2020年08月19日

ゆるりと生きる

香山リカのココロの万華鏡
ゆるりと生きる
2020年8月4日 毎日新聞 東京地方版

 難病にかかった人が医師に安楽死を依頼したとされる事件、そして有名な俳優が自ら命を絶つ事件と大変なニュースが続き、診察室で「生きる意味について考えてしまった」という話を相次いで聞いた。
「私は病気で仕事もできないし、世の中に役に立つこともできません。
こんな私の人生に価値なんてあるんでしょうか」
「ご自分の人生にまじめに取り組んでるんですね」などと言葉をはさみながら、まずはその人の話をじっくり聞く。

そういうときに決まって思い出すことがある。
 それは、漫画家・水木しげるさんの妻である武良布枝さんが書いたエッセー集「ゲゲゲの女房」のことだ。
この本を原作とするテレビドラマも大ヒットしたから、名前を聞いたことがある人も多いだろう。
 私が診察室で思い出すのは、本の内容のことではなく、表紙の下に巻かれる「帯」に書かれていた、水木さんの言葉だ。

そこにはこうある。  
<家内は、「生まれてきたから生きている」というような人間です。
それはそれでスゴイことだと水木サンは思う。>
 それ以上の説明はないので、この言葉の正確な意味はわからない。
おそらくは、妻のおおらかさやこだわりのなさを、夫なりにほめたのだろう。

 「生まれてきたから生きている」とは、それにしても強烈な言葉だ。
「なぜ生まれてきたんだろう」とか「私の人生にはどういう価値があるんだろう」などとあまり考えることなく、とにかく目の前の生活に一生懸命に取り組む。
先のことを心配しすぎずに、日々の楽しみを大切にする。

「ゲゲゲの女房」にはたしかに武良さんのそんなひたむきさや、くよくよしない一面が描かれており、だからこそテレビドラマも多くの人の共感を呼んだのだろう。

 もちろん、「生まれたからには人の役に立てる、意味のある人生を送りたい」と思う気持ちは大切で、そこから夢や目標も
生まれてくる。
 しかし、人生は思い通りにはいかない。いろいろなアクシデントもつきものだ。
そんな壁にぶち当たったときは、「生まれてきたから生きている、でいいじゃない」とつぶやいてみるのはどうだろう。

実は、私もときどきこの言葉をおまじないのように唱えている。
 たいていは一生懸命。
でもときには「これでいいじゃない」と、思い詰めるのをやめる。
そんなゆるりとした生き方はどうだろう。
             (精神科医)
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(4) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする