東京五輪には「もう1年延期」の選択肢しか残っていないといえる理由
2021.2.1 ダイヤモンドオンライン
垣田達哉:消費者問題研究所代表、食品問題評論家
東京オリンピック・パラリンピック(以下東京五輪)開幕まで半年となった。
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、菅政権は「開催する」「無観客で行う」「中止する」のいずれも選択できず、「1年延期する」が唯一の選択肢となるだろう。
その理由について解説する。(消費者問題研究所代表 垣田達哉)
政府が開催すると 明言できない理由
菅義偉首相は1月18日に召集された通常国会の衆参両院の本会議の施政方針演説で「夏の東京五輪は、人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして、また、東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたいと思います。
感染対策を万全なものとし、世界中に希望と勇気をお届けできる大会を実現するとの決意の下、準備を進めてまいります」と述べた。
注目すべきは、菅首相は「準備を進める」とは言うものの、一言も「開催する」とは述べていないことだ。
「開催する」と言うならば、平時の五輪ではないのだから、「選手団や観客の受け入れ条件」や「運営方法」「感染対策」などを公表しなければならない。
例えば、選手団やマスコミ等の五輪関係者の受け入れ(日本への入国)条件はどうなるのかということだ。
具体的には次のようなことを明らかにする必要があるだろう。
・ワクチン接種やPCR検査の義務化を求めるのか
・各国の出国前2週間の隔離や日本入国後の2週間隔離が必要なのか
・競技前のいつから入国できるのか、日本での事前合宿は可能なのか
・選手団は選手村に缶詰にされるのか、帰国は競技後すぐなのか
・外出はどこまで制限されるのか、観光はできるのか
・食事は食堂でするのか個室でできるのか
・接触プレーの多い競技の感染対策はどこまでできるのか
感染対策も含め、具体的な内容を示さなければ、各国は選手団や観光客を日本に送り込んでいいのかどうかの判断ができない。
受け入れ条件は、厳しくすればするほど日本への入国が難しくなるとともに、「コロナに打ち勝った証し」にはならなくなる。
一方、条件を緩和すれば「感染対策が不十分だ」と、これも日本への入国を躊躇(ちゅうちょ)する国が出てくる。
もっとも、日本側が条件を示したところで、世界中の人が安心して日本に来られる状況になっているかどうかは疑問だ。
例えばワクチン接種は6月末までであれば、医療従事者や高齢者までしかできない見通しだ。
選手団に優先して接種することは可能かもしれないが、さすがに観客まで優先することはできないだろう。
仮に、日本も含め各国とも感染者が減り、終息に近づいていたとしても、世界中の人が集まる東京五輪に、どれだけの国が選手団や観光客を送りこむことができるだろうか。
どの国も、東京五輪のことより、コロナ終息後の国のあり方が最優先課題になる。
ましてや、結果的に「東京五輪がコロナ拡散の証し」となれば、選手団や観光客を送りこんだ国の責任を問われることになる。
いずれにしても、本当に東京五輪に来てくれるのかどうかは、具体的な条件や運営方法を示さなければ回答は出ない。
開催するといっても、参加国数が激減することになれば、無理やりに開催する日本の恥になるだけである。
コロナ禍の東京五輪の開催条件などを各国に提示するのは、せめて半年前の今月中にすべきだ。
政府は、昨年同様「3月末に判断すればよい」と考えているかもしれないが、発表が遅くなるほど参加国は減るだろう。
半年前の現時点で何も具体的なことを提示できないということは、開催するつもりがないとみられても仕方あるまい。
無観客開催は 日本側が同意できない
では、無観客での開催はなぜ難しいのか。
そもそも、なぜ無観客で開催するのかというと、東京五輪で感染が拡散し、ウイルスが自国に持ち込まれることを各国が懸念しているからだ。
国際オリンピック委員会(IOC)からすれば、無観客であっても開催されればテレビの放映権料が入ってくるので大きな痛手にはならないだろう。
だが、日本はそういうわけにはいかない。
無観客で開催するということは「安心して日本には行けない」ということを証明することになる。
そんな国に、選手団だけとはいえ、集結していいのかという不安は大きいだろう。
無観客開催となれば、東京五輪は菅首相が言う「コロナに勝った証し」ではなく「コロナに負けた証し」になる。
さらに日本側にとって最も無観客が受け入れられない理由は、五輪誘致による経済効果が期待できないことだ。
一般の観光客は一切来ない上、選手団も恐らくは観光などせずにすぐに帰国するだろう。
そうなれば、コロナで大打撃を受けた航空・飲食・宿泊・観光業界等だけでなく、それらの業界の取引先(食糧生産・供給者、五輪関連商品製造者等)も、当てにしていた五輪特需の恩恵を受けることができない。
こうした業界の多くは、自民党の支援母体である。
無観客開催は業界が喜ばないどころか、恨まれかねない。
そんな危険な賭けに、自民党が挑戦するとは思えない。
では、日本の観客だけで開催することはできるだろうか。
試合中の応援団は、選手団以外は日本人だけで、日本以外のすべての国はアウェーで戦うことになる。
そんなことになれば、日本が世界から反感を買いかねないだろう。
東京五輪を中止すれば 自民党は見放される
では、中止はどうか。
中止するということは、今までに東京五輪のために投入された税金が、ほとんど無駄になるということだ。
もちろん、インフラや施設等の再利用は無駄にはならないが、それでも結果として「過去最大の赤字五輪」となる。
コロナの影響とはいえ、結果的に日本は大きな負の遺産を抱えることになる。
政治は結果責任である。
国民から「中止するなら昨年すべきだった」「後手後手対応の政権だ」「負の遺産をどうするのか」といった声が、せきを切ったかのように湧きあがるだろう。
一方、無観客でさえ多くの業界(特に自民党の支援団体)から不平不満が噴出するのに、中止を決断することは、こうした業界から見放されることになるかもしれない。
総選挙を控える今年に中止宣言などすれば、国民からも支援団体からも見放され、自民党の大敗につながりかねない。
少なくとも、「コロナに勝った証し」で開催すると言っていた菅政権はもたないだろう。
東京五輪が、今年の開催もできない、無観客もできない、中止もできないとすれば延期という選択肢しか残らないが、おそらく自民党にとっても一番都合が良いはずだ。
延期となれば、開催を期待していた国民や業界もほっとする。
IOCも2020年から2年の延期であれば、放映権料も確保できるかもしれない。
各国の競技団体も、遅れたとはいえ選手団を五輪に送り込むことができる。
五輪に向けて選手を育成したことが無駄にはならない。
日本政府にしても、さすがにもう1年たてばコロナも終息に近づいているだろうから、感染対策を厳重にすることもなく、各国から選手団や観光客も受け入れやすい。
一方自民党にとっても、延期宣言をすることで、五輪開催を期待していた国民や業界の支持を保つことができる。
有力支援団体である医療業界も、今年開催には大反対するだろうが、延期となれば受け入れてくれるだろう。
1年間で日本経済を立て直し、1年後からは訪日観光客をコロナ以前のように呼び戻すといったシナリオを国民に提示し、公約に掲げて総選挙をすれば、議員数が多少減ったとしても、政権交代につながるような大敗にはならないだろう。
政治の最優先課題はコロナ対策だが、自民党にとって最大の目的は、今年の総選挙に勝つことだ。
来年以降、東京五輪が開催されようとされまいと、選挙での大敗だけは避けなければならない。
そうなると、自民党にとっての東京五輪の選択肢は「延期」しかないだろう。