匿名の刃〜SNS暴力考
ネットで中傷する人が変わるには 依存症専門家が必要と説く「周囲の変化、心のつえ」
2020年8月17日 毎日新聞
【野村房代/統合デジタル取材センター】
SNS上の誹謗(ひぼう)中傷に加担してしまう人の心理とは、どんなものなのだろうか。
一部には「ネット依存」状態にある人もいるという。
ネット依存の人とその家族の相談に乗っている精神保健福祉士の八木真佐彦さん(56)は、「『罵詈雑言(ばりぞうごん)を書き込むなんてとんでもないやつだ』という視点だけでは、解決しないと思います」と語る。
【野村房代/統合デジタル取材センター】
ネット依存とは 昼夜逆転など日常生活に支障、つながっていないとイライラ、憂鬱
――専門的見地から、どういう状態を「ネット依存」と判断するのでしょうか。
◆SNSや(主にSNSで提供され、他のプレーヤーと協力したり競い合ったりする)ソーシャルゲームをするために睡眠時間が削られ、昼夜逆転になるなど学業や仕事といった日常生活に支障をきたしている状態です。
また、ネットにつながっていないとイライラしたり憂鬱になったりして感情の抑制が利きづらくなり、時にはネット上でも感情的なやり取りを繰り返してしまいます。
――ネット依存の相談者は、どんな人なのでしょうか。
◆2013年からゲーム依存を含めたネット依存の相談に乗っていますが、相談時間は当事者とその家族を合わせて月80時間を超えます。
相談に来るのは中高生とその家族が6割ほどで、不登校や引きこもりになってから家族が駆け込んでくるケースが多い。
成人の当事者は2割に満たず、ネット上の課金サービスで借金が膨らむなどした結果、親族が持て余してようやく相談に来る、といったことが多くみられます。
「自己肯定感が低く、つらい現実から逃れる手段がネットしかない」
――当事者本人が相談しに来ることは少ないのですね。
◆その通りです。
なぜかというと、周囲に「助けて」と言いにくい、孤立した環境で過ごしているからです。
ネット依存者には、次のような特徴がよく見られます。
親が高学歴だったり高い地位に就いていたりして、過度なプレッシャーにさらされている
▽モラルハラスメントやドメスティックバイオレンス(DV)が家庭内にあり、安心できる居場所がない
▽感覚過敏など発達障害の特性を周囲に正しく認識されず、常に否定されている――。
つまり、総じて自己肯定感が低く、つらい現実から逃れる手段がネットしかない、ということです。
また、他の依存症と比べると、IQが高い人が多いと感じます。
偏差値70以上の高校に合格したのに親族に『バカ』などと言われ、褒められたことがない、という女の子もいました。
日本では、知的な遅れに対しての特別支援学級などはありますが、知能が高すぎる人への支援はほとんどない。
知能が高すぎることもまた、集団になじめず孤立する原因となります。
知能は高いけれども視野が狭かったり、人にだまされやすかったり、ということは珍しくありません。
ゲーム依存とネット依存の本質は同じ
――ゲーム依存とネット依存の双方の相談に乗っているのはなぜですか?
◆それは両者の本質が同じものだからです。
ゲームで勝って評価されることと、SNSでたくさんの『いいね!』をもらうことは、どちらも承認欲求を満たすものです。
またソーシャルゲームは、他者とのつながりを求めてやっている人が多いという点で、SNSと共通しています。
つまり、いずれも現実社会に安心できる居場所がない、肯定してもらえない人が、それらを求めて依存を深めているとみることができます。
それなのに、ゲーム依存がメディアで近年よく取り上げられるのに対し、SNSなどのネット依存は注目度が低く、顕在化しにくいのが現状です。
ゲーム依存は扱っていても、ネット依存は対象にしていない医療者や相談機関が多い。
両者を分断することなく、統一的に対処法を考えるべきだと思います。
「誹謗中傷は同時に自分も傷つける。一方的に悪いというのは逆効果」
――現実社会で生きづらく、ネットに居場所を求めているはずの人が、他者を傷つけるようなことを書き込んでしまうのはなぜなのでしょうか。
◆誹謗中傷を書き込むことは同時に自分も傷つける行為なので、ある意味でリストカットと同じことなんです。
死にたい思いや自暴自棄になる気持ちを抱えていて、中傷を書き込むことでそうした思いが緩和され、精神の安定を保っている人もいます。
攻撃する多数派に回り、「いいね」をもらうことで自己肯定感を感じることもあるでしょう。
ですから一方的にSNSが悪い、ゲームが悪いと言って、それらを取り上げるのは逆効果なんです。
必要なのは、ネット以外にも「心のつえ」を見つける「置換スキル」です。
――具体的にどんな方法でしょうか。
◆例えば、ジェットコースターに乗ったりラフティングを体験したりするといった、物理的な刺激を感じること。
大声を出したりドラムをたたいたり、やったことのない料理をしたりすることもその一つです。
ストレスとなる家庭や学校、会社とは関係のない場所に居場所を作り、人生を楽しむ複数の方法を見つけ出せると良いでしょう。
「環境を変えるだけで改善されることもある」
――家族や周囲の人はどのように接すればいいのでしょうか。
◆家族を含めた環境を、安心して弱音を吐ける雰囲気に変えることが重要です。
時には本人に直接関わらなくても、環境を変えるだけで改善されることもあるくらいです。
アディクション(依存)の反対はコネクション(つながり)。
現実世界につながりが感じられないから、SNSやゲームの評価に過剰に依存する。自他ともに完璧を求めず、責めずに受け止めてくれる温かな環境づくりが大事なのです。
やぎ・まさひこ 1963年、神奈川県生まれ。
東北福祉大卒業。社会福祉士・精神保健福祉士。
2004年から法務省東京保護観察所で社会復帰調整官として約9年間、医療観察対象となった患者の支援に携わる。
13年からネット依存問題に取り組み、現在は「周愛荒川メンタルクリニック」(東京都荒川区)で当事者と家族の相談に乗っている。
共著に「ゲーム依存からわが子を守る本」(大和出版)。