2020年09月05日

「あれがやめられない」と悩む人を救う対処法

「あれがやめられない」と悩む人を救う対処法
2020/09/04 東洋経済オンライン
ニール・イヤール : 作家、ビジネスコンサルタント

衝動を抑え込むのではなく
シアトルにあるフレッドハッチンソンがん研究所の心理学者ジョナサン・ブリッカーは、行動を変えるとがんになるリスクが下がることを証明してきた。
「ほとんどの人は、がんを行動の問題とは考えていないが、禁煙や減量、定期的な運動のように、がんになるリスクを減らし、長く質のよい人生を送るためにできることは必ずある」とブリッカーは書いている。

ブリッカーのアプローチの1つに、想像力を鍛えて物事を別の角度から見る、というものがある。
認知行動療法(ACT)の一環としてある技法を学べば、有害な行動につながりがちな不快感や不満が和らぐことを明らかにした。
ブリッカーは禁煙に焦点を絞って、インターネットでACTを提供するアプリを開発した。
主な利用対象は禁煙を目指す人々だが、このプログラムの原理によってさまざまな衝動を効果的に抑えられることが、証明されてきた。

このセラピーのカギになるのは、自分が何を渇望しているかを認識して受け入れ、その渇望を健康的に処理することだ。
ACTでは、衝動を抑え込むのではなく、一歩離れて、衝動の原因に気づき、観察し、最終的にそれが自然に消えることを目指す。
しかし、なぜ衝動と真っ向から戦わないのか。
なぜ、「ノー」と言うだけではだめなのだろうか。

ロシアの文豪ドストエフスキーは1863年に、「シロクマのことを考えないという難題を自分に課せば、シロクマが絶えず頭に浮かんでくるだろう」と書いた。
その124年後、社会心理学者ダニエル・ウェグナーは、ドストエフスキーの主張が正しいかどうか実験した。
被験者は、5分間シロクマのことを考えないように、と指示された。
すると彼らは平均で1分間に1回、シロクマのことを考えた。
まさにドストエフスキーが予言したとおりだ。

しかし、ウェグナーの実験はそれだけでは終わらなかった。
同じグループの被験者と最初の実験には参加していない別のグループに、今度はシロクマのことを思い浮かべるよう指示すると、後者より前者のほうが、シロクマのことを思い浮かべる回数がずっと多かった。
「この結果は、最初の5分間に考えないようにしたせいで、心の中でリバウンドが起きて、より頻繁に考えるようになったことを示している」と、ウェグナーはモニター・オン・サイコロジー誌の論文に書き、のちにこの傾向を「皮肉過程理論」と名づけ、何かを考えないようにするのが難しい理由を説明した。

この理論が「皮肉」と呼ばれるのは、欲求をいったん抑制し、のちにそれを解くことで、その欲求がより多くの報酬をもたらすようになり、習慣化するからだ。
欲求を抑え込み、反すうし、結局は屈する、というサイクルを繰り返すと、そのサイクルは永続的なものになる。

望ましくない習慣の多くは、このサイクルに駆り立てられている。

タバコへの渇望の意外な要因
例えば、喫煙者の多くは、タバコへの渇望をもたらしているのはニコチンだと考えている。
間違いではないが、まったく正しいわけでもない。
ニコチンは神経を刺激し、多幸感をもたらすが、客室乗務員を被験者とする実験により、タバコへの渇望は、かつて考えられていたほどにはニコチンとは関係のないことが明らかになった。

この実験では、タバコを吸う客室乗務員の2つのグループを、イスラエルから別々の旅客機で送り出した。
一方のグループは、3時間のフライトでヨーロッパへ、
もう一方のグループは10時間のフライトでニューヨークへ向かった。
もちろん、客室乗務員がフライト中にタバコを吸うことは禁止されている

両グループは、フライトの前と途中と後で、タバコへの渇望の度合いを点数で記録するように指示された。
もし、ニコチンが脳に及ぼす影響だけが原因なら、どちらのグループも、最後にタバコを吸ってから同じ時間が経つとタバコを吸いたくなり、時間が経てば経つほど、彼らの脳はニコチンを科学的に渇望するようになるはずだ。
だが、事実は違った。

ヨーロッパに向かった客室乗務員たちは、ヨーロッパに到着したときに、タバコへの渇望がピークに達していた。
一方、ニューヨークへ向かった旅客機は、その時間にはまだ大西洋上にあり、客室乗務員たちが報告した渇望の度合いは弱かった。
なぜそんな差が出たのだろうか。

ニューヨーク行きの便に乗っていた客室乗務員のタバコへの渇望が最も強かったのは、目的地が近づいたときだった。
飛行時間と最後に喫煙してからの時間は、渇望の程度には影響しなかった。
実は、渇望に影響したのは、最後に喫煙してからの時間ではなく、次に喫煙できるまでの時間だった。
もし、この研究が示すとおり、ニコチンのように中毒性があるものへの渇望をコントロールできるのなら、ほかの不健康な欲求も、脳をだますことでコントロールできるのではないだろうか。

ありがたいことに、そのとおりなのだ。

◎注意散漫の欲求をいなすための4つのステップ
ある種の欲求は、その対象についての考え方を変えることで、完全に鎮めることはできなくても、和らげることができる。
頭に浮かぶ感情や考えをコントロールすることはできないが、それに対してとる行動はコントロールできる。

ブリッカーが行った、ACTを利用する禁煙プログラムの研究が示唆するのは、私たちは渇望を抑え込む方法ではなく、うまく対処する方法を学ばなければならない、ということだ。
それは、スマホを頻繁にチェックしたり、ジャンクフードを食べたり、買い物をしすぎたりといった衝動についても言える。

衝動と戦わずにどう対処したらいいか
衝動と戦うのではなく、頭に侵入してくる思考に、より効果的な方法で対処する方法がある。
次に挙げる4つのステップはその助けになるだろう。

【ステップ1】
注意散漫になる前に現れる不快な感情(内部誘因)を探し、注目する
執筆中の私をしばしば妨害するのは、何かをグーグルで検索したいという衝動だ。
それが難しい仕事から逃れるための口実であることを、私はよくわかっている。
ブリッカーが勧めるのは、不安、渇望、落ち着かない気分、無力感といった、注意散漫の前に現れる不快な感情に注意を払うことだ。

【ステップ2】
内部誘因を書きだす
ブリッカーは、その不快な感情、すなわち、内部誘因を書きだすことを勧める。
その後あなたが誘因に屈したかどうかは関係ない。
注意散漫につながる不快な感情に気づいたらすぐ、そのときに自分が何をしていたか、どう感じたかを紙に書きだす。

自分に語り聞かせるように
ブリッカーによると、人は、外部誘因には気づきやすいが、「重要な内部誘因に気づけるようになるには、いくらかの時間と努力を要する」。
ブリッカーは、その衝動について客観的に語ることを勧める。
例えば、「緊張を感じた。私はアイフォーンに手を伸ばそうとしている」というように、第三者であるかのように、自分に語り聞かせるのがコツだ。
そうした行動に気づけるようになれば、やがてそれをコントロールできるようになる。
「不安は消え、その感情は弱くなるか、ほかの感情に取って代わられる」とブリッカーは記している。

【ステップ3】
自分の感覚を調べる
ブリッカーは次に、その感覚を掘り下げることを勧める。
例えば、注意散漫の前に指がぴくぴく動くとか、子どもといるときに仕事について考えると胸がざわつくといった感覚の高まりや鎮静をどのように感じるか。
ブリッカーは、衝動に突き動かされる前に、その感覚をしっかり受け止めることを勧める。

この手法の効果は、禁煙に関する研究で実証されている。
自分の渇望に気づき、それを掘り下げることを学んだ被験者が禁煙に成功する確率は、アメリカ肺協会の最も成功した禁煙プログラムの2倍だった。
ブリッカーがとくに気に入っているのは、「小川を流れる葉」という手法だ。

本来望まないことをやろうと誘惑する不快な何かを感じたときは、「静かに流れる小川のほとりにあなたが座っていて、目の前を何枚もの木の葉が流れている光景を思い描こう。
心の中にある考えの1つひとつを、1枚1枚の葉に載せなさい。
それは思い出かもしれないし、言葉か、心配事か、イメージかもしれない。
そうしたら、葉の1枚1枚が流れに乗ってくるくると回りながら遠ざかっていくのを、座ったまま、じっと見届けよう」。

【ステップ4】
境界の瞬間に注意を向ける
境界の瞬間とは、1つの行動から別の行動へと移る「ちょっとの間」のことだ。
車の運転中、信号が変わるのを待つ「ちょっとの間」、スマホを手にとり、信号が青になった後も、運転しながらまだスマホを見ていたという経験はないだろうか。
あるいは、タブレットでブラウザを開いたものの、読み込みの遅さにいらついて、「ちょっとの間」だけと、ほかのサイトを開いたことはないだろうか。

注意散漫のわなを避ける「10分間ルール」
この注意散漫のわなを避けるには、「10分間ルール」が効果的だ。
私はほかにすべきことを思いつかなくて、気を紛らわせるためにスマホのメールをチェックしたくなると、「それは悪いことではないが、今はそのときではない」と自分に言い聞かせる。
そして何もしないで、10分過ぎるのを待つ。
この方法は、執筆の手を止めて検索するとか、退屈なときにジャンクフードを食べるとか、「疲れすぎて眠れない」ときにネットフリックスの番組の続きを見るといった、あらゆる注意散漫を防ぐ助けになる。

このルールによって、行動心理学者が「衝動サーフィン」と呼ぶ手法を実行する時間が得られる。
衝動を感じたら、それに注意を向け、追い払ったり、従ったりするのではなく、サーフィンをするようにその波を乗りこなし、衝動が鎮まるのを待つ。
衝動サーフィンや、衝動に注意を向けるほかの方法によって、喫煙者が吸うタバコの本数を減らせることが対照実験で立証されている。

10分間、衝動サーフィンをしたのちに、まだその行動をしたいのであれば、してもよいが、そうなることはめったにない。
境界の瞬間は過ぎ、私たちは本当にやりたかったことに取り組める。
衝動サーフィンや、小川を流れる葉に渇望を乗せる方法は、メンタルスキルを高めるための訓練であり、注意散漫を避ける助けになる。
これらの方法は私たちの心を修復し、何かに反応するのではなく掘り下げることで、内部誘因から逃れられるようにする。

ガーディアン紙の記者、オリバー・バークマンが記事に書いたように、「興味深いことに、否定的な感情に穏やかに注意を向けると、それらは消え、肯定的な感情が育っていく
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(2) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする