「日雇いバイト」で食いつなぐ40代教員の生活困窮、生活保護を受ける非常勤講師も
佐藤明彦 :教育ジャーナリスト
7/31(日) 東洋経済オンライン
公立学校では非正規雇用の教員が増え続けている。
その数は全国の公立学校で5〜6人に1人に上る。
教師という職業に、いったい何が起きているのか。
特集「『非正規化』する教師」の第7回は、非正規雇用の一形態であり、待遇面で最も厳しい非常勤講師にスポットを当てる。
「日々の授業だけではとても食べていけません。
だから教壇に立ちながら、日雇いのアルバイトをするなどして生活してきました」
近畿圏の高校で保健体育を教える村井真由美さん(40代、仮名)は、これまでの教師生活をこう振り返る。
教師として働き始めて20年以上のベテランだが、学校の仕事だけでは生活が立ち行かないという。
それは村井さんの勤務が「非常勤」だからだ。
学校で働く非正規教員には、常勤で働く「臨時的任用教員(常勤講師)」などのほかに、授業だけを受け持つ「非常勤講師」がいる。
報酬は時給制で、概ね2500円〜2800円と一般的なバイトに比べれば悪くないが、持てるコマ数に限りがあることから、月収が20万円に届くことはほとんどない。
■工場やスーパーのバイトで食いつなぐ
村井さんも平日はほぼ終日学校にいるが、月収は11〜12万円程度にしかならない。
税金や社会保険料などを支払うと、生活を維持するのは厳しいという。
「過去には、印刷会社の運搬業務、工場のライン作業などのバイトもしました。
スーパーの福引コーナーで大声を上げながら鐘を鳴らしたときは、生徒や保護者に見られないかと冷や汗をかきました」
村井さんは、これまでの日々をそう振り返る。
学校では教師として毅然と振る舞い、生徒に慕われながらも、学校の外では時に「人に見られたくない姿」もさらしてきたという。
「教師になろうと思ったのは高校時代です。体育の先生に憧れて、私も生徒ときちんと対話ができる、心の温かい教師になりたいと思いました」
今から20年以上前、そんな夢を抱いて教師を目指した村井さんだが、その後の道のりは苦難に満ちたものとなった。
当時、教員採用試験の競争倍率が今とは比べ物にならないほど高く、特に高校の保健体育は倍率が数十倍となることも珍しくなかった。
村井さんは採用試験に合格できないまま、十年数年の日々を過ごすこととなった。
その間は非正規教員として働いてきたが、常勤にありつけた年もあれば、非常勤しかありつけなかった年もあったという。
苦しい生活が続く中で、10年ほど前に村井さんは教員を辞め、民間企業の契約社員となった。
だが、数年前からは再び学校で働くこととなった。
生徒たちとの心温まる瞬間を思い出し、ふと「戻りたい」と思ったのだという。
■生活保護を受ける非常勤講師も
村井さんは現在、3つの高校に勤務し、1日3〜4コマの授業を受け持っている。
担当する授業が連続していないため、いわゆる空き時間も発生するが、その間の報酬は一切発生しない。
週当たりの持ち時間は計19コマと、非常勤講師としては少ないほうではない。
月換算だと76コマに上り、本来なら月収は20万円前後となるはずだ。
それなのに、なぜ11〜12万円にしかならないのか。持ち時間どおりに報酬が得られない理由を村井さんはこう説明する。
「通っている学校の中には、緊急の保護者会などで頻繁に授業がなくなる学校もあります。
直前に時間割が変更されることも珍しくありません。
定期考査や行事などで授業が消えることもあります」
加えて、夏休みはほぼ休業状態となり、生活は困窮を極めるという。
幸い昨年度は常勤だったため、今はその貯えを切り崩しながら生活しているが、「このままでは近いうちに貯金も底をつく」と話す。
驚くかもしれないが、非常勤講師では生活が成り立たず、生活保護を受けている人もごく稀にいる。
日頃は毅然とした姿で授業をしている教員が、実は社会的弱者として国の保護を受けていると聞いたら、子どもや保護者はどう思うだろうか。
数年前、久しぶりぶりに学校へ戻って来た村井さんは、労働環境が以前とは比べ物にならないくらい劣悪になっていたことに驚いたという。
「多忙さには拍車がかかり、細切れの勤務で収入は減り、人間関係もぎすぎすしたものになりました。
教師という仕事への愛着はありますが、このまま続けていくのは経済的にも精神的にも厳しいものがあります。
今は、もう一度民間で働くことも考えています」
非常勤講師を取り巻く状況は、ここ10年くらいの間で大きく変わった。
村井さんが働く自治体ではかつて、非常勤講師は固定給で月額20万円近くあった。
そのため、たとえ行事等で授業が消えても、それで収入が減ることはなかった。
これが時間給に変わったことで、多くの非常勤講師の生活は困窮を極めることとなった。
■非常勤講師の収入が減っている
非常勤講師一人当たりの持ち時間も減少傾向にある。
「ゆとりある教育を求め全国の教育条件を調べる会」(調べる会)の調査によると、2010年は2万263人だった小中学校の非常勤講師の実数が、2020年には2万8324人と、約1.4倍に増加している。
ところがその間、非常勤講師が受け持つ授業の総数は、ほとんど変わっていない。
これはすなわち、非常勤講師一人当たりが担当できる授業数が減り、収入が減っていることを意味する。
調べる会の調査によると、以前は常勤一人あたりの業務を3人程度で分割していたのが、現在は4人程度で分割するようになったという。
「調べる会」のデータは小中学校が対象だが、高校でも同様の状況が起きている可能性は高い。
背景には2001年の義務標準法の改正、2004年の総額裁量制の導入などにより、各自治体が非常勤講師の雇用と柔軟な配置をしやすくなったことが影響している。
「今の状況では、普通にアルバイトをしたほうが生活は安定します。
でも、非常勤とはいえ、生徒との交流を通じて得られる喜びや充実感を得られる瞬間はあります。
だから、離れたくないという気持ちもあって悩んでいます」(村井さん)
厳しくても「充実感を得られる瞬間があるからやめられない」との話は、正規・非正規を問わず、多くの教員たちから聞く。
仕事の充実感を引き換えに、理不尽な待遇で雇用し続ける「やりがい搾取」によって、現在の公立学校は維持されている。