2020年04月03日

なぜ人は「トイレットペーパーが十分ある」とわかっていても買い占めてしまうのか

なぜ人は「トイレットペーパーが十分ある」とわかっていても買い占めてしまうのか
2020年04月02日 PRESIDENT Online
マーケティングライター             牛窪 恵
脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子
                                    構成=大井 明子

マスクやトイレットペーパーの売り切れ、イベントの中止、一斉休校、在宅勤務……。
新型コロナウイルス感染拡大で、人々の生活は大きく変わっている。
脳科学者の中野信子さんと行動経済学に詳しいマーケティングライターの牛窪恵さんが、人々はなぜ買い占めに走るのかを解き明かす。

■わかっているのに買ってしまう
【牛窪】
新型コロナウイルスの影響で、マスクに加えてトイレットペーパーの買い占めが起こりました。
行動経済学上は、「買い占めはよくない」と分かっていても、「ダメだ」と禁止されればされるほど衝動を抑えにくくなる、いわゆる「カリギュラ効果(ロミオとジュリエット効果)」に近いと言えるのですが、このあたりの心理について、脳科学的にはどのようにとらえてらっしゃいますか?

【中野】
多くのみなさんは、「新型コロナウイルスの感染拡大が、ただちにトイレットペーパーの不足を引き起こすわけがない」と理解はしているはずです。
 面白いことに、日本トレンドリサーチが実施した調査で、「買いだめ」をしたという人に「マスクやトイレットペーパーなどが『今後不足する』という情報はデマだと知っているか」と聞くと、91.5%が「知っている」と回答した、という興味深いデータがあります。
さらにこれに加えて、「今回の品薄・品切状態は買い占め行為が引き起こしている」と言われていることを知っているか聞くと、90.6%もの人が「知っている」と答えたそうなんです。
 つまり、理屈ではほとんどの人がわかっているんですよね。
でも「もし万一、本当になくなってしまったらどうしよう」という不安を、9割もの人が、理性で打ち消すことができていない。
そして、その不安を癒すことができるのは、買いだめ行動だけ、という現状になってしまっているんですよね。
 こうした不安は万国共通ですが、特に日本人には強く出る可能性があります。

■日本人が不安を感じやすい科学的理由
【中野】
不安感を抑える脳内物質に、有名な「セロトニン」があります。
セロトニンの動態は少し複雑で、ただ新たに分泌されるだけでなく、分泌されて余ったセロトニンは取り込まれて再利用されます。
ところが日本人には、分泌されたセロトニンを再利用しにくい遺伝子を持つ人の割合が97%もいるという、世界でも非常に珍しい特徴があります。
再利用の効率が悪いので、セロトニンの働きが悪く、不安を感じやすくなるんですよね

【牛窪】
ほかのアジアの国と比べても、比率が高いのでしょうか?

【中野】
東アジアでは似た傾向を持つ人が多いのですが、その中でも日本はひときわその人たちの割合が高いんです。
だから日本ではより一層「念のために準備しておこう」と考える人が多いのかもしれません。

■不安を取り除くために必要なデータとは
【牛窪】
とくに既婚女性は、未だに少なからず「家族(夫)やわが子を、自分が守らなければ」との性別役割分業志向を有しています。
とても素晴らしい意識でもあるのですが、同時にだからこそ、「買いそびれたら、どうしよう」と不安も働くのかと……。
その不安を取り除くには、意識をどう変えればいいのでしょうか。

【中野】
なんとか買い占め状態をなくすには、ということですよね。
不安が「念のため」の準備をさせるのに役に立っている部分もあるので、物質からのアプローチでは難しいかもしれません。多くの人は「念のため」と備えるほうが安全だと信じていますし、実際にそういう人たちのほうが生き残っているために、こうした人口比になっているんじゃないでしょうか。
そうすると、なかなか買い占めはなくならないように思います。

【牛窪】
安心感を与えるためには、情報を提供するだけではダメなのでしょうか?
マスコミは一時期、イオンやイトーヨーカドーなどの店頭に、大量のトイレットペーパーが並ぶ様子を報道しました。
「こんなにあるので大丈夫です」という視覚的な情報を発信したものの、一部の視聴者からは「わざとらしい」「信用できない」と声があがりましたよね。

【中野】
可視化するのは良い方法ですよね。
ただ、一元的なデータだと、本当に安心できるのかどうか、とまた気になってしまう人は出てきてしまうんじゃないでしょうか。
安心するためには、どんなに疑っても堅牢で崩れることのないデータがどうしても必要と思います。
たとえば、在庫がどこにどれだけあって、原料の調達の状況はこうで、生産には何日かかって、流通にはどれくらいかかるか……
そうした情報を、すくなくともこうしたパニックが起きかねない局面でだけでも一般人が参照できるといいのになと思います。
安心というところにちょっと戻りますが、夫の浮気を疑う人というのは、「どんなに疑っても大丈夫だ」と思いたいがために、どんどん疑ってしまうんですよね。
それと同じ心理と思っていいんじゃないでしょうか。
「どんなに疑っても、これほどの在庫があるのだから絶対に大丈夫」という状況を把握できないと、本当に安心はできないのでしょう。
例えば、「人口1人あたり何ロール分あって、それは、今仮に原料の供給が止まったとしても数年は持つ計算になるから、買い占める必要はない」などといったような情報でしょうか。

■買えないものほど欲しくなる心理
【中野】
不安を感じて買い占めに走りやすいのは、人間である以上、ある意味仕方がないところがあるのですが、マーケティングの観点ではどんな説明がつきますか?

【牛窪】
消費者心理を分析すると、3つの視点で説明ができるように思います。

1つ目の視点は、冒頭で申し上げた「カリギュラ効果」です。
人がものを欲しがる「ニーズ」の前段階には、そのニーズを生み出す「動機」があります。
そして、その「動機」を刺激するのが「動因」です。
動因は、「買いたいのに買えない」といった緊張状態によって起こりやすい。
「その緊張を和らげたい」という思いが動因となって、「何としてでも早く手に入れて、ラクになりたい」という強い動機を生み出します。
マスクの場合も、「早く手に入れたいのになかなか買えない」という緊張状態が動因となって、さらに一層「手に入れたい」という気持ちが強くなってしまう。
 先ほど中野先生が「夫の浮気を疑う妻」を例に出されましたが、不倫の場合も「会いたいのに会えない」「私のものにしたいのにならない」という緊張状態や葛藤が、強い動因となって動機を刺激し、相手との関係を盛り上げてしまいます。
モノに対しても同じで、たくさんあって、いつでも買えることがわかっていると、人は欲しいとは思わなくなります。
希少で、なかなか手に入れられないものほど欲しくなってしまうものなのです。

2つ目の視点は、時代による消費者心理の変化です。
バブル期までは、おもな情報源が「マスメディア」しかなく、雑誌やテレビで紹介された高級ブランドを、皆が欲しがりました。
消費もまだ未成熟で、欧米由来の大量生産・大量消費がもてはやされ、「頑張って大金を稼ぐことで、オピニオンリーダーが身に付けているブランドを、自分も手に入れたい」と望みました。
 つまり、「お金」という資源を有している消費者が、強者だったのです。
ですがバブルがはじけ、消費者が「高級ブランドより、ノンブランド(無印良品ほか)」を標榜するようになり、いわゆる「自分らしさ」志向や、消費の多様化が進みました。
情報源も、90年代半ば以降は、インターネットや個人のSNSへと細分化されていきました。
やがて、企業も「大量生産」ではなく「少量多品種」を製造し始め、さらにそれを「期間限定」「個数限定」で売り切る商法を導入するようになります。
これによって、お金より「情報」を有する消費者が、次第に賢者となりました。
特に限定商品は、いつどの列に並ぶべきかという正しい情報がなければ、買えないからです。
今回の新型コロナの問題でも、政府は情報発信があまり上手ではないですよね。
現代の消費者が、いかに敏感に情報を収集し、自分だけが「ソン」をしないようにと必死になっているか……。
そこをもっと痛感して改めない限り、買い占めは止みにくいと思います。

■新型インフルでもマスク不足になっていた
3つ目の視点は、その「ソンしたくない」との思いと、過去の経験です。
今回、影響が大きかったと思われるのが、2009年の新型インフルエンザ流行時の経験です。
ある調査を基に調べてみたところ、当時、約4人に1人がマスクの売り切れを経験していました。
マーケティングで有名な、「プロスペクト理論」があります。
これは、「人は、何かを得ることで感じる喜びよりも、失うことで感じる痛みの方が2倍以上大きい」というもの。
つまり、「トクをしたい」より「ソンしたくない」という損失回避のバイアスの方が、ずっと強く働きます。
新型インフルエンザ流行時に「マスクが買えなかった」という苦い経験を持っていると、その痛みを避けるため、ますます「今回は失敗したくない」という気持ちが働く。
お子さんがいる女性の場合は、特に「家族の健康を守らなくては」という使命感から、一層、買い占め行動が強く表れたのではないかと思います。

■普段は何日おきに買っているかを把握する
【中野】
こうした消費者心理を考えると、どのような対応方法が効果的だと考えられるでしょうか?

【牛窪】
中野先生もおっしゃっていたように、やはりデータや「可視化」が大事だと思います
私もそうなんですが、トイレットペーパーを通常どれくらいの頻度で買っているか、意外とわかっていないですよね。
普段から、どれくらいあれば足りるのかわからない。
わからないと、漠然とした不安に突き動かされてしまい、「ちょっと多めに買っておこう」となります。
例えば家計簿アプリの「Zaim(ザイム)」には「消耗品購入タイマー」というのがあって、過去の家計簿データを分析して、トイレットペーパーやティッシュペーパー、ハンドソープなどの消耗品を何日おきに買っているか、次はいつごろ買えばいいかを教えてくれます。
自分の購入サイクルがわかっていれば、安心できるかもしれません。

【中野】
このアプリはいいですね!
私も導入したくなりました。
日常的に使う消耗品だと特に、「損失を回避したい」「なくなったら困る」という不安が働きますけど、どれくらい使っているかわかれば安心感も高まりますね。
自分の必要量や、必要になるタイミングを「見える化」するツールをうまく使いたいですね。

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牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ)
マーケティングライター マーケティング会社インフィニティ代表取締役。
修士(経営管理学/MBA)。
2020年4月より、立教大学大学院、客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。財務省・財政制度等審議会専門委員、内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。
著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか、著書を機に流行語を広める。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
東京大学工学部応用化学科卒業。 同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。
フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務後、帰国。
脳や心理学をテーマに、人間社会に生じる事象を科学の視点をとおして明快に解説し、多くの支持を得ている。
現在、東日本国際大学教授。
著書に『サイコパス』(文春新書)、『キレる! 脳科学から見た「メカニズム」「対処法」「活用術」』(小学館新書)、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)ほか多数。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(4) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする