高齢者の不安や孤独に「寄り添う」悪徳商法10選
90万円のリフォーム工事で321万円請求の驚愕
井艸 恵美 : 東洋経済 記者
2023/04/05 東洋経済オンライン
「オレオレ詐欺」をはじめとする特殊詐欺の被害に遭うのは、大半が高齢者だ。
なぜ高齢者が狙われるのか。
4月3日発売の『週刊東洋経済』の特集「狙われる高齢者 喰い尽くされる親のカネ」では、高齢者が詐欺や悪徳商法に狙われる社会的構造と、加害者たちの実像に迫った。
親の資産防衛マニュアルも収録。
家族を被害から守るための完全保存
住宅の床下に潜りながら、男はまくし立てた。
「もうジュクジュクでございま〜す。湿り気たっぷり。カビだらけ! こんなんほったらかしたら、ほんまに体も悪くなります」
床下点検に来たリフォーム業者の男だ。
この点検をきっかけに、大阪府在住の吉永慶子さん(仮名、73)は約300万円の工事を契約させられた。
経緯はこうだ。
吉永さんの家に電話があったのは、2019年1月のこと。「床下の点検に来たいという電話でした。数年前にしてもらったシロアリ予防工事の点検だと思い、そう尋ねると相手は否定しませんでした」と吉永さんは言う。
放置すれば病気になる 訪れた業者は以前の工事業者とは無関係だった。
床下に潜り、中の映像をテレビに映しながら「放置すれば病気になる」と不安をあおった。
吉永さん宅は築52年の木造2階建て。軽度の障害がある40代の息子と2人暮らしだった。
「このまま放っておいて家が傾いたら困る。私がおらんようになっても、息子がこの家で暮らしていけるようにと思って」 業者が提示した工事費用は約90万円。
一括で支払うつもりで契約書にサインした。
工事当日の朝、業者はトラック2台と軽自動車2台という大所帯で訪れた。
その日現れた社長が床下に入ると、「大変や。このままだと家がガタガタになる」と言って、調湿剤の散布や床下換気扇の設置など追加工事を勧めた。
吉永さんは「お金がない」と断るも、社長は「来年はもっとお金がかかる。分割で払えばいい」と食い下がる。
トラックには900キログラムもの調湿剤を含む大量の機材が積まれていた。
7人ものスタッフに囲まれた吉永さんは工事を断り切れなかった。
「後から考えればおかしいと思うけど、そのときはあっという間に話が進み、娘に連絡する時間もありませんでした」と吉永さん。
業者が契約書を作り直したのは、工事が進み、日も沈んだ頃だ。
吉永さんに以前作成した契約書を出させると、その場で破いて持ち帰った。
作り直された契約書は調湿剤以外に外壁やベランダ、防水の工事まで含まれ、総費用は321万円に上った。
工事から4日後、吉永さんは友人に相談し、クーリングオフを行おうとした。
訪問販売は契約日から8日以内であればクーリングオフができるからだ。
ところが、業者が工事当日に作り直した契約書の日付は、最初に点検を行った日付(14日前)になっていた。
それを理由に業者はクーリングオフに応じなかった。
吉永さんは不法な勧誘で契約を余儀なくされたとして、業者に損害賠償を求める訴訟を起こした。
大阪地方裁判所は2022年9月、客観性に欠ける点検や工事内容の拡大を不法行為と認め、吉村さんはすでに支払った90万円も取り戻した。
個別の被害回復には限界
吉永さんの代理人を務めた川本真聖弁護士は、「契約書に署名押印があれば自己責任だと考える裁判官もいる。証拠が手薄なことや裁判の負担から泣き寝入りしてしまう高齢者は多く、個別の被害回復には限界がある」と言う。
国民生活センターが注意喚起をする高齢者に多いトラブル10選の中でも、トップに挙げられているのが住宅修理だ。
一軒家では屋根や床下、マンションでは給湯器、つまり住民には見えにくい部分が狙われやすい。 東京都は今年1月、給湯器の点検を持ちかけ工事を契約させたリフォーム業者に、業務停止命令を下した。
相談件数は73件で、最高契約額は1450万円だった。
処分された業者はマンションの定期点検だと思わせ、「給湯器が水漏れしている」とうそを伝えていた。
東京都消費生活部の西尾由美子担当課長によると、被害者宅は築20〜30年のマンションが多く、高齢者単身世帯か、昼間は高齢者しか家にいない世帯だった。
「電話で訪問アポイントを取り付けていることから何らかの名簿があるとみている」(西尾課長)
元警官が架空請求被害に
詐欺被害者の心理に詳しい立正大学の西田公昭教授は、「後で客観的に考えればありえない状況なのに、その場にいる人の判断を重視してだまされることは、誰にでもある」と指摘する。
まさに「ありえない」と思える事件が起きた。
福岡県暴力追放運動推進センター(福岡市)は3月20日、業務に使うパソコンが一時乗っ取られるという被害に遭った。
暴力団とのトラブルを抱えた相談者など、延べ3500人の個人情報が外部に漏れた可能性がある。
60代前半の職員がパソコンを操作していたところ、「ウインドウズセキュリティーサービス」を名乗る案内が表示された。「ウイルスに感染してしまった」と焦った職員は表示された番号に電話をかけ、パソコンを操作したところ、遠隔操作に切り替わった。
電話口の男は2万円を請求したことから、架空請求詐欺未遂とみられる。
職員は、住民の相談を受ける県警OBだ。
同センターの事務局長は「普段は不審なメールは開かず、本当に用心深い人だ」と話す。
パソコンのサポート詐欺や架空請求も高齢者がよく遭う被害だが、暴力団や詐欺の手口に詳しい元警察官ですら見抜けなかった。
インターネットに関連する高齢者の被害は増加している。
顕著なのがネット通販の定期購入だ。
スマートフォンの画面に「初回無料」「サンプル」と大きく表示された商品を購入すると、2回目以降から高額になる定期購入品だったという手口だ。
東京都消費生活総合センターの村淳子課長は、「解約期間が短く設定され、解約するのも難しい」と指摘する。
ネット通販の被害相談では化粧品についてが最も多く、次いで健康食品が多い。
同センターによると、魚介類の購入を強引に勧める電話勧誘も増えているという。
毎月カニが送られる
全国消費生活相談員協会に寄せられた相談では、一人暮らしの高齢女性に毎月カニが送られていた。
納品書もなく、契約した経緯もわからなかったという。
こうした被害に遭いやすい一人暮らしの高齢者は増え続け、女性の単身世帯は2割を超えた。
認知症など判断力が不十分な高齢者からの相談のうち、訪問販売と電話勧誘販売が約半数を占める。
消費者被害に詳しい釜井英法弁護士は、「被害の現状に合わせて特定商取引法を見直す必要がある」と指摘する。
特商法では、訪問販売業者は「契約を締結しない旨の意思」の表示があった場合、再度勧誘してはならないことになっているが、意思表示の対象や内容が明確になっていない。
日本弁護士連合会は、電話勧誘を拒否する消費者を事前に登録する制度の導入や、訪問や電話勧誘販売を行う事業者を登録制にするといった改正を国に求めている。
前出のネット通販についての消費者相談は販売形態別で27%(2021年)と最多だが、現行法ではクーリングオフの適用外だ。
日弁連は、SNSなどネットを通じた勧誘にも適用すべきだとしている。
全国の消費生活相談件数は2004年度をピークにいったん減少するも、2008年以降は高水準で推移している。
消費者庁の推計によると、消費者被害やトラブルで支払われた金額の総額は約5兆9000億円(2021年)に上る。
この推計値には高齢者の「潜在被害」も上乗せされている。
高齢者の被害は本人が被害と気づかず、相談しないことが多いからだ。
実際、高齢者の場合、家族や周りの人が被害に気づくことが多い。
貴金属を低価格で買い取り
九州地方で一人暮らしをする男性(80代)は、訪問買い取り業者に、時計1本と貴金属6点を合計3万円という安値で買い取られた。
妻の形見の指輪も含まれていたという。
偶然、介護ヘルパーがその場を目撃したことから発覚した。
貴金属を不当に安く買い取る「押し買い」は、「何でも買い取る」と伝えて訪問、最終的に高価な貴金属を出させるという手口だ。
その男性の生活支援を担う家族代行サービス会社・LMNの遠藤英樹代表は、「ヘルパーが気づかなかったら、被害はわからないままだったはず」と言う。
押し買いというと乱暴なイメージがあるが、買い取り業に精通した業界関係者によると、訪問営業マンの特徴は「感じがよくて優しい、高齢者に寄り添ってくれるような人」だ。ゆえに「だまされた」とは感じにくい。
「悪徳商法や詐欺は相手の不安をたきつける。
誰でも1つは当てはまる健康やお金、親子関係の不安、そして孤独だ」(西田教授)
高齢者を孤立させれば、不安や孤独に「寄り添う」悪徳業者の思うつぼだ。