無宗教の日本人が「スピリチュアル」にはまる謎
2000年以降の江原啓之ブームは何だったのか
井艸 恵美 : 東洋経済 記者
2023/07/21 オンラインオンライン
安倍晋三元首相が銃弾に倒れて1年。
旧統一教会問題(世界平和統一家庭連合)やエホバの証人など、新宗教の問題がクローズアップされてきた。
一部の宗教が批判にさらされる一方、パワースポットや占い、癒し、スピリチュアルをテーマにしたイベントの人気は衰えない。
その根底にあるのは、「霊を信じるが無宗教」という日本人のメンタリティだ。
オウム事件以降、2000年代から本格化した癒しやスピリチュアル・ブームの背景について、スピリチュアリティ研究が専門の東京大学の堀江宗正教授に話を聞いた。
霊という文字の暗いイメージから脱却
――日本で「癒し」や「スピリチュアル」という言葉がはやり出したのはいつ頃でしょうか。
日本では1970年代からオカルトやニューエイジ、精神世界と呼ばれる、宗教団体と一線を画したブームが起こりました。1995年のオウム真理教事件を経て下火になるかと思いきや、2000年代にはテレビ・書籍を中心にスピリチュアル・ブームが起こります。
その象徴的な存在はスピリチュアル・カウンセラーの江原啓之氏です。
ピークは2007年あたりで、その後、江原氏がテレビ出演を控えたのでブームは衰退したように思われています。
しかし、出版やネットユーザーの動向を見る限り、2011年の東日本大震災以降にも関心の高まりがみられます。
つまり、テレビとは異なるメディアを通して、拡散と深化は続いているのです。
――2000年代初頭は江原氏が芸能人を霊視するテレビ番組「オーラの泉」が放送され、一般にスピリチュアルという言葉が定着したように思えます。
年に2度ほど放映された特別番組「天国からの手紙」も、故人となった霊のメッセージを江原氏が遺族に伝えるという内容でした。
このような能力をもつ存在は、従来なら「霊能者」「霊能力者」と呼ばれてきましたが、江原氏は霊という文字の暗いイメージからの脱却を図るため、自らを「スピリチュアル・カウンセラー」と呼びます。
江原氏は集団を組織する権威主義的な「宗教」とは距離を置きます。
心理学用語やカウンセリングという言葉を用いながら、個人カウンセリングは行わず、メディアを活動の中心としました。「スピリチュアル」をキャッチフレーズとした生活に役立つ商品(聖地の旅行ガイド、音楽作品、ダイアリー、育児書など)を販売しました。
――江原氏のような存在がブームになったのは、日本人の宗教観から見て、どう解釈できますか。
国語辞典や英語圏の辞書を見る限り、宗教とは超越的な存在や力を前提とする信念と実践ということになります。
占いなどもこれに当てはまりますが、日本人の間では、個人的な信念や実践は宗教とは呼ばれません。
個人と社会の間の拘束力が強い中間団体が、とくに「宗教」と呼ばれる傾向があります。
各種の宗教意識調査を総合すると、「宗教」を信仰する人は20%台であり、大学生に至っては1割に満たない。
ところが、霊魂やあの世の存在への肯定回答率は過半数を超えることがあります。
つまり、現代日本においては「霊を信じるが無宗教」という層が広まっている可能性があります。
江原氏のように「宗教」と批判的距離を置きながら、「霊」への関心を満たしてくれるようなカリスマ的存在が受け入れられる背景には、このような宗教意識の土壌があるのです。
もう1つの要因は、オウム事件以降の特殊なメディア環境です。
カルトはたたくがスピリチュアルは持ち上げる
――特殊なメディア環境とは何でしょうか。
オウム事件があった1995年から1999年までは、メディアにおける「カルト」批判が最も激しい時期でした。
この時期、心霊番組や超常現象を扱うテレビ番組は一気に姿を消します。
ところが、2001年以降は急速に復活を遂げます。
江原氏以前に注目を浴びていた霊能者である宜保愛子氏は、2001年以降はテレビで復活しますが、2003年に他界してしまう。
そこに、江原氏がテレビに登場するようになったのです。
2000年までは反カルト一色でしたが、2001年からは「カルト」はたたくが、「スピリチュアル」は持ち上げるメディア環境に転じたと見ることができます。
それを矛盾と感じないような「霊を信じるが無宗教」というメンタリティが定着しているといえます。
超越的な力を前提とする信念や儀礼であっても、「特殊な拘束集団」と関わりがなければ、つまり個人的信念にとどまるものであれば「宗教」とは呼ばずに受け入れる態度が、メディアを中心に、またその影響を受けやすい若者から中年世代に広がりました。
――オウム事件によって宗教への警戒心は高まったが、新たに「スピリチュアル」という言葉が「霊を信じるが無宗教」という層の受け皿になったということですね。
そうです。
オウム事件が起きたすぐ後、宗教学者の阿満利麿(あまとしまろ)氏が書いた『日本人はなぜ無宗教なのか』では、日本人の7割が無宗教であると答えるのに、その4分の3が広い意味での宗教心は大切と答えているという調査を取り上げ、この「無宗教の宗教心」の形成過程を明らかにしました。
オウム事件直後の反カルト的な雰囲気が充満する中、日本人の宗教性が「無宗教の宗教心」として規定されたのは示唆的でした。
実際、事件後は宗教団体の活動は目立たなくなりましたが、無宗教の宗教心に近い「スピリチュアル」や「癒し」が台頭したのですから。
――現在は統一教会問題を機に宗教への批判が高まっています。
オウム事件後のように、数年したらスピリチュアル・ブームが再燃するのでしょうか。
つねにニーズはあると思います。
2000年代にテレビで心霊やスピリチュアルが急に復活したのも、やはりニーズがあったからです。
今はテレビからYouTubeなどへ媒体がシフトし、江原氏ほどでなくても、捉えにくい形で特定のYouTuberの人気が出ていく可能性があります。
客は消費者であり生産者でもある
――2005年にスタートした「癒しフェア」というイベントでは、占いから美容商品まで、癒し関連のセミナーや商品の販売者が出展しています。
2023年4月に大阪で開催された癒しフェアでは、2日間で7626人(オンライン参加含む)が来場し、大盛況でした。
「癒し」の人気が出たのはスピリチュアル・ブームより前の1997年頃からです。
トラウマ(心の傷)という言葉が認知され、傷の癒しが注目されるようになりました。
それ以前は、癒しは自発的な治癒力の活性化を意味していました。
ところが、その意味を離れて、リラックス効果をうたった商品のキャッチフレーズとして使われるようになりました。
商品販売を主とする出展者が多い癒しフェアなどのイベントも、このような時代の流れと一致しています。
癒しフェアでは、出展するセミナー会社や癒し関連商品の販売者自身も、空き時間にはほかの販売店を回るなど客のように行動しています。
逆に今回は出展者ではない客が、普段は占いやヒーリングなどを実践している場合もあります。
癒し関連の民間資格が得られるセミナーを受けると、「消費者であり生産者でもある」という状態にすぐになれるのです。
――癒しやスピリチュアル、ヒーリングなどさまざまな言葉が使われているのはなぜでしょうか。
ネット上では「スピリチュアル」が虚偽や詐欺、信じやすさというイメージで批判されるため、当事者がスピリチュアルという言葉を使うのを避けています。
特に彼らは宗教と同一視されることを恐れます。
耳に心地よいスローガン的な言葉が登場しても、世間に流布すると「宗教」と同様ではないかとたたかれて廃れていき、別の言葉に取って代わられる。
その結果、さまざまなニュアンスの異なる言葉が乱立することになります。
政党と関わりたくないという人が多い
−−−陰謀論や反ワクチンに関わる主張をする人たち、例えば参政党の支持者と、スピリチュアル信奉者は重なりますか。
私の調査では、一般の人に比べれば、スピリチュアリティに関心のある層で陰謀論に引きつけられる人が多いのはたしかです。
ただ、参政党などの支持者は、スピリチュアリティに関心がある人の中でもごく一部のマイノリティです。
スピリチュアリティ関心層は個人主義的で、組織的運動を嫌います。
参政党は食と健康と環境を守るオーガニック政党という面だけでなく、天皇中心の排外主義という右派の面が強いです。
スピリチュアリティには反原発など左派的な面もあり、概して無党派層が多い。
陰謀論を唱えるカルトや参政党などに関わりたくないという人は多いと思います。