2021年07月16日

コンビニオーナーが「奴隷契約」と憤る歪な実態

コンビニオーナーが「奴隷契約」と憤る歪な実態
「本部」に声を上げたせいで解約された店もある
2021/07/15 東洋経済オンライン
藤田 和恵 : ジャーナリスト

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。
そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。
本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回紹介するのは「表向きは社会のインフラと呼ばれてもてはやされるコンビニも、現場はコロナ下の医療現場さながらの悲惨な状況です」と編集部にメールをくれた、58歳の男性だ。
毎月の労働時間は300時間を超え
難しい問題である。
タカアキさんはコンビニ本部との関係を奴隷契約だというが、アルバイトにしてみたら、自分たちこそが奴隷だと言いたいだろう。
ただ問題を「オーナーVSアルバイト」の構図で見ても、解決にはならない。
肝心なのは、誰がそうせざるをえない状況に追い込んでいるのか、ということだ。
タカアキさんは「年収300万円といっても実際の手取りは200万円を切ります。これ以上、経費が膨らむと私たちが食べていけません。それに、コンビニ本部に声を上げたせいで解約されたお店もあります」と話す。

はたして本当に打つ手はないのだろうか。

全国に目をやれば、2009年にはセブン−イレブンの加盟店オーナーを中心とした「コンビニ加盟店ユニオン」が発足。
その後は「ファミリーマート加盟店ユニオン」もできた。
コンビニ各社が時短営業に踏み切らざるをえなかったのは、こうしたユニオンの長年にわたる訴えを無視できなくなったからでもある。

「脱24時間営業」で話題を呼んだセブンの元店主

時短営業といえば、2年前に大阪・東大阪市のセブン−イレブンの元店主が本社に先駆けて深夜休業を試みて「脱24時間営業」のきっかけをつくったものの、後に契約を打ち切られてしまう。
タカアキさんは「この店主は客からの苦情も多かったのでしょう」と言うが、一方で昨年9月には地元大阪で元店主を「支援する会」も結成されている。
たしかにユニオンに加盟する一部のオーナーや店長にもなぜか「不正行為をしている」といった批判は付きまといがちだ。
ただよほどの法令違反があれば別として、一連の社会的訴えの是非は別個のものとして考えるべきなのではないか。
一部の報道やネット上のうわさを鵜呑みにしても、喜ぶのはコンビニ本部だけだ。

また、「最低賃金を1500円に」という目標を掲げてデモなどを行ってきた若者のグループ「エキタス」は、必ず中小企業への支援策の実現もセットで訴えている。
中小企業経営者も一緒に声を上げようというメッセージだ。
しかし、メンバーの1人は取材に対し「中小企業経営者の腰が重い」と嘆いていた。

タカアキさんが言うとおり、物申すことで契約を打ち切られるリスクはゼロではない。
しかし上に書いたとおり、奴隷状態から脱したいなら、社会とコミットする回路はいくつもある。
このままではオーナー同士が不毛な我慢比べを強いられるだけだ。

そして何よりもコンビニ本部である。
私がこうした問題についてコンビニ各社に取材をすると大体「コメントは差し控えたい」といった答えが返ってくる。
事実上の取材拒否である。
ただもう潮時だろう。
長年にわたる独り勝ち状態が招いた悲惨な現実にそろそろ目を向けるべきなのではないか。

毎月の労働時間は300時間を超える
お昼時のファミリーレストラン。
タカアキさん(仮名、58歳)はエビ入りのサラダを、私はハンバーグドリアを頼んだ。
ダイエット中ですか? 私が尋ねると、タカアキさんが笑って答えた。
「いえ、いえ。今の時間帯は私の体内時計的には深夜なんですよ。そんな時間にがっつり食べたりしたら、体に悪いでしょう」。
タカアキさんは東京都内に複数の店舗を持つコンビニ店長だ。
週4日は午後9時〜翌朝5時の夜勤をこなす。
夜勤だけではない。毎月の労働時間は300時間を超える。
会社員の平均的な所定労働時間は月160時間前後。
これと比較すると、タカアキさんの1カ月間の残業時間は、厚生労働省が定める過労死ライン80時間を軽く超えていることになる。

複数の店舗は、タカアキさんが親族らと一緒につくった会社が加盟店として、コンビニ本部とフランチャイズ契約を結んで切り盛りしている。
タカアキさんは夜勤を終えると妻と店番を交代し、数時間眠る。
昼すぎに起き、洗濯や買い物を済ませると夕方から再び数時間眠って夜勤に備える。
貴重な睡眠の間に店のアルバイトからの電話で起こされることもたびたび。
「返金処理の仕方がわかりません」「コピー機が故障してしまったんですが……」「チルド商品の返品はどうしたらいいんでしょうか」──。
どれも基本的な業務に思えるが、コンビニ業界は空前の人手不足。
募集をかけても集まらないし、採用できたとしても仕事を覚える前に辞めてしまう人が多いのだという。
妻の体調が悪かったり、アルバイトが突然辞めてしまったりしても、年中無休が売りのコンビニを閉めるわけにはいかないから、タカアキさんが穴埋めするしかない。
何日も家に帰れないことも珍しくないという。

親族の中にはまだ子どもが小さな夫婦もいる。
妻が生まれたばかりの子どもの育児で手が離せないため、夫が上の子どもを連れて出勤。
店舗裏の狭い事務スペースで寝起きさせているという。
「賞味期限切れで廃棄になったおにぎりやサンドイッチを食べさせ、日によっては店舗から登下校させています」とタカアキさんは打ち明ける。

コンビニオーナーは現代の奴隷である──。
そんな現実が知られるようになったのはここ5、6年のことだろうか。
タカアキさんもその奴隷の1人というわけだが、コンビニオーナーたちはなぜここまで働き詰めに働かなくてはならないのか。

原因の1つは、人件費の高騰
コンビニの営業形態には本部直営店舗のほか、外部の個人事業主や会社がコンビニ本部とフランチャイズ契約を結んだ加盟店がある。
加盟店は売り上げなどの一部をロイヤルティー(権利料)として本部に支払わなければならない。
コンビニ経営が厳しくなった原因の1つは、人件費の高騰である。
タカアキさんがコンビニ経営を始めたのは30年前。
1990年度の東京都の最低賃金は548円だった。
現在は1013円だから、この30年間でほぼ倍になったことになる。
「この間、人件費にかかる経費は1店舗当たりで月20万円増えました」。

もう1つは、コンビニの出店ラッシュで1店舗当たりの売り上げが下がったことだ。
タカアキさんの年収は当初は約500万円だったが、現在は約300万円。
出ていくお金が増え、入ってくるお金が減る。となると、オーナー自らが身を粉にして働くしかない。
ちなみにコンビニ本部に払うロイヤルティーは売上総利益を基に計算するので、人件費が増えようが、1店舗当たりの売り上げが減ろうが、本部は基本的に痛くもかゆくもない。

タカアキさんは大学卒業後、自動車販売の営業担当者として働いていた。
このときの顧客の1人からコンビニ店長にならないかと声をかけられたのが、コンビニ業界に入るきっかけだった。
当時は「自店仕入れ」と言われる店長の裁量が大幅に認められていて、タカアキさん自らが問屋や卸売店に出向き、酒類や菓子、野菜などを仕入れ、販売価格も決めることができた。
「まだ珍しかった芋焼酎や欧米産のビールを並べたり、近隣のスーパーよりも安く野菜を売ったりしました。
自分の店づくりができる。そんな魅力がありました」。

売り上げがよい月は会社員時代の手取りよりも10万円も多い収入を得ることもあった。
しかし、1990年代半ばを過ぎるとコンビニ店舗が急増。2000年代後半からは東京の最低賃金は前年比20〜30円増のハイペースで上がっていったと、タカアキさんは解説する。

タカアキさんがもう1つ腹立たしく思っているのは、対等とは言いがたいコンビニ本部との関係だ。
最近も本部から総菜類を減らして、代わりにサラダチキンやカット野菜の売り場を広げるよう提案された。
タカアキさんは反対したものの、こうしたとき、加盟店側の希望が聞き入れられることはないという。
ふたを開けてみれば、タカアキさんの懸念どおり売り上げは減少。
「1日当たり2000円近く売り上げが減ったので、さすがに本部に抗議したのですが、『ほかのお店も同じです』という要領を得ない答えが返ってきただけでした」。

 幼い子どもがいる親族が運営する店舗では一時、時短営業を試みたという。
最近になってセブン−イレブン、ローソン、ファミリーマートの大手3社が、売り上げが少なく人手不足が深刻な深夜帯に休業する時短営業を認めるようになったからだ。
ところが、実際にやってみると本部からは時短営業の理由やメリットを執拗に尋ねられ、「それにより本部が受ける損賠は〇円です」と嫌味を言われた。
揚げ句「このままでは次回の契約更新はできません」と通告された。
結局時短営業は1年ほどでやめざるをえなかったという。

食い物にされるだけの関係は早晩限界がくる
タカアキさんはコンビニの仕事自体は楽しいという。
「新築で引っ越してきたご家族のお子さんが大きくなってうちでアルバイトをしてくれたり、常連だったお客さんが高齢で亡くなったときに遺族がお供えするお菓子をうちで買ってくれたり。お客様に必要とされていると思うとやりがいを感じます」。

ただこのまま加盟店がコンビニ本部の食い物にされるだけの関係が続くなら、早晩限界がくる。
次回の契約は更新するつもりだが、その次はわからないと、タカアキさんは言う。

最後に1つ、やはり書かなければならないことがある。
取材を終えてノートを閉じかけたとき、タカアキさんが「10年以上働いてくれている子を社保にも入れてあげられないのが心苦しい」と言ったのだ。
法令違反の可能性がある。
タカアキさんはどこのコンビニも同じ状態のはずだ、という。
ただ私が取材する限り、社会保険に加入しているアルバイトもいる。
すべての店が同じということはない。
一方で2017年には、労働基準監督署がチェックした都内のフランチャイズ店舗の95.5%で労働関連法令の違反が見つかるという衝撃的なデータが明らかになった。
多くは労働時間に関する違反であった。
いずれにしても、もはやコンビニは何かしらの違法行為でもしなければ立ち行かないという現実が浮き彫りとなった。

オーナーや店長は自身の過重労働を解決しようとすれば、時給を上げて人手を確保するか、今いるアルバイトを強制的にシフトに入れるしかない。
また、オーナーや店長が自らの収入を確保しようとすれば、アルバイトの社保加入にかかる経費を“節約”するしかない。
難しい問題である。
タカアキさんはコンビニ本部との関係を奴隷契約だというが、アルバイトにしてみたら、自分たちこそが奴隷だと言いたいだろう。
ただ問題を「オーナーVSアルバイト」の構図で見ても、解決にはならない。肝心なのは、誰がそうせざるをえない状況に追い込んでいるのか、ということだ。
タカアキさんは「年収300万円といっても実際の手取りは200万円を切ります。これ以上、経費が膨らむと私たちが食べていけません。
それに、コンビニ本部に声を上げたせいで解約されたお店もあります」と話す。
はたして本当に打つ手はないのだろうか。
全国に目をやれば、2009年にはセブン−イレブンの加盟店オーナーを中心とした「コンビニ加盟店ユニオン」が発足。その後は「ファミリーマート加盟店ユニオン」もできた。コンビニ各社が時短営業に踏み切らざるをえなかったのは、こうしたユニオンの長年にわたる訴えを無視できなくなったからでもある。
「脱24時間営業」で話題を呼んだセブンの元店主 時短営業といえば、2年前に大阪・東大阪市のセブン−イレブンの元店主が本社に先駆けて深夜休業を試みて「脱24時間営業」のきっかけをつくったものの、後に契約を打ち切られてしまう。
タカアキさんは「この店主は客からの苦情も多かったのでしょう」と言うが、一方で昨年9月には地元大阪で元店主を「支援する会」も結成されている。
たしかにユニオンに加盟する一部のオーナーや店長にもなぜか「不正行為をしている」といった批判は付きまといがちだ。
ただよほどの法令違反があれば別として、一連の社会的訴えの是非は別個のものとして考えるべきなのではないか。

一部の報道やネット上のうわさを鵜呑みにしても、喜ぶのはコンビニ本部だけだ。
また、「最低賃金を1500円に」という目標を掲げてデモなどを行ってきた若者のグループ「エキタス」は、必ず中小企業への支援策の実現もセットで訴えている。
中小企業経営者も一緒に声を上げようというメッセージだ。
しかし、メンバーの1人は取材に対し「中小企業経営者の腰が重い」と嘆いていた。
タカアキさんが言うとおり、物申すことで契約を打ち切られるリスクはゼロではない。
しかし上に書いたとおり、奴隷状態から脱したいなら、社会とコミットする回路はいくつもある。
このままではオーナー同士が不毛な我慢比べを強いられるだけだ。
そして何よりもコンビニ本部である。
私がこうした問題についてコンビニ各社に取材をすると大体「コメントは差し控えたい」といった答えが返ってくる。事実上の取材拒否である。
ただもう潮時だろう。
長年にわたる独り勝ち状態が招いた悲惨な現実にそろそろ目を向けるべきなのではないか。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする