職員が告白、「介護業界」隠蔽体質が招く大量離職
元会社員の転職組が出世して事なかれ主義に
栗田 シメイ : ノンフィクションライター
2023年05月20日 東洋経済オンライン
「利用者のことを考えられるまともな職員から辞めていく。それが今の介護の現状です」
介護歴14年、都内で介護職に従事する田中さん(仮名・30代)はこう嘆息する。
厚生労働省が発表したデータによると、2019年時点での介護従事者の数は約211万人。
2000年は約55万人だったことを踏まえると、20年間で約4倍に膨れ上がった。
しかし少子高齢化が加速する日本において、2040年には約280万人の従事者が必要だという概算も出ている。
外国人の非正規雇用の増加、一部職員による利用者への暴力行為、職員が転職を続けざるをえない構造とは。現場の声に耳を傾けると、介護を取り巻くリアルが見えてきた。
退職理由は人間関係のもつれ
田中さんは神奈川、都内の施設を転々としてきた経歴を持ち、現在の職場が5施設目だ。
もともとは関西の出身だが、映像関係の仕事を志し上京。
現在は、映像関連の作品を制作しながら介護職で生計を立てている。
この14年で5施設目という数字は、「業界では多くもなく少なくもない」という。
退職理由はいずれも人間関係のもつれだ。
そのうち2度は、横柄な上司を殴打したゆえの退職だった。
殴ったという行為に対して後悔はあるというが、田中さんの退職を機に不満を抱えていた職員が大量離職したことは、施設にとっては良かったはずだと振り返る。
「当時のリーダーは、マニュアル通り以外のことはするな、という人でした。
『この利用者は生意気だから放っておいていい』『この人の家が払っている金額ではこれくらいの介護でいい』と言ったことを平気で職員に言っていた。
利用者にあざがあることを発見し、職員から暴行を受けていたであろうことを報告しても、『黙っていればわからないから』と聞いた時は呆れかえってしまいましたね」
我慢ができず行動に移した際も、問題を表沙汰にしたくないという理由でお咎めなしだった。
そういった体質も不信感を持った理由の1つでもあった。
「まともに仕事をしないだけではなく、保身のためだけに隠蔽を図っていたことにも我慢ならなかったんです。
私に呼応した多くの職員が反旗をひるがえして辞めましたが、今でもまだ現場のリーダーとして施設に残っている。
問題がある施設ほど事なかれ主義。
親族や利用者のことを考えるとゾッとするような施設も一部では残っているんです」
これまで特別養護老人ホーム(特養)、介護老人保健施設(老健)など、有料老人ホーム以外の施設で働いてきた。
その経験を踏まえ、施設の種類こそ違えど、本質的な問題に大きな差異はないというのが田中さんの考え方だ。
元サラリーマンが転職してくる
介護業界に“流れてくる”人は、別業界からの転職組も少なくない。
むしろ近年は、元サラリーマンなどの中年層が増加傾向にあった。
こういった転職組ほどたちが悪いと感じる職員が現場には一定数存在する。
「介護の仕事の特徴として、一生懸命に働くよりも、ある程度流せる人のほうが同じ施設で長く働ける傾向があります。
元会社員の人たちは、総じてもともとこの業界で働く人たちを下に見ているようなふしがあり、仕事はサボるくせに“上”の立場の人間にはヘコヘコするからリーダーなどある程度の立場になっていきやすい。
施設長よりも、現場を取り仕切る介護士のリーダーの“質”で施設の運営は大きく変わる。
離職率の高さは、こういったリーダーを含めた管理職の人間性が一因になっています。
それが利用者視点であれば話は変わってくるんですが、そうではない現状に問題があるんです」
前提として基本的に真面目な職員の割合が多い、と田中さんは感じている。
一方で、人間関係のもつれから、陰湿なイジメやパワハラにあって泣く泣く仕事を辞めていった職員も多く見てきた。
そこにも介護業界ならではの事情があるという。
「他の業種と比べて、利用者とのコミュニケーションや衛生面でどうしてもストレスが溜まりやすいのがこの仕事の特徴。
そのストレスを、同胞に向ける人間が多くいるのも現実としてあります。
『こんなに若いのに他の仕事はなかったの』『大学まで出て何で介護の仕事を』など心ない言葉を若い子に話して、悦に入る職員も珍しくありません。
人一倍真面目に働いていた新人に対して、自分はクビになって介護業界に来た人が『外の世界はこんなに甘くないぞ』と、説教していたこともありましたね」
介護は一人の利用者に対して多くの職員が関わる仕事でもある。
それゆえに、一人がサボることで他の職員たちが尻拭いをするという形になっていく。
そういった小さなゆがみが、施設全体で大きな問題となるケースもある。
過去に働いた施設の中では、明らかな問題行為があったことも見てきた。
例えば介護現場では原則禁止とされている、身体拘束もその1つだ。
身体拘束が行われることも 「親族の要望で、『コケて骨折してほしくないから拘束具をつけてほしい』と言われることも多々あります。
もちろんバレたら免許停止ものの違反行為ですが、中には監査が来ないタイミングで拘束具を使用している施設もあった。
こういった施設は明らかに人手が足りず、苦肉の策として拘束具に頼らざるをえなかったということもあり、善しあしの判断は難しいんです。
介護現場では、頑張っても頑張らなくても給料が変わらないという側面が強い。
真面目に利用者のことを考えて向き合いすぎても、うまくいかなかった時の爆発や反動が出る。
そういったジレンマを抱えながら働く職員は少なくないです」
もっとも介護士を取り巻く仕事は、少しずつながら改善傾向にある。
例えば給与面を見ると2009年時点で月給25万7880円だった平均給与は、2021年には32万3190円まで賃上げされている(厚生労働省の「介護従事者処遇状況等調査結果」より)。
労働内容や需要を考えると十分な報酬を得ているとは言い難いが、労働環境の意識は変わりつつある。
特に近年目立つのが、外国人介護従事者の増加だ。
明らかに現場には変化が生まれているという。
「慢性的な人手不足が叫ばれてきた介護業界において、少し前までは40代や50代の転職者も珍しくなかった。
今は真面目でよく働く外国人の労働者が増えたことで、施設もそこに頼っている面がある。
そのため、今は面接で落とされる中高年の割合が増えてきているとも感じます。
中でも元会社員組に関しては、施設もプラスにならないと判断することが増えたのか、かなり落とすようになっている。
利用者の対応などを見ていても、変なプライドを持っている中年男性よりも、多少言葉に難があっても一生懸命働く外国人のほうが有益なことも多い。
今は都市部だとだいたいどの施設にも外国人の介護従事者がいるという感覚です。
その反面『外国人頼み』となる施設が今後どんどん増えていくのではないか、という危惧もあるのですが……」
マルチワークとしての介護職
こういった状況も踏まえて、介護従事者たちの意識にも年々変化の兆しが見えている。
それは、常勤の職員ではなく、非常勤の職員として働き、他業種との掛け持ちや、複数の施設で働くような働き方をする者も出てきたことだ。
つまりマルチワークとして介護職を選択する概念も生まれているということだ。
「合う合わないがはっきりしており、肉体労働ではありますが、慣れると実はそこまで苦にならない。
若い世代には『非常勤のほうが稼げる』と言って、複数の施設を掛け持ちする子もいますね。
一方で、時折『利用者の方にお小遣いを貰った』というような会話が聞こえてくるなど怖さもある。
1つ言えるのは、以前のように『誰でも出来る仕事』というイメージや、中高年の受け皿としての側面が強い職種ではなくなりつつあることでしょう」
もちろんこれらはあくまで田中さんが見てきた業界のほんの一部でしかない。
しかし、掘れば掘るほど話は溢れ出てくる。介護業界が抱える闇は決して浅くはないのだろう。
「それでも、利用者の話を聞くのはためになるし、自然と情も湧いてくる。
たぶん自分はこの仕事が決して向いてはいないけど、嫌いじゃないんだと思いますね」
まさか自分がここまで長く続けることになるとは思わなかったですよ、と田中さんは少し自嘲気味に笑ってみせた。