2021年05月23日

「ワクチン打ったらマスク不要」の大きな勘違い

「ワクチン打ったらマスク不要」の大きな勘違い
身を守るために知っておきたい「2つの新常識」
2021/05/22 東洋経済オンライン
久住 英二 : ナビタスクリニック内科医師

 一瞬耳を疑った。知り合いの知り合いの話だが、医療従事者の結婚式に出席したところ、列席者のうち医療従事者とみられる人は披露宴会場で終始マスクをしていなかったという。
おそらく「新型コロナワクチンを接種済みだから、マスクは不要」という考えだったのだろう。
この判断は正しいだろうか?
 いや、そのはずがない。

日本の現状からすれば、接種済みであっても室内でマスクを外し、大勢で歓談しながら会食を楽しむことは、適切ではない。

米英での着用義務解除も、個人に対してではない
接種の進んだ米英ではたしかに、マスクの着用義務を解除する動きが広がっている。
アメリカCDC(疾病対策センター)は4月27日、新型コロナワクチンの規定回数の接種が済んだ人は、屋外でのマスク着用を不要とする旨を発表していた。
5月13日にはその対象を拡大し、屋内であってもマスクを着用しなくてもよいとした。

例外として、公共交通機関や食料品店、病院などの一部施設のほか、自治体規則やビジネス上の規定がある場合は、引き続き着用することとされている。
英国でも予定どおり5月17日から、中学以上の学年に相当する全学校で、生徒たちのマスクの着用義務が解除された。

勘違いしてはいけないのは、米英でマスク着用義務の解除が始まったのは、あくまで社会全体として接種が進んだからだ。
その状態に至るまで、「接種した人はマスクを着用せずに室内で誰とでも和気あいあいと会食してよい」としていたわけではない。
例えば5月17日にはアメリカ・ニューヨーク州もCDCの方針に倣い、マスク着用のみならず施設の人数制限の多くを解除することを発表。
その前提として、ワクチン接種の広がりと、その効果とみられる感染者の減少がある。

クオモ州知事のTwitterによれば、同州では17日までに成人の52%が接種を完了し、検査陽性率は1.26%まで低下。
16日の死者数も15人にまで減少している。
CNNによれば、カリフォルニア州やミシガン州でもマスク着用義務を解除する動きがある一方、ニュージャージー州は解除に対し慎重な姿勢を見せている。
社会全体の状況次第、ということだ。

英国の学校現場でのマスク着用解除についても、ウィリアムソン教育相が5月6日付のデイリー・テレグラフ紙に、「感染率が低下し続け、ワクチン接種プログラムが成功を収めているため」と述べている。
他方、米英に比べて接種が遅れている欧州各国から、「接種の済んだ個人はマスク着用義務を解く」といった話は、当然ながらまったく聞こえてこない。

高齢者完了でも感染減少は「1割」
 政府は目下「7月完了」を掲げ、高齢者への接種を強力に推し進めている。
だが、東京都の直近のデータでは、65歳以上の新規陽性者に占める割合はわずか11%だ。
つまり高齢者の接種が完了しても、新たな感染者を1割減らせるにすぎない。

そもそもワクチンの接種を受けた人でも、新型コロナの感染リスクがゼロになるわけではない。
CDCによれば、ファイザーとモデルナのワクチンの“感染”予防効果は、2回接種完了後に2週間経過した時点で90%に上る(“発症”予防効果はそれぞれ95%、94%)。
また初回接種後2週間でも、80%の“感染”予防効果が得られるという。
非常に期待の持てる数字である。
だが、ゼロではないのだ。

 実際、国立感染症研究所は5月13日、ファイザーのワクチンを接種した110万人超の医療従事者(4月30日時点で2回接種完了者は約104.3万人[94.7%])について、その後の感染状況を報告している。
接種後に感染が報告されたのは281人[0.03%]で、このうち2回接種完了者は47人[16.7%]だった。
報告によれば、男女比では女性が約7割、年齢構成では20〜40代が約7割を占めている。

気になるのは、報告時に無症状だった人の割合だ。
1回目の接種後に診断された感染例のうち無症状例は20.0%だった。
一方、2回接種完了後の感染では、報告時に無症状例だった割合は40.7%に達したという。

「自分はもう打ったから……」と油断していて万が一にも感染した場合、無症状・無自覚のままウイルスをばら撒いてしまいかねない、ということだ。
社会全体での接種率の低い日本では、家庭内を含めた外部のコミュニティに飛び火しないほうが難しい。
接種が完了した人であっても当分の間は、ソーシャルディスタンス、マスク、手洗いの徹底と、場所や状況によっては行動自粛を継続するしかないだろう。
こうした認識が共有できていないとすれば、同じ医療従事者として言葉を失う。

空気感染とほぼ同義の「エアロゾル感染」
 新型コロナが発生し世界に広がり始めた当初、この未知のウイルスから身を守る術は手探りかつ不十分だった。
患者等のデータの蓄積がなかったため、初期症状の似ているインフルエンザに関する知見を準用するしかなかった。
その後の研究によって認識が大きく変わったのが、エアロゾル感染と、マスクの効果だろう。

インフルエンザの場合は、基本的には接触感染のほかは「飛沫感染」に注意すればよいとされてきた。
感染した人のくしゃみや咳で出るしぶきを浴び、粘膜にウイルスが付着することで起きる感染だ。
ただし飛沫は直径が比較的大きく、すぐ地面に落ちるため、感染者の顔から1〜2mの距離にいなければ飛沫感染のリスクはそれほど高くない。

これに対し新型コロナでは、「エアロゾル感染」の実態が明らかになってきた。
エアロゾルとは、飛沫より小さく、例えば雲の粒や、日本に飛来する黄砂あるいはPM2.5レベルの大きさの粒子だ。
小さく軽いため、空気中を飛沫より長時間漂い、より遠くまで達することもある。

新型コロナウイルスでは、空気中に漂うエアロゾルの状態で、3時間ほど感染力を保っていることが報告されている(4月16日New England Journal of Medicine)。
そして、飛沫と異なり、2メートル以上離れていても、エアロゾルは飛んでくるのだ。
新型コロナでは、「感染者の気道から呼気と共に吐き出される水蒸気にウイルスが含まれ、空気中を漂った末にエアロゾル感染を引き起こす」というのが、新たな科学的知見だ。
用語の明確な定義がないため混乱もあるが、世界的には「エアロゾル感染」と「空気感染」という言葉をほぼ同義と捉えるようになっている。
WHOも先月末、ウェブサイト上にこれを明記した。

だが、科学者たちが空気感染のエビデンスが「合理的な疑いを超えて」示されていると広く警告を発したのは、昨年7月のことだ。
32カ国・239人のさまざまな専門分野の科学者(ウイルス学、疫学、エアロゾル物理学を含む)が、WHOに「空気感染の潜在リスクを認識すべき」との公開書簡を送った。
当時、WHOは「近距離でのエアロゾル感染が起きる可能性を排除できない」としていたが、ここへ来てようやく「ウイルスを含んだエアロゾル」による感染を正面から認めた形だ。

5月7日にはCDCも、「エアロゾル粒子の吸入」を新型コロナの感染経路として明記している。

マスクの効果はウイルスごとに違う
マスク着用が日常となった現在、その効果にあえて疑問を持つ人は少ないだろう。
一方で、「白い眼で見られるから」「なんとなくマナーとして」といった以上の考えもなく、体面あるいは習慣で身に着けている人も多そうだ。
たしかに新型コロナ以前は、インフルエンザ予防においてマスクは「人に感染させないためには有効だが、感染から身を守る効果についてはエビデンスがない」との知見止まりだった。
しかし、新型コロナをきっかけに、マスクの感染予防効果が世界中で注目され、ホットな科学研究対象となった。

昨年4月に「Nature」に発表されたアメリカ・メリーランド大学の論文では、サージカルマスク(外科用不織布マスク)は、症状のある感染者からの新型コロナとインフルエンザの感染を予防できる効果が示されている。
呼吸器症状のある3000人以上を検査し、コロナ、インフルエンザ、ライノのいずれかのウイルスが検出された246人を対象に、実験が行われた。
結果、マスクはエアロゾル中のコロナウイルスと飛沫中のインフルエンザウイルスの検出を大幅に減少させた。
また、コロナについては飛沫中のウイルスも減少傾向が見られた。

興味深いのは、新型コロナについては飛沫よりもエアロゾル感染の予防効果が高かったこと、またインフルエンザでは飛沫感染の予防効果は明白だったが、エアロゾル感染については有意差が得られなかったことだ(これまでの知見と整合する)。
さらに、一般的な風邪の原因の1つであるライノウイルスについては、飛沫でもエアロゾルでも有意差がなかったという。

このように未知のウイルス感染症である新型コロナについては、知見が日進月歩でめまぐるしく更新されていく。昨日の“常識”が今日も“常識”とは限らない。
最前線で医療に従事する者として肝に銘じ、これからも勉強を重ねつつ目の前の患者さんと向き合っていくつもりだ。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする