「手取り14万円で贅沢出来ない…日本終わってますよね?」
賃金が下がり続ける日本経済の意外な現状
2020年12月3日 文春オンライン
欧米だけでなく、アジア諸国と比較しても賃金、物価ともに低水準な日本。
先進各国では上がっている実質賃金も、日本ではこの30年間ほとんど上がっておらず、訪日外国人が増えた理由として、「物価が安い」ことが挙げられるようになりつつあるという。
日本は世界的に見てどんどん「安い」国になっていると言わざるを得ない現状だ。
では、一体どうすればこの状況を打破できるのか。
経済評論家として活躍する加谷珪一氏の著書『貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか』を引用し、日本経済の現状、そして打開策について紹介する。
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手取り14万円 終わっているのは日本かお前か
通貨の過剰発行など金融的な理由でインフレ(物価上昇)が発生するケースもありますが、基本的に物価というものは経済成長と連動しており、経済が拡大すると、それに伴って上昇します。
逆に言えば、経済成長が実現できていない国は、賃金も物価もなかなか上昇しません。
冷静に考えれば、ごく当たり前のことなのですが、日本の場合、不景気とデフレが長く続いたせいで、私たちの経済に対する感覚はかなり鈍くなっています。
実際、今の日本の現状について、どう解釈すればよいのかとまどっている人も多いのではないかと思いますが、昨年、ネット上でこうした事態を象徴する出来事がありました。
2019年9月、自身の安月給を嘆き、「日本は終わっている」と主張したネットの書き込みに対して、ホリエモンこと堀江貴文氏が「お前が終わっているんだよ」と辛辣に批判したことがネットで大論争となりました。
ホリエモンが批判したのは、ある掲示板サイトに立てられた「手取り15万円以下の人」というトピックでの書き込みです。投稿主によると、自身は40歳前後の会社員で、都内のメーカーに12年勤務してきたそうですが、手取りは14万円しかないとのことです。
本人は掲示板上で「役職も付いていますが、この給料です…… 何も贅沢出来ない生活 日本終わってますよね?」と書き込みました。
この書き込みには多くの共感が寄せられ、ツイッターでも話題となったのですが、ホリエモンは自身のツイッターでこの発言を取り上げ、「日本がおわってんじゃなくて、『お前』がおわってんだよ」と一喝。
この発言がネット上で一気に拡散しました。
ホリエモンの発言に対しては賛否両論となったわけですが、興味深いのは、今の日本社会においては、ホリエモンの発言も投稿主の発言も、基準を変えてしまうと、どちらも正しくなってしまうという点です。
ホリエモンの主張は説明するまでもなく、いわゆる自己責任論ということになるでしょう。
投稿主は、役職もついているということなので正社員と考えられますが、12年勤務して手取りが14万円では、(この情報が正しければ)かなりの低賃金です。
12年の間にスキルアップしたり、転職を試みることは可能であったという現実を考えると、この状況に甘んじているのは本人の責任であるというホリエモンの主張には一定の合理性があると思われます。
不本意に労働条件が悪い仕事に就かざるを得ない
もっともホリエモンは口調こそ厳しいですが、投稿主を批判しているというよりも、ネット時代には多くの人にチャンスがあるのだから、それをもっと活用すべきだという一種の励ましと捉えることもできます。
ただ、チャンスが広がっているといっても、「皆がそれを生かせるだけの能力を持っているわけではない」という主張や「条件が悪くても、誰かがやらなければならない仕事がある」という指摘が出ているのも事実です。
経済学的に考えた場合、多くの労働者が主体的に職業を選択している状況であれば、こうした問題は起こりにくいとの解釈になります。
その理由は、特定の職業の処遇が著しく悪い場合、そこで働く労働者は他の仕事に転職してしまうので、ある程度、賃金を上げないとビジネスとして成立しなくなるからです。
もし賃上げできない場合は、労働時間や負荷などの面で条件を緩和する必要があり、その場合には、賃金が安くてもラクな方を選択するという労働者が集まってくることになります。
結果的に、誰かが犠牲者となって過酷な労働をしなければ社会が回らないという話は成立しません。
やる気がある労働者であれば、上がった賃金を使ってスキルアップの教育を受け、それによってキャリアを開拓することもできるでしょう。
下がり続ける労働者の賃金
しかしながら、この話が成立するためには、社会全体が豊かで、一定以上の賃金水準が維持されていることが絶対条件となります。
平均的な賃金水準があまりにも低く、社会が貧しい場合には、不本意ながらも、著しく労働条件の悪い仕事に就かざるを得ない人が増えてくるのが現実です。
残念ながら、今の日本は徐々に後者に近づきつつあります。
日本における労働者の賃金は、多少の上下変動はあるものの、過去20年、ほぼ一貫して下がり続けました。
仮に今回の投稿主が、ホリエモンが指摘したように、あまり努力をせず、現状に甘んじている人物だと仮定しましょう。
日本ではこうした労働者は、安月給のまま、苦しい生活を余儀なくされます。
ところが、欧米各国であれば、努力をしない人でも、給料の絶対値が高いので、生活水準は日本人よりも高くなります。
もし、投稿主が欧米各国で生まれていたのなら、ここまでの状況にはなっていなかったでしょう。
同じ条件の人物でありながら、日本で生活していると貧しい暮らしを強いられるという点においては、「日本終わってますよね」という投稿主の主張にも一理あるということになります。
結局のところ一連の論争というのは、日本を欧米と同水準あるいはそれに近い水準の先進国と見なすのか否かということに集約されます。
低所得者に対する支援が手厚い欧州各国
欧州各国には経済的な余力があるため、低所得者に対する支援が手厚く、相対的貧困率も日本よりはるかに低く推移しています。
日本では「低所得者は怠けている」という批判も多いのですが、もし日本の低所得者が怠けているというのなら、欧州の低所得者も同様に怠け者ということになるでしょう。
しかしながら、欧州の場合には、こうした人たちにも手厚い支援があるので、怠けていても、相応の生活を維持することが可能です。
米国は欧州のような手厚い支援策はありませんが、それでも人口1人あたりの社会保障費は日本よりも圧倒的に多く、日本との比較においては米国ですら福祉国家といってよい状況です。
日本を豊かな先進国と見なすのであれば、「終わっている」という投稿主の主張は正しく、日本を先進国と見なさないのであれば、ホリエモンの方が正しいということになるでしょう。
読者の皆さんのほとんどは、日本は先進国であるべきだと考えているはずですし、もちろん筆者もそう思います。
そうであるならば、相対的に賃金や物価が下がっている現状というのは、やはり打開すべきものではないでしょうか。
私たちが本当に豊かな生活を実現するためには、何としても「安い国」であることから脱却しなければならないのです。
国内消費で経済を回す国に転換すべき
では、日本のこうした現状を打破するためには何が必要でしょうか。
もっとも重要なのは、日本経済の仕組みについて、根本的な認識を改めることだと筆者は考えます。
日本人は論理よりも情緒を優先しがちな国民ですが、これは問題解決にあたって大きな障壁となります。
現実を正しく認識し、論理的に考えていかなければ、正しい解決策を導き出すことはできません。
まずは日本経済の仕組みから説明していきましょう。
日本はモノ作りの国であり、輸出産業が経済を支えていると考える人が多いのですが、それはもはや過去の話であり、単なるイメージに過ぎません。
日本はすでに消費と投資で経済を動かす国になっており、これからの日本はこの強みを生かすよう政策を変えていく必要があります。
国内消費で経済を回すことができるようになれば、世界の景気動向の影響を受けにくくなりますし、為替レートを過剰に気にする必要もなくなります。
また新型コロナウイルスのような危機が再び発生した場合でも、国内だけで対処が可能です。
当然のことですが、インバウンド消費に過度に依存する必要もなくなるわけです。
その国がモノ作りの国なのかそうでないのかは、貿易収支の動向に端的に示されます。
財務省が発表した2019年の貿易収支は2年連続で赤字でした。
日本はもはや多額の貿易黒字を計上する国ではない
米中貿易戦争の影響で輸出額が前年比5.6%のマイナスとなり、これが大きく足を引っ張りましたが、貿易収支の動向についてもう少し長いスパンで見ると、日本はもはや多額の貿易黒字を計上する国ではなくなっていることがよく分かります。
日本は戦後、ほぼ一貫して貿易黒字を計上しており、特に1980年代以降については、毎年、10兆〜15兆円もの黒字額となっていました。
しかし、2000年代半ばから黒字が減少し、2005年には貿易黒字と所得収支(海外への投資から得られる投資収益)が逆転しています。
つまり日本は、この頃を境にすでに輸出ではなく投資で稼ぐ国になっていると解釈すべきです。
日本のGDPに占める輸出の割合は18.3%ですが、輸出立国の典型であるドイツ(46.1%)と比較するとかなり低い数値です。
フランスには輸出立国というイメージがあまりありませんが、それでもGDPに占める輸出の割合は日本よりもはるかに高く31%もあります。
数字だけを見ると、日本は世界でも突出した消費大国である米国の水準(12%)に近く、もはや輸出国とは言えないというのが正しい認識でしょう。
輸出大国である前提のもと議論が重ねられている
しかし、国内ではいまだに輸出大国であることを前提にした議論が多く、政府の支援策も輸出企業を対象としたものが少なくありません。
実はインバウンド需要やオリンピックへの期待というのも、形を変えた輸出です。
外国人観光客の買い物は確かに日本国内で発生していますが、購入しているのは外国人ですから、製品を輸出して代金を受け取っていることと本質的な違いはありません。
安倍政権は中国からのインバウンドを成長戦略の柱と位置付けていましたが、こうしたプランが出てくるのも、外国(あるいは外国人)にモノを売らないと経済が成長しないという、従来の価値観が大きく影響しているからです。
しかし日本経済の現状は大きく様変わりしています。
日本はかつての貿易黒字を凌ぐ投資収益を得ている
日本は戦後70年にわたって積み上げてきた資本を原資に、多額の投資収益を得ており、今のところ世界最大の債権国の地位を維持しています。
2018年における所得収支(投資収益)は20兆円もあり、かつての貿易黒字を凌ぐ額です。
投資から得られる収益は、一種の不労所得であり、以前は輸出で稼いでいた金額かそれ以上の金額を働かずして得ていることになります。
これは、不動産の大家さんと似たようなものですが、考えようによってはこれほど効率のよい稼ぎ方はありません。
本来、輸出に従事しなければ得られないお金を、タダで得ているわけですから、その分の労働力を国内向けのサービスに振り向ければ、国民の所得も大幅に拡大するでしょう。
国内市場というのも実は宝の山です。
日本は人口が減少していくので、今後、消費の絶対値もそれに合わせて低下することが予想されています。
これは避けようのない現実ですが、それでも、一定以上の生活水準を保ち、同じ言語を話す1億人の単一消費市場が存在している国というのは、世界を見渡してもそう多くありません。
コロナショックで露呈した日本経済の脆さ
これは日本が持っている大きな資産であり、これを活用しない手はないのです。
今回のコロナショックでは、インバウンド需要に過度に依存してきた日本経済の脆さが一気に露呈しました。
日本は国内の消費市場をもっと大事にし、消費を活性化していく方向に舵を切る必要がありますし、そうすれば輸出やインバウンドに頼らなくても、十分に経済を成長させることができます。
整理すると、日本には投資収益を得るための莫大な資本蓄積と豊かな消費市場があります。
日本は消費と投資で十分に豊かな生活を送れるだけのポテンシャルがあり、名実ともに消費国家・投資国家に向けてシフトしつつあります。
この現実をしっかりと受け止め、輸出やインバウンドにこだわるのではなく、強みを生かす政策にシフトすれば、再び日本経済を成長軌道に乗せることができるはずです。
(加谷 珪一)