糖質制限ダイエットに隠れた「危険な落とし穴」
「流行りのダイエット」を鵜呑みにできない理由
2021/03/21 東洋経済
松村 むつみ : 医師・医療ジャーナリスト
最近流行りの「糖質制限ダイエット」。
主食である白米やパンなど炭水化物を抜くことで効果的に痩せられると話題のダイエット法ですが、その一方で「リスク」があることも忘れてはいけません。
糖質制限ダイエットのデメリットを、医師で医療ジャーナリストの松村むつみ氏による新書『「エビデンス」の落とし穴』より一部抜粋・再構成してお届けします。
糖質制限によるダイエットがブームです。
わたしの周囲にも、「白米を食べないようにしている」と話す人が増えています。
コンビニやスーパーで売られているサラダチキンは、糖質制限の追い風もあって、売り上げが増えて、種類も豊富になっています。
今までは、ダイエットというと「全体のカロリーを下げる」のが主流でした。
しかし、糖質制限をすると効率よく体重が落ちることがわかり、昨今の糖質制限のダイエットブームにつながりました。
糖質制限に関しては、「やせることができ、健康によい」という意見と、「やせる一方で、健康被害が出ている」という意見があります。実際のところはどうなのか見ていこうと思います。
糖質制限をすると、減量効果があることは数々の研究でわかっていますが、「減量効果」がはたして「健康」と直結するのかどうかが重要です。
「やせる」というのは、あくまで「健康になる」ことの通過点にすぎないので、最終目標がどうなのかを検討することが必要だからです。
医学的に「健康になる」とはどんな状態か?
まず考えなければならないのは、「健康になる」という目標が、どんなことであるのか、ということです。
普段生活している中で、わたしたちは、漠然と「やせる」「運動する」「野菜を食べる」と考えますが、医学的には、「死亡率を減らす」「心筋梗塞などの深刻な病気を減らす」ことが取りあえずのゴールになります。
「健康」というと、メンタル面や生きがいなど、実際にはもっと多くの要素があるのですが、糖質制限などの食事法・健康法について検討する場合には、その「良い」「悪い」は、死亡率や深刻な病気のリスクという観点から検証しているということを踏まえて、以降の文章を読み進めてください。
世の中には、「糖質制限」をはじめとして、「脂肪制限」「カロリー制限」など、さまざまな食事法があります。
これまでの研究では、糖質制限は、脂肪制限と同じような減量効果があることがわかっています。
また、心筋梗塞や脳梗塞などを起こりやすくする因子(これをリスク因子と言います)を改善する可能性も指摘されています。
炭水化物は、量ではなく、質が大事なのだ、という研究も多くあります。
具体的には、白いパンよりも、全粒粉を使ったほうがいいという結果です。
イギリスの医学誌『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)』に掲載された論文によると、「全粒粉は、心筋梗塞やがんによる死亡リスクを下げる」という結果が示されています。
欧米およびアジアの複数の研究を統合したメタアナリシスで、白米は糖尿病のリスクを上げるという結果も出ており、日本においても、白米を多く摂る女性は糖尿病のリスクを上げるという研究があります。
しかし、日本人において、白米と玄米を比較した質の高いエビデンスがあるわけではありません。
糖質制限で「死亡リスクが増える」研究も
一方、糖質制限では、糖質を控えたぶん、相対的に脂質を多く摂取しがちになるため、かえって死亡リスクが増えるのではないかという意見があります。
2019年、欧州心臓学会誌に、糖質制限食を続けると、心血管系の合併症(心筋梗塞などの血管が詰まる病気)が増えて死亡リスクが上がるという研究結果が報告されました。
薬による治療や食事療法を行うのは「死亡リスクを下げる」のが最終目的です。
ダイエットにより、体重が減って一見健康になったようにみえても、死亡する人が増えては意味がありません。
このエビデンスからは、糖質制限は長期的には健康によくないという可能性も否定はできなさそうです。
最後に、ハーバード大学の長期研究を紹介しましょう。
25年の長期にわたって、炭水化物の摂取量と、病気や死亡率との関係をみた研究です。
その結果、「炭水化物の摂取が多すぎても少なすぎても死亡リスクが高い」という結果が出ました。
炭水化物のエネルギー割合が50-55%の人がもっとも死亡率が低く、40%未満と70%以上はいずれも死亡リスクが高かったのです。
これは、貴重な長期にわたる大人数の研究結果ですが、「バランスの取れた食事をすることの大切さ」を示唆していると言えます。
「こういう食事がいい!」といったん話題になると、多くの人がその食事パターンを真似しようとします。
ただ、どれだけ「体にいい食事」だったとしても、それを続けられなければ意味がありません。
ダイエット研究で、被験者にいつもと違う食事を長く続けてもらうことは難しいですし、加えて、食事パターンを長期にわたって追いかける研究を行うことも非常に難しい、という現実があります。
また、ダイエットの研究は、「アンケート」によるものも多く、正確性に疑問符がつくことも珍しくありません。
健康診断などでは、「お酒を飲みますか? 飲むとしたら、週何回、一日に何合飲みますか?」という質問項目をよく目にすると思います。
このような質問には、受診者の多くが過少申告をする傾向が知られていますし、わたしが実際に問診をする際にもそれを実感します。
「極端なダイエット」は避けたほうがいい
さまざまなダイエットはどれも短期的には効果があるけれども、長期では体重減少や重病のリスク因子を減らす効果はなくなるという研究もあります。
また、どのタイプのダイエットを選ぶかよりも、きちんとやれるかどうかのほうが重要だという意見もあります。
禁欲的なダイエットをずっと続けるのは難しく、リバウンドのリスクもあります。
そういう意味では、大病をしていない健康な人であれば、極端なダイエットに走るのではなく、できるだけゆるい、続けられるダイエット法を選んだほうがいいかもしれません。
糖質制限には、短期的にはかなり多くのエビデンスがあります。
しかし、今まで繰り返し申し上げてきたように、「多くのエビデンスがあるから正しい」と言えるものではありません。
「やせる」「短期的に、心筋梗塞のリスク因子を改善するようだ」ということは、いくつかの研究で証明されています。
ただし、もっとも大切なのは、「長期間にわたって、死亡率を改善するのかどうか」ということです。
糖質制限においては、「長期にわたる研究」が絶対的に少ないのです。
「メタアナリシス」もいくつかありますが、1年程度の研究も多く、何十年にわたって検証されたものはほとんどありません。
最終的な結論を出すには、もう少し時間が必要でしょう。
また、糖質制限の効果については、「研究対象がどんな人か」にも注意を払わなければなりません。
「糖尿病患者」に対して効果があっても、一般の人に対して効果があるかどうかはわからないからです。
糖質制限だけではなく、食習慣に関する膨大な最新のエビデンスを見ていくと、死亡リスクを減らす「よい食事」と考えられるものと言えば、
「肉よりも魚を摂取したほうがよい」
「肉の中では、牛や豚、あるいはハムなどの加工肉よりは、鶏肉を食べたほうがいい」
「白いパンよりも全粒粉などの茶色いパンがいい」
「食物繊維をたくさん摂ったほうがいい」などがあります。
「ほどほどに、適切な範囲で」 このような「常識」を念頭に置きつつ、極端に走らず、結局のところ「ほどほどに、適切な範囲で」を守ることが重要だと言えそうです。
わたしは、人間ドックの結果説明の際には、「食事はバランスが一番大事です。何かをやめればいいものでもないし、特定の食品ばかり摂取すればいいものでもありません。
極端な糖質制限はお勧めしません。
全体のバランスを考える必要があります」と、お話ししています。
25年間にわたるハーバード大学の研究とも一致する考えです。
糖質制限をするにしても、あまり極端ではなく、ゆるやかな形でされるのがいいと思います。