女子高生の冗談が招いた「豊川信用金庫事件」…銀行への「預金」が必ずしも安全とは言えないワケ
6/24(月) Wedge(ウェッジ)
加速する「貯蓄から投資」、迎えた「金融政策転換」、景気回復の実態を伴わない「冷たいバブル」…ここ最近、経済に関するニュースが大きな話題を呼んでいます。
この身近でありながらも複雑な経済問題について、私たちはどのように向き合えば良いのでしょうか。
今回の記事では、「銀行」が果たす役割について解説しています。
一般的に、銀行におカネを預けることは安全であると考えられています。
しかし、銀行も「株式会社」の形態を冠する企業のひとつであり、様々な安全策がとられているとはいえ、倒産のリスクはゼロではありません。
仮に銀行が倒産してしまった場合、預金者のおカネはどうなるのでしょうか?
*本記事は帝京大学経済学部教授の宿輪純一氏の著書『はじめまして、経済学 おカネの物差しを持った哲学』(ウェッジ)の一部を抜粋したものです。
おカネを循環させる「銀行」が果たす役割
銀行の役割について整理してみましょう。
銀行の基本業務は、大きく2つに分類することができます。
ひとつは「預金・貸出」業務、そしてもうひとつは「為替」(決済)業務です。
(1)「預金・貸出」業務
銀行は、顧客からおカネを「預金」(Deposit)として預かり、そのおカネを元手にして「貸出」(Loan)を行う、というサイクルを繰り返しています。
先ほど、金融とはおカネの融通をつけることであると述べましたが、このように銀行を中心とする金融機関が貸し手と借り手の間を仲介することによって、必要なところにおカネが回っているのです。
(2)「為替」(決済)業務
為替とは、手形・小切手・振込など、“現金以外”で行われる決済手段のことです。
たとえば、給料の振込や家賃の引き落としなど、個人や企業との間におけるおカネのやりとりを銀行が仲介しています。
銀行の為替業務によって、遠方との取引であっても直接現金のやりとりをすることなく、瞬時に決済を完了することができます。
「預金」の仕組み
では、それぞれの銀行業務について詳しく見ていきましょう。
まず、銀行業務における「預金」とは、銀行が預金者の口座(Account)を作り、おカネを預かることです。
また、預金者は銀行におカネを預けることで、その金額に応じた「利息」を銀行から受け取ることができます。
一般に銀行は、預金者から預かった(借りた)おカネを元手にして個人や企業におカネを貸し出し、その利息を受け取ることで収益を得ています。
そのため、預金者が銀行におカネを預けるということは、銀行に対しておカネを貸し出している状態を意味しているのです。
ちなみに、預金者が銀行におカネを預けた際の入金伝票は「赤色」、預金者が銀行からおカネを引き出した際の出金伝票は「青色」です。
これは、銀行にとって預金者からの入金は負債(赤字)となり、出金は負債の減少となることを表しています。
なお、「ゆうちょ銀行」はかつての郵政省の名残からか、入金伝票は「青色」、出金伝票は「赤色」と逆になっています。
一般的な傾向として、日本人は銀行におカネを預けることは安全であると考える人が多いようですが、それは誤解です。
銀行も「株式会社」の形態を冠する企業のひとつであり、様々な安全策がとられているとはいえ、倒産のリスクはゼロではありません。
実際、ここ最近ではアメリカ国内の銀行破綻が続いています。
2023年5月には、経営不振に陥っていた中堅銀行「ファースト・リパブリックバンク」が破綻し、米連邦預金保険公社の管理下に置かれました。
これは、同年3月に破綻した「シリコンバレーバンク」、「シグネチャーバンク」に次ぐ3行目の破綻となり、資産規模で見るとリーマン・ショック以降最大のものとなりました。
相次ぐアメリカの銀行破綻は決して対岸の火事ではありません。
現在、日本の銀行は安定的な経営を行っているように見えますが、あくまで「預金」は銀行への貸出であると認識しておくことが大切です。
銀行が倒産したら、預金者のおカネはどうなるのか?
一般的に「銀行破綻」は、融資先企業の経営が悪化し、銀行に貸出金が返済されないことによる焦げ付き(損金)が原因となって発生します。
該当エリアの焦げ付き比率が高まれば、その地域の景気が落ち込んでいることを意味しています。
このような状態が深刻化し、銀行が預金者の返金要求に対応できないなどの事態に陥れば、それこそ銀行の「信用問題」となります。
また、実際には預金者への払い出しに影響がなくても、たとえば銀行に対する疑惑・不信感が高まれば、預金者が預金の払い戻しを求めて銀行支店(窓口)に殺到する「取付騒ぎ」(Bank Run)へと発展する危険性もあります。
現に1973年には、日本でも「豊川信用金庫事件」と呼ばれる取付騒ぎが起こっています。
当時の女子高生が電車内で交わしていた冗談から、「豊川信用金庫は危ない」という誤った内容の情報が拡散され、パニック状態に陥った人々が豊川信用金庫に殺到し、取付騒ぎを引き起こしたという事件です。
現在でも、非常時にデマ情報が拡散されるなどの事例が多数見られますが、情報の扱いには十分に注意が必要です。
ちなみに、実際に銀行が倒産した場合、私たちの大切な「預金」はどうなるのでしょうか?
預金保護(預金保険制度)については、各国で制度が異なりますが、日本では以下のように3つに分類して処理されています*1。
(1)決済用預金
当座預金や利息の付かない普通預金などは全額保護されます。
(2)一般預金
利息の付く普通預金や定期預金などは、金融機関ごとに1人あたり「元本1000万円まで」と「利息」が保護されます。
(3)対象外預金
外貨預金・金融債などは保護の対象外です。
預金保険制度の対象外預金については、破綻した金融機関の財産(資産)状況に応じて支払われることとなるため、当然ですが一部カットされる場合があります。
*1 米銀の預金保護システムでは、1口座あたり25万ドルまでとなっています。
銀行で重視される「安全性・利便性・効率性」
銀行預金の暗証番号(PIN:Personal Identification Number)は、どの国でも4桁に定められています。
これは、イギリスの名門銀行バークレイズ(Barclays)が、1967年に世界で初めて導入した「現金自動支払い機」(CD:Cash Dispenser)の暗証番号が4桁であった名残からです。
なお、CDの開発に携わった人物が自身の妻で試したところ、4桁を超える数字の羅列は記憶に定着しにくいと判断したそうです。
暗証番号は、数字の羅列が長ければ安全性が高まりますが、その分利便性は下がります。
4桁であれば1万分の1の確率で適合しますが、銀行のキャッシュカード等では数回間違えるとCDのシステムがロックされるように仕組まれています。
また、これは銀行によって異なりますが、基本的に「0000」や「1234」といった分かりやすい羅列や、誕生日などは使用することができません。
このように、銀行の事務システムでは、「安全性・利便性・効率性」という3つの視点が重視されています。
そして、これらの視点に基づいて厳格なルールを定めることで、暗証番号の安全性は実用的なレベルに達していると考えられているのです。
「貸出」の仕組み
「貸出」とは、銀行が個人や企業におカネを貸し出すことです。
もちろんですが、おカネを借りる側は定められた利子をつけて返済しなければなりません。
そのため、銀行が貸出を行う際には、借り手がきちんとした返済能力を持っているかを審査する必要があります。
審査の内容や基準は銀行によって異なりますが、個人では一般的に年収や勤務先、勤続年数などから総合的に判断されます。
なお、金額が大きいほど、あるいは期間が長いほど銀行が抱えるリスクは高くなります。
社会が発展するためには、適切な融資を促すことは重要です。
融資を受けた個人や企業が事業をはじめたり、投資を拡大させたりすることで経済が成長するからです。
そのため、銀行をはじめとする金融機関には積極的な融資が期待されています。
しかし、現在の日本経済は「老齢期」に入ってきており、おカネを借りて事業を拡大するような若い企業は少なくなってきています。
預金のうちで貸出に回る比率を「預貸率」(Loan-Deposit Ratio)といいますが、地方銀行の預貸率で7割程度、メガバンクだとなんと3割を切っています。
そのため、銀行に預けられたおカネが“余る”ようになり、国債の購入(政府への貸出)等で運用する金額が増えてきているのが現状です。
債務者を保護する「利息制限法」
銀行融資には、銀行側のリスクもありますが、一方でおカネを借りる側のリスクもあります。
計画的な運用ができなければ、個人や企業の「信用」を低下させてしまいます。
また、融資制度によっては自己資金や担保、保証人が必要となるため、返済が滞ってしまうと今後の生活に大きな支障をもたらす可能性があります。
場合によっては、自己破産や人間関係の悪化を招くかもしれません。
融資を受ける際は、しっかりとした事業計画や管理体制を整えることが大切です。
なお、2010年には「利息制限法」が施行され、いわゆる金利の上限が定められています。
この上限金利を超えて金利が設定されている場合、テレビCMでよく流れているような「過払い金請求」の対象となります。
【利息制限法で規定された金利の上限】
・10万円未満 : 年20.0%
・10万円以上100万円未満 : 年18.0%
・100万円以上 : 年15.0%
この法律の制定によって、いわゆる「闇金」が厳しく取り締まられるようになりました。
闇金とは、上限金利を超える金利で金銭貸付を行う違法な金融業者のことです。
闇金業者のなかには、そもそも免許すら取得していない業者も存在しています。
闇金をテーマにした漫画に『闇金ウシジマくん』*2がありますが、この作品に登場する主人公・丑嶋馨も「利息制限法」の対象です。
丑嶋が経営する金融会社「カウカウファイナンス」が適用する金利は「十五」と呼ばれ、「10日で5割」というまさに法外なものでした。
それでも、通常の消費者金融(サラ金)では借り入れができない人による利用が後を絶ちません。
しかし、もちろん返済ができるわけはなく、違法で暴力的な取り立てが始まります。
ちなみに、闇金で高利のおカネを借り入れるということは、個人破産・企業倒産の第一歩と言われています。
というのも、たとえば『闇金ウシジマくん』のように10日で5割という金利を、通常の経済行為で支払うことは困難だからです。
個人はもちろん企業でも、利益率はそれほど高くはありません。
闇金での借り入れは、まさに「終わりの始まり」と言えるでしょう。
*2 著者・真鍋昌平、『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて連載。暴利の金貸し業を通じて、社会の闇を描いた作品。2010年にはTVドラマにもなり、その後4本にわたって映画化されました。
「自己破産」と「ブラックリスト」
闇金に限らず、借り入れた借金を返済できなかった場合には「自己破産」(Personal Bankruptcy)という制度を利用することができます。
裁判所に支払不能であることを認めてもらい、できる限りの財産を処分してもなお上回る借金を帳消し(免責)にする制度です。
原則として、ギャンブルや風俗などの享楽が原因で借金が膨らんだ場合、自己破産の許可はされません(免責不許可事由)。また、自己破産を許可された場合であっても、税金や国民健康保険料などの債務は帳消しされません(非免責債権)。
なお、自己破産すると、資産を差し押さえられ生活の一部が制限されるなどのデメリットがあります。
まず持ち家や車などの個人資産が回収され、住所・氏名が「官報」に掲載されます。
さらにブラックリストに載るので、クレジットカードの利用や新規の作成ができなくなります。
他にも、手続き中は一部の職業が制限されたり、引越しや旅行にも制限がかかります。
郵便物は破産管財人に管理されます。
また、自己破産をはじめとして、口座振替不能など金融関係で事故を起こしても、約5年程度はブラックリストに名前が残ります。
ブラックリストに載ると、その期間は個人の信用情報に“傷”が付いた状態となり、自己破産ほどではないものの、借り入れやクレジットカード等の金融(信用)取引ができなくなります。
個人の信用情報を記録・管理している「信用情報機関」(Credit Bureau)は、日本に3つ存在しています。
それぞれ銀行や消費者金融会社、カード会社、信販会社などが加盟しており、加盟社同士は情報を共有しています。
宿輪純一