養老孟司「現在の日常が“当たり前”と思わないで」
戦争、災害…平和への思いを語る
8/30(水) TOKYO FM+
フリーアナウンサーの住吉美紀がパーソナリティをつとめるTOKYO FMの生ワイド番組「Blue Ocean」(毎週月曜〜金曜9:00〜11:00)。
「終戦の日」である8月15日(火)の放送のコーナー「Blue Ocean Professional」のゲストに、医学者・解剖学者の養老孟司さんが登場。
自身が経験した戦争の記憶や平和への思いを伺いました。
1937年生まれ、神奈川県鎌倉市出身の養老さん。
東京大学医学部卒。1995年に同大学医学部教授を退官し名誉教授に。
2003年に出版した「バカの壁」(新潮社)で450万部を超えるベストセラーを記録。
サントリー学芸賞受賞した「からだの見方」(筑摩書房)など多数の著書を手がけています。
今年5月には、養老さんと精神科医・名越康文さんによる「ニホンという病」(講談社)を出版。
夕刊紙「日刊ゲンダイ」での連載をまとめたもので、対談テーマは新型コロナウイルスやロシアによるウクライナ軍事侵攻、南海トラフ地震、脳科学、宗教観、多様性、死と再生など多岐にわたります。
そんな養老さんが終戦の日である8月15日に、日常の大切さや、命を脅かす脅威に対する心構えなどについて語ってくれました。
◆戦時中は常に“飢え”の苦しさがあった
住吉:
養老さんは小学2年生のときに鎌倉で終戦を迎えられたとお聞きしました。
戦後の体験が人生を決定する原体験になっていると語られている記事を読んだことがあります。
具体的な体験で、一番繰り返したくないと思うことは何ですか?
養老:
私の場合、直接戦争に参加したわけではないのですが、戦時下の今のウクライナの人たちのような感じですよね。
一番印象に残っているのは、日常が非常に不自由だったということ。
具体的な話だと食べ物ですね。
戦争でやられることの1つは流通。
戦前は、車はあまり使われていなくて鉄道だったので、流通が一番止めやすいんです。
鉄道なら線路を壊せばそれっきりですので。
海上だと石油の輸送船ですね。
流通は基本的に人口の多い東京に向かって集中していき、東京近郊の都市は、いわゆる東京の余りものがくる感じになっていたんだと思います。
ただでさえ足りないものが、さらに足りなくなっている状況です。
残っている記憶といえば、「飢えた記憶」です。
今考えると信じられないと思いますが、まず、当時は調味料がまったくない。
砂糖がない、醤油がない。お米でも何でも、国が統制して配っていたわけです。
日本の戦争の場合、軍隊自体が増えていましたから、戦死者と呼ばれた人たちのほとんどが飢え死にだって言われています。
◆日常を壊すのは戦争だけではない
住吉:
戦争を体験したことのない世代が増えていますが、戦争の脅威は変わらないと感じています。
そのようななかで伝えたいことは何ですか?
養老:
何でもない日常ですね。
朝起きてご飯を食べる、その日常が壊れることがあり得るということです。
そして、それは戦争に限りません。
日本の場合は天災がありますから、いつ地震が起きるかわかりません。
さきほど申し上げた流通に影響しますので、物があっても届かない状況になります。
現在の日常が「当たり前」と思わないでほしいです。
住吉:
養老さんは今年5月に、精神科医の名越康文さんとの対談本「ニホンという病」(講談社)を出版されました。
ウクライナ侵攻、少子化など、さまざまなテーマで語られているなかで、養老さんはまさに今おっしゃっていた天災・南海トラフ地震と、さらに先のことについてお話をされています。
こちらについて、養老さんは強い思いをお持ちだそうですね?
養老:
今年でちょうど関東大震災から100年です。
日本の歴史を振り返ると、大きな政治の変化は天災と一緒に起こっています。
たとえば、平安時代の貴族政治が終わったあの頃は天災続きの時代でした。
都のものは全て田舎から来ているのに、それが止まってしまう。
都には人がたくさんいますから、たちまち飢え死にする人が出てくるわけです。
世の中が荒れると山賊や海賊が横行し、それを抑える力が武家。
それで貴族政治ができなくなり、武家政権が成立する。
それが江戸幕府の終わりまで続き、嘉永6年に黒船来航があり、翌年に安政南海地震が発生しています。
住吉:
今後も地震に備えて国、個人レベルでも備えることが大事になっていくわけですね。
養老:
どういう災害が来るかわからないので、大事なことはそれぞれの人の日常生活が、どうやって確保できるかということです。今の社会は個人的に日常生活を確保できるようにはなっていなくて、すべて流通に頼っているわけです。
そのシステムが壊れると、どうしたらいいかわからないって人が大量に出てくるはずです。
住吉:
自治体レベルではそうなる可能性を想定して備える必要があると。
養老:
場所によってはやっているところもありますね。
◆自立心と創造力を養い窮地に備える
住吉:
個人レベルでできることは何でしょうか?
養老:
「人に頼らない」ということですね。
政府が悪いとか、自治体が何とかしてくれるとかではダメなんで。
そもそも、そういう所が機能していない可能性がある。
戦争の話でいうと、僕の大学の同級生には満州からの引揚者が3人いました。
満州帝国が崩壊して、そこにソ連軍が入ってきて、そのあとは蔣介石の軍隊が入り、そして毛沢東の軍が入る。
どんどん政府が変わるなか、命からがら帰ってきた人たちが引揚者です。
住吉:
自力で頼れる人がいないなかで、どのように帰ってくるかが問題だったわけですね。
養老:
そうです。帰るという目的はあるけれど、そこまでにどうやって生きるか。
(引揚者は)国に対する感覚が全然違うわけです。
国家というのは脆くて儚いもので、自分たちが何とか助けてやらなきゃ国は続かないよっていう。
これは理屈ではなくて感覚ですよね。
そういう感覚を持った人たちが随分といたんです。
日本だと戦後の学生運動のように国家権力を敵対視していましたが、敵対視するほど国家は強いものではないということを知っていたのは、政府が次々と変わっていくところを通ってきた人たちですね。
住吉:
つまり、自立心と創造力、応用力を持って生きていくということでしょうか?
養老:
そうですね。
住吉:
一朝一夕では身につかないと思うのですが、具体的にはどんなことをすればいいのでしょうか?
養老:
やはり日常のなかで、そういったものを育てていくことが大切です。
たとえば地震が起こったときの話なら、どこをトイレにするのか。
穴を掘るとか、水をどうするかとか、具体的な問題に直面するわけです。
住吉:
裸の生き物に戻って、自分で自分の命をつないでいく意識を持つということですね。
一見便利な世の中ですが、そのようなことを忘れないことが大切ですね。そのためにも、養老さんのようなお方の話を聞くのが大事だと、今回お話を伺って改めて思いました。ありがとうございました。
(TOKYO FM「Blue Ocean」8月15日(火)放送より)