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不倫叩き、不謹慎狩り…他人を許せない“正義中毒”を、中野信子氏が斬る
2020年03月31日 SPA!
あなたは、どんなときに他人を「許せない」と思うだろうか。
「恋人や配偶者の浮気」「上司からのパワハラやセクハラ」「信頼していた仲間の裏切り」…。
ここで生じる「許せない」感情は、自分や自分の近しい人が何らかの被害を受けたことに対する憤りであり、強い怒りが湧くのは当然だろう。
しかし近年、有名人の不倫スキャンダルやアルバイト店員の不適切動画の投稿、不謹慎だとみなされる行動など、自分とは関係のない人物・事象に対して「許せない」感情が集中するという現象が数多く見られるようになった。
◆不倫叩き、不謹慎狩り…「正義中毒」におちいった私たち
自分や自分の身近な人が直接不利益を受けたわけではなく、当事者と関係があるわけでもないのに、強い怒りや憎しみの感情が湧き、相手に非常に攻撃的な言葉を浴びせ、完膚なきまでに叩きのめさずにはいられなくなってしまう――。
これは、なぜなのだろうか。
脳科学者の中野信子氏によれば、「我々は誰しも、このような状態にいとも簡単に陥ってしまう性質を持っている」という。
「人の脳は、裏切り者や、社会のルールから外れた人といった、わかりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚えるようにできています。
他人に『正義の制裁』を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。
この快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せなくなってしまい、罰する対象を常に探し求め、決して人を許せないようになるのです」(中野氏)
こうした状態を、中野氏は正義に溺れてしまった中毒状態、いわば「正義中毒」と呼んでいる。
この認知構造は、依存症とほとんど同じなのだという。
自分には何の被害もないのに、タレントの不倫スキャンダルを叩きたくなったり、不適切な動画の投稿などに対して、対象者が一般人であっても、本人やその家族の個人情報までインターネット上にさらしてしまうなどの「許せない」感情の暴走は、この脳の構造が引き起こしているのである。
「こうした炎上騒ぎを醒めた目で見ている方も多いと思います。
しかし、正義中毒が脳に備わっている仕組みである以上、誰しもが陥ってしまう可能性があるのです。
もちろん、私自身も同様に、気を付ける必要があると思っています」(同)
◆ネットで加速する正義中毒から抜け出す手はあるのか?
このように、誰もが無関係とはいえない「正義中毒」。
しかし、他人を糾弾することで一時の快感を得られたとしても、日々誰かの言動にイライラし、許せないという怒りを感じながら生活をしていくのは苦しいものである。
「人を『許せない』という感情の発露には、脳の仕組みが大きく関わっています。
許せない自分を理解し、人をより許せるようになるためには、脳の仕組みを知っておくことが有用なのは確かです」(同)
ここでは、中野氏の近著『人は、なぜ他人を許せないのか?』をもとに、「正義中毒」から抜け出し、人を許せるようになるためのヒントを探りたい(以下は、中野氏による解説)。
◆バイアス(偏見)は脳の手抜き
人間は誰でも、どんなに気を付けていても、集団を形成している仲間を、その他の人より良いと感じる内集団バイアスを持つものである。
するとグループ外の集団に対しては、バカなどというレッテルを簡単に貼り付けてしまうのだ。
ある集団にとって、グループ外の人々をあれこれ細かいことを考えず一元的に処理できるというのは、脳がかける労力という観点からは、コストパフォーマンスが高い行為といえる。
「あの人たちはああだから放っておけ」とひと括りにしてしまうことで、余計な思考や時間のリソースを使わずに簡単に処理することができるわけである。
グループ外の集団の人々にも当然、個々にさまざまな違いがあり、その人の歴史や独自の考えもあるわけで、本来はその一人一人に対して丁寧に判断をしていく必要がある。
しかし、このバイアスが働くと、手間をかけずに一刀両断できるのである。
「○○人とはそういうものだ」、「男性(あるいは女性)はだいたいそんな感じだ」などと、決めつけてしまうときには、気を付けた方がよいだろう。
◆ネット社会は確証バイアスを増長させる
SNSでは似たもの同士でつながることが多く、自分と同じような思考をするグループから、自分が欲している情報だけを取り入れ、受け取るようになる。
日々それを繰り返しているといつのまにか、自分は正しい、自分の主張こそが正義だ、これが世の中の真実だと考えるように仕向けられてしまう。
この現象を確証バイアスという。
インターネットの世界でのビジネスとは単純化すれば、広告媒体としてネットユーザーたちにいかに「クリックしてもらうか」である。
そのために個々の検索の傾向を収集し、それに合わせて関心のありそうな情報や広告を提供する。
ユーザー本人としては、毎日ネットの世界と接し、新しい情報を補給しているつもりが、しばしば自分の嗜好をもとに構成された、自分好みの偏った情報が示されているだけになってしまうのだ。
私たちがネットで新しい知識を得た、新しいニュースを知った、と思っていても、実はそれはフィルターにかけられた情報ばかりで、自分の世界は非常に限定的であるかもしれないということを、意識する必要があるだろう。
◆「なぜ、許せないのか?」を客観的に考える
まずは、自分が正義中毒状態になってしまっているのかどうかを、自分自身で把握できるようになることがとても重要だ。
「このテレビ番組は馬鹿ばかしい」「○○党は許せない」「最近の若い連中はなっていない」などといった怒りの感情が湧いたときは、その感情を増幅させてしまう前にひと呼吸置いて、「自分は今、中毒症状が強くなっているな」と判断するようにする。
どんなときに「許せない!」と思ってしまうのかが自身で認識できるようになれば、自分を客観視して正義中毒を抑制することができるようになる。
◆ネットで知的偏食を防ぐには
個人の嗜好や考え方は「どんなキーワードを検索したか」「どんなニュースをクリックしたか」によって、かなりの確度で把握されており、そのデータはターゲティング広告の素材としても使われている。
個々に好みやすい情報ばかりが表示されるため、仮想的な閉鎖環境にいるのと同様の状態に置かれたようになって、自分の嗜好とは異なる意見や情報に接する機会が減ってしまい、他者への共感や理解がますますしにくくなってしまうのだ。
そんなときは、あえて興味も関心もないキーワードを検索してみたり、普段は見ないようなニュースや記事を積極的に閲覧してみることをおすすめしたい。
自分の属性とは離れた人の考え方、悩み、関心事などを検索することで、ネット企業のおすすめとは全く関係ない情報にあえて触れていくわけである。
これによって知的偏食も防ぐことができ、場合によっては思わぬ新しい世界や知識を得られ、有益な思考パターンが学習できることもあるだろう。
脳に備わっている「正義中毒」という仕組みは、ネットの普及とネットへの依存により、さらに顕在化してきている。
しかし、ネットは結局ツールに過ぎない。
知的偏食を一層加速させ、「正義中毒」に溺れてしまうのか、その予防に使うのか、閲覧者の意識のありよう次第で変わってくると言えるだろう。
【中野信子氏 プロフィール】
東京大学工学部卒、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。
2008年、フランス国立研究所にて博士研究員として勤務。
2010年に帰国後は、執筆・テレビ出演などで活躍、著書多数。
近著は『毒親: 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』『人は、なぜ他人を許せないのか?』など
<文/日刊SPA!取材班>