コロナ禍で続く“なんとなく不調”は「体内時計」の乱れだった
2021.12.1 Diamondオンライン
八木田和弘:京都府立医科大学大学院医学研究科統合生理学教授
昨今、テレワークやオンライン授業が一気に普及して生活リズムが変化したことで、気分がすっきりしなかったり、集中力が低下するといった「なんとなく不調」を感じる人が増えています。
その原因は「体内時計の乱れ」である可能性が高いのです。
そこで今回は、京都府立医科大学大学院医学研究科統合生理学教授・八木田和弘さんの著書『「なんとなく不調」から抜け出す!「2つの体内時計」の秘密』(青春出版社)から、「体内時計」と日常のパフォーマンスの関係について抜粋紹介します。
コロナ禍による生活リズムの乱れが不調を引き起こす
最近、こんな不調を感じることはありませんか?
・体がだるくて、仕事や勉強がはかどらない
・寝つきが悪かったり、眠りが浅かったりする
・イライラしたり、気分が落ち込みやすい
病院に行くほどではないけれど、心も体もすっきりしない……そんな「なんとなく不調」の原因は、もしかすると「体内時計の乱れ」にあるかもしれません。
体内時計とは、ひと言で言うと、私たちの体に備わった「地球の自転周期に適応する仕組み」です。
1日は24時間ですが、体内時計もほぼ24時間になるように仕組まれています。
普段は意識することがないかもしれませんが、実は体内時計は「縁の下の力持ち」のように、私たちの心と体の健康を支えてくれているのです。
これまでは、夜勤や交替勤務をおこなっているシフトワーカーの方々の健康を守るために注目されていた体内時計ですが、今やすべての人にかかわる重要な存在になったと私は考えています。
そのきっかけが、新型コロナウイルスの感染拡大による、生活様式の変化です。
不要不急の外出自粛が呼びかけられ、テレワークを導入する企業や、オンライン授業をおこなう学校も増えました。
確かに、このような生活は感染防止には効果的です。
一方で、通勤や通学がなくなったことにより、夜型になったり、食事の時間もバラバラになったりと、生活リズムの乱れを招き、体内時計にも影響を与えている可能性があるのです。
実は体内時計には、脳にある「中枢時計(親時計)」と、全身の細胞(生殖細胞などを除く)にある「末梢時計(子時計)」の2種類があります。
この「2つの体内時計」にズレが生じると、先ほど述べたような「なんとなく不調」が起こってきます。
その典型的な状態が「時差ぼけ」です。
日本との時差が大きい国に旅行したことがある人は、経験的にそのつらさがよくおわかりでしょう。
そして今は日本にいながらにして、時差ぼけ状態になってしまっている人が急増しているのではないかと私は懸念しています。
体内時計の乱れは心と体のパフォーマンスを低下させたり、さまざまな病気とのかかわりが指摘されているのです。
体内時計を乱しやすい「シフトワーカー」
歴史をさかのぼると、私たちの祖先は地球の自転周期に合わせ、太陽が昇ると同時に活動を開始して、太陽が沈むとともに活動が鈍っていき、やがて眠りにつくという生活が一般的でした。
ところが産業革命以来、工業が勃興して社会環境が一変すると、2交替や3交替制で昼夜関係なく働く工場勤務者が生まれ、不規則な生活を送る人が増えてきました。いわゆる「シフトワーカー」の登場です。
また、警察、消防などの公務員、医療従事者、交通機関の乗務員など、生活に欠かせないサービスを提供する、いわゆるエッセンシャルワーカーもまた、昼夜を分かたず働くことが多い人たちです。
近年では24時間営業のコンビニエンスストアやスーパーも全国に展開され、シフトワーカーは増える一方です。
こうした人たちは現代社会に欠かせない重要な仕事を担う一方で、往々にして体内時計を乱してしまい、睡眠・覚醒障害をはじめとする「概日リズム障害」を起こしがちです。
さらに近年になって、概日リズム障害はますます増えてきました。
その原因として、経済や社会のグローバル化が挙げられます。
グローバル化によって、今では世界の各地と結んでリモート会議をおこなったり、リアルタイムで情報が得られたりするようになりました。
それは喜ばしいことでもある半面、仕事相手が時差のある国の場合、昼夜に関係なく業務をしなければなりません。
そのおかげで、企業や業種によっては深夜や明け方に会議が入ることもあるといいます。
週に1回程度ならともかく、そんな生活が毎日続いたら体調を崩してしまうのも当然でしょう。
体内時計が乱れる原因は、シフトワークなど不規則な働き方のほかにもあります。
それは、世界と瞬時につながることができるスマートフォンの普及です。
これは、大人だけでなく、成長期の子どもたちに大きな影響が及んでいます。
夜遅くまでスマホを使い続けることで、睡眠リズムを乱す中高生が増加していることは、どなたもご存じでしょう。
オリンピックは自国開催が有利?
また、「体内時計」が日常のパフォーマンスと深いつながりがあるのは、今年開催された東京オリンピックでも明らかになっているのではないでしょうか。
今回の東京オリンピックで日本は金メダル27個、合計のメダル数でも58個と、史上最多のメダル獲得数となりました。
これは自国開催に向けた強化の賜物であると同時に、アスリートの皆さんの言葉にできないほどの努力の結果であり、その姿に私も深い感動を覚えました。
それに加え、体内時計の視点から考えると、時差がなく体内時計のズレがないまま試合に臨めることも、他国の選手にくらべて大きく有利な点です。
時差への対応は、どの選手団もチームドクターや専門家が担当して、綿密な配慮がなされているはずで、オリンピックに限らず、国際試合の前には試合会場近くで合宿するという話をよく聞きます。
これは、現地の気候に対応するだけでなく、時差への適応を考慮した措置であることはよく知られていると思います。
ところが、今回のオリンピックでは、コロナ禍のためにこうした事前合宿を中止した国が多かったようです。
日本との時差が7時間、8時間以上ある地域も数多くあり、遠方の国からやってきた選手はさぞ大変だったことでしょう。
適応にはかなりの時間がかかってしまい、適応しきれないうちに試合当日を迎えたというケースもあったと思います。
試合までに時差ぼけが解消されているかどうかで、パフォーマンスはまったく違ってきます。
反射神経や骨格筋の反応など肉体的なパフォーマンスに大きく影響しますし、注意力や判断力の面でも多大な影響があります。
体内時計の働きは、単に約24時間周期のリズムをつくり出しているだけではありません。
「最適な時刻に、最適な機能を活性化させる」というタイミングを決める重要な働きも持っています。
体内時計をきちんと整えておくことは、その人が本来持っているパフォーマンスを最大限に発揮することにつながるのです。 普通の日常が戻りつつある今こそ、コロナ禍で乱れた生活リズムを見直し、体内時計を整えて過ごしてみてはいかがでしょうか。
(監修/京都府立医科大学大学院医学研究科統合生理学教授 八木田和弘)
八木田和弘(やぎた・かずひろ)
京都府立医科大学大学院医学研究科統合生理学教授。
1995年京都府立医科大学卒業後、同大学附属病院第3内科にて研修。
京都府立医科大学大学院修了。
神戸大学医学部第2解剖学助手および講師、名古屋大学理学部COE助教授、大阪大学大学院医学系研究科神経細胞生物学准教授を経て2010年より現職。
2017年から地域生涯健康医学講座の教授を併任。
時間生物学、環境生理学の研究に取り組む傍ら、体内時計の視点から生活改善の大切さを伝える活動にも取り組んでいる。