2020年06月26日

「がんが治る」保証ないニセ情報が危険すぎる訳

「がんが治る」保証ないニセ情報が危険すぎる訳
間違った治療を選択しても責任は患者にある
2020/06/25 東洋経済オンライン
岩澤 倫彦 : ジャーナリスト
新型コロナウイルスに関してさまざまなニセ情報が飛び交い、人々を翻弄している。
とくにSNSなどで拡散されたのが、「食事で新型コロナを予防できる」という情報である。
「納豆」「オリーブ葉エキス」「マヌカハニー(蜂蜜の一種)」「海藻」「ミドリムシ」「各種ビタミン」などの名が挙がるたびに、関連商品の品切れが続出した。
国立健康・栄養研究所では、30種類におよぶ食品について調査を行い、「新型コロナウイルスに対する効果を示した食品・素材の情報は見当たりません」という見解を公表している。

実は、がん治療においても、同様のニセ情報が飛び交っていることをご存知だろうか。

水素で、がんも新型コロナも治る?
「誰もが知っているグローバル企業の元社長に、あなたの身体が心配だから使ってみないか、と勧められました。
やんわりお断りしましたけれど、自分に効果があったのでぜひ使ってほしいと。
がんが再発しないか心配している、とあつくおっしゃるので、断りきれなかったのです」
数年前、がんの手術をした会社経営者の自宅に配達されたのは、「水素ガス吸入器」だった。
大きめの電気ポットのような形状で、爆発しない濃度にコントロールされた水素を吸入できるという。
そして元社長の部下からは、次のようなメールが届いた。
「無料レンタル期間は1カ月間です。効果を感じたら購入して下さい。価格は70万円です」
この製品を販売している会社のホームページには、「水素ガスががん患者さんのQOL(生活の質)の改善やがんの退縮効果を示すのは事実です」と記載されている。

医療機器ではない製品が「効能効果」をうたうことは、医薬品医療機器等法で禁じられている行為だ。
この会社は、「中国では新型コロナの治療に水素が使用されている」という紹介もしている。
「試しに使用してみましたが、効果は何も感じられませんでした。
相手の機嫌を損ねないように平謝りして、製品は返却しています」(会社経営者)。

市販されている「水素吸入器」は、数万円から約160万円の製品まで、多くの企業が参入しているが、あくまで家庭用であり、臨床試験で有効性が確認された「医療機器」ではない。
「水素吸入療法」に関しては、慶応義塾大学病院の救急科が、厚生労働省から先進医療Bの指定を受けて、心停止後症候群の患者を対象にした臨床試験を実施している。
これは、心停止から回復した患者の後遺症に水素吸入療法の有効性を確認する臨床試験。
「がん」や「新型コロナ」の治療や予防効果とはまったく関係ない。

「今あるガンが消えていく食事」「ウイルスにもガンにも野菜スープの力」「死なない食事」「ガンは食事で治す」……。
書店に並ぶ本のタイトルを見ていると、まるで食事を工夫するだけで、がんが治ってしまうと錯覚するかもしれない。
実際、アマゾンの「がん関連」の売れ筋ランキング上位100冊のうち、実に37冊が食事関連の本が占める(6月21日時点)。

私は拙著『やってはいけない がん治療 医者は絶対書けないがん医療の真実』を上梓するなど、医師には絶対書けないがん医療のタブーや、詐欺的ながん医療を目利きするヒントなどを追っている。
がん患者やその家族が、食事療法を信じる最大の理由は、「医師」や「歯科医」が提唱していることだ。
加えて、国内外の名門大学で「教授だった」という経歴は、食事療法の信憑性を高める効果を持つ。

「肩書き=信用」という価値観が、私たちに刷り込まれているからだろう。
ただし、巷に氾濫する食事療法の本について、詳しく内容を分析してみると、臨床試験などの科学的手法で、有効性を証明したものは1つも見当たらなかった。
「食事でがんが消えた」のカラクリ 本で紹介されているのは、各医師による独自の食事療法で「がんが消えた」とされる「物語」ばかり。
しかも、食事療法だけで「がんが消えた」のではなく、がんの治療法として確立されている「標準治療」を併用しているケースが大半を占める。

食事療法の本から、象徴的な1例を挙げてみよう。
「乳ガンから、肺や脳など全身に広がった転移ガンが完全消えた」とされる56歳女性のケース。
しぼりたてニンジンジュースを1日3回、400〜500ミリリットル、3食を十穀米入り玄米、おかずは野菜やキノコ類、豆腐など。
こうした食事を続けるように指導した結果、全身に点々とあったがん細胞が、すべてキレイになくなった」
本の著者である医師は、食事療法の成果として、このケースを誇らしげに紹介しているが、患者は同時に、脳腫瘍をガンマナイフ(放射線治療の一種)、頭蓋骨転移は開頭手術、そしてホルモン療法を行っていた。
「最適な医学的治療を行いながら徹底した食事療法を行うと、このように改善しうる」と医師は述べているが、治療効果の主体はどう考えても、ガンマナイフなどの標準治療とみるのが自然である。

「にんじんジュースでがんが消える」という書籍は多数出版されているし、「食事療法の権威」としている人たちの多くが、にんじんジュースを強く勧めている。
しかし、国内外の臨床試験で、「にんじんジュースでがんが消える」ことを証明したものは1つも見当たらない。
そればかりか、アメリカ・国立がん研究所は、にんじんの主成分「β-カロチン」のサプリメントを摂取した人は、肺がんリスクが上昇した、と公表した。
実際、にんじんジュース等による食事療法を実践した患者や家族に聞くと、栄養のかたよりや食欲が減退するなど、かえって悪影響が出てしまったという。

日本の国立がん研究センターは、「食道がん・胃がん・肺がんについては、野菜と果物をとることで、がんのリスクが低くなることが期待される」とする見解を出したが、明確な結論は出ていないと付記している。

高額サプリメント「フコイダン」の罠
新型コロナの予防に効くとされた、フコイダン。
もちろん、有効性は何も証明されていない「ニセ情報」だった。
このフコイダンは「がんに効く」として、一部のがん患者たちに信じられており、極めて高額なサプリメントが今も販売されている。
フコイダンの原材料は、「もずく」や「がごめ昆布」などの海藻。ぬめり成分に「抗がん作用がある」とされているが、がん患者を対象にした臨床試験で、有効性を証明したものは見当たらない。
2019年8月、「フコイダンエキス」という健康食品を、3年間で28億7000万円を売り上げた会社社長ら4人が逮捕された。医薬品として承認を受けていないのに「がん細胞が自滅する」と宣伝・販売した、医薬品医療機器等法の違反(未承認医薬品の広告、販売)容疑である。
約3000円で仕入れた商品を、5万円超の価格で販売したというから、典型的な「がんビジネス」だったことがうかがわれる。

がん患者が「フコイダン」に多額のお金を使うのは、効果を信用しているからだ。
大きな影響を与えているのが、ある国立大学研究室の存在である。
所属する研究員によるウェブサイトは、効果を次のようにうたう。
「低分子化フコイダンは、がん細胞に直接作用し、がん細胞を自然死(アポトーシス)に導きます。
また、がん細胞に栄養を運ぼうとする血管が新たにできることを抑制し、患者さん自身の免疫力を高めます」

この国立大学研究室は実験によって、「フコイダン」の抗がん剤作用を確認したと公表している。
ただし、同研究室が行った実験は、「in vitoro(イン・ビトロ)」=「試験管の実験」の段階だった。
試験管の中で確認されたことが、患者の体内で同じく作用するとは限らない。
だから、多数の患者を対象にした臨床試験によって、有効性を確認することが必須になっている。

「間接的に聞いているし、自分も確信している」
ちなみに同研究室は、医学系ではなく、農学系に属している。
担当の研究者は、電話インタビューに対して次のように答えた。
 「自分は医者ではないので、臨床研究論文は書いていない。
フコイダンの効果については間接的に聞いているし、自分も確信している。
フコイダンの研究は食品の範囲内であり、医薬品にする計画はない」

  新型コロナウイルスの感染がピークアウトした現在、国内の死亡者数は1000人に満たない。
これに対して、がんで命を落とす人は、年間約37万人。
中には、根拠のない医学情報や高額なサプリメントを信じた結果、適切な治療を受けられずに亡くなった患者も存在しているはずだ。
たとえ、間違った治療を選択しても、大半の医師は強く引き留めない。
患者の自己選択権を尊重するのが、現代医療の基本だからだ。
ニセ情報を見抜き、正しい治療を選択する責任は患者側にあることを、ぜひ自覚してほしい。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(2) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする