2022年03月04日

マスコミ4媒体はなぜ「ネットに敗北」したのか

マスコミ4媒体はなぜ「ネットに敗北」したのか
電通が発表「2021年広告費の成長」を読み解く
2022/03/03 東洋経済オンライン
境 治 : メディアコンサルタント

電通は毎年この時期、前年の日本の広告費を推計して発表している。その2021年版が2月24日に出た。
日本の広告費全体は10%増の6兆7998億円と、コロナ禍により大きな痛手を受けていた前年に比べ回復した。
また、そのうちインターネット広告費は前年比21%増の2兆7052億円となり、「マスコミ4媒体」(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)の2兆4538億円を初めて超えた。

ネット広告費が全体の数字を押し上げている
ただ広告費全体の「回復」は、コロナでどん底だった2020年に対してであり、その前の2019年には戻せていない点に注意が必要だ。
また、全体の数字を上げているのはインターネット広告費の成長であり、マスコミ4媒体が喜べる状況ではない。

インターネット広告費はまず2009年に新聞広告費を超えた。
10年後の2019年にはマス広告の本拠地であるテレビ広告費を超えてしまった。
残りの雑誌、ラジオ広告費は金額が小さいので当然だが、それからたった2年でマスコミ4媒体全体より大きくなったのだ。
何しろインターネット広告費はマスメディア(マスコミ4媒体)広告費がコロナ禍で急落する中、多少伸び率が小さくなっただけで相変わらずぐんぐん伸びていた。
2021年はテレビ広告費がやっと2020年の水準に戻せたかどうかという中、さらに加速度的に伸びたのだ。
グラフにすると、登るには急すぎる坂ができる。勢いを増して昇り龍の如く天を目指しているようだ。

2021年、マスメディアはインターネットに負けたのだ。
負けた、とはどういうことか、いくつかの視点で考えてみよう。
広告業界の視点では、こう捉えられる。「テレビと新聞」が「テレビとネット」になり「ネットとテレビ」になった。
ほんの15年ほど前までは、テレビと新聞が広告メディアのいいコンビだった。
1975年にテレビ広告費が新聞広告費を抜いた後も、この2つのメディアは広告キャンペーンを支え合って成長してきた。
テレビCMが派手なアイデアで世の中を賑わせ、新聞広告では同じタレントとキャッチコピーを使いながら詳しい情報を伝えた。互いに役割を補完し合い信頼し合っていた。

2000年代前半で見ると、テレビ広告費2兆円に対し、新聞広告費1兆円。1兆円差のコンビだった。
2008年のリーマンショックで企業が広告費を減らしてマスメディアが一様に大打撃をくらった後、2009年に新聞広告費がインターネット広告費に抜かれ、少しずつテレビと新聞の関係は薄くなった。
新聞広告は気がつくと広告キャンペーンから外され、電話番号を大きく記した健康食品などの通販型だらけになっていった。
1軍からいきなり3軍に飛ばされたようなものだ。

新聞に代わってインターネット広告が1軍に躍り出た。
テレビをあまり見ない若者層に、テレビCMが届かないのを補うために使われた。
効果が本当にあるのか、しつこいターゲティングしてくる、知らない間にやばいウェブサイトにも表示される。
そんな文句を言われながらも、数字で結果が見られるのを強みにぐんぐん伸びていった。
使い方もさまざまなテクノロジーを駆使し、動画のメニューも増やして幅を広げた

テレビといいコンビとは言えなかったが、テレビの足りないところをうまくカバーしていた。
2019年に金額でインターネットがテレビを抜いてからの2年間、「テレビとネット」は「ネットとテレビ」に徐々にシフトしていった。
2021年のマスメディアの敗北は、つまり広告メディアの王様がインターネットになり、「主役はネットでテレビはその補完」になったと言える。
インターネット広告費が約2兆7000億円に達したのに対し、テレビ広告費(地上波テレビのみ)は約1兆7000億円。
ネットとテレビは1兆円差の新しいコンビになったのだ。

先日登壇した業界向けのウェビナーで、同席したある大手企業の広告担当者が実際にこう言った。
「デジタルをまず考えてテレビでどう補完するかを考えます」。
私は衝撃を受けたが、もちろんその担当者が特に先見性がある方だからだ。
だが遅かれ早かれみんなそうなるということだろう。

広告メディアとしてのテレビは、ネットの補完物になったのだ。

なぜ雑誌はデジタル化で成功できたのか
電通発表の日本の広告費では2018年からインターネット広告費の中に「マスコミ4媒体由来のデジタル広告費」という項目を設けた。
新聞や雑誌のデジタル版、ラジオのradiko、テレビで言えばTVerのような番組の見逃し配信。こうしたマスメディアが作ったネットメディアの広告売り上げを集計している。

2021年版「マスコミ4媒体由来のデジタル広告費」では、新聞213億円、雑誌580億円、ラジオ14億円、テレビ254億円だ。一番金額が大きいのが雑誌であることに注目してほしい。
ちなみに紙媒体としての雑誌広告費は1224億円、つまり紙:デジタル=2:1(1224億円:580億円)になっている。

メディア企業でもDXが叫ばれている。
実は雑誌業界はもっともDXに成功しているメディアなのだ。
ヨイショするわけではないが、東洋経済オンラインは先行事例の一つだと言っていい。
他の雑誌メディアも紙の雑誌のブランド力をうまく活かしてデジタル版を成功させつつある。
なぜ雑誌だけうまくいっているのか。そこにマスメディアとインターネットの本質の違いがある。

雑誌は元々セグメントメディアだったからだ。
インターネットでのメディアが成立するには、セグメント性がカギになる。
特定のジャンル、特定の興味範囲を明示すると、そのカテゴリーに興味がある人が集まってくる。
ネットは同じ興味の者同士が自然と引きつけ合う傾向があり、うまくいけばコミュニティを形成する。
広告メディアとして「うちにはこんな人たちが集まっています」と企業にアピールしやすいのだ。

ネット広告はターゲティングできるからいい、とよく言うが、メディアそのものがターゲティングできていればアピール力は高い。
さらには、コミュニティに対しさまざまな有料サービスを提供して多様なマネタイズも見えてくる。
雑誌は紙の時代からインターネット的なメディアだったと言える。

東洋経済オンラインは「経済」というカテゴリーで先んじて成功した。
週刊文春デジタルは「スキャンダル」のカテゴリー化で読者を獲得する。
ほかの雑誌も「〇〇」を明確にすることでデジタル版の道筋が見え始めた。
それが先述の「マスコミ4媒体由来のデジタル広告費」に表れている。
ここ数年、徐々にさまざまな出版社がそこに気づいた結果が「紙:デジタル=2:1」となった。

デジタル化の道筋が見えないテレビと新聞
ではほかのマスメディアはどうだろう。
radikoはいち早く危機が訪れたラジオ業界が力を合わせて2010年に株式会社として設立された。
まだまだだが、若者の間では無料で音楽が聴けると親しまれ始めている。
彼らの多くはラジオという機械は知らないし、関係ない。道筋はもう決まっていると言っていい。

テレビは出口が見えない。
見逃し配信の受け皿としてTVerは2015年には立ち上がっていた。
だが各局が本腰を入れる気があるのかはっきりしなかった。
2020年になってようやくキー局が合計70億円の出資をして本腰を入れる姿勢を示した。だが遅すぎに思える。
TVerはドラマの見逃し配信が中心になってここまで来た。
最近は人気のドラマが登場するたびに過去最高の再生数と報道されるが、あまりにもドラマ中心になってしまったように見える。
つまり「ドラマ好きの若い女性」というセグメントメディアになっているのだ。
そんな中、キー局の同時配信がようやくTVerでスタートする。

昨年秋に日本テレビが開始し、キー局が年内には揃うと言われていたが、システム改良に時間がかかったらしく、4月初旬に揃うようだ。
だが各局ともプライムタイムのみで常時ではない。
本来は常時同時配信を実現させ、見逃し配信もすべての番組で行うべきだ。
一方NHKは独自にNHKプラスという、同時配信+見逃し配信のサービスを2020年から始めているが、民放と別々でいつまでやるのだろう。
独自にやっている限り、「NHKをよく見る高齢者」というセグメント向けのサービスになってしまう。だから数が増えない。

さらにローカル局がネットでどうするかも大問題だ。
同時配信はキー局がやっと開始した段階で、ローカル局も含めてどんな形になるかは何も決まっていないようだ。
同時配信が東京の放送を日本中で見せるサービスになっていいのか。九州の人が、身近に起こった大水害について知りたいと思っても東京の火事のニュースを見せられ天気予報では関東の地図が出てくるのだ。そんなサービス、地方の人は怒るだろう。

日本人の6割以上が地方に住んでいるのに、ローカルの情報をどうするかを決めないでどうするのか。
こんなことではテレビはネットで生き残れない。
誰のためのサービスかも含めて、顔を突き合わせた議論が必要のはずだが、そんな気配はまったくない。

新聞はデジタルでどう生き残るのか
新聞業界に至っては、DXのデの字も感じられない。
もっとも早くネット版を出していたはずなのに、先述のようにデジタルでの広告収入は213億円にすぎない。
おろおろする様子ばかり伝わってきて、デジタル時代にこうする、という力強いビジョンを誰も掲げていない。
新聞の発行部数は団塊の世代が支えてきた。
若い層がどんどん「新聞離れ」を起こしていたこの20数年間、高齢層は手放さずにいてくれた。
その核である団塊の世代は2030年代に80歳を超える。

人口ピラミッドの予測図を見ると、男性では団塊ジュニアよりグラフの棒が低くなる。
読者がいなくなってしまう新聞はデジタルでどう生き残るか、今からでも本気で考えないと大変なことになる。
10年後に日本中の巨大な輪転機が廃棄物になりかねない。
マスメディアがインターネットに負けた。
それはメディアがマス中心からセグメント中心にパラダイムシフトする時代の変化を表す。

だが、マスメディアのニーズは小さくなってもゼロにはならないはずだ。
それは今回のロシアのウクライナ侵攻で誰もが感じているだろう。
ニュース番組や新聞が正確な事実を迅速に伝えることには大きな価値がある。
価値があることには経済価値もついてくるはずだ。
マスメディアが生き残る余地がそこにある。

だがほっといても魔法のようにマスメディアが生き残れるわけではない。
さまざまな試行錯誤と新たな発想が必要だ。
テレビ業界と新聞業界が本気でDXに取り組まないと、どこかで戦争が起こっても本当のことがさっぱりわからない世の中になりかねない。
旧弊に縛られず、既得権にしがみつかず、本気で自らを改革してほしいと思う。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☔ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする