なのか

政治家よ、あなた方はどこまで他人事なのか
東京都医師会長「まず医療現場を見に来い!」
2020/04/03 東洋経済オンライン
辰濃 哲郎 : ノンフィクション作家

東京における新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。
若者らの飲み会やカラオケ、中高年のクラブやキャバクラ通いなどによる集団感染が広がるなか、医療の現場では未知のウイルスとの厳しい闘いが始まっている。

パニック寸前で踏みとどまる医療現場の窮状を知る東京都医師会の尾崎治夫会長は、いつまでも緊急事態を宣言しない国の姿勢に怒りをぶちまける。
「国会に閉じこもっていないで、現場を見に来い!」。
この国難に都民の命を守る医療体制維持のために奔走する医師のトップの動きを追うと、感染爆発を目前にした医療の窮状が見えてくる。

尾崎会長がFacebookに投稿をアップしたのは3月26日の深夜だった。
スマホでつづった「東京都医師会長から都民の方にお願い」と題した文章には、ロボット犬の「アイボ」が撮った自分の写真を添えた。
会長室にあるアイボの前にしゃがみ込み、赤いボールを手に笑みを浮かべた写真だ。

投稿は「平和ですね。でもこうした平和が、あと2、3週間で崩壊するかもしれません」との文言で始まる。

若い方々、もう少し我慢してください
東京での感染者の急激な増加に危機感を抱き、「今が踏ん張りどころなのです」と語りかける相手は若い世代だ。
アクティブに行動する彼らに向けて「もう飽きちゃった。どこでも行っちゃうぞ…。もう少し我慢して下さい。
(中略)密集、密閉、密接のところには絶対行かない様、約束して下さい。
お願いします。
私たちも、患者さんを救うために頑張ります」

東京都医師会長という、お堅い職にしては型破りな投稿にメディアも注目しネットニュースやテレビで取り上げられた。
ふだんのFacebookでは、ほとんど医師会の話には触れないが、「政府も政治家の動きも鈍いなか、命を預かる立場として声を上げなければならないという切実な思いだった」と振り返る。

つい2週間ほど前の3月中旬、東京と同じように小康状態を保っていたイタリアやスペイン、それにアメリカ・ニューヨークの感染者数が、瞬く間に何倍にも膨れ上がって医療崩壊につながっていった。
やがて日本にも押し寄せてくる覚悟は決めている。
だが、通勤時間帯は相変わらずの人混みで、小池百合子都知事の外出自粛要請にもかかわらず、街は若者で賑わい、海外旅行に出かける学生も少なくない。
彼らだけを責めるわけではないが、ひとたび感染者が上向けば指数関数的に増えていくのは海外の例から予想できる。
でも、それからでは遅いのだ。

新規の感染者数を抑えるためには、時に政府の強権発動も必要だと尾崎会長は考えている。
新型インフルエンザ等特別措置法に基づく緊急事態宣言もそのひとつだ。
宣言されれば若者も銀座のクラブ通いの中高年も自粛せざるをえないだろう。
だが、その宣言も、まだない。
こうなったら、医療人である自分が呼びかけるしかない。
そういう思いがFacebookへの投稿につながった。

医療体制の備えを進めることも東京都医師会長に課せられた大切な仕事のひとつだ。
感染者が増えていくにつれて、すでに病床に余裕がなくなってきている。
感染症の指定病院が重篤・重症の患者の治療に専念できるように、公立・一般病院にも病床を空けてもらう必要がある。
空き病床の確保は難航 だが、それは簡単なことではなかった。
だれしも新型コロナウイルス感染者を受け入れることには難色を示す。
感染すれば重症化するリスクを抱えた他科の患者がいるし、医療従事者が感染すれば、病院全体が機能不全に陥る
空き病床を確保することは難航している。

さらに問題なのは、無症状や軽症の感染者の扱いだ。
無症状でも感染が確認されれば、感染症法に基づいて入院隔離しなければならない。
こういった無症状の感染者で病床がいっぱいになれば、重症や重篤な感染者を入院させることができなくなり、ひいては治療に支障をきたすことにつながる。

東京都医師会は都と協力して、無症状の感染者を病院ではない宿泊施設へ移すためのスキームを検討している。
例えばオリンピックの選手村やホテルを借り上げて、そこで「隔離」する。
無症状でも病態が急変するため、地域の保健所に詰めた医師会の会員である医師が、オンラインで異常がないかをチェックする。
容体が悪化すれば、防護服を着て往診して、転院させるなど症状を見極める。
こんなプランだ。

尾崎会長が、いま最も心を痛めているのは、まだ感染爆発していない現在でも、医療現場では試行錯誤の闘いが始まっていることだ。
救急医療の現場には、患者が日常的に搬送されてくる。
例えば心不全の患者が運ばれてきたとしよう。
呼吸を助けるために気管内挿管するが、この患者が新型コロナウイルスに感染していれば、医師も周囲の医療従事者も感染してしまう。
着脱の手間がかかる防護服を着ていては、治療の効率が悪くなる。
でも、感染してしまったら、医師や看護師という貴重な戦力を失うことになり、やがて病院は機能不全に陥る。
救急現場は、そういったコロナウイルス対応でパニックに陥り、疲弊しきっているという声が、尾崎会長の元にも届いている

尾崎会長自身、午前中は東京都東久留米市にある内科循環器科クリニックで診療を続けているが、「緊張の連続だ」と打ち明ける。
インフルエンザなら症状からほぼ断言できるが、新型コロナウイルスは見分けがつかない。
気づいたら待合室で感染の疑いがある患者がずっと順番を待っていたこともある。
もし自分の診療所から感染者が出れば、さらに感染を広めてしまうし、診療所も2週間は閉めざるをえない。
自分も感染のリスクを背負うことになる。
都内の医療機関は病院も診療所も、緊張の連続という状況にさらされているのに、政府の反応は鈍いように思える。

理解を示してくれる政治家はむしろ少数
医療体制を築くにも、都民に危機感を持ってもらうためにも、緊急事態宣言は必要だと尾崎会長は考えている。
だが、現場の窮状を説明しても、理解を示してくれる政治家は、むしろ少数だ。
「これ以上経済が落ち込むことは避けたい」と何度言われたことか。

安倍晋三首相は3月28日の記者会見で「まだギリギリ持ちこたえている」と表現し、菅義偉官房長官も「現状ではまだ緊急事態宣言が必要な状態ではない」と否定した。
新型コロナウイルス対策の担当になった西村康稔経済再生相も緊急事態宣言には否定的だ。

東京都医師会の会長室でインタビューをしていた尾崎会長の声のトーンが上がってきたのは、この話に及んだときだ。
「確かに経済は大切だ。
でも、感染症に打ち勝たなかったら経済は成り立たないでしょ。
経済のために宣言できないとしたら、悲しいことだよ」。

そして、語気を強めてこう言い放った。
「現場からは、もう無理だ。何とかしてくれ、という声が上がってきている。
こんなんじゃ、患者を救えないでしょ。
緊急事態じゃないって言うなら、国会のなかで閉じこもっていないで現場を見に来いって言いたいよ!」

尾崎会長は、30日早朝の午前7時過ぎ、日本医師会の横倉義武会長にFacebookのメッセージ機能を使ってメールを送った。 「一両日中に、緊急事態宣言を出すよう政府に進言してください。
私は猶予はないと思います。
マイルドな自粛要請では、もう無理です。
(東京都)知事には今日電話して早めの日本型ロックダウン(都市封鎖)を改めて要請しました」

すぐに横倉会長から応答があった。
「検討してみます」
その日の午後、日本医師会の釜萢敏常任理事が臨時に開いた記者会見で、緊急事態宣言についてこう述べた。
「個人的には(宣言を)出していただいて、それに基づいて対応する時期ではないかと思う」

東京の感染者は日を追うごとに膨れ上がっている
これに続いて4月1日に定例会見に臨んだ横倉会長は、病床数が不足しつつある東京の現状を踏まえて「医療危機的状況宣言」を出すと同時に、緊急事態発言の発動を政府に要望したことを明らかにした。
尾崎会長のメールが功を奏したのかどうかはわからない。
だが、尾崎会長は、横倉会長が意を酌んでくれたのだと思っている。

都内の感染者数は、3月23、24の両日には、感染者数がそれまでの10人前後から、16人、17人と増え、25、26日は40人台、28日には63人、31日には78人、そして4月2日には97人と急増している。
病院の院内感染や、夜の街がクラスターとなって検査件数そのものが膨れ上がってきたためでもあるが、不気味な増え方だ。

筆者自身、強権的な緊急事態宣言は慎重にしたほうがいいと考えている。
が、一方でウイルスとの闘いには、人々の行動が縛られることは覚悟しなければならないことも承知している。
まず優先すべきは人命であり、そのために医療態勢を守ること。

尾崎会長の「現場を見に来い!」という強い怒りの根源には同意せざるをえない。
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2020年04月05日

コロナ騒動で見えた「人間が抱える3つの弱点」

コロナ騒動で見えた「人間が抱える3つの弱点」
「アジア人差別」が人権先進国でも横行中
2020/04/04 東洋経済オンライン
中川 淳一郎 : ネットニュース編集者

コロナ騒動によって、「人権の脆さ」が世界各国で露呈した。
主に欧米だが、海外在住日本人による「差別を受けた!」という悲痛な声がSNSに多数書き込まれている。
アジア系住民が電車の乗車を拒否されたり、差別的な言葉を投げかけられたりするのは日常茶飯事。
アジア人が歩いてきたら口を手で覆い、スーッと避けていき、あまつさえ「コロナ!」と侮蔑の言葉を吐く白人男性もいたという。

コロナで見えた「人間の弱さ」
今回のコロナ騒動で、「人間の弱さ」を感じる出来事が多くあった。
それらを大まかに分けると3つある。

1.時に人は「差別を正当化」してしまう
今年1月に箱根の駄菓子店店主が「中国人は入店禁止」と意味する貼り紙を店頭に貼り、SNSでは「店主は差別主義者」など批判の声があがり、多数のメディアもこの件を問題として報じた。
しかし、今では世界中の国々がコロナの感染源である中国からの入国を禁止し、日本も各国からの入国を制限。
店主のやり方は露骨すぎたが、今同じことをして「差別だ!」と批判する人は少ないだろう。

そして、日本も世界の多くの国から入国を拒否をされている。
平時においては差別だと捉えられたことも、今回のような緊急事態には「人権」よりも「人命」のほうが優先されるため許容されがちだ。
だからこそ現状には、「差別を正当化できるようになった」という危険がある。
前述の欧米各国で起きているアジア人差別も、差別する側の論理としては「アジア人のせいで我々の命が危機に晒されている」という心理が働いているのだろう。

今後「黄禍論」(19世紀末に勃発した白人による黄色人種脅威論)のように欧米諸国によるアジア人種差別が再燃する可能性もある。
残念ながら今回の騒動によって延期してしまったが、オリンピックには「世界平和を実現する」という目的がある。
2021年の無事開催を心から願うが、東京オリンピックは再び世界の人々が協調と優しさを取り戻せるかのメルクマールとなる。
もしも開会式で中国人選手団の入場の際に大ブーイングでもあろうものなら、残念ながら戻ってはいないのだろう。
もし世界の人々に安寧をもたらしたのであればそれは、今進行している「差別の正当化」を食い止めることになるし、恐らく東京に来てくれた外国人とは「お互い色々大変なことを乗り切ったね」という「戦友」のような感覚を共有できるかもしれない。
というかそうなってほしい。

2.「右へ倣え」で一気にパニックになる
2011年の東日本大震災以来、久々にトイレットペーパーが薬局やスーパーから姿を消した。
1973年のオイルショック以降、日本人は有事の際、トイレットペーパーを買い占める行動様式を示すようになった。
連日ドラッグストアには開店前からトイレットペーパーやティッシュペーパーを求める行列ができている。
マスクについてはもう店頭で見かけることさえ難しい。

コンビニではトイレットペーパーを盗む不届き者がいるためトイレの使用禁止に踏み切る店も出たようだ。
3月15日からマスクの転売が禁止されたが、それまでにとんでもない高額でマスクを転売する例も続出した。
「価格は市場の原理で決まるもの」と転売を正当化する者もいたが、これは単に「小ずるい」だけである。
静岡県の県議が自身の経営する貿易会社の在庫マスクを転売して約888万円の売り上げがあり批判を浴びたが、本人は転売ではないと主張した。
転売か転売ではないかという本人の認識はどうでもいいが、社会不安に乗じて小ずるい連中が利益を得るさまを見るのは正直不快である。

3.欲望を抑えきれない
3月19日、専門家委員会による休校の解除発表などにより、コロナ騒動も一旦、弛緩ムードが広まった。
当時は明らかに人々が「コロナ疲れ」から解放されたいと思い、日常を取り戻そうとしていたのか、3月20〜22日の三連休には、代々木公園などでは花見を楽しむ観光客も多くいた。
3月24日19時頃に東京メトロ千代田線に乗ると、前週とはレベルが違うほどの混雑ぶりで「あっ、これはマズい」と思った矢先、翌日にタレントの志村けんさんの感染が発覚。

3月30日には東京五輪延期決定が報道され、再び自粛ムードが復活した。
匿名掲示板5ちゃんねるには「志村さんには悪いけど、これで一気にみんな気を引き締められればいい」という書き込みがあった。
亡くなった志村さんは本当に気の毒だが、もし彼の感染が報道されなければ、人々の気は緩んだままだったろう。
3月22日に興行を強行し、今後も興行は続けると宣言したK-1は今もネットで猛烈な批判を浴びている。
K-1が諸悪の根源というわけではまったくないものの、3月末の3連休に端を発した弛緩ムードの象徴的存在とされている。

人間は「欲望を抑えきれない」生き物
感染開始初期の頃は、「クルーズ船乗客」「バスツアー参加者」「屋形船宴会参加者」「ジム通いの人」「ライブハウス参加者」など娯楽を楽しんだ人々がしきりと報じられた。
つい先日もスペイン旅行から帰って来た一家が成田空港の検疫による待機要請を振り切って沖縄に戻ってしまい、その後コロナ陽性が判明となった。
いずれもそのアクティブさと娯楽への欲望の強さが反感を呼んだ。

しかし、「キャンセル料金を払うのはイヤだ」といった気持ちは理解できるし、「家族でのせっかくの旅行を楽しみたい」という気持ちにも健気さを感じる。
「私たち家族は感染しないだろう」という見通しの甘さはあっただろうが、この一家が抱いた欲望が止められないことは人間の1つの真理を表している。

人間は欲望を抑えきれない生物であり、それが結果的に個人の失敗や社会の混乱を招いてしまうのだ。
2008年にはリーマンショック、2011年には東日本大震災、そして2020年にはコロナ騒動が起きた。
生きていれば抗いようもない事件は起きるものだし、予測も対策もしづらい。

せめて今回の騒動で見えた人間の弱さについて思いを馳せ、人々がまた失敗を繰り返さないことを願う。
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安倍チルドレンの政務官が「感染拡大を国のせいにしないでくださいね」

自民党・安倍チルドレンの佐々木紀政務官が
「感染拡大を国のせいにしないでね」と国民の自己責任を宣言、
京産大生には就職先もちだし恫喝
2020.04.05 LITERA編集部

 新型コロナの感染拡大にともなって、国民に自己責任を押し付ける安倍政権の姿勢が次々明らかになっているが、そんななか、政府の役職を務める自民党議員がとんでもないツイートをしていたことがわかった。

 4月4日、国土交通大臣政務官を務める佐々木紀衆院議員が「外出自粛でも「買い物・旅行」、60代が最も活発」というニュースをリツイートしたうえ、こうツイートしたのだ。
〈国は自粛要請しています。感染拡大を国のせいにしないでくださいね〉

 佐々木議員は、2012年の衆院選で引退した森喜朗元首相の後継として石川2区から出馬して当選、現在は細田派に所属する典型的な安倍チルドレン、しかも魔の3回生だ。
その思想はもちろん、ゴリゴリの極右で、日本会議国会議員懇談会、神道政治連盟国会議員懇談会、靖国神社に参拝する国会議員の会、さらには例の百田尚樹を招いて言論弾圧を語り合った文化芸術懇話会にも参加している。

 しかし、それにしても、今回のツイート、ひどすぎないか。
新型コロナ感染拡大で国民に不安が広がっているなか、これでは「国は自粛要請したんだから、あとは知らない、お前らの責任だ」と言っているようなものではないか。
 当然、このツイートは大炎上。
佐々木政務官はきょう5日朝になって削除し、こうツイートし直した。
〈国は自粛要請しています。感染拡大を国だけの責任にしないでくださいね。
でも、自粛を求めるなら補償とセットでないといけません。しっかり取り組みます!〉

 そして、すぐ後にこんな釈明をしている。
〈朝から、お騒がせいたしました。
政府発表と強制力の弱さから、各個人の注意喚起の意味と行動を促す為の投稿でしたが不適切でした。
4月7日には経済対策を出します。単発ではなく、必要に応じて対策を出していきますので、ご意見いただければと思います。〉

 しかし、これ、炎上したから取り繕っているだけで、佐々木政務官の本音は完全に最初のツイートのほうであり、“コロナは国民の自己責任“というものだろう。
というのも、佐々木政務官が感染者の責任をもちだしたのは今回のツイートがはじめてではないからだ。
それどころか、3月30日には、コロナウイルスの感染者を犯罪者扱いするようなツイートも行なっている。

 佐々木政務官はこの日、ヨーロッパ旅行に行っていた京産大生の感染が石川県で確認されたというニュースをリツイートして、〈卒業旅行みたいだけど、卒業後はどこに入社するのかな…その会社の対応が気になります。〉と投稿。
 その数十分あとにも、富山県で京産大生の感染が確認されたというニュースをリツイートして、今度は〈3月にスペイン旅行って… また卒業旅行みたいだけど、卒業後は、どこに入社する予定だったのかな⁈〉とつぶやいたのだ。
 これ、明らかに「こんな時期にヨーロッパに行くような学生を、企業はそのまま入社させるのか」という脅しだろう。

 ヨーロッパ旅行で感染した京産大生は、ネットでもネトウヨなどからひどいバッシング浴びせられているが、彼らが旅行に出かけた時点では、ヨーロッパの感染者は日本より少なく、誰もこんな事態になるとは予想していなかった。
どういう条件下で感染したとしても感染者が糾弾されるというのはおかしいが、京産大生がヨーロッパ旅行に出かけたことについては、もっと批判されるいわれがない。

しかも、富山県で感染が確認された京産大生については、ゼミの卒業祝賀会に参加していたというだけで、スペイン旅行に行ってたいたかどうか自体、報道されていない。
 ところが、佐々木政務官は感染の発端となった京産大生がヨーロッパ旅行をしていたことを徹底的にあげつらい、就職先の問題まで持ち出して、脅しあげているのだ。
これではほとんどネトウヨとかわりがないではないか。
 いや、ネトウヨより悪質だ。

というのも、ヨーロッパなどからの帰国者から感染が広がっている背景には、政府の検疫体制のザル状態が背景にあるからだ。
空港の検疫所は厚生労働省の管轄だが、佐々木議員が政務官を務める国交省も協力体制をしくべき関係にある。
それこそ、帰国者任せになっている隔離のための滞在施設や交通手段の確保など、国交省の役割だろう。

それなのに政府の責任は頰かぶりして、若い大学生に責任を押しつけているのだから、卑劣というしかない
 だが、この卑劣さは佐々木政務官だけのものではない。
安倍政権のコロナ対応全体にいえることだ。

検査体制も治療体制も整えず、感染の実態を隠し、感染拡大が明らかになったら今度は「自覚のない若者」や「夜の繁華街」のせいにする。
一方では、この期に及んでも、国民全員に必要なものを届ける即応的な生活支援も全く打ち出そうとしない
それは結局、いまの自民党や安倍政権が佐々木政務官のような思想の持ち主の集合体だからである。
そして、その頂点にいて、極右自己責任論者をどんどん公認候補に立ててきたのが安倍首相なのだ。
「感染拡大を国のせいにしないでくださいね」と口に出していないだけで、安倍首相も考えていることはきっと同じである。
posted by 小だぬき at 19:26| 神奈川 ☁| Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月06日

「コロナ下の葬式」で遺族が苦労する5つの問題

「コロナ下の葬式」で遺族が苦労する5つの問題
葬儀社も「依頼を断らざるをえない」緊急事態
2020/04/05 東洋経済オンライン
赤城 啓昭 : 葬儀屋さんブロガー

もしも自分の家族や大切な人がコロナウイルスに倒れたら……。
あまり考えたくないことですが、決してありえない話ではありません。
今回のような緊急状況下で、家族や大切な人の葬儀を行う際、どんな問題に直面するのか。
葬儀社に勤務する立場から、国や火葬場の通達に基づいて解説します。
また記事後半では、コロナウイルスで亡くなった場合でなくても、この時期に葬儀に主催したり、参加したりする際の注意事項も併せて解説します。

遺族はどんな問題に直面するのか?

1.死後に故人と面会できない
平時に病院で家族が亡くなった場合、葬儀社が迎えに来るまで、遺体は病室か霊安室に安置されることが多いです。
しかしコロナウイルスで亡くなった場合、感染を防ぐため遺体は非透過性納体袋にすぐ収められます。
非透過性納体袋とは、遺体を収めるための巨大サイズのジップロックのようなもので、それで密封された後、棺に納められるわけです。
つまり、たとえ肉親であっても、故人に触れることはおろか死に顔を見ることさえできません。

2.葬儀を開催できない
感染リスクを考えると、通常の葬儀を行うのは困難です。
宗教儀式は後日行うにしても、まずは火葬するということになります。

3.すぐ火葬しなければいけない可能性がある
通常は亡くなってから24時間以内の火葬は認められていません。
その理由は、今と比べて死亡判定の精度が低かった時代に、故人の蘇生の可能性を考慮したからだと言われています。
しかし特定の伝染病の場合は、感染防止目的で24時間以内の火葬が認められています。
ペストやエボラ出血熱などがその対象で、現在はコロナウイルスも同じ扱いとなっているため、亡くなったその日に火葬ということもありえます。

4.火葬場と火葬する時間が制限される
とはいえ実際には、当日の火葬は難しいかもしれません。
なぜならコロナウイルスの遺体は、都市部の場合、特定の火葬場が特定の火葬時間でしか引き受けていないからです。
少し遠方の火葬場へ出向く可能性もあります。
火葬時間は、感染リスクを配慮して、16時過ぎなどの一番遅い時間しか認められていません。
立ち会う火葬場のスタッフも防護服を着ています。
火葬炉前で立ち会う遺族の人数も数名に制限されます。
前述したようにここでも最後の面会はできません。

5.依頼を引き受けてくれる葬儀社が見つからない
遺族は、この一連の業務を引き受けてくれる葬儀社を見つけるのにも苦労します。
数日前、私の職場にも、ある大きな病院で家族を亡くした遺族の方から「故人がコロナウイルスかもしれないが、葬儀を引き受けてもらえないか」と問い合わせがありました。

葬儀社が抱える複雑な事情
大きな病院は霊安室の業務を委託するため葬儀社と業務契約を行っています。
その病院も、契約している葬儀社があったはず。
にもかかわらず遺族が外部の会社に問い合わせをしたということは、契約葬儀社がこの依頼を引き受けなかったということでしょう(ちなみに検査の結果、故人は陰性だったそうです)。

葬儀社が依頼を断るのは決して恐怖や自己保身といった単純な理由からではありません。
ちゃんとした葬儀社のスタッフは衛生管理や遺体保全に関する教育を受けており、正しい知識に基づいて遺体を「適切に処置する」術を熟知しています。
葬祭業は肉体的にハードな仕事なので若いスタッフが多いです。
たとえ自分が、万一コロナウイルスに感染しても、軽症か無症状である可能性が高いことも知っています。

遺族が困っているなら多少のリスクを取っても役に立ちたいと考える葬儀社やスタッフもいるはずです。
しかし、現状のいちばんの問題は職業柄、コロナウイルスの死亡率が高いと言われている「高齢者のお客様と接する機会が多いこと」です。
先日も愛媛県で行われた葬儀で集団感染が発生したと報道されました。
葬儀を通じてさまざまな人たちと関わる人間が感染源になるわけにはいかないため、依頼を断らざるをえない状況なのです。

葬儀に参加する際の「3つの注意」
さて、ここからは故人がコロナウイルスではないが、この時期に葬儀に参加する方に向けて「3つの注意事項」を解説します。

注意1.高齢者の参列は控える
前述したように葬儀場で感染するケースがありました。
症状が悪化しやすい高齢者の方はできるだけ葬儀の参加を控えたほうがいいでしょう。

注意2.通夜料理は出さない
通夜の参列者が多い関東圏は、大皿のビュッフェ形式で料理を振る舞う習慣があります。
感染を防ぐために、通夜料理もやめておいたほうがいいでしょう。

注意3.マスクを外さない
葬儀に参列する際にマスクを外さないのは無作法と考えている方もいるようです。
平時はそうかもしれませんが、今は緊急事態です。
挨拶する際や、焼香する際にマスクを着けていても無作法にはあたりません。

まだまだ予断を許さない状況です。
大切な人を失った遺族の負担が少しでも減るよう、この騒動が少しでも早く収束することを願います。
posted by 小だぬき at 12:00| 神奈川 ☁| Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月07日

「高額ながん治療法は期待できる」と考えるのはなぜ間違いなのか

「高額ながん治療法は期待できる」と考えるのはなぜ間違いなのか
2020年04月06日 ダイヤモンドオンライン

「糖質を摂取しなければがんが小さくなる」、 「にんじんジュースには抗がん作用がある」、 「血液クレンジングはがん予防に有効」……。
インターネットにあふれているこのような話には、明確な効果が期待できません。
しかし、これらを信じてしまい、怪しい業者に大金を払ってしまったり、病院で治療を受けるのをやめてしまったりして命を危険にさらす患者さんが後を絶ちません。

国民の2人に1人が生涯のうち一度はがんになる時代になり、がんは身近な病気になりました。
しかし、がんについて学ぶ機会はほとんどありません。
仮にがんと告知され、心身共に弱り切った状態でも、怪しい治療法を避けて正しい治療法を選ぶにはどうしたらいいのでしょうか。

このような「トンデモ医療情報」の被害を抑えようと情報発信をしている3人の医師・研究者が書いたがんの解説本が、ついに発売されます。
新刊『世界中の医学研究を徹底的に比較して分かった最高のがん治療』は、発売前の3/27からアマゾンの「ガン」カテゴリで1位を取り続け、SNS上で大きな話題になっています。
医療データ分析の専門家である津川友介UCLA助教授、抗がん剤治療のパイオニアである勝俣範之日本医科大学教授、がん研究者である大須賀覚アラバマ大学バーミンガム校助教授の3人が、それぞれの専門分野の英知を詰め込んで、徹底的にわかりやすくがんを解説。
読めば必ず正しい選択ができる一冊に仕上がりました。
本書の刊行を記念して、本書の内容の一部を要約してお伝えします。

■代替療法だけを受けている患者さんの生存率は低い
****************************
標準治療
科学的根拠に基づいた観点で、すでにある治療法の中で最も有効性が高いと考えられるもの。
保険が適用される。

代替療法
一般的にクリニックなどの医療機関で自費で行われている自由診療や、健康食品、ヨガ、マッサージなどの民間療法、音楽療法、芸術療法、温泉療法、漢方薬などを総称した治療法のこと。
基本的に全額自費。
一部には、がん患者さんの生活の質を改善したり、副作用を改善したりする科学的根拠があり、漢方薬や鍼灸などは一部保険適用になっている。
しかし、がんを縮小させたり、延命効果を示したりするような直接的な治療効果は明確に証明されていない。
****************************
 これまでの記事で、がん治療においては保険が適応される標準治療を選ぶことが重要であること(第6回)や、保険が効かない代替療法を選ぶことには注意が必要であること(第7回)を解説してきました。

 では、実際に標準治療を選択せずに、代替療法を選択してしまった場合に、どのぐらいのデメリットが生じてしまうのか、実際の患者さんのデータをもとに検証した研究論文を紹介して、その危険性を解説したいと思います。
 「JNCI」という権威ある雑誌に発表された論文では、アメリカで標準治療を行わずに代替療法のみを行った患者281例を検討しています(*1)。
 標準治療を受けた患者さんと、代替療法を受けた患者さんの予後を観察すると、明らかに生存率に違いがあります(図表1)。
標準治療と代替療法の比較 図表1.jpg
治療開始から6年経過時点で標準治療を受けている患者さんのグループは75%生存しているのに対して、代替療法のみのグループでは50%の方しか生存していません。
このデータは、標準治療を行わないことは、極めて危険だということを示しています。

 代替療法ががんに効くという科学的根拠はほとんどなく、過度の期待をするべきではありません。
劇的な効果を生むものはほぼ皆無であり、これに時間やお金をかけ過ぎるのは避けたほうがいいでしょう。

 ただし、標準治療を適切に受けたうえで、ほかに何か試せるものがないかを探した結果、高額でなく、標準治療の妨げにならない範囲であれば、代替療法を少し受けても大きな問題はないと思います。
精神を落ち着かせる意味もあるでしょう。
 特に標準治療でできる処置がなくなってしまった患者さんにとっては、代替療法が最後の望みとなっていたりもします。
たとえ可能性が低くとも、何かの治療をしたいという気持ちが起こるのは当然のことです。
そのような気持ちは受け入れるべきだと思います。

■「高額な治療法ほど効果がある」と考えてはいけない
 がん治療法を選ぶ際には、家電製品を選ぶのと同じ考え方で選んではいけないという点も覚えておいてください。
 普通の人が何らかの家電製品を選ぶ場合、指標にするものがあると思います。
値段だったり、アマゾンのレビューだったり、自分なりの基準があるはずです。
しかしがん治療法に関しては、家電製品を選ぶ際の指標とは性質がまったく違います。

 がん治療法に対するよくある誤解が、高額な治療ほどいいに違いないという考えです。
これは明らかに間違っています。

 標準治療には保険が適用されるので、患者さんが払う金額は比較的安価で済みます。
逆に、保険が適用されていない代替療法は高額であることが多く、治療を受けるのに数百万円かかるものもあります。
 家電の感覚でいると、十万円の標準治療よりも、百万円の代替療法のほうが効きそうだと思えてしまいますが、これは間違いです。

 保険が適用されている標準治療は、実際、安いわけではありません。
効果のある治療法を国民に広く受けてもらいたいから、国が費用を補助しているのです。
実費で払おうと思えばかなり高い。
請求価格だけで判断してはいけません。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(6) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月08日

なぜ安倍首相は記者会見で血の通った言葉を使わないのか

なぜ安倍首相は記者会見で血の通った言葉を使わないのか
2020年04月07日 PRESIDENT Online
岡本 純子コミュニケーション・ストラテジスト

新型コロナウイルスの対応をめぐって、安倍首相が記者会見を繰り返している。
それに対して批判の声が多い。
どこに問題があるのか。
コミュニケーションストラテジストの岡本純子氏は「布マスクを付けた記者会見は大失敗だった。
まずは見た目を意識してほしい。
そのうえで血の通った言葉遣いに変えるべきだ」という??。

■アベノマスク=給食マスクで世界に嗤われてしまった安倍首相
人呼んで「アベノマスク」。
安倍晋三首相が4月1日に発表した新型コロナウイルス対策の施策「1世帯2枚の布マスク配布」が波紋を広げている。
施策の内容にも問題はあるが、筆者は「発表の仕方」に問題があったと思う。
一言でいえば、それは「官僚式」そのものだった。
血が通っておらず、大局観に欠けている。

国会ではそれで間に合うかもしれないが、「国民向け」には不適格だ。
新聞各紙は7日にも緊急事態宣言が出される見込みだと報じている。
その今こそ、首相として望ましいコミュニケーションとはどんなものなのか。

今回、リーダーシップコミュニケーションの「7カ条」を提案したい。

1.見出しが9割と心得る
今回のマスク施策は、医療機関への配布を優先させるためには理解できる面もあった。
しかし、クローズアップされたのは「布マスク2枚」ばかりだった。
一部では「メディアの切り取り」と批判する声もあったが、これは発信側の戦略ミスである。

100言おうが200言おうが、相手が受け止めるメッセージは1つか2つ。
聞き手の記憶には残るのは、最も目立ち、ニュース性のあるメッセージ、つまり「見出し」になる要素だけなのだ。
あの日の首相の発言は、誰が聞いても、「布マスク2枚」に注目してしまうだろう。

なぜ布なのか、なぜ2枚なのか、その費用に見合うのか。
そうした疑問が次々と浮かんでしまう。

コミュニケーションの肝は「自分が何を言うか」ではない。
「相手が何を聞くか」である。
情報発信のプロであれば、大局観をもって「見出し」を先読みする想像力、自分の望むメッセージを聞き手の脳裏に焼き付ける戦略が必要なのだ。
安倍首相およびそのブレーンは何をしているのだろうか。

■「……まいります」連発の安倍首相の語尾には何も宿っていない

2.納得のいく「なぜ」を提示せよ
確かに、マスク不足の中で、1枚でもありがたいという人はいるだろう。
しかし、多くは、「なぜ、今」「なぜ、布マスクなのか」と思ったはずだ。
人を説得したいと思うのであれば、「なぜ」を明確に説明しなければいけない。
なぜ、その施策が重要なのか。
意味や根拠について、十分に語る必要があるのだ。
安倍首相はそれを完全に怠った。
発言の際、布マスクの効果を科学的・経済的エビデンスをもって示していれば、印象はまったく変わったはずだ。
「足りないから」「手に入りそうだから」では聞き手が納得できない。

3.「見え方」に徹底的にこだわれ
「百聞は一見にしかず」というが、言葉と絵では、その伝わる力は全く違う。
心理学的に言えば、文字や言葉よりも画像を含む情報伝達のほうがより記憶に残りやすいという「画像優位性効果」(Picture Superiority Effect)という理論があるが、安倍首相らが得意とする「官僚式」は、この「絵を見せる」という意識が非常に低い。
スライド・図・グラフ・写真・動画などで、わかりやすく直感的に脳に突き刺さる「絵」を見せる。
前回記事で紹介したアンドリュー・クオモNY州知事の場合、スライドを巧みに切り替えたり、会見場所としてベッドの並んだ病院を選んだりと、「絵」を戦略的に活用している。

機を見るに敏な小池百合子都知事は早速、会見動画を配信する際に、図表・データのスライドを一緒に流すようにしたが、安倍首相はこの手法を好まないようだ。

「見え方」については、もう一つ。視覚効果ということでは、発信者のビジュアルイメージも徹底的に計算するべきだ。
あの会見で安倍首相は、顔に合わない極小サイズのマスクを付けていた。
ネットでは「給食マスクか」と揶揄(やゆ)する声が出るほどで、ゴムの結び目まで見えていた。
国家のトップの威信を傷つけてしまうもので、とても医学的な感染防止効果があるように見えない。
あの場面でしっかりと口元を覆うものであれば、印象もかなり違ったはずだ。
強いリーダーシップを発揮するためには、「見え方」も徹底的にこだわらなければならない。

4.語尾の無駄遣いをやめよ
筆者は企業経営者などリーダーシップ層にコミュニケーションのコーチングをしているが、先日、ある大企業のトップがこう言った。
「思い切った言葉を発することができるのは、創業経営者だ。
われわれサラリーマン経営者はなかなか言い切ることができない」 安倍首相も似ている。
首相の発言や発表は、そのまどろっこしい言い回しが実に官僚的で、それをそのまま棒読みするのも特徴だ。

「お願いしたいと思います」「行っていく考えであります」「ご協力をいただきますよう、改めてお願いします」「要請することといたしました」……。
なぜ、「お願いいたします」「行ってまいります」「ご協力ください」「要請いたします」とシンプルに言えないのか。
また、一文も長ったらしいため、明らかに読みにくそうだ。
だから、こちらも聞きにくい。

真のリーダーシップは語尾に宿る」。
これは筆者の持論だが、首相の語尾には何も宿っていない。
こうした「官僚的様式美」は丁寧さを重んじる日本的コミュニケーションの「型」なのだろう。
それは時として、責任を回避しようとする卑怯(ひきょう)な心の表れと疑われてしまう。
リーダーは言葉の無駄遣いを即刻やめなければならない。

■人間・安倍晋三(65)にコロナに立ち向かう「熱量」を感じない理由

5.鬼気迫る「すごみ」を見せよ
佐々木紀(はじめ)国土交通大臣政務官は、4月4日、ツイッターで外出自粛要請中でも高齢層が外出しがちだったなどとする他人の記事を引用し、「国は自粛要請しています。感染拡大を国のせいにしないでくださいね」と発信した。
「発信している。でも言うことを聞かない人がいる」と言いたいのだろうが、それを本気で伝える努力をしているのだろうか。
首相にしても、都知事にしても、まだまだ「鬼気迫る危機感」が伝わってこない。
全身から。
顔の表情から。
言葉以上の「気」「エネルギー」が伝わらなければ、人の心は動かない。
生死を分ける戦いにおいて、司令官は「すごみ」をまとわなければならないのである。

6.リアルな言葉で語りかけよ
最前線に立つ者だからこそ抱く危機感を、国民に肌で感じてもらうためには、リアルな声を伝えなければならない。
そのためには現場の人間に語らせるのがいちばんだ。
3月23日の都知事の会見を見ていて、筆者の思わず戦慄(せんりつ)したのは、大曲貴夫国立感染症センター長の短いコメントだった。
「8割の人は軽い。2割の人は入院。5%は集中治療室必須。
話せていた人が数時間で悪化する。
やっぱりかかっちゃいけない。ぼくは強くそう思う」

医師、患者、病院スタッフ、そういった現場の「リアルな声」は、最もシンプルで強い。
若者に届きにくいというのであれば、若い患者の声を伝えればいい。
「説明」では人は動かない。
語り掛けや対話の中で、自ら気づきを得たときに、人の行動はようやく変わる。
「私、言いましたから」では何の意味もない。
ひとごとにさせないためにあらゆる手を尽くす必要がある。

7.引き出しを分けて、ラベルを貼れ
「官僚式」のさらなる大きな特徴は、詰め込み主義だ。
話す内容に抜け漏れがあってはならぬと、あらゆる情報を羅列する。
そのため聞き手はポイントがわからなくなり、混乱する。
情報を種別ごとに引き出しにわけ、要点をラベルとして、貼っておく。

「まず、感染対策について申し上げます」「教育についてですが」「経済対策について」と整理すべきだ。
情報の取捨選択・優先順位付けをすることで、お皿にごちゃまぜ、てんこ盛り状態を回避しなければならない。

他にも挙げていけばキリはない。あの左右のプロンプターを交互に見て読み上げるスタイルもやめてほしい。
国民の目をしっかり見て、真摯(しんし)に向き合い、自分の言葉で語ってほしい。
「人間・安倍晋三」として国民に相対すれば、その気持ちは必ず伝わるはずだ。
そのためには「官僚式」を即刻やめるべきだ。

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岡本 純子(おかもと・じゅんこ)
コミュニケーション・ストラテジスト
早稲田大学政治経済学部卒、英ケンブリッジ大学大学院国際関係学修士、元・米マサチューセッツ工科大学比較メディア学客員研究員。
大学卒業後、読売新聞経済部記者、電通パブリックリレーションコンサルタントを経て、現在、株式会社グローコム代表取締役社長(http://glocomm.co.jp/)。
企業やビジネスプロフェッショナルの「コミュ力」強化を支援するスペシャリストとして、グローバルな最先端のノウハウやスキルをもとにしたリーダーシップ人材育成・研修、企業PRのコンサルティングを手がける。
1000人近い社長、企業幹部のプレゼンテーション・スピーチなどのコミュニケーションコーチングを手がけ、「オジサン」観察に励む。
その経験をもとに、「オジサン」の「コミュ力」改善や「孤独にならない生き方」探求をライフワークとしている。
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2020年04月09日

自粛補償を拒否、“ドケチ”全開の安倍首相がコロナを利用して改憲に前のめりに

緊急事態宣言で安倍首相が“ドケチファシスト”ぶり全開!
自粛補償を拒否する一方で警察動員の圧力と
          憲法改正にだけ前のめり
2020.04.08 LITERA編集部

 この男が舵取りする泥船の上に国民が乗せられている──そう痛感するだけの1時間だった。
無論、昨夜におこなわれた、緊急事態宣言を発令したことを受けての安倍首相の記者会見のことだ。

 まず、安倍首相は「医療現場はまさに危機的な状況」「もはや時間の猶予はない」「(感染拡大の)事態は切迫」などと危機を訴えたが、医療体制の整備を急げというのは1月の段階から野党が口を酸っぱくして言いつづけてきた話。
安倍首相が例として挙げた東京都の感染拡大にしても、東京五輪の予定通りの開催にこだわってきたせいで、検査が抑えられ、そのために感染が広がったのではないかという見方もある。

実際、2カ月以上ものあいだ検査体制・医療体制の整備は進んでおらず、いずれにしても、ここまでの状況に追い込んだのは安倍首相の後手後手対応にあるというのに、そうした自分の不手際には一切言及せず、安倍首相はこんな話をはじめたのだ。

「医療現場のため自分たちができる支援をしたいとクラウドファンディングを始めたみなさんがいます」 「看護協会は5万人を超える現在現場を離れている看護師のみなさんに協力を呼びかけています」
 医療現場のためのクラウドファンディングや離職している看護師の協力要請って、それ全部、安倍首相がやるべき仕事で、やらないから国民がやっているだけではないか。

しかし、安倍首相はこうした取り組みを「これこそが希望であります」などと褒め称え、自分がやるべきことを“美しい国民の姿”として称揚することで責任転嫁してみせたのである。
 この期に及んで美談やポエムで自分の失策を覆い隠す──。

いつものこととはいえ反吐が出るが、問題なのは、事ここに至っても、安倍政権が「ドケチ政権」であると同時に、 “国民の生活と命を本気で守る気などさらさらない”ということを露呈させたことだ。

 安倍首相は「日本経済がいままさに戦後最大の危機に直面している。
そう言っても過言ではありません。
その強い危機感のもとに、雇用と生活は断じて守り抜いていく」と言うと、「そのために、GDPの2割に当たる事業規模108兆円、世界的にも最大級の経済対策を実施することといたしました」と宣言した。

「世界的にも最大級の経済対策」と言われると「安倍さん太っ腹!」と思った国民も多いかもしれないが、これは完全に“詐欺”だ。
というのも、この「108兆円」には通常、事業規模には含まれないとされる納税や社会保険料の支払い猶予分の26兆円だの、新型コロナとはまったく関係なく昨年末に策定した経済対策分だのも含めたものだからだ。

現に、新型コロナ対策として国が直接財政支出する、いわゆる“真水”は108兆円のうち39.5兆円。
そのなかで現金給付に使われるのは6兆円にすぎないといわれている。
「自粛と補償はセット」という怒りの声はあがりつづけているのに、それに耳を貸さない安倍首相。
実際、昨夜の会見でも、質疑応答で東京・中日新聞の記者が休業要請にともなう補償や損失補填について質問をおこなったのだが、安倍首相は事も無げにこう言い放った。

「ある特定の業界に(休業を)お願いしてもですね、損失はその業界にとどまるものではありません。
そこと、さまざまな取引をしているみなさんにも大きな影響が出ていくということを鑑みればですね、個別に補償していくということではなくて、困難な状況にあるみなさんに現金給付をおこないたいと考えています」  

 じつは、安倍首相は昨日おこなわれた衆院議院運営委員会でも「飲食店そのものだけではなく、そこに納入している人たちも当然大きな影響を受けていく。
ですから自粛要請している人に限って全額を補償するというのは現実的ではない」
「バランスを欠くものになる」と答弁。
ようするに、休業要請した店や施設にだけ補償すると、取引する納入業者などとバランスが取れなくなる、不公平が出る、だから補償はしない、と言うのである。

警察による職務質問の強化や営業店舗への立ち入り要請の可能性を認めた安倍首相
 普通に考えて、緊急事態宣言にともなう休業要請によって店や施設が廃業に追い込まれたら、納入業者も大きな被害を受け、廃業の連鎖という最悪の事態も起こりかねない。
そもそも、「バランスが」などと言うのなら、そこは納入業者も補償しようという話になるべきなのに、安倍首相は取引先の問題を“やらない言い訳”に使い、「現実的ではない」などと言うのである。

 こんな状態では、緊急事態で休業しろと大合唱が起こっても、背に腹は変えられず、営業をつづけざるを得ないと判断するところが出てくるのは当然だ。
もし、本気で安倍首相が「感染拡大を止めなければ」と考えるのであれば、多くの人に行き渡る休業補償をおこなうべきなのだ。

 だが、緊急事態宣言を発令しながら、それを拒否する安倍首相。
いや、それどころか、安倍首相は昨夜の会見で、とんでもないことまで言い出したのだ。
 それは、記者からの質疑応答の際、フリージャーナリストの江川紹子氏がおこなった質問の答えだ。
会見に入れなかったジャーナリストの神保哲生氏が江川氏に託した質問だったようだが、江川氏は「(外出自粛の)引き締めのために警察に要請して職務質問などを活発化させるなどはあり得るのか。
千葉市長は“警察に対してナイトクラブへの一斉立ち入りなどの取り締まり強化を要請しています”とTwitterに書いているが、こういうかたちで警察に要請する、取り締まりをするというようなことはあり得るか」と質問。

すると、安倍首相はこう答えたのだ。
「取り締まりの対象には、罰則ありませんから、取り締まりの対象ということでは、警察が取り締まることはありません。
ただ、ご協力は要請させていただくということはあるかもしれません」
 つまり、「取り締まりの対象ではない」と言いながらも、警察による職務質問の強化や営業店舗への立ち入りなどを要請する可能性があることを、安倍首相が認めたのだ。

この回答から考えれば、たとえば「生活補償しろ!」と国会前などで抗議が起こった際でも、警察が外出自粛を盾にして取り締まりを強化することも十分にあり得る。
緊急事態宣言をきっかけに、国民の行動を取り締まった戦前の特高警察のような動きも出てくるのではないか。

国民を守る気のない安倍が「緊急時に国民を守るため憲法の位置付けは大切だ」
 想像しただけで背筋が凍るが、安倍首相は今回の緊急事態宣言を新型コロナ以外に利用しようと考えていることはミエミエ。
実際、昨日の衆院議院運営委員会では、緊急事態条項の創設を含む憲法改正について、こう答弁したからだ。

「自民党が示した改憲4項目のなかにも緊急事態対応が含まれており、大地震等の緊急時において国民の安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たし、国難を乗り越えていくべきか、そのことを憲法にどのように位置づけるかについては、極めて重く大切な課題だ」
「新型コロナウイルス感染症への対応も踏まえつつ、国会の憲法審査会の場において、与野党の枠を超えた活発な議論が展開されることを期待したい」

 新型コロナ対策がこんな有様なのに改憲議論を活発化しようって、「そんなこと言っている場合か」とツッコまざるを得ないが、安倍首相はきっと本気だ。
というのも、コロナ禍のなか、世間では「自粛要請ではなく海外のようにもっと強い制限をかけられるようにすべき」といった声も出ている。
それを利用して憲法改正を進めよう、そう安倍首相が目論んでいるのは間違いない。

 医療体制の整備や検査の拡充を怠り、国民への生活支援を出し渋る一方で、警察を動員した私権制限や憲法改正には積極的に踏み込もうとする安倍首相。

その上、昨夜の会見の質疑応答の最後、イタリア人の記者から「(対策に)失敗したらどう責任をとるのか」と問われると、安倍首相は平然と「最悪の事態になった場合、私は責任をとればいいというものではありません」などと言ってのけた。
舵取りを失敗しても責任はとらないと逃げを打ち、新型コロナに乗じて改憲を果たそうとする──。

この男がハンドルを握るこの国は、これから、ほんとうにどうなってしまうのだろうか。
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お菓子も立派な非常食。防災のプロが教える最新「食の備蓄」

お菓子も立派な非常食。
防災のプロが教える最新「食の備蓄」
2020/04/05 扶桑社

いざというときのために、防災食や備蓄は常にチェックしておきたいもの。
また、外出自粛モードになっている現在も、とても役立ちます。

最新の防災事情では、毎日の持ち物を見直すことが大切とわかってきました。
今回は「食の備え」について、危機管理アドバイザーの国崎信江さんに教えてもらいました。

お菓子も十分な備蓄になります
いつも食べているものを非常食に!
「防災用に特別な食品を用意するのではなく、普段食べているものを利用すれば問題ありません。
備蓄の目安は1週間から10日分

乾パンなどの非常食だけで備蓄するのは大変ですが、いつも食べているものを少し多めに買って、消費しながら備蓄していく方法ならムダも出ません」と国崎さん。

食べ慣れたものを災害時にも食べられるように備えておくことが大事なんです。

<食の備蓄(1)そのまま食べられるもの>
フルーツ、肉・魚加工品、缶づめ、チーズ
火や水を使わなくてもそのまま食べられるものは、災害時に重宝します。
食べる順番を考えて賞味期限が近いものから消費。
缶づめと缶切りをセットで用意しておくことも忘れずに。

<食の備蓄(2) お湯を注いだり、ゆでて食べるもの>
カップ麺、レトルト食品、パスタ乾麺 カップ麺はうどんやそばなども取り入れると、バラエティーがあって食べる楽しみになります。
レトルト食品はひじき煮、キンピラゴボウ、サバのみそ煮など総菜系もストックを。

<食の備蓄(3) 水以外の飲み物>
ジュース、コーヒー ミネラルウォーターだけにこだわらず、家族の好きな飲み物も備えるようにしましょう。
野菜ジュースは野菜不足がカバーでき、カップつきの飲み物はカップがあとで役に立ちます。

<食の備蓄(4) お菓子>
クッキー、チョコ、せんべい
糖分があるお菓子はエネルギー補給にもなります。
被災して食欲がないときや気持ちが不安定なとき、甘いものを食べることで元気がでることも。
個包装のものが重宝します

<食の備蓄(5) 携帯できるもの>
ドライフルーツ、ナッツ類
避難所に移動する際に持ち出せるものや歩きながら食べられるものがやはり便利。
ドライフルーツ、ナッツ、チーズ、バランス栄養食品など栄養価の高いものを備えておくのがおすすめです。

災害時にあると便利なお助けアイテム

●キッチングッズはコンロ、深めの鍋、ハサミなど
カセットコンロとガスボンベがあれば、電気やガスが止まっても温かいものがたべられます。
深めの鍋はレトルト食品の湯せんなどいろいろ使えて便利。
キッチンバサミは、まな板なしで食材がカットできます。

●ラップで食器を汚さない
被災時の調理はできるだけ水を使わないようにするのがポイント。
食器にラップをかぶせて使用すれば、食器を洗わずにすみます。
箸やスプーンも1回ずつ洗わずに、ウエットティッシュでふいて水を節約!

ESSE5月号では、このほかにも災害に備えるための「衣の備え」「住の備え」、そして「切り取って使える防災マニュアル」を特集しています。
ぜひ、チェックしてみてください。

< 取材・文/ESSE編集部>
【監修/国崎信江さん】
危機管理アドバイザー、危機管理教育研究所代表。
自然災害や防犯について研究し、国や自治体などの防災・防犯対策に携わる
posted by 小だぬき at 14:00| 神奈川 | Comment(2) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月10日

血液クレンジングはなぜはやったのか?悪質な「ニセ医学」が蔓延する理由

血液クレンジングはなぜはやったのか?
悪質な「ニセ医学」が蔓延する理由
2020.4.9 沼澤典史:清談社

血液クレンジング、肛門日光浴など最近は信じられないような健康法にハマる有名人やインフルエンサーが多い。
少し考えればインチキだと分かるような医学になぜ人はハマるのか。
理由と見極め法を『“意識高い系”がハマる「ニセ医学」が危ない!』(育鵬社)の著者で五本木クリニック院長の桑満おさむ氏に聞いた。(清談社 沼澤典史)

意識高い系、ヒステリックな自然派が ハマるニセ医学とトンデモ療法
 空前の健康ブームの昨今、にわかには信じられない医療法、健康法がちまたにははびこっている。
最近、話題になったのは「血液クレンジング」。
ドロドロの血液を体外に取り出し、オゾンで洗浄することでサラサラの血液にするという触れ込みだ。
また、肛門を日光に当てることでビタミンDを吸収しやすくするなどといわれ、インスタグラムでバズった「肛門日光浴」も記憶に新しい。

 こんな怪しい療法について、五本木クリニックの桑満おさむ院長(ブログはこちら)はまず「医師が介入しているものが、より危険である」と話す。
私の個人的な定義ですが、中学理科レベルで変だと感じるものはトンデモ療法。
一方で、もっともらしく医療従事者が唱えて、下手をすれば被害者が出るかもしれないものはニセ医学と定義しています。

肛門日光浴なんかはトンデモ医療で、血液クレンジングはニセ医学。
医師による権威付けがされている分、ニセ医学のほうが悪質です」

 さらに、桑満氏はニセ医学、トンデモ療法にハマってしまう人の特徴をこう分析する。
「ハマってしまう人はいわゆる“意識高い系”が多い印象です。
“意識高い系”は、能力はないのに自己評価が高く、理由なき優越感を持ってしまう『ダニング=クルーガー効果』のバイアスが働いている可能性が高い。
マウンティングを取ろうと、マイナーで真偽不明な医療法を周りに喧伝するのです

 またそのような意識の高い人は、往々にして「ヒステリックな自然派」になってしまうケースも。
これは「ワクチンを打たない」「合成添加物を毛嫌いする」など、天然由来に固執する考えである。
「ヒステリックな自然派は、特に『母親』が多いです。
できるだけ子どもを健康に育てたいという思いから、怪しい医療にハマってしまうのでしょう。
また、ママ友同士でも『こんなの子どもに食べさせてるの?』というマウンティングで間違った情報が拡散されていきます。

本来は、行政などが配布する『はじめての出産』のようなリーフレットの情報で十分なのです」

検証をくぐり抜けた治療よりも 素人ライターの記事を信じるのか
 医療において、現在利用できる最良の治療であることが示され、一般的な患者に推奨される治療のことを「標準治療」という。
これを否定したり、もしくは標準医療に追加して、怪しげな治療法をしたがる患者や医師も、ニセ医学蔓延の原因であるという。
「『標準』という言葉から、まだプレミアムの治療があるのではないかと思う人がいます。
そういう人はネットの素人ライターが書いた根拠のない治療を信じてしまう。
また、医師が標準治療に加えてニセ医学を施すケースもあります。
しかも、悪意ではなく善意で行っている医師もいるので、ニセ医学は厄介なのです」

 そのような医師に「エビデンスがあるんです」と言われれば、我々は簡単に信じてしまいそうだ。
しかし、桑満氏は「エビデンスが軽んじられ過ぎている」と話す。
「エビデンスは試験管レベルから始まり、動物実験、人体への治験を繰り返して確保できます。

『医学論文になっている』と権威付けする場面を見ますが、論文は探せばいくらでもあり、同様にそれを否定する論文も必ずあります。
標準治療は論文レベルではなく、エビデンスにエビデンスを重ねた、いわば“エリート治療”。
これに追加してなにか行うのはムダ、もしくは逆効果になる場合もあります。

『それでもアナタは“エリート”ではなく、雑多な治療を選びますか?』ということです」
 専門知識とまではいかなくても、どの段階までエビデンスが確保されているのか、しっかり理解しておくべきだろう。

マスクは予防にならない 「除菌」もまったく効果なし
 また、現在は医学的常識のようになっていることにも嘘があるという。
現在、新型コロナウイルスの脅威にさらされ、マスク不足が叫ばれている。
しかし、マスクによる予防効果は無に等しいのだ。

感染している人が拡散させないようにするのには効果的ですが、健康体の人が予防のためにする必要はまったくありません。
不安なのは分かりますが、それよりも手洗いの徹底。
また、スマホの画面も汚染されているのでこまめに吹くことを心がけましょう。
ちなみに『消毒』『滅菌』は医学用語ですが、『除菌』はグッズ業界の造語なのでまったく効果はありません。
こうしたもっともらしいワードにも注意が必要です」

 怪しいワードはほかにもあり、ニセ医学やトンデモ医療を見極めるフィルターになる。
「『自宅で簡単』『○○食べて○○治す』『免疫力アップ』などと書いていたら怪しいです。

『○○食べてがんは治る』も嘘です。
がんを予防できる食材はあるかもしれませんが、治す食材はありません。
また、『○%の医師が推薦』といううたい文句も、どこでどんな医師にアンケートしたのか公表されてない場合が多い。
そのような文句やグラフを見たら注意しましょう」 「うまい話には裏がある」ということ。
また、こうした医療に対する情報リテラシーをはぐくむことも必要だ。

そのためにも桑満氏はSNSの活用をすすめる。
「Twitterで実名、匿名で医師が発信しています。
匿名でもどこの病院の医者かを僕らは知っており、医師同士でも失言や間違ったことを発信していないか、フォローし合ってお互いに監視しています。
誰が誰をフォローしているのかをチェックすると、おのずと信頼できる医師が分かってきます。
そうした一手間をかけ、信頼できる情報を発信している医師を見つけると余計な情報に惑わされにくくなります」

 有象無象の情報をうのみにせず、少しでも疑問があったら注意してかかる。
そして、標準治療に準ずる、というのが最善で最良の方法なのだろう。
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2020年04月11日

いったい何だったのか「緊急事態宣言」 対策失敗でも責任取るつもりない安倍首相

いったい何だったのか「緊急事態宣言」
 対策失敗でも責任取るつもりない安倍首相
4/10(金) 47NEWS

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、安倍晋三首相が7日に発令した緊急事態宣言。
本来なら大きな局面転換のはずである。
だが、結果として宣言の発令後も多くの人々が出勤などのために外出し、多くの店も営業を続けざるを得ない状況になっている。
それどころか、宣言から3日を経た現在も、休業補償を要請する店舗や施設などの範囲すら分からない。
「決められない政治」も極まれりである。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

▽国民の痛み和らげる「補償」を否定
 緊急事態宣言とは一体何だったのか。
そんな疑問がわいてくる。
 感染拡大の防止に向け、本気で国民の行動変容が必要だと首相がいうなら、まず「十分な補償によって国民の生活を守りきる」ことをしっかりと示した上で、外出自粛や休業を要請しなければならなかった。
ところが首相のしたことは、逆に国会質疑や記者会見で「補償を行わない」方針を明確に伝えることだった。

 これで国民の行動変容を促せるわけがない。
それどころか、このままでは感染拡大を抑えられないまま、いらだつ首相がさらなる強制力を求めて憲法改正など「不要不急」の政治案件に傾き、コロナ対策がさらに置き去りにされる、という最悪の展開になりかねない。

 今回の緊急事態宣言は、憲法改正のテーマに挙げられる「緊急事態条項」とは全く異なり、現行の日本国憲法による制約を受けている。
その発令は、首相が国民に一方的に何かを求めるだけのものであってはならない。
宣言発令の最大の意義は、感染拡大を食い止めるため「全ての責任を持つ」と、首相が国民に誓うことだ。

 痛みを伴う協力を国民に求めなければならない。
しかし、その痛みを可能な限り和らげる責任は、自らが引き受ける。
首相はそのことを誠心誠意、全身全霊をかけて国民に訴えなければならなかった。

 痛みを和らげるために最低限必要なのが「補償」である。
補償によって将来への安心感が得られれば、さまざまな私権制限に対する国民の協力が得やすくなり、感染拡大の防止につながるはずだ。
 ところが、安倍首相は宣言発令に先立つ7日の衆参の議院運営委員会の質疑で、「民間事業者や個人の個別の損失を直接補償することは現実的ではない」と答弁した。
むしろ「補償を行わない」メッセージを強く打ち出してしまったのだ。

▽「感染症対策」=「経済対策」なのか?
 与野党問わず多くの質問者が補償について尋ねたが、答弁は毎回、見事に同じ表現。
官僚の答弁書をただ読んでいるだけだった。
補償が難しいなら難しいなりに、多少なりとも苦渋をにじませる表現や表情の一つもあればまだ良かったのだが、全く無機質な答弁が、壊れたテープレコーダーのように繰り返された。

 ここで問題にしたいのは、補償を否定したこと自体ではない。
その「理由」である。
答弁で首相はこう言っていた。  
「直接の自粛要請の対象となっていない分野においても、売り上げや発注の減によって甚大な影響が生じていることも勘案すると、政府としてさまざまな事業活動のなかで発生する民間事業者や個人の方々の個別の損失を直接補償することは現実的でない」

 この答弁からうかがえるのは、首相は「休業補償」を「経済への悪影響を防ぐための対策」と考えており、「感染症対策」として見ていない、ということだ。
 「経済対策」と「感染症対策」は明確に違う。
東京電力福島第1原発事故で「原子力緊急事態宣言」を発令した経験を持つ菅直人元首相が、8日のブログでその点を指摘している。
以下に引用したい。  
「例えば夜、国民が盛り場で酒を飲むことをやめさせるためには、国民に『店に行かないように』と訴えるより、店自身に一時休業してもらう方がより確実です。
こうした店に、休業に伴う減収分の補償をしっかりと約束した上で休業を要請すれば、店側も安心して従うはずです。
 総理は7日の国会質疑で『民間事業者や個人の方々の個別の損失を直接補償することは現実的ではない』と繰り返し答弁しました。
理由は、経済的な影響は休業を直接要請する店だけでなく、そこに材料を卸している業者にも及ぶため、店だけを休業補償することはできない、ということのようです。
 しかし、実際に人と人が接触する場所はお店です。
お店に休業してもらえば、人と人の接触は確実に減り、感染を減らすことができるはずです。
補償はそのために行うべきなのです」

▽居酒屋に休業要請と補償が必要な理由
 首相は感染拡大の防止に向け「人と人との接触を8割削減する」必要があることを訴えた。
そんなことを国民の努力だけに求めても無理だ。
まず国として「人と人とが接触する場をできるだけ作らせない」ことに全力を挙げなければならない。
例えば国民に「飲み会を避けてほしい」のなら、国民に「飲み会はやめて」と言うだけでなく、国として「飲み会を行う場所をふさぐ」ために、居酒屋に一時休業を求めるべきなのだ。

 もしそうなれば、それは居酒屋に対する大きな私権制限である。
居酒屋の経営は壊滅的な打撃を受ける。
だから、首相は十分に言葉を尽くして居酒屋側に休業への協力を求めつつ、同時に十分な補償を約束し、居酒屋が自発的に休業に協力しやすい状況をつくることが肝要なのだ。
休業を求める期間をできる限り短くし、その間に感染拡大を抑止できるよう最大限の力を尽くすことは言うまでもない。

 居酒屋への休業補償が「経済対策」ではなく「感染症対策」であること、すなわち「人と人との接触の場をふさぎ、感染拡大を防ぐ」という目的を達成するために補償が必要なのだ、ということを明確に理解していれば、「(居酒屋の)関連業界に補償しないこととの不公平さ」を気にした答弁は出てこないだろう。

 もちろん、苦境に立つ関連業界を救うための経済対策は、別途行うべきだ。
しかし、あの首相答弁は、政権が施策の目的とその優先順位を理解できていないことを露呈したという点で、大きな不安を抱かせるものだった。

 この問題に限らないが、首相は結局、今回のコロナ問題を経済問題としか考えていない気がしてならない。
発想の起点がいちいち「国民の生命と健康を守る」ことではなく「景気の悪化を防ぐ」ことにあるのだ。
 だから、事業規模108兆円の緊急経済対策にコロナ収束後の観光やイベントのキャンペーン費用が盛り込まれ、その総額が国民への現金給付の規模より大きかったり、「お魚券」「お肉券」などの消費喚起策が取り沙汰されたりする。

 そう言えば、西村康稔経済再生担当相は8日、緊急事態宣言の対象7都府県知事とのテレビ会議で「休業要請の2週間程度見送り」を打診したとの報道も流れた。
この件については菅義偉官房長官が9日の記者会見で「そうした事実は承知していない」と否定したが、こうした報道が流れること自体、政権がコロナ対策を「景気対策」と考えていることの証左と言えるし、政府の発信の混乱は「政権の意思決定過程がどうなっているのか」という別の不安を抱かせる。

ただでさえ不安な多くの業者を、さらに混乱に陥れている。
 こんなことで、首相がうたう「2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせる」ことが、本当にできるのか。極めて心許ない。

▽この有事に、憲法改正の活発な議論?
 今懸念しているのは、こうした政権の対応のまずさによって、結果として感染拡大を防げなかった時、首相がどういう態度に出るかである。
 安倍政権がコロナ問題でこんなにも腰の引けた対応しかできないのであれば、おそらく2週間で感染拡大を食い止めるのは難しいだろう。
政治決断によってこれだけ国民に多くの負担を強いておいて、感染拡大防止に失敗したのであれば、当然政治責任を負うべきはずである。
だが、安倍首相は7日の記者会見で「私が責任を取ればいいというものではない」と言い放った。

 この発言だけでも衝撃的だったが、筆者が危機感を抱くのはその後である。
首相が自らの政治責任を取ることなく、その座に居座った後に「緊急事態宣言には罰則規定がないから国民の外出を止められなかった」などと言って、自分たちの無策による結果を法律に転嫁し、それを改憲によるさらなる「強権」獲得への理由付けにしかねない、ということだ。
 その兆候はすでにある。
記者会見に先立つ衆院議院運営委員会。安倍首相は、憲法改正による緊急事態条項の導入について質問した日本維新の会の遠藤敬氏に対し「新型コロナウイルス感染症への対応も踏まえつつ、国会の憲法審査会の場で、与野党の枠を超えた活発な議論を期待したい」と答えたのだ。
 少なくともこうしたことは、感染拡大を防ぐために「もうこれ以上の手はない」と自他ともに認めるだけのあらゆる手立てを尽くすまで、どんなことがあっても決して口にすべきではない。

そもそも憲法改正といった大きなテーマの議論は、最低でも「平時」に行うべきことだ。
自ら緊急事態宣言を出しているような「有事」の今、どさくさに紛れて議論すべきことでは決してない。

 今は新型コロナウイルスの感染拡大防止に全力を注ぐべき時だ。緊急事態宣言を含め、現行法で政権が現在手にしている「道具」を十分に使い切って、あらゆる対策を行うべき時だ。
それをしないうちに「道具が悪い」としてさらに強力な「武器」を求めるのは、単に政権の能力不足を棚に上げているだけだ。
そのことを強く自覚してほしい。
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2020年04月12日

日本に「未曾有の事態」を乗り越える力はあるか

日本に「未曾有の事態」を乗り越える力はあるか
東日本大震災で学んだことを未来につなげる
2020/04/11 東洋経済オンライン
井上 岳一 :
日本総合研究所創発戦略センターシニアスペシャリスト

9年前、東日本大震災の発災から1カ月程が過ぎた頃にボランティアで宮城県石巻の被災地を訪れた。
何もかもが破壊され、ぐしゃぐしゃになった被災地の様子を見て、津波の破壊力の凄まじさを知った。
あれから9年。
いま、被災地を訪れると、その変わりように驚く。
津波に押し流されたかつての漁師町は区画整理された更地となり、見渡せたはずの海は防潮堤に遮られている。
もとの東北とは違う風景がそこにはある。

あの震災で何を学んだのか
風景を変えてしまうほどの巨大な防潮堤を建設することの是非は、震災直後から議論になっていた。
しかし、津波の悲惨さを経験した人々は、少しでも安心できる道を選んだ。
いや、どこまで選んだという実感を1人ひとりが持てていたのかはわからない。
どこか自分のあずかり知らないところで、あずかり知らない力によって決まっていったのだと言う人もいるし、あの時はそれが正しいと思えたのだ、と言う人もいる。

確かに言えることは、あの状況の中、住民の総意を束ねることなどできようがなかったし、冷静な判断を下すことも不可能であったということだ。
だから防潮堤の是非を今更とやかく言うつもりはない。
ただ、海を見えなくさせている防潮堤の存在を見るたびに思うのは、私たちはあの震災で何を学んだのだろう、ということだ。

20世紀のテクノロジーは、人間や自然の限界を克服し、あるいは自然の脅威から人を守るために使われてきた。
1972年に田中角栄が発表した『日本列島改造論』の、「改造」という言葉には、山を削り、海を埋め立て、コンクリートで塗り固めることで、この列島を好きなように作り変えることができるのだという強い自信なり自負なりを感じる。
国土は変えられる。
国土の限界を我々は克服することができる。
そう私達は信じて、この列島の山野河海にコンクリートを注ぎ込み続けてきたのである。

だが、東日本大震災によって、私達の自信は脆くも崩れ落ちた。
どれだけ「改造」を施したところで、私達は自然の脅威から自由になることなどできないのだということを思い知った。
地震、噴火、津波、台風、洪水、山地崩壊。
これら全てを人為で、技術の力で防ぐことは現実的には不可能だ。
資源が少ない国土の制約を乗り越えるための切り札とされてきた原子力についても、それを使いこなすだけの技術も知識も持っていないことが露呈してしまった。

私達は東日本大震災から多くを学んだはずだ。
しかし、巨大な防潮堤は、この列島を改造し直し、技術の力で再武装すれば、自然の脅威から身を守れるのだと主張しているように見える。
もしそうだとすれば、私達はあの大震災から一体何を学んだのだろう。
私は最初のボランティアから毎月のように東北の被災地に通い続けている。
通い続ける中で気づいたことがある。
東北地方に存する自然の圧倒的な豊かさだ。
時に牙を剝くにしても、人を生かすに足る圧倒的な自然の豊かさがそこにはある。

自然のポテンシャルに満ちた国
人間の活動にとって制約であり、克服すべき対象として見られてきた自然とは別の、豊穣で恵みに満ちた側面を東北の自然に垣間見るにつけ、何とこの地は豊かなのだろうと思う。
東北に通い続ける中で、東北の自然のそういう側面に魅せられるようになっていったが、果たして震災が起きる前、そのことをどれだけ認識していたのだろう。
あの震災によって発見し、認識し直したのは、この列島の自然が持つ破壊力の凄まじさと共に、生きとし生けるものの生命を支えるポテンシャルの高さ、生命にとっての生きる場としての豊穣さだった。

いかに災害と隣り合わせの危険な国に住んでいるのかということを思い知らされたのと同時に、いかに自然のポテンシャルに満ちた国であるのかということを再認識させられ、私は、そのことにこの国に生きることの希望を感じるようになったのである。
以来、日本の各地を巡りながら考え続けてきたことを、先般、『日本列島回復論――この国で生き続けるために』にまとめた。
その中に、9年前に東北で見たある光景の描写がある。
私は、その光景を見た時に感じた希望、この国の可能性を多くの人と共有したいと思った。
以下、該当部分をここに引用させて頂く。
* *
東日本大震災から1カ月ほどが過ぎた4月の終わり頃、ボランティアとして宮城県石巻市を訪ねました。
南三陸町との境にほど近い石巻市郡部の海岸沿いは、津波に流され通れなくなっていた道路を、自衛隊が何とか通したというところでした。
このため、リアス式海岸沿いの、湾ごとに点在する小さな集落は、それまで支援の手が届かない孤立集落となっていたのです。

現地で緊急支援にあたっていたボランティア団体から、手が回っていないので、そこに支援物資を届けてほしいと言われて、そのうちの一つの集落を訪ねたのですが、実際に行ってみて驚いたのは、そこの集落では、漁師のお父さん達が中心になって、皆で助け合いながら、和気藹々と生活していたことでした。

停電はしていましたが、漁船に積んでいた発電機を利用して電気は使えていましたし、ガスはもともとプロパンの地域ですから、コンロとボンベを直結して、問題なく使えていました。
裏は杉山ですから、いざとなれば薪はいくらでもあり、煮炊きにはまったく困らない状態です。
また、被災地で一番困るのがトイレと水ですが、山と海に囲まれた場所ですから、自然のトイレで用が足りてしまうし、水も、震災後に裏山の沢から引いて作ったお手製の簡易水道で使い放題。
おまけに、瓦礫の中から拾ってきたという風呂桶に簡易な小屋をかけ、脱衣場を備えた共同浴場まで手づくりしていました。

その直前までいた石巻の市街地では、たくさんのボランティアが入って、支援物資も潤沢でしたが、電気もガスも水道も使えず、多くの人が不便な避難所生活を強いられていました。
処理しきれない汚物やゴミを詰めたビニール袋が溢れ、津波が運んできたヘドロの臭いと相まって、衛生状態はかなり劣悪でした。

孤立集落で目撃した共同体の力
しかし、郡部の孤立集落では、ボランティアもおらず、支援物資もないけれど、住民たちは、毎日お風呂に入ることができ、ゴミや汚物とも無縁な、清潔で快適な生活を送ることができていたのです。
もちろん、完全に孤立し、支援物資も届かなかった間は、それなりに大変だったようですが、その時も、流されなかった家に残った食べ物を持ち寄って、皆で均等に分け合って何とかしのいだそうです。
この孤立集落と出会った時の衝撃はいまだに忘れられません。

そこで目撃したものは、何よりも共同体の力でした。
昔からそこに住んできた人達ゆえの結束力の強さと助け合いの力の凄さ、それが第一に感じたことでした。
まるで集落全体が一つの家族と化しているようで、“つながり”とか“コミュニティ”と言った都会的な言葉では言い表せない、“共同体の絆”とでも呼ぶしかないものが、そこにはありました。

私は学生時代から山村調査で各地の村に入り、村落共同体のことを研究していましたし、紀伊半島の小さな集落に一年半にわたって住んだ経験もあるので、共同体の世界はわかっているつもりでした。
しかし、非常事態に直面した時に共同体が発揮する力は想像以上でした。
同じ石巻市でも、市街地にはこのような強固な共同体はありません。
普段から海と山に囲まれた狭い湾の中で肩を寄せ合うようにして暮らしてきた人達ならではの結束力なのでしょう。

このような共同体の力に加えて印象的だったのが、自然の力、特に森の力でした。
森には木と水と土があります。
木があれば、薪で暖をとったり煮炊きをしたりできるし、小屋もかけられます。
水は命の源であるだけでなく、炊事洗濯洗浄に使えるので、健康で清潔で文化的な暮らしをもたらしてくれます。
そして土は、生ゴミや糞尿を土に戻してくれるため、悪臭やゴミとは無縁の生活をかなえてくれます。

市街地の避難所がどこもゴミの山となって、悪臭が漂っていたことを考えると、このゴミや糞尿を受け止め分解してしまう土の力は、人間にとって、本当にかけがえのないものだと心の底から思いました。
それだけではありません。
木と水と土からなる森には、春には山菜が芽吹き、秋にはキノコや木の実が実り、野生鳥獣たちが1年を通じて暮らすのです。これらもまた森の恵みです。
恵み豊かな森さえあれば、私たちは、とりあえず食べていける。
そう考えると、森はいざという時に頼れるセーフティネットと言えるでしょう。

三陸海岸のように、森と海が隣接していれば、なお言うことはありません。
山の幸だけでなく、魚介や海藻などの海の幸に恵まれるからです。
豊かな森と豊かな海があれば、人は狩猟・採集・漁撈で十分に生きていけます。
実際、原日本人とも言える縄文人は、山野河海の恵みだけで1万年以上もの長きにわたって高度な文明を築いて暮らしていくことができたのです。

日本列島を豊かにする「山水の恵み」
日本列島に豊かに存する山野河海の恵み。
それをここでは「山水の恵み」と呼ぶことにします。
東北地方、とりわけ世界でも屈指の漁場に面した三陸沿岸は、この山水の恵みにあふれた日本列島の中でも、特に恵まれた場としてあり続けたところです。

山水の恵みは、ただし、それを生かす技術を人の側に要請します。
「Into the Wild」という映画があります(ショーン・ペン監督、2007公開)。
人間嫌いの青年が、人間の穢れのない正常な場所での暮らしをしようとアラスカの大地を目指す物語ですが、この青年は、狩猟採集の技術が乏しかったため、動植物に恵まれたアラスカの大地で、なんと最後は餓死してしまうのです(実話です)。
鳥獣を射止め、さばき、腐らせたり虫がわいたりしないように干し肉や燻製にする技術、食べられる植物かどうかを見分ける技術、怪我や病気に対処するための薬草の知識等々、山水の恵みを生かすには、山水に対する知識と技術が必要です。
そういう知識と技術がない人には山水は厳しい存在になりますが、逆に、知識と技術さえあれば、山水は恵みに満ちた存在となります。

孤立集落で出会った漁師達は、山水の恵みを生かす力を持った人達でした。
「山水の恵みを生かす力」とは、例えば、沢の水を引いてきて水道を作ったり、ありあわせの材料で小屋や共同浴場を作ったりと言った、そこにあるものや自然の素材を使って、当面、生きていくのに必要なものを生み出してしまえる力のことです。 それはきちんとした設計図や材料がなくとも、見よう見真似で何とかしてしまえる手業と、試行錯誤しながら新しいものを生み出し、生きられる世界をつくることのできる知恵とから成ります。
その手業と知恵は、山水と共に生きる中で自然と身につけてきたものです。

三陸の孤立集落には、共同体の力に加え、豊かな山水の恵みとそれを生かす力がありました。
それらが組み合わさることによって、お金のあるなしに関係なく、人が生きられる世界がつくり上げられていました。
津波の被害に加え、道路が通れなくなって孤立するという非常事態にあっても、誰も置き去りにすることなく、皆が人間らしい暮らしができる世界がそこにはあったのです。
これこそが究極のセーフティネットだと思いました。
この究極のセーフティネットと出会って教えられたのは、逆説的ですが、人のつながりだけではダメなんだということでした。
共同体なり、コミュニティなりに裏打ちされた人のつながりは、確かに人に安心感をもたらしてくれます。
しかし、人のつながりは、生存を保障するものにはなりません。
生存の保障のためには、山水の恵みと、それを生かすための手業・知恵も必要になるのです。

すなわち、人のつながりと山水の恵み、そしてその恵みを生かす力の3つが揃って初めて、私達は本当の意味での安心を手に入れることができるのです

「山水郷」には究極のセーフティネットが残っている
それらが揃うのは都市ではなく、田舎です。
田舎の中でも、森が豊かで、水に恵まれ、川や海や湖があって、かつ、人が古くから住んできた場所です。
「古くから」とあえて言うのは、人が古くから住んできた場所は人が住むのに適している上、豊かな手業や知恵の伝統が受け継がれているからです。
このような場所を「山水郷」と呼ぶこととします。
山水郷には絶対的な安心の基盤、究極のセーフティネットが残っています。

この山水郷に残る安心の基盤をうまく生かすことで、今の日本社会が直面している困難を乗り越え、普通の人でも安心して生きられる社会をつくることができるのではないか。
三陸の孤立集落で究極のセーフティネットの姿を垣間見て以来、私は山水郷に次の社会をつくるカギがあるのではないかと考えるようになったのです。
 **
ここに書いたように、私は、三陸の孤立集落で見た光景から、山水郷にある人のつながりと山水の恵み、そしてその恵みを生かす力に、次の社会をつくるカギがあると予感した。
その予感は、その後、各地の山水郷を訪ね歩く中で、確信へと変わっていった。
何をバカな、と思う人も多いことだろう。

現実問題として、山水郷と呼ぶべき地域の多くは過疎に悩んでいる。
だから、都市に暮らす人にしてみればもちろんのこと、山水郷のことをよく知る人ほど、もはや山水郷になぞ未来はないと思っているのではないかと思う。
だが、山水郷にある安心の基盤は、今の社会に絶対的に必要なものだ。
それを何とか現代に生かすことができれば、私達はこの国が直面している困難を乗り越えることができる。

そのために必要なのは、新しいテクノロジーだ。
山水郷を改造することで都市に近づけようとした20世紀的なテクノロジーでなく、山水郷のポテンシャルを最大限に引き出し、生きる場としての機能を回復するような、21世紀の新しいテクノロジーが求められている。
幸いなことに、今、私達は第4次産業革命と呼ばれる新しいテクノロジーの勃興期を迎えている。

AI、IoT、ロボットなどの新しいテクノロジー群を使えるようになる。
この新しいテクノロジー群を使うことで、山水郷を生きる場として回復させることができる。
都会だけでなく、山水郷で暮らすことが現実的な選択肢になる分散型の社会を作ることができるのである。

9年前の大震災によって大震災によって山水郷の持つ、生きる場としてのポテンシャルの高さを教えられた。
あの未曾有の事態にあっても、山水郷では人々が生き生きと暮らしていた。
私達はあの大災害から学んだことを、どう未来につなげてゆけるのか考える時が来ている。
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バカな大将、敵より怖い 非常時こそまっとうなリーダーを

バカな大将、敵より怖い
非常時こそまっとうなリーダーを
2020/04/11 日刊ゲンダイ
適菜収 作家

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて政府が緊急事態宣言を行った(4月7日)。
しかし、そもそも安倍晋三が総理大臣であることが緊急事態なのだ。

日報隠蔽、データ捏造、公文書改ざん……。
反社やカルトとつながり、事実を直視できないどころか捏造する異常な集団にコロナ対策をやらせようという発想自体がまずおかしい。

「国の危機なのだから政権批判をしている場合ではない」と言い出すやつもいるが、「バカな大将、敵より怖い」という言葉もある。
非常時だからこそ、まっとうなリーダーにかじ取りをやらせなければならない。

 国内で新型コロナウイルスの感染1例目が判明してから約3カ月。
安倍が打ち出したのは「全世帯に布マスク2枚配布」だった。
各家庭に布マスクを送るために、どれだけの人の手間がかかるのか。
駆り出される配達員のことも考えていない。
 そもそも布マスクに感染防止効果はほとんどなく、洗って繰り返し使うことでかえって不衛生になる可能性がある。

外出自粛を要請しておいて、外出を前提とするマスクを配るのも意味不明。
「何で断るの。私は2枚でも助かる」「いらないなら近所の人に渡すやさしさがほしい」みたいなトンチンカンな意見もあるが、素人の思いつきに200億円以上もかけるなら、医療体制の充実や使い捨てマスクの量産支援、ワクチン開発に回すべきである。

 コロナウイルスに感染しない方法は簡単だ。
人に会わなければいい。
ただそれだけ。
しかし、外に出て仕事をしないと生活できない人たちがいる。
だから自宅待機している間、国がカネを出せという単純な話。

 ところが政府は、大多数の人が給付の対象から外れる意味不明の制限をつけてきた。
海外には60兆円をばらまいておいて、死ぬか生きるかの瀬戸際の国民には出し渋る。
受給申請は市区町村への自己申告制というのも、窓口で感染を拡大させるようなものだ。

アホにも限度がある。
それなら布マスク2枚を受給申請制にして、現金を全世帯に配れっての。
 結局、戦後の平和ボケと思考停止が行き着いた先が、安倍政権という地獄だった。
不道徳な連中を7年以上も放置していた時点で、日本は危機管理ができていなかった。
そういう国がどうなるか。
今、われわれの目の前でそれが発生している。
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2020年04月13日

タクシー会社の大量解雇は「美談」ではない 労働者たちが怒っているわけとは?

4/13は、小だぬきの67歳になる誕生日。その誕生日に「ロイヤルリムジングループ」のような 労働者の生活を無視した 会社利益優先の経営者に怒りを持てたことは 歳のスタートを能動的にするものです。
全従業員解雇とは どんな理屈を述べようと 労賃・年金掛け金負担・健保分担金負担などの 会社負担をなくすことに主眼を置いたものにしか思えない。
この経営者を 何をボケているのか マスコミは 「労働者思いの美談」のように扱っている。
雇用保険を労働者が受けるためには 「再雇用」の保証で可能かは、ちょっと考えればわかることではないだろうか・・。
理不尽には NO! と 自分の権利・生活・人権をかけて 闘い、解雇撤回を勝ち取って欲しいです。
************************************
タクシー会社の大量解雇は「美談」ではない
労働者たちが怒っているわけとは?
4/12(日) YAHOOニュース
今野晴貴 | NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 先日、東京都内を中心にタクシー事業を展開するロイヤルリムジングループが、新型コロナの影響による経営状況の悪化のため、グループ会社の従業員約600名を解雇するというニュースが大きく報じられた。
 会社側が「休ませて休業手当を支払うより、解雇して雇用保険の失業給付を受けたほうがいいと判断した」「感染拡大の影響が終息すれば再雇用したい」などと説明したため、世論は会社の対応を好意的に受け止めたようだ。
「従業員のことを考えた、会社の良い判断」というような反応が多くみられた。

 しかし、私たちの労働相談窓口には、その後、解雇を通告された従業員から次々に相談が寄せられている。
実際に話を聞くと、いくつもの問題点がみえてきた。
 従業員たちによれば、会社から事業を一時休止する旨が突然発表され、配布された退職合意書にサインするよう求められたのだという。
「解雇」と報道されているが、実態としては「退職勧奨」の形式が取られたようだ。
 会社が解雇(一方的な労働契約の解約)をする場合、少なくとも30日前に予告する必要であり、即時解雇の場合には30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)の支払いが義務づけられる。
 しかし、退職(合意にもとづく労働契約の解約)の場合、このような義務は生じない。

解雇を退職にすり替えるのは「ブラック企業」の常套手段であり、会社は、労基法の「労働者保護の規定」をかいくぐることに成功しつつあるようだ。
 再雇用の約束についても、再雇用される時期が不明確であり、履行される保証はない。
仮にそのような合意を交わしていたとしても、法的な有効性は定かではない(しかも、再雇用を約束して雇用保険を受けることは認められず、同社の労働者は雇用保険を受けられない。 

 アメリカの「レイオフ」と同じで合理的なのだ、との意見も見られるが、日本では職場に戻す制度がなく、アメリカのように戻れる保障もない。
また、「戻れる人と戻れない人」をアメリカでは労組があらかじめ決めている場合が多いが、日本にはそのルールもなく、仮に復職させる際にも、会社の側が復職させる人を「選別する」形になるだろう。

 さらに、戻すときには「元の労働条件」ではなく、低い賃金に買い叩かれる可能性も否定できない。
これらについてもし何かの約束をしてたとしても、それが法律上有効になるのかは不透明だ。
つまり、「何の保障もない」のである。  

 さらに、従業員のなかには、勤務期間が短く、そもそも失業手当の受給要件を満たしていない者さえいたという。
そのような当事者には「美談」どころか、解雇予告手当不払いの、不当解雇と受け止められても仕方がない。

 そして、何よりも問題なのは、今後、類似した解雇や退職勧奨が全国に広がる恐れがあることだ。
すでに私たちのもとには、この手法を模倣した企業に従業員全員が解雇されたという相談が寄せられている(記事の末尾に無料労働相談窓口、コロナ相談ホットラインも紹介している)。
 この一件は、断じて「美談」として終わらせてよい話ではない。

自由な意思の形成を阻む不当な退職勧奨の恐れ
 今回のロイヤルリムジングループの対応について、2つの観点から検証が求められる。

 一点目は、退職の合意が従業員の自由な意思にもとづくものであったかという観点だ
事業を休止することを伝えて従業員を動揺させた上で、その心理につけ込み、不利な内容の退職合意書にサインさせていないかを検証する必要がある。
 「即時退職、金銭的補償なし」という退職条件は、考えられうる「最低の退職条件」である。
経営状態が悪く、人員削減が必要な場合でも、退職金を上積みするなど、労働者が納得できる条件を提示した上で「辞めてもらう」のが通常だ。
 退職の条件について従業員と誠実に話し合うことなく、また、適切な情報を与えることもなく、辞めなければならないと思い込ませて、退職合意書にサインさせたのだとすれば、労使間の情報力格差を利用した不当な退職勧奨だといえよう。

 確かに、会社が主張するとおり、休業状態が長引いてから退職し、失業手当を受けた場合、受給できる手当の額が下がってしまうということはあり得る(被保険者期間のうち、最後の6か月の賃金の総額をもとに計算されるため)。

 だが、私たちが話を聞いた複数の従業員によれば、会社は従業員に対して失業手当等に関する具体的な情報を与えた上で判断を委ねたわけではなく、また、判断をするための時間的猶予を与えることもなく、その場でサインさせようとしたようだ。
 これは労働者の自由な意思の形成を阻害するものであり、正当なやり方とは言えない。

失業手当や再雇用といった労働者にとって有利と思われる話を持ち出して、退職に合意するよう誘導した点についても、それが労働者の自由な意思にもとづく合意だといえるのかが検証される必要があるだろう。
 実際、納得をしていない従業員が、撤回を求めて団体交渉を始めている。

整理解雇・退職勧奨の前に雇用調整助成金の活用を
 二点目は、人員削減を回避するための努力を怠っていないかという観点だ。

 新型コロナの感染拡大に伴い、政府は雇用調整助成金の特例措置を拡大し、支給要件を緩和するなどしている。
雇用調整助成金は、企業が労働者を休業させるなどして雇用を維持した場合に、休業手当相当額の一部(最大で9割)が企業に助成される制度だ。
 現在、各企業には、こうした公的制度を活用することによって労働者の雇用を守ることが求められている。

加藤厚生労働大臣も、4月10日の閣議後の会見で「企業は制度を活用して、雇用を維持するよう最大限努力してもらいたい。大量解雇があった場合には適切に指導を行っていく」と述べている。

 なぜロイヤルリムジングループは、雇用調整助成金を活用し、従業員の雇用を確保しようとしなかったのだろうか。
制度の利用を検討せずに、一斉の退職勧奨に踏み切ったのであれば、企業に求められる社会的役割を放棄し、労働者の生活を無視した無責任な対応だと言わざるを得ない。
この点からも検証が求められる。

背景にある雇用調整助成金の問題点  
この1ヶ月ほど、「会社が助成金を利用してくれない」という労働相談が非常に多い。
例えば、臨時休業した店舗で働いていた労働者が、「雇用調整助成金を申請して賃金や休業手当を支払ってほしい」と求めても会社から拒否されるといった事例だ。
 残念ながら、労働者の生活を守るための制度が整備されても、企業がそれを利用しないために、労働者が制度の恩恵を受けられないという構図ができてしまっている。
労働者個人が直接申請することができないことが根本的な要因だ。

 各企業には、政府の助成制度を利用して、新型コロナの影響によって労働者が被る不利益をできる限り小さくする努力が求められる。
このような努力をしない企業は社会的責任を問われるだろう。

 一方で、企業ばかりを責められない事情もある。
雇用調整助成金の手続きには多くの書類が必要であり、資金繰りに奔走する中小企業の経営者にとって申請作業は大きな負担となっている。
 また、申請をしてもすぐに支給を受けられるわけではないため、支給されるまで経営資金がもたないという問題もある(労働者を休業させた後に支給申請をし、通常、申請から概ね2ヶ月程度で支給される)。

 こうした状況を受けて、厚生労働省は、つい先日、手続きの簡素化や迅速な支給に向けた制度の改善を図っている。
4月10日に発表された資料によると、記載事項が大幅に簡略化され、必要な添付書類が削減されるなど、申請する際の負担が軽減されている。
 支給時期についても、審査の人員を増やし、申請から1ヶ月程度で支給を受けられるようになると報じられている。

 この制度は、労使双方にメリットのある制度だ。
会社は積極的にこの制度を活用すべきだし、労働者は、自分たちの生活を守るためにこの制度について学び、会社に利用するよう求めるべきだ。

雇用調整助成金の活用事例
 雇用調整助成金を用いて休業や解雇を撤回させた画期的な事例もある。
 新型コロナの影響による売上の低迷を理由とした賃金保障なしのシフト削減が一方的になされた都内の居酒屋では、6名のホールスタッフアルバイトが、個人加盟の労働組合・飲食店ユニオンに加入し団体交渉を行った結果、シフト削減が全面撤回された。
 その後も、新型コロナの影響が拡大するにつれて店舗の売上は下がっていったが、ユニオンは、雇用調整助成金を活用することを経営者に提案し、それによって従業員の賃金全額を保障するよう求めたのだ。
その後は、労使間で協議しながら休業の準備を進めているという。

 また、埼玉県内の会社に勤める正社員は、新型コロナの影響によって業績が悪化した会社から退職勧奨を受け、それを拒否したところ、解雇を予告された。
この方は総合サポートユニオンに加入し、団体交渉を行い、解雇を撤回させ、雇用調整助成金を活用することによって雇用を維持することを会社に認めさせたという。

 このように、助成金制度を活用することによって、経営者は解雇をすることなく、労働者の生活を支えることができる。
一方で、労働者も、会社に対して雇用調整助成金の活用を促すことにより、会社と自分たちの生活を守ることができる。
 なお、雇用調整助成金を申請する場合、労使間で定める休業手当支払率は100%にすることを追求すべきだ。
労働基準法26条の60%というのは最低限の基準に過ぎない。

 雇用調整助成金の受給額は、原則として、当該事業所の前年度の1人1日当たりの平均賃金額に、事業所の「休業手当支払率」を乗じることによって算出した休業手当相当額に助成率を乗じて計算される。
 休業手当支払率を100%にすれば、労働者には賃金全額が保障され、会社もその分多くの助成金を受給することができる。もちろん支払率が高くなれば、会社が負担する金額(労働者に支払う休業手当の総額と受給する助成金との差額)は大きくなるが、休業によって労働者が被る不利益を少しでも少なくするために、できるだけ高い支払率を設定するようにしていただきたい。

 先ほどのタクシー会社が本当に「従業員のため」を思っているならば、100%の休業補償を行い、最大限の雇用調整助成金を申請することが、もっともよかったはずだ。

「みなし失業」導入の必要性
 このように、雇用調整助成金をうまく活用することによって、企業も労働者も現在の危機を乗り越えられる可能性がある。  ただし、上述したとおり、このような取り組みには、あくまで企業が助成金の申請を行うことが前提となる。
世の中には、労働者から求められても対応しようとしない企業がたくさんあるから、これだけでは問題の解決にはならない。

 「会社が申請しない限り制度を利用できない」という仕組みを変えなければ、救済を受けられない労働者が必然的に出てきてしまう。
労働者個人が直接申請できるような制度を早急に構築しなければならない。
 そこで対案となるのが、「みなし失業」ともいうべき、雇用保険の特例措置だ。
一時的に休業している方に対し、実際に離職をしていなくても失業手当を支給するという特例を実施すれば、ロイヤルリムジングループのように解雇をしなくても、労働者に一定の収入が保障されることになる。

 そんなことができるのかと思う方もいるだろうが、これは東日本大震災のときに実際に実行された措置だ。
地震や津波の被害を受けた事業所に雇用されていた労働者を救済するため、実際には離職していなくても失業手当を受けられるようにしたのだ(なお、昨年発生した台風の時などにも同様の措置が取られている)。

 失業手当を受けるためには、事業主から交付された「休業票」をハローワークに提出する必要があったが、当時の厚労省のQ&Aには「確認書類がない場合でも、御本人のお申し出等で手続を進めていただくことができます」とあり、柔軟な対応が取られていたことがわかる。
 もちろんこれは激甚災害法にもとづいて取られた措置であり、今回とは状況が異なる。
しかし、このような制度枠組みを応用することで今回の危機に対応することができるのではないだろうか。

 企業からすれば、ハローワークに「休業証明書」を提出し、「休業票」を労働者に交付するだけで、煩雑な手続きをすることもなく、大切な人材を失わずに、その労働者に最低限の収入を確保させることができるということだ。
労使双方にメリットがある制度だといえる。

 また、何らかの事情により会社から「休業票」の交付を受けられない労働者についても、東日本大震災の時と同じように柔軟な対応によって救済を図ることにより、「会社が申請しない限り制度を利用できない」という課題を克服することができるものと思われる。

 政府は、緊急事態宣言をしておきながらも、その間の労働者の生活保障や事業者の支援について有効な策を打ち出していない。
このことが問題の根本にある。
新型コロナの感染拡大の影響を受けて、仕事を失ったり、生活に困窮してしまったりする方がこれ以上出ないよう、政府は早期に効果的な施策を打ち出すべきだ。

・【労働組合による新型コロナウイルス関連労働相談ホットライン】
日時:2020年4月11日(土)13時〜17時、
                   4月12日(日)13時〜17時
電話番号:0120-333-774
※相談料・通話料無料、秘密厳守
共催:
総合サポートユニオン 首都圏青年ユニオン
介護・保育ユニオン
私学教員ユニオン
美容師・理容師ユニオン
飲食店ユニオン

無料労働相談窓口 NPO法人POSSE  03-6699-9359 soudan@npoposse.jp
*筆者が代表を務めるNPO法人。
訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン  03-6804-7650 info@sougou-u.jp *個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

・仙台けやきユニオン  022-796-3894(平日17時〜21時 土日祝13時〜17時 水曜日定休) sendai@sougou-u.jp
*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

・ブラック企業被害対策弁護団  03-3288-0112
*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団  022-263-3191
*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です
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住民税非課税、生活保護は 30万円所得補助対象外なの??

今回の 政府所得補償30万円の支給でわからないことがあります。
誰か 教えてください。

私は「障害年金」のため所得扱いはされず 「住民税非課税」です。
今回の政府支給の 30万円の報道をみると、「住民税非課税世帯」とか「生活保護世帯」並みに所得減少とか 世帯主所得1/2減少とかの基準がでてきます。
所得減少の証明書類をもって 役所への申請というのですが、このことも非常にわかりにくく 各報道機関で「試算」し受給可能かのシュミレーションをしています。

コロナウィルスのための収入減少は へんな基準を設けず 一律保証が 感染防止のためにも必要だと思います。
国の感染症対策のための 自粛や時短・失業ですから 税金投入は当然と考えます。

たた生活困窮ラインとして基準とされた「住民税非課税世帯」「生活保護世帯」は、コロナウィルスでの収入減少が少ない・ないということで対象外なのでしょうか・・・。

今回の「対策」の意図を分からなくしているのは、低所得者は放置してよいと切り捨てるような施策に思えてくるからです。
posted by 小だぬき at 12:50| 神奈川 ☔| Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月14日

安倍首相も小池都知事も「票を持ってこない者は死ね」と言っているのだ

安倍首相も小池都知事も
「票を持ってこない者は死ね」と言っているのだ
2020年04月13日 SPA!
倉山満[言論ストロングスタイル]

◆アキエ・アントワネット  
日本国民は本気で覚悟した方がいい。
日本政府は国民を殺す気だ!  

麻生太郎は、リーマンショックで日本人を地獄に導いた。
菅直人は、日本人を恐怖のどん底に叩き落した。
安倍晋三は両方だ。

ただでさえ消費増税の影響で景気の悪化はリーマンショックを超えている最中に、このコロナ禍である。
安倍内閣は無能の限りを尽くしているのだが、それでいて働き者なのだから、なおさら始末に負えない。
 この人物、空疎な記者会見を開くたびに「自分は頑張っているのだから感謝しろ」と国民に訴える。
「戦い」などと勇ましい言葉遣いを繰り返す。

だが、清潔で真面目で我慢強い国民が、政治家や官僚の無能を補ってくれていることへの感謝は述べない。
 かつて東條英機という、大日本帝国を滅ぼした愚かな総理大臣がいた。
 東條は個人としては超大まじめで、仕事熱心だった。
仕事の邪魔をされるのが大嫌いで、特に自分の批判をされるのが何より嫌いだった。
だから、邪魔者は、どんな些細なことでも許さず、いかなる手段を使っても排除した。
時にこの世から。
それでいて、忠誠心が高い側近には手厚く報いた。

 別に安倍首相への嫌味ではない。
だとしたら東條に失礼だ。
東條の妻の勝子も傲慢な態度から蒋介石夫人の宋美齢になぞらえて「東美齢」などと憎まれたが、安倍昭恵夫人と並べられるほどではない。
 昭恵夫人の奔放さは日本中が知っている。
だが、空気を読めない態度にも限度がある。

 2月26日、安倍首相は各種イベントの自粛と全国の小中学校の休校を要請した。
よほど直前に決まったのだろう。
萩生田光一文科大臣と事務次官も知らなかった。
秋葉賢也補佐官に至っては政治資金集めのパーティーを開き、注意を受けている。
本来ならば、萩生田・秋葉と言えば安倍側近と目される人だが、その人たちすら外された場で意思決定が行われているのだ。  
首相の要請には何の法的根拠もない。
だが、従わなければどうなるか。
社会の同調圧力がやってくる。
以後、椎名林檎もK-1も、活動自粛に追い込まれた。
ホリエモンに至っては、脅迫まで舞い込んできたとか。

 3月28日、安倍首相はさらなる自粛を求めた。
「花見に行くな」とまで言い出した。
何の根拠で言っているのか、首相のいつも通りの分かりにくい説明ではやっぱりわからないが、日本人はお人よしで我慢強いので、ほとんどの人は外出を控える。
 その直前、首相夫人の安倍昭恵が芸能人を集めて桜を背景に写真を撮っている写真が流出した。
 28日の記者会見で、首相は「私の不徳の致すところです」と謝罪から入るのかと思いきや、何事も無かったかのように国民に我慢を求めた。
国会でも「レストランに桜があっただけで花見ではない」「写真の日付を確認しろ」と開き直る始末だ。
 散々自粛を求めておいて、この言い方である。
ちなみに日付は3月23日。
花見の自粛は求めていないが、国民に我慢を強いている時期には変わりない。
 まさに、アキエ・アントワネット。

 マリー・アントワネットの御主人のルイ16世は国民の怒りを買ってギロチン台に送られたが、安倍首相も国民に頼みごとをするなら奥さんに言うことを聞かせてから出ないと、いつまでも日本人が我慢すると思われない方が良い。

◆安倍首相も小池都知事も「自民党に票を持ってこない者は死ね」と言っているのだ
 自粛とは、営業停止も含む。
当然、収入が入らない人も多い。
そうした場合、普通の国では、政府が減収分を補償する。
香港のような小さな地域でも1人頭14万円とか。
 ところが安倍首相は「国民全員への給付はしない」と断言した。その理由として、「事務上の問題」をあげていた。

その矢先に「全家庭にマスクを2枚ずつ配る」と発表した。
なんだ、配れるではないか?
小切手はダメなのか?
 気がふれた安倍信者以外は呆れただろうが、本質は戦慄すべきだ。

 安倍首相は全国民への補償と同時に、消費減税を拒否している。
一方で、農業団体の陳情で「和牛券」を検討したかと思うや、漁業団体からの陳情で「魚介券」である。
ふざけているのではなく大まじめだ。
 なぜか? 自民党に投票しない人間に金など回したくないからだ。
そして、「お恵み」として「マスクを2枚」である。

安倍自民党は、「緻密で公平な政策を検討している。
全国民へのバラマキなどやらない」と公言している。
これは暗号で、「自民党に票と金を持ってこない者は死ね」と言っているのだ。

 この安倍首相に輪をかけるのが、東京都の小池百合子知事だ。
3月30日の記者会見は、まるで殺人予告だ。
カラオケボックスや夜の繁華街を名指しで「行くな」「営業自粛しろ」と求めた。
一方で、名指しされなかった業界もある。
もう、わかるだろう。
名指しされた業界は政治献金をしておらず、されなかった団体は日ごろから付け届けをおこたっていなかったのだ。

 もちろん、感染の拡大で医療崩壊寸前なのも分かる
ならば、自分が借金をしてでも、民間に補償すべきではないか。
東京都は地方債を発行し、政府や日銀から借金してくればいいではないか?
 小池知事の要請には法益効力はない。
だから補償はなされない。
しかし、従わなかったとしても罰則はない。
だから感染が止まらない。
営業を自粛するまでもなく客など来ない。
これではコロナの前に、経済苦で死人が続出しそうだ。
結果、誰も幸せになれない状況が続く。

 小池都知事は愚かにも、記者会見直前に「ロックダウン」と口走った。
だが、東京封鎖など物理的にも法的にもできない。
特措法では外出自粛の要請ができるだけだし、感染症法で72時間鉄道を止めることができるが、それだけだ。
全面的に止めると、本当に都市機能が麻痺してしまう。
また外国では、法に伴う外出禁止令があり、警察のみならず時に軍隊が市民に強制する。
これは、日本ではありえない。
ましてや、軍刑法を民間人に適用する戒厳など、原理的にあり得ない。
なぜなら日本には軍刑法が無いからだ。

 日ごろから法を整備していないと何もできない。
無理にやろうとすると権力者がお人よしの弱者の権利を侵害し放題になる。
 今の権力者は何をしでかすかわからないと、本気で構えるしかない。

―[言論ストロングスタイル]―
倉山 満】 憲政史研究家 
’73年、香川県生まれ。
中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。
在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。現在、
「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を行っている。
ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』など著書多数。
最新著書に『13歳からの「くにまもり」』
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2020年04月15日

今こそ薦めたいパンデミックがよく分かる映画5選

今こそ薦めたいパンデミックがよく分かる映画5選
2020年4月14日 JBpress (郄山 亜紀)

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、ついに東京のほか、6府県に緊急事態宣言が発令される事態となってしまった。
繁華街から人が消え、海外では都市封鎖、これまで見たこともない光景が広がっている。
 果たして、想像すらしていなかっただろうか。

ウイルスを扱った映画はこれまでいくつかあり、そのどれもが危険性を示してくれていた。
だが、多くの人は娯楽として楽しむだけで、真剣に受け止めていなかったのではなかったのではないだろうか。
社会が混乱を極めている現在、改めて見てみると、作品がいかに有用だったか、気づかされる。
「ちゃんと観ておけばよかった。もっと多くの人が観ていたらよかったのに」と悔やまれるばかりだ。

コロナ禍で専門家にも頼られる出演者たち
 接触によって感染する強力な新種のウイルスが中国から欧米、そして東京と瞬く間に広がり、死者が続出。
といっても、これはコロナの話ではない。
『コンテイジョン』(2011)のオープニングである。
 香港で元恋人と密会していた女性がアメリカの自宅に帰宅。
彼女は咳と熱の症状がおさまらず、急死。一緒に住んでいた幼い息子も亡くなってしまう。
残されたのは夫と10代の娘。
その頃、フリーのジャーナリストが謎の連続死の原因を追っており、疾病予防管理センターの職員たちはウイルスの感染源を調べ、拡大を抑えようとしていた。
さまざまな立場の人たちのドラマがドキュメンタリー・タッチで進行していくパニック・スリラー。

人間は普通、日に2000〜3000回、顔を触る。
そのうえ、ドアノブ、蛇口、エレベーター、人の手を触る。
それらが媒介物になって、感染は広がる」など、劇中、研究者が話す言葉は現在、私たちが毎日のようにワイドショーで見聞きしている内容とまるで同じ。
さらに対処のために、学校を閉鎖しようとすると、役人たちから「親は働いているのに、誰が子供の世話を見るのか」と反対され、らちが明かない。
ことの重要さにみんなが気づく頃には時、既に遅く・・・。

 ちなみに、ここでウイルスの拡散を阻止しようとする伝染病学者を演じているのが『タイタニック』のケイト・ウィンスレットである。
彼女のほか、マット・デイモンら、この映画に出演者たちはこの度、コロンビア大学の依頼で新型コロナウイルスに関する解説動画に出演。
手洗いやソーシャル・ディスタンス(社会的距離)確保の大切さを訴えている。

今回の騒ぎで、この映画を観る人が急増、リアルな展開が再評価されている。
専門家も太鼓判を押す、いまの私たちに最も必要な作品である。
(参考)コロンビア大学公衆衛生大学院 CONTROL THE CONTAGION サイト:https://www.mailman.columbia.edu/control-contagion

医療崩壊するか、しないか
 新型ウイルスの感染が拡大する日本で、闘い続ける医療従事者たちの姿を追う『感染列島』(2008)
ここで目を見張るのは、緊急で運び込まれた病人によって、たちどころに広がる院内感染の恐ろしさ。
+あれよあれよといううちにベッドは埋まり、重病の患者を優先したいという病院側の説明も空しく、押し掛けた軽症の人々が「入院させろ」と訴える騒ぎとなる。
日に日に疲弊する医療スタッフと爆発的に増える患者数。
医療崩壊が起きるなか、緊急救命医役の妻夫木聡による「たとえ明日、地球が滅びるとも、今日君は林檎の木を植える」という台詞が印象的。
「とりあえず病院」と駆けこむのは間違いと多くの人が知っていれば、こんな惨事にはならなかったはずだ。

 猛威を振るう変種ウイルスの拡散を防ぐために完全封鎖された街でのパニックの様子が映し出されるのが『FLU 運命の36時間』(2013)
コンテナに入れられた密入国者たちが韓国の盆唐に運ばれてくる。
ところが病気にかかっていた一人が原因で、中にいた全員が感染。
唯一、生き残った者が街に飛び出し、感染源となって人々の生命が脅かされる。
映画の序盤から、1.密閉空間、2.密集場所、3.密接場面の3密に閉じ込められた人々の惨状に目をそむけたくなる。
ちゃんとしないとマスクも意味がないこと。
スマホでも感染すること。
そして、何もせず、咳をすると、無防備な人々にどれだけ飛沫が浴びせられるかが、映像で実にわかりやすく伝わってきて、おぞましい。

ウイルス感染者と非感染者の対立 ゾンビ映画もまた、ウイルス映画として捉えると見方が変わってくる。
 パニック大作『ワールド・ウォー Z』(2013)は人を狂暴化させる謎のウイルスに感染した人と、まだ感染していない人との攻防戦。
ウイルスに脅威を感じるアメリカ人たちがスーパーになだれ込む姿は皆が銃を持っているために、買い占めというより、もはや強奪。
最終的に恐ろしいのはウイルスよりなにより、我先にと行動を起こしてしまう人間たちの方かもしれない。

『28日後・・・』(2002)は謎のウイルスで壊滅状態になったロンドンを舞台にしたサバイバルSFホラー。
公開時、誰もいないロンドンの街の画がインパクト大で、どうやって撮影したのかと話題になった。
が、ロックダウンされた現在のロンドンはいままさにそんな状態だ。

 かつて観たことがある作品でも、いまで観てみるときっと印象が違うだろう。
既にDVD化されており、配信されている作品も多い。
家での過ごし方が問われるなか、時にはひやっと、ぞっとしながら、楽しんでウイルス対策を学んでみてはいかがだろうか。まずは何よりたった一人の行動が世界の未来を左右することを知ってほしい。

『コンテイジョン』(2011)
<キャスト>マリオン・コティヤール マット・デイモン ローレンス・フィッシュバーン ジュード・ロウ グウィネス・パルトロー ケイト・ウィンスレット  <スタッフ>監督:スティーヴン・ソダーバーグ

『感染列島』(2008)
<キャスト>妻夫木聡 檀れい 国仲涼子 田中裕二 池脇千鶴 竹山隆範 佐藤浩市 金田明夫 光石研 キムラ緑子 嶋田久作 正名僕蔵 ダンテ・カーヴァー 馬渕英俚可 小松彩夏 三浦アキフミ 夏緒 太賀 藤竜也 <スタッフ>監督・脚本:瀬々敬久

『FLU 運命の36時間』(2013) *Huluで配信中

<キャスト>チャン・ヒョク スエ パク・ミナ ユ・へジン マ・ドンソク イ・ヒジュン <スタッフ>監督:キム・ソンス

『ワールド・ウォー Z』(2013)
<キャスト>ブラッド・ピット ミレイユ・イーノス <スタッフ>監督:マーク・フォースター

『28日後・・・』(2002)
<キャスト>キリアン・マーフィ クリストファー・エクルストン ブレンダン・グリーソン ナオミ・ハリス ミーガン・バーンズ レオ・ビル <スタッフ>監督:ダニー・ボイル 筆者:郄山 亜紀
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2020年04月16日

星野源に便乗した安倍首相、炎上の根にある“文化レベルが低い首相”問題

星野源に便乗した安倍首相、
炎上の根にある“文化レベルが低い首相”問題
2020年04月15日 SPA!
音楽批評・石黒隆之

いま、SNSで広がりを見せている、星野源(39)の動画「うちで踊ろう」。
外出自粛を余儀なくされ、人と人との接触が制限されるなか、ネット上でのセッションを呼びかけたこの試みに、多くの著名人が賛同するムーブメントになっている。

 ところが、この盛り上がりに水を差す事態が生じた。
3月12日、安倍晋三首相(65)が、星野源の曲に乗せて自宅で犬とたわむれる優雅な動画を投稿したところ、ネットユーザーから、「こんなに空気が読めないとは……」とか、「フィリピンのドゥテルテ大統領と国会議員は、1ヵ月分の給料を全額コロナ対策に寄付したというのに」などと、批判が殺到してしまったのである。

 ブラック企業問題などに詳しい、社会福祉士で聖学院大学客員准教授の藤田孝典氏(38)は、「フランスなら第2のフランス革命が起こる異常なレベルだよ」とまでツイートし、総理の目論見は、無残にも砕け散った。

◆安倍首相は、文化教養の匂いがほとんどしない
 今回、安倍首相が星野源に乗っかった背景には、小池百合子都知事(67)とHIKAKIN(30)とのコラボ動画が好評を博したため、対抗意識を燃やしたのではないかと見る向きもある。
 小池知事が感染防止を啓発するためにHIKAKINの人気を借りたのに対して、安倍総理は外出自粛を訴えるために星野源を利用した、という構図だ。
 そこまではよかったのだが、現在の社会情勢とはあまりにかけ離れたリラックスした姿が、国民の神経を逆なでしてしまったことが誤算だった。
少なくとも、多くの国民にそう見えてしまう可能性を、全く予想できなかったことについて、国民は“空気が読めない”と批判しているのだろう。

 もっとも、政治家が著名人を“政治利用”して人気取りすることは、別に悪いことではない。
問題は、そうした策略にある程度の説得力を与えられるかどうかだ。
その点、安倍総理と星野源の組み合わせは、かなりスジが悪かったと言わざるを得ない。
 なぜなら、安倍総理には、ほとんど文化や教養の匂いがしないからである。
これほどまでに無趣味な宰相は、いまだかつて存在しなかったのではないだろうか。

◆音楽、本、映画……安倍首相の好みとは?
 たとえば、筆者は安倍首相がどのような音楽を好むか知らない。
何かのコンサートで、南こうせつ(71)と「あの素晴らしい愛をもう一度」をデュエットしたことはあっても、パフォーマンスに過ぎない。
 読んだ本の情報も限られている。
2018年12月29日に休暇入りした際、購入した3冊は、「日本国紀」(百田尚樹)、「信長の原理」(垣根涼介)、「全体主義と闘った男 河井栄次郎」(湯浅博)だったという。

 「映画好き」を自称する安倍首相が観た作品リストはどうか。
「決算!忠臣蔵」「記憶にございません!」「ボヘミアン・ラプソディ」「こんな夜更けにバナナかよ」「ウィンストン・チャーチル」「嘘八百」「オリエント急行殺人事件」「DESTENY 鎌倉ものがたり」。
これが、新聞各紙の首相動静(2017年末〜2020年)で安倍首相が観たと公表された全映画である。

 半数以上は、昭恵夫人(57)や母親の洋子氏(91)らと、六本木ヒルズのシネコンで鑑賞している。
率直に言って、学生のデート以下だ。
 もちろん個々の本や映画が良い・悪いではなく、全体としての審美眼の問題である。
 つまり、普段の生活において、何一つ文化や芸術への理解を示してこなかった門外漢に、いきなり土足で踏み込まれた感覚。
これが、安倍首相の「うちで踊ろう」炎上の根っこにあるのではないだろうか。

◆本や音楽のリストを毎年公開するオバマ前大統領
 もし、安倍総理がポップスターを“政治利用”したかったのであれば、それなりの下地が必要だったのである。
 たとえば、毎年読んだ本や聴いている音楽のリストを公開しているオバマ前大統領(58)を見てみよう。
2016年のプレイリストは、「Good Vibrations」(ビーチボーイズ)や「Rock Steady」(アレサ・フランクリン)などのオールディーズから、「Tightrope」(ジャネール・モネイ)や「Many the Miles」(サラ・バレリス)などのコンテンポラリーに至るまでカバーしている。
大統領退任後の昨年も、「Hello Sunshine」(ブルース・スプリングスティーン)、「Change」(メイヴィス・ステイプルズ)などの大御所はもちろん、「Burning」(マギー・ロジャース)、「Juice」(リゾ)などの若手もチェックするあたり、抜かりはない。
 読書リストも、「白鯨」(ハーマン・メルヴィル)や「グレート・ギャツビー」(F・スコット・フィッツジェラルド)などの名作もおさえつつ、「Brown Girl Dreaming」(ジャクリーン・ウッドソン)やハリーポッターシリーズもリストに加えるなど、子どもの読書習慣にまで配慮したピックアップになっている。

◆ポップスターに乗っかるには素養が必要
 もちろん、いい音楽や本を知っているからといって、優れた政治家であるという保証はない。
オバマ氏のリストだって、もしかしたら優秀なブレーンによるイメージ戦略として作成された可能性も否定はできない。
 しかし、世の中のトレンドに敏感であることは、政治家の条件のひとつであるのも確かだ。
そして、自らをそのようにセルフプロデュースすることも、現代の政治家には欠かせない能力である。

 いずれにせよ、それなりの質量をともなった文化的な共通理解があって、はじめてポップスターに乗っかってもいいという世論が形成されるのであって、その点で、安倍総理には素養が著しく欠けていたと言わざるを得ない。

 今回、安倍総理に向けられた“嫌悪感”が、権力への批判ではなく、人柄への軽蔑であったことに、政治の空白を痛感させられるのである。 
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2020年04月17日

"正義中毒"要因に脳の老化か

"正義中毒"要因に脳の老化か
2020年04月16日 女性自身

揚げ足取りや不謹慎狩りなど、SNSでの他者攻撃が問題視されるなか、コロナウイルスとともに“イライラ”も世界じゅうに蔓延し、加速度を上げている。
自分の心を落ち着け、いたわるカギは不安と上手に付き合うことにあったーー。

「近ごろ、コロナ疲れからイライラする人が増えていますよね。
そんなときは特に、自分と違う意見をもった人に対して『許せない!』という感情がわいて、SNSを中心に攻撃を始めたり……。
私はこれを『正義中毒』と呼んでいます」
こう指摘するのは、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)の著者で脳科学者の中野信子さんだ。

「たとえば有名人の不倫問題にしても、“みんなのルール”を破るなんて許せない、と強い怒りの感情が暴走し、心ない言葉でたたきのめしてしまう。
自分の生活には関係ない、見ず知らずの人に対してもです」

私たちは、この正義中毒の状態に簡単に陥ってしまうという。
「その根っこにあるのは“不安”です。
不安が攻撃という行動に駆り立てる。
今の時代、攻撃の輪はSNSによってすぐに広がり、そのなかで『それは責めすぎだ』という人が現れれば、今度は『そういうおまえこそ悪い!』と、新たな標的をつくっていくのです」

読者の多くが「私は正義中毒とは関係ない」と思うかもしれない。
しかし中野さんは、現在8割の人が正義中毒化している、またはした経験があると考えているそう。
「年齢によるものもあるでしょう。
加齢によって脳の前頭前野が萎縮すると、考え方が偏っていき、ますます人を許せなくなる傾向が強く表れるからです」
「昔はよかったのに……」

「それは違う、○○に決まっているでしょ!」と、口にした覚えはないだろうか。
「脳の前頭前野は、分析的な思考や客観的な思考を促す部分です。
ここが衰えると考え方が保守化して、『昔はよかった』に象徴されるような固定化された観念や偏見が強くなり、“許せない”感情へとつながっていきます」

“許せない”はつまり“脳の老化”でもあるのだ。
ということは逆に、許せる人になることが老けない脳をつくる、ともいえないだろうか。
「脳の老化抑制のためには、『メタ認知』がカギをにぎります。
メタ認知とは、自分を客観的に認知する機能のことで、脳の前頭前野の働きが保たれていることが必要となります」

そのためには、ふだんの習慣にないことを意識して行うのが効果的だという。
「たとえば、通勤や散歩のときにいつもと違う道順で歩いたり、食事のときにふだんはあまり使わない食材を使ったり、作らないメニューに挑戦してみる。
在宅時間が増えているこの時期なら、ふだんは手に取らないジャンルの本を読んでみる。
また、ネットでも、まったく関心のないキーワードを検索してみると、ふだん目にしないページと出合うことができます。
日常のちょっとしたことでメタ認知を働かせ、前頭前野をきたえることはできるのです」

「女性自身」2020年4月28日号 掲載
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2020年04月18日

なぜ今、「一律給付」と「消費減税」が必要なのか?

なぜ今、「一律給付」と「消費減税」が必要なのか?
2020年04月17日 SPA!(江崎道朗)

◆なぜ今、「一律給付」と「消費減税」が必要なのか?
 我々は今、二つの危機に直面している。
一つは、新型コロナウイルス感染拡大の危機だ。
この危機に対して安倍首相は4月7日、7都府県を対象に「緊急事態」を宣言し、外出自粛によって感染拡大を抑制する方針を示した。
経済的損失を覚悟のうえで国民の大半は「政府の要請」に協力するだろう。  

もう一つは、「日本経済は戦後最大の危機に直面している」(安倍首相)ことだ。
この危機を乗り切るため、同じ日に、安倍首相はGDPの2割に相当する「108兆円」の緊急経済対策を発表した。
 それでなくとも昨年10月の消費増税で景気は悪化していた。
そこに新型コロナの影響で日本経済は本年度GDPでマイナス10%、実に55兆円もマイナスになるのではないかと言われている。
 その穴埋めを政府の財政出動でしておかないと、国民経済は致命的な打撃を受ける。
このため政府は今回、108兆円もの緊急経済対策(補正予算)を打ち出したわけだ。

 ただしこの数字は「事業規模」だ。
多くの経済学者が指摘しているように「真水」、つまりGDPを押し上げる効果がある政府の財政支出がいくらかが重要だ。  

実はこの108兆円には昨年12月に閣議決定された26兆円の経済対策の未執行分が入っている。
よって、新規対策は82兆円。
しかも中小企業向けに実施する納税や、社会保険料の支払い猶予のための26兆円は「財政支出」ではない。

◆経済対策108兆円のうち真水は20兆円未満
 実際の「真水」に相当するのは「大変困難な状況に直面している家庭(一世帯30万円)、児童手当の上乗せ、中小・小規模事業者に対する現金給付と地方税減免」8兆円、「医療体制の整備と治療薬の開発」2.5兆円、「観光や農林水産業への補助金」8.5兆円などで、総計で20兆円に満たないと言われている。
 現に、この補正予算に伴う新規国債発行額は16.8兆円だ。
量としては不十分だ。
この財政出動の出し渋りをした事務方のトップは、財務省の岡本薫明事務次官だ。
 しかもこの財政出動の恩恵を直に受けることができるのは、一部の人に限られる。
今回の2つの危機は、国民すべてに襲いかかってきている。

よって、「給付金を一律10万円配布すべきだ」という案が与党や野党の一部からも出されていたのだが、これを否定したのが麻生太郎財務大臣だ。

◆「消費税減税」と「一律給付」に今こそ踏み切れ
「日本の尊厳と国益を護る会」など自民党の若手議員約100人が消費税を一時的に減税すべきだと主張したが、これを却下したのが甘利明・自民党税制調査会会長だ。
 よって、一部の人たちだけに「30万円給付」となった(※)のだが、日本は申請主義なので本当に困っている人に行き渡るかどうかもわからない。
この欠陥制度を決定したのが、安倍首相と岸田文雄・自民党政調会長だ。

 だが、今回の危機は簡単に収まりそうもない。
よって改めて真水の追加、つまり「一律給付」と「消費減税」に踏み切ることで、国民一丸となって2つの危機に立ち向かう態勢を整えるべきではないだろうか。
自民党若手と野党の一部の奮闘を期待したい。

※編集部注:政府・与党は4月16日、減収世帯限定の30万円給付を取り下げ、「国民1人あたり一律10万円給付」という異例の決定をした
※週刊SPA!4月14日発売号より
―[連載「ニュースディープスロート」
                                 <文/江崎道朗>]―
江崎道朗】 ’62年生まれ。九州大学文学部哲学科を卒業後、月刊誌編集長、団体職員、国会議員政策スタッフを務め、外交・安全保障の政策提案に取り組む。
著書に『日本は誰と戦ったのか』(ベストセラーズ)、『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(PHP新書)など
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公明は手柄どころか大罪「一律10万円」ここまで遅れた真相

公明は手柄どころか大罪
「一律10万円」ここまで遅れた真相
2020/04/17 日刊ゲンダイ

 安倍首相は“ゲタの雪”に裏切られた気分だろう。
悪評ふんぷんの臨時給付金30万円案が、大どんでん返しで1人当たり一律10万円を給付することになった。

 異例の目玉対策の転換は、公明党の猛プッシュがあったとされるが、とんでもない。
 確かに公明党の強硬姿勢はすさまじかった。
山口代表は15日の直談判に続き、16日も安倍首相との電話協議で10万円給付を補正予算案に盛り込むよう重ねて要求。党も衆院予算委員会理事懇談会を欠席する意向を伝え、開催は見送られた。
与党の欠席戦術は異例中の異例だ。

 ネット上では〈山口さんの押し切り勝ち〉〈公明党の手柄だな〉〈まじめに見直した〉と、公明主導を絶賛する声も見られるが、真相はこうだ。
「評判の悪い30万円給付について、公明党幹部は支持母体の創価学会から『閣外協力も視野に入れる』と強く見直しを迫られたのです。
14日に二階幹事長が10万円の一律給付を打ち出したため、慌てた山口代表が急きょ、15日に首相に直談判しました」(公明党担当記者)
 学会に「連立離脱」も辞さずの覚悟を示されて、ようやく腰を上げたのである。

 実際、公明党は3月末時点で、家計が深刻な人々の暮らしを守るため、「1人当たり10万円」の支援を打ち出していた。ところが、今月3日になって、政府・自民党の「収入半減世帯に30万円」案をアッサリ容認。
石田祝稔政調会長は「1世帯当たりの人数は大体2・27人。3人世帯なら30万円と(1人10万円と)計算がピタリと合う」とガッテンしていた。
その舌の根も乾かぬうちに、おとといの会見で石田会長は、1人当たり10万円について「一歩も引かない決意だ」と意気込んでいた。
このポジショントークこそ、“コウモリ政党”の本領発揮だろう。

「公明党は一律10万円を引き出したというより、ここまで引き延ばしたと言えます。
例えば、国民民主党は3月18日に一律10万円を打ち出しています。
自公合意で30万円の支給がわずか2割の世帯にとどまることになり、給付金をアテにできない人が、休めずに働きに出たケースも少なくない。
もっと早い段階で、一律10万円の政治決断ができていれば、外出自粛、ひいては感染防止にもつながったはず。
“天下の愚策”をいったん容認した公明党の責任は重大です」(立正大名誉教授の金子勝氏=憲法)

 7年以上に及ぶアベノミクスの格差拡大策を放置しておいて、今さら国民の味方ヅラはしらじらしすぎる。

給付開始は早くて7月か
 国民1人当たり一律10万円が給付されることになった臨時給付金。
公明党の斉藤幹事長は5月下旬から6月初旬の給付を目指す意向を示しているが、大甘だ。
どうやら、早くて7月になりそうだ。

補正予算を大急ぎで通したとしても、給付には膨大な事務作業が必要なのだ。
 実務を行う市町村は、受給者について、住民基本台帳の住民登録通りの住所に住んでいるかすべてチェックし、振り込み口座情報をもらう必要がある。
入手した口座情報は「なりすまし」防止のために本人確認も必要になる。
内閣府の幹部は、振り込み開始時期について「夏以降になりそうだ」と漏らしているという。

 安倍首相も7日夜の会見で「全員給付だと約3カ月かかる」と断言していた。
夏に給付されても、とっくに干上がっている。
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2020年04月19日

国民の信頼なき政権が緊急事態宣言の茶番 西谷修氏に聞く

国民の信頼なき政権が緊急事態宣言の茶番 西谷修氏に聞く
2020/04/17 日刊ゲンダイ  

政府は16日、新型コロナウイルスに関する「緊急事態宣言」について、対象地域を全国に拡大した。
これ以上の感染拡大を防ぐには全国規模で人の移動を抑えることが欠かせないと判断したためだ。
外出自粛の要請によって休日の都市部の混雑は少なくなったとはいえ、平日の電車内はいまだに通勤する会社員らの姿が目立ち、首相が呼び掛けたオフィス出勤者の「最低7割削減」は程遠い。

 感染拡大を完全に封じ込めるには、国民一人一人の協力が欠かせず、政府側も強い信念と覚悟が必要だが、安倍政権にその姿勢は見られない。
多くの国民が求めている「休業補償」に対しても、安倍首相は「休業に対して補償を行っている国は世界に例がない」と否定的だ。
英国やドイツなど他国の政府と比べて対応の遅れが否めない現政権について、東京外国語大名誉教授の西谷修氏(70)に聞いた。
 ◇  ◇  ◇  
――まずは緊急事態とは、どういう状況を指すのでしょうか。
 近代民主主義国家における政府というのは、国民の負託を受けて権力を行使しています。
権力行使には当然、制約があり、その制約が法体系です。
しかし、通常の法秩序に従っていたのでは間に合わないような事態が生じた場合、行政府が機動的かつ強力に動けるようにするために、国民の信頼、信託を得て事態を「緊急」と認定し、必要に応じて権力行使の制約を解除する。
それが「緊急事態宣言」です。  

――安倍首相も緊急事態宣言を全都道府県に発令しました。
 安倍政権下の日本というのは、緊急事態宣言を発令する前から、すでに同様の状況にありました。
というのも、ここ数年の第2次安倍政権下では、あらゆる行政権の制約、統治システムが壊されてきたからです。

 例えば、国家機構が動くためには官僚の存在があり、官僚が動く根拠というのは常に文書です。
この法律、条文にこう書いているから、私たちはやる権限がありますと。
官僚制の根幹です。
ところが、安倍政権というのは、その文書を改竄したり、破棄したり、あるいはもう作らない、とさえ言い出している。
さらに、重大な問題が起きたとしても立件されないように検察組織も抑え込もうとし、子飼いの人物を検事総長に充てようとしています。
 そうなると、権力はあらゆる法の拘束を受けず、「権力はあらかじめ無罪である」という状況になりつつあるわけです。
緊急事態宣言を発令する前から、行政権に制約がないという状況ですね。
こういう権力が緊急事態を宣言するのは茶番と言ってもいいでしょう。

■国民が緊急事態宣言の発令を求めた意味  

――今回の緊急事態宣言は国民からも発令を求める声が上がりました。
 緊急事態というのは、誰がそれを認定するのかという問題もあるわけで、政府は他のことばかり気にしてのほほんとやっている。
国民が発令を求めた意味は、必ずしも政府に「権力を一元化して仕切ってくれ」ということではないでしょう。
むしろ、今回の新型コロナウイルスの感染防止は通常の対応では間に合わない。
今までの行政対応ではダメだから、これが日本社会の危機だということを早く認めて緊急に対処してほしい、という要求の表れでしょう。

――欧米でも緊急事態宣言を出して国民に協力を呼び掛けていますが、日本とは何が違うのでしょうか。
 イギリスやドイツ、アメリカでは連日、首相らがテレビなどで新型コロナウイルス感染の危険性や拡大防止を真剣に訴えています。
ニューヨーク州のクオモ知事もその一人ですが、そうすると、市民の側にも危機感が強くなり、協力しようという機運になる。
いわば、政権担当者と国民の間で信頼関係が生まれるわけです。
ところが、日本では緊急事態宣言を発令しても、政府は経済のことだけを気にして人びとをコロナ禍から守るという思いが見えません。
日本で外出者の7割や8割の削減がなぜできないのかと言えば、国民が勝手だからではなく、これまでの政府対応が不十分で、根本的に信頼関係がないからです。
宣言の強制力ではなく、政府の姿勢に問題があるのです。

■新型コロナは戦争ではなく緩慢な津波  

――外出制限が進まない最大の理由は補償の問題ですが、安倍首相は「休業補償」に否定的ですね。
 米国でも現金給付が始まりましたが、外出や移動を止めろと言うのなら、それでも生活できるような手当が必要です。
それでないと市民は行き倒れます。
コロナ蔓延を防ぐためと言うなら、国が当座の生活を補償しなかったら、国民は生活を維持できない。
しかし、日本政府はハナから補償する気がない。
だから「緊急事態宣言」発令後も強い姿勢に出られないわけです。

 当初の政府方針だった1世帯30万円の「生活支援臨時給付金」にしても、給付申請に大変な手続きが必要。
申請しても宝くじに当たるようなものなんて大変な誤魔化しで、その間に困窮者が溢れたでしょう。
それが緊急事態なのであって、だから当座はともかく現金支給して、あとで調整すればいいわけですよ。  

――安倍首相が「世界的に見ても最大級」と胸を張った緊急経済対策についてはどう見ていますか。
 政府の支援はほとんどが企業向けです。
企業は経済のエージェントですが、生きた人間ではありません。
息もせず、腹も減らないし、肺炎にもなりません。
新型コロナウイルスに感染して苦しむのは誰かと言えば、生きた一人一人の人間です。
その人たちが働けなくなったり、あるいは出勤停止になったりして、家賃が払えない、収入が減って家族を養えない、というのが問題なのであって、それに対処するのが政府の役目です。
社会の担い手が失われるかもしれない状況を放って置いて、経済システムを回すためにだけ支援する。
倒錯しているとしか思えません。  

――新型コロナウイルス感染拡大を止めるにはどうすればいいと思いますか。
 今回のコロナ禍はよく戦争に例えられますが、戦争ではなく、災害と考えるべきです。
集団の利害が絡んだ争いではない。
緩慢な津波のように静かに社会に浸透していく。

感染の被害を避けるためには社会を閉じる必要があり、そのためには経済が打撃を受けるのは避けられません。
しかし、今の政権はこの経済システムを維持することしか頭になく、その覚悟がない。
これまでも日銀などを使って株価を上げ、経済成長していると粉飾してきたため、経済システムを止めると全部破綻する。
つまり、アベノミクス壊滅となるので、やりたくないのでしょう。

 とにかく「緊急事態宣言」をしたのであれば、それが社会の緊急事態だという意識を強く持ってほしい。
そうでないなら、すぐに首相を辞めるべきです。
それ以外にはまともな展望は立ちません。
 新たな内閣が出来たら、あとは官僚や専門家に「政権のためではなく、この社会の危機を救うためにできることをやれ」と言えばいい。
あとは地域・現場の要望を聞く、それだけです。
(聞き手=遠山嘉之/日刊ゲンダイ)

西谷修(にしたに・おさむ)フランス哲学者。
東京外国語大学名誉教授、神戸市外国語大学客員教授。
立憲デモクラシーの会呼びかけ人・安保法制に反対する学者の会呼びかけ人を務めた。
「不死のワンダーランド」「戦争論」など著書多数。
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2020年04月20日

国民の恐怖に全く無関心…コロナが暴いた安倍首相のヤバい資質

国民の恐怖に全く無関心…
コロナが暴いた安倍首相のヤバい資質
4/19(日) 配信 現代ビジネス
野口 悠紀雄
(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問)

 コロナウイルス禍で、さまざまなことがあからさまになった。
政治家の資質もそうだ。

一方の極に、明確な哲学に基づき、感動的な言葉で国民に犠牲と協力を求め、政府が行うことを約束したドイツ首相のメルケル。
そして、もう一方の極には……

危機にあたって国民の先頭に立ったエリザベス1世
 国が存亡の危機に直面した時、先頭に立って国民を奮い立たせた指導者は、歴史上、何人もいる。
 1588年7月、イングランド沖に、スペイン無敵艦隊が、イングランドに神の鉄槌を下すべく、その威容を現した。
エリザベス女王は、捕らえられて火炙りにされることを覚悟したに違いない。
 彼女は、鎧に身を固め、捕虜になる危険を冒して最前線におもむき、全軍の先頭に立った。
 そして、歴史に残る演説(ティルベリー演説)を行なった。
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我が愛する民よ(My loving people)。
貴方たちの中で生き、そして死ぬために、戦いの熱気の真っ只中に私は来た。
たとえ塵になろうとも…… 我が神、我が王国、我が民、我が名誉、そして我が血のために! 
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 これを聞いた兵士たちは、たとえ死んでも悔いはないと思ったに違いない。

 ドイツ首相のメルケルは、3月18日に、実に感動的で、しかも明確な内容の演説を行なった。

 まず、「すべての国民の皆さんが、この課題を自分の任務として理解されたならば、この課題は達成される、私はそう確信しています。
ですから、申し上げます。事態は深刻です。
(中略)第2次世界大戦以来、我が国においてこれほどまでに一致団結を要する挑戦はなかったのです」と、問題の深刻さを規定した。
 そして、つぎに、「公的な生活を中止すること」が必要だとした。
 ただし、「理性と将来を見据えた判断を持って国家が機能し続けるよう、供給は引き続き確保され、可能な限り多くの経済活動が維持できるようにします。」とした。

 さらに、「経済的影響を緩和させるため、そして何よりも皆さんの職場が確保されるよう、連邦政府は出来る限りのことをしていきます。
企業と従業員がこの困難な試練を乗越えるために必要なものを支援していきます。
そして安心していただきたいのは、食糧の供給については心配無用であり、スーパーの棚が1日で空になったとしてもすぐに補充される」と、政府の役割を約束した。

 最後に、「私たちがどれほど脆弱であるか、どれほど他者の思いやりある行動に依存しているかということ、それと同時に、私たちが協力し合うことでいかにお互いを守り、強めることができるか、ということです。
状況は深刻で未解決ですが、お互いが規律を遵守し、実行することで状況は変わっていくでしょう」とした。

 いま国家の指導者がなすべきことは、「この危機と恐怖に耐えぬいてほしい、私も全力を尽くす、と自分の言葉で訴えることだ。
メルケルのこの演説は、すべてのドイツ国民の心を動かすものだった。
 こうした指導者を持つドイツ国民を、心底羨ましく思う。
 言葉だけではない。ドイツの医療は機能し続けており、死亡率は欧米諸国の中で目立って低い。

「私は犬を抱いて自宅で寛いでいるよ」
 それに比べて、我が国の首相は何をしたか? 
 4月12日、「私は犬を抱いて自宅で寛いでいるよ」という動画が、「うちで踊ろう」という音楽とともに、SNSに流された。
 これを見た多くの国民は、「これが本当に首相の投稿であるはずはない。悪質なフェイクだ」と思った。
「何か月も前に撮影されたものを、首相を中傷するため、誰かが、今そうしているかのように投稿したのだ」と思った。

 しかし、これは本当に首相が流したものだった。
ありえないことではないか? 
 我々は、いま極限の恐怖の中にいる。医療が崩壊しつつあるので、コロナに感染したらどう扱われるか分からない。
これは、底知れぬ恐怖だ。
 持病が悪化しても、恐くて病院に行けない。
 医療関係者たちは、医療崩壊寸前の現場で必死の努力を続けている。

 在宅勤務せよと政府は言っているが、満員電車で通勤しなくてはならない人が沢山いる。
 収入が激減したので、これから生活を維持できるかどうか分からない。

 メルケルが正しく指摘しているように、これは、第2次大戦以降、経験したことがなかった事態だ。
 そうした中で、最高権力者とその周りの人々だけが、この恐怖から逃れている。
 コロナは誰にも平等というが、感染した場合の扱われ方は違う。
彼らは、熱が出ても、保健所に連絡して指示を受ける必要はないだろう。
そうしなくとも手厚く看護される。
そして、所得減少は、歳費削減2割だけだ。

 国民が極限の恐怖に直面する中で、恐怖を全く感じていない人たちがいるということがよく分かった。
 私の友人が2月下旬に言った。
「コロナに感染するなら早いほうがよい。
入院できるから。
医療が崩壊 してからでは放置される」。
そして、「権力者はこの恐怖は理解できないだろう」と言った。

 あまりに恐ろしい予言なので何とか忘れようとしていたが、思い出してしまった。  
「うちで踊ろう」というのだが、いまの日本で踊りたくなる人が、一体何人いるのだろう? ? ? 。
国家が破綻するかもしれないという事態において、犬を抱いて寛いでいられる人がいる。
それは、冷厳たる事実だ。
しかし、塗炭の苦しみに喘ぐ国民にその姿をわざわざ見せる必要はない。

 暴動が起きないのは、暴動を起こす余裕さえ国民が持っていないからだ。
 あのトランプでさえ、戦時大統領だと言っている。
エリザベスやメルケルには比ぶべくもないが、それでも、寝食を忘れて危機に当たるというメッセージを国民に送っているのだ。

 世界の指導者の中で、「私は、いま、自宅で優雅に寛いでいます」と公言した人がいるだろうか?

 経済対策――国は国民を見捨てた
 この首相が率いる政府は、コロナ感染に対して何をしてくれたか? 
 4月7日に、新型コロナウイルス感染症緊急経済対策が閣議決定された。
まず、布マスクを全家計に配ることとされた。
 何のために配るのか?
 布マスクは感染拡大を防止があるとは言われていないので、これで何ができるのか?
 心理的な安心感か? 
 これに必要な費用は466億円と言われる。

やるべきことはいくらでもあるのに、それに充てる財源が、466億円消えてなくなる。
 こうした政策でも、実行を強いられる現場には大きな負担になる。
そのマイナス効果の方がずっと大きい。

 役所の下っ端で働いた経験から言うと、やりがいのある仕事なら、どんなに辛くても耐えられる。
しかし、馬鹿げた仕事で深夜2時まで振り回されるのは、耐えられない。
  つぎに現金給付30万円。
これは散々批判を浴びたあと、連立与党・公明党の強硬な抗議もあって4月17日に一律10万円給付に異例の変更が行われた。

 そもそも、この制度は悪用される危険があった。
悪徳経営者なら、まず、所得制限を満たす従業員の給与を減らす。
現金給付を受け取らせて、その穴埋めをさせる。
これだけで、巨額の収入! 

 減収証明書の偽造対策を講じるという。
しかし、雇い主が給与を実際に切り下げ、被用者が30万円貰い、後で山分けするのは、偽造ではない。
これにどう対処するのか? 
 現金給付の総額は、3兆円程度と言われる。
その多くが、悪賢い人たちの懐に入る。

困っている人と損害を受けた人を助けるのでなく、悪賢い人たちに不当な利益を与える制度になる。
 こんな制度が現実に登場し、閣議決定されるなど、信じられない。
これは、マスク2枚のようにジョークでは済まされない問題だ。

 そして、休業要請は自治体にまかせるが、政府は範囲拡大には反対した。
さらに、「強制でなく要請だから補償しない」としている。
 営業自粛しても、家賃、光熱費、維持費は払う必要がある。
もちろん、従業員の給与もある。
関係者まで含めれば、収入減少者の範囲はきわめて大きくなる。

 マスクは配ったし、これから30万円配る。
営業自粛要請や協力手当は自治体がやってくれる。
政府は補償金を出さない。
首相は自宅で寛ぐ。
 これが、日本政府が発している明確なメッセージだ。

要するに、国民は捨てられたのだ。
こうしたメッセージを明確に出している国は、他にない。

 繰り返すが、メルケルは、「企業と従業員がこの困難な試練を乗越えるために必要なものを支援していきます」と約束しているのだ。

首を斬られるとき、髭の心配をする政府
 外出減少率は、目標である8割にはなっていない。
 本来であれば、政府は、十分な休業補償金 を支出して休業要請をより厳格にし、コロナ感染 の拡大を何としても食い止めなければならない。
経済を意図的に落ち込ませる一方で、 連鎖倒産防止 のために全力を尽くさなければならない。
いままで経験したことのなかった難しい運営が求められている。
 これを実行するには、従来とはまったく異なる発想が要求される。

 イングランド銀行は、政府の短期国債を直接に引き受けることによって、市中にマネーを供給する。
巨額の納税猶予や賃金補助を行なうからだ。
日本でも、本当は同じことが必要だ。

 日本でも、短期国債の日銀引き受け発行は、財政法第5条の下で可能なことだ。
何の制度改正も必要なく、政府が決断するだけでできる。
 だから、休業補償金も、年度内に審査して一部は回収する給付金 にすれば、必要なだけ、いくらでも給付できる。
 それにもかかわらず、麻生財務相は、「経済対策とプライマリーバランスの関係を考慮する必要がある」とした。

 財政健全化は、平時において重要な目標だ。
これと緊急時の対応を混同してはならない。

財政の健全性は、中長期的な観点から必要とされることだ。
現在のような異常時にそれにこだわり、納税猶予や休業補償 を中途半端なものにすれば、経済が立ちゆかなくなる。
 いまは、すべてに優先して感染拡大を防止しなくてはならない。

 黒沢明監督「7人の侍」で、野武士の襲撃から村を守るため、侍を雇おうとする提案を村人たちで協議する場面がある。
「娘が心配だ」という声があがる。
長老は一喝した。
 「野伏せり来るだぞ! 首が飛ぶつうのに、ヒゲの心配してどうするだ!」
 いまの日本政府の指導者たちは、是非、この言葉を思い出してほしい。

コロナが暴いたもの
 コロナ後の世界(それが実現することを、何と切望することだろう)は、今年2月までの世界の連続ではありえない。
あまりに多くの虚構が暴かれてしまったからだ。
コロナが去ったとき、我々はただ呆然と立ちすくむだけだろう。

 コロナ は、様々なものの本当の姿を暴いてしまった。
政治家の資質、所得が消滅していく経済で国が何をなしうるか。
権力者が本当は何を考えているのか。
 今年1月の古新聞を見る。
あの頃の世界の、何と平和だったことか。
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2020年04月21日

「勝てる自信はないが、それを言い出せない」日米開戦を招いた日本人の悪癖

「勝てる自信はないが、それを言い出せない」日米開戦を招いた日本人の悪癖
2020年04月20日 PRESIDENT Online
(名古屋大学名誉教授 川田 稔

なぜ日本はアメリカとの太平洋戦争に踏み切ったのか。
名古屋大学名誉教授の川田稔氏は「陸軍側は、海軍側に『戦争に自信なし』と明言させることで、開戦を回避したいと考えていたようだ。
しかし、海軍はそれを言い出せず、陸軍も引くに引けなかった」という??。
※本稿は、川田稔『木戸幸一』(文春新書)の一部を再構成したものです。

■中国駐留軍をめぐる近衛首相と東条陸相の対立
1941年(昭和16年)10月2日、ハル国務長官から覚書のかたちで、9月25日の日本側提案に対するアメリカ政府の回答が示された。
それは、三国同盟問題では日本側の姿勢を評価しながらも、より明確な回答を求めていた。
さらに、中国に軍隊を駐屯させる要望は容認しえず、日本軍の仏印および中国からの撤退を明確に宣言する必要があるとのことだった。
また、日中間の地理的条件による経済的特殊関係の承認についても受け入れられないとしていた。

このハル覚書をうけ、10月5日、東条英機陸相は近衛文麿首相と会談した。
東条は、アメリカの態度は、駐兵拒否、三国同盟離脱であり、これらは譲れないと述べた。
近衛は、駐兵が問題の焦点だ、「一律撤兵」を原則的には受け入れ、「資源保護などの名目で若干駐兵させる」ことにしてはどうか、との意見を示した。
東条は、それでは「謀略」となり「後害」を残す、として反対した。

近衛の原則一律撤兵・実質駐兵論に対して、東条は不確かなもので容認できないとしたのである。

同日、海軍でも首脳会議が開かれた。
そこで岡軍務局長の提案により、交渉継続の方向で近衛首相が東条陸相と会談し、交渉期限の延長や条件の緩和を話し合うことを、首相に進言することとなった。
翌6日の海軍首脳会議でも、「撤兵問題のみにて日米戦うは馬鹿なことなり」として、条件を緩和してでも外交交渉を続ける方針が申し合わされた。
原則的には「撤兵」とし、治安維持のできたところから撤兵する、とされた。

■海軍トップが、対米戦勝利の自信はない旨を明言
10月7日朝、陸海相が会談した。
及川古志郎海相は東条陸相に対し、なお交渉継続の余地はあり、もう少し期限に余裕が必要だとして、10月15日の決定延期を申し入れた。
東条の「勝利の自信はどうであるか」との問いに、及川は「それはない」と答えている。
ただ、「この場限りにしておいてくれ」と付言した。
海軍トップの海相が、対米戦勝利の自信はない旨を明言したのである。
東条は、この場限りの話として聞かされたが、海軍に自信がないことを知った。

そこから東条も、海軍に戦争遂行の自信がないのなら、不本意だが、9月6日御前会議決定を見直さなければならないのではないかと考えはじめていた。
同日(7日)、武藤章軍務局長は、富田健治内閣書記官長に対し、「駐兵も最後の一点ともならば考慮の余地あり。また交渉をなすべし」、との意見を伝えている。
武藤は、固守していた中国駐兵についても、対米交渉の最終盤においては、なお譲歩を考慮する余地があると考えつつあったのである。

■東条陸相、撤兵論・御前会議決定の再検討を拒否
木戸幸一内大臣の日記には、この間の動きについて、こう記されている。
「十月七日……富田[内閣]書記官長来訪、対米交渉につき左の如き話ありたり。
米国の覚書につき、陸軍は望みなしとの解釈なるが、海軍は見込みありとして交渉継続を希望す。
……海軍側は、首相はこの際遅滞なく決意を宣明し、政局を指導せられたしと要望す。
先ず首相は、強硬意見を有する陸相と充分意見を交換したる後、陸海外の三相を招き、自己の決意を披瀝し、協力を求むる筈なり」

さて、10月7日の夜、近衛・東条会談がおこなわれた。
ここで、近衛が、「駐兵に関しては撤兵を原則とすることとし、その運用によって駐兵の実質をとることにできないか」、と意見を述べた。
だが、東条は、「絶対にできない」と拒否している。
つづいて近衛は、9月6日御前会議決定について「再検討が必要である」と主張した。
これについても東条は、「御前会議の決定を崩すつもりならば事は重大である。 何か不審があり不安があるのか。……もし疑問があるというならそれは大問題になる」、として受け入れなかった。

近衛は、「作戦について十分の自信がもてないと考える」と一応答えているが、自身ではそれ以上の根拠は示せなかった。
最後に東条は、「人間たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」、と述べている。
つまり、東条は、近衛の原則撤兵・実質駐兵論を「絶対できない」と頑強に拒否し、御前会議決定の再検討についても容認しなかったのである。

■「撤兵も考えざるべからざるも、決しかねるところなり」
だが、翌8日、東条陸相は及川海相に、「支那事変にて数万の生霊を失い、みすみすこれ[中国]を去るは何とも忍びず。
ただし、日米戦とならばさらに数万の人員を失うことを思えば、撤兵も考えざるべからざるも、決しかねるところなり」、と述べている。
岡敬純海軍軍務局長のメモでは、「陸相は最後撤兵問題のみにて対米交渉が纏(まと)まるならば、[撤兵を]考慮する意志を表明せらる」、となっている。
東条も近衛には強く撤兵を拒否しながらも、なお動揺していたといえる。

このように、武藤のみならず、東条もまた、交渉の最終段階では全面撤兵も考慮せざるをえないのではないかと迷いを示していた。
政権中枢の近衛首相、東条陸相、及川海相は、個別に会談を続けた。
近衛と及川はそれぞれ交渉継続の観点から、駐兵問題での陸軍の譲歩を求めたが、結局東条は譲らなかった。

■対米強硬論を公言していた東条陸相の迷い、動揺
ただ東条も、海軍が対米戦の自信がなければ、9月6日御前会議決定を再検討する必要があるのではないかと考えはじめていた。
御前会議の決定を尊重すべきとの基本的態度だったが、海軍に自信がないなら、御前会議決定を白紙に戻し、責任者は全て辞職すべきだ、とも述べていた。
また撤兵についても動揺しはじめていた。
及川海相は、前述のように、近衛首相が自身の決意で、政局を交渉継続、撤兵の方向にリードしてもらいたい。
場合によっては米側提案を丸呑みする覚悟で進んでもらいたい、と要請していた。
そして、首相が覚悟を決めて邁進(まうしん)するならば、それに海軍は全面的に協力する、との意向を近衛に伝えていた。
及川も海軍のみの判断によって戦争回避の全責任を負うことはできなかったのである。

■天皇最側近から近衛首相へのアドバイス
10月9日、事態が緊迫するなかで、木戸は近衛に次のようにアドバイスしている。
御前会議の決定は、「いささか唐突にして、議の熟せざるものあるや」に思う。
内外の情勢から判断するに、「対米戦の結論」は「再検討」を要する。
この際は対米開戦を決意することなく、むしろ「支那事変の完遂」を第一義とすべきである。
アメリカに対しては、「自主的立場」を堅持するため、10年ないし15年の「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」によって、「高度国防国家の樹立、国力の培養」に専念努力すべきである。

「支那事変完遂」のためには、「交戦権の発動」(宣戦布告)も辞さず、陸軍動員により重慶、昆明等にも作戦を敢行し、「独力実力」をもって解決する決意が必要である、と。
これは、8月7日の近衛への意見と同方向のものだが、9月6日御前会議決定を再検討すべきことが主眼となっている。
他には、日中戦争の軍事的解決を強調していることが注意を引く。

■自信がないと公言できない海軍、主張を変えられない陸軍……
想定される対米英戦争の重圧に苦しむ武藤や東条は、海軍が対米戦に自信がなく、それゆえ交渉継続を主張しているのを承知していた。
そこで海軍側に戦争に自信なしと公式に明言させ、できれば開戦を回避したいと考えていたようである。
だが、海軍も組織内外の条件から、それは一貫して避けていた。
及川海相は東条に対米戦の自信はないと自身の考えをもらしていたが、それは内々の話とされていた。
したがって、東条も陸軍内外で、それを理由に従来の主張を変えるわけにはいかなかったと思われる。
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川田 稔(かわだ・みのる) 名古屋大学名誉教授
1947年高知県生まれ。
1978年、名古屋大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。法学博士。
専門は政治外交史、政治思想史。名古屋大学大学院教授などを経て現職。
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“アベノマスク”で“アサヒノマスク”に反撃、安倍首相の「はぐらかし」こそ問題

“アベノマスク”で“アサヒノマスク”に反撃、安倍首相の「はぐらかし」こそ問題
2020/04/20 週刊女性PRIME [シュージョプライム]

 安倍晋三首相が4月17日の記者会見で、“政府における布マスクの全戸配布”(通称:アベノマスク)が批判を浴びている現状について朝日新聞記者から問われたことに対し「御社のネット(通販)でも布マスクを(2枚)3300円で販売しておられたと承知している。そのような需要も十分にある中で2枚の配布をさせていただいた」と“反撃”し「皮肉った」と同日、毎日新聞が伝えた。

募っていく安倍首相への不信感
 ネットを中心に波紋が広がっているが、そもそも、このやりとりの問題点は安倍首相が記者の質問にまともに答えず、話をはぐらかして論点をずらしたところにこそある。
記者会見だけではない。国会質疑でも、質問に正面から答えず話をズラすのは安倍首相の常套(じょうとう)手段だ。

 そんな安倍首相のずるさや卑劣さが明確になったのが、この日の受け答えだった。
政府の施策への問いを棚に上げ、関係のないネット通販の話を持ち出し言及したのは詭弁(きべん)でしかない。
 この時期に約466億円もの多額の税金を投じて、小さくて貧相な布マスクを1世帯にわずか2枚配布することの「ショボさ」と「虚しさ」、「ガッカリ感」。
さらに、ほかにもっとやるべきことがあるだろう、という「疑問」「憤り」そして「失望」。

さまざまなツールを通して、これらを訴えている国民が数多くいる。
だからこそ、以前から納得のいく説明が求められているのに、常に話を逸(そ)らす。

 “モリ・カケ・桜問題”(森友・加計学園をめぐるさまざまな疑惑や、首相主催『桜を見る会』のあり方における対応のずさんさを指す)をはじめ、安倍首相が繰り返すこうした不誠実きわまりない行為は、「この人物は信用も信頼もできない」と強く思わせる。
ところが、自分の言動の異常性を、安倍首相はまったく自覚していない。

 ちなみに、朝日新聞社のネット通販『朝日新聞SHOP』のマスクは、大阪・泉大津市の老舗繊維メーカーが地元自治体や商工会議所などと協力して製造販売したもので、地場産業の技術を生かした手作り製品だという(※4月20日現在は受注停止中)。
そうであるならば、この通販はマスク不足解消を狙った町おこし応援企画へのサポートと言えるかもしれない。
安倍首相にとやかく言われる筋合いの話ではない。

 朝日新聞社の話でいえば、むしろ問題に思えたのは、同社が3月22日付の12面(スポーツ面)の下段に掲載した「立体マスク30枚セット3600円」という『株式会社夢グループ』の広告だ。
「緊急入荷」と銘打ち「仕入れ価格が著しく高騰しており、ご提供価格が割高になってしまいました」などと説明されているが、確かに高額である。
相場より高値での転売が社会問題化し、懐疑的に報道されていたタイミングだっただけに、こうした広告を無批判に掲載することには疑問を感じる。
 それから1か月後、4月19日付の朝日新聞は6面に通販会社『快適生活(株)ライフサポート』の全面広告を掲載。
衣料品や食料品などの9商品とともに「3層構造プリーツマスク50枚セット4500円」と「3D『立体マスク』30枚6000円」の2種類のマスクが売り出された。
いずれも相場より、やや高額であった。
 マスク不足が一向に解消されない状況が続けば、多少高額であっても購入を希望する人も当然、増えてくるだろう。
自宅に備蓄していたマスクが底をつき始め、不安を抱く人が増えている状況では、通販広告は需要があるのかもしれない。
相場と比べて法外に高額なのか、許容範囲の値段なのかにもよるが、あまりに消費者の足元を見るかのような販売手法にはやはり違和感がある。

新聞広告の掲載基準に照らして、どのように判断して掲載したのか、新聞社としての説明はあってしかるべきだろう。

それでも記者はひるまずに追及を
 しかし、だからといって朝日新聞の記者が“アベノマスク”について批判的に報じてはいけないことにはならないし、安倍首相の姿勢を正さずにいる必要も、まったくない。
何より、安倍首相が記者の質問をはぐらかし、説明責任を逃れていいことには断じてならない。
 記者の後ろにいる国民(主権者)に対し、安倍首相(権力者)はわかりやすく明確に、そして真摯(しんし)に説明する義務がある。
記者はひるまず遠慮せず、臆することなく、厳しい質問を投げかけて権力をチェックする職責を果たすべきだ。
国民(主権者)に判断材料を提供することになるからだ。
そのことは改めて明記しておきたい。
           (取材・文=池添徳明

【PROFILE】

池添徳明(いけぞえ・のりあき)
 ◎埼玉新聞記者、神奈川新聞記者を経て現在フリージャーナリスト。
関東学院大学非常勤講師。
教育・人権・司法・メディアなどの問題を取材。
著書に『日の丸がある風景』(日本評論社)、『教育の自由はどこへ』(現代人文社)、『裁判官の品格』(現代人文社)など。
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2020年04月22日

「偏見に囚われた人」ほど他人を攻撃したがる訳

「偏見に囚われた人」ほど他人を攻撃したがる訳
張本勲も驚愕!キングカズの「切り返し力」
2020/04/21 東洋経済オンライン
堀田 秀吾 : 明治大学教授

偏見を持った人ほど、他人に攻撃的になるのはなぜか?
明治大学教授の堀田秀吾氏が解説。
『「勘違い」を科学的に使えば武器になる』から一部抜粋・再構成してお届けします。

人と話していて、とくにやっかいなのは、ある物事について、極端な思い込みを抱いているときです。
凝り固まった悪い思い込みのある人は、多くの場合、ステレオタイプか偏見のどちらかにとらわれています。
この2つは似たようなものですが、ステレオタイプはマイナスのイメージとは限りません。
たとえば「イタリア人男性は女性にやさしい」といったものです。

一方、偏見は必ずマイナスのイメージを含みます。
「日本人男性は女性の扱いがひどい」といったものです。

「ステレオタイプ」はある意味で健全
まず、ステレオタイプから見ていきましょう。
ステレオタイプや偏見にとらわれている人は、確証バイアスで、自分の見たい情報だけを見ています。
ただ、ステレオタイプ化は、物事を効率的に認識理解するための「単純化」という、ある意味、健全な営みです。
とくに否定的な感情を伴わないために、矯正もしやすいと言われています。
そのため、反証となる情報を伝えて、その情報を納得してもらうことが対策になるでしょう。
信頼できる情報源から得た研究結果や統計資料を見せるなど、できるだけ客観的な証拠や論拠を持って説明することが有効です。
たとえば「池袋で遊んでいるのはみんな埼玉県民」と言う人がいたら、池袋好きな東京都民や神奈川県民の統計的な分布を伝えるわけです。

一方、偏見は、否定的な感情や思い入れ、プライドやイデオロギーなどを伴うものであるだけにやっかいです。
ある対象を「大嫌い」と思っている人に「その考えは間違っている」と言っても、感情的な部分から反発が生じやすく、効果が出ない可能性が高いでしょう。
これを説得するには、否定するよりも、相手のマイナスを塗りつぶせるような、プラスの新しい情報を伝えることがおススメです。

そこでご紹介したいのが「無効化」という方法です。
これは、北海道大学の尾ア一郎氏らの研究です。
偏見を含んだ発言というのは、往々にして対象を攻撃するという意図があります。
たとえば、SNSやネットの掲示板で、隣国の悪口を書く人たちがいます。
発言者は、その発言によって、隣国の人たちを侮辱したり、傷つけたりしたいのです。
そういう意図がないなら、わざわざ公の場に書き込まず、自分の日記にでも書いておけばいいわけですから。

無効化という方略は、その攻撃力を削ぐ方法です。

キング・カズの言葉に張本勲も絶賛!
以前、サッカーのキング・カズこと三浦知良さんが、現役を続けていることに対し、元プロ野球選手で野球評論家の張本勲さんから、某テレビ番組で「若い選手に席を譲らないと。団体競技だから、伸び盛りの若い選手が出られない。だから、もうお辞めなさい」などと言われたことがありました。

スポーツ選手の年齢に関する偏見が、もとになった発言です。
この発言を受けて、ネットもメディアも炎上しました。
しかし、キング・カズは、やはり役者が違います。
次のように返したのです。
張本さんほどの方に言われるなんて光栄です。
「『もっと活躍しろ』って言われているんだなと。
『これなら引退しなくていいって俺に言わせてみろ』ってことだと思う」

張本氏の「侮辱」のことばを「激励」ととらえたのです。
これには、世間も当の張本さんも絶賛。
アスリートの先輩に対して顔を立てつつ、攻撃の無効化に成功しました。
「反動蹴速迅砲(はんどうしゅうそくじんほう)」というのは、サッカーマンガ『キャプテン翼』の中で、ある登場人物が使う、相手のシュートをそのまま蹴り返すカウンターシュートのことです。
キング・カズの切り返しは、相手の攻撃を見事に返して点を取ったということで、まるで反動蹴速迅砲のようでした。

こういった無効化は、必ずしもすぐに効果が出るとは限りませんし、空振りに終わることもあるでしょう。
でも、そこであきらめてしまっては何も変わりません。
不毛に見えても、少しずつ上書きしていくことで、いつか認識が変わるときが来るかもしれない──。
そう信じて、意識的に偏見に立ち向かい、矯正しようとする姿勢も大切です。

「無意識のうち」に人は偏見にとらわれる
もう1つ、偏見で気をつけたいのは、無意識のうちに自分が偏見にとらわれている可能性です。
「自分は差別をしない」と思っている人でさえ、無意識のうちに差別をしてしまうもので、これは「潜在的バイアス」と言われる現象です。

ワシントン大学のグリーンウォルドと、カリフォルニア大学バークレー校のクリーガーによる調査では、ふだんは人種差別反対主義を訴えている人が42%いたのですが、黒人を見ると無意識のうちに「罪を犯す可能性が高い人々」と反応するという実験では、中立的な人は半分以下の18%だったのです。

 完全に中立的な見方や客観視は不可能と認識した上で、行動することが重要なのです。
これを意識するとしないとでは、結果は大違いです。
完全に中立、あるいは客観的な見方は無理でも、できる限り意識して、そこを目指しましょう。
客観的な情報も、他者の主観や主観の集合にすぎないかもしれません。
ゆえに、それぞれに考えが違うこと、自分を含めていかに主観があやふやで、頼りないものであるのかを理解することが大事です
さらに、潜在的バイアスという見えないワナがあることを肝に銘じられれば、どれだけ自信があることでも、冷静に、柔軟に物事をとらえられるでしょう。
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2020年04月23日

深刻なのは安倍総理のフェイクニュースを垂れ流すメディア

深刻なのは安倍総理のフェイクニュースを垂れ流すメディア
2020/04/22 日刊ゲンダイ
立岩陽一郎 ジャーナリスト

 安倍総理は4月13日に開かれた自民党役員会で、新型コロナウイルスへの対策について、「休業に対して補償を行っている国は世界に例がなく、わが国の支援は世界で最も手厚い」と語った。
これは108兆円の経済対策について語ったものだが、この中の30万円の給付についても批判が相次いだことは既に説明する必要もないだろう。
その4日後には1人10万円の給付を追加している。

 そもそも、「休業に対して補償を行っている国は世界に例がなく」というのは、事実なのか?
 ドイツのベルリンでオーボエ奏者として活動している渡辺克也氏に話を聞いたところ、「政府が補償を手厚くしてくれるので、安心して自宅にこもっています」と話した。
ドイツの感染者数は日本の比ではない。
渡辺さんの演奏は全てキャンセルとなっている。
 渡辺さんは30年前にドイツに渡り、オーケストラに15年間所属。
現在はソリストで、税制上はフリーランスだ。
ベルリン州に申し込んで2日後には5000ユーロが振り込まれたという。
更に、オーケストラの組合から500ユーロ、著作権協会から250ユーロの寄付があったという。
合計額は日本円にして、約70万円となる。

「経済的な危機感はありません。
あとは感染を避けるだけです」と話す言葉には余裕さえ感じた。
 その手続きについて尋ねると、「住所、マイナンバー、『不正はしません』『税務処理時に申告します』といった誓約7項目にチェックを入れるだけの、15分もかからない簡単なインターネットでの申し込み」だったという。
ただ、すんなりとはいかず、「3月27日正午から申し込みが始まりましたが、サイトにつながらず待つこと30分。
つながったら『あなたの前に2万人待っている人がいる』との表示が表れ、のけぞりました。
順番が来たのは翌日夜でした」という程度の混乱はあったという。
しかし、この程度は日本では「混乱」とは言えないだろう。

 渡辺さんは音楽家だが、別にこれは音楽家だけに対する補償ではない。
JETROの資料によれば、これは個人事業主全般をカバーするものだ。
1人事業者だと5000ユーロだが、複数だと増額されている。
つまり、「休業に対して補償を行っている国は世界に例がなく」は事実ではない。

加えて、「わが国の支援は世界で最も手厚い」も極めて怪しい。
 安倍総理は各国の補償についても把握しているはずで、これはファクトチェックの判定でいえば、事実でないと知りながら事実ではない情報を流すフェイクニュースだ。
 緊急事態宣言が出されているこの時、国のリーダーが最もやってはいけないことがフェイクニュースの拡散であることは言うまでもない。

それにしても深刻なのは、総理のフェイクニュースをそのまま垂れ流すメディアだ。
アメリカではトランプ大統領が記者会見で事実ではない情報を流すことが問題になり、CNNは会見の途中でも事実と異なる発言については「事実ではない」と指摘するようにしている。
NHKも総理の発言を繰り返すだけの記者解説などやめて、CNNを見習ってほしい。

※コラムへの感想や意見は以下のアドレスへ。
 tateiwa@seedsfornews.com
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2020年04月24日

歳費2割減で露わになった政治家の独善と欺瞞

歳費2割減で露わになった政治家の独善と欺瞞
批判逃れの茶番劇に国民の批判が高まる
2020/04/23 東洋経済オンライン
泉 宏 : 政治ジャーナリスト

国民生活がコロナショックで窮迫する中、国会議員の歳費2割削減や一律10万円の受け取り辞退の動きに、各界各層から厳しい目が注がれている。
各党は、国から受け取る歳費を2割削減することで基本合意した。
国民全員に一律で配られる10万円についても、受け取り辞退やいったん受け取った後に寄付などをする動きが出ている。
ただ、こうした国会議員の対応には「国を動かす政治家の独善と欺瞞が際立つばかり」(有識者)との嘆きが広がっている。

維新と共産は歳費削減に反発
多くの国会議員は「自ら身を切ることで、国民に寄り添う」(自民党幹部)と胸を張り、4月30日と見込まれる2020年度補正予算案の成立に合わせて、各党は最終的な対応を打ち出す方針だ。
ただ、2割削減には「5割削減が当たり前」などの批判が相次ぎ、10万円の扱いについても各党の対応はバラバラ。
国民の政治不信を加速させかねない状況だ。

各党の協議が先行したのは議員歳費の削減だった。
緊急事態宣言の全国への拡大や全国民への一律10万円給付の決定に先立ち、4月14日の自民、立憲民主国対委員長会談で「2割削減」で合意した。
これを受けて自民党は20日の臨時総務会でこの方針を了承。
同党が国会議員歳費法改正案を議員立法で提出し、月内にも衆参本会議で成立させる段取りを決めた。

国会がコロナショック対応に揺れる中、歳費削減で合意した自民党の森山裕、立憲民主党の安住淳の両国対委員長は、「国会も国民の皆さんと気持ちを一緒にするのが非常に大事」(森山氏)、「我々自身が範を示す」(安住氏)と胸を張った。

だが、これに対し、3月に2割削減を求めていた日本維新の会は「風向きが変わって態度が一変した」と反発。
政党助成金の受け取りを拒否している共産党は「筋が違う。今は国民の命と健康、生活と営業を支え、全力で補償する方策を仕上げるのが国会議員の仕事」と安易な歳費削減合意を批判した。
国会議員の給料に当たる議員歳費については、月額129万4000円と規定されている。
2割減額なら同103万5200円となり、25万8800円の削減だ。
適用は5月分から1年間とされ、年額では議員1人当たり310万5600円の削減となる。
これだけ見れば表向きは「範を示した」ようにもみえる。

しかし、国会議員は歳費のほかに、文書通信交通滞在費などの名目で各種手当を歳費とほぼ同額受け取っており、これに各党(共産党を除く)に交付される政党助成金や都内一等地の議員会館・宿舎の家賃の優遇などを合わせれば、議員1人当たりにかかっている「コスト」は年額1億円超との推計もある。
このため、厳しく計算すれば「削減の実態はわずか3%程度という微々たるもの」(政界関係者)となる。
こうした実情を知る橋下徹元大阪市長は「せめて5割削減と言えないのか。国会議員は結局、自分の財布が大事」などと批判。

永田町でも「批判逃れの茶番劇」
「国会議員のモラル低下の表れ」などの自嘲めいた声が広がる。
大臣は10万円の受け取りを辞退 一律10万円給付に対する大臣や国会議員の対応も問われている。
政府は21日の持ち回り閣議で、大臣と副大臣、政務官を対象に10万円の受け取り辞退を申し合わせた。
安倍晋三首相が20日の自民党役員会で、「10万円については、全閣僚が受け取りを辞退する」との判断を示したことを受けたものだ。
これに伴い、自民党も所属国会議員の受け取り辞退を決定する方針だ。

公明党の山口那津男代表は「私自身は受け取らない」と語ったが、党としての受け取りの可否は決めない考えを示すなど、与党内でも対応が分かれている。
野党側では、立憲民主党の安住国対委員長が国会議員の受け取りの可否について慎重に検討する考えを示し、国民民主党は総務会で党所属国会議員が受け取った10万円を寄付などで社会還元する方向となった。
維新の松井一郎代表も、党所属国会議員と地方議員が受け取ったうえで、党が全額を徴収し、寄付に回す方針を明らかにした。
一方で、共産党の小池晃書記局長は会見で「私はもらわない」としつつ、「受け取るか受け取らないかを聞くこと自体をやめたほうがいい。もらわない選択肢もあるし、もらって全部寄付する人もいる。それぞれが判断すればいい」と党としての方針は決めない考えを示した。

各党の対応はバラバラとなるが、その背景には、各政党やそれぞれの所属国会議員1人ひとりの台所事情の違いがある。
「国会議員だから、として画一的に対応するのはおかしい」との指摘もあるが、「多額の税金で待遇が保証されている国会議員は、10万円どころかさらに身銭を切るのが当たり前」という庶民感覚とのズレは隠せない。

国会には、自民党の河井克行前法相と河井案里参院議員夫妻のように公選法違反疑惑で雲隠れを続ける議員や、緊急事態宣言下で「セクシーキャバクラ」通いが発覚し、立憲民主党を除籍処分となった高井崇志衆院議員など、「かなりの数の不良議員」(政界関係者)が存在する。

消える「井戸塀政治家」
これらの議員は、政治家としての活動は「ほとんどしていない」(同)とみられるだけに、インターネット上でも「こんな議員の歳費や手当に血税が使われるのは許せない」との声があふれる。

多くのメディアは、政治家による歳費2割削減や10万円の受け取り辞退などについて、分析や解説記事をあまり伝えていない。
大手紙幹部は「コロナ報道に埋没し、議員の格好つけにすぎないので、優先順位が低かった」と釈明する。

しかし、コロナ対策の成否は「首相や閣僚だけでなく、個々の国会議員の政治判断にもかかっている」(自民長老)のは事実だ。
それだけに、「国会議員の自覚不足が、コロナ対応での国民の不信感を広げている」(同)ことは否定できない。

国会議員はかつて「選良」と呼ばれていた。
また、一昔前には「井戸塀政治家」という政界用語もあった
前者は「選ばれたすぐれた人物。特に、国会議員をさす」(三省堂大辞林)とされ、
後者は「国事に奔走して家財を失い、残るは井戸と塀ばかり」という、清貧を旨とする政治家像を指す言葉だった。

しかし、「いまや政界では、選良や井戸塀、清貧というような言葉は死語となった」(有力政治学者)のが実態だ。

安倍首相はコロナ禍を「第3次世界大戦」と表現したとされるが、今回の議員歳費や10万円給付をめぐる対応をみる限り、「国民や前線兵士を放置して、大本営発表を続けた帝国日本の軍部の姿が二重写しになる」(同)と指摘されても仕方がない。
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2020年04月25日

東京五輪の1年後開催は無理、中止を直ちに決めるべき理由

東京五輪の1年後開催は無理、
 中止を直ちに決めるべき理由
2020.4.24 ダイヤモンドオンライン
小林信也:作家・スポーツライター

「いまでも東京オリンピックを歓迎しますか?」

 東京都民、日本の国民にそれを問いかけたら、一体、どれほどの人が「歓迎する」「ぜひ開催するべきだ」と、手放しで賛成するだろうか?
 IOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長が公式ホームページで、「日本の安倍首相が、1年延期で必要な追加費用(約3000億円)の負担を了解している」旨の発信をし、日本で問題視された。
日本の東京2020組織委員会の要請でこれは削除されたと報じられているが、バッハ会長がありもしない事実を公式ホームページででっちあげるだろうか?

 急転直下、1年延期が決まり、日程まですぐに決まった経緯からしても、日本側から何らかの提示があったことは想像に難くない。
 いずれにせよ、「3000億円の追加費用」を出すだけの予算があったら、「やってほしいことはほかにある」というのが、新型コロナウイルスの感染拡大がいまだに止まらず、緊急事態宣言の下、感染と生命の危険に怯え、生活を大幅に規制されている多くの人たちの実感ではないだろうか。

 新型コロナウイルスの蔓延で、世界は一定程度の平和・平穏状態から、有事へと状況が変わった。
人類の生命の危機、これまでの社会生活や国際交流が脅かされる危機に直面している。
しかも、国や民族間の争いではなく、人とウイルスとの闘いである。

 新型コロナウイルスの感染が始まる前と現在では、人々の判断基準が大幅に変わっていて当然だ。
ここまで感染が長引き、収束の目途が立たない状況が続いている中、当初の安易な楽観論がもう通用しないことは多くの人々が感じているだろう。

 ほとんどの人々は、未来を展望することさえできず、自分と家族、大事な人たちの健康と命をどう守ればいいのかで精一杯だ。
それでもまだ、「オリンピックは1年後に絶対開催する」という決意が、支持されるだろうか?

森会長「再延期は絶対ない」発言で 判断力と見識のなさを露呈
 4月22日、東京2020組織委員会の森喜朗会長は、記者会見で「新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期となった東京大会の再延期は『絶対ない』との見方を示した」と報じられた。
スポニチには、続いて次のように書かれている。

『「選手のことや大会運営上の問題を考えても2年延ばすことは技術的に困難」と説明。
感染終息に懸念があり、安倍首相には「2年は考えなくていいんですか」と尋ねたが、「首相が1年でいい、と決断した」と明かした。』(スポニチ2020年4月23日付)
 この発言に「よかった!」と快哉を叫んだ人がどれほどいただろうか? 
現状とあまりにもずれていないか?

 私が取材しているオリンピックに出場予定の人たちでさえ、戸惑っている。
 延期を議論する前後から、日本政府、東京都、東京五輪組織委員会は一度たりとも、都民や国民に、東京オリンピックの延期や中止に関して意見を求めていない。
すでに決まったことだからとばかり、国民の思いなど聞くこともせず、一方的に進めている。

しかも、東京都がホストであるにもかかわらず、都知事選の候補者擁立などの絡みもあるのか、小池知事は静かになり、本来は当事者でないはずの安倍首相が交渉の先頭に立った。
スポーツ界の意向すら聞くことなく決められた。
民意が入り込む余地を抑え込んでいる。

 責任ある立場の人々、その分野を担う人々は、有事下においても将来を展望し、備える視野を持つことは重要だ。
だから、多くの人々がいまに汲々とする中でも先を見据える人たちがいてほしいものだ。
しかし、この期に及んで「再延期は絶対ない」と断言し、「1年でいい」と決断する組織委員会会長や首相に総合的な判断力や見識があるとは思えない。

改めて、提言する。
 東京都、日本政府、そして東京2020組織委員会は、いまこの時点で、都民、国民に「東京オリンピックの1年後の開催を歓迎するか」を問うべきだ。
そして、大いに議論すべきだ。
もちろん、出場予定の選手たち、指導者たちの意見や気持ち、現状も聞くべきだろう。
その上で、国民が思いを新たにし、どうすべきかの方向性を共有してこそ、国民的な事業といえるのではないだろうか。

 実施にしても中止にしても、それをすることで得られることは大きいはずだ。
そして、新型コロナウイルスが収束した後のスポーツ界が、どんな価値観を持ち、何を大事に運営されるべきかの展望も見えてくると期待する。

3000億円の追加費用は 「無駄」と断言できる理由
 私は、これだけ大変な状況が続くいま、「1年後の開催は無理だろう」「早く中止を決めるべきだ」と感じている。
 1年後のオリンピックの準備より、いまは「命と健康を守ること」「社会の平和を取り戻すこと」が何より緊急のテーマだ。そのために、いまあるものはすべて新型コロナウイルス対策に注力すべきだ。

 例えば、オリンピックのために建設・整備した施設は、感染者や感染防止、仮設の医療施設として使えるだろう。
オリンピック村だけでなく、新国立競技場や他の競技場も転用すれば大いに役立つはずだ。
「1年後にオリンピックに使う」と考えるから使用が躊躇されるが、その可能性をゼロにしたなら、「さあ、どう使えるか」と発想も転換できるだろう。
そして、本来はオリンピックのために造った施設が、運よく新型コロナウイルス対策に大きな役割を果たしたとなれば、莫大な費用も先行投資だったと理解される可能性もある。

 3000億円とされる追加費用に関しても、「無駄だ」と断言する。
 安倍首相や当事者たちは、これまでに投資した1兆円以上とされる予算を無駄にしないためにも「何とかオリンピックを実施し、回収したい」のだろう。
だが、それはもう雲散霧消している。
「復興五輪」だとか「新型コロナウイルスを乗り越えた祝祭として」とか、さまざまな詭弁を弄してオリンピック開催を正当化してきたが、政府・財界の思惑が「経済効果」であることは衆目の一致するところだ。

安倍首相は、東京オリンピックを推進の旗頭として「インバウンド増加による観光立国の実現」「日本が誇るアニメやITなどの先端技術の輸出拡大」などを目論んでいた。
その思惑は自らマリオに扮したリオ五輪閉会式の演出でも明らかになった。
つい先日まで、その意図どおり進展しているかに見えた。
インバウンドは想定を上回る数で上昇し、日本中が中国をはじめアジア各国からの来訪者であふれた。
 しかし、新型コロナウイルスですべては変わった。

 いま改めて、安倍首相が提唱した「インバウンドで日本を活性化する」という政策を支持する国民がどれほどいるか?
 去年までのように、自分たちの平穏な生活や文化・習慣までがアジアの人たちに踏みつぶされるような風景を取り戻したいか? 
経済だけを優先させる価値観は、見直されるだろう。

 新型コロナウイルスが収束できたとしても、その先にあるのは、これまでと同じ日本社会ではないはずだ。
新型コロナウイルスを乗り越えて、新たに気づいた価値観を共有する社会だろうし、そうあってほしい。
そこでスポーツがどんな役割を果たすのか。
おそらく、勝利至上主義と商業主義が結びついたエリート優遇のスポーツからの脱却も進むだろう。

 オリンピックのビジネスモデルも、今回の事態ではっきりと終焉を迎えた。
それを認識すれば、もはや、3000億円をさらに投入する価値はない。

 選手たちに輝く舞台、躍動する機会を与えてあげたい。
それはスポーツを愛する者の当たり前の思いだ。
しかし、これまでと同じように、一部のスポーツ選手だけが優遇され、一攫千金を果たし、メディアや企業がヒーローに群がって商売する構造も空しいものだと多くの人たちが心のどこかで感じるのではないだろうか。
スポーツ界はそこからの脱却と転換を次の道筋とすべきだ。
その意味でも、従来と同じ、商業主義、勝利至上主義的なオリンピックを拙速に強行する必然性はない。
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2020年04月26日

都内でまた買いだめ集中「小池発言」にスーパー現場の憤り

都内でまた買いだめ集中「小池発言」にスーパー現場の憤り
2020/04/25 日刊ゲンダイ

「3月の買い占めの時もそうでした。
小池知事が思い付きで発言するたびに現場は大混乱します。本当に迷惑だ」
 都内のスーパー関係者が、疲れ切った表情でこう話す。

 23日夜、スーパーの商品棚から肉類やカップ麺、レトルト飯が姿を消した。
東京都の小池知事が会見で「毎日の買い物を3日に1回程度に控えていただきたい」と呼びかけた直後のことだ。
「その前にテレビで〈イニシャルで入店を規制する案を検討中〉と報じられたでしょう。
またやってくれたな、って思いましたよ。

ウチが決めたわけじゃないのに、お客さんから〈ヘンな入場制限するな〉ってクレームがジャンジャン入って。
そもそも、知事が〈生活必需品の購入は制限しません〉と言ったもんだから、暇つぶしがてら家族総出の来店が増えて過密になった。
知事は〈結果として〉と言うけど、どう考えても知事の発言の影響。
それなのに都民が悪い、国民が悪いみたいな言い方をする。

制限されなければ出かけますよ。
それを今度は店で取り締まれとは。
だいたい、知事が買い物の仕方をとやかく言うのもおかしい。
言われなくても混雑すれば、店の判断で入場制限しますよ」(前出のスーパー関係者)

 小池知事は先月23日、唐突にロックダウンに言及。
慌てた消費者がスーパーに殺到し、買い占めに走った。
小池知事が発言するたびに、みな振り回されている。

 全国スーパーマーケット協会の広報担当者がこう言う。
「今回の要請で1回当たりの買い物量が増えることが想定されます。
しかし、それは『適量の買い物』であり、『買いだめ』や『買い占め』ではありません。
3日に1回に減らしたのに白い目で見られたら、おかしな話です。

〈あれ買い占めじゃないか〉なんてトラブルになり、警察沙汰になったら、それこそ現場は困ります。
提唱されるのであれば、そういうところも合わせて強調してもらいたいのです」

 従業員は感染リスクにさらされる中、多忙を極めて精神的にも肉体的にもギリギリの状態で連日働いている。
現場に負荷をかける発言はいい加減にしたらどうだ。
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2020年04月27日

「社長は保身しか考えていない」タクシー会社600人全員解雇は“英断”ではなかった

「社長は保身しか考えていない」
タクシー会社600人全員解雇は“英断”ではなかった
2020年4月26日 文春オンライン

「悩んだ結果、多くの方にベストだと思い、非常に重い決断をしました。
本日付で全員“解雇”する。
感染のリスクと戦いながら、給料が下がって行くのを見ていられない。休んで命を守ってほしい」
 4月7日、都内の公園で、スーツ姿の男性が数十人の社員に切々と訴えた。
“英断”だとの声もあるが……。
◆◆◆
 東京のタクシー会社・ロイヤルリムジングループの金子健作社長が、全従業員約600人の解雇を発表した。
「会社側が『休ませて休業手当を支払うより、解雇して雇用保険の失業給付を受けた方がいいと判断した』、『終息すれば再雇用したい』と説明したため、社員のことを考えていると評価する声もあった」(社会部記者)

「社長は自分の保身しか考えていません」
 だが、50代女性の現役社員のAさんは憤る。
「社長は自分の保身しか考えていません。
今回の解雇を多くの従業員は、SNSやニュースで知りました」

〈ロイヤルリムジングループ社員の皆様へ〉と題した6日付の通知書が、4月7日にツイッターに投稿されたのである。
そこには、 〈完全復旧した暁には、みんな全員にもう一度集まっていただき、今まで以上に良い会社を作っていきたいと思います。ロイヤルリムジンは永久に不滅です〉

 7日から金子社長が、社員への説明行脚を開始。口頭で事実上の解雇を伝えた。
「コロナウイルスの影響で売上が半減。社長は再雇用の可能性も示唆しつつ、あくまでも“従業員のための決断”とことさらに強調していました。
その社長の説明に納得した従業員も少なくなかった」(元社員)

「不当解雇」にあたる可能性も
 前出のAさんが続ける。
「8日以降、社長は『解雇』という言葉を一切口にしていません。
その代わり、失業給付をすみやかに申請するためと語り、『退職合意書』へサインさせました。
そうすることで、十数人を除く社員を解雇ではなく、“合意退職”扱いにしたのです」

 労働問題に詳しい旬報法律事務所の佐々木亮弁護士が解説する。
「解雇の場合、少なくとも30日前の解雇予告が必要で、行わない場合には30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う義務がある。
ロイヤルリムジンの合意書は、支払い義務を免れるために用意されたと言わざるを得ない。
不当解雇にあたる可能性もあります

 実は、同社は解雇を発表する直前まで新規雇用を続けていた。
こうした経営判断の甘さに、多くの人が振り回されている。
「4月1日に入社したばかりの社員もいました。
これまで東京オリンピック・パラリンピックでの需要拡大を見込んで、タクシーと運転手を増やしてきたのです」
 そう語るのは、50代男性の現役社員のBさん。

「私も、採用担当者から何度も連絡をもらって、熱心に説得され、大手タクシー会社から転職して、3月1日に入社しました」(同前)
 Bさんの場合、雇用保険の失業給付の対象ではない。

「以前の失業期間に失業給付を消化していたため、今回の給付対象にならないのです」
 別の50代男性社員が嘆く。
「私は個人タクシーの資格取得を目指して丸10年ドライバーを続けてきました。
休職状態が続けば受験に不利になりますが、業界全体が苦境に喘ぐ中での解雇です。
即再就職とはいかない。
途方に暮れています」

経営者から「この手があったか」と問い合わせが急増
 Bさんは憤りを隠せない。
「計画倒産ではないかと疑っています。
社長は、阪神・淡路大震災での経験を挙げて『私には復活のDNAが流れている』と語っていましたが、私も東日本大震災の被災者。
震災で経営していたパン工場が倒産し、歯を食いしばって生きてきました。
コロナや震災を引き合いに同情を誘う前に、経営責任を果たすべきです

 前出の佐々木弁護士が嘆息する。
従業員の事実誤認を促して退職に追い込んだ印象で、経営責任を放棄した極めて悪質な事例です。
失業給付の方が一時的に手取りは多くなったとしても、先の見えない混乱状況下で失業という選択肢は賢明ではない。
経営者には助成金を活用するなど、雇用維持の方策を尽くす義務がある。
従業員が解雇を不当として法的手段に訴えれば、代表取締役個人の損害賠償責任をも問われうる事態であることを自覚すべきです

 ロイヤルリムジンに取材を申し込んだが、「応じられない」と話すのみだった。
 Aさんはこう語った。
「いま労働局には、全員解雇のことを知った経営者から『この手があったか』と問い合わせが急増しているそうです。
私には2人子どもがいます。
彼らのためにも、こんなことが許される社会には絶対にしたくない」

 コロナを理由にすれば、“無法”が許されるわけではないのだ。
(※4月22日、ロイヤルリムジングループの運転手など80人あまりが、解雇の無効などを求めて東京地方裁判所に仮処分を申し立てた)
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2020年4月23日号)
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2020年04月28日

自粛しない人も「通報する人」もどうかしてる訳

自粛しない人も「通報する人」もどうかしてる訳
市民が連帯せず責任なすりつけ合う地獄絵図
2020/04/27 東洋経済オンライン

女優でタレントの岡江久美子さんが新型コロナウイルスによる肺炎のため亡くなった。
日本中が悲しみに包まれている中、岡江さんが亡くなるまでの経緯について波紋が広がっている。
報道によれば、岡江さんは4月3日に発熱。
医師から4〜5日様子をみるように指示されたことから自宅で療養していた。
しかし、6日の朝に容体が急変し、都内の病院に緊急入院したという。
その後、ICUで人工呼吸器を装着。
PCR検査の結果で陽性が判明した。

これに関連して、岡江さんの娘である女優の大和田美帆さんが前日にTwitterで「コロナ、怖いんです」などと投稿していたことが話題になったのだが、この投稿で引用していたのが埼玉県で自宅待機の男性が死亡したニュースの記事であった。
この男性は4月11日に発症、16日にPCR検査で感染が確認された。
県内で入院できる病床が逼迫していることを理由に、保健所から病床が空くまで自宅待機を指示されていた。
基礎疾患がなく軽症だったが、20日に「呼吸が苦しい」と体調悪化を訴えたため、翌日入院させる手続きに入った。
だが、その日のうちに容体が急変し、病院に搬送されたが死亡した。
同様のケースが埼玉県で相次いでいることがわかっており、23日に別の70代の男性が自宅待機中に容体が急変し、搬送先の病院で死亡したことが報じられた。

「4日ルール」「軽症者の自宅待機」でいいのか
このような事態の悪化を受けて、これまで政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が掲げてきた「4日ルール」と「軽症者の自宅待機」を疑問視する声が挙がっている。
最近、警察庁が不審死として取り扱った遺体のうち、東京など5都県で15人が新型コロナウイルスに感染していたことを明らかにしたタイミングと重なったこともあり、ソーシャルメディアなどでは「専門家会議は謝るべき」「ルールの撤回を」という批判が多数シェアされた。

「4日ルール」とは、新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安とされていた「風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く人」のことだ。
岡江さんは発熱の症状が出て3日目に容体が急変しており、仮に4日ルールに従わされていたのだったとしたら残酷な話である。
「高齢者・糖尿病、心不全、呼吸器疾患(COPD)など基礎疾患や透析治療を受けている者・免疫抑制剤や抗がん剤治療を用いている者・妊婦」の場合は「2日以上」となっていたからだ。
ここへ来て専門家会議も慌てて方針転換をする体たらくになっている。

加藤勝信厚生労働相は4月24日の記者会見で、自宅療養中の患者数を把握することや、看護師などが常駐するホテルや宿泊施設での療養への切り替えを進めるとしたが、埼玉県に限らず自宅待機を余儀なくされている患者は膨大な数に上っており、このような突発的な容体の悪化に対応できない体制が放置されるのであれば、今後、在宅コロナ死、あるいはコロナ行き倒れが続出する可能性は否めないだろう。

未曾有の出来事ゆえ仕方ない面はあるが、政府や自治体が必ずしも望ましい格好で、この事態を適切に対処しているとは言えない。
一方、政府や自治体の自粛要請を絶対視して、異常なほど隣人に攻撃を仕掛ける風潮も先鋭化している。

「店が営業している」で110番通報
緊急事態宣言後、東京都内では「自粛中なのに店が営業している」「公園で子どもが遊んでいる」など、新型コロナウイルスに関する110番通報が急増。
大阪府でもコールセンターに同様の通報が数百件寄せられたという。
確かに患者数の増加は、何の危機感もないまま不要不急の外出をしていた人々や、また休業要請を受けていない施設であれば安全だと勘違いし、「3つの密」(密閉・密集・密接)の回避を守らず行動していた人々によってもたらされた面はあるだろう。

だが、そもそも前述した感染症対策を含む「国の政策の妥当性」と「国民の行動変容の妥当性」は分けて考える必要があり、さらに後者に関しては前者の取り組みの実効性にかかっている部分が大きい。

にもかかわらず、「個人」と「国」、「私」と「公(おおやけ)」が一緒くたにされて、あたかも自分が国家の意志を体現する者であるかような倒錯が起こっている。
いわば『臣民の道』の劣化コピーである。

1941年(昭和16年)に文部省教学局より刊行された『臣民の道』は、「国民が国家の意のままに動く道具であること」を定義付けた「国民道徳の指標」だった。

「私生活というものが国家に関係なく、自己の自由に属する部面であると見なし、私意をほしいままにするがごときことは許されないのである。
一わんの食、一着の衣といえども単なる自己のみのものではなく、また遊ぶ閑、眠る間といえども国を離れた私はなく、すべて国とのつながりにある。
かくて我らは私生活の間にも天皇に帰一し国家に奉仕するという理念を忘れてはならない」

だが、現代によみがえった『臣民の道』は、単純に国家という「権威」と一体化して自分を「強者化」し、同じ国民を非国民として懲罰して安心感を得るツール以上のものではない。
それは、「反体制的な言動の者」を自警団のように逐一監視・告発する「密告社会的なメンタリティ」の再来にすぎない。

筆者は以前、「国の政策に同調しなかったり、異議を申し立てたりする人々」を攻撃の対象にするような心性を、「臣民的価値観」が「死に切っていない」(undead)という意味で「ゾンビ臣民」と表現した。
お上≠フ意に反した言動を取るものは「非国民」であり、国家はこのような連中から日本国民としての諸権利を奪っても構わないとする、「臣民的メンタリティ」のなせる業と考えるのが自然だ。
かつての天皇制国家はすでに消滅したのだから「臣民」は存在しなのだが、未だ「臣民的価値観」が思考・行動に影響を及ぼしているという意味で、エルヴェ・ル・ブラーズとエマニュエル・トッドのいい方(『不均衡という病 フランスの変容 1980-2010』石崎晴己訳、藤原書店)に倣(なら)えば「ゾンビ臣民」と評することができるだろう。(『不寛容という不安』彩流社)

「“お上”の意」に逆らう「不忠者」を成敗?
今や制御不能なパンデミックによる感染恐怖と不自由から発せられる「巨大な不安」を背景に、わたしたちの精神の古層から「ゾンビ臣民」がむくむくと起き上がり始め、「お上≠フ意」に逆らう「不忠者」に進んで襲いかかろうとしているのである。
だが冷静に考えてほしい。
「自粛」の「要請」という奇妙な日本語の真意とは、まともな補償や損失の補填に応じるつもりはほとんどないが、事実上の事業停止や外出制限を「臣民」の手を借りて強制する、というたぐいの為政者の責任放棄に等しい
そうして「コロナ死」よりも「経済死」が差し迫っている人々の存在が無視されていく。

被支配者同士の対立をあおり立てて、支配者への批判をかわす統治手法を「分割統治」と呼ぶが、わたしたちの社会で現在起こっているバッシング行為の横行はまさにこれである。
大阪府では遂に休業要請に応じないパチンコ店を公表した。
東京都も近く公表に踏み切るという。

巨額の財政出動が伴わざるをえない重い命令に躊躇する権力者が、市民に「自粛」の相互監視と摘発という「ミニ権力者」としての役割を委譲したようなものだ
これは、検査や入院から排除された在宅コロナ死、コロナ行き倒れが激増することが懸念される状況下において、本来連帯しなければならない市民が互いに責任をなすりつけ合う地獄絵図でしかない。

自由と安心に関する現代的なジレンマについて、社会学者のジグムント・バウマンはこう看破した。
自由の名の下に犠牲となる安心は、他者の安心であることが多く、安心の名の下に犠牲となる自由は、他者の自由であることが多い。(ジグムント・バウマン『コミュニティ 安全と自由の戦場』奥井智之訳、ちくま学芸文庫)

わたしたちはこのジレンマの正体を見極めることができれば、感情に振り回されて恐るべき愚行を演じることなく解決へと近づくことができるし、その責任を担っている人間の1人であるということにもっと敏感であらねばならないだろう。
posted by 小だぬき at 14:20| 神奈川 ☁| Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月29日

日本人が「お上の要請」に真面目に従う根本意識

日本人が「お上の要請」に真面目に従う根本意識
統治客体意識からの脱却は20年以上叫ばれたが
2020/04/28 東洋経済オンライン
青沼 陽一郎 : 作家・ジャーナリスト

新型コロナウイルスの感染拡大によって、日本全国に「緊急事態宣言」が発令され、国民には外出の自粛、特定の業種には営業の自粛が要請された。
ところが、休日になると湘南の海に人が殺到。
慌てた自治体は、地元の駐車場を閉鎖して、県知事が「神奈川には来ないで」と会見で訴えた。

休業要請に応じず営業を続けていたパチンコ店に、大阪府知事は全国で初めて店舗名を公表して、法に基づくより強い要請を出した。
人との接触を最低7割、極力8割削減することを呼びかけた政府は、その目標に近づけようと、経済団体はじめ、あちらこちらに、とにかく「要請」を出し続ける。

夜の東京の繁華街には警察官や都の職員らがまわって、帰宅の呼びかけや営業中の飲食店の閉店を求めている。
是が非でも「自粛要請」を徹底しようと、行政側はあの手この手を尽くす。

なぜ、ロックダウン(都市封鎖)をしないのか――。
欧米諸国のように、市民の外出禁止を伴うロックダウンを実施してしまったほうが、早くて効率的ではないのかと考える読者の方もいるだろう。
しかし、日本にはそうできる法的根拠はない。

日本の統治機構の歴史を考えてみる
「緊急事態宣言」の根拠となった改正新型インフルエンザ等対策特別措置法には、国民の外出自粛の要請、施設や事業の営業の自粛要請ができるが、そこに罰則規定はない。
あくまで行政から国民への「要請」なのだ。
そこには、日本の統治機構の歴史に染み込んだ国民性が根本にある。

そもそも、国民に外出禁止や営業停止を強いることは、私権を奪うことである。
強制や強要となれば、戦争に突き進んだ過去の苦い経験が、重くのしかかる。
戦後に制定された日本国憲法とも齟齬が生じかねない。
それが歯止めとなって、罰則のない国民への「自粛」と「要請」で「緊急事態」を乗り切ろうという日本独自の姿勢を貫いている。
そう考えると、強制力行使への抵抗から、法律に「要請」しか盛り込まなかった理由もわかりやすい。
だが、それだけだろうか? 
むしろ、「要請」でも日本人は真面目に従うという、日本の歴史に裏打ちされた統治機構側の無意識が働いていたというべきだろう。

いまから20年前のいわゆる「小泉構造改革」を思い出してほしい。
郵政民営化など、小泉純一郎内閣が取り組んだ政策課題だ。
もっと言えば、新自由主義への転換を目指したものだった。
その一連の構造改革の流れは、もっと前の橋本龍太郎内閣の時代からはじまっていた。
折しも、終戦から50年が過ぎ、バブル崩壊の余波が押し寄せてきていた時期だ。

その最初は、行政改革だった。
1996年11月、当時の橋本首相を会長とする「行政改革会議」が立ち上がり、翌97年12月には「最終報告」が取りまとめられた。
そこでは、当時の日本は、第1に黒船来航にはじまる明治維新、第2に1920年代の世界恐慌と軍部の台頭から戦争、第3に敗戦と米軍の駐留、戦後復興に次ぐ、第4の転換期にあると位置づける。
そして冒頭において、行政改革の趣旨としてこう記載されている。

われわれの取り組むべき行政改革は、もはや局部的改革にとどまり得ず、日本の国民になお色濃く残る統治客体意識に伴う行政への過度の依存体質に訣別し、自律的個人を基礎とし、国民が統治の主体として自ら責任を負う国柄へと転換することに結び付くものでなければならない。(「行政改革会議」最終報告「はじめに」より)

ここに登場する「日本の国民になお色濃く残る統治客体意識に伴う行政への過度の依存体質」という言葉。
すなわち、国がなんでもやってくれるというまさに国家への依存体質であって、国民は統治される側の客体であるという意識が色濃く残っていたことを指している。

事前規制型行政の弊害
この「行政改革会議」を経て、1998年1月に、政府内に総理大臣を本部長とする「行政改革推進本部」が設置され、その下に「規制緩和委員会」が立ち上がる。これは翌1999年4月には「規制改革委員会」に名称を変更し、さらに組織が強化される。 小淵恵三首相に代わった1998年8月には、内閣の諮問機関「経済戦略会議」が組織される。

バブル崩壊後のどん底の状態にあった日本経済の建て直しが急務となった
この会議では、発足からわずか半年後の翌年2月に「日本経済再生への戦略(経済戦略会議答申)」が提出されている。
これらの諮問機関の審議の中で、「事前規制(調整)型」の行政(すなわち、事前にあれやこれやと規制をかけつつ、全体を調整しながら、企業や国民を守って戦後成長を支えた行政姿勢)から、規制を撤廃して自由競争を促進させる「事後チェック型」の行政への転換が求められるようになり、そこで「小さな政府」という言葉が用いられて、米英型の新自由主義社会こそが、日本経済再生の道であると方向づけられていく。

ここでは、自由競争社会で事後チェックと救済の機能を果たすものが、司法であるとされた。
そこで次に司法制度改革が求められた。
2001年6月、「司法制度審議会」が当時の小泉純一郎首相に「司法制度改革審議会意見書 ―21世紀の日本を支える司法制度―」と題する報告書を提出している。
ここで、裁判員制度の導入も提言された。

その中に「改革の基本理念」として、行政改革からはじまる一連の構造改革を以下のように統括するところからはじまっている。
このような諸改革は、国民の統治客体意識から統治主体意識への転換を基底的前提とするとともに、そうした転換を促そうとするものである。
統治者(お上)としての政府観から脱して、国民自らが統治に重い責任を負い、そうした国民に応える政府への転換である。(報告書「T 今般の司法制度改革の基本理念と方向 〜 第1 21世紀の我が国社会の姿」より)

ここではっきり「お上」という言葉が記載されているように、国民の統治客体意識とは「お上」に支配されているという江戸時代から染み込んだ国民意識に他ならない。
「お上」が平民を守ってくださる、その代わり「お上」から言いつけられたことは絶対である、という統治される側の常識。

お上の要請に従う者と従わない者
それが現在の「緊急事態宣言」の状況下におかれても国民への「要請」を立て前とするのは、この統治客体意識、すなわち「お上」意識によって立つところにある。
お上のいうことは絶対であるという無意識のうえに、行政側が、「お上」のいうことだから聞いてくれるよね、とする「要請」の正体。

実際に真面目な日本人はそれに従う。
むしろ、そのほうが多いことは現状を見ての通りだ。
だが、それに従わない者も出てくる。
新型インフルエンザ等対策特別措置法では、「協力要請」からはじまって、「要請」「指示」へと自治体は厳しくしていくことができる。
最初の段階で営業自粛に従わない場合には、「お上」は店名を公表するなどして、ギリギリと締め上げていく。

統治客体意識の訣別を目指した20年前の構造改革とはなんだったのか。
そう疑問になるような、国民の「お上」意識に依存して、この難局を乗り切ろうとしている。
だが、それもいずれは「指示」に変わってしまう。
罰則はないとはいえ、それに代わる合法的措置も検討されるはずだ。
「お上」の仕返しが待つとすれば、その効果はてきめんだ。
それでも、あくまで法的には「要請」なのだ。
その真意は国民が察しなければならない。

しかも「要請」であり「自粛」であるとすると、国がその損失分を補償する必要もない。
東京都は営業自粛に応じた事業者に協力金を支給することをいち早く表明し、他の自治体もこれにならう方向だが、この「緊急事態宣言」が長引けば、それでいつまでも耐えられない。

もっとも、事後チェック型の社会であれば、あとで補償を求めて国や自治体などを提訴すればよい。
その為に構造改革があったはずだ。
すでに訴訟社会のアメリカでは、ミズーリ州が新型コロナウイルスを蔓延させた元凶として、中国政府に対し、賠償を求める訴えを起こしている。

一方で、裁判沙汰を嫌い「お上」に楯突くことを嫌う日本人に、「お上」を訴えることができるだろうか。
できないのなら、そこは真面目に「要請」に従うしかない。
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在宅でヒマを持て余す会社員に欠けている視点

在宅でヒマを持て余す会社員に欠けている視点
2020年4月29日 東洋経済オンライン (安井元康)

こんにちは。40代会社員をしております。
世の中“コロナ協奏曲”の様相を呈しており、在宅勤務とか外出自粛が敢行されているわけですが、ざっくばらんに言うと以前よりも時間が余っている状態です。
飲みにも行かず、仕事にも行かず、それはそれで今までの生産性を見直すよい機会だと思っている一方で、正直ヒマです。
こうなってくると何か自宅でできる趣味を持っているといいなと思うこの頃ですが、恥ずかしながら仕事一筋だった自分は趣味らしい趣味もなく、時間つぶしの方法がわかりません。
今までは仕事帰りは飲み会にカラオケに忙しくしていた反動か、ストレスがたまります。
とはいえこのピンチをいい機会だと捉え、これを機に趣味や時間つぶしについて真剣に検討してみようかと思いますが、どうやって見つけるのか、何をすればいいのかが正直わかりません。
安井先生の仕事以外の楽しみや余暇の過ごし方をご参考までに教えていただけますでしょうか。
よろしくお願いします。 会社員 頑張り太郎

「まずはやってみる」の精神で幅広く取り組む
仕事が多くの人にとって「やらなくてはいけないこと」であるのに対して、趣味などは「やらなくてもいいこと」を「あえてやる」というところに、その対象を探す難しさがありますよね。
とはいえ、仕事と同様で趣味についても完璧な趣味がいきなり見つかるわけではありませんから、「まずはやってみる」の精神で幅広く取り組んでみてはいかがでしょうか。

確かにおっしゃるとおり、多くのビジネスマンが仕事に費やす時間がなくなると、「何をしていいかわからない」という状態になるのは今に始まったことではありません。
そして、「引退したら◯◯(ゴルフ、釣りなどの趣味のアクティビティ)ざんまいで過ごす」と言い続けて、結局定年退職しても何もしない、というケースは昔から散見されるものです。
仕事と仕事以外、つまりオンとオフの両輪の充実を図ることが望ましい――。
これは誰もが同意することでしょう。

ところが、そう簡単に器用な生き方をできる人は決して多くはなく、実際はこれが非常に難しいのが事実です。
私自身も自分が器用なほうではないのは理解していましたので、35歳までは仕事を中心に生活し、仕事以外のことは最小限に抑え、まずは仕事での実績を創ることに注力する。
そして、職業人としてのアイデンティティーを少しは確立したのちに、趣味を含めその他の時間への目配せを開始する。
そういった塩梅で人生計画を立て、実際にそのとおりに今のところ生きてきています。

プライベートの時間でやっていること
私の場合、現在趣味やプライベートの時間でやっているのは、過去やっていたことで中断していたこと、またはずっと時間ができたらやりたいと考えていたこと、のいずれかになります。
対象は複数あるのですが、共通して意識しているのは以下のとおりでしょうか。

□基本的に1人でできることを中心にそえる(社会人は忙しいので、日程調整を経て人数調整が前提だとそのうち面倒になりやらなくなるので)

□異なる性質のものを散りばめる(新しい発見や物事の視点を養うだけでなく、天候や体調等に左右されない時間つぶしの選択肢をつねに持つため)

□年齢を重ねてもできる対象、逆に今だからこそできる対象の両方に触れてみる(継続性の意識と後年の後悔を避けるため)

□時間とお金をあまりかけずにできることを選ぶ(取り掛かるにあたっての、または継続するにあたってのハードルを上げないため)

もちろん上記をすべてまねする必要はありませんが、考えるにあたっての参考にはなるかと思います。
冒頭で申し上げたとおり、趣味やプライベートの時間は、仕事と異なり「やらなくてもいいこと」を「あえてする」という性質のものだと思っています。
仕事であれば生活のための「せざるをえないもの」であるがゆえに、ある程度の我慢をする、という人が多いかと思いますが、趣味は「あえてやる」がゆえに、まさにそこには自分なりの個性や性格が表れるものなのです。
つまり、何を選ぶも自分次第で、誰かが教えてくれるわけでもありませんし、自分自身で自分に合う対象を探すしかないのです。

何をしているときが自分は楽しいのか、どんなことに自分は興味を持っているのか――。
まさに趣味探しとは自分探しそのものであり、自分自身を深く理解する必要があるものですから、仕事探し以上にクリエイティブになる必要はあります。

「一歩踏み出してみる」という挑戦スピリットを持つ
とはいえ、そんなにまじめに考えることもなく、冒頭申し上げたとおりに「まずはやってみる」でいいのだと思います。
挑戦してやってみないことには「自分にとっての正解」はわかりません。
むしろ、そうやって「まずは一歩踏み出してみる」という挑戦スピリットを持つことが趣味を見つける、または継続するための重要なポイントなのです。

普段と同じことの繰り返しでは、新しい対象たる趣味はいつまでたっても見つからないでしょう。
「あえてやる」と先ほど申し上げましたが、まさにあえて遠回りしてみる、あえてまったく知らない世界に飛び込んでみる。 そういった好奇心が大事であり、事前のバイアスなく好奇心さえ持ち続ければ、たとえ趣味という趣味がなくとも、「華のある人生」になりうるのではないでしょうか?

趣味人の友人や知り合いの趣味をまねしてみる、ネット上で趣味に生きる人の動画などを見て、自分の興味の対象を探してみる。
待っていてもこればかり誰かが正解を提示してくれるわけではありませんから、仕事でも発揮されているリサーチ力で、まずは興味のありそうな対象をリスト化して、関連書籍や動画などで具体的なイメージを膨らませて行くとよいでしょう。

頑張り太郎さんがそのような好奇心をきっかけに、仕事だけでなくプライベートも充実した人生を送られるであろうことを応援しております。
posted by 小だぬき at 12:00| 神奈川 ☀| Comment(5) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月30日

「ステイホーム」週間 大切な人守る行動を皆で

「ステイホーム」週間 
     大切な人守る行動を皆で
毎日新聞「社説」2020年4月29日

 この連休中の一人一人の行動が、新型コロナウイルス対策の鍵を握る。
 大型連休を「ステイホーム週間」と名付け、外出を控えるよう呼びかける動きが広がっている。
海や山などの行楽地へ通じる道路の通行を規制したり、公営駐車場を閉鎖したりする自治体も目立つ。

 例年なら、多くの観光客を迎えて最も活気づく時期である。
感染爆発という最悪の結果を招かないための、苦渋の決断だ。
 日本は諸外国と異なり、緊急事態宣言下でも罰則や強制力を伴わない「自粛要請」が原則だ。
個々人の行動次第で、事態は良くも悪くもなる。

 知らないうちに感染し、誰かにうつしているかもしれない。
そういう意識を持つことが大切だ。
「自分ぐらいは」という行動が思わぬ集団感染を招く。
他者の命を守る、節度ある行動を心がけたい。

 政府は連休中、緊急事態宣言の延長について判断する方針だ。
「接触機会の8割削減」の達成状況、感染者数の推移、医療提供体制を専門家が分析し、それに基づいて決めるという。
 ただし、外出自粛要請の効果はまちまちだ。

携帯電話の位置情報に基づく人出は、東京都心で7〜8割減る一方、微減にとどまる地方もある。
 人々が自宅にいる時間が増えた結果、スーパーなどが混み合っている。
こうした場所で「3密」が起き、経路不明の感染を生むおそれもある。

 感染者数は、増加の勢いこそ鈍化したが、油断は禁物だ。
医療体制は逼迫(ひっぱく)したままで、宣言の解除につながる好材料はまだない。

 外出自粛が続けばストレスがたまる。
子育て中の家庭は切実だ。
散歩や外遊びを適切に取り入れながら、家で楽しむアイデアを家族で話し合うのもいい。

 政府や自治体は、混雑が予想される場所の人出のデータをきめ細かく発信するなど、判断材料を提供すべきだ。
外出のタイミングをはかるのに役立つだろう。
 連休中も、医療や物流、ライフラインなど社会の機能を維持するために働いている人たちがいる。
そうした人々の支えがあってこその「ステイホーム」週間である。
そのことも心にとめたい。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 | Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする