意外と誰も答えられない「民主主義」とは何か
2022/03/31 東洋経済オンライン
宇野 重規 : 政治学者
ロシアによるウクライナ侵攻が続いていますが、世界を見渡すとミャンマーやアフガニスタンなど民主主義が脅かされているように見える地域は多くあります。
こうした中、東大教授で政治学者の宇野重規氏は、今後は時代に即して民主主義の形が変わっていくのだと説きます。
本稿では、宇野氏の新刊『自分で始めた人たち――社会を変える新しい民主主義』より、現代における民主主義のポイントを紹介します。
「民主主義」に対するコンセンサスはない
コロナ禍において、有能な専制体制のほうが危機によりよく対応できるのではないかという言説が力を持ちました。
しかし今日、世界はあらためて暴走する独裁者の恐ろしさを痛感しています。
今回のウクライナ侵攻という悲惨な出来事を契機に、民主主義への動きが再び加速することを願っています。
とはいえ、民主主義とはいったい何なのでしょうか。
2021年12月、民主主義サミットが開催されました。
世界各国の首脳が集まり民主主義について議論すること、それ自体は意義深いことです。
民主主義がまさに現在の人類にとって、もっとも重要な課題の1つであることは明らかです。
一方で、どの国が会議に招待され、どの国がされないのか、明確な基準はあったのでしょうか。
また参加している各国のリーダーの間には、「民主主義とは何か」についてのコンセンサスがどれだけあったのでしょうか。それぞれの国が「自分の国は民主主義である」と勝手に主張しているようにも思えました。
民主主義への関心がいよいよ集まる中、議論はむしろ迷走しているかのようです。
私は政治思想史の研究者です。
民主主義の思想を中心に勉強してきました。
とくに好きなのは、後でも触れます19世紀フランスの思想家トクヴィルです。
フランス革命に翻弄された若き貴族でしたが、アメリカに旅立ち、その地での経験を踏まえて書いた『アメリカのデモクラシー』は、民主主義論の古典1一つとなりました。
このトクヴィルまで遡って考えることが、現代における民主主義を考える上でのヒントになると思います。
私は、古い思想家の言葉をあれこれ考えるのが好きです。
彼ら、彼女らの言葉のうちに秘められた深い思考や、熱い情熱に触れたとき、そして現代を照らし出すその洞察力に驚くとき、もっとも幸福な思いに浸ることができます。
その一方、思想家や哲学者の言葉というのは、いわば蒸留酒のようなもので、背後にはその時代の社会のあり方や、そこでの人々の経験があることをいつも痛感します。
そのような背後の社会こそが、いわば、思想の「身体(ボディ)」だと思ってきました。
民主主義論も同じで、多くの人々が政治に参加し、自分たちの社会の問題を自分たちで解決する多くの経験や活動があってこそ、生まれてきた議論です。
そこから私は、民主主義を支える多様な社会的経験に関心を持つようになりました。
テクノロジーが民主主義に与える影響
現代における民主主義を考える上で、ポイントが3つあります。
第1は「デジタル化時代の民主主義」。
急激に変化するテクノロジーが民主主義にいかなる影響を与えるのか、という点にあります。
トクヴィルは『アメリカのデモクラシー』で、郵便と印刷術が、いかに人々の平等化につながったかを強調しています。
特別な場所や立場になくても、多くの人が容易に知や情報にアクセスできることこそが、民主主義の基礎条件になったというのです。
その意味では、現代のデジタル化の進展も、民主主義の新たな可能性を開くのかもしれません。
いわゆる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の話も、単なる技術的変化ではなく、政治や経済、社会のあり方を変えてこそ、意味があります。
今日、政府や大企業は多くの個人のデータや情報を利用することができますが、逆に個人も政府や大企業のデータや情報を利用できるのでなければ、バランスが取れません。
市民が政府のデータや情報にアクセスし、自ら社会的課題の解決に取り組む「オープンガバナンス」の理念の本質はそこにあります。
第2のポイントは「日常に根差した民主主義」です。
私は民主主義とは、選挙に尽きるものとは考えていません。
確かに政党や政治家を選ぶ選挙は民主主義の重要な要素です。
しかし、それだけが民主主義ではありません。
トクヴィルもまた、首都の議事堂ではなく、地域の無名の市民による自治の活動に、民主主義の原動力を見出しています。人々が自分たちの社会のことを、自分たちの力で解決していく。
そのような経験を積み重ねている点に、民主主義の強みがあると論じているのです。
現代でいえば、地域の社会的課題の解決を市民自らが提案するオープンガバナンスの理念は、まさにトクヴィルのいう民主主義の現代版です。
そこで取り上げられる課題は、貧困や格差、環境や健康、労働や福祉など、まさにSDGsにおいて掲げられた諸課題と一致します。
このような諸課題を、政府や企業、研究者やNGO/NPOなどと連携し、市民自らが解決していくことこそが、現代にふさわしい民主主義といえるでしょう。
もし仮に、多くの人が民主主義を学校の教科書で習う「お勉強」、単なる理想や制度の問題として捉えているならば、残念なことです。
自分たちの社会の問題を、自分たちの力で解決していくのが民主主義です。
いわゆる「政府」や「役所」も、そのための手段に過ぎません。
自分たちと遠い存在であったり、ましてや「お上」として敬遠したりしてはならないのです。
私たちは今こそ、民主主義を自分たちのものにする必要があります。
そのためには日本の過去の知恵を借りる必要もありそうです。
経営者とは違うリーダーシップ
第3のポイントは「社会を変える人の力」です。
私はオープンガバナンスに関わる人々や全学体験ゼミナールで出会った方たちの「人間力」に強い印象を受けました。
そのような人たちに共通するのは、平場で発揮される強いリーダーシップでした。
それは、必ずしもいわゆる「社会的地位」に付随するものではありませんでした。
政府や企業などの組織におけるポジションとは別の、何かその方の人格に根差す「人間力」のようなものが重要な働きをしている、そう感じました。
そのような人たちは、他の人に命令しません。むしろ人の話をよく聞きます。
人にお膳立てしてもらうのではなく、自らが率先して動きます。
その情熱と行動、そして何より魅力的な「言葉」で人を動かしていました。
私は経営学の教科書などに出てくるリーダーシップとは違う何かを、現場で常に感じてきました。
そのような人たちが、この社会にはまだたくさんいる。あるいは若い世代を含め、むしろ増えている。このような驚きと喜びが、今回の本を支える大きなモチベーションになっています。
そのような方たちから学び、そして応援したいということも、この本の大きな柱です。
世界は変わり続けていきます。
民主主義もそれに伴い変わる必要があるでしょう。
それには、1人ひとりが考え、行動する力が不可欠です。
デジタル化を使いつつ、やはり大切なのは日常に根ざした民主主義の活動です。
今こそ現代日本社会にふさわしい、新たな民主主義論を生み出すときではないでしょうか。
これを読まれた皆さんも、ぜひ新たな民主的な政治参加の文化の確立に加わってください。
「社会を変える人の力」を結集しましょう
どこかの現場でお目にかかることを心待ちにしています。