安倍前首相、「すべて秘書が」で逃げ切れるか
検察は不起訴処分でも削がれる政治的影響力
2020/12/26 東洋経済オンライン
泉 宏 : 政治ジャーナリスト
安倍晋三前首相が12月25日、いわゆる「桜」疑惑で国会招致に応じ、同疑惑をめぐる国会での「事実に反する答弁があった」と虚偽答弁を認めて訂正・謝罪した。
国会での首相答弁の全面的な訂正、謝罪は前代未聞のことで、安倍氏の政治的・道義的責任は極めて重大だ。
菅義偉首相らは「これで『桜疑惑』には政治的区切りがついた」と幕引きモードだが、菅首相の政権運営にとって大きな打撃となるのは確実だ。
年明け以降の政局に不透明感
安倍氏の国会招致が決まったのは、全国のコロナ感染者数が3740人の最多記録を更新したクリスマスイブの24日。
事前報道通りの展開に、政界では「政権と検察当局のなれ合いによる落としどころ」(閣僚経験者)と勘繰る向きも多かった。
今回の国会招致は、コロナ対応の迷走による支持率急落で苦境に立つ菅首相にとって、前政権の「負の遺産」を処理する一環ともなった。
菅首相は2021年9月の自民党総裁選で再選を狙い、そのための「安倍封じの思惑もにじむ」(自民長老)。
一方、25日には吉川貴盛前農水相(22日に心臓病を理由に議員辞職)の議員会館事務所などが家宅捜索された。
政府のコロナ対策の迷走とも合わせて、年明け1月18日召集予定の次期通常国会で、野党が激しく政権批判を繰り広げるのは必至だ。
支持率急落で自民党内には「反菅ムード」も広がり始めており、年明け以降の政局展開は一段と不透明感が増している。
安倍氏の桜疑惑が大きく動いたのは24日昼前のことだった。
桜を見る会前日に主催した夕食会の費用補填問題を捜査してきた東京地検特捜部が、後援会代表の配川博之・公設第1秘書を政治資金規正法違反(不記載)の罪で略式起訴し、安倍氏については嫌疑不十分で不起訴処分にした。
配川氏は罰金100万円を即日納付したことで、一連の捜査が終結。配川氏は辞職した。
安倍氏は、費用補填問題が発覚した2019年11月以降、国会での質疑や記者会見などの場で、「補填などの事実はまったくない」と繰り返し否定してきた。
しかし、24日夕に開いた記者会見では「すべて秘書がやったことで、まったく知らなかった」と釈明したうえで、「国民の皆様や与野党すべての国会議員に対し、深く深くおわび申し上げる」と繰り返した。
記者会見場に白いマスク姿で登場した安倍氏は冒頭の数分間、手元のメモに目を落としながら、虚偽答弁に至った経過について「秘書の報告を信じていた」と連発し、自らの政治的道義的責任は「極めて重い」と繰り返した。
ただ、離党や議員辞職については「国民の信頼回復に努めて、職責を果たしたい」と否定して、首相経験者としての影響力保持への執念をにじませた。
会見参加者は記者クラブに限定 記者会見は合計1時間余り。参加者は自民党記者クラブ所属の記者24人に限定された。
安倍政権時代の官邸官僚が司会を務め、「会議室の使用期限があるので」と言って会見を打ち切るやり方も含め、「まるで(前政権の)再現ドラマ」(閣僚経験者)のような情景が続いた。
安倍氏は、118回にものぼったとされる虚偽答弁の原因について、「総理大臣としての職務に専念をしており、すべて責任者に任せていた」との釈明を繰り返した。
前夜祭の会費5000円についても「5000円ですべて賄っていたという認識で、秘書に何度も確認した」と説明したが、「結果的に自腹を切って経費を補填したのなら、公職選挙法違反になる」などと突っ込まれると、メモを確認しながら言葉に詰まる場面もあった。
ただ、記者団の追及はほぼ同じ質問の繰り返しに終始し、「首相再登板の可能性」を質問する記者もいた。
安倍氏も「まずは国民の信頼回復に全力を注ぐ」と再登板を明確に否定せず、記者会見場に嘆声も広がった。
会見はネットで生中継され、安倍氏が「秘書が…」を繰り返すと、「恥を知れ」「すぐ議員辞職しろ」などの書き込みがあふれた。
その一方で「アベちゃん頑張れ」などの書き込みも多く、前政権時代の「親安倍VS反安倍」の構図が改めて浮き彫りになった。
一方、最大の焦点だった国会招致については、安倍氏側が24日、大島理森衆院議長に「国会答弁に誤りがあった。訂正の機会をいただきたい」と申し出て、大島氏が検討を指示したこと一気に進んだ。
25日の議運委での質疑もNHKなどが生中継したが、野党の追及は24日の記者会見をなぞるような内容に終始。
安倍氏の答弁なども繰り返しが多く、盛り上がりに欠けた。
衆参両院でそれぞれ1時間余にわたって行われた質疑は、衆院では立憲民主の辻元清美と黒岩宇洋両氏、共産党の宮本徹氏ら、2019年から桜疑惑を追及し続けた面々が改めて安倍氏の見解を質した。
かみ合わない衆参の質疑 とくに辻元氏は「民間会社で社長が嘘を言えば、辞職が当然で、会社もつぶれる」などと繰り返し議員辞職を迫った。
安倍氏は「結果として間違った答弁をした責任は私にある」としながらも、24日の記者会見と同様に「一層身を引き締め、研鑽を重ねる」などと議員辞職を否定した。
参院では立憲民主の福山哲郎幹事長が追及に立ち、「答弁訂正で済む話ではない。審議時間を返せ」などと激しい口調で責め立てたが、安倍氏は淡々と同じ答弁を繰り返した。
また、2019年11月に疑惑発覚の端緒となる質問をした共産党の田村智子副委員長も「訂正した収支報告書も不明な部分ばかりだ」などと細部にわたって追及したが、質疑はほとんどかみ合わなかった。
今回の一連の経過を振り返ると、捜査を進めてきた東京地検のリークによるとみられるメディアの報道が先行。
政権擁護派とみられていた読売新聞やNHKが、補填金額の内訳やホテルの領収書の存在などを競うように独自報道した一方、政権批判派とされる朝日新聞が早々と「後援会代表の公設第1秘書が略式起訴、安倍氏は不起訴」などと報じるなど、「違和感だらけの報道合戦」(自民長老)が展開された。
その間、菅首相らは国会での野党の追及にも「捜査中なので答弁は差し控える」とガードを固めていた。
ただ、政界では「官邸が検察の動きを知らないわけがない」(立憲民主幹部)との声が支配的で、与党内でも「検察のリークは官邸と連携したもの」(閣僚経験者)との見方が広がるなど、「真相解明より政治的幕引きばかりが目立った」(同)のは否定しようがない。
検察が捜査終結を明らかにした24日午前には、菅首相は都内のホテルで講演中だった。
講演後の質疑で捜査終結への見解を問われた菅首相は、「内容を承知していない。安倍前首相から説明があると思う」と素っ気ない応答でかわした。
ただ、菅首相は前日の23日午前に上川陽子法相と密談しており、「そこで、検察の対応の報告を受けたはず」(与党幹部)と指摘する声もある。
その菅首相も、官房長官時代に安倍氏の説明をなぞる答弁を繰り返してきた。
24日夜にインタビューに応じた菅首相は「国会において安倍前総理が説明を行ってきたことと事実が違っていた。ここについては重く受け止めたい」と述べ、「必要に応じて前総理に確認しながら答弁した」と繰り返した。
事実と異なる答弁をした原因についても、「私はよくわからない」と答えた一方、「政治の責任で再調査する考えは」との質問に、「(国会で)質疑応答がきちっと行われてきている。(再調査の)予定はない」と素っ気なく否定した。
野党は追及継続の構え
安倍氏の会見と国会招致を受けて、自民党内には「とりあえず区切りがついた」と安どの声が広がる。
年内に安倍氏招致を実現させなければ、次期通常国会で政権が追い詰められる不安が解消したからだ。
26日から事実上の17連休に入るだけに、与党は「コロナの感染拡大は簡単には収まらないが、狂い咲きだった『桜』は年明けには過去の話になる」(自民幹部)と見る向きが多い。
これに対し野党側は「憲政史上の汚点になった。しっかりけじめをつけなければならない」(立憲民主)などと、次期通常国会で安倍氏追及を続ける構えだ。
野党側は「安倍氏がすべて秘書のせいにしても、国民は絶対に信じない」と口を揃え、特に、前夜祭での経費補填だけでなく、巨額な税金が投入された桜を見る会での地元関係者の大量招待は「明確な公職選挙法違反だ」と攻撃する。
そうした中、今回の不起訴処分については、刑事告発した弁護士らが検察審査会による「不起訴不当」を目指して動き出した。
折しも、賭けマージャンによって賭博容疑で告発され、不起訴処分となった黒川弘務・元東京高検検事長について、東京第6検察審査会が23日付けで「違法行為を抑止すべき立場で、社会に与えた影響は大きい」として起訴相当を議決した。
安倍氏についても「近い将来に検察審査会で起訴相当の議決が出る」との見方がある。
それゆえに、不起訴となっても安倍氏は表立った政治活動を自粛せざるを得ない。
菅政権発足後には「2021年4月には細田派に復帰し、領袖となる」とのシナリオが取り沙汰されていたが、「当分は無派閥のまま」との声が広がる。
他派閥からは「院政どころか、当分は閉門蟄居で、(2021年)9月の総裁選でも動けない」との厳しい声も出る。
首相は年末の講演などで、GoTo停止への理解を求めるとともに「これ以上の感染拡大を食い止め、経済をコロナ前の水準に回復させる」と繰り返すが、今のところ事態改善の兆しはない。
なお続く支持率急落に合わせて自民党内では「反菅ムードが広がり始めている」(若手)とされ、年明け以降もコロナ感染拡大が止まらなければ「(菅首相は)9月の総裁任期切れの前に政権危機を迎えかねない」(自民長老)との見方も出始めている。