貯蓄100万円未満の70代以上12%、60代は21%。老後の貧困層は確実に広がっている
2022年02月17日 SPA!
コロナ禍の陰で、日本に今、“超高齢化”という新たなクライシスが迫っている。
2025年には、約800万人いる団塊の世代が75歳の後期高齢者となり、歴史上前例のない高齢化社会が訪れようとしている。果たしてそこに希望はあるのか?
その現実に向き合った。
◆増え続ける高齢者。その実像と未来
超高齢化で社会に重く負担がのしかかるが、当の60代以上は金融資産の6割以上を保有しているというから、現役世代には不満が募る。
そこで、まずは今の高齢者がどのような暮らしぶりかを知るため、60代500人、70代以上500人の計1000人(いずれも男性)にアンケートを実施した。
その結果は、驚くべきものだった。
組織人事コンサルタントの川口雅裕氏は語る。
「最高年収1000万円以上が約4割、役職者が約7割というのは、7割がヒラ社員で終わると言われている昨今とは雲泥の差。ただ、この世代が一方的に恵まれていたかというと、労働法制もコンプライアンスも守られないなか、相当な理不尽に耐え、苦労してきた面もある。
しかも、99%は中小企業で働いてきた人々。
一番の問題は、その苦労がキャリアではなく、組織への忠誠心や社内政治に向けられたものであった点です。
結果、バブル崩壊後は生産性は低いけれどポジションと人件費を圧迫する組織のお荷物となり、“失われた30年”へと?がっていきました」
◆負のスパイラルに陥るリスクも
さらに、高齢世代に資産が偏っている現状について、社会学者の西田亮介氏は「一般に資産形成には時間がかかるので当然の側面もある」としつつ、リスクを次のように指摘。
「コロナ禍での給付金が消費に回らなかったように、高齢者は資産を消費より生活防衛に向ける傾向があります。
同様に、社会保障費も成長や新たな富を生み出すオフェンシブな投資ではなく、社会を維持するデイフェンシブな側面が強い。
結果、経済成長が停滞し、負担ばかりが増えるという負のスパイラルに陥ってしまいます」
◆さらに“失われる20年”が訪れる可能性も
『無理ゲー社会』などの著作を持つ作家・橘玲氏も、悲観的な見解。
「消費が冷え込めば、企業も投資や賃上げより内部留保を優先し、ネガティブになる。
そうなれば、“失われた30年”に続き、超高齢化社会に起因した“失われる20年”が訪れる可能性も否定できません」
◆「世代会計」の格差
その“失われる20年”から逃げきれない現役世代に突きつけられる現実が「世代会計」だ。
経済学者の小黒一正氏は言う。
「政府から受け取る年金などの受益と税・保険料などの負担を世代別に算出したものが『世代会計』。
’03年の時点で、現在の80歳以上はプラス6500万円で40歳未満はマイナス5200万円と1億円以上の格差があることを政府は把握していました。
これは『財政的虐待』とも言える事態。
政府も手をこまねいていたわけではなく、医療費の抑制や年金改革などに取り組んできましたが、いまだ抜本的な改善には向かっていないのが現状です」
◆世代で割り切れない「老々格差」の課題
こうして負担ばかりを押しつけられた上に「老後資金は自力で2000万円必要」と通告される現役世代。
一方、85%が持ち家で、60代以上は退職金2000万円以上が3割、1000万円以上が5割、と「老後は万全」という状態が窺える。
こうした状況だけ見ると、「富める高齢者」と「苦しむ現役世代」という対立構造がイメージされるが、保有する資産アンケート結果から単純ではない課題が浮かび上がる。
小黒氏は続ける。
「2000万円以上の資産を保有する高齢者世帯がある一方で、貯蓄100万円以下の世帯が16%。
つまり、高齢者間でも格差があり、世代でひとまとめにすることはできません。
社会保障を削った場合、生存権が脅かされる高齢者もいる。
かといって、このまま負担ばかり増えれば破綻は目に見えている。
高齢化社会に向き合うには『何を諦め、何を守るのか』という哲学こそが重要です。
たとえば、医療費において風邪など軽度かつ発病確率の高い疾病は自己負担の割合を高くする一方、重度かつ発病確率の低い疾病は自己負担の割合を低く設定するなど、受益と負担の調整メカニズムを刷新する必要があります」
◆今後の高齢貧困層の増大、格差拡大はほぼ確実
アンケート「現在、世帯で保有する資産はどのくらいですか?」の内訳を詳しく見ると、貯蓄100万円未満の世帯は70代以上では12%に対し、60代は21%と、今後の高齢貧困層の増大、格差拡大はほぼ確実。
そこで「どこを削り、どこに投資するか?」という選択を誤れば、重大な損失を招くと西田氏。
「教育や文化のような無形資産は、一度失われると再び構築するのに莫大なコストが必要になります。
高齢者の格差が拡大すれば、先に述べたように未来へのオフェンシブな投資に一層及び腰になり、負のスパイラルを助長する危険性も十分に考えられる。
だからこそ、まずは高齢者も若者も現実を直視するところから始めなくてはなりません」
◆超高齢化社会の2通りの未来
アンケート「日本の金融資産の65%を60歳以上の高齢者が保有していると言われていますが、どう思われますか?」の問に、高齢者の約6割が「格差があるので豊かさの実感はない」と回答していることからも、高齢者の認識が現実と乖離していることが窺われる。
川口氏は言う。
「会社という狭い世界に閉じこもっていた分、同じような環境の人間との比較しかしない。そうなれば『自分は特に恵まれていない』と感じても不思議ではありません。
一方で、“最後のご奉公”として社会に貢献したいと考えるシニアは多い。
私の周りにも、老人介護施設で働く70代の元大学教授の男性や、子育て世帯のために料理教室を開く80代の女性などがいます。
現実を知れば、高齢者も未来のためにひと肌脱ぎたいという気持ちになる。
いたずらに世代間対立を煽るよりも、シニアに理解を求め、そのリソースを活用することが、高齢化社会への正しい向き合い方であるはずです」
だが、橘氏は別の未来の可能性も提示する。
「老々相続など高齢者間で富の再分配が完結し、もはや社会は自分たちを幸せにしないという絶望が若者の間に広がれば、日本という国自体への関心や興味が失われていく。
生涯未婚率の増加とともに社会との?がりは急速に希薄化し、SNSの評判の数で承認欲求を満たしたり、メタバースへ逃避するなどディストピア的な未来も十分ありえるシナリオです」
超高齢化社会はリアルタイムで進行する現代史である。
一体、私たちはどちらの未来を選ぶことになるのだろうか?
※アンケートは全国の60代男性500人、70代以上男性500人、合計1000人を対象に調査
◆【経済学者 小黒一正氏】
法政大学経済学部教授。元大蔵官僚。
専門は公共経済学。財務総合政策研究所客員研究員と、国政にも携わる。
著書に『日本経済の再構築』(日本経済新聞出版)
◆【社会学者 西田亮介氏】
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。
専門は公共政策。博士(政策・メディア)。
著書に『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)など
◆【組織人事コンサルタント 川口雅裕氏】
京都大学教育学部卒、NPO法人・老いの工学研究所理事長。
著書に『年寄りは集まって住め』(幻冬舎)、『だから社員が育たない』(労働調査会)など 【作家 橘 玲氏】 編集者から著述業に。
著書に『言ってはいけない―残酷すぎる真実』(新潮新書)、『上級国民/下級国民』(小学館新書)などベストセラー多数
<取材・文/週刊SPA!編集部 撮影/橋慶佑 モデル/関口 衡(古賀プロダクション) アンケート/QiQUMOを利用して調査>
―[[超高齢化]の危機]―