2020年11月14日

日本のマスコミはなぜ「推定無罪」の原則を守らないのか?

日本のマスコミはなぜ「推定無罪」の原則を守らないのか?
11/12(木) News week

<警察の立場をそのまま報道し、逮捕時の写真を掲載するのは大きな問題>
20年前から日本に住んでいる私だが、マスコミによる報道で、いまだに慣れないものがある。
誰かが逮捕されたとき、逮捕時の映像が放送されたり、写真が掲載されたりすることだ。
             【西村カリン(ジャーナリスト)】

フランス人からすると違和感がある。
特に最近ショックを受けたのは7月に起きた事件だ。
当時、新聞などにはこう書かれた。
「生後3カ月ぐらいの女児を自宅マンションに約16時間置き去りにしたとして、警視庁は24日、保護責任者遺棄の疑いで東京都台東区、職業不詳の母親(30)を逮捕した。
女児は搬送先の病院で死亡が確認された」。
女性が逮捕されたときの写真も掲載され、結果的に「犯罪者だ」と報じるのと同じだった。
これは推定無罪の原則を全く守らない報道の仕方だと思う。

警察は有罪であるかもしれないと考えて逮捕するが、マスコミが警察の立場をそのまま報道し、逮捕時の写真を掲載するのは大きな問題ではないか。
逮捕の場面を撮影するのは、マスコミが誰かから事前に情報をもらったということ。
情報というよりリークと言っていいと思う。
もちろん警察からのリークだ。

日本だけにリークがあるわけではないが、その内容と、マスコミがリークをどう利用するかは重要なポイントだ。
<フランスでは本人の同意がない限り禁止>
日本では前述のような写真が堂々と何度も掲載される。
動画もそうだ。

逮捕された人は無理やり自分の顔を隠すために帽子をかぶったり、頭を下げたりするが、それでいいのか。
裁判で有罪となるか無罪となるか分からないうちに、手錠を掛けられた写真や映像を公表するのは、例えばフランスでは本人の同意がない限り禁止されている。

推定無罪の原則に違反し、人間の尊厳への攻撃となるからで、報道の自由に関する法律で定められた重要なルールだ。
だからフランスでは逮捕場面の撮影を望むマスコミは少ない。
撮影しても掲載できないからだ。
ただしそうした写真が全く出ないかといえば、そうでもない。
少ないけれど時々、ルール違反は起こる。

最近、政治家のスキャンダルに関わった人が逮捕されたときに、カメラマンが撮った写真が雑誌に掲載されたという理由で警察が捜査の対象となった。
逮捕の予定についての情報を事前にリークした警察官も逮捕されてしまった。

マスコミに推定無罪の原則が守られていない状況では、どんな問題が生じるのか。
まず、マスコミが誰かを犯罪者として紹介したら、裁判で無罪となっても疑いが残ってしまう。
インターネットで公開された写真も完全には削除できない。
裁判官と裁判員の判断もマスコミの影響を受けないとは言い切れない。

<リークする警察には意図がある>
日本人の弁護士に話を聞いたところ、「弁護士の間でも捜査機関のリークは大変問題になっていて、諸外国の制度を調べたいと思っている。
日本はほとんどルールがないし、処罰された例がないので......」と言っていた。
私も記者としてリークをもらうことはある。
ただそれを利用して記事を書く前に、見極めるべき重要なことがある。

まず、このリークが正確なものかどうかを別の人に再確認できるか。
不可能なら、報道するかどうかをさらに慎重に判断する。
判断するためには、なぜそのリークをもらえたのかを考えないといけない。
つまり、リークした人にとっては何かメリットがあるのではないか、自分は記者として利用されていないかということだ。
最後に、リーク報道によって誰かが傷つくリスクを考える。
もし事実でなければ、その人にとっては大変なことになる。

リークする警察官には意図がある。
「逮捕された人は犯罪者だ」と知らしめることだ。
記者は、それが事実と違う可能性もあると報じるべきだろう。
             <本誌2020年11月3日号掲載>
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする