2020年12月02日

本当の専門家って何?

香山リカのココロの万華鏡
本当の専門家って何?
2020年12月1日 毎日新聞東京版

 医者になって30年以上たつ私だが、先日、診察室でショックなできごとがあった。
患者さんに「私、この病気じゃないかと思うんですけど」と伝えられた病名を知らなかったのだ。
「ごめんなさい。その病気、はじめて聞きました」と正直に伝えると、その人はスマホを取り出してその病気について解説したページを見せてくれた。

 症例数は少ないが、最近、報告が相次いでいるようだ。
私は診察中であることも忘れ「治療法も書かれてるんですか?」と患者さんに質問してしまった。
 休憩時間に若手の医者に「ベテランなのに知らないことがあるなんて情けない」と弱音を吐いた。
するとその若手は「患者さんの方が検査や治療に詳しいってこと、私もときどき経験しますよ」となぐさめてくれた。

 「とくに若い人は、情報を集める力がすごいですよね。
診察室に来るときには“診断”がついて“治療方針”まで決まってる人さえめずらしくないです。
家庭でできる検査も増えましたしね」

 ひと昔前なら、一般の人たちは医学書を見る機会などなく、例えば胸焼けがしても「何の病気でしょう」と不安いっぱいで病院にやって来た。
 そこで医者は「ご安心ください。これから専門的な検査をします」と採血をしたり胃カメラを行ったりして「診断は逆流性食道炎です。
でもこれは悪いものではないので心配はいりません」と詳しい説明をして薬の処方箋をわたす。
症状が改善すれば、その医者は「あの先生は名医だ。診断もすぐついたし治療もバッチリだ」とほめられるかもしれない。  

でも、いまは違う。
その気になれば医学書でも学術論文でも、ネットから簡単にアクセスすることができる。
「専門家にしかわからないこと」などほとんどない。
油断をすると私のように医者の方が知識がない、ということにもなりかねない。

 ちょっとした知識や技術だけでは「専門家」と名乗れない時代がやって来た。
医者のような専門家はどうあるべきか。
若手に相談すると「先生は気さくな雰囲気で患者さんをホッとさせるワザがあるから、だいじょうぶですよ」と言われた。  

うーん、医者として自慢できるのは雰囲気だけか、と残念な気持ちになったが、いまこそ「本当の専門家って何?」と考えるチャンスなのかもしれない。
いろいろな専門家に「情報があふれるこの時代、あなたが一般の人より秀でているのはどんなところ?」と聞いてみたい気がする。(精神科医)
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする