2024年02月19日

恒例行事への「苦情」にどう向き合うべきか

除夜の鐘、盆踊りにも中止要求 恒例行事への「苦情」にどう向き合うべきか
2/18(日) NEWSポストセブン

 古い因習にとらわれず、変えるべきことは変えていこうという動きが社会全体に広がっている。
女人禁制だった祭礼に女性も参加できる形を新設したり、動物への負担が軽くなるように配慮をするなど変化が起きているなか、既存の物事との共存を拒否する前提で権利を主張する人たちに振り回されることもある。
ライターの宮添優氏が、個人の不快を理由に権利を主張する苦情の前に、沈黙と中止が続く地域の「行事」についてレポートする。
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 年越しまで間もなく1時間を切ろうとしていた、2023年の大晦日 。
千葉県船橋市の住職・吉岡竜栄さん(仮名・60代)は、例年であれば境内にある寺鐘に立ち、集まった参拝客らと共に除夜の鐘を打った。
だがその日、鐘の音が聞こえることはなく、事情を知らずにやってきた参拝客がガッカリして帰路に着くばかり。

「ついにうちにも、とうとう来たんです。
やはり、静かにしてほしい、うるさいというご近隣の方からの要望がたくさん来ました。
今回、除夜の鐘は中止にしました。
せっかく大晦日に参拝に来られたのに、みなさん驚いて、そして残念そうに帰っていかれるのが気の毒で忍びない」(吉岡さん)
 吉岡さんはこの数年、年末が近づくにつれ近隣住人から寄せられる10件程度の「うるさい」などの苦情に頭を悩ませてきた。
住宅街にあるものの、開山後300年以上経った由緒ある寺院で、大晦日には除夜の鐘を打とうと、数百人の参拝客が列を成すことも珍しくなかったという。

「ご要望は、昔からの住人ではなく、新たに越されて来た方から寄せられることがほとんど。
うるさいと怒鳴り込んでくる人もいれば、文化なのはわかるが夜までうるさく耐えられない、という悲痛なものもあり、やむを得ず中止を決定したという次第です」(吉岡さん)
 寺の周囲は古い住宅街で、数年前まではこうした苦情が来ることは想像もできなかったという。
だが、従来の地域住民が高齢となり、亡くなったり住み替えのため古い家屋が壊され新たな家が建ち始めると、相当数の住人が入れ替わった。苦情が出始めたのはそれからだった。

役所は、やめてくださいとは言わない
「鬼火焚きだけではない、盆踊りまで中止になった。
街が発展するのは歓迎するし、若者が増えるのも素晴らしい。
でも、元からいる住人が楽しみにしている行事まで中止にするのは、ちょっと違うんじゃなかろうかと思うんです」

 悔しそうにこう打ち明けたのは、九州北部在住の食料品店経営・内山俊彦さん(仮名・70代)。
正月7日に行われる、正月飾りなどを焚き上げる伝統行事を、九州地域では「鬼火焚き」と呼ぶ。
似たような火祭り行事は全国で1月7日から14日の間、小正月の時期に行われており「どんど焼き」「左義長」などと呼ばれるが、今年、その鬼火焚きが中止になったという。
理由はやはり「新たな住人」だった。
「公園の近くが再開発されて、4年くらい前にマンションが建ったんです。
昨年の夏、やっとコロナ禍も落ち着いたということで、中止つづきだった盆踊りをマンションに隣接する広場で、以前通り開催しようと決まりました。
でも、マンションの自治会が町会にやって来て、住人が迷惑だからやめてほしいと言うんです。
それだけでもビックリしたのに、今度は鬼火焚きまで、です」(内山さん)

 当初、町会員は新たな住人に「恒例行事なので」と、なんとか開催のお願いをしてきた。
すると今度は、自治体にまで苦情を寄せられ、自治体担当者から町会に電話がかかってくるようになったという。
「役所としても、やめてくださいとは言わないんですよ。
でも、こういう意見がありますからってことで伝えてくる」(内山さん)
 結局、マンションが建って以降の広場では、盆踊りや鬼火焚きだけでなく、それまでは自由に行えていたボール遊びやなわとびなども控えるような案内板が掲示された。
そして、広場から子供たちや市民の姿は無くなったのだ。

「新たな人を歓迎しないわけではないんです。
でも、先に住んでいる人の環境に口を出したり、物事を思い通りに変えさせるというのは……どうにも納得がいかんのです」(内山さん)

主催者は大きなトラブルに発展する前に自粛
 地域の行事をめぐる対立などのトラブル解決に、役所が介入することはまずない。
主催は民間であり、イベント実行に際して法律などで規定されていることもほとんどない。
住民から苦情が寄せられても、役所としては「話し合いで解決を」という他ないのだ。
神奈川県某市の市役所勤務・森永悦子さん(仮名・50代)も頭を悩ませていると訴える。
「こうしたトラブルは大小、様々なところで起きていますが、基本的に行政が介入することはまずなく、住民同士で解決してくださいというスタンスです。
しかし、どうしても納得できない、自分達の権利が守られないと苦情を入れられる方は一定数いらっしゃる。
市内でも、花火が見えるからと買った新興住宅地に引っ越したところ、同じく新たな住人が”花火大会がうるさい”と言い出し、結局花火が中止になった、という事例も聞きます。
苦情の件数がそれほど多くなくても、例えば花火大会や盆踊りの主催者の方は大きなトラブルに発展する前に自粛しよう、と動かれるのです」(森永さん)

「郷に入れば郷に従え」ということわざは古くさいもの、今にそぐわないものとして語られるようになり、かつてより「個」が大切にされるようになったと言われる現代。
個を優先させた結果なのか、それとも各人が好き勝手を言って周囲が疲弊しているだけなのか、はっきりとした状況は把握できない。

だが、これらのイベントや行事は、その地域で暮らす人たちの様々な世代が交流し、自然と地域の沿革などに触れられる貴重な機会という側面もある。
そんなものは無くても生きていけると思うかもしれないが、いま治安が安定した暮らしやすい社会を成り立たせてきたのは、そういった積み重ねもあったからだろう。
それらを無視して、個人的な不快を理由とした苦情の前に沈黙し、「行事」を縮小させ続けてもよいのだろうか。
侘しさを感じるのは、筆者だけではないだろう。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする