私が安倍元総理に「耳が痛い」話でも進言できた訳
内閣参与時代に実践した「正論の通し方」とは?
藤井 聡 : 京都大学大学院工学研究科教授
2022/09/09 東洋経済オンライン
人は誰しも会社や社会に対して、「こうあるべき」「こうしたほうがよくなるはず」という思い=正論を持っていることでしょう。
しかし、そうした思いを会社や上司に伝えても、得てして相手に煙たがられたり、無視されたりしがちです。
結局、主張するのをあきらめてしまう人が多いのではないでしょうか。
「そこで引き下がってはいけません」と言うのは、京都大学大学院教授の藤井聡氏です。
同氏はこれまで大阪都構想への反対や積極財政への転換など、自身が正しいと思うこと=正論を数々論じてきました。
はじめは見向きもされなかったこれらの主張は、次第に共感を呼び、最後は多くの人の心をつかみました。
どうすれば、藤井氏のように人の心をつかめるのか。
同氏の新刊『人を動かす「正論」の伝え方』をもとに、ビジネス社会で使える正論の伝え方、通し方について3回にわたり解説します(第2回/第1回)。
「上司のため」という気持ちが大事
よくプロ野球の選手が「優勝して、監督を男にしたい」という言葉を使います。
この言葉や気持ちというのは、組織の上下関係としてはとてもいいものだと思います。
自分のために優勝するのではなく、監督のために優勝したいという気持ち。 ビジネスの世界も同じです。
「営業成績を上げて、この部署をナンバー1にしたいですね」など、上司や組織を上に上げたいという気持ちを前面に出すのです。
結局、どんなに正論だろうと、最終的には人は感情で動くことを忘れてはなりません。
ですから、私は自分の意見を通そうとした場合、この人は自分の味方にしておかねばならないという人に対しては、まずその人と仲良くなろうとします。
ただし、ただ単に尻尾を振っているだけでは絶対にダメです。
それではただの太鼓持ちに過ぎません。
そうなれば、こちらの思い通りに振る舞ってくれることがほとんどなくなってしまいます。
我々が上司を侮ってもいけないし、上司に侮らせてもいけないのです。
いったん上司に侮られてしまうと、必ず足元を見られてしまいます。
そして軽く見られておしまいです。
最終の目的は、上司に好かれることではありません。
その先に、本来の目的がある。
つまり「正論を通す」という大義がなければなりません。
その意味で、しっかりと「自分の意見を言う時は言う」ことが大切です。
もちろん、その意見が場当たり的なものであってはなりません。
正論も正論、ド正論でなければならない。
筋が一本通っていて、それが自己保身や私利私欲からのものではなく、組織や社会全体のためになるものでなくてはなりません。
実際、安倍内閣の参与だったときには、安倍総理に何度か意見をしました。
ただし、皆の見ている前で、「総理、それは違います」なんて、メンツを潰すようなことは絶対にしません。
皆の前では、「総理、総理」と持ち上げていてもいいのです。
ただ、誰も見ていない裏に回ったときに、総理にとって耳が痛いことでも換言します。
それが自己保身や私利私欲からではなく、本当に正論であれば、「なるほど、こいつは本当のことを言うヤツだな」と信頼を寄せてくれるはずです。
逆にそのときに、素直に受け取ってもらうために、ふだんから関係性を築いておく必要があると言えるのです。
諫言しても煙たがられることなく、むしろ信頼される関係を築いておく。
そのために、ふだん「振るべき尻尾」は振っておいて、何ら傷つくものではありません。
賛成してもらうための準備・仕掛け
私が安倍晋三さんに政策を提言するようになったのは、古くからの知り合いである自民党議員の西田昌司さんに、当時、一議員に過ぎなかった安倍さんを紹介されたことがきっかけでした。
そのとき私は『公共事業が日本を救う』を出版し、国会議員に解説して回っていました。
当時、自民党内で総裁選に打ち克ち、民主党から政権を奪取し、第2次安倍内閣を構想していた安倍さんに対して、「デフレ脱却」と「国土強靭化」を主張することは、総裁選の対立候補者との大いなる「対立軸」を作り出し、有利に働くと同時に、衆議院選挙においても民主党との対立軸を鮮明化させ、同じく有利に働くに違いない、という主旨で説明しました。
そうしたところ、安倍さんはこの主張に大いに賛同されたのです。
そして、総裁選、そしてその後の総選挙でも、私の主張である「デフレ脱却論」「防災論」「インフラ政策論」を大いに主張いただくことになったのです。
そしてそれは、安倍内閣誕生時に「アベノミクス」と「国土強靱化」という名称の政策へと昇華していったわけで、それをサポートするための官邸メンバーとして、私も内閣官房参与を拝命することになったわけです。
ちなみに、私の提言が聞き入れられたのは単なる偶然の話ではありません。
再び総理に返り咲くための総裁選に打って出ようとしていた安倍さんはいま、何を求めているのかをイメージしたうえで、安倍さんに理解してもらいやすいように論理を構成したことが、こうした正論を通すにあたって大いに影響したものと思います。
その意味において、私のデフレ脱却・防災・インフラ論は、安倍さん自身が朧気に想定していたイメージでもあったのです。私の仕事は、それをより具体的に、かつ包括的なものに仕立て上げたというものだったと言えるでしょう。
したがって、安倍さん本人の主観から考えれば、もともと考えていたことを藤井さんに詳しくまとめてもらった、と感じていたとしても不思議ではありません。
というか、そういうように思ってもらうように、こちらの正論を解説したわけです。
安倍さんが賛同してくれたことが、デフレ脱却・防災・インフラ論が正論として世間に届く大きな契機となったわけで、それによって国土強靱化基本法ができ、担当大臣が設置されると同時に、デフレ脱却論はアベノミクスという形でまとめられていきました。
こうして安倍さんに、デフレ脱却論などを理解してもらった後は、その事実、つまり「安倍さんが、この正論の実現を望んでいる」という事実を、参与としてさまざまな人に伝え、安倍さんが通そうとした正論を敷衍する「お手伝い」を、内閣官房参与として進めていったわけです。
どんな世界であれ、組織の中で自分の意見を通すとなれば、相応の戦略が必要です。
基本は上の立場の人間が採用したくなる装いをすることです。
ひと目で見てその内容がわかり、上司の志向ややろうとしていることに反せず、むしろそれを補強する内容であることが大切なのです。
心のある上司を巻き込む 私の場合は、安倍さんにかなり初期の段階で提案し、理解を得たことがその後の展開にいい影響を与える結果となりましたが、皆さんの場合も同じだと思います。
直属の上司か、あるいはもっと上の人に持っていくか、自分の組織に合わせた選択をするべきでしょう。
上司のなかに心ある人がいるなら、その人に正論を理解してもらい、その人を軸に正論の敷衍活動を展開する――これは、どこの組織でも通用する、極めて一般性の高い正論の通し方ということになるものと思います。
もちろん、ことはそうやすやすと運びません。
どうしようもない上司ばかりということもあるでしょうし、理解してもらった上司が力がない人だったということもあるでしょう。
ただし、こうした展開を企図するうえでの大前提があります。
それは皆さんの主張が「正論」でなくてはならないという点です。
美しい和音を聞けば、誰もが美しいと感ずるように、それが「正論」であれば、相手が素直でありさえすれば、誰もが共感せざるを得なくなるのです。
それこそが、正論の「強さ」なのです。