消えた工場、桑畑…地図記号の廃止・誕生の背景にある「社会の変化」
2021.8.3 Diamondオンライン(山岡信幸)
世の中の変化とともに、子どもの頃に学んだ「地図の常識」が大きく変わっている。
風車や老人ホームといった新たな地図記号が登場する一方、電話局や桑畑の地図記号は消えた。
社会の変化を移す鏡ともいえる地図。その興味深い変化を見てみよう。
※本稿は、山岡信幸著『激変する世界の変化を読み解く 教養としての地理』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
POINT
★地図記号は産業・社会の変化を反映して、廃止・追加されている
★地図の世界は、紙の上からコンピュータやネット上にお引っ越し
★登山好きにお馴染みの「三角点」が、その役割を終えようとしている
新たな地図記号と廃止された地図記号 見えてくる「社会の変化」とは?
中高生の頃、地理の授業に地図帳を忘れて、隣のクラスに借りに行ったことのある人はいませんか?
私の講義では、つねに地図帳を開いて受講するようにお願いしています。
地理を学ぶうえで地図は不可欠のツールです。
ところで、地図帳もそうですが、日本で用いられる地図の多くは、国土交通省に属する国土地理院という機関が作った地図(地形図・地勢図・国土基本図など)を基にしています。
この地図の世界も近年大きく変化しています。
「地図の変化」というと、よく話題になるのが地図記号の変化です。
地図記号もまた、社会の変化を表しています。
「風車」は風力発電をはじめとした再生可能エネルギー(自然エネルギー)の普及、「老人ホーム」は人口の高齢化、「自然災害伝承碑」は地球温暖化などによる災害の増加を背景にしています。

「電報・電話局」の記号は、電話と電報を意味する Telephone&Telegramの頭文字を図案化しています。
1985年、中曽根内閣の行政改革の一環で、公営企業の電電公社(日本電信電話公社)が民営化されてNTTになりました。
民間企業を特別な記号で表す必要はないということでしょう。
ただし、1987年に日本国有鉄道(国鉄)が民営化されてJRとなりましたが、路線を表す地図記号(白黒のシマシマ)は、今も私鉄路線(ゲジゲジ)とは区別されています。
また、産業の変化も地図記号に反映されます。
製塩業は、かつて塩田(塩浜)を利用して行われていました。
砂浜海岸に設(しつら)えられた広大な塩田に潮の干満を利用して海水を引き入れ、天日で蒸発させて鹹水(塩分濃度の高い水)を得て、これを濾過して釜で煮詰めるのです。
これが江戸時代に始まった入浜式塩田です。
晴天が続く必要があるため、年間降水量の少ない瀬戸内地方でとくに発達しました。
この地域では、日本列島に雨をもたらす季節風(モンスーン)が南北の山地(四国山地・中国山地)に遮られるために年中少雨となります。
「忠臣蔵」で知られる浅野内匠頭の赤穂藩(兵庫県南西部)も塩づくりが盛んで、全国的なブランド「赤穂の塩」は藩の専売品でした。
塩は、日露戦争後の1905年には国の専売品となって財政を支えます。
第二次世界大戦後の1948年頃から、もっと効率的な流下式塩田(表面に粘土を張った流下盤や、竹を組んだ枝条架に海水を流して、太陽熱と風で水を蒸発させる)への切り替えが進みます。
そして、1972年に天候に左右されない工場内で行うイオン交換膜法(電気を使った海水の透析)が導入され、塩田は不要になったのです。
しばらくして、地図記号も不要になりました。
塩田の跡地は一部で工業用地に転用され、瀬戸内工業地域の形成に役立ちました。
最近はメガソーラーの建設用地にも活用されています。
桑畑の記号が消えたのは、繊維産業の変化を示しています。
昔は日本中の農村で桑の木を見かけました。
生糸を作る製糸業、それを支える養蚕業は農家にとって重要な収入源でした。
とくに、水田耕作に向かない扇状地の斜面などには桑畑が広がっていました。
しかし、戦後に生活の欧米化で日本人が絹織物の和服を着る機会が減り、化学繊維の発達や輸入生糸の利用もあって国内の養蚕業は衰退しました。
繭を作る蚕の餌となる桑の葉も不要になったのです。
扇状地の土地利用は、果樹園などに変化しました。
扇状地は粒子の大きい砂礫が堆積した地形ですから、水はけと通気性が良く、傾斜があることで日当たりも良くなるため果実の栽培に向いているのです。
扇状地の多い甲府盆地(山梨県)ではぶどうや桃、山形盆地では桜桃(さくらんぼ)、といった特定の果物の栽培に力を入れ、特産品に育
さて、ごく最近まで地図てあげました。
デジタル化する地図づくり 役割を終える「三角点」
以前は地図=紙でした。
ところが人工衛星やインターネットの発達は、地図の世界も大きく塗り替えました。
「ぐるなび」で検索した居酒屋の場所も、スマホで確認した取引先へのルートも、カーナビで見た渋滞情報も、デジタルデータ化されて端末などに表示されています。
国土地理院の地図もデジタル化されており、ウェブサイト「地理院地図」で閲覧できます。
従来の地形図が表示されるだけではなく、縮尺も自由に変更できるし、古い地形図や各時代の空中写真、衛星画像、陰影をつけた起伏図なども簡単に表示できます。
地形を分類した土地条件図、活断層図などは防災にも役立ちます。これらの重ね合わせも可能です。
複数の静止衛星から電波を受信して、現在地の緯度や経度を正確に測ることのできる GNSS(全球測位衛星システム)による正確な位置情報は、地図づくりにも活用されています。
誤解されやすいのですが、有名なGPSはアメリカ合衆国が運営するGNSSの一固有名詞にすぎません。
ロシアのGNSSはGLONASS(グロナス)、EU のGNSSはGalileo(ガリレオ)といった具合です。
全国約1300カ所に置かれている電子基準点はGNSSの電波を受信し、かつての三角点に代わって地形図製作の基準となっています。
三角点といっても、三角形の“何か”があるわけでなく、花崗岩などでできた柱石です。
三角点は、「三角測量」という測量方法に由来する名前なのです
三角測量をごく単純化して説明すると次の図のようになります。

明治の初めに、イギリスからのお雇い外国人に指導を受けながら東京に13カ所の三角点を設置して以来、三角点は全国10万カ所に置かれ、正確な地形図づくりに活かされてきました。
しかし、GNSSや航空測量の発達に伴って地上での測量作業は行われなくなっています。
工場の地図記号が使われなくなったのもこれに関係するようです。
中小工場は現地に出向かないと利用実態がわからないため、航空測量による作図では省略せざるを得ないのです(大きな工場は工場名を文字で記入しています)。
2014年8月、国土地理院の検討委員会は「10年後には三角点は測量の基準としては使われなくなる」と発表しました。
しかし、登山をしていると山頂などの見晴らしの良い場所で見つかる三角点には親しみを感じる人も多く(私もその1人です)、すべての三角点が撤去されることはなさそうです。