2020年08月14日

クリニック騒動記

昨日 クリニック上りエスカレーターの中段から バランスを崩し転落。
8時 糖尿外来受診前検査のため 尿検査・血液検査をして血圧-身長測定。
普段、高血圧で「降圧剤」を服用しているのですが、その時の数値は 110-51。

何かがおかしいと思いつつ 診察室移動のためエスカレーターへ。
2階から3階は無事通過、3階から4階に移動途中、バランスを崩し 頭と腰を打ち 立ち上がれず、約4時間のストレッチャー生活。

5年前と同じか・・・
5年ほど前、突然意識を失い 倒れるということが 頻繁に起こり クリニック「脳外科」を受診。

2015/11/26のMR検査で
「両側基底核、側脳室周囲、半卵円中心に低吸収が認められ、ラクナ梗塞と慢性虚血性変化と思われます。
左側頭部に 石灰化病変がみとめられます(髄膜腫などの可能性があります)」と読影医の診断。

職場近くの 板橋愛誠病院内科から 川崎幸クリニック「内科」「脳外科」に転院。
月に1度の外来、高血圧剤処方で 突然倒れる症状は治まっていました。

今回のエスカレーター転落の 診断も「ラクナ梗塞と虚血性変化」
5年前と 同じ画像とのこと。

また 突然の意識喪失がはじまるのか・・と不安を口にすると、
「睡眠不足の改善、3度の食事、脱水を防ぐ」熱中症対策と同じで 出る可能性は減るとのこと。

尻。背骨も悪いなりに変化なし
人工股関節は 正常な位置にある。
背骨は、以前の検査と変化なし「背骨の曲がり、椎間板2ケ所の摩滅」「脊柱管狭窄症」
今回の転落での新たな所見なし。
不安になり 整形の先生に「このままにしていて大丈夫ですか??」と聞くと、「まずは大丈夫」とのこと。

ネットワーク情報管理
2015年から 精神科以外は 板橋愛誠病院から幸クリニックに転院しているのですが、
今までの検査記録、外来記録が 瞬時にPC画面に現れることにビックリ。
「泌尿器科」「心臓外科」「脳外科」「皮膚科」「整形外科」「内科」「糖尿内科」「呼吸器科」・・・。

クリニック内での転倒だったので 大事にはいたりませんでしたが、これがショッピングモールだったら どこか他病院救急にまわされ 検査漬けになりかねませんでした。

大人しく寝てなさい!!
意識がハッキリしてくると ストレッチャーに乗り 若き看護師に移動をお願いすることが 無性に恥ずかしくなり、起き上がろうとすると「先生の許可がでるまでは、おとなしく寝ていてください」「私たちは これが仕事ですから 気にしないでください」とピシャリ。

異変があればすぐ来てください
「頭部打撲は 後で内出血する場合があります。吐き気や眩暈を感じたら 躊躇なく来院してください」と、12時過ぎに ストレッチャーから解放されました。

銀行へは 父の七回忌のお布施などの費用を下ろす予定でしたが 延期し タクシーで帰宅。

打撲の傷みが遅れて・・
帰宅後、腕が痛い・腰が痛い・尻が痛いと 打ち身したところの傷みが出ましたが、定期通院の整形外科から貰っていたシップを貼りまくりました。
大げさですが、「痛みも生きている証拠」と感じた昨日でした。

教訓
・普段と違う 検査結果がでたら 慎重に移動する
・かかりつけ医を持つことの 大切さ
・日中の移動は 水分補給をこまめに
・人体の疲労、故障とうまくつきあうこと

今も 行動が慎重になっています。
看護師さんを独占できるとの妄想は 健康だから言えることで、その立場になったら ただただ「ありがとう」
posted by 小だぬき at 04:19 | 神奈川 | Comment(6) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

75年前を忘れない=与良正男

75年前を忘れない=与良正男
2020年8月12日 毎日新聞東京夕刊

この夏、敬愛する小説家、吉村昭(1927〜2006年)の「殉国 陸軍二等兵比嘉真一」を読み返した。
 終戦の年の3月に始まった沖縄陸地戦。
ガリ版刷りの召集令状で「鉄血勤皇隊」に喜んで加わった14歳の中学生・真一が、だぶだぶの軍服を着て洞窟を転々とする。
そして「必ず米兵を殺す」という忠誠心も自決の願いもかなわず、最後は米兵に捕らえられるまでを書いた67年の著作だ。

 単に「戦争反対」というのではなく、右・左の歴史観を排して当事者への徹底的な取材に基づく冷酷なまでの描写が、沖縄戦の悲惨さ、無謀さを逆に浮き彫りにする。
今度も涙した。

 ただし、この作品をはじめ「戦艦武蔵」等々の戦史小説で知られた吉村が先の大戦を題材にしなくなったのは、もう40年近く前だ。
戦争を実際に体験した人が高齢となり、あるいは亡くなって実証的な作品が書けなくなったというのが理由だった。
 実は「殉国」を再読したのはNHKが先日放映した沖縄戦の検証番組を見たからだ。

「政権への忖度(そんたく)が目立つ日ごろの政治報道になぜ、この取材力が生かされないのか」と感じるほど、よくできたドキュメンタリーだった。
 一方で改めて気づいたのは検証の多くが、既に亡くなった人が残した手記や録音に頼らざるを得なくなっている現実だ。  

記憶はいずれ薄らぐ。だからこそ記録が大切だ。
私(63)はそう言われて記者生活を送ってきた。
 日本の政府と軍部は敗戦が決まった直後から戦争関連資料の多くを焼き尽くした。
マスコミや研究者が個々の証言に加え、米国などが保存する公文書の発掘に今も力を注いでいるのはそのためだ。

 では75年前の文書廃棄の教訓が今、生かされているだろうか。
 森友問題で財務省は公文書の改ざんにまで手を染めた。
首相主催の「桜を見る会」もしかり。招待者名簿の電子データは破棄され、安倍晋三首相(65)は「復元は不可能」と堂々と言う。
政権に都合の悪い文書は隠し、捨てる。

 新型コロナウイルスに関する政府対応記録も後世に受け継ぐべく、きちんと保存しているのか。
 私たちはまず、そんな深刻な事態が進んでいることを忘れないでおこう。
「日本は変わらない」と人ごとのように嘆いてばかりはいられない。
         (専門編集委員)
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする