風呂場には死神がいる!
実は交通事故よりも年間死者が多い「ヒートショック」から逃れるためのチェックリストを公開
11/23(木) デイリー新潮
2カ月ほど前の猛暑がうそのように肌寒い季節となってきた。
それはすなわちお風呂が気持ちいい季節ともいえる。
適切な入浴が健康に良いのは言うまでもない。
しかし一方で、実は毎年多くの犠牲者が出ていることも知っておく必要があるだろう。
厚労省の2021年「人口動態調査」によると、65歳以上の「溺死・溺水」のうち「浴槽での事故」が約8割を占めるという。
気持ち良さと紙一重にある「風呂場の死神」から逃れるには何を知っておくべきか。 専門家の意見を聞いてみよう。
(週刊新潮 2018年12月6日号掲載記事を再構成しました。数字は当時のものです)
***
不定愁訴を和らげる
我々が入浴と死を結びつけづらいのは、それが体に良いというイメージが定着しているせいかもしれない
1日の疲れを癒し、リラックスできるのが風呂場。そう考えている人がほとんどだろうし、実際、その健康効果は証明されている。
東京都市大学人間科学部教授で温泉療法専門医の早坂信哉氏が言う。
「毎日の入浴習慣で、体温が高く血行が良い“ポカポカ体質”を手に入れられれば、結果的に様々な疾患の予防に繋がっていきます。
肩こり、めまい、頭痛、倦怠感など、病院の検査で異常が見つけにくい場合を総称して“不定愁訴”と言いますが、お風呂はこれらの症状を和らげてくれます」
ヒートショックとは
ただし、それは正しい入浴方法を守っていれば、の話。
入浴方法を間違えると、健康増進どころか、死への扉を開いてしまうことになりかねないのだ。
ヒートショックという言葉をご存じだろうか。外部の温度差によって引き起こされる血圧の急激な変化のことで、入浴中の事故死の主たる原因となっている。
入浴中の事故死の数は年間約1万9000人にも上り、事故の半数は12月から2月にかけての冬季に起こっている。
日に日に寒さが増す、まさにこの時期に事故は急増するのだ。
また、死亡者数全体の9割を65歳以上の高齢者が占めている。


血圧の変化が起きる
メカニズム
風呂場でのヒートショックはどういうメカニズムで引き起こされるのか。 「まず、お風呂に入る前、寒い脱衣室で服を脱いで裸になります。
すると、体が寒さに驚いて交感神経が刺激され、血圧が急上昇する。
その後、すぐに42℃以上の熱いお湯に浸かると、今度は体が熱さに驚き、再び血圧が上昇するのです」 と、先の早坂氏。 「この一連の行動で血圧が40ほど上がるという研究データもあります。
お湯に浸かった後は、2、3分すると血圧が下がってきます。
特に高齢者の血管は動脈硬化を起こしていることが多いので、急激な血圧の変化によって血管が破けたり、詰まってしまったりする。
頭の中で破ければ脳内出血だし、脳の血管が詰まれば脳梗塞、心臓の血管が詰まれば心筋梗塞になる」
血圧の急激な低下によって意識障害を起こし、溺死するケースも多いという。
「一般的には、数分間で血圧が30以上下がれば、意識障害を起こしたり、失神してもおかしくありません」 とは、東京都健康長寿医療センター研究所前副所長で医師の高橋龍太郎氏。
「急激に血圧が下がり、意識障害を起こしたところでお湯に顔を突っ込んでしまうのです。
ただ、その後に大量のお湯を飲むのかと言うと、そうでもないことが多い。
意識がある中、水中に顔を沈められると抵抗してもがき、水を飲んでしまう。が、朦朧としている状態だと、それほど水を飲まないのです」
高橋氏は以前、入浴中の血圧の変化について実験したことがあるという。
「5分間で30以上血圧が下がった高齢者の方が多かった。
その中には、意識障害を起こした方はいませんでしたが、これを毎日の習慣としてやっていたら、いろいろな要素により、意識障害を起こすこともあり得るでしょう」
九死に一生を得た人
東京防災救急協会によると、入浴中の心臓機能停止事例の救命率は約1%。
つまり、ヒートショックに見舞われた人はほとんどが死亡してしまうわけだが、中には九死に一生を得た人もいる。
「入浴時に動けなくなって助かった人の話は2例ほど聞いたことがあります。
ただ、基本的に経験者は亡くなっているので、これが典型なのかは分かりません」 と、高橋氏。
「1人目は80代の一人暮らしの女性で、夜、入浴していた。湯船に浸かっているうちに気持ち良くてボーッとしてしまったそうです。
で、いざ出ようとしたら、全く体が動かない。
意識が戻ってから5分から10分の間の出来事だったと思われますが、手足が動くようになり、湯船の栓を引き抜いて、何とか這い出たそうです。
そんな経験をした後、彼女は夕方、ヘルパーさんに来てもらってお風呂に入るようにしたといいます」
もう1人は軽度の認知症を患っている男性。
「夜遅くの長風呂が好きな方で、家族からは危ないから止めろと言われていた。
ある日、それにしても長いということで見に行ってみたら、意識を失っており、いくら呼びかけても返答がない。
奥さんと娘さんで持ち上げようとしたけど、重くて持ち上がらない。
で、助けを呼んだりして大騒ぎしているうちに意識が戻ったといいます」(同)
具体的な対策は
では、ヒートショックという「浴室の死神」から逃れるためには、どのような対策が必要なのか。
「ベストなのは、浴室と脱衣室を事前に温めておくこと。
あと、お風呂の温度を40℃以下にしておくことと、お湯に入る前にかけ湯をするのも大事です」 と、先の早坂氏は語る。
「かけ湯は、いきなり体の中心にバシャッとかけるのではなく、手足の先から徐々にかけていく必要があります。
また、入浴する前には水を飲んだほうがいい。
事前に水を飲んでおくことによって、血管が詰まるのを防ぐことができます」
掲載の「ヒートショック危険度 簡易チェックシート」をご覧いただきたい。
調査では、自宅の脱衣室や浴室に暖房設備がないと答えた人が多かったようだ。
「昔ながらのお風呂だと、デジタル管理ではない場合も多いです。それでも、湯温計でお湯の温度を測るなど、対策はそれほど難しくありません。
お風呂が沸く2、3分前に高い位置からシャワーで熱いお湯を出すと、湯気が立ち込め、浴室が温まります。
沸かす際にフタを開けておくといったちょっとしたことも大事です」(同)
少しの工夫が、自分自身や家族の命を守ることに繋がるわけである。
「脱衣室に小さな暖房器具を置くのも良い。また、浴室に入ってから下着を脱ぐことや、入浴前に深呼吸することも提案しています。深呼吸を2、3回して交感神経を落ち着かせれば、血圧は下がります」(同)
デイリー新潮編集部