2020年04月19日

国民の信頼なき政権が緊急事態宣言の茶番 西谷修氏に聞く

国民の信頼なき政権が緊急事態宣言の茶番 西谷修氏に聞く
2020/04/17 日刊ゲンダイ  

政府は16日、新型コロナウイルスに関する「緊急事態宣言」について、対象地域を全国に拡大した。
これ以上の感染拡大を防ぐには全国規模で人の移動を抑えることが欠かせないと判断したためだ。
外出自粛の要請によって休日の都市部の混雑は少なくなったとはいえ、平日の電車内はいまだに通勤する会社員らの姿が目立ち、首相が呼び掛けたオフィス出勤者の「最低7割削減」は程遠い。

 感染拡大を完全に封じ込めるには、国民一人一人の協力が欠かせず、政府側も強い信念と覚悟が必要だが、安倍政権にその姿勢は見られない。
多くの国民が求めている「休業補償」に対しても、安倍首相は「休業に対して補償を行っている国は世界に例がない」と否定的だ。
英国やドイツなど他国の政府と比べて対応の遅れが否めない現政権について、東京外国語大名誉教授の西谷修氏(70)に聞いた。
 ◇  ◇  ◇  
――まずは緊急事態とは、どういう状況を指すのでしょうか。
 近代民主主義国家における政府というのは、国民の負託を受けて権力を行使しています。
権力行使には当然、制約があり、その制約が法体系です。
しかし、通常の法秩序に従っていたのでは間に合わないような事態が生じた場合、行政府が機動的かつ強力に動けるようにするために、国民の信頼、信託を得て事態を「緊急」と認定し、必要に応じて権力行使の制約を解除する。
それが「緊急事態宣言」です。  

――安倍首相も緊急事態宣言を全都道府県に発令しました。
 安倍政権下の日本というのは、緊急事態宣言を発令する前から、すでに同様の状況にありました。
というのも、ここ数年の第2次安倍政権下では、あらゆる行政権の制約、統治システムが壊されてきたからです。

 例えば、国家機構が動くためには官僚の存在があり、官僚が動く根拠というのは常に文書です。
この法律、条文にこう書いているから、私たちはやる権限がありますと。
官僚制の根幹です。
ところが、安倍政権というのは、その文書を改竄したり、破棄したり、あるいはもう作らない、とさえ言い出している。
さらに、重大な問題が起きたとしても立件されないように検察組織も抑え込もうとし、子飼いの人物を検事総長に充てようとしています。
 そうなると、権力はあらゆる法の拘束を受けず、「権力はあらかじめ無罪である」という状況になりつつあるわけです。
緊急事態宣言を発令する前から、行政権に制約がないという状況ですね。
こういう権力が緊急事態を宣言するのは茶番と言ってもいいでしょう。

■国民が緊急事態宣言の発令を求めた意味  

――今回の緊急事態宣言は国民からも発令を求める声が上がりました。
 緊急事態というのは、誰がそれを認定するのかという問題もあるわけで、政府は他のことばかり気にしてのほほんとやっている。
国民が発令を求めた意味は、必ずしも政府に「権力を一元化して仕切ってくれ」ということではないでしょう。
むしろ、今回の新型コロナウイルスの感染防止は通常の対応では間に合わない。
今までの行政対応ではダメだから、これが日本社会の危機だということを早く認めて緊急に対処してほしい、という要求の表れでしょう。

――欧米でも緊急事態宣言を出して国民に協力を呼び掛けていますが、日本とは何が違うのでしょうか。
 イギリスやドイツ、アメリカでは連日、首相らがテレビなどで新型コロナウイルス感染の危険性や拡大防止を真剣に訴えています。
ニューヨーク州のクオモ知事もその一人ですが、そうすると、市民の側にも危機感が強くなり、協力しようという機運になる。
いわば、政権担当者と国民の間で信頼関係が生まれるわけです。
ところが、日本では緊急事態宣言を発令しても、政府は経済のことだけを気にして人びとをコロナ禍から守るという思いが見えません。
日本で外出者の7割や8割の削減がなぜできないのかと言えば、国民が勝手だからではなく、これまでの政府対応が不十分で、根本的に信頼関係がないからです。
宣言の強制力ではなく、政府の姿勢に問題があるのです。

■新型コロナは戦争ではなく緩慢な津波  

――外出制限が進まない最大の理由は補償の問題ですが、安倍首相は「休業補償」に否定的ですね。
 米国でも現金給付が始まりましたが、外出や移動を止めろと言うのなら、それでも生活できるような手当が必要です。
それでないと市民は行き倒れます。
コロナ蔓延を防ぐためと言うなら、国が当座の生活を補償しなかったら、国民は生活を維持できない。
しかし、日本政府はハナから補償する気がない。
だから「緊急事態宣言」発令後も強い姿勢に出られないわけです。

 当初の政府方針だった1世帯30万円の「生活支援臨時給付金」にしても、給付申請に大変な手続きが必要。
申請しても宝くじに当たるようなものなんて大変な誤魔化しで、その間に困窮者が溢れたでしょう。
それが緊急事態なのであって、だから当座はともかく現金支給して、あとで調整すればいいわけですよ。  

――安倍首相が「世界的に見ても最大級」と胸を張った緊急経済対策についてはどう見ていますか。
 政府の支援はほとんどが企業向けです。
企業は経済のエージェントですが、生きた人間ではありません。
息もせず、腹も減らないし、肺炎にもなりません。
新型コロナウイルスに感染して苦しむのは誰かと言えば、生きた一人一人の人間です。
その人たちが働けなくなったり、あるいは出勤停止になったりして、家賃が払えない、収入が減って家族を養えない、というのが問題なのであって、それに対処するのが政府の役目です。
社会の担い手が失われるかもしれない状況を放って置いて、経済システムを回すためにだけ支援する。
倒錯しているとしか思えません。  

――新型コロナウイルス感染拡大を止めるにはどうすればいいと思いますか。
 今回のコロナ禍はよく戦争に例えられますが、戦争ではなく、災害と考えるべきです。
集団の利害が絡んだ争いではない。
緩慢な津波のように静かに社会に浸透していく。

感染の被害を避けるためには社会を閉じる必要があり、そのためには経済が打撃を受けるのは避けられません。
しかし、今の政権はこの経済システムを維持することしか頭になく、その覚悟がない。
これまでも日銀などを使って株価を上げ、経済成長していると粉飾してきたため、経済システムを止めると全部破綻する。
つまり、アベノミクス壊滅となるので、やりたくないのでしょう。

 とにかく「緊急事態宣言」をしたのであれば、それが社会の緊急事態だという意識を強く持ってほしい。
そうでないなら、すぐに首相を辞めるべきです。
それ以外にはまともな展望は立ちません。
 新たな内閣が出来たら、あとは官僚や専門家に「政権のためではなく、この社会の危機を救うためにできることをやれ」と言えばいい。
あとは地域・現場の要望を聞く、それだけです。
(聞き手=遠山嘉之/日刊ゲンダイ)

西谷修(にしたに・おさむ)フランス哲学者。
東京外国語大学名誉教授、神戸市外国語大学客員教授。
立憲デモクラシーの会呼びかけ人・安保法制に反対する学者の会呼びかけ人を務めた。
「不死のワンダーランド」「戦争論」など著書多数。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☔ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする