2023年11月02日

人生100年時代、「ゾンビになるまでにしたい100のこと」を実現するには

人生100年時代、「ゾンビになるまでにしたい100のこと」を実現するには
及川卓也のプロダクト視点
2023.10.31 ダイヤモンドオンライン

人生100年時代、自分が本当にやりたいことを見つけ、実現するにはどうすればよいのだろうか。
マイクロソフトやグーグルでエンジニアとして活躍し、複数の企業で技術顧問を務める及川卓也氏が薦めるのは、まず「やりたいことリスト」を作ることだ。

「健康になりたい」「お金持ちになりたい」に潜むワナ、「やりたいことをする時間がない」のウソについても及川氏が考察する。

やはり人生やりたいことを やった方がいい
 最近、私は登山にはまっています。
登っている間は「こんな大変なところになぜ来てしまったのか」と後悔しきりですが、非日常の世界で絶景に出会うと心から来てよかったと感じます。
今年の夏は毎週のように山に登っていて、ちょっと行き過ぎたと反省するほどでしたが、やはり「人生やりたいことをやった方がいい」と改めて思います。
「やりたいことをやる」といえば、最近『ゾン100〜ゾンビになるまでにしたい100のこと〜』という映画をNetflixで観ました。
いわゆるブラック企業で働く若者がゾンビによるパンデミックをきっかけに、やりたいことを実現していくストーリー。
漫画原作が評判になり、今年相次いでアニメ化・実写映画化されています。

 仕事に忙殺されて休みなく働いていた『ゾン100』の主人公は、ある朝、外にゾンビがあふれているのを目にし、もう会社に行かなくてもいい自分に気づきます。
そして「どうせいつか、ゾンビになってしまうなら、やりたいことをやるぞ!」とポジティブに開き直り、実現していきます。
ゾンビに囲まれて大変な事態になりつつも、今まで縛られていた日常から解放されたことを楽しみ、新しい生活を謳歌(おうか)するという、ちょっとシュールですがワクワクするストーリーでした。
 そこで主人公が作るのが「ゾンビになるまでにしたい100のこと」というリストです。

「やりたいこと」を見つめ直した 3つのシチュエーション
 私にもこれまでに何度か、“ゾン100っぽいシチュエーション”がありました。
最初は十数年前、人間ドックで異常が見つかり、予後が悪いがんの可能性があると指摘されたときです。
専門医に診てもらったところ、がんではなかったのですが、命が有限であることを再認識し、やりたいことをもっと優先しようと考えるようになりました。
私は自他ともに認める仕事人間でしたが(今でもそうですが)、「プライベートでやりたいこともやろう」と意識するようになったのがこの頃です。
ただ、リストを作ることまでは思いつきませんでした。

 2度目は、Googleで仕事がうまくいかなくて評価が上がらず、このままではクビになるかもしれないと考えたときです。
生活はどうにかする自信がありましたが、Googleの中にいるということは、やはり特別な体験で、このままクビになっては悔しい。
そこで中にいるうちにやりたいことをやりつくそうと考え、「Googleにいるうちにやりたいこと」リストを作りました。

 まずはGoogleのソフトウェア技術をとことんまで見てみたいと思い、リストに挙げました。
すると機会があって、当時いた部署からソフトウェアエンジニアリング部門へ異動することができたのです。
ほかの「やりたいこと」も合わせると10個ぐらいになり、これをやり切るまでは辞めずにいようと頑張った結果、リストをおおむね達成することができたのです。
「ある程度やり尽くした」と思うと、次は何をしようかと考えるようになります。
その結果、Googleではないところで何かをしようと考え、退職することにしました。
まだ50代前半で人生の終わりを考えるのには早かったのですが、ビジネスパーソンとしての残り時間はそう長くはない。
新しいことを始めて失敗し、失敗から学んでもう一度チャレンジして何かを達成するというサイクルを考えると、私にとっては、このサイクルを回す時間があまり残されていないと感じました。

 そこで退職にあたって再度、やりたいことを整理しました。
これが3度目の“ゾン100シチュエーション”です。
3度目の「ゾン100」で 重視した2つのこと  このときやりたいことに挙げたのは「今までやったことがないことをやろう」ということで、ずっと働いてきた外資系ではなく、今まで働いたことのない日本企業で働こうと考えました。
また、どうせなら創業間もないアーリーステージのスタートアップへ行こうと決めました。
 もうひとつは「健康なうちは働き続けたい」ということでした。
そのために、できるだけ縛られずに自分の意思で働ける下地を作ろうと考えました。
そこでフリーランスでも食べていけるし、会社を作ることもできるといった選択肢が持てるように、スタートアップで働きながら兼業で個人事業主としての仕事をスタートさせました。
その後はスタートアップを辞め、専業でフリーランスとして働いた後、起業して今に至っています。

 ゾン100のように、たくさんのやりたいことをリスト化したのは2度目のときだけですが、いずれもやりたいことを自分の中で整理することで、実現に近づけられたのではないかと思います。

「健康になりたい」「お金持ちになりたい」は 本当にやりたいことか
 やりたいことリストを書いてみると、分かることがいろいろとあります。
まず、やりたいことリストを作ろうとすると、やりたくないことの裏返しがリストの大半を占めることに気づきます。
これは私だけでなく、私が仕事でメンタリングをしている方々にも共通することでした。

 アメリカの臨床心理学者・ハーズバーグが提唱した「衛生理論(二要因理論)」という理論があります。

衛生理論では、人間の欲求には苦痛や欠乏状態を避けたいという動物的な欲求と、精神的に成長したいという人間としての高レベルな欲求の2種類があるとし、前者を満たす要因を「衛生要因」、後者を満たす要因を「動機付け要因」と呼びます。

人間は衛生要因が満たされてはじめて、本当にやりたいことを追い求めることができるとされています。
「こうなりたくない」という願いばかりが挙がるのは、私も含めて衛生要因を満たすことで精いっぱいの人が多いということでしょう。
衛生要因を満たす願いの典型は「健康でいたい」というものです。
また「お金持ちになりたい」「億万長者になりたい」と挙げる人も多いと思います。
しかし、これらを本当にやりたいことといってよいのでしょうか。

 新型コロナ感染拡大が始まってしばらくは「ウイルスに感染しないことが個人にとっても社会にとっても、一番大事だ」という風潮がありました。
そんな中、名言だと思ったのが「人間は新型コロナにかからないために生きているのではない」という言葉でした。
やりたいことや目的があって、それを果たすために感染しないようにするというのは分かりますが、その逆ではないというわけです。
 お金持ちになりたいという願いも健康でいたいというのと同様、実は「お金に困らない状態でいたい」という衛生要因のひとつに過ぎないかもしれません。
本来なら、お金を使ってやりたいことがあって、それを果たすためにお金を得るというのが、あるべき順序のはずです。

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンらの研究によれば、米国では年収7万5000ドルを超えると、それ以上稼いでも日々の幸福感には影響が表れないことが分かっているそうです。

自分が本当にやりたいことを 見つけるには  私たちが衛生要因を“やりたいこと”と取り違えてしまうのは、子どもの時から「○○しないと××になるよ」と教えられて、植え付けられたものかもしれません。
「うがいをしないと風邪をひく」「勉強しないと将来お金に苦労する」などの教えは、しつけの一端としては大切な面もあります。

ただ、同時に「○○すると△△を目指せるかもしれないよ」といったポジティブな教えも必要なのかもしれません。
 私たちはどうすれば、この考え方を変えられるのでしょうか。
 私が専門とするプロダクト作りにおいても、やりたいことより、やりたくないことが表に出てきやすいという傾向があります。
顧客がプロダクトを使っていて苦痛に感じる「ペイン」と、顧客が望む状態である「ゲイン」とを分析して顧客のニーズを探ろうとするとき、ゲインを書こうとするとペインの裏返しになっていることがよくあるのです。
 人は自分のペインとゲインもよく分かっていません。「あなたにとって何が楽しかったか」「何がつらかったか」と聞いても、潜在的なペインとゲインは明らかになりません。

そこで私がユーザーにヒアリングするときには、過去を振り返ってもらいます。
例えば業務用アプリケーションなら、最近その業務をやったのはいつかを尋ね、そのときあったことを初めから時系列で振り返って話してもらうのです。
そして典型的なシーンで、どんな気持ちだったか、その人の感情を聞きます。
すると、その人にとって真のペインやゲインが見えてくるのです。

 これと似た手法に「モチベーショングラフ」「ライフラインチャート」と呼ばれるものがあります。
これまでの自分の人生において起きた典型的な出来事と、その時の満足度をグラフ化して振り返るのです。
私も以前これを試してみて、その後のキャリアを考える上で非常に気づきがありました。
過去の感情を思い起こすことで、自分が本当は何をしたいのかが見えてくるのです。

 ほかにも、日ごと・週ごと・月ごとなど定期的に楽しかったことを思い出して、どうすれば、それをもっと楽しくできるかを考えてみるというのも、真にやりたいことを探るにはよいかもしれません。
 ゾン100の主人公ではありませんが、仕事など毎日同じことを繰り返して過ごしていると、視野が狭くなってしまって考える余裕がなくなり、自分が本当にやりたいことに気づけなくなりがちです。
そんなときには新しいことにチャレンジしてみるのもよいでしょう。
私は近年ようやくビデオゲームをやるようになりましたが、何でもよいのです。新しいことを始めると、新しい目線が生まれ、自分がやりたかったことも少しずつ見えてくるようになるはずです。

 大事なのは、今さら恥ずかしいなどと思わないこと。年齢を重ねると「もうこの歳だからできない」と思いがちですが、そうした考えをまずやめてみましょう。
何かを始めるのに、何歳からでも遅すぎるということはありません。

究極の「やりたいこと」を実現 するために優先順位を意識する
 リストを作ろうとしても、ほとんどの人がやりたいことを100も挙げられないでしょう。
私もそうですし、ゾン100の主人公も最初は10個ぐらいしかやりたいことを書いていませんでした。
しかし、リストは後からどんどん追加していけばよく、むしろリストをクリアしていく過程でやりたいことが次々と出てくるはずです。
最初はやりたいことが少なくても、リストに挙げてやり始めてみるといいと思います。

「何かを達成すると、見える景色が変わる」とよくいわれます。
始めてみれば、後からさらにやりたいことが湧き上がってくるものです。
 私の場合はランニングがそうで、最初に10キロの大会に出てみたら、すごく達成感があったのです。
これならハーフマラソンはいけると思って出場してみたら軽く完走でき、フルマラソンはどうかと参加したらこちらも完走できました。
それからはタイムを縮めることにチャレンジしています。

また、似た運動だと自転車もやり始めましたし、プールへ泳ぎに行くようにもなりました。
私自身はやりませんが、ウルトラマラソンやトライアスロンに手を伸ばす人もいます。
 ゾン100では、やりたいことリストを消化していくのに順序や優先順位は特に決まっていませんでした。ただ、現実では「体力作りができると、走る距離が伸びる」というように、何かができると次のことができるようになるという順番があるものもあります。
また「何歳の記念にどこそこへ行く」など、その瞬間でなければできないこともあります。
そういうものは多少意識をして順番を決めるとよいでしょう。

 私は講演でキャリアについて話す機会があるのですが、若い人たちに「及川さんが次にチャレンジしたいことは何ですか」と質問されることがあります。
あまり年寄り臭いことは言いたくないのですが、私ぐらいの年になると、仕事でやりたいことをいろいろと実現するには、80歳になっても足腰が立つようにしっかり体を鍛えておかなければならないという事実が突きつけられます。

 先ほど「健康になりたい」というのは、それ自体がやりたいことにはなり得ないと述べましたし、私にとっても体力づくりは、やりたいことそのものではありません。
やりたいのは、登山を75歳までは続けたい、槍ヶ岳に登りたいといったことです。
しかし、もし槍ヶ岳を目指すなら、北アルプスを2泊以上かけて縦走する必要があり、いくら仕事好きな私でも仕事にばかり時間をかけていては、体を作る時間が足りなくなってしまいます。
そこで、忙しい中でも月に1回は山に登ったり、1シーズンに1度はハーフマラソンかフルマラソンに出たりすることの優先度を上げる必要が出てきていると感じています。

 何かやりたいことをやるためのステップとして、別のことをクリアしておいた方がよいなら、その順序や優先度は考慮した方がいいでしょう。

「時間がない」はウソ 別のことを優先している言い訳だ
 私たちはよく「やりたいことはあるが時間がない」といいますが、それはウソです。
時間はすべての人に平等に与えられています。
何かをする時間がないというのは、自分が意志を持ってそれを優先していないということに他なりません。
「仕事が忙しくて病院に行く暇がなかった」というのは「健康に不安を感じていても、病院に行くことより仕事をすることを優先していた」ということですし、「勉強する時間がなかった」というのは「知識を得ておいた方がいいと感じていても、勉強より別のことを優先していた」ということになります。

 時間をなかなか捻出できないでいる人も多いかと思いますが、私の場合は、仕事や家庭の予定と同じように、登山やランニングの予定をスケジュールに入れて、時間を確保しています。
登山では、先に山小屋やバスを予約してしまうという手もよく使っています。

 やりたいことリストを作る利点は、自分がやりたいことを日々自覚できることです。
それを常々眺めて意識していると、自分が本当に優先して時間を使うべきことが何か、見えてくるようになります。
私自身も今、それを実践しながら生活しているところです。

(クライス&カンパニー顧問/Tably代表 及川卓也、構成/ムコハタワカコ)
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする