2022年、高齢者医療費負担が2割に上昇!
慌てる前に確かめるべき「実態」
2021.6.25 Diamondオンライン
早川幸子:フリーライター
医療制度改革関連法の成立により2022年から、現在医療費の窓口負担が1割だった後期高齢者の一部の負担が、2割に引き上げられることになった。
是非を巡りさまざまな議論がなされているが、その引き上げの“実態”はどうなるのか。
連載「知らないと損する! 医療費の裏ワザと落とし穴」の第224回では議論に紛れて見落とされがちな「高齢者医療費の値上げの実態」について取り上げる。(フリーライター 早川幸子)
75歳以上の高齢者、医療費の窓口負担が2割になるのはどんな人?
6月16日、第204回通常国会が閉幕した。
今回は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた「改正新型インフルエンザ特措法」、憲法改正の国民投票を行うための「改正国民投票法」などの61本の法案が成立した。
医療分野では「全世代対応型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律(医療制度改革関連法)」が、6月4日の参議院本会議で可決、成立した。
この法改正で、耳目を集めていたのが、75歳以上の高齢者の医療費の自己負担割合をめぐる問題だ。
いわゆる「医療費2割負担法」である。
決着までには、診療側と支払い側、双方の論戦が繰り広げられたが、引き上げ対象の範囲で政治的な駆け引きが行われた末に、関連法は成立した。
2022年は、いわゆる「団塊の世代」の先頭集団が75歳となり、後期高齢者の仲間入りをする年である。
そのため、現役世代の健康保険料から負担する後期高齢者支援金の増加が見込まれている。
そこで、22年10月から、75歳以上でも一定以上の所得がある人の医療費の自己負担割合を、これまでの1割から2割に引き上げることになったのだ。
実際には、どのような人が引き上げ対象となったのだろうか。
次ページから詳しく見ていこう。
*22年から自己負担が2割に増えるのは、本人年収200万円以上の後期高齢者
*激変緩和措置の導入によって25年までの3年間は負担増が最大月額3000円に
*高額療養費制度により外来での自己負担は月1万8000円が上限
*負担増対象者は約370万人で1人当たりの平均自己負担額は年間2万6000円の増加に
現役世代への負担軽減目指し全世代負担型に移行 でも対象は「一定以上の所得がある人」のみに限定
近年の医療制度改革は、13年8月に出された「社会保障制度改革国民会議」の報告書で描かれた青写真に沿って行われている。
この報告書では、「給付は高齢世代中心、負担は現役世代中心」という負担と給付の関係を見直して、「全世代型の社会保障に転換する」という方向性が示されている。
高齢者に対する福祉は高度経済成長期に公的な年金保険や健康保険が整備されることによって充実してきた。
その一方で、90年代以降、雇用環境の悪化によって若い世代にも貧困が見られるなど、負担と給付のあり方が問題になっているからだ。
そこで、ここ数年の改革では、従来のように一律に年齢で区切るのではなく、高齢者でも一定以上の所得がある人には、相応の負担を求めるような見直しが行われている。
ただし、前出の報告書では、同時に「低所得層への配慮」という言葉も繰り返し使われている。
また、75歳以上の人の医療費の窓口負担について言及した、19年12月の「全世代型社会保障検討会議」の中間報告書では、次のように、具体的な方向性が示されている。
後期高齢者の自己負担割合の在り方 (中略)
・後期高齢者(75歳以上。現役並み所得者は除く)であっても一定所得以上の方については、その医療費の窓口負担割合を2割とし、それ以外の方については1割とする。
・その際、高齢者の疾病、生活状況等の実態を踏まえて、具体的な施行時期、2割負担の具体的な所得基準とともに、長期にわたり頻繁に受診が必要な患者の高齢者の生活等に与える影響を見極め適切な配慮について、検討を行う。
このように、医療改革を進めるための国の文書では、低所得層に配慮することが示されている。今回の見直しも、75歳以上の全ての人の窓口負担を引き上げるのではなく、一定以上の所得がある人のみに限定された。
適用範囲は利害関係者の攻防の末 年収200万円以上で政治決着した
現在、75歳以上の後期高齢者の医療費の自己負担割合は、原則的に1割だ。
ただし、年収383万円以上(単身者、課税所得145万円以上)の現役並み所得者は、すでに3割を負担している。
今回、自己負担割合の引き上げ対象になったのは、これまで1割負担だった人の中で、所得が上位に位置する人だ。
引き上げ議論の争点となったのは、対象にする人の年収ラインで、厚生労働省が20年11月19日の社会保障審議会(医療保険部会)で示したのが、次の五つの選択肢だ。
1は、本人の年収240万円以上で、介護保険の2割負担の対象者の割合と同じで、約200万人が対象。
2は、70〜74歳の平均収入額を上回る水準の人で、約285万人が対象になる。
3は、平均的な収入で算出した年金額を上回る水準で、約370万人が対象。
4は、本人に所得税の課税対象となる所得がある水準で、約520万人が対象。
5は、本人に住民税の課税水準を超える所得がある人で、約605万人が対象。
この案が示された後も、利害が対立する人々の間で意見が割れた。医療団体などの診療側は、患者が受診を抑制することを懸念して、できるだけ引き上げ適用の範囲を狭めるように求めていた。
一方、後期高齢者制度への支援金を抑えたい健保組合などの支払い側は、原則2割負担を提案した。
また、この秋に衆議院議員選挙を控えていることもあり、政府与党内からも有権者に配慮して適用範囲を広げない声が聞かれた。
だが、最終的には、与党内での話し合いで、3の平均的な年金水準である本人年収200万円以上のラインが採用されて政治決着した。
では、75歳以上で窓口負担が2割となる所得水準と、具体的な負担増のイメージを確認してみよう。
激変緩和措置の導入によって 3年間は負担増が最大月額3000円に 75歳以上の人が、2割負担になるかどうかの線引きは、「所得」と「収入」の二つで判断される。 まず、所得は、年金や勤務先からの給与などの合計から、必要経費や各種控除を差し引いた課税所得が28万円以上あるかどうかを確認する。
課税所得が28万円未満なら、1割負担のままだ。
課税所得が28万円以上でも、全ての人が2割負担になるわけではない。
課税所得のほかに、収入にも判断基準があり、単身者は年収200万円以上が引き上げライン。夫婦2人など、75歳以上の人が2人以上の世帯は、収入の合計が320万円以上になると2割負担になる。
ただし、激変緩和措置として、22年10月から3年間は、外来(通院)での窓口負担の増加額が最大でも月額3000円までに抑えられることになっている。
例えば、1カ月当たりの医療費が5万円の場合、1割負担だと窓口で支払う自己負担額は5000円。2割負担になると、自己負担額は1万円となり、これまでより5000円負担が増えることになる。だが、25年10月までは経過措置によって、負担が増えた5000円のうち、患者が支払うのは3000円までになる。実質的に負担するのは8000円なので、当面は、通院の医療費が単純に2倍になるわけではない。
さらに、今回の引き上げ対象となる所得層には、高額療養費に通院のみの上限額(外来上 高額療養費は、1カ月に患者が支払う自己負担額に上限を設けることで、医療費が家計に過度な負担とならないように配慮した制度だ。手術や化学治療などを受けて医療費そのものが高額になっても、自己負担するのは一定額までで、通常の負担割合より少ない額になる。
75歳以上の人の高額療養費の限度額は、所得に応じて6段階に分かれているが、今回の引き上げ対象となった年収200万〜383万円(単身者の場合)の人には、入院(世帯単位)の限度額とは別に、外来のみの限度額が設けられている。
この所得層の人の外来上限特例は、月1万8000円(年間上限14万4000円)が限度額となっており、どんなに医療費が高額になっても、外来で自己負担するのは月1万8000円までだ。 例えば、1カ月にかかった外来の医療費が15万円だった場合、単純に計算すると、1割だと自己負担額は1万5000円。2割になると3万円になると思うかもしれない。だが、このケースでは、外来上限特例が適用されるので、自己負担するのは1万8000円まででよい。
厚生労働省の試算では、今回の見直しで2割負担となるのは約370万人で、全体の23%。
1人当たりの平均自己負担額は、年間2万6000円の増加となっている。
病気やケガをするのはつらいことだし、そのための医療費が増加するのも喜ばしいことではないだろう。
だが、経過措置や高額療養費があるので、自己負担割合が1割から2割に引き上げられても、単純に医療費が2倍になるわけではない。
負担増に対する備えは必要だが、対象となるのは一定の年金収入が見込まれる人なので、年間2万6000円程度の増額なら、家計を見直せば、なんとか捻出できる金額ではないだろうか。 高齢者の自己負担割合の引き上げについて、不安をあおるような報道も見かけるが、見直しの内容を正しく理解したうえで、自分はどのように医療費に備えるかを考えたい。