1年目の非正規教員が「自己流」で教壇に立つ異常
初任者研修すら受けられず担任を持つ教員たち
佐藤明彦 : 教育ジャーナリスト
2022/07/30 東洋経済オンライン
公立学校では非正規雇用の教員が増え続けている。
その数は全国の公立学校で5〜6人に1人に上る。
教師という職業に、いったい何が起きているのか。
特集「『非正規化』する教師」の第6回は、初任者研修すら受けられずに教壇に立ち続けざるを得ない非正規教員の現実に迫る。
首都圏の公立小学校で非正規教員として働く香川隆二さん(仮名)は、教員1年目のときのことが忘れられない。
大学4年の時に教員採用試験を受けたが不合格となり、翌年は地元の小学校で臨時的任用教員(常勤講師)として働くことになった。
だが、その1年目は散々なものだった。
「2年生の学級担任になりましたが、何をやってもうまくいきませんでした。
日々の授業も、子どもたちへの指導も自己流、見よう見まねでやっていましたからね……。
すぐに学級崩壊に近い状態となって、教頭先生にもクラスに入ってもらいながら、何とか1年を乗り切りました」(香川さん)
小学校では常勤の非正規教員の大半が1年目から担任を持つ。
比較的落ち着いたクラスを受け持つケースが多いが、時に校内人事のなりゆきで難しいクラスを持たされることもある。
何の研修もないまま、教壇に立ち続ける
「非正規教員は、何の研修も施されないまま、教壇に立たされ続けます。
そんな仕組み自体に無理があるのではないでしょうか」と香川さんは振り返る。
結局この年はクラス運営で手一杯となり、教員採用試験の対策時間もろくに取れず、不合格となってしまった。
香川さんの学校にはもう一人、1年目の教員がいた。
同じ大卒だが正規採用、そのため「初任者研修」があり、校内でメンター役の教員から指導を受けたり、時に教育センターに出向いて講義を受けたりしていた。
「同じ1年目でも、職場での扱いがまったく違っていました。
向こうは大事に『育成』されているのに対し、こっちは完全に『放置』されている感じです。
当時は、『試験に合格できなかった自分が悪い』と思っていましたが、今思えば少し酷い扱いだと思います」(香川さん)
小学校の教員は、年間1000コマ近い授業を一人で受け持つ。
授業内容はどれ一つ同じではなく、すべての授業に入念な準備が必要となる。
30〜40人もの子どもたちを統率しながら、これら一つひとつの授業を成立させていくためには、高度な技能を要する。
だが、どの教員も大卒1年目から学級担任を任される。
考えてみれば無理のある話で、民間企業で言えば新入社員が一人で得意先を回るようなものだ。
だからせめてもということで、1年目に初任者研修が行われ、後追いでの「育成」が行われる。
初任者研修は、国が自治体に義務付けている法定研修で、校内で年間300時間、校外で25日間の研修が行われる。
内容は授業に関わることから服務に関することまで幅広く、教員として必要な知識やスキルをみっちりと叩き込まれる。「300時間+25日間」というボリュームを見ても、一人前の教師にするべく手厚く育てていこうという意図が感じられる。
ところが、同じ1年目でも非正規教員には初任者研修がない。
最近は、各自治体が独自に研修を実施しているケースもあるが、その内容は初任者研修とは比べ物にならないほど薄い。
放置された結果、1年も経たず辞めていく人も
この状況について、あるベテラン教員が次のように指摘する。
「研修も施さない人間を教壇に立たせること自体、公教育としての責任を果たせていない。
正規であろうと非正規であろうと、子どもたちを相手に授業をするという点では同じですからね」
また、別のある小学校の中堅教員は、「採用側に非正規教員を『育成しよう』という意識はありません。
放置された結果として、1年も経たずに辞めていく人も少なくありません」と話す。
一般的に1年以内の退職は職業的な「ミスマッチ」によって起こる。
だが、公立学校においてはこれが「放置」によって生じているとすれば、看過できない。
こうした状況を改善する方策の一つとして、常勤の非正規教員にも初任者研修を課し、後に正規教員になった際には免除するということが考えられる。
極めて合理的な仕組みで、公教育としての責任を果たすうえでも理にかなっている。
だが現状、そうした制度の導入は検討されていない。
なぜ、そうしないのか。前出の中堅小学校教員に聞いてみたところ、次のような答えが返ってきた。
「そんなことするはずがありません。できが悪ければ切り捨てればいいと考えているわけですから。
非正規教員は、あくまで臨時的な穴埋め人員にすぎない。そんな人間にお金と手間をかけて研修を施すなんて考えは行政サイドにありません」
教員不足解消のためにも研修が必要
非正規で雇っている人に対する研修や教育は、その人を「見習い」と捉えるのか、「臨時的な穴埋め」と捉えるかによって変わってくる。
公立学校の場合、非正規教員の大半はいずれ正規教員になることを目指し、見習いとしての意識で働いている。
にもかかわらず、雇用する側が臨時的な穴埋めとしか捉えていないとすれば、両者の間には大きな意識の隔たりがあることとなる。
もちろん、1年目の非正規教員にも初任者研修を施すとなれば、相応のコストと人員が必要となる。
だが、実施すれば非正規教員の職務状況が改善され、離脱する人が減る可能性も大いにある。
現状の教員不足の解消という点でも検討すべき課題であろう。