裸の王様「都合の悪い情報に目を閉じる」人が掘る墓穴
2020年11月12日 PRESIDENT Online
和田 秀樹(わだ・ひでき)国際医療福祉大学大学院教授
リーダーは側近にどんな人材を置くべきなのか。
精神科医の和田秀樹氏は「大統領選で負けたトランプには、周囲にイエスマンを集める裸の王様のような傾向があった。
自分に都合の悪いことをあえて言ってくれる人物や、大衆心理に熟知したアドバイザーがいなかったことが敗因ではないか」と指摘する――。
菅義偉総理大臣が、日本学術会議が推薦した6人の候補者の任命拒否をめぐって、国会で激しい批判を受けている。
菅氏の首相としての滑り出しは順調なものだった。
一般国民の可処分所得増につながる携帯電話料金の値下げを打ちだしたり、ハンコの廃止を迅速に進めたりするなど、スピード感や実行力もあいまって、国民的人気は高く、非常に高い内閣支持率を得た。
この学術会議問題が、今後の菅首相の人気や政権運営にどう影響を与えるのかはわからない。
安倍路線の継承というのだから、多少学問の自由を損なったとしても、保守層の支持につながり、全体のダメージも最小限に抑えられると見たのかもしれない。
ただ、国会中継を見ている限り、野党からの質問に同じ内容を棒読みのような形で答えるなど、何とも頼りない印象だ。
そう感じた国民も少なくないのではないか。
ともあれ菅首相人気の趨勢は学術会議問題だけでは占えないが、政治は、一寸先は闇だ。
油断することは許されない。
勢いのある政党が一気に失速することもある。
例えば、2017年に結成され、2018年に解散した「希望の党」だ。
政権政党になるのではと思われるほど人気を集めていたにもかかわらず、党創設者の小池百合子氏が発した「排除します」のひとことで、その気運が一気にしぼんだように、ちょっとしたミスが世論や政治的人気に大きな影響を与えることがある。
■落選トランプは「政治的な死」を迎えたのか
もっとも、それが必ずしも「政治的な死」を意味するわけではない。
その後の小池都知事の人気の急回復と選挙での圧勝からもそれはわかるが、アメリカの大統領選挙は、そうはいかない。
どんな僅差であれ勝った側が大統領になり、負けた側は少なくとも政治的にはただの人となる。
今回の選挙では、中西部では善戦したものの、選挙人の数でも予想外の大差で現職のトランプは負けた(まだ、裁判に持ち込むという話があるが、このくらいの差だと1州や2州、裁判がもつれてもバイデンの当選は確実だろう)。
この選挙では、前回選挙でトランプの逆転の原動力となったラストベルトと言われる工業労働者の多い州を、トランプはことごとく落としている。
いくつかの要因はあるだろう。
■都合の悪いことをあえて言ってくれる側近がいない
コロナ対策や経済政策などの観点も重要だが、私の見るところ、トランプが票を減らした最大の理由は、警察官が黒人を射殺した事件への対応に見られる人種差別に寛容ともとられかねない姿勢と、それにまつわる国内の分断をもたらしたことだと考えている。
私は、1991〜94年にアメリカでもっとも保守的な州と言われるカンザスに留学した。
この地域での人種差別は控えめに言ってもひどいものがあった。
娘はナーサリースクール(幼児のための教育施設)で一人だけ手をつないでもらえなかったこともある。
言葉がうまくない私は、発音が悪いために通じない英語を使うと明らかにバカにした態度を取られた。
ただし、建前はあくまで人種差別厳禁だった。
職場でも差別は厳禁だったし、インテリ黒人の心理学者やケースワーカーも多数在職していた。
留学先の精神病院は、精神分析を入院治療に応用するという先進的な治療を行うことで全米ランキングのトップに位置する病院だった。
そのため、全米から富裕層の患者がやってくる。
すると、不思議なことが起こる。
精神分析の治療場面では、患者に心に浮かんだことを包み隠さず話してもらうことが基本原則だ。
差別的なことでも、卑猥なことでも、正直に気持ちを話してもらう。
すると、ルールとしては人種差別厳禁の病院なのに、本音としての人種差別発言をしょっちゅう聞く羽目になる。
そういうこともあってアメリカの人種差別は根深いと感じずにはいられなかった。
前回のトランプ当選の際には、日本のジャーナリストたちは西海岸と東海岸以外のことにやや疎い面があり、ヒラリーの当選を予想していた。
だが、そういう体験から私は、本音では差別的なアメリカ人が世論調査に載らない形でのトランプ支持層はかなり多いのではないかと予感していた。
悪い予感だが見事に的中した。
当選後に「隠れトランプ」と呼ばれた現象だ。
そのため、トランプは本音でのアメリカ人の黒人差別心理を今回も読んで、各地で起こった射殺事件などに緩く対応したのだろう。
だが、それが裏目に出た。
■大事な「情報」が一切上がってこなくなる
私が言いたいのは、菅首相にしても、トランプにしても、自分に都合の悪いことをあえて言ってくれる人物や、大衆心理に熟知したアドバイザーがいないのではないかということだ。
トランプが政府高官を次々と更迭し、自分の熱烈な支持者で側近を固めたことはよく知られている。
菅首相も、官房長官として安倍前首相を支え続けたわけだが、内閣人事局を通じてかなり強権的な対応を取り続けていた。
やはりイエスマンのような人ばかりが周りに集まっていたように思えてならない。
その結果、どうなるか。
大事な「情報」が上がってこなくなるのだ。
■「今言えば今回は許すが、後になって問題が発覚したら承知しない」
かつて大赤字だった建設機械大手のコマツを世界のトップ企業にV字回復させたことで知られる坂根正弘社長(現顧問)は、悪いニュースが真っ先に上がってくる仕組みを作ったと言われる。
さらに、「今言えば今回は許すが、後になって問題が発覚したら承知しない」というスタンスを徹底し、早い段階で問題が発覚するような社内の雰囲気をつくり上げたという。
裸の王様のようになってしまうと、部下がバッドニュースを上げづらい雰囲気になってしまうので、それをどう防ぐかがトップの器量ということなのだろう。
米元大統領のビル・クリントンはホワイトハウス実習生だったモニカ・ルインスキーさんとの不倫騒動の際に、謝罪会見に挑んだ。
弾劾の評決の準備が進められていて、失敗すると大統領の職を失いかねないものだった。
CBSのドキュメンタリーでも紹介されたが、これに対してクリントンは心理学者のアドバイスにしたがって、数十人の市民に協力を仰ぎ、どういうふうに釈明し、どういう表現を用いた時、市民が不快感を抱くのか、もしくは好感を持つのかをモニターし、それを用いて会見の準備をしたという。
「賢いものがバカになるときがある」が本連載のテーマだが、いくら賢い人間でも、そうした「情報」が不足していたら、いい判断はできない。
偏った情報のもとで判断するから無駄な戦争が起こったり、合戦で負けたり、人生を棒にふるような誤った決断をすることは、歴史上いくらでも起こっている。
悪い情報もいい情報もなるべく広く集めて判断したほうが、100%正解とは言えなくても妥当な判断になるのは当然のことと言える。
■自分と違う考えの人間を周囲において意見を聞くのが手っ取り早い
これは以前(「コロナ対応を『感染症の専門家』にしか聞かない日本人の総バカ化」に問題にしたように、当初、政府がコロナ自粛の方向性を定める際、感染症の専門家だけでなく、精神医学、経済などの他の分野の専門家の声を聞こうとしなかったことも同様のことが言える。
人間は、自分に都合のいい情報にばかり目がいきがちである。
タバコを吸う人は、タバコを吸う人のほうがアルツハイマーになりにくいというような情報には目が行くが、その害には目が行きにくくなる。
逆に禁煙家の人は、ニコチンの利点が報じられても、それを無視する傾向にある。
今回のコロナ騒動でも、自粛派と反自粛派の溝が埋まらないのはこうした理由からだろう。
人間が偏った情報を切り取りやすい生き物であることを認識するならば、自分とは違う認知構造をもった人を周囲において、その意見を聞くのが手っ取り早い(もちろん、それを受け入れにくいのが、人間の性なのだが)。
それを行うことができた好例が、前出の坂根氏であり、クリントンなのだろう。
自分と違う意見の人間を排斥したトランプだけでなく、菅首相もすでに、周囲にイエスマンが集まってきているのではないか。
それが私の杞憂であるといいのだが