元陸上自衛隊・中部方面総監が語る日本の“防衛戦略” 徴兵ではなく予想される“緊急募集”とは?
2022年03月21日 文春オンライン
「陸上自衛隊の定員は即応予備自衛官を入れて16万人、戦車はたったの300両(防衛大綱完成時)です。
30年前は定員18万人、戦車が1200両でしたから、冷戦終了後のスリム化で自衛隊の戦力はかなり落ちています。
戦車の数だけで言えば、ロシアの1個戦車師団程度の戦力しかありません。
陸軍だけで約46万人の兵員と2000両以上の戦車を有している韓国では、日本の陸上自衛隊のことを“軽武装部隊”と揶揄する人さえいる状態。
これだけの戦力では、侵略してくる部隊を単独で撃退することはほぼ不可能です」 そう語るのは、元陸将で中部方面総監を務めた千葉科学大学客員教授の山下裕貴氏。
ロシアのウクライナ侵攻直後からSNSでは「北方領土」や「沖縄」といった言葉がトレンド入りするなど、自衛隊の“防衛力”に注目が集まっている。
もし日本が外国に攻められたら、自衛隊は一体どうやって人々を守るのか、そしてどんな作戦を展開するのか――。
小説「オペレーション雷撃」で、中国軍の最新兵器によって占拠された沖縄の多良間島を自衛隊がどう解放するか、というシミュレーションを行った経験がある山下氏に話を聞いた。
■「戦場になる可能性が高い場所としては、北海道と南西諸島」
「自衛隊は“日本を守る組織”ですが、これまで特定の国を仮想敵国と明言したことはありません。
ただ現実問題としては、戦闘になる可能性が高い相手としてロシアと中国を想定しているのは確かです。
戦場になる可能性が高い場所としては、北海道と南西諸島。
とりわけ沖縄の南西諸島は台湾からも近く、自衛隊は現在も与那国島や宮古島に部隊を配置するなど防衛体制を強化しています」
尖閣諸島周辺海域には中国海警局の公船がたびたび侵入し、緊張した状態が続いている。
自衛隊には専守防衛という鉄則があり、「先に撃たれなければ撃てない」とさえ囁かれているが、自衛隊はどんな状況になったら攻撃を開始するのだろうか。
「自衛隊は、政府が防衛出動命令(自衛権に基づき必要な武力の行使ができる命令)を出すまで武力の行使ができません。
つまり、目の前に敵軍がいても防衛出動命令が出なければ基本的にこちらから撃つことはできないんです。
ただ存立危機事態(日本と密接な関係にある他国が攻撃されたことで、日本国民の生命、自由が脅かされる明白な危険がある事態)として、台湾近海などで活動している米軍の艦艇が攻撃された場合には反撃する可能性もあるでしょう」
■「自衛隊が市民の避難に船や車を出す余裕があるとは思えません」
無人の尖閣諸島や海上ではなく、人が住んでいる場所への攻撃があった場合はどうなるのだろうか。
「日本は島国なので、突然軍隊が上陸してくるという可能性は低いです。
ウクライナのように市街戦になったり、市民が巻き込まれたりする戦闘がいきなり始まることは考えづらい。
そもそも現代の戦争では、ミサイルや軍隊の侵攻のような直接的な攻撃の前に、数カ月前から国境付近で軍事演習が行われるなど準備段階が存在します。
自衛隊は電波情報なども常時傍受していますから、侵攻の気配は察知することが可能でしょう。
衛星や無線の情報などから危険エリアを絞り込み、まずは自衛隊も演習という名目で内地の部隊を集めて対応にあたると思います」
“演習”という名目で集まった自衛隊と他国の部隊が、国境(海)をまたいで睨み合いとなる。
そして攻撃の始まりは、実は日常のちょっとした異変から始まるという。
「おそらく最初の異変は“インターネットや電話が使えなくなる”ことでしょう。
これは攻撃の準備として通信網を遮断したことによるものです。
同時にマルウェアなどのコンピューターウイルスが日本の各省庁や大企業に送りこまれることが予想されます。
そのうえで日本の“反撃力”を削ぐために巡航ミサイルなどでレーダーサイトや航空基地を攻撃し、自衛隊の迎撃能力を無力化する。
制空権や制海権を確保した後に、兵士や戦車が上陸という手順が予想されます」
敵国の上陸が始まれば、一般市民の被害も出かねない。
一般市民の避難が急務だが、山下氏は「早期に住民避難を行う必要があります。
作戦準備に入れば自衛隊にその余力はないだろう」と悲観的だ。
「自衛隊は人員や装備が豊富とは言い難いので、敵国の上陸が迫った状況では防御陣地の構築など作戦準備に忙殺されて市民の避難に船や車を出す余裕があるとは思えません。
なので住民の避難は主に自治体の役割になります。
ただ場所にもよりますが何千、何万という人間を避難させるには、膨大な量の車両・船舶や航空機などの輸送手段の確保と時間が必要です。
試算している自治体もあるのでしょうが、実際に大規模な避難訓練を行っている自治体はありません。
いざという時にスムーズに避難できるかは未知数です」
■侵略してくる部隊を撃退することは自衛隊単独ではほぼ不可能
住民の避難などを含めた自衛隊や自治体の対応の“難易度”が、戦端が開かれた場所によって大きく異なるという。
「北海道は大きいですから札幌や函館の方へ向かって車や鉄道で避難できますが、離島は船舶や航空機が必要で難易度が跳ね上がります。
万が一逃げ遅れてしまった場合は、鉄筋のビルよりも地下道や洞窟などに逃げるのが助かる可能性が高いかもしれません。
敵国が国際法を守ってくれる前提ではありますが、建物や洞窟の入り口に赤十字のマークを貼って、非戦闘員であることをアピールするのも大事です」
国民が避難できない事態などはなんとしても避けたいところだが、防衛作戦とともに住民の避難など自衛隊に期待される役割の多さに比べて、自衛隊の戦力が少なすぎることが問題だと山下氏は指摘する。
「日本の軍事費は世界9位ですが、自衛隊は即応予備自衛官等を入れても全部で約25万人、戦車はたったの300両と、島国という事情を考慮しても数が圧倒的に少ないんです。
中国人民解放軍は200万人の兵士と5000両以上の戦車を有していると言われているので、いかに少ないかがわかるでしょう。
現在の自衛隊の戦力で、侵略してくる部隊を単独で撃退することはほぼ不可能です」
山下氏が現役時代に考えていたのは「陸上自衛隊は侵攻してきた敵に勝てないが、負けない戦いを行う」ことだという。 「私が現役の自衛官だった頃、部下によく言っていたのは“時間を稼ぐ”ということです。
『我々が血だらけになって国土を守る。敵に多大の出血(犠牲)を強いて簡単には占領できないと分からせる。
力戦奮闘する自衛隊・日本を見て米軍が来援してくる。それまで我々は持ち堪えなければならない。
その後、日米で反撃し侵攻した敵を追い返す』と。
他国の攻撃を受けてから、米軍が参戦を決意し、準備して実際に戦闘に参加するまでかなりの時間がかかると思います。
在日米軍のなかで即応戦力として期待できるのは沖縄の海兵隊と横須賀の海軍です。
陸軍は米国本土の部隊であり、予備役の動員や装備・弾薬の輸送など準備に時間を要します。
それまで陸上自衛隊が頑張らなければならないのです」
■予想されるのは徴兵ではなく“緊急募集”
いままさに“時間を稼ぐ”戦いを繰り広げているウクライナでは、市民兵が組織されて数字の上では100万人規模の軍隊が組織されている。
日本でも徴兵が行われることがあるのだろうか。
「日本では法律上、徴兵はできません。市民兵の組織には法律が必要でしょう。
ただ、自衛隊の緊急募集は始まるでしょうね。
年齢制限を広げたり訓練期間を短縮したりしたうえで、あくまでも戦闘は自衛官として行うことになると思います。
組織的な動きは無理でも銃を撃つだけなら数日で習得できますし、ウクライナでも対戦車砲を撃って逃げるようなことはしていますから。
とはいえウクライナのように、100万人もの人が手を上げてくれるかどうかは微妙なところだと思いますが」
スリム化が進んだ自衛隊と同じくらい山下氏が心配しているのが、日本政府に迅速な判断が可能かどうか、だという。
「侵攻作戦を食い止められるかどうかはスピード感ある政府判断にかかっています。
サイバー攻撃や電磁波攻撃が行われた時に敵の侵攻を察知し、敵艦船群が日本に近接した時に防衛出動を下令し地対艦ミサイルに発射命令を出せるのか。
以前に比べて日本の危機管理体制は強化されていますが、やはり時間がかかってしまうのが現実です。
もたもたしていると島を占領されたり住民に犠牲が出ることになりかねません。
有事には政府に素早く適切な判断を期待したいですね」
戦争は起こらないことが一番だが、起きてしまってから準備するのでは間に合わない。
日本にどんな準備が必要なのかは今からでも考える必要があるのだろう。
(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))