2021年07月07日

刑事責任あいまいに?問題含み「略式起訴」の実態

刑事責任あいまいに?問題含み「略式起訴」の実態 ・公開裁判でないため冤罪が発生するリスクも
2021/07/06 東洋経済オンライン
戸舘 圭之 : 弁護士

菅原一秀・前経済産業相が地元で香典など総額80万円相当を渡したとされる公職選挙法違反の事件で、東京地検特捜部は6月8日、菅原氏を略式起訴した。
報道によると、東京簡易裁判所は、6月16日付けで、罰金40万円、公民権停止は3年とする略式命令を出したとされている。

この事件で検察は当初、菅原氏を不起訴(起訴猶予)にしたが、検察審査会の「起訴相当」議決を受けて再捜査した結果、刑事事件として処罰することにしたようである。
しかし、検察官は通常の刑事裁判ではなく「略式起訴」「略式命令」という簡易な手続き(略式手続)を求めた。

検察と裁判所の対応については、賛否両論あるだろうが、そもそも「略式起訴」「略式命令」とは何か、なぜ存在するのか、ご存じだろうか。
法的な観点からその基本と問題点を確認しておきたい。
略式命令が認められる条件とは まず大原則として、刑事裁判は公開の法廷で、法律で決められた手続きにのっとって行わなければならない。
憲法37条1項は「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」と定めている。
一般にイメージされている刑事裁判は、まさにこのような手続きだろう。
傍聴人が自由に傍聴できる状態で、検察官と弁護人が、双方の主張を戦わせて、証人を尋問したり、その他の証拠を調べたりして、最終的に裁判官(裁判員裁判の場合は、裁判官と裁判員)が判断をする。

公開の裁判を受ける権利は、近代法治国家の大原則といってもよく、だからこそ、憲法上も重要な権利として保障している。 ところが、刑事訴訟法は一定の犯罪について、公開の法廷での正式な裁判を開かずに略式命令という裁判によって刑罰を科すことを認めている。
これは簡易裁判所が管轄する事件で100万円以下の罰金または科料を科す場合であって、被疑者に「異議がない」ことが書面で確認された場合、検察官は簡易裁判所に起訴と同時に略式命令の請求をし、簡易裁判所が書面のみで審査をして略式命令という形で罰金刑を科する形で行われる(刑事訴訟法461条)。

略式命令が出された場合、被告人は罰金を支払うことで手続きを終わらせることができるが、もし正式な裁判を受けたいと思った場合は、14日以内であれば正式裁判の請求をすることができる(刑事訴訟法465条)。
意外に思われるかもしれないが、統計上は、通常の裁判よりも略式手続で処理される事件のほうが圧倒的に多い。
令和元年の裁判所の統計によれば、地方裁判所と簡易裁判所で起訴(公判請求)された事件(人員)の総数29万9963人のうち略式手続で処理された事件(人員)は20万4132人であり、実に約7割が略式手続で処理されている。
そして、略式手続で処理される事件の約8割はスピード違反などの罰金で処理される道路交通法違反の事件であると言われている。
この略式手続は、すべての事件について公開の法廷で時間をかけて審理をすると裁判所の人員、設備がパンクしてしまうことから、裁判所の負担を軽減する目的がある。
加えて、裁かれる被告人にとっても公開の法廷で裁判を受ける負担がなくなり、早期に被告人という立場から解放される点でメリットなどもあることから、大正時代から現在に至るまで制度として定着している。

実際、逮捕されて勾留されてしまった被疑者にとっては、略式命令で罰金を払うことで時間のかかる刑事裁判手続きを経ることなく早期に釈放される。
そのため、多くの事件では被疑者被告人のメリットにもなっているというのが実態だ。

略式手続の2つの問題点
しかし、略式手続には問題もある。

@刑事責任の所在をあいまいにするおそれがあること、
A冤罪の危険がある手続きであること、だ。

まず1つ目の刑事責任の所在をあいまいにするおそれがある点について。冒頭の公職選挙法違反の件もそうであるが、政治家や公務員の汚職などのケースでは略式命令で罰金刑が科せられるケースをよく目にする。
略式手続は、公開の法廷が開かれることがなく、書面審理だけで罰金刑が科せられてしまうことから、一般の国民は、審理の過程を知る機会が与えられないまま刑事事件の審理は終了してしまう。
刑事裁判は、事案の真相を解明して、罪を犯した者に対しては適切な処罰を行うことを目的としている手続きである。
そのことからすれば、略式手続は、そのような刑事責任追及をする手段を放棄することを意味する。
そのため、犯罪者に対する処罰を厳正に行わなければならないと考える立場から疑問が出ても不思議ではない。

法律上、略式命令の請求を受けた簡易裁判所は、略式命令を出すのが相当ではないと判断すれば、略式命令を出さずに通常の刑事裁判に移行することが認められている(刑事訴訟法463条)。
過去にも、電通の違法残業(労働基準法違反)の事件で検察官は略式命令の請求をしたところ、東京簡易裁判所が相当ではないと判断をして、通常の裁判手続きで審理が行われ、話題になったことがある。
しかしながら、多くのケースでは、公開法廷できちんと審理を受けて裁かれてしかるべきケースにおいても、事件をあいまい、うやむやにする「落としどころ」的な処理として略式手続が用いられている面は否定できないように思われる。

略式手続は捜査が簡略なものになりがち
2つ目の冤罪の危険がある点について、略式手続は被疑者が犯罪事実を認めたうえで、略式手続で処罰を受けることを同意したことを条件に、書面の審査だけで罰金刑を言い渡せる手続きである。
被疑者が罪を認める「自白」をしていることを前提に簡易に進められる手続きであることから、いきおい捜査も簡略なものになりがちで、十分な裏付け捜査や客観的な証拠の収集などが不十分なものになりやすい。
そのため、本当はやっていない(無実である)のに、言い分がきちんと聴いてもらえず処理されてしまいがちである。

被疑者にとっても、有罪となっても罰金刑という比較的軽微な刑罰であり、逮捕勾留されている場合には、略式手続に同意すれば釈放される。
「自分は無実だ」と思っても、犯行を否認した場合の不利益(審理の長期化、公開審理による弊害などによる精神的、経済的な負担)を考え、罰金刑により事件を終了させることを選択してしまうケースがしばしばある。

筆者の弁護人としての経験上も、被告人が、検察官から略式手続に同意するかどうかの決断を迫られ、不本意ながらも、犯罪事実を認める内容の供述調書に署名押印し、略式手続に同意をしてしまっているケースもわりとよく見かける。
略式手続には、事前の検察官による説明と異議がない旨の書面(刑訴法461条の2)が制度上要求されているのだが、当事者である検察官が関与し、かつ、密室で行われる取り調べの実態からは、現実にはきちんと制度を理解したうえで真摯な同意をしているとはいいがたい。

略式手続の存在は、本当であれば「事実関係を争いたい」「無罪を主張したい」と考えている被疑者に対して、検察官からの一方的な情報に基づいて公開の裁判において争う道を断念させる誘因となっており、冤罪の温床となっているのではないかと筆者は考えている。

制度上、運用上の改善が必要
略式手続は、制定当初から憲法違反ではないかとの主張が根強くあるが、最高裁判所は憲法違反ではないと判断し、約7割の事件が略式手続で処理されている。
現実的にも、すべての事件を正式な裁判で取り扱うと、今までの取り扱いを前提にするならば裁判所の処理機能がパンクしてしまうのも、また事実ではある。
しかし、略式手続にはこれまで述べたような問題があるのも事実であり、少なくとも、何らかの形で制度上、運用上の改善をしていくことは今後必要になってくると思われる。
ではどう改善すればよいのか。

さしあたり、政治家などの権力犯罪の責任回避に用いられることに対しては、略式手続の対象犯罪の在り方を見直すなどの方策が考えられる。
冤罪防止の観点からは、略式手続をするかどうか被疑者が判断するための前提として、弁護人の援助を必ず受けなければいけないとすることや、被疑者、弁護人側に捜査機関が保有している情報(証拠)の開示を求める権利を明文化することなどが考えられる。

著名な刑事訴訟法学者だった松尾浩也教授によれば、大正2年の刑事略式手続法の成立当時、衆議院では以下のような反対論が展開されていたとのことである。 「裁判所が検事の書面による請求のみによって裁判を下すのは、なお医師が患者を診察せずして投薬すると一般なり。その危険また思うべし」(松尾浩也「略式手続の合憲性(一)」法学セミナー1977年12月号54頁日本評論社) 大正時代に指摘された略式手続の「危険」は、現代においても克服されるべき課題ではないかと考える。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 🌁 | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする