「高血圧」「糖尿病」「脂質異常」予防可能性10倍以上の歩行量とは? 20年以上の研究で明らかに
10/10(火) デイリー新潮
ようやく朝晩涼しくなってきた。秋の到来である。
酷暑のもとではどうしても腰が重くなったが、爽やかな風に吹かれての運動は格別。
しかし、そこに問題が立ちはだかる。どんな運動が良いのだろうか……。
答えはいたってシンプルだ。「歩行」こそが万病を防ぐ! 【青柳幸利/東京都健康長寿医療センター研究所・元運動科学研究室長】
体を適度に動かして酸素を消費する。「運動」が健康に寄与することは誰もが知っている常識といえるでしょう。
ゆえに、多くの人が健康のためを考えて体を動かそうとする。
しかし、それを思いとどまらせる大きな障害が存在します。
一体どれだけ体を動かせば健康になれるのだろうか――。
「量」に限らず、どんな運動をすればいいのか「種類」が気になる人も多いのではないでしょうか。
ジョギングがいいのか、筋トレをすべきなのか、それともテニスなどのスポーツで汗を流すのがいいのか。難しく考え始めると、体を動かす前に頭が疲れてしまいそうです。
何歩歩けばいい? の結論
そこで、健康・スポーツ科学を研究してきた私は、誰でも実践でき、生涯続けられる「運動の共通の物差し」とでも言うべき基準を提示できないかと考えました。
特別でも特殊でもなく簡単にできる運動。そしてすべてのスポーツの“基本”となり、人間活動の“ベース”ともなる運動は何か……。 それは歩行です。
例えばテニスであれば、「歩行」に「ラケットを振る」という動作が加わったものと捉えることができ、また人間は1歳の頃から歩き始めますから、やはり歩行こそが“基本”であり“ベース”だといえます。
これで運動の「種類」の問題は解決しました。
残るは「量」です。果たして、一体何歩歩けばいいのでしょうか。
結論から申し上げましょう。
答えは1日「8千歩・20分」です。
大量のサンプルからはじき出された答え 〈こう解説するのは、健康長寿研究をけん引する東京都健康長寿医療センター研究所・中之条研究グループの青柳幸利氏だ。
その名の通り、群馬県の中之条町で青柳氏が行ってきた調査(コホート研究、疫学調査)は「奇跡の研究」と称され、世界中で注目を集めた。
NHKなどでも取り上げられた中之条研究が奇跡たるゆえんは、その規模と導き出された結論のシンプルさに求められるだろう。
すなわち、まずは65歳以上の町民、5千人を対象に、2000年以降、身体活動(歩行)と病気予防の関係について調査を行ってきたという規模の大きさと、現在も続いている継続性。
そして、先に紹介した「8千歩・20分」という結論のシンプルさである。
「・20分」の意味については追って説明されるが、早速、奇跡の研究の成果に耳を傾けてみることにしよう。〉
調査対象者に、歩数と活動強度が計測できる身体活動計(活動量計)を、1日24時間365日身に着けてもらいモニタリングした結果をまとめた中之条研究によって、「8千歩・20分」が万病の予防に役立つことが分かりました。
より具体的には、「8千歩・20分」の目安を超えて生活している人は、そうでない人と比べると次の病気を予防できる可能性が10倍以上高まり、10人中9人はその病気になりにくいことが判明したのです。
高血圧症、糖尿病、脂質異常症 「1万2千歩・40分」を超えると効果が頭打ちに
また、「8千歩・20分」に達しない場合でも、それぞれの段階に応じて同様に病気や症状予防の可能性が高まることが分かっています。
・「7千歩・15分」
がん(結腸がん、直腸がん、肺がん、乳がん、子宮内膜がん)、動脈硬化、骨粗鬆症、骨折
・「5千歩・7分半」
要支援・要介護、認知症(血管性認知症、アルツハイマー病)、心疾患(狭心症、心筋梗塞)、脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)
・「4千歩・5分」
うつ病
・「2千歩・0分」
寝たきり
「1万歩・30分」でメタボリックシンドローム、「1万2千歩・40分」で肥満の予防効果がありますが、大方の病気・症状を予防できる「8千歩・20分」を、分かりやすく万病予防の基準として掲げています。
ちなみに、「1万2千歩・40分」を超えると予防効果は頭打ちとなり、ただ疲れるためだけに歩くということになりかねません。
歩数だけが基準ではない
さて、ここで肝心なのは中之条研究から浮かび上がってきた健康長寿をもたらす歩行基準が「歩数」だけではないということです。
すなわち、単に「8千歩」歩くだけではダメで、「8千歩・20分」こそが病気を予防してくれるのです。
1日8千歩歩き、そのうち20分速歩きする。
「7千歩・15分」も同じです。
1日7千歩歩き、そのうち15分速歩きする。この速歩きが重要なポイントになります。
仮にゆっくりと8千歩歩き続けて速歩きが0分だと、健康効果は30%程度減ってしまうのです。
速歩きは、運動学の専門用語で言うと中強度の運動ということになります。
運動の強度は「メッツ(METs)」という単位で表され、1〜3メッツ未満が低強度、3〜6メッツ未満が中強度、6メッツ以上が高強度と分類されます。
具体的には、低強度は簡単な家事やゲートボール、中強度は速歩きや階段の昇降、高強度はジョギングや水泳が該当します。
速歩きが重要な理由
なぜ中強度の運動である速歩きが大切なのかといえば、骨に適度な刺激が与えられたり、ふくらはぎの筋肉の収縮によって血液循環が促進されたり、また体温が上がることで免疫力が高まったりするからです。
これらの効果は「普通の歩行」だけでは得にくい。
活動量計を着ければメッツを計測できるため、自分がどれだけ速歩きしたかが分かります。
しかし、装着していなければ「3〜6メッツ未満の中強度に相当する速歩き」と言われても、どれくらいのペースで歩けばいいのか分からないという人が多いに違いありません。
そこで、中強度の速歩きを感覚的に分かってもらうためのひとつの目安として紹介したいのが、「歩きながら歌は歌えなくても何とか会話はできるくらいの速さ」です。
「普通に」会話ができる程度では中強度には達せず、「何とか」会話ができることがポイントです。
やってみると分かりますが、結構、息が上がると思います。
年齢や体力によって何とか会話ができる歩行スピードは違ってきますが、運動の強度は「各人の体に与える刺激」ですので、当然、体力が異なる若者と高齢者で中強度に相当する速歩きのスピードは変わります。
8千歩歩く人は自然と速歩きを達成
速歩きの定義を踏まえた上で、どうやったら速歩きしやすくなるかのコツを説明すると、それは歩幅を広げることです。
年を重ねて筋力やバランス力が衰えるなどすると、自然と歩幅が狭くなってきます。
つまり、歩幅を広げることは老化にあらがうことであり、自ずと運動強度が増すのです。
歩幅を広げれば自然とピッチ(速度)も上がっていきますので、まずは歩幅を意識してみてください。
ここまで、「8千歩・20分」の健康効果やそれをもたらすメカニズムについて説明してきましたが、そう言われても毎日20分も速歩きするなんてできない、そんな努力は続けられないと尻込みする人もいるかもしれません。
しかし、それは全くもって杞憂です。
なぜなら、8千歩歩けば意識せずとも自然に速歩き20分は達成できるからです。
私たちの研究で、1日8千歩歩く日本人の93%が20分以上の速歩きをしていることが分かっています。
つまり、それほど意識しなくても、8千歩歩けば20分、7千歩歩けば15分、男女の差やスポーツをする習慣の有無に関係なく、自然と速歩きしているのです。
意外かつ不思議に思われるかもしれませんが、例えばサラリーマンであれば、通勤途中に駅の階段を昇り降りしたり、新宿や東京といったターミナル駅の雑踏ではゆっくり歩くことはできず自ずと速歩きしている。
通勤は立派な運動習慣なのです。
達成できないのはどんな人?
では、8千歩歩いているのに20分の速歩きを達成できないのはどんな人たちなのでしょうか。
例えば床屋さんです。立ち仕事で慌ただしく歩くものの、外に出ることが少ないので速歩きの時間も減る。
また旅館の女将(おかみ)さんもそうです。同様に外に出る機会が少ないことに加えて、着物を着ているので歩幅が狭くなり、中強度の歩行が足りなくなるのです。
このようにある意味で特殊な環境にいる人でなければ、8千歩歩けば20分の速歩きは無理なく、自然と達成できます。
つまり、努力して20分の速歩きをしようとする必要はなく、むしろ大事なのは8千歩歩く努力をすることなのです。
厚生労働省の国民健康・栄養調査報告(令和元年)によれば、日本人の1日の平均歩数は男性で6793歩、女性で5832歩となっています。
だいたい10分歩くと千歩になりますから、あと10〜20分、余計に歩くことを心掛ければ「8千歩・20分」は実現できるといえます。
無理にジムに通わなくても…
私の場合、自宅と研究所の通勤往復だけで4千歩から5千歩になります。
残りの3千〜4千歩は、無理にジムに通ったりしなくても、例えば職場で、電話連絡でも済むところをあえて階段を昇って直接用件を伝えに行くとか、ちょっとだけ不便を受け入れれば補うことは可能です。
また、認知症の予防効果が出るのは「5千歩・7分半」です。
その手前の「4千歩・5分」は、家からほとんど出ない「閉じこもり状態」です。
このことから、認知症を予防したいのであれば、とにかく家から出て毎日千歩プラスすればいいということになります。
毎日が無理であれば1週間単位でも構わないので、週何日か外に出て1日平均千歩を上積みする。
閉じこもりがちな人には1日平均千歩プラスするのはハードルが高いと思われるかもしれませんが、例えば近所のスーパーに買い物に行けば往復で2千歩くらいは稼げます。
2、3日に1回買い物に行くだけで、認知症予防効果は得られるわけです。
したがって、認知症予防のためには、とにかく家に閉じこもりきりにならないよう心掛けることが重要になってきます。
加えて言えば、外出して買い物をすると、必然的に他者との会話の機会が増えたり、またお金の計算などで頭を働かせます。これも認知症予防には有効です。
「普通の生活」を心掛ける
これまでの話をまとめると、病気にならず健康を保つ秘訣(ひけつ)は極めてシンプルであると言うことができます。
8千歩歩けば自然と20分速歩きできるということは、サラリーマンであれば通勤して職場で座りきりにならないようにすればいい。
高齢者が認知症を予防したいのであれば、とにかく家に閉じこもらないで外に出る。
要は、怠惰に陥らずに「普通の生活」を心掛けることが、実は健康長寿への一番の近道なのです。
「8千歩・20分」も「5千歩・7分半」も、健康になるために必死に努力して達成するものではなく、普通の生活をしたその結果としてついてくるものといえるわけです。
なお、認知症予防のところでもお話ししたように、毎日8千歩、あるいは5千歩が難しければ、1週間単位や月、年単位の平均を意識するのでもいいと思います。
雨の日もあれば、暑すぎたり寒すぎたりする日もあり、毎日同じ歩数とはなかなかいきません。
秋のメリット
その意味で、秋は最も歩数を稼げる季節といえます。
暑すぎず寒すぎずということであれば春も同じですが、秋のメリットは暑熱馴化(しょねつじゅんか)です。
人間にとって、血流量が減り心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす脱水状態は最も危険な状態であり、大量の発汗は避けなければなりません。
同時に体温が高くなりすぎないようにする必要もあります。
暑い夏は、いや応なく汗をかき、そのため十分な給水が必要となるわけですが、発汗とともに効率良く血液を循環させることによって熱を体の外に逃がし、体温が上がりすぎるのを防ごうとします。
そして、夏を経て暑熱馴化した体は「血液循環力」を高く保ったままであるため、秋に多少速く歩いても、気温の低下も加わって無駄に汗をかかずとも体温を下げることができ、脱水状態に陥るリスクが減ります。
一方、寒い冬を越えて迎える春は、体が暑熱馴化しておらず血液循環力が低いので、体温を上げないようにするため無駄に汗をかきやすい。
1981年から2010年の平均気温をもとに算出した場合、東京であれば10月に1年で最も多い1日平均8220歩あるけば、寒い1月には最も少ない7714歩でも、1年で平均して「8千歩・20分」が達成できる計算になります。
世の中にはありとあらゆる運動健康法が溢れていますが、わざわざジムに通わなくても、また無理してスポーツをしなくても、歩くことによって万病は予防できる。
歩行以上にハードルが低く、自然にでき、そして究極の健康法はないと私は考えています。
青柳幸利(あおやぎゆきとし)
東京都健康長寿医療センター研究所・元運動科学研究室長。
1962年、群馬県中之条町生まれ。医学博士。筑波大学卒業、トロント大学大学院医学系研究科博士課程修了。東京都健康長寿医療センター研究所老化制御研究チーム副部長、同研究所運動科学研究室長などを歴任。
『なぜ、健康な人は「運動」をしないのか?』『あらゆる病気は歩くだけで治る!』等の著書がある
「週刊新潮」2023年10月5日号 掲載